１１月２日
ーーーああ！くっそ！！
勇人の右肩を冥夜の振り下ろした長刀がかする。
身を捻り、横の一閃を躱すとバックジャンプで冥夜から距離をとる。
長刀を不気味なほど静かに構える冥夜に思わず鳥肌が立つ。
額から垂れてきた血を手の甲でぬぐうと相対するように勇人も長刀を構える。
嫌な汗が額から伝った。
冥夜の構えを見据える。
さすが以前から自前の長刀を持ち歩いているだけあり、その構えに隙はなく殺気と言えるものさえ感じる。
ここまで自分の剣の構えが心もとなく思ったことはない。
中学からの剣道の腕は並より上のものと自負していた。
長刀の訓練と聞き、舞い上がっていた自分を呪う。
ーーー本気でかかってこいなんて言うんじゃなかったな。
冥夜が動いた。
冥夜は長刀を構えたまま勇人へと走る。
ーーー居合抜きでぶった切る。
この相手に遠慮が無用なんてことは全身の痣が物語っている。
長刀を振りかぶる。
迫る冥夜にタイミングを合わせ振った。
勇人の横の一閃は冥夜の振り上げによって上へと機動を変え、勇人の懐に入った冥夜が振りかぶる。
勇人が不敵な笑みを浮かべた。
長刀を放棄する。
冥夜が長刀を振るタイミングを早めた。
冥夜の振った長刀を片腕で受け止める。
ミシッと嫌な音がする。
空いたもう片腕で冥夜の襟を掴むと地面へと押し倒す。
「これで、どうするつもりだ？」
勇人の下敷きになっている冥夜が突きつける長刀が太陽光を浴びてギラリと光った。
「そうだな・・死ぬ前にキスでもするかな」
突きつけられた長刀が振り下ろされた。
冥夜の上から地面へと大の字に転がると立ち上がった冥夜が勇人へ手を差し伸べた。
勇人はその手を掴み立ち上がる。
「良い動きだ」
「全戦全敗だけどな。さすがだな、冥夜」
新たにできた首元の痣をさする。
「初めての訓練にしては大した腕だ」
「まぁ、昔剣道やってたんだよ」
「そうなのか？それにしては長刀の振りが甘かったが？」
「俺が習った剣道ってのは所詮はスポーツだ。誰かを殺すとかのレベルじゃない。面、胴、籠手をとればそれでおしまい。概念の根本からして違ってくる。だから甘い」
「そういうものであったか」
「そういうものだよ。・・なぁ、冥夜」
「どうした？」
「この訓練はさ、BETAだけじゃなく対人訓練としての意味もあるんだよな」
勇人の言葉に冥夜が自分の握った長刀を見た。
「そうだ。この訓練だけでなく格闘訓練、小銃の組み立てから射撃訓練、座学。すべてがBETAと人を相手にするための訓練と考えて間違いはない」
「・・・・そうか」
再確認し、地面へ転がる長刀を拾い上げ勇人は再び構える。
それを合図に冥夜も長刀を構え、二人は剣を振る。
鍔迫り合いの中、長刀越しに見える冥夜に勇人は他の誰かを重ねる。
いずれ命のやり取りをするであろう相手を。
自分は斬れるだろうか。自分を、仲間を危険にさらす敵や敵の乗った戦術機を何の迷いもなく斬り倒せるだろうか。
ーーーこいつらを、護るって決めたんだろ。
競り合いに負け、勇人の両腕が上がりがら空きの胴を冥夜が切り裂く。
腹部の痛みに顔を歪める。
そしてその痛みに確信する。
自分にはその覚悟が足りない。
「ねーハヤト」
「んー？なんだよ、鎧衣」
「いい加減、頭撫でるのやめてくれないかなー」
そう言い美琴は先ほどからずっと頭を撫でてくる背後の勇人を振り返った。
「今日の男分補給中」
「僕は女だよ！」
「女で結構。見た目が男に近いならそれでいい」
「もう、みんなもハヤトを止めてよ」
そう言い美琴はあきれ顔の２０７分隊の面々を振り返った。
「鎧衣、仕方ないわそういう奴なのよ」
カウンターに並ぶ千鶴があきれ顔で言った。
「委員長、なんか分隊ですっかり俺への偏見が蔓延しつつあるけど？」
