震雷の翼 ~国産戦術機開発物語~
第1話「遙か遠き、翼の上で」
1997年 7月 福岡 帝国陸軍築城基地
照りつける太陽の下、駐機場にズラリと並ぶF‐15Jイーグルの姿は、なかなか見応えあるものだった。
戦う機械は、その姿に言い知れぬ力を秘めている。毎日、見飽きるほどに見てきた戦術機の姿。
採用以来、帝国の守人として戦場を駆け続ける鋼鉄の荒鷲は、何時みても勇壮さを失わない。
「そろそろか・・・」
10mを超える鋼の守人の足元を、整備員達が独楽鼠の様に忙しく走り回る。
帝国が大陸派兵を開始して、はや6年。九州最北端に位置する築城基地は、その重要性を高めることはあっても下げることは決してない。
大陸に展開する戦術機部隊の後方兵站基地として。または日本全国から集まってくる部隊の集結地として。
築城基地が昼も夜もない不夜城と化してから、久しく時間が過ぎようとしていた。
「何機・・・帰ってくるのだろうな」
網膜投影、機械の目を通して見る戦友達の姿。管制ユニットのシートに背を預けながら、帝国陸軍大尉小林明久はボンヤリと呟いた。
F‐15Jの跳躍ユニットから伸びる小さな翼。その翼には、不釣り合いほど大きい燃料タンクが取り付けられていた。
フェリー装備。今、眼前に並ぶF‐15J達もまた、今日のうちに大陸へと飛び立っていく。
その光景は、小林が築城に着任して以来、何度も何度も繰り返し見てきたものだった。
大鷲の足元から整備員達が離れていく。人が離れていくのを待っていたかの様に整列していたF‐15Jが滑走路に向かって歩き出した。
パタパタと動く跳躍ユニットの翼が少し滑稽に見える。あんな小さなものでも翼には変わりない。
空を跳ぶ陸戦ユニット。鋼の守り人は芸が広い。
人類が装備する武器として、本格的な人型戦闘兵器として世に生まれた戦術機の歴史は、それほど長いものではない。。
米軍において人類史上初めての戦術機部隊が編成されたのが74年だから、20年あまりしか経っていないことになる。
―――すっかり当たり前になっちまったな・・・。
しかし、その『たった20年』で戦術機は、対BETA戦争において最重要兵器としての位置を確立しつつあった。
少し前までは戦術機以外の兵器も多く見られた。だが、BETAと称される異星生命体による侵略は、人に新たな剣を握ることを求めたのだった。
それまで人類の剣であった航空機が光線級の登場によって、その短い夏に終わりを告げるのと同時に、戦術機は歴史の表舞台へと躍り出る。
その後は劇的だった。始まった新たな時代の到来。戦術機の台頭は、BETAとの戦いが激化していくのに比例するかのように進んでいった。
幾つもの青白い炎が小林の目を焼いた。
薄い装甲越しにF‐15Jの腰元に装備された2基のF100跳躍ユニットがたてる轟音が聞こえてくる。
87年の導入から数えて10年、数においても性能においても日本帝国陸軍『主力』戦術機として祖国を支えるF‐15J戦術機。
そのF‐15Jが、黒く塗られた肢体を前へと屈め、膝を軽く曲げていた。
―――時間か・・・。
日本帝国軍衛士にとっては相棒ともいえる機体。
特に90年代前半に大量養成された若手衛士の中には、F‐15Jしか知らぬ者も多い。
小林は頭部カメラを滑走路の方へと向けた。
すでに滑走路には離陸補助台の準備が為されている。
『第304戦術機甲大隊が出撃する。手開き総員、気をつけ!』
その声が響いたのは、大鷲達の奏でる猛りが最高潮に達そうかという時だった。
管制ユニットの中に響く無線の声。小林の耳に管制官からの・・・いや、この声は基地司令か、の声が入る。
『帽振れー!』
基地司令の声に重なる様に、F100が立てる轟音が基地を包み込む。
