1998年 7月9日 調布基地
サイド 五月女
死なないと思っていた人が死んだ。それが戦場なんだて実感する。だからこそ、生きてほしいのかもしれない。戦いをせずに幸せに。
でも、戦場に行かなければならない。だから、あの人は戦い方でなく、戦場での生き方を教えたのかもしれない。
死の8分。初陣の衛士の平均生存時間。この8分を生き抜く事が初陣を飾る衛士の目標と言うが私には8分なんて嘘だと思い始めた。
あのシミュレーター訓練では8分じゃない。場合によっては1時間以上も戦う事もあった。最近は一人でやっていた。
「…」
帝都には明後日に行く。シミュレーションを終えて自分の戦術機のハンガーに向かう。
風神22中隊に配備されている瑞鶴。私の斑鳩は最近の訓練で修理中である。なぜなら、最近は無茶な動きをして脚部、跳躍ユニットの限界まで使ってしまう癖がある。1回の戦闘では十分だが、それが原因で毎回、修理が必要になっていた。
時刻は午前の9時12分、今は整備班の人たちが脚部のパーツを交換して忙しそうにしている。私は邪魔してはいけないと思って烏丸のハンガーへ向かった。
勝手に入ってはいけないと思ったがイヴが許可をしたので中へと入る。
すると、私が見たことない別の戦術機があった。
「…イヴさん、これ」
私が問いかけるとイヴさんは
「見たことない鉄騎士です」
と言う。
「この鉄騎士は烏丸少佐が作ったのではないのですか」
「わかりません。情報を集めてみましょう」
「はい」
私は誰が作ったわからない鉄騎士に歩み寄る。烏丸少佐が作った鉄騎士と違って戦術機のような流れる感じの形をしている。
「あの、五月女少尉」
「あ、叶屋伍長。この鉄騎士は誰のですか」
すると、叶屋伍長はさびしそうにこう言う。
「これ、烏丸少佐が帰ってきたら試してもらおうと思って作った物です。鉄騎士の設計図を元に改良して考えた物です」
「では、この跳躍ユニットみたいなのは?」
イヴさんが質問を投げかけた。
「防御力は落ちますが、機動力に耐える補強を行い、極限にまで機動力を上げる事を前提に作った鉄騎士です。一応、推進剤とジェネレーターの両方で動くように設計した物です」
「じゃあ、空を飛べるという事ですか」
私の質問に首を横にふってこう言う。
「わかりません。現状状況で鉄騎士を動かせる人がいませんので」
「イヴさん、あの鉄騎士を動かす事はできますか」
「現段階で強化装備でも動くように想定して作られてないから、設定を変えれば動かせます」
「じゃあ、私があれを乗ってもいいですか」
すると、叶屋伍長は
「動かせるのですか」
と言う。
「たぶん、動かせると思います。でも、何時の間に作ったんですか」
「仕事が終わったら、整備班全員で作ったんです。やっぱり、私達整備班はメカニックは仕事でありながら遊びのような物なので…、本当は一人でやってたんですけど。その、気が付いたら整備班全員で作っていたんです」
「すごいじゃないですか。叶屋伍長、早速乗れるようにしましょう」
「叶屋でいいです。気軽にはなしてください」
「じゃあ、叶屋さん。私も五月女でいいです。私も同じように気軽にはなしてください」
「はい、五月女さん」
そして、さっそく強化装備で動かせるように鉄騎士の設定をいじる。
けど、イヴさんのリンクが簡単に出来たので強化装備を着替えて動かすだけだった。
「五月女さん。鉄騎士の操縦は始めてだと思います。まずは、私が動かすのを真似してみましょう」
「はい」
まず、移動の基本をイヴさんに手本を見せてもらい、それどおりに動かす。
「五月女さん、聞こえますか」
叶屋の声が聞こえる。
「はい、聞こえます。間接部はどうですか。一応はかなり補強をしているんだけど」
「間接部異常なし。システムオールグリーン」
イヴさんが鉄騎士の状態を伝える。
「問題ないんですね」
「イヴさん。今度は空を飛べますかね」
「では、やって見ましょう」
「五月女さん。空の飛ぶ方法は戦術機と変わらないように作ってあるから、試して見て」
「はい」
管制塔には許可をもらっている。だから、私はまず普通の跳躍を行ってみる。
「浮いた」
私は未知なる体験をしている感じだった。
「イヴさん、すごいですよ」
「はい、ですが。防御面に関しては低いのが現状です。注意してください」
「了解です、五月女いきます」
