<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.35084の一覧
[0] 国産戦術機開発物語シリーズ (オリモノ・前書き必読)[空](2012/10/31 18:42)
[1] 「震電の翼」第1話[空](2012/11/09 22:30)
[2] 「震電の翼」第2話[空](2012/11/09 22:32)
[3] 「震電の翼」第3話[空](2012/11/09 22:33)
[4] 「震電の翼」第4話[空](2012/11/09 22:37)
[5] 「震電の翼」最終話[空](2012/11/09 22:44)
[6] 「旭光の穂先」第1話[空](2012/11/18 17:50)
[7] 「旭光の穂先」第2話[空](2012/11/18 17:49)
[8] 「旭光の穂先」第3話[空](2012/12/02 11:58)
[9] 「旭光の穂先」第4話[空](2012/12/02 11:59)
[10] 「旭光の穂先」第5話[空](2012/12/13 20:24)
[11] 「旭光の穂先」第6話[空](2013/01/06 04:24)
[12] 「旭光の穂先」第7話[空](2013/01/06 04:18)
[13] 「旭光の穂先」第8話[空](2013/01/21 01:27)
[14] 「旭光の穂先」第9話[空](2013/01/22 18:57)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[35084] 「旭光の穂先」第5話
Name: 空◆e62166fc ID:7809620a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/13 20:24



旭光の穂先 ~国産戦術機開発物語~

第5話「都雅の穂先」








1989年 10月   山梨県 北富士演習場



 樹々を纏う紅葉が霊峰富士の裾野を艶やかに染める。秋暁を迎えつつある山稜は赤に満ちていた。
 音響センサーが拾う風の囀り。揺れる草木がたてるサラサラとした優しい音が耳を楽しませ、逸る心を落ち着かせる。

『CPから黒鷹01、敵性情報更新確認せよ』

 斯衛軍第131戦術機中隊を率いる山県深雪大尉は網膜投影によって映し出される戦域情報を確認しながら、フッと息を吐いた。
 自機を含め、12機。CP(中隊本部管制班)から送られてくる情報を信じるならば未だ敵はこちらに気付いていない。

「黒鷹01、了解」

 管制ユニットの中、小さく呟く。

 無線(応答はしない)は入れない。CPからの放送系のみを受信する。応答(電波を出す)すれば敵に位置を掴まれてしまうからだ。
 高度に発展した指揮通信システムを持つ『帝国陸軍』は、索敵から識別、攻撃に移るまでの消費時間(タイムロス)が恐ろしく短縮されている。
 それは見つかった瞬間に砲弾が降ってくると称しても決して大げさでないレベルであった。

 生産コストや整備性などの冗長性を切り詰めることによって性能強化を続けているとは云っても、82式(改)戦術機『瑞鶴』の視界外戦闘能力は元来から高いものではない。
 特に近年(86年)になってから導入を開始された第2世代戦術機群(帝国陸軍:F‐15イーグルJ)とは、レーダーの性能一つをとっても大きく引き離されていた。
 遠(中)距離戦闘では絶対に勝てない。もし、82式でF‐15に勝利できる可能性があるとすれば長刀の間合いまで引き込んでの近接格闘戦しかなかった。

 その為には、電波標定で居場所を掴まれる様な愚を侵す真似は絶対に出来ない。
 目に映る戦域情報、その中で重金属雲濃度を再度確認する。訓練統括を行う評価隊から想定付与された重金属雲濃度はレベル3を示していた。
 光線級相当の対応レベルを表すレベル3は、軍にとって最も標準的な重金属雲濃度と云える。

 空間中の金属濃度が増していくのに反比例する様に広域無線の感度が落ちてきていたが、高出力マイクロ波を使用する衛星通信は未だ健在であった。
 CPからデータ受信状況は良好。データリンクさえ生きていれば、自ら電波を発することなく索敵することができる。
 深雪は82式の腕を動かし、機体を覆う偽装網を少しだけ上げた。頭部カメラを回す。警戒方向は30度から60度。事前に指定した警戒方向を素早く確認する。

「もう少しか・・・」

 広がる雑木林。未だ敵の姿は見えない。偽装網を戻した深雪は振動センサーへと目をやった。
 82式とF‐15Jで差がないと云えばこれぐらいのものだ。音や振動は、新型旧型に関係なく発生する。
 騒音や振動は、ダンパーや消音装置、電磁伸縮炭素帯によって多少の変化はあるものの最も性能差が出ずらい項目の一つであった。

 パッシブソナー(振動センサー)が拾う振動をデジタル処理し、視覚化することによって衛士に伝える捜索システム。
 IRST(赤外線捜索照準システム)とともに、レーダー性能が制限される重金属雲下での非電波索敵装置として期待されている。
 深雪は僅かに眉を顰めた。自機を中心に回る円状に表示されるモニター画面に幾つかの輝点が表示されていた。
 82式に搭載されている火器管制システムが、自動的にパッシブソナーが捉えた情報とCPから送られてきた敵性情報を重ね合わせる。

「1、2、3、4つ・・・1個小隊か。前衛か?それとも囮?」

 パッシブソナーが掴んだ目標は1個小隊規模の戦術機部隊だった。この数はCPが送ってきた情報とも合致する。
 だが・・・数が少ない。深雪は下唇を噛んだ。当然の事だが、敵部隊の戦力は知らされていない。
 しかし、これまでの訓練の経験上、敵部隊の数がこちらより(中隊規模)少ないことはあまり考えられないことであった

 こちらを舐めているのか・・・それとも、前衛を囮にこちらの位置を特定しようとしているのか。悔しいのはどちらに転んでも、あまり面白くないということだ。
 いくら性能に劣るとはいえ3対1ならまず負けることはないだろう。だが、逃げに徹されれば足の速いF‐15Jを『早期』に叩くことは難しい。
 増援が来る時間程度は容易に作られてしまうだろう。勿論、位置特定され長距離砲撃を受ければ、82式に対抗する術はなかった。