帽子を振るのは海式なんだがな、と苦笑いを浮かべながらも小林はコントロールスティックを操った。
整備員や基地隊員が掲げる識別帽、駐機する戦術機の手が一斉に振られた。その中を1個大隊48機のF‐15Jが次々と離陸していく。
感慨はない。ただ、ただ仲間達の無事を祈るだけ。
F‐15Jが離陸して間、小林の胸にあったのは、その一点だけだった。それは見送る他の隊員達も同じであっただろう。
「俺『達』もすぐに行く。もう少しだけ頼む」
最後のF-15Jの姿が雲間に消えた後、小林は小さく呟いた。
―――コイツも早くF‐15の様に・・・
祖国を支える名機の隣へ。日々成熟を続ける幼翼には、もう少しの時間が必要であった。
1986年 12月 三重 帝国陸軍明野基地
「次の奴なんだが・・・どうやらF‐15に決まりそうなんだ」
「うん・・・?それはどういうことだ。去年の矢臼別での一件以来、次は国産ってことになってただろう」
眼前に座る御子柴隆大尉の言葉に、小林は思わず箸を止めて固まった。
矢臼別演習場におけるDACTで、82式瑞鶴が米軍の最新鋭機F‐15を破るという大金星を挙げてから、まだ半年と経っていない。
それまでは技術蓄積の少なさから、自力開発は難しいのでは(現実に、既出の82式瑞鶴が純国産を諦めている)というのが軍民ともに、一般的な考えであった。
しかし、矢臼別での一件以来、次期戦術機は是非、『純』国産でという声が日増しに高まっていたはず・・・。
「斯衛と富嶽は猛反発しているみたいだな」
小林の言葉に、御子柴は買い物にでも行くかという様に軽く返す。
昔から斯衛は、その性質上、必要以上に国産武器の装備に拘ってきた。
そして、富嶽重工は開発が失敗に終わった82式戦術機の主担当企業だ。今度こそという念は他企業より強い。
「なら・・・」
「光菱と石河島は、F‐15の導入に前向きな考えを示している。軍の性能要求は高すぎる。現実的ではないとね」
陸士の時から不思議だったが、何処でこんな情報を拾ってくるのだろう。耳も付き合いも長い同期の姿を、小林はマジマジと見つめた。
「お前自身どうなんだ?本当に国産でやれると思うか」
そんな小林の様子を無視し、箸を突き付けながら御子柴は言葉を続ける。
「そりゃあ、俺だって『帝国の戦術機』に乗りたい。しかし、個人の欲求と軍人としての要求は別だ。どうだ?小林、本当に国産でいけると思うか」
口調は軽いが、箸を突き付けたまま語る御子柴の目は笑っていなかった。
「欧州は、いよいよヤバいらしい。露助も。中国だって何時まで持つか分からん。新型戦術機の導入は、俺達(軍)にとって死活問題だ」
「俺の、俺個人の見解でいいのか?」
「無論だ。他意はない」
他意が無い訳ないだろ、と内心思わなくもないが黙っておく。
「なら・・・言ってやる。戦況を考えると、今からの新型機開発は、盗人の姿を見てから縄を編むことと同じだ」
俺は何を言っているんだ・・・僅かに顔を顰める。やっと箸を降ろした御子柴の方を見ながら小林は言葉を続けた。
「俺達がF‐4を完全に物にするのに10年近くかかった。まあ、戦術機ってものが初めてシロモノだったこともあるが、新型兵器の完熟としてはこんなものだろう」
小林の言葉にウンウンと頷く御子柴。その顔は無言で続けろと言っていた。
企業が生産ラインを作り、機体を送り出すのに莫大な労力と費用がかかる様に、軍もまた新しい兵器を導入するのには苦労を伴う。
「教官要員の確保から機種更新、そこから部隊単位での完熟。いくらF‐4でのノウハウがあるとはいえ、ただ動かすだけじゃないんだ。戦力化となると同じぐらいかかるだろうな」
「下手すると開発に10年。そこから戦力化に更に10年って所か?」