そう言って戦術機と同じように飛んで見る。
「五月女さん。跳躍ユニットはすごく自由に聞くから変則的移動もできますよ」
「はい」
そう言われて、試しに右に垂直に近い動きができるか試して見る。
烏丸少佐が鉄騎士に乗っている時、直線に向かっていたと思ったら急に曲がる技術を試す事にした。
「す、すごい」
自分がやってみたい軌道をできる。完全に垂直とは言えないが、空中で変則的動きを自由にできる。
だけど、急に恐怖が囁いた。
「五月女さん」
イヴさんの叫び声が聞こえる。
私は咄嗟に跳躍ユニットについていないブーストを噴かした。
「はぁはぁ」
後ろで嫌な音がした。体ががくんと落ちて地面に落ちるぎりぎりの所でブーストを噴かして地面への激突を免れていた。
「大丈夫ですか。五月女さん」
「う、うん、体に衝撃は走ったけど大丈夫」
「五月女さん、大丈夫?」
叶屋の心配そうな声が聞こえる。
「はい、ですが。跳躍ユニットが根元辺りで折れました」
「わかった。すぐに回収に向かうから、先にハンガーに戻っていて」
私は叶屋さんに言われたとおり、烏丸少佐が使っていたハンガーへと向かう。戻りは地上を走りつつ、烏丸がやる軌道を真似しながら戻る。障害物を蹴って加速する。
「これ、すごく良いですね」
跳躍ユニットが無くても壁を蹴ったりする事で高く飛べるのは気持ちがよかった。
「はい、ですが。安全性を考慮するとスピードを落とした方がいいと思います」
「あ、はい」
そう言われた通りに戻る。そして、ハンガーに戻って鉄騎士から降りて後ろの部分も見ると綺麗に跳躍ユニットが折れていた。
「…」
「現段階では過負荷が強いようです。一点に負荷が来るのが大きな原意かと思います」
「と、とりあえず、叶屋さんが戻るまで待ちましょうか」
「はい」
私は適当な木箱に座って叶屋さんを待つ。しばらくすると、トラックに積んだ跳躍ユニットを運び入れる。戦術機と違って大きくは無いので回収は楽だったそうだ。
「見事に綺麗に折れているわね。自由に動くようにと作ったけど、自由度を下げて強化すべきなのかな」
叶屋さんはしばらく折れた部分を見ながら考える。
その後、私の方を向いて
「ごめんなさい。そろそろ、作業に戻らないといけないから、また今度でいいかしら」
と叶屋は言う。
「あ、はい」
「ごめんね、明日までに五月女さんの瑞鶴を直さないといけないから」
「あー、すみません。何時もありがとうございます」
烏丸少佐の真似を風神22中隊で一番良くできるのは私だけだ。そして、それを真似すると高確率で戦術機が耐え切れない。けれど、シミュレーターでは耐久値と推進剤を気にしないで戦ったら、少しだけ負けない自信があった。
「おーい、叶屋。休憩終わりにして…おや、五月女譲ちゃんじゃないか」
「あ、単瀬(たんせ)少尉、こんにちは」
私はお辞儀しながら単瀬少尉に挨拶をする。
単瀬 護平(たんせ ごへい)少尉。風神22中隊担当の整備班の副班長である。
「単瀬さん、こんにちは」
「おや、イヴちゃんもか。ということは、見たところ…おめえらが動かしたのか」
「はい、ですが。ごめんなさい。壊してしまいました」
私が下を向いて言うと単瀬少尉は私の頭を撫でてこう言う。
「がははは、気にするな。譲ちゃんが怪我無くて良かったよ。だが、こいつは、本当に綺麗に折ったな」
やっはり、技術者らしく折れた跳躍ユニットを観察する。
「叶屋」
単瀬少尉は叶屋を呼ぶ。
「何でしょうか」
「お前はこれを改良しろ。整備の方は俺が言っとく」
「単瀬副班長!」
叶屋はすごく嬉しそうな顔をした。
「気にするな。風神22中隊の整備はほとんど終わっている。あとは、五月女譲ちゃんの瑞鶴を使えるようにするだけだ」
「!」
私はそれを聞いて目の色を変えた。
「だから、お前は跳躍ユニットを改良してやれ」
「はい」
「あ、あの」
叶屋さんと単瀬少尉が私の方に注目する。
「私、これで戦いたいです」
すると、イヴさんが
「五月女さん。それは危険だと思います。まず、武装が」
と心配そうな声で言う。
「でも、これで戦いたんです」
「…」
すると、単瀬少尉が顎をさすりながら真剣な顔をしてこう言う。
「確かに、そっちの方が良いかもしれねぇな」
「単瀬さんまで…」
イヴさんは声を上げる。