―――やはり・・・ギリギリまで引き付けて一気に潰すしかないな・・・。

 偽装網の繊維は、赤外線を抑制する能力を付与されているがそれも程度問題だ。F‐15のセンサー類を何処まで誤魔化すことができるのか?
 UAV(無人偵察機)の支援が欲しい。パッシブソナーの測距精度はあまり良いものではないからだ。センサー類も一長一短だ。得意不得意はある。
 電波を出さず、秘匿性に優れたパッシブソナー。陸軍は複数の機体をデータリンクで繋ぐことで精度向上を図っている様であったが、斯衛軍は未だ、そのレベルにない。

 CPからの間接情報も良いが、今は鮮度の良い情報が欲しかった。1秒、1mの精度の持った情報をだ。

「八咫烏が使えればな」

 八咫烏、斯衛軍虎の子の装甲偵察駆逐艦(航宙艦)の姿を思い浮かべながら、深雪はソナーがもたらす敵情報をじっと眺めた。
 航宙艦があれば敵の姿を常に覗き見ることができる。こんな気苦労をする必要もない。
 一度だけ、八咫烏の援護下で戦闘(訓練)を行った経験があるが、常に敵の位置が分かるという優位性は病みつきになるほど素晴らしいものだった。

―――300・・・いや、500でしかけるか・・・。

 また、下唇を噛む。82式の突進力とF‐15Jの索敵・砲戦能力を天秤にかけながら。

「88(式)の取り回しがどれぐらいのものか・・・こればかりは仕掛けてみないと分からないわね」

 訓練前に部下の一人を訓練支援隊の駐機場に忍ばせた。(これぐらいは性能差を考えてのハンデキャップ、『諜報活動』の一つとして目をつぶってもらいたい)
 直前で装備が変更されていなければ、F‐15Jが装備する火器は88式重機関砲の筈であった。

「槍と剣の力比べになる」

 呟きながら深雪は、もう一度、敵性情報を確認、仕掛ける距離を500mと決断する。雑木林の切れ目、F‐15Jが見えた瞬間に襲い掛かるのだ。
 悩みは多い。良くを云えば300まで待ちたかった。しかし、そこまで接近されれば、いくら偽装網を被ろうと見つかる危険性が高い。
 光学カメラを覗くのは練達の兵達だ。自然に混じる違和感を決して見逃さないだろう。
 そうれなれば、いくら数で上回ろうと火力に勝るF‐15Jが相手。先手を打たれれば簡単に蹂躙されてしまう。見つかる前に跳躍突進。格闘戦へと持ち込み一気に決めるのだ。

―――5秒・・・。果たして、この差が吉と出るか、凶と出るか・・・。

 深雪は大きく息を吐いた。

 音響センサーが拾う自然の囀り。その中に、『人工的』な響きが混じり始めていた。
 82式の初期加速力は母体となったF‐4は元より、陸軍が運用する77式改をも上回る。500mなら10秒、300mなら6秒とかからない。

―――まったく羨ましいものだ。

 鉄火場を前にしながら敵の装備を羨む。部下の前では見せられぬ醜態であったが、そう思わずにはいられなかった。
 ここ最近の陸軍の装備更新速度は異常だ。戦術機部隊の数こそ増えてはいないものの搭載される携帯火器や装備品は続々と新しい物に変わってきている。
 北欧兵器メーカーの開発した傑作機関砲をライセンスした88式は、それまで使用されていた74式突撃砲(WS‐16)とは別次元の破壊力を持っていた。

 口径40mmの重機関砲。WS‐16系列突撃砲の最新モデルでも36mmであることを考えれば、その高威力は容易に窺える。
 各国との相互運用性(インターオペラビリティ)や装弾数等を犠牲にする事により採用された(とは云っても戦術機以外の陸戦兵器では幅広く使用されている)40mm口径砲。
 だが、前述の優位性を捨てる事により88式が手にいれた物もまた小さくはなかった。いや、大きいからこそ陸軍は88式を採用したのだ。

 装弾量を重視し、発射薬量(排熱問題も絡んでいた)を減らしたWS‐16系列の36mmケースレス弾は、その口径の割には威力が低い。
 戦車級以下ならともかく要撃級以上の大型BETAを相手にするならば、一撃で撃破するとまではいかないのが現実だった。
 表向きは威力十分とされるWS‐16であったが現実は異なる。小型種なら兎も角、大型種相手では相当数を砲弾を叩き込まなければならない。

 それに引き替え、口径が大きい88式は突撃級(正面)や要塞級などの特別な例を除けば、全てのBETA種を一連射(4点バースト)以内で撃破可能であった。
 勿論、その砲が戦術機に向けられればどうなるか・・・。深雪の愁眉が僅かに歪む。結果は考えるまでもない。ただでさえ82式は外部装甲を削り、軽量化しているのだ。
 さらに付け加えるならば、88式はVT信管などの各種砲弾の使用も可能であり、これは戦術機戦仕様の対空榴弾も使えるという事を意味していた。

―――本当に厄介・・・。

 88式重機関砲は高威力の反面、重量も重く、旋回速度などの取り回しの面では不利である・・・と、云ってもあまりに火力が違い過ぎた。
 中(長)距離戦では厄介極まり無い相手。40mm70口径の長槍の懐に果たして飛び込む事ができるのか?胸中で弱気の蟲が蠢く。

 長刀による直接打撃戦。近代の兵士に侍が挑むのと同じだ。

 無謀極まりない。10秒と5秒・・・どう違うと云うのだ。砲弾の速度は戦術機が跳ぶより早い。
 確かに軍と斯衛では任務の異なる。斯衛の任務は守護であり、軍と違って壊し焼き尽くす事ではない。
 御所や市街で活動するのに無差別に砲を乱射し、誘導弾を放って何を守ると云うのだ。深雪は己を偽るかの様に心の中で叫んだ。

