<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


No.3649の一覧
[0] マブラヴ Unlimited~My will~ & False episode [葉月](2020/03/14 23:35)
[1] 第一話「紡がれた想い」 + プロローグ[葉月](2009/03/29 01:07)
[2] 第二話「遥かなる地球へ」[葉月](2009/03/29 01:09)
[3] 第三話「生きる理由」  第一節[葉月](2009/03/29 01:12)
[4] 第三話「生きる理由」  第二節[葉月](2008/11/16 06:57)
[5] 第三話「生きる理由」  第三節[葉月](2009/03/29 01:14)
[6] 第三話「生きる理由」  第四節[葉月](2009/02/01 21:03)
[7] 第三話「生きる理由」  第五節[葉月](2009/02/01 21:03)
[8] 第三話「生きる理由」  第六節[葉月](2009/02/01 21:04)
[9] 第四話「終わりなき悲劇」 第一節[葉月](2008/11/16 07:01)
[10] 第四話「終わりなき悲劇」 第二節[葉月](2008/11/16 06:52)
[11] 第四話「終わりなき悲劇」 第三節[葉月](2008/11/19 00:06)
[12] 第四話「終わりなき悲劇」 第四節[葉月](2008/11/23 04:48)
[13] 第四話「終わりなき悲劇」 第五節[葉月](2008/12/11 15:53)
[14] 第四話「終わりなき悲劇」 第六節[葉月](2008/12/11 15:52)
[15] 第五話「それは雲間に見える星」 第一節[葉月](2009/10/17 12:33)
[16] 第五話「それは雲間に見える星」 第二節[葉月](2009/02/01 20:51)
[17] 第五話「それは雲間に見える星」 第三節[葉月](2009/02/10 22:48)
[18] 第五話「それは雲間に見える星」 第四節[葉月](2009/02/10 22:47)
[19] 第五話「それは雲間に見える星」 第五節[葉月](2009/05/03 12:15)
[20] 第五話「それは雲間に見える星」 第六節 <終>[葉月](2009/12/14 01:02)
[21] 2008年12月16日 冥夜&悠陽&武、誕生日お祝いSS [葉月](2009/03/29 01:02)
[22] 2009年5月5日千鶴誕生日お祝いSS[葉月](2020/03/14 23:10)
[23] 2009年07月07日 純夏、誕生日お祝いSS [葉月](2009/07/09 01:47)
[24] False episodes ~St. Martin's Little Summer~[葉月](2009/04/25 19:26)
[25] Scene 1 「The butterfly dream」 ①[葉月](2009/09/27 23:55)
[26] Scene 1 「The butterfly dream」 ②[葉月](2009/05/03 12:12)
[27] Scene 1 「The butterfly dream」 ③[葉月](2020/03/14 23:10)
[28] Scene 2 「Sabbath」 ①[葉月](2009/07/02 23:15)
[29] Scene 2 「Sabbath」 ②[葉月](2009/07/29 01:14)
[30] Scene 2 「Sabbath」 ③[葉月](2009/12/14 01:52)
[31] Scene 3 「Waxing and waning」 ①[葉月](2010/03/31 09:38)
[32] Scene 3 「Waxing and waning」 ②[葉月](2010/11/18 00:55)
[33] Scene 4 「Conscious」 ①[葉月](2020/03/14 22:51)
[34] Scene 4 「Conscious」 ②(アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
[35] Scene 4 「Conscious」 ③(アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
[36] Scene 5 「Awakening」~Dreamhood's End~(アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
[37] False epilogue 「My will」 <終> (アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[3649] Scene 4 「Conscious」 ①
Name: 葉月◆d791b655 ID:c38a834a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/03/14 22:51

  ――その晩、彼女は夢を見た。
  自分が、もっと近くにいたいと思う人の、そばにいられる夢。
  その人が笑顔でそばにいてくれる夢。自分だけを見てくれる、夢。

  彼の名は白銀武。見つめてくる彼を、彼女は頬を赤らめ顔を少し俯けながら、恥ずかしそうに覗き込んだ。
  そばにいられるのが、見てくれるのが嬉しいのに、億劫なのだ。 彼女は。
  だから、なんとか彼の手を握る。 
  彼のそばにいる。 彼がそばにいてくれる。
  その証を、はっきりと感じられるように。

  でも本当は、もっとその先を経験したいとも思っている。
  彼が手を握り返し、そうして残った手で、俯く自分の顔を少し強引に引っ張ってくれる。
  イヤだと拒絶の言葉をかけるのもそっちのけで、自分の目と交錯させる。
  そして彼は、こう言うのだ。
  「お前だけだ」と。
  こうして彼女は資格を得る。
  自分を差し出し、彼のものになるふり。
  あなたが望んだのだから、と彼にすべてを委ねるふり。
  でも本当は知っている。
  それはすべて、自分自身の望んだことなのだ。
  億劫さも拒絶の言葉も、すべては彼がそれらを否定してくれることを願ってのこと。