「いや、俺は冷静さ。今の五月女譲ちゃんは烏丸少佐が戦術機に乗った時と近い動きをする。ただ、五月女譲ちゃんは戦術機の限界を知って抑えて必要な時に限界を超えた動きをする。対して、烏丸少佐も似ているのだが、あれは完全に途中で乗り捨てを前提にして戦いをするような動きだ」
「た、確かに」
私は烏丸少佐の実機に乗っていたのを九州で見たことがある。その時、戻ってくると修復不可能に近い状態だった。もちろん、整備士も衛士の人たちも何をしたらそうなると思った。もちろん、操作ログを見れば唖然とする内容だった。減速する為に腕を使い、加速で岩を蹴って噴射。さらに、曲がる為に強度を考えずに噴射して、今度の過度を曲がる際には足と手を使って動く。戦術機に出来ない動きはないと言う。だが、あれは別次元の何かだ。ただ、特徴的な動きは地上を主体とした戦いで跳躍は時々、上を取る時が主体だった。確かに、光線級で飛べないから地上で主体になるのはわかる。しかも、高く跳躍した時、途中で噴射を切って地面に激突すると思ったら噴射で衝撃を抑えて着地しりする。なんだろう、明らかに戦術機が行う動作じゃない。それでも、瞬間的爆発力があるので、私は必要に応じて烏丸の真似を行う。
「…」
結果的に、戦術機の消耗が風神22中隊でぶっちぎりでトップだった。
「そこでだ。俺達の戦術機の発想をミックスした鉄騎士こそ、五月女譲ちゃんが使うにはいいじゃないかと思うわけよ」
「なるほど。確かに五月女さんの軌道を考慮するなら鉄騎士が適任。それなら問題なく戦えと考えられます」
イヴは冷静に分析していた。
「だろ、だから。叶屋、整備班長に伝えて、この鉄騎士を作り上げるぞ」
「了解」
叶屋さんは嬉しそうに整備班に伝えに行く。
「さて、俺も島崎中隊長に言ってこないとな。ともあれ、テストパイロットできるのは五月女譲ちゃんしかいない。だから、逃げるなよ」
「は、はい。了解であります。単瀬少尉」
そして、私の帝都行きは明後日でなくなった。一応、キャンセルでなく先延ばしになった。そう、先延ばしになっただけなのだ。
betaが着ている。逃げることは許されないのだから…。
log.35
1998年7月11日
サイド 五月女
今、私は強化装備を付けた状態で走っていた。さらに重たい汎用機関銃を持って構えて的に狙いを突けて撃つ。私は風神22中隊で任官している。けれど、訓練学校時代のような訓練をしていた。強化装備と携帯端末を繋げて鉄騎士に乗る時に必要な戦闘訓練をしていた。
「3時の方向、模造型20」
網膜投影で20体の兵士級が現れる。
イヴさんは兵士級を模造型と呼ぶ。私はイヴさんの呼びやすいようにという事で模造型と言わせている。
「はい」
私は返事をすると汎用機関銃を構える。入っているのは空砲だが、衝撃はそのまま伝わる。引き金を引けば体に衝撃が走る。
「数0。残弾20」
私は再び走り始める。
「像型、2」
像型、つまり闘士級。戦術機に乗っている時は脅威でない。でも、降りたら十分な脅威となる。しかも、素早い動きは当てにくい。物量で迫ってくる相手なのでショットガンの類は人気がない。しかし、私は汎用機関銃を捨てて背中に背負っていたショットガンで応戦する。大した狙いを突けずに散弾を撃てば大抵は当たる。
よくわからないが、恐怖が私に危険を知らせてくれる。背後に危険が着ているという知らせが来て後ろを向いて即座にショットガンを撃つ。その後、即座にリロードしながら走る。
「目標到達。蜘蛛型10接近」
「はぁはぁ」
第一目標の鉄騎士の到達を達成。次は鉄騎士に素早く乗り込む。
「蜘蛛型1、取り付きました」
「!」
たとえ、映像でも片手でショットガンを構えて撃ち込みながら、即座に操縦席に座る。ハッチを開けたまま、右手に持ったロッドという棍棒のような武器で殴って引き剥がす。
「蜘蛛型増援30、現在総数39」
「はぁはぁ、了解」
必死に息を吸いながら腰のみの固定で鉄騎士を動かす。鉄騎士は戦術機と違って固定部位が少ない。代わりに、右を向けばカメラが右を向く。場合によっては鉄騎士全体が動く。
「なお、二目型を確認」
光線級がいる。跳躍するにも数がわからない。つまり、跳躍して即座に倒しても、別の光線級にやられる可能性を示唆している。
「うぁぁぁぁぁ」
声を上げて自分を奮い立たせ、普段よりも大きく感じる戦車級をロッドで殴りながら道を切り開く。