―――攻める為の穂先ではない。我々は守る為の剣なのだ。

 だからこそ斯衛は直接打撃戦を磨き続けるし、装備もそれに即したものを整備し続ける。
 そう信じたい。そう信じるしかなかった。戦術思想の硬直化や組織的欠陥による装備更新の遅れとは考えたくない。
 協同訓練(他軍)の度に実感する現実。従来通り、閉鎖的に自らの殻に閉じこもっていたならば絶対に分からなかったであろう事実。

 戦術機のなど高度先端技術兵器の導入は、4軍の中で最も閉鎖的であった斯衛軍にも変化をもたらそうとしていた。
 伝統だけでは、もはや時代に留まることさえ難しくなっていたのだ。
 求められる革新。黒と呼ばれる平民出身者、家柄ではなく能力だけで斯衛軍に入る者も増えてきている。

―――斯衛(ロイヤルガーズ)の意地か・・・。

 過渡期にある斯衛。だが、『斯衛』の在り方、全てを否定をする必要はない。いつの間にか深雪の口元には小さな笑みが浮かべられていた。
 要は考え方か・・・。破れかぶれではない。何処かを悟った様な感覚。気持ちがスッと軽くなるのを彼女は感じていた。

「それに・・・我らの技量が劣る訳ではない」

 斯衛軍衛士の年間搭乗時間は420時間。これは陸軍の300時間を大きく超える。
 訓練時間が衛士の練度に直結する訳ではないが、重大な要素であることは間違いない。

 共同訓練の性格上、敵部隊が二線級の訳がない。敵も精鋭なら此方も精鋭だ。
 第131中隊の平均搭乗時間は2000時間を超える。この数字は日本全体を見ても最も高い部類にあると云って良かった。
 日本に戦術機が入ってきて10年あまり。個人ならともかく部隊レベルで搭乗時間2000時間以上の衛士を揃えるのは容易ではない。

―――真の戦を知らぬからこそ、自らを鍛える時を得た。

 戦時の軍より、平時の軍の方が練度が高い。訓練時間を考えれば当たり前の事だ。
 理想は適度の実戦と長期の平和。 欧州派兵を続ける陸軍に比べ、斯衛軍は兵を鍛える余裕があった。

 陸軍にやれて斯衛に出来ぬ訳がない。
 組織の規模を考えても一度変わり始めれば、その変化は劇的である筈だ。

 その為にも、深雪は揺れる木立をジッと睨みつけた。

―――下地はあるのだ。陸軍に出来て、我らに出来ぬ訳がない。

『全機抜刀ッ!掛れ―――!』

『『『―――応ッ!』』』

 勝つ為に行くのではない。過去に終止符をうつ為に行くのだ。深雪は叫びながら、スロットルを一杯まで叩き込んだ。
 跳躍ユニットの咆哮とともに偽装網を脱ぎ捨てた12機の82式戦術機『瑞鶴』が潜んでいた林を飛び出す。

―――それでも・・・。

 眼前の林が割れ、4機のF‐15Jが姿を見せる。
 構えられる長槍。第2世代機の特徴とも云える素早いレスポンスで88式重機関砲の砲口が此方へと向けられる。

―――良い射管(FCS)を積んでいるじゃないか・・・。それでも、只でこの首をくれてやる訳にはいかん。

 ならばやることは一つだ。陸軍に斯衛の斯衛たる所以を見せつけてやる。深雪の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
 マズルフラッシュの閃光が彼女の目を焼いた。管制ユニットに鳴り響く警報音。要人警護用にと装甲厚を増した追加装甲が40mm徹甲弾の直撃に悲鳴を上げる。
 1秒、2秒・・・特殊合金と強化セラミックを積み重ねた積層装甲が降り注ぐタングステン合金の鏃を、その身を犠牲にする事により受け止め防いでるのだ。

 目に映る機体ステータスが黄色から赤へと変化していく。だが、目指す敵機は目の前にあった。前進あるのみ。
 いくら第2世代機の運動性能が優れようと跳躍ユニットの展開角度上、第1世代の前進速度を後退速度が上回る事はない。
 JIVSが損害に応じて機体性能に制限を加えるが、一度加速し始めた機体はそう簡単には止まらない。慣性と云う名の物理法則が最後の距離を詰める瑞鶴の背を後押しする。

―――これが、実際ならば私の身は焼かれ、バラバラになっているのだろうな・・・。

 視界の中、急速に大きさを増していくF‐15Jの姿。それに応じる様に思考が鮮明化していくのを深雪は感じた。
 3秒・・・4秒・・・彼女はコマンド画面を呼び出す。迫るF‐15Jまで距離は100mを切っていた。素早くコマンドを入力する。

「はあああッ」

 コントロールスティックとフットバーを激しく動かしながら深雪は叫んだ。

 JIVSの介入を強制解除。唸り声を上げる主機の声。
 制限により雁字搦めとなっていた愛機が力強さを取り戻す。

―――すまんな。先に謝っておくよ。

 深雪は口元を大きく歪め笑った。

 眼前には蹈鞴を踏む様に後退を図るF‐15Jの姿。この距離まで踏み込めば長い物である88式は役に立たない。
 互いの機体が衝突せんばかり距離まで急接近。突撃の勢いそのままに追加装甲で88式の長い砲身を押しのける。

「括目しろッ!陸軍。これが斯衛だッ!」

 叫びながら深雪は長刀を突き立てた。

 これで決める。時速300キロの交差線。超高速で流れていく時間の中、駻馬の様に暴れる愛機の手綱を引き締める。
 機体に走る衝撃。大地に描かれる円弧の輪。激しく揺れる管制ユニットの中、深雪は機体を『水平』に旋回させた。