「そこまでは言わんが・・・こればっかりはやってみなんと分からん。ただ、俺達は時代の潮流に乗り遅れることになるのは確かだな」
開発から戦力化まで20年は見積もり過ぎかもしれないが、決して過大という訳ではない。
言葉を切った小林は薬缶に手を伸ばし、自分と御子柴のコップにお茶を注いだ。
「アメリカはF‐15級の機体を次々と送り出してきている。開発を強行するなら俺達は新型が出来るまで後10年近くはF‐4で戦うことになる」
「3対1、熟(ベテラン)が乗って、いい所2対1に持っていくのが精一杯だろうな」
在日米軍との共同訓練。その中では、戦術機を使用した訓練も当然のことながら行われている。小林の言葉を、御子柴が引き継ぎだ。
「何度もやり合ったから分かる。あれは本当にいい機体だ」
F‐15の高性能は疑い様がないものだった。戦えば戦うほどに感じる性能差。そこには技量だけではどうにもならない現実があった。
最近では、F‐4を初めとする初期型戦術機と、F‐15、F‐14などの新型戦術機とのあまりの性能差に『第2世代機』と云う言葉まで生まれつつある。
「矢臼別は特別だ。それに勝ったのは、あの一回だけだろ。奇跡みたいなものだよ」
「奇跡ね・・・まあ、F‐15でしか出来ん戦い方があるのは事実だ。機体だけじゃあない。戦術面でも全ての面で俺達は時代に取り残されることになる」
クツクツと御子柴が人の悪い笑みを浮かべた。
戦術機が導入されて10年。幸か不幸か、未だ帝国は本格的なBETA戦を体験したことがない。
米欧からの情報提供や、少数ながらも最前線国家に武官の派遣などを行い情報収集を行ってはいるものの、それにもおのずと限界があった。
机上の空論だけでは、よほどの傑物でも現れない限り『本物』は作れない。
戦術機を用いた対BETA戦術を研究しているが、実戦経験が極小であることは大きなマイナスであった。
新しい兵器をどういう風に運用していくのか?最適の答えを見つけるには多くの試行錯誤が必要となる。戦車や航空機の発達史もそれを証明していた。
「それでは貴様の考えは新型機の開発は時季尚早ってことでいいのか?」
「尚早とは言ってない。だが、やるなら次々期ぐらいを考えるべきだろうな」
目の前にすぐに導入可能な最新鋭機、それも必要十分な性能を備えた機体がある。そして、国産新型機は形にすらなっていない。
「F‐15の早期導入。新型機はF‐4の代替えぐらいのつもりで構える」
戦況は予断を許さない。ならば答えは自ずと決まっている。
新型国産戦術機は間に合わない。帝国の未来を考えるのなら、これが最善。それが小林の答えだった。
「大陸が10年も保つとは思えん。そうなったら次は俺達の番だ。その時に、F‐4と泥にも塗れたことないピカピカの新型で戦うか?」
「下手すりゃあ試作機で戦うことになるな」
小林の言葉に御子柴は頭を振った。
「初めての戦場が、『ここ』になるかもしれん」
下を指差しながら、小林はニヤリと笑った。
帝国陸軍で使用される戦術機の試験は通常、明野と岐阜で行われる。
ここ明野を通らぬ新型機はない。基礎試験は岐阜で、明野では運用試験及び教官要員の育成が行われているのだ。
「偉大な先達の残した教訓は生かすさ」
試作機で戦うなんてまっぴらだ、と言いながら御子柴はコップに手を伸ばした。
実際、帝国は半世紀前での戦争で戦況の悪化から試作機の実戦投入も行っている。その結果、
「まあな・・・。目先に流された結果、取り返しのつかないことになる」
小林は御子柴の言葉に相槌をうった。
僅かな戦果と引き換えに、貴重な試験機とテストパイロットを無為に失い、技術競争に破れた。
専門教育を受けたテストパイロットは簡単に代替えが効くものではない。試作機に関しては語るまでもないだろう。