「レーザーロック」
「!」
撃たなきゃ、死ぬ。
左手に取り付けられた戦車が使う機関銃を光線級に向かって撃ちながら蜘蛛型に身を隠す。ただ、距離があるから、止めを刺さない程度に無力化して、別の蜘蛛型に手を出す。
「はぁはぁ」
空を自由に飛べないのが辛かった。私の得意な戦いは空が主体だ。しかし、先ほどから自分の苦手な状況ばかりが出てくる。
「蟹型4時の方向に確認。数30、距離400。なお、予想、約10秒後以内に有効攻撃範囲に入ります」
「はぁはぁ」
私はイヴに返事をする余裕なんて無かった。始めは鉄騎士で自分の思い描く軌道ができるから、十分に戦えると思った。でも、現実は違う。膨大な物量という大きな存在に対して私はただの点にしかすぎないのだ。それでも、烏丸少佐は戦ったという。戦いの記録をイヴさんに見せられたから知っている。でも、私と比べたら殆ど、息切れをしていない。それどころか、冷静に対処していた。
しかも、鉄騎士の戦いはチェーンガンのような抑制力のある武器がない。つまり、基本は常に常に逃げ道を求めなければいけない。
「光線級0」
よし、跳躍ができる。でも、上をとっても敵を一掃する武器がないので特定の敵しか倒せない。なお、現在の目標は現状維持だ。イヴさんが次の指示があるまで目標を維持することである。つまり、蟹型、そう要撃級を倒す事だった。
強化装備を着ていても体にかかるGが強い。それでも、恐怖が耳元で囁く。怖いなだけど、何故だか自分を包み込む感じがして、どうすれば助かるかがわかる。
敵の脅威は二つの前腕、さらに大きだ。敵に回り込めば怖くないはずだ。
「…」
しかし、現実でないのに恐怖を感じてしまった。戦術機だったら自分と同じぐらいの高さに見える。けど、今は違う。戦車級が同じサイズぐらいなのだ。つまり、大きい。
「あっ……ぁ……」
動けない。要撃級の一体が私を叩き潰そうとしている。
「五月女さん。怖くても動かしてください。そうすれば、可能性はあります」
「あっ…」
イヴさんの声で私は咄嗟にエネルギーランス(元はレーザーランス)と改名した武器で右に避けながら出力を上げて切り裂いた。
長刀とは違った武器でエネルギーの粒子を高速で動かしてウォーターカッターの原理で切るとかという武器らしい。ともかく、betaの血によってでエネルギーを補給できた。そのお陰で空中でもクイックブーストというのを使って空中でも加速を得られる。2回、噴かして加速。そのまま、要撃級の足を切り裂く。
すると、相手がバランスを崩す。その間に次の敵を相手する。全てを相手するにも攻撃できない状況を作ればいい。
左や右、上や下と3次元の軌道で敵の攻撃を必死に避ける。
「目玉種は確認できていません。また、退避開始をお願いします。なお、増援蟹型400に槍型200」
どうやら、全てを倒さなくても逃げられるようだ。
「了解」
「退避地点を表示、なお、5分後に砲撃が着ます」
つまり、制限時間付きである。それでも、成功をさせなければいけない。
私は跳躍ユニットの推進剤をとブースターを使って最高速度を出して敵を避けていく。でも、必要に応じて減速、ロッド、エネルギーランス、機関銃に折りたたみ式の大砲を使う。大砲は10発しかないが、エネルギー弾を撃てる優れものだ。状況に応じて武器を使い分けて進む。
「跳躍ユニットに限界。訓練を中止します」
しかし、ゴールをする前に跳躍ユニットの限界を知らせるイヴの声が聞こえて周囲のbetaは消える。私はブーストを噴かして、滑走してハンガーへと戻った。
「おかえり、今回も駄目だったな……」
単瀬少尉は残念そうに言いながら、私に合成オレンジジュースを渡す。私はそれを飲みながら、さっきの戦いを思い出してふと思った。
「…」
漏らした。
「すみません。ちょっと、失礼します」
「あいよ、休みたければ休んでくれ。何せ、ぶっ続けなんだからよ」
私は顔に出さないように更衣室へ向かう。
「…」
おそらく、要塞級に囲まれた時だろう。だが、シミュレーターでこうなると、実戦では嫌な予感しかしない。
「怖い」
そうつぶやくとイヴさんはこう言った。
「誰だって怖いです。もちろん、私も怖いです」
「イヴさんも?」
ちょっと、意外だと思った。
「はい、きっと、奈之さんも怖いのに耐えています」
「…」