1989年 5月 帝国軍 統合技術研究本部 相模原第2(火器)研究所



 BETA戦争により、日増しに軍の発言力が大きくなっているとは云っても日本帝国が民主主義国家である事に変化はなかった。
 軍と云っても議会の承認が無ければ動きが取れないし、予算が無ければ兵の一人も動かすことはできない。そして、その肝心要の予算も無尽蔵にある訳ではなかった。
 確かにBETA戦争による特需景気により、日本帝国は未曽有の好景気に沸いていたが、国が国としての健全性を失するほどに軍事予算を計上する事はできない。
 軍だけに、その力を傾注すれば、BETAによって国が亡ぶ前に、軍によって国が立ち行かなくなってしまうからだ。

 斯衛以外の3軍によって設立された統合技術研究本部もそう云った予算問題から、端的に云えば予算節約の為に生み出された組織であった。
 重複する兵器のファミリー化や開発コストの削減など、それまで各軍独自で行っていた兵器開発や調達を共有化する事が出来れば、兵站面での恩恵は大きい。
 特に弾薬など大量に消耗する物資に関しては種別を抑え、単一化すれば、より生産効率が上がる。生産効率が上がれば『安く』なるのは云うまでもなかった。

 そんな統合技術研究本部(統技本)の下部組織の一つである相模原第2研究所(相模原)。

 主に弾薬や火薬技術の研究を行う相模原は、その研究内容から3軍の協同開発業務の中でも最も『問題』が発生しづらく、その規模は年々拡大され続けていた。
 今では各軍の誘導弾や砲弾などの研究業務の多くを担う存在として、帝国軍内においては国次研(国産次期戦術機研究機構)に並ぶ存在として認知されている。
 BETA戦の開始から、軍の協力体制の深化、統合運用への歩みは牛歩ながらも確実に進んでいた。その成果の一つが相模原であり、国次研であった。

「87試もいよいよここまで来たか・・・」

 その相模原において、また新たらしい誘導弾が産声を上げようとしていた。
 陸軍の制服を着た男が眼前に設けられた大型スクリーンを眺めながら感慨深げに呟く。

「欧州での評価試験も上々。突撃級や要塞級、重光線級などの装甲目標にも有効である事が確認されている」

「79式(ATM‐2:対舟艇対戦車誘導弾)でもやれない事はありませんが、さすがに突撃級を正面から確殺するには威力不足ですからね」

 男の言葉に技官の一人が口を開く。

 1979年に正式化された79式対舟艇対戦車誘導弾は、一応の対BETA戦対応能力を持ってはいたが、その能力は79式にとっては「ついで」でしかないものであり、本来ならば沿岸防衛の為、上陸してくる敵舟艇や戦車などの装甲目標を撃破するのを目的に開発された79式は有線誘導方式を採用していた事により、重金属雲下の使用にもよく耐え、対重装甲目標を撃破する有効的な手段を持たぬ軽歩兵部隊にとっては大きな助けとなる兵器であったものの、やはり専用開発されたものではなく、BETAとの戦いが進む中で、問題点として弾体飛翔速度の遅さ(秒速200m、最大射程4000m向こうの目標に着弾するのに20秒近くかかってしまう)、そして突撃級などの分厚い装甲殻を持つ目標に対しては威力不足が叫ばれていた。

 特に威力不足の点に関しては致命的であり、有効な対装甲目標への対処火器を望む声は軽歩兵部隊を中心に日増しに高まっていった。
 その事が、開発開始から僅か2年での試作品完成、87試対装甲誘導弾の開発が急ピッチで進められた理由であった。

「突撃級は無論のこと奴らの移動速度は速い。戦線を作るのも一苦労だよ」

 対BETA戦において、梯団前衛を務める突撃級は特に脚が早い。対人類戦の様に一度戦線を突破さえ、背中を狙うと云う事も、そのサイズから難しかった。
 機動力の高い戦術機や航空戦力ならば側面からの撃破も可能であったが、機動力に劣る地上部隊はどうしても正面からの戦闘が多くなる。

「87試が正式化されたらならば、軽歩兵部隊でも大型種に対しての対抗手段を持つことになります。
 さすがに重量の問題から携帯火砲までの代替えは無理でしょうが・・・しかし、そうは云ってもコイツが量産化の暁には、戦車や戦術機無しでも戦線保持が可能となるでしょう。
 全軍の航空機動化が進む中、兵器の軽量小型化は必須とも云えます。そう云う意味でも87試の早期戦力化は急がなくてはならない」

 話す技官の言葉に多くの者が頷き、同意を示す。

「高機動車で運用できるのが良い。空輸が出来るのは勿論、国内での運用を考えた際、交通インフラを損なう事なく迅速な戦略移動が可能だ」

「江角少佐の云われるとおり、派遣隊(欧州)からの報告書でも、その点(航空輸送)は大きく評価されています。
 確かに光線級は脅威だが、航空展開の全てが否定された訳ではない。光線級の位置を特定できればまだまだ十分に使える。いや、使わねばならない」

 国内での使用か・・・そればかりは勘弁だな。と、苦笑いを浮かべながら技官は言った。

「私だってコイツを国内で使用したい訳ではない。だが、可能性に備えるのが軍の仕事でもある」

 技官の顔色から彼の心情を読んだ江角は言葉を続けた。

「別に国内が戦場になるならないを別にしても、戦略輸送能力が高いのは良い事だ」

 訓練施設や基地間の移動など戦場以外にも軍事車両は走行する事を余儀なくされる。そんな時に既存の輸送手段が使用できるのは運用上、大きな強みであった。
 何の制限もなく鉄道や橋梁を使えると云う事は言葉以上に大きい。戦場で役に立たない兵器も問題だが、そもそも戦場にたどり着けない兵器も問題なのである。
 その点、高機動車で運用が可能な87試は運用上、大きなアドヴァンテージを持っていると云って良かった。