「致し方あるまい。観念するのだな」
シレッと言いそっぽを向く冥夜に勇人は小さくため息を吐く。
「おい、冥夜なんでそこで怒るんだよ」
ーーー情緒不安定か？
再びため息を吐く。
「あいよ、お待ち！」
合成サバ味噌定食と山盛りになったご飯が出てきた。
「ありがと、曹長」
「あんまり女の子を怒らせるんじゃないよ」
「・・・・もうちょっと早くに曹長と知り合っておくべきだったよ」
バシンッと笑う京塚は勇人の頭を叩き、叩かれた勇人は苦い顔で食膳を持ち机へと向かう。
ーーーもう、１１月か。
「あ～、何か帰ってきたって感じするよね～～」
食後、すっかり人のいなくなったPXで美琴は口を開いた。
「そう言えば鎧衣ってなんで入院してたんだ？」
「え？そういうこと聞くかな～～・・・女の子に」
「いや、まったく意味わからん。その言葉の意味を先に聞きたい」
そう言い勇人が美琴を見ると美琴は目を瞑ってうんうんと頷き口を開く。
「でも、ハヤトにだったら教えてもいいかな」
「よし、まず人の話を聞いてくれ」
「教えてほしい？」
ーーー見事に言葉のキャッチボールが成り立ってない。むしろ暴投しすぎだろ。
これ以上の会話をあきらめ、勇人は教えてくれ、と観念する。
「ハヤトは案外強引なタイプなんだね」
「その言い方は語弊を生むからやめろ。単なる好奇心だって。そして、彩峰は変なことを考えるな」
勇人はわずかに頬を赤くする慧を見る。
「・・・・好奇心旺盛」
「・・・で、なんで入院してたんだよ」
呟き妄想に浸る慧を放置し、勇人は美琴に話を促す。
「僕が入院してたのはね、ラべリング中に落ちたからなんだ」
「笑いごとじゃないわよ。金具閉め忘れて落ちるなんて」
ははは、と笑う美琴に千鶴が口を開いた。
「風邪引いててボーっとしてたんだ。ロープが外れて真っ逆さま・・・３メートルは怖かったよ～」
涙をだーだーと流す美琴に勇人は感情豊かだな、と思いつつ妄想を終えいつもの表情を取り戻した慧を見る。
ーーー彩峰+鎧衣÷２で並ってところか。・・・胸をかねて。
「・・・・なに？」
「いやぁ、なんでもない」
「打ち身とねんざと、軽い脳しんとう。検査入院もかねて、１０日も入院してたんだ」
「でも、酷い怪我じゃなくて、本当に良かったね」
「うん、またみんなと会えてよかったよー！」
壬姫と笑いあう美琴。
勇人の脳裏を美琴の最後が過った。
「・・・・本当に死ななくて良かったよ」
何気なく、ため息交じりに言ったつもりが２０７分隊の面々は驚きの表情で固まり勇人を見る。
「え？・・・どうした？」
「・・・草薙、大胆」
彼女たちがいったい何を考えているのか理解したとき、勇人は赤面した。
「そう言う意味では無く、ただ純粋に心配しただけだ！」
「は、ハヤトそんなにいきなり言われても・・・」
赤面し明後日の方向を見る美琴。
「いや、だから違う！」
ーーーこんなとき頼りになるのは・・。
「冥ーーー」
勇人が冥夜を見ると冥夜は驚いた顔で勇人を見て完全にフリーズしていた。
「でも、まだ僕たちであって２日だし・・・・」
ブツブツと呟き続ける美琴。
「待て！落ち着け！たった２日で惚れたとしたら俺はどれほどちょろい男なんだ！」
勇人の言葉に突如再起動した冥夜が机から身を乗り出した。
「大切なのは時間ではない！己の惚れた相手に何があろうと添い遂げるという決意さえあれば時間という問題は些細なものだ！」
「いったい何の力説だ！」
「は、破廉恥よ！」
「なにがだ！？」
男女の逢瀬について力説を始める冥夜。
完全に混乱し勇人へ説教を始める千鶴。
「たま、ヘルプ！」
「あうあうあぅ～～～」
助けを求めた先で目を回す壬姫。
「・・・パニック、パニック」
ニヤニヤと笑う慧。