烏丸少佐も恐怖と耐えて戦っていたのだろうか。でも、あの人は私と少しだけ似たような部分があった気がした。
「烏丸少佐も怖いと感じているのかな」
「怖いて言っていました。でも、あの人は生きるのが必死で怖いと感じる暇が無いのかもしれない」
「…ある意味、私には恐怖を感じるだけの余裕があるという事なのかな…」
「そうなります」
「…」
それが良いか判らない。でも、その余裕は私に何かを考える余地をくれている気がする。
恐怖は常に私を漂っている。だから、今日も私を怖がらせる。本当に良くわからない。でも、さっきは体が動かなくなったが、烏丸少佐と初めて戦った時と比べると要撃級のほうが少しだけ怖くなかい。
「………」
私は首を横にふった。まずは着替えよう。
私が強化装備を脱ごうとした時にイヴがこう言う。
「大丈夫ですか。五月女さん。」
「…」
「えっ、あっ、ふあぁぁぁ」
自分の顔が赤くなる。冷静に考えれば私のバイタイル状況は強化装備を付けている間は常に見えている状態なのだ。つまり、その、の、そう、そいう事だ。
「…」
「…」
女の子同士だから、恥ずかしいはずはないのだが…。その、なんていうかきまづかった。
log.36
1998年7月14日
アナザーサイド
風神22中隊担当の整備班は帝都防衛には向かっていなかった。その理由はただ、一つである。本来は烏丸の為に作った鉄騎士を五月女が乗る事になって完成させる為である。
本来は整備士の仕事がメインであるが、技術屋でもある。烏丸によって公開された鉄騎士を余った戦術機のパーツで作る事は容易だった。
また、五月女が良く戦術機の消耗が激しいので場合によっては一部のパーツを除いて丸ごと交換などあるので、殆ど新しい戦術機を手に入れた方が良い状況である。一応、予算的問題もあるのだが、最近は新品パーツでなく使い古しのパーツを使っていたのが現状である。だから、予定としては新品パーツを京都防衛に行く早乙女の瑞鶴に使う予定だったが、五月女が鉄騎士を使いたいと言ったのと、新しいパーツに変えても使い捨てレベルで駄目になるので、鉄騎士を完成させた方が効率的だった。
モニターでは五月女の鉄騎士の訓練を見ていた。モニターの映像は五月女が訓練場で走り回って、空砲を詰め込んだ銃を撃ったり、走ったりしている。一応、五月女が見ている映像がないとシュールな映像であるが、別のモニターでは五月女が見ている状況とイヴのサポートが聞こえる。
「模造型、100。12時の方向」
「…単瀬少尉、前線の兵士達は何時も絶望的な状況なんですか」
叶屋が単瀬に尋ねる。
「俺も何度か大陸で働いた事があって命からがら逃げてきた事があるが、それよりも絶望的だ。なにせ、一人なんだからな」
「…」
あの時は戦術機部隊や歩兵や戦車隊の護衛などで大量の物量が抑えても助かった単瀬にとって、それと殆ど代わらない状況を一人で切り抜ける訓練とは恐ろしい訓練だった。
一応、武装は自由と言っても自然と威力が高くて沢山の弾を持てる汎用機関銃が標準装備である。一応、整備班はハンガーの移動などで戦術機に乗り方は知っている。だから、戦術機の大変さも知っている。
だが、鉄騎士は別の意味で大変そうだった。
イヴが言うには鉄騎士に乗る場合は生身でも戦える事が必要らしい。
「はぁはぁ」
モニターでは五月女が息を切らしながらも、闘士級と戦っている。弾を交換したばかりの汎用機関銃。銃身が熱くなってショットガンに持ち替える事もできない。さらに新しい弾を変えた状況である。しかし、物量で押してくるbetaにショットガンが必要になる光景はシュールだった。それでも、近接戦になると装弾数の少ないショットガンでも心強いのだろう。骨董品と言われながらも銃身が切り詰められたポンプアクションのショットガンを背負いながら、汎用機関銃を撃ちながら後退していく。
もはや、当てる気も無かった。
「隊長、歩兵ってあんな訓練を毎日やるのでしょうか」
側 こころ(そば こころ)、階級伍長は尋ねる。
「知らん。ただ、あれは鬼畜訓練なのは間違えない」
「…」
「…」
「…」
整備班は単瀬の言うことに納得せざにはいられなかった。
「まぁ、戦う兵士なんて安全を確立するなら敵よりも実力をつけるしか無いんだ」