 江角の言葉を代弁するかの様に大型スクリーンに87試を搭載した高機動車の姿が映し出される。

「海軍が整備を進めている高速輸送艦でも200セット(高機動車一台+牽引式小型トレーラー)は運べる。
 搭載誘導弾の数から単純に計算して2400発だ。たった200台の高機動車で十倍、2000からの突撃級(重装甲目標)を撃破できる。
 2000の突撃級だぞ。今までなら重装甲師団でも持ってこないと話にならん数字だ」

 1個師団300両の戦車を移動させるのに一体どのくらいの労力が必要となるだろう。世界標準から見ても小型軽量である74式戦車であっても、それは変わらない。日本全国の道路が戦車の走行に耐えうるコンクリート舗装が為されている訳ではないのだ。300両もの戦車が隊列を組んで走れば通常道路などすぐにボロボロになる。専用のタンクポーター(戦車運搬車)を使用しても同じだ。戦時ならともかく平時では道交法の制限を受け、夜間にしか走れない。また、道交法などの車両制限を考えなくとも、300台もの大型牽引車が走行すれば、どれだけ交通インフラに混乱を来すのか想像に難くない。そして、付け加えるなら重装甲師団の装備する車両は戦車だけではないのだ。

「兵力展開の速さ、高火力。機装兵や無人偵察機と併せて運用すればまったく新しい戦いができるだろう」

 江角の云う機装兵とは、従来の名で云う所の軽装甲歩兵の事であった。

 1985年の名称変更により「軽装甲歩兵」から「機装兵」へと、その名を改めていた。装甲を纏わず、倍力装置(電磁伸縮炭素帯)によって歩兵単体の戦力向上を図った軽装甲外装は、確かに重装甲歩兵の様な鎧と云うよりはサポーター然とした雰囲気であったし、余談としては、軽装甲外装の充足により、それまで歩兵部隊の頂点にあった重装甲歩兵との間に確執が産まれた為、装甲歩兵からの分別を図るという噂もあったが、真相は良く分かっていない。兎に角、「軽装甲歩兵」は「機装兵」とその名を変え、今でも日本帝国歩兵部隊の中核を占めるまでになっていた。

「機装兵の火力は高い。要撃級(非装甲目標)までなら簡単に喰ってのける」

 話が若干逸れてしまったが、機装兵の携帯火力は倍力装置の恩恵により、従来型歩兵部隊より遙かに高いレベルにあった。
 小型種以下であれば全く問題としない火力を持っている。これに重装甲目標を叩ける装備が加われば鬼に金棒となる。

「江角少佐・・・歩兵が強くなるのは良く分かったわ。だけど、87試が歩兵だけのものではないことを忘れないで欲しい」

 江角の隣で、胸に衛士徽章を付けた海兵隊少佐が言葉を続けた。

 81年に戦術機導入を狙い、A‐6イントルーダーの導入を図った海兵隊であったが、その運用コストの高さ(戦術機一機に対して支援潜水艦が一隻必要)から導入を断念。現在では基地警備と沿岸部に対する高速哨戒機の名目で海軍が導入したF‐4戦術機(77式戦術機海軍仕様)に相乗りする形で戦術機部隊の運用を行っていた。その為、数は小規模であり、海軍との統合運用に近い。

「87試は私達、戦術機部隊にとっても大きな武器となる。甲型の話は良く分かりました。乙型の進捗具合はどうなっているのでしょうか?」

「誘導装置の開発は完了しています。後は第1弾頭(第1段階ロケット部)の推進装置のみです」

 海兵隊少佐の言葉に江角に変わって技官が答える。

「高濃度重金属雲下を低空飛行しますので・・・その、低コスト化に若干の問題が出ておりまして」

 それまで明るい空気にあった部屋が急に暗くなる。

「誘導装置や切り離し時の問題は解決しております。第2弾頭部となる甲型も先に述べた通り、量産可能段階まで・・・」

「私の聞いているのは甲型ではなく乙型です」

 技官の言葉に、海兵隊少佐は厳しい声を上げる。

 87試対装甲誘導弾は3軍共同開発の例に漏れずファミリー化を前提とされて開発されていた。短距離目標に対する運動エネルギーミサイル(CKEM)である甲型と、その甲型を弾頭部に持つ長距離目標を対象とした多段式超高速運動エネルギーミサイル(HVKEM)としての乙型である。秒速1500m以上の高速度(装甲貫徹原理は装弾筒付翼安定徹甲弾と同じ)で敵を撃破する87試対装甲誘導弾は、その開発初期から有効射程距離の問題に直面していた。突撃級の装甲殻を破る為の塑性流動、相互浸食現象を起こすためには弾芯の突入速度が秒速1500m、マッハ4.4以上が必要となる。速度を上げるには多くの推進剤が必要であった。これは至極当たり前の話である。そして、推進剤が増えれば誘導弾のサイズは大きくなり重量が増す。更に増える推進剤消費量。これでは堂々巡りだ。

 短距離(有効射程10km)目標を相手取る甲型はまだしも、長射程を目標とする乙型にとって、この消費推進剤の問題は大きな壁となって帝国技術陣の前に立塞がっていた。

「多段式にする事により目標射程を達成する事は成功しています。後はコストの問題だけなのです」

 海兵隊少佐の言葉に技官は取り繕う様に言った。

「光線級の迎撃を回避する為には低空匍匐飛行を与儀なくされます。ロケット推進での長射程化はどうしても推進剤が多く必要となる。
 その為、第1段階ロケット部にはジェットエンジンを使用しているのですが、そうなると、どうしても戦塵や重金属雲の影響を受けてしまうのです」