  ――そしてここは、そんな願いをかなえてくれる「夢」の世界。
  彼は彼女の望み通りに手を握り返し、まっすぐに自分を見つめてくれる。
  少しずつ少しずつ、彼が視界を満たしていく。 彼女が見る世界は、もう白銀武しかいない。
  それをうれしく思いながら、ゆっくりと目を瞑る。 闇の世界に身を投じ、自分だけの世界に浸る。
  きっと、ここから彼が助け出してくれると、自分だけを見つけてくれると……そう、信じて。

  



 「――はっ」

  ……真璃は目を開けた。 視界には真っ黒な天井があるだけだった。
  今、自分に何が起こったのか理解するのに数秒かかった。
  ここは白銀家の一室で、真璃が寝床として利用している所。
  布団の中に入って、ついさっきまで眠っていたということ。
  そして理解する。 自分は夢を見ていたのだ、と。
  父と呼ぶ人を相手にした、とんでもない夢を見たと。

 「……」

  彼女は無言のまま、体を横にした。
  それから、今、自分が見た夢を静かに思い出し、

 (うぎゃあああぁぁぁぁ!!??)
  
  声に出せば佐渡島の一つや二つ蒸発させてしまうのではないか、と思えるほどの叫び声を胸の中に秘め、
 彼女は顔を真っ赤にして、布団に強く埋めた。

 「な、何考えてるんだ、私は」

  自分が見た夢を思い出し、とても恥ずかしくなった。
  彼女は異性と付き合ったことなど一度もない。 恋仲になったことすらないのだ。
  当然、恋人らしい行為はまったくと言っていいほど経験がない。
  それなのにあんな夢を見てしまった。 彼女はそれが、自分が求めているようでとても恥ずかしく思えたのだ。

 「しかも何で、相手が父様なんだよぅ……バカ」

  極めつけが、夢の中の相手が武だったことである。
  父親にそんな行為を求める娘など、いはしない。 仮にいたとしても何という恥知らずなのだと、彼女は思った。

 「父様には母様がいるのに……ホント、バカだ」

  真璃は再び仰向けになって天井を見る。 彼女はまたさっきの夢を思い出した。
  何の変化もない天井、一方、それを見る彼女の胸の中はクルクルと変化して同じものはない。
  赤みを帯びた顔が、さらに赤くなっていく。 体が熱くなり、汗ばむのが分かる。
  心臓が胸を強く打つ。 そして勢いよく、布団を引っ張り上げて顔を隠して、

 「――私、そんなこと考えてないもん! バカっ!!」

  と、小さく声をあげた。





 「――はあ、まったく」

  武は、午前3時という何とも中途半端な時間に家の階段を降りていた。
  彼は欠伸をかきながら、

 「まったく、あいつらは……」

  と何度も愚痴を呟いた。
  今夜は、11月後半とは思えないほど暖かい。
  それなのに彼だけの領地である一人用ベッドは今、うら若い美少女二人によって侵略されていた。
  冥夜と、悠陽である。 いつものことながら、今夜だけは彼にも我慢することができなかった。
  二人に挟まれ、暑くて眠れないのだ。 だから武は二人を起こさないように、そっとベッドから抜け出し、降りてきたのである。

 「はあ……安眠すらできないなんてよ……」

  美女に囲まれている自覚もなく、なんとも贅沢な発言を行う武。
  彼が一階に降りると、ふとあることに気が付いた。
  台所に小さく、電気がついていた。 彼は、こんな時間に誰が、と思いながら近づいて行った。

 「……真璃?」
 「へっ?」

  そこにいたのは、オレンジジュースをコップに注ぎ、今まさに口をつけんとしていた様子の真璃だった。
  彼女は武へと目をやったまま、固まってしまう。

 「なんだ、お前も寝付けなかったのか」
 「……」

  武は彼女の持っているオレンジジュースをもらって自分も熱を冷まそうと思い、近づいていく。
  すると、クルッと真璃は彼に背を向けてしまった。

 「? 何やってんだ」

  疑問に思う武をよそに、背を向けた真璃は目を見開いて、大きく息を吸い込んだ。
  そしてゆっくりと、たった今取り込んだ空気を吐き出し、手で口を押さえる。
  すぐに彼女の顔が、まるで絵具で塗られたように、真っ赤になった。
  鼓動が高まり、呼