そう言いながら新しいブーストを完成させる整備班班長 燕 蓬(つばめ よもぎ)階級中尉。元は訓練学校卒業後、技術開発関連の仕事をしていたが能力は高く良い物を考えていた。その一方で無謀な提案もするが、能力の高さ故の嫉みによって仕事を止めさせられた人であり、その後軍に所属した人である。持ち前の手先の器用さで整備班班長に実力でなった人である。元技術屋であるからこそ、暇こそあれば鉄騎士を作る事を許した人である。烏丸の出会いによって面白い物を作らせてくれるからこそ嬉しかった。また、烏丸の兵器に関する考えも自分に近い思いだからこそ、燕は烏丸の事をえらく気に入っていた。
だから、烏丸がMIAになった時は整備班の中ですごく落ち込んだ一人人でもあった。
「さてと、新しい腕部は出来たか?」
「燕中尉、既に試作12式稼動腕部完成しました」
「そうか。せっかくだ。次はそいつを試してもらおうかね」
「は、はぁ」
ある意味で燕は楽しんでいた。パーツの組み換えを自由にできて、規格を統一化する事で自分の好みにパーツを組み合わせられるのだ。
そのおかげで、幾つか作って余りのパーツで二つほど鉄騎士完成させられた。イヴに頼んで強化装備なしでもありでも動くように改良した上に人間の手の動かす設計図をくれたので、それを燕は1日で作り上げて作業用鉄騎士を完成させた。このお陰で幾つかの作業効率がフォークリストとは別の意味で役立っていた。
烏丸の使っていたハンガーの隣を開けて、2機の鉄騎士が置いてあった。
「いい感じだね。バックアップ装備として変換して、翼をつけてバランスを取りやすくしたが、今回も無理だな」
今は鉄騎士に乗り込んで戦う五月女の動きを見ながら言う。
「動きの安定は上がるが変則的動きをする際、直角的な動きができなく
なる。ただ、長距離移動の際は別だけどな。出撃してエリア制圧だったら、翼があったほうがいい。一応、パージできる用に作った会があった。単瀬、五月女をハンガーに呼び戻してくれ。パーツを交換すると伝えてくれ。あたしは新しくできた跳躍ユニットを運ぶ。叶屋手伝ってくれ」
そう言いながら隣のハンガーに置いてある鉄騎士に乗り込む。戦闘する時ほど複雑な動きは不要なので強化装備を着ないでも動かす事ができる。
叶屋も鉄騎士に乗り込んでシステムを起動させた。最近はこれに乗って様々な作業をするのを楽しんでいる。調布基地ではこの作業用の鉄騎士は名物となっていた。ただ、燕はこの鉄騎士は戦う為でなく、人々の生活の向上の為に広めたいとも思った。
一方、ハンガーに戻れという指示が出ていたが訓練は終わっていなかった。ゴール地点に戻るまで訓練続行である。現実ではロットの耐久度は高い方だが、シミュレーションなので耐久値を最小に設定しているのですぐに役立たなくなる。それでも、持続性のある武器としては便利である。
ともあれ、無事に目標地点到達。イヴの操縦でハンガーに戻る。
ハンガーに戻ると汗びっしょりで、五月女は背中まで伸びていた髪もばっさりと切ったぐらいである。今は烏丸よりも短いショートヘアーだ。ある意味でそれだけ髪が邪魔だったのである。
「た、ただいま戻りました」
へとへとになりながらも、整備班に敬礼して烏丸はすぐ近くの椅子に座って合成オレンジジュースをちびちびと飲んで、栄養剤を飲んで次に備える。
整備班たちは椅子に座っている五月女に何の文句も言わずに戻ってきた燕の指示に従ってパーツや調整を行い。没パーツも調整して性能向上を図る。
整備が終わると鉄騎士を訓練場の所定の位置に置いて、鉄騎士に乗らない状態での訓練が始まる。休憩時間はパーツ交換と調整を含めて20分。その間に手持ちの銃器類の点検、弾薬補充もしている。実質の休憩は10分である。
かれこれ、訓練場に捨てた銃は約14丁。中には空砲が残っているのもある。しかし、実際の戦場では時に死んだ歩兵から拾って戦えという意味もある。なので、場合によってはグロデスクな死体の映像と共に自分が捨てた銃が落ちているわけである。しかも、投げ捨てた時に使えなかい銃、弾切れを起こしているのもある。