 吸気が必要となるジェットエンジンはロケットエンジンより燃料消費量が少なくなる。長射程が必要となる巡航ミサイルなどでは良く使われている手法であった。

「ラムジェット推進という手段もありますが、障害物の少ない高空や海上ならともかく、障害物の多い地上では早すぎる。低空匍匐飛行には全くむきません」

 それこそ超高速度対応の地形追従装置の開発にどれだけ時間のかかることか・・・最後の方は言葉を濁す様に技官は言葉を続けた。

「英国からの技術支援により、防塵フィルターの高性能化は進んでいます。しかし、それを使用したとしても使い捨てを前提とするエンジンとしては高すぎる」

 ジェットエンジンにとって、巻き上がる戦塵はともかく高密度重金属雲は大敵であった。吸気口から入った重金属雲がエンジンコア部のブレードにへばり付き、回転効率を悪化させる。その上、空気の流れを悪化させる重金属雲はエンジン内の温度を過度に上昇させた。対BETA戦における戦場はエンジンに悪い環境だけが広がっている。その悪条件の中、いかに安定した性能を発揮できるか。コストを掛ければ問題は解決できる。現に戦術機やヘリは重金属雲下での運用能力があるのだ。

「それでは乙型が量産されるのは・・・」

「現状では高価値目標限定として運用するのが限度でしょう。このコストですとKEMより通常弾頭の方がメリットは大きい」

 技官の言葉に海兵隊少佐はギリギリと歯を食いしばった。

「・・・現状は良く分かりました。精神論で技術が覆る訳でありません。しかし、努力は続けて欲しい」

 海上からの火力投射を任務とする海軍、そして敵前上陸を敢行する海兵隊にとって87試乙型は絶対不可欠なものであった。
 長距離から敵を叩く事が出来れば己の身も守れるし、母艦部隊の安全も確保できる。コストと云われても、その代償は我が命なのだ。簡単に納得する事などできない。

「柴村少佐の云う通りだ。乙型については陸軍からもお願いする。戦術機部隊を最も多く運用しているのは我々陸軍だ」

 柴村の言葉に江角も同意する。

 陸軍は陸軍で87試を対重光線級の切り札と位置付けていた。
 現状(高コスト)でも光線級用だけに使用と限定された任務になら使えるが、安ければ安いほど部隊充足率は上がる。

「それは分かっております」

 柴村や江角の言葉に技官は身を正しながら言った。

 彼らの言葉や態度の通り、87試には大きな期待だけではなく大量の人員、予算が投入されていた。
 現場の人間から必要とされる。技術屋にとって、それ以上に名誉な事などない。期待には応えたい。何としてもだ。
 技術屋の戦争。87試乙型が完成した暁には、光線級吶喊などという自殺にも等しい任務から衛士を開放する事ができるのだ。

 だからこそ俺達は戦える。幾度となく眠れぬ夜を乗り越えながら。
 柴村や江角ら軍人達の方をまっすぐに見ながら言葉を続ける。技術者として、それ以外の語るべき言葉は無かった。

「我々も問題解決に向け、全力を尽くします」





1989年 10月   山梨県 北富士演習場



 斯衛と軍が訓練する意味があるとすれば、彼ら斯衛の持つ高度な機体制御技術を盗む事しかない。
 戦術や装備など時代遅れの斯衛軍。だが、こと衛士の基本操縦技術に関しては異常とも云える練度を誇っていた。
 近接格闘戦と云う高難易度の操縦技術が要求される割には、戦術としてあまり意味のない業ばかりに拘っている為か、こと機体を動かす技術に関しては抜きんでている。

 そうやって理由でも見つけてやらないとやってられない。

―――F‐4Jが主力であった時ならまだしもな・・・。

 帝国陸軍訓練支援隊戦術機班を率いる高村陽一大尉は目に映るセンサー画面を見ながら小さく息を吐いた。

『隊長、斯衛の指揮官、女でしたね』

『吉村、あまり舐めすぎるなよ。腐ってもガーズ(斯衛:ロイヤルガーズ)だ。エリートである事には変わらん』

『しかし、そのエリートさん達・・・あれで隠れているつもりですかね』

 列機の一人、三好孝也中尉が話しかけてくる。

 自分達の位置から東方に5キロ。林になった位置に息を潜める戦術機の一団が隠れていた。
 主機を切り、補助動力のみの静穏姿勢を取っているが、F‐15Jのセンサーを騙すほどではない。

―――決して斯衛の衛士が下手糞な訳ではない。

 敵を前にして考える事ではないが、憐憫の思いさえこみ上げる。

 77式なら伏撃を受けたかもしれないが、F‐15Jの索敵能力は77式の比ではなかった。米国から導入する際、F‐15の長所を伸ばす様に改造が施されたJ型(日本帝国仕様機)は、起伏激しい国内での『中長』距離戦に対応する為、特に索敵装置の強化が図られていた。ファーストルック、ファーストシュート、敵を先に見つけ、先に撃つ事に特化された機体はオリジナル機同様、これまで日本帝国が重視してきた直接打撃武器による近接格闘戦には未対応であったものの、機動砲撃戦には滅法強い機体へと変貌を遂げていたのであった。オリジナル機には無いTACBASS(埋没式戦術ソナー・システム:TACtical burying Array Sonar System)や背部兵装担架の中央に設けられた起倒式索敵レーダーマストは、山々の稜線から機体を出すことなく索敵を可能にするなど、F‐15Jの目はオリジナル以上に鋭く、敵を見逃さない。