「・・・やっぱり早すぎるよ！ごめんね、ハヤト」
勘違いを突っ走った美琴。
一方的に振られる勇人。
「ホントにお前ら人の話をきけー！」
乙女たちの暴走に勇人の叫びが重なった。
「草薙、あなたは死ねと言われたら死ねる？」
騒ぎが収まり少しすると千鶴は唐突に切り出した。
「話にしては突然だな。・・・それは上官に、だよな」
「ええ。もうすぐ総合戦闘技術評価演習だもの。もともといた私たちはもう後がないって自覚があるわ。けれど、あなたはどうかわからないから聞いておきたいのよ。あなたの覚悟を。」
“お前はなにをはき違えている。いったいそれは誰の理想だ”
そうだな、と呟き勇人は少しの間、目を閉じる。
死ねる、と言えばこの問題は片付く。けれど、隣の仲間に命を預けるこの世界でかっこつけて「死ねる」なんて言っても部隊の足を引っ張ることにしかならない。それにこれは部隊としての認識を改めさせるいいチャンスだ。
勇人は口を開く。
「死ねない」
分隊の面々が苦々しい顔をした。
口ごもる面々の中、冥夜が口を開く。
「嘘だとしてもそなたには『死ねる』といって欲しかった」
「待てよ、冥夜。確かに死ねない。けどな、それは『ただでは死ねない』って意味だよ」
「・・・どう言うことかしら？」
千鶴の問いに勇人は千鶴を見る。
ーーーこれはお前に一番聞いて欲しいんだ。
「上手くは言い表せないだろうけど・・・。BETAを巻き込んで死ねるような自決装置があったり、それが人類のためになる行為なら喜んで死んでやる。けどな、俺たちのような何の権限もないいっぱしの訓練兵が戦場に放り込まれれば、部隊を率いるのはどこの誰かも知れない上官だ。部下は上官を選べないしな。それで、もしもその少尉が突撃を美とし、俺たちの死を無駄にするような無能な指揮官なら、俺はその上官の死をもって仲間の無駄死にを阻止する」
「ハヤト、その言葉がどういう意味なのかわかっているのか！？」
「わかってるよ。反逆罪で俺が殺されようとかまわない。だけど俺はな、そんないい加減な奴がこんなにも頑張って世界のためになろうとしているお前たちを無駄死にさせようとするなら、誰であろうと・・・な」
「それはたとえそれが私でもってこと・・ね」
千鶴が勇人から視線を逸らした。
「大丈夫だよ。榊千鶴はそんな人間にはならない。俺がそんな奴にはさせない。部隊で上官の命令は絶対。ならその上官には部下を思って欲しい。自分の考えを相手に押し付けるだけじゃなく、部下の考えも汲み取って欲しい。そして部下も上官を思い、上官が道を踏み外しそうになったときには正してあげて欲しい。お互いが支えあい、思いあう。それがチームワークってもんじゃないか？」
「それがハヤトの決意か？」
そう言い冥夜が目で勇人へ語りかける。
それがそなたの見つけたものなのだな、と。
そして勇人は頷く。
ーーーこれが俺の見つけたものだよ。世界ではなく俺は、お前たちを守る。それが人類の勝利にも繋がるしな。
「甘い考えね」
「甘くて結構！なんせ俺は今まで徴兵免除で生きてきた浮かれものですから！」
わはは、と勇人は子供のように笑ってみせる。
「・・・まだまだ甘ちゃんだね」
「あら、たまには意見が合うのね」
「すごい確率だね」
千鶴と慧のやり取りに壬姫と美琴が笑い、冥夜と勇人もそれにつられる。
照れたのか慧が微かに頬を染め、千鶴も視線を明後日へと泳がせた。
「なんだよお前ら照れてんのかよー！」
席から立ち手を伸ばすと慧と千鶴の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
千鶴が恥ずかしがり照れ隠しに怒った。
慧が珍しく顔を真っ赤にし俯く。
PXに２０７分隊の笑い声が響き渡った。