とにかく、容赦ない訓練である事は確かだ。ただ、烏丸とイヴの世界では当たり前だった。一部の軍隊など仲間がいる所はいい。ただ、基本的に烏丸はイヴがいても一人での行動が前提になるので、全てを一人で行う必要があった。確かに、協力してくれる人がいれば良い。それにイヴは戦術機と一緒に戦うとしてもサイズが小さい。場合によっては単機でbetaの大群に突撃して光線級を倒したりする必要を考慮にいれていた。また、小さいので場合によっては闘士級も脅威になる場合もある。特にメインカメラに飛び掛ってくる闘士級もいるし、カメラが駄目になった場合などはハッチを開いた上体で戦う必要もあった。
ともあれ、地獄である。それでも、五月女の動きは良くなっていく。烏丸とは違った別の軌道を描きながら戦う。
空と地上の戦いをうまく使い分けながら光線属種をメインに倒していく。むしろ、光線属種の次に怖いのは要塞級であり、この訓練中に自分がbetaと同じように脅威度の高い敵を狙っていて、ある意味でbetaと同じになってしまったのかと五月女は自嘲する。
それでも、上を取れば自分の世界である。例え、障害物があっても壁を蹴りつつも戦術機独特の流れる軌道を描いて角を曲がったりする。烏丸の場合は地上主体でクイックブーストを使って水平移動。場合によってはドリフトを組み合わせたりして、早い時と遅い時を使い分けて戦う。また、場合によっては地形を利用して戦う。ともあれ、烏丸も五月女も普通ではないのは確かである。ただし、総評としては烏丸の総合能力は高い。しかし、操縦に関しては五月女の方が高いとも言える。ある意味で天才とも言える。しかし、英雄にはなれない。彼女も烏丸と同様に独特すぎるのだ。独特すぎて、凡人ではないないが、英雄にはなれない人だった。
しかし、英雄にならなくても、世界を救えるだけの可能性はあった。別に世界を救うのに英雄などいなくても十分なのである。
「まだ、いける」
片腕の破損判定で右腕が動かなくなる。それでも、エネルギーランスで対抗して、さらに主砲を撃ち込み応戦する。
イヴも五月女の実力に合わせつつ訓練の難易度を上げていた。
「はぁはぁ、や、やばい」
体にかかる負荷を考慮しながらも慣れた。だが、体が追いつかない。戦術機よりも複雑な動きをするので自然と体にかかるGも強い。なのに、体の固定は腰部分という恐ろしい設計である。ただ、体の負荷を考慮してシートベールトを操縦席に設けてくれたので前よりも良い状況ではあった。
「目標地点まで100メートル。鉄騎士、行動不可」
すぐさま、ハッチを開いて五月女は降りる。すぐに安全装置を外して汎用機関銃で戦車級を撃ちつつ降りて行く。咄嗟に建物に逃げ込み迂回するが兵士級が道を塞ぐ。
絶望的状況に五月女は常に追い込まれていた。兵士級を狭い場所で撃ち殺して道を塞ぎつつ、目標地点へと走る。
「目標地点到達。なお、蟹型10、蜘蛛型30、像型5、模造型300、増援まで5分」
目標地点に着いても終わりでない残酷非道ぶりである。
でも、冷静に考えて安全な場所にたどり着いたから助かるとは限らない。つまり、これが意味する事は
「了解、逃げ道、あった」
建物に逃げ込み、戦車級をやり過ごしながら建物から出る。なぜなら、要撃級がいるのである。実際に建物は壊れてはいないが、場合によっては建物を崩されて終わりもあるのだ。
何回かの訓練の間に最初から最後まで引き金を引くのでなく、指切りをして狙う相手を選別しながら戦うようになっていた。
「残り2分」
五月女はまだ、3分しか経過してなくて、あと2分が長く感じられた。。押し寄せる猛攻。最終的に弾切れするので背を向けて全力疾走である。
「警告、蜘蛛型の攻撃」
網膜投影で表示される残り時間は5秒。
戦車級の手が五月女に伸びていた。
五月女は飛んで頭を抑えて戦車級の攻撃を避ける。
その瞬間、増援が来たことになって目の前の戦車級が滑空砲に撃たれて倒される。
「…た、助かった」
それでも、完全に安全とはいいきれない。よろよろと立ち続けて歩き続ける。
「五月女さん。訓練終了です。今、回収が来るように手配しました」
「ほ、本当ですか」
「はい、大丈夫です」
それでも、最後の1発が残ったショットガンを手放さない。最後まで何があるかわからないからである。
「五月女さん。空砲と言え非常に危険です。訓練終了なので弾を抜いてください」
「了解」
安全装置をかけて、ショットガンから弾を抜く。
「…」
五月女は声を出す気力もなかった。それだけ、過酷なのである。だが、前の世界では烏丸は似たような事を実戦で経験した事のある内容だと説明された瞬間に烏丸少佐のすごさが理解できた。