 敵は選べない。戦場では当たり前の事だ。高性能機で低性能機を叩きのめすのは気が引ける思いであったが、これも訓練だと割り切るしかなかった。

『頭上のUAV(無人偵察機)を泳がせているんだ。敵は此方の動きを把握している。あまり油断していると喰われるぞ』

『無線電波垂れ流しもその為ですか?』

 三好中尉に混じり、平田君子少尉も話に混じってくる。

『今頃、敵のCP(管制班:コマンドポスト)から我々の位置情報が通報されていますよ』

 無線傍受による位置標定は基本的な事だ。それを防ぐには無線封止、不用意な電波発振を抑えるしかない。

『誘導弾の使用も禁止。遠距離砲戦も禁止。その上、UAVも見逃して敵に位置まで教える。一体どれだけなんですか!?』

 平田の声には明確な不満が込められていた。

 彼女の云う通り、現状はF‐15Jの能力を半分も使っていない。
 こんな訓練に意味を見出す事の方が難しい。林の向こう、互いの姿こそ見えていないが、F‐15Jの能力を持ってすれば今すぐにでも攻撃が可能であった。
 近接信管の使用が可能な88式重機関砲は稜線の向こうの相手であっても関係ない。山なりに撃ち込んでも戦術機相手なら十分なダメージを与える事が出来る。

『それでは訓練にならんだろ。俺達の任務は相手につき合ってやる事も含まれる』

 平田の言葉に高村が何かを云う前に、小隊最後の一人、木村重徳中尉が口を開いた。

『現実を教えてやるのも仕事かもしれん。だが、敵の姿も見ずに撃墜判定を受けましたと云われて納得できるか?
 いくら訓練システムが高度化していると云っても、これは訓練だ。ある程度の演出も必要になってくる』

『木村の云う通りだ。初日は斯衛にくれてやるぐらいで丁度良いんだ。少しずつハードルを上げて現実を思い知らせる』

 高村は木村の言葉に重ねる様に言った。

『三好、お前の気持ちも分からんでもないが、少しは相手の事も考えてやれ』

『シープ4、了解』

 コールサインを用いて答える平田。

『分かればいい。いいか?勝手に撃つんじゃないぞ』

『そこまで餓鬼じゃありません。終わり』

 そう云って無線を切る平田の声には未だありありと不満が残っていたが、どうやら納得はしたらしい。
 そんな彼女の返事を聞きながら高村は諦めた様に溜息を吐いた。

『隊長・・・そろそろ良いんじゃないですか?』

『ああ、そうだな。シープ全機、そろそろ無駄話は終わりだ。林を抜けたらすぐに斯衛が突っ込んでくるぞ。我慢はそこまでだ。盛大に歓迎してやれ』

 情報は十分に与えてやった。これだけ喋れば、こちらの位置情報は十分に敵へと伝わったであろう。
 レーダーも空を舞うUVAが位置を固定し、旋回状態に入った事を確認していた。
 林の中を急歩で進んでいく。88式の長砲身が酷く邪魔であったが、無視してF‐15Jを進ませて行く。
 何時もなら移動音を出来るだけ抑えるのだが、今回は関係なかった。機体に触れた立木が押し倒され、盛大な音を立てるが敢て気にしない。

―――どんな手で来る。セオリー通りか・・・斯衛。

 何もかも無視して、今突っ込んでこられたら少し面倒臭い事になると高村は思った。

 82式(F‐4)相手に航空戦を挑むのは大人気ない。だが、地上戦で応じると云っても、林中での砲撃戦は88式の取り回し的に難しくなる。
 そんな事を考えている内に林の切れ間が近づいてきていた。そこから先、500mの距離を平地を隔てた先に斯衛が潜むポイントがある。

―――杞憂か・・・。

『全機、止まれ。どうやら斯衛の指揮官は常識の通じる相手らしい。多分、林を出た瞬間に突っこんでくるぞ。敵の配置は鶴翼を引いている。此方を包囲殲滅するつもりだ。
 吉村、平田、お前達は敵左翼を抑えろ。俺と高村で右の奴をやる。攻撃は各自。敵が見えたら撃て。
 回避(後退)方向は攻撃方向に同じ。上に逃げるなよ。みっともないからな。一人3機。F‐15Jなら楽勝だ。88式の威力をみせつけてやれ』

 部下達の了承の声を聞きながら、高村はF‐15JのFCSが敵機をロックオンしていくのを確認する。

 最大24目標を補足し、その中の4目標を同時攻撃できるF‐15Jにとって、たかだか12の目標数は多いものではない。
 友軍機と被らぬ様に目標を配分し、後はトリガーを引くだけだ。撃破を確認したFCSが自動認識し、照準のオーバーライドも機体側でこなしてくれる。

 衛士がやる仕事と云えば、機体管制と新たな目標が発生した場合の指示だけ。攻撃動作を可能な限り自動化する事により、衛士は機体を動かす事だけに専念させる。この自動化(勿論、マニュアルでの操作も可能だ)も索敵能力の強化と並び、F‐15Jの特徴の一つであった。将来的には友軍機とのデータリンク機能を更に進化させ、攻撃動作を完全に自動化する事さえ考えられていた。やる事が少なくなればより一つの事に集中できる。地上から空にかけて高速で機動を行う戦術機の操縦は只でさえ複雑なのだ。衛士は攻撃可否を判断する事と機体を攻撃位置まで運ぶ事だけ考えればよい。

『それでは行くぞ。前進用意・・・前へ』

 叫びながらトリガーに指を掛ける。林を出た瞬間、音が爆発した。

 先ほどまで聞こえていた自然の囀りが一挙に駆逐され、唸りを上げる跳躍ユニットの咆哮、88式の発砲音で周囲が満たされる。
 高村の予想通り、斯衛の突撃はF‐15Jが林を出た直後であった。反射的にトリガーを引き絞る高村の眼に偽装網を脱ぎ捨て、低空跳躍で突っ込んでくる82式の姿が映る。