腕が良いだけではつとまらない。小林達、試験衛士は云うなれば『現在』ではなく『未来』の為に戦っているのだ。
「話が少し脱線したが、俺達はそうならない為に考えなくてはならない」
御子柴の言葉を聞きながら小林は椀を手に取った。
話が長引き、椀に盛られた汁はすっかり冷え切っていた。喧噪に満ちていた科員食堂もすっかり静かになっている。
「勝手分からぬ新妻より、酸いも辛いも分かった古女房」
椀の中身をかき込みながら小林は言った。
「女も武器も同じ・・・馴染みが一番だ」
小林の冗談に御子柴は小さく笑った。
「やっとF‐4が、戦術機ってもんが分かりかけてきた所なのにな」
言いながら小林もまた顔を歪めた。
笑いあう二人の男の頭中には、日の丸をつけたF‐15戦術機の姿が確かに浮かんでいた。
1987年 3月 東京 光菱本社
「はっ?すいません。もう一度お願いします」
耳で捉えた言葉を脳が理解を拒む。
光菱で戦術機研究主任を務める田所千景は手に持ったバインダーを思わず落としかけた。落ちかけたバインダーをあたふたと両手で押さえる。
バインダー挟まれているのは現在、帝国戦術機研究所(ITL)が開発を進めている戦術歩行戦闘機の進捗状況。社内とはいえ、ぶちまけてよいシロモノではない。
例え、社内でも兵器ばかりを扱っている航空宇宙事業部、それも部長室の中であっても・・・千景は窺う様に上目使いで眼前に座る上司の姿を見た。
「飛鳥計画は『縮小』される。今年度より光菱は新規開発ではなくF‐15戦術機のライセンス生産準備に入る。君もITLを離れ、本社に戻ることになるだろう」
千景の醜態など気に留めず、光菱航空宇宙事業部長高島兵庫は先ほどと同じ言葉を一字一句違わず繰り返した。
「そ、そんな馬鹿な・・・だって・・・まだ・・・研究開始から5年しか経ってないのに」
何度聞いても同じ。千景は呼吸に苦しむ魚の様にパクパクと口を開いた後、やっと言葉を紡いだ。
「これからなんです。基礎研究も終わり、やっと帝国独自の物を開発しようかという所で・・・こんな・・・」
キ‐82試作戦術機、開発に成功していれば瑞鶴の名を与えられたであろう試作戦術機の開発失敗を反省に作られたのが、帝国戦術機研究所、通称『ITL』であった。
真の意味での挙国一致、官民一体での戦術機開発を行う為に、82年に設立されたITLは、企業、軍は元より、大学などの国内研究機関からも幅広く技術者を集めていた。
BETA戦において最重要兵器とも云える戦術機の早期国産化。
それは日本帝国の悲願であり、どの様な手段を持ちようと必ず実現せねばならない命題であったはず・・・。
―――TSF(戦術機)に賭けてきた私の・・・私の・・・!
「こんなのってないですよッ!」
感情の高まりに比例する様に、千景の声は大きくなっていった。
「これは本社の意向なんですかッ!?光菱は国産を諦めるんですかッ!」
その為に自分はITLに出向し、日本最高峰の人材と環境の中、毎日毎日、戦術機開発に没頭する生活を送ってきたのだ。
前例のない戦術機の開発。それは徒手空拳で技術という化物に挑むとの同じだった。
トライ&エラーの毎日。F‐4や82式での経験があるといってもそれは毛ほどの役にも立たなかった。
帝国が開発を目指しているのは、第1世代機のコピーではない。F‐15など現行戦術機の性能を凌駕する新型機なのだから。
求められる用途さえ不確かなまま進められる開発に、ただ高性能、高性能と壊れたラジカセの様に繰り返す軍人共の相手をしながら頑張ってきたのだ。それなのに!
「ITLは子供の集まりなのか?」
「えッ・・・」
高島の言葉に部屋の温度が下がった様な気がした。それまで感情に任せ、声を荒げていた千景は思わず息をのむ。
―――子供!?部長は私のことを子供と云ったのか?