この時、子供じゃないけど。誰かに歯磨きしてもらって布団でぬくぬくと寝たいと五月女は思った。
log.37
1998年 7月16日
アナザーサイド
巌谷は烏丸がMIAになっても大きな変化はなかった。今は増え続ける避難民の対応の担当されていた。
だが、幸いにも烏丸の提案した小型映写機の利便性は高く避難所での不満やストレス解消に非常に役立っていた。また、輸送コンテナ-タンポポは仮設住宅や避難民を運ぶのにも使え、ジェネレーターに関しては持ち運びが出来て静穏性があるので夜間の電力供給などで非常に役立った。
また、ある意味で大民族移動を想定していた烏丸とイヴの作戦は見事に成功していて前衛で戦う人達が安心して後ろに下がり、前線戦を押し上げられるなら、押し上げて善戦していた。
しかし、betaの猛攻はとどまる事を知らず、確実に押されている。現段階でも死者は推定600万人もでていた。しかし、未だに四国、中国地方は落ちていなかった。それでも、入ってくる情報が正しければ確実に押されて進行を抑える程度である。
むしろ、烏丸はできる事なら民間人全員を北陸地方まで避難させて戦いたかったのかもしれない。そうすれば、不謹慎ではあるが戦う人のみで民間人には一切の被害がでなかったのかもしれない。むしろ、軍備の消耗は予想通りにすごい事になっているが兵士の生存率が高いのだ。それは戦う武器があれば戦い続けられる事が意味している。ゆえに比率的には民間人の死者が多い。
烏丸の言ったとおり、2001年の間にハイヴを何個か落とすというのは嘘でないのかもしれない。烏丸の話を聞く限りは第一目標が日本の安全確保、次が戦力強化、最後が人類の夢のオリジナルハイヴ攻略なのかもしれない。
だが、彼女はもういない。南九州で最後に残った人たちを救う為に彼女は残ったと言う。
「…」
考えられる点はまず鉄騎士は空を飛べないから逃げるのを諦めた。でも、輸送コンテナ‐タンポポに乗ればいい。では、光線属種の為に残った。確かに考えられる。おそらく、彼女は初めから残るつもりだったのかもしれない。
まさかと思いながらパソコンのキーボードを和服姿で打ち込むエルザを見る。その表情は普段と変わらないが状況が状況なので黙々と作業している感じだった。
巌谷も書類整理をして、電話をして一段落した所ではある。それでも、すぐに新しい書類がやってくる。
「おじ様、お手伝い……」
「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ。本当は手伝わせてあげたいの
だが、とても重要な書類もあって手伝わせる事ができないんだ。むしろ、君は十分役に立ってくれている」
少なくとも巌谷にはエルザがいるだけでも十分だった。何と言うか、それだけ心が癒されるからである。
「エルザ君、今度は何をしているんだい?」
「お洋服の設計図作っているの」
「ほぉ、完成したら見せてくれないか」
Betaを材料にした洋服。ある意味、憎むべき存在に対して命を尊く思う行為なのかもしれない。ある意味では冒涜なのかもしれない。ただ、狩りをする者はその命に感謝して明日の糧として生きていく。だと、すれば一つの生き方で自然的ともいえたと巌谷は思った。
「完成したら見せるね」
「楽しみにしている」
エルザは烏丸の死が辛かったのだろうか、何時もより元気が無かった。
「…」
この先、エルザはどれだけの喜びと悲しみを感じて生きていくのだろうか。でも、全てが大切な思い出になればいいと巌谷は思った。
様々な思いを心なかで巡らせながら、手は休まずに書類を整理していく。
一方、エルザは自分自身も戦いと思っていた。大切な者を奪った相手を。でも、母、イヴの言う意味がある意味でわかったような気がした。敵にも大切な人がいる。人の形はしてなくても大切な人が殺されているのかもしれない。そう考えると戦いを捨てて生きてほしい母イヴの気持ちが理解できた。だからこそ、あの仮想世界で教わった事は無駄にしたくないとエルザは思った。
それぞれの思いが交差する。
残された者達は去っていた者を気にかける余裕さえ与えないかのようにbetaは迫っていた。だかこそ、エルザも巌谷と同じに今日、出来ることをしようと思い。必死に、抗っていた。対して、その抗いも容赦なくbetaは食い尽くしていた。