「意外に硬いじゃないか・・・シープ03、シープ01後退射撃ッ!」

 人の動揺など無視するかの様に、F‐15Jに装備された88式重機関砲は迫る82式に向かって架空の徹甲弾を吐き出し続けていた。F‐15Jの攻撃情報は、82式に装着された判定装置に自動送信され、命中箇所や弾数、角度などから損害を計算した判定装置が、JIVSを通じて損害情報を82式の管制システムへとフィードバックさせる。フィードバックさせるのだが・・・高村は呻き声を上げながら機体を後退に移らせた。

―――まさか特注の追加装甲か・・・。

 後退しながら高村は迫る82式の姿をジッと睨みつけた。

 追加装甲で身を隠しながら迫る敵機に幾つもの火球が産まれては明後日の方向へと消えていく。
 JIVSが作り出す仮想映像。訓練システムは全軍共通だ。データ上の誤魔化しは効かない。
 そして、82式の性能は熟知している。あの機体は装甲が売りどころか、逆に機体を軽くする為に外装を削っているシロモノだ。

 なら、答えは簡単。考えられる原因は一つしかない。あの追加装甲だ。
 間に合うか・・・高村は舌打ちしながら攻撃をマニュアルへと切り替えた。

 F‐15JのFCSは当然の事ながら目標の真ん中を狙う様に設定されている。それは逆を云えば敵に攻撃する場所を教えている様なものでもあった。
 狙うは追加装甲の端々から覗く機体本体。面倒だが、やるしかなかった。F‐15Jがいくら高い運動性能を誇ると云ってもさすがに後退速度がF‐4の前進速度を上回る事はない。

『シープ全機、敵の追加装甲は特注品だ。空中機動を許可する』

 部下に対しては空中機動を許可するが、高村自身はそのまま後退射撃を続行する。
 彼自身にも衛士としての意地があった。此方の攻撃を正確に受け止める82式の姿。先に逃げる訳にはいかない。

―――舐めて掛ったのはこちらだ。けじめはつけてやる。

 覗く半身を撃ち抜き、一機を叩き落とす。もう一機は主脚を撃ち、バランスを崩した所をトドメを刺す。
 残るは一機。トリガーを引きっぱなしで砲口を向ける。もう距離はほとんど無かった。

 大量の火花を散らしながらも残る1機の82式は突撃を辞めない。

「糞がッ!(JIVSが)死んでるんじゃないだろう!?」

 高村の口から自然と焦りの声が漏れる。

 追加装甲と云っても機体の全てを覆える訳ではない。
 確かに迫る82式は機体の重要部の上手く庇う様にしているが、それも程度問題だ。

 ダメージを受けていないのか?被弾の衝撃で揺れる82式。だが、その歩みが止まることは無かった。

―――技量?まさか・・・

「・・・クッ!」

 そこまで考えて高村は小さく悲鳴を上げた。

 焦りから後方確認が遅れる。管制ユニットに走る衝撃。立木に引っ掛けたのだ。
 慌てて機体を立て直すも、眼前の82式はもう目と鼻の先に居た。長い88式の砲身が敵機の追加装甲によって押しのけられる。
 視界一杯に広がる82式の姿。突撃の勢いそのままに突き出される長刀。予想される衝撃に不覚にも高村は目を閉じ、身構えた。

 しかし・・・、

―――どうなってやがる?

 何時まで経ってもやって来ない衝撃に、高村はゆっくりと瞼を開けた。

「・・・フッ」

 そして、目を開けた彼は小さく笑った。

 高村の眼前にはへし折れて半分の長さほどになった74式長刀を此方に付きつける82式の姿があった。
 円弧上になぎ倒された樹木の姿。そして、F‐15Jと82式の間には折れた長刀の半身が大地に突き刺さっていた。

―――あの速度を一瞬で殺すかよ。それもあの距離で・・・こちらに当てもせずに。

 全速で突入し、一度は間合いまで入りながらの芸当。周囲の状況から82式がやった事を理解した高村は驚きの感情を抑えきれなかった。
 機体を操るという事に関しては自分達より上だとは理解していたが、まさか・・・これほどのレベルにあったとは。

―――これでは舐めていたのが、どちらだか分からんな。

 未だ、長刀を突き付けたまま動かぬ82式を見ながら高村は訓練中である事も忘れて笑った。

 戦術機が持つ可能性。装備の発達にばかり執着し、何か大切な事を忘れてしまっていたのではないのか?
 眼前に立つ82式の姿は、自分達の慢心を咎めているかの様にも見えた。

「畜生・・・味な真似しやがる」

 互いに見つめ合う新旧戦術機。管制ユニットの中、高村は小さく呟いた。

 一体どうのような操作をしたのか?他人の操作ログを見たいと思ったのは幾年ぶりであろう。訓練前からずっと感じていた鬱屈した気分など、とうの昔に吹き飛んでいた。
 戦術機に初めて乗った頃に感じた昂ぶりが胸中に蘇る。高村は気持ちを抑えきれぬ様に無線を切り替え、眼前の82式の衛士へと話しかけた。

『シープ01より黒鷹へ・・・そちらの状態を知らせ』

『シープ01、こちら黒鷹01だ。異常はない。そちらは・・・当然、無事であろうな』

 耳に流れる女の声。相手は斯衛戦術機部隊の指揮官を務める山県深雪大尉だった。

『当然だ。武士の魂を折ってまで見せてくれた妙技。此方は傷一つ付いちゃいない』

 やはり・・・確信犯か。予想が良い方へと、確信へと変わる。高村は口元を大きく歪めながら言った。

 高村が云い終えるのを待っていたかの様に、彼の耳に山県の笑い声が響く。
 控え目だが、どこか嬉しそうで自慢げにも聞こえる、その笑い声。山県の笑い声に併せる様に、高村もまた声を出して笑った。

―――すっかり喰われちまったな・・・

 眼前に立つ82式に陽光が映える。その姿をじっと見つめながら高村は何時までも笑い続けた。










前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.043989181518555