冷ややかに自分のことを見る高島の視線に、千景は思わず身を強張らせた。
「それは・・・それは、どういう意味ですか?」
どういう態度を取れば良いのか分からない。問い掛ける千景の声は震えていた。
技術畑を歩んできた彼女は、機械相手ならともかく、こういった『人間同士』感情をぶつけ合うことに慣れていなかった。
開発陣同士でも口論はある。だが、今高島との間に流れる空気は、ソレとは大きく違っていた。
「言葉通りの意味だ。君らは技術屋は口を開けば国産、国産と言うが、君らの作ろうとしているモノは本当に『国産』か?」
「なッ・・・な・・・」
再び、固まる千景。彼女は顔が火照るのを感じた。
「ITLはF‐15の試験導入を企画しているらしいな?」
「あ、あれは軍が勝手に・・・」
「同じことだ。君らは反対していない。むしろ、これ幸いとばかりに望んでいる」
高島の声は何処までも冷たかった。
ITLの設立にはじまり帝国が本格的な国産開発機を始めてから5年。
先ほどまでの千景の言葉とは裏腹に、彼女達、ITL開発陣は周囲が望む成果を上げることが出来ていなかった。
82式戦術機と同じ様に改良は出来る。頑張ればF‐4レベルの機体も今すぐ作ることが出来るだろう。
実際に実験機レベルならばF‐4を上回る性能を持つ機体もあった。しかし、
「実験室レベルならともかく、未だITLはF‐15(最近では第2世代機と呼ぶらしいな)、これを上回る機体開発に成功していない」
「私達は妥協無き機体を・・・」
途中まで言いかけて千景は言葉を飲み込んだ。
―――何でよ・・・
自分を見つめる高島の目。その目には哀れな者を見る様な嘲りの光があった。
「新しい素材。新しい制御機構。精緻な製造技術。だが、中身がない」
「そんなことはありま・・・」
「なら、なぜ出来ないんだ!?」
声とともにバンッと叩かれる机。ヒグッと、千景は言いかけた言葉と一緒で悲鳴を押し殺した。
「アメリカより高度な技術を持っているのだろう。なら、なぜITLは、彼らの機体を超える戦術機が開発できないんだ?」
「それは・・・」
「それは『総合的』に我々の技術が彼らより劣っているからだ!幾ら軽く、幾ら精緻に部品を作り出すことが出来ても、それがどうして必要なのかを理解せねば意味がない」
認めろ・・・いや、認めているからこそ、F‐15の試験導入を考えたのだろと、高島は千景の顔を真っ直ぐ見ながら言った。
F‐4をリバースエンジニアリングすることにより、戦術機開発能力を得た帝国。確かに、一部の技術では米国に追いついた。
元から高かった基礎工業力も考えれば、上回っている箇所もあるだろう。しかし、それだけでは足りないのだ。
同じ戦術機といってもF‐4とF‐15とでは別物といってよい。F‐15が高価なラジコンカーならば、F‐4は発条仕掛けの玩具だ。
「性能が上がったと云っても、所詮はF‐4の延長線上。その程度の機体レベルでは時代の趨勢に乗ることはできない」
高島の目からは、いつの間にか嘲りの光は消えていた。
スタートラインの差。予算、人員を含めた開発規模の差。戦闘ユニットとしての運用経験の差。
単発で優れた技術を持っていても、それを正しい方向性で組み上げることが出来なければ、その技術は宝の持ち腐れとなる。
レーダーだけ良い物が出来ても意味がない。いくら軽い外装パーツを作り出すことが出来ても、それだけでは駄目なのだ。
総合的な技術蓄積において、日本帝国とアメリカの間には、未だ大きな技術格差があった。
「時期尚早。それが最終的な判断だ」
黙り込む千景に高島は言葉を続けた。
「それにな・・・君らの望むF‐15は、『試験導入』では絶対手に入らない」
「えっ・・・」
高島の言葉に、千景は顔を上げた。
「フンッ。技術を盗まれることが分かっていて最新鋭機を少数で売る馬鹿がどこにいる?『人類の危機』は商売人にとって免罪符に為りえない。それは政治家や軍人にとっても同じだ」
まあ、開発ペースの速さを考えるとF‐15でさえ最新鋭機かどうか怪しいがなと、高島は言葉を続けた。
世界規模での兵器や弾薬の共通化。その言葉や理念は素晴らしい。現にアメリカは気前よく戦術機技術をばら撒いている。だが、
「それは旧式機に限っての話だ。戦術機関連の特許技術は、そのほとんどをアメリカが抑えている。『戦術機』で戦う以上、アメリカの手綱から逃げることはできんのだ」
その国の兵器産業を抑えることは戦わず勝つに等しい。
世界各国が戦術機の導入を推し進め、その魅力に取りつかれた頃を狙ったかの様に絶妙なタイミングで登場した第2世代機群。
対BETA戦争において、もはや戦術機は無くてはならなぬ兵器であった。しかし、アメリカは未だ第2世代機の持つ優位性をタダで譲り渡すつもりはない。
「少数機の導入は認めない。奴らは最低でも100機以上(1個連隊規模)からの購入を望んでいる。ライセンスを望むならそれ以上だ」
国産産業を維持育成していくのならば、ライセンス生産が望ましい。ブラックボックスだらけの実機導入など運用面はともかく技術取得を考えればうまくない。
だが、アメリカの要求もまた決して甘いものではなかった。100機以上という数字は、帝国の戦術機整備計画に及ぼす影響を考えると大きな意味を持つ。
―――それじゃあ・・・
新型機が出来た時には、帝国の主力戦術機の座には『F‐15』が座っていることとなる。
確かに目標の性能水準はF‐15以上。だが・・・、
―――大量のF‐15が導入された後では、性能で『大差』のない国産機が大量生産されるのか?
「ならッ、なおさら国産機を・・・」
「話は最後まで聞け」
ウグッと、千景は言葉を飲み込んだ。
「それが出来ないからこうして言っているんだ。兵器の出元を抑えられるのは確かに宜しくない。だが、俺達には技術がない」
技術がないと言う高島の言葉に千景は唇を噛んだ。
F‐4の改造機で、マグレとはいえF‐15を『撃墜』した帝国の技術力は決して低いものではない。そして、その技術力がF‐15の試験導入に活かされない訳がなかった。
アメリカは『矢臼別の奇跡』を忘れていないと、高島は言葉を続けた。少数の機体を渡すのは技術をただでくれてやることに等しい。
下手をすれば独占している戦術機シェアを脅かされる可能性まであるのだ。そんなお人よしがいる訳がない。
戦術機開発には多額な開発予算と時間、人員が投入されている。だからこそ、F‐15の『試験導入』はありえない。
現在の情勢で高い戦術機製造能力を持つことの戦略的優位性は、日本、アメリカ両国ともに痛いほど理解していた。
「それだけじゃあない。事はすでに外交問題にも発展しつつある。君も我が国とオーストラリアが常任理事国入りしそうだという話は聞いたことがあるだろう?」
「それと戦術機が一体どういう関係があるというのですか!?」
「大有りだ。馬鹿者!地位を得るということは、それに伴う責任も背負うということだ」
常任理事国入りの条件として提示されているものは、これまで帝国が行ってきた数々の経済援助以上のものが含まれていた。
銭勘定だけでは信頼を得ることはできない。先の大戦の戦勝国クラブである常任理事国に、敗戦国である帝国が加わるということは簡単なことではない。
「国連軍への兵力派出。そして、それに合わせてF‐4では戦争にならないと、彼らは言ってきているらしい」
「そんな馬鹿な・・・まだF‐4は十分に第一線で戦える」
「我々の見解など関係ない。世界平和の為に兵力を出せ。つまりは、つまらん意地を張ってないで人類の兵器廠となれ、というのが奴らの建前だ」
戦力強化の必要性を呷り、火がついた所にF‐15のライセンス生産を申し出る。開発能力がない以上、帝国に断る術はなかった。
高性能の機体は既ににある。技術供与の準備も。時間のかかる帝国の自国開発はエゴである。
世界平和の為、異星人との生き残りを賭けた戦いに勝利する為、国土を戦場に変える最前線国家のかわりに兵站を支えよ。それは、あまりに真っ当過ぎる建前だった。
「唯でさえ、何時完成するか分からぬ国産機に痺れを切らしている連中は多いのだ。そこに大義名分が加われば止めようがない」
「ア、アメリカの手先になって彼らの戦術機を売りさばけという訳ですか・・・」
握りしめられた両手がブルブルと震えた。怒りと無力感がごちゃ混ぜとなって千景を苛む。
「これは軍からの正式通達であり、本社の決定だ」
個人の理想など国家間の現実の前では何の意味も為さない。
―――国産にかけた私の想いは・・・
胸に押し抱いた開発レポート。高島の言葉を背に聞きながら、千景は逃げる様にして部長室を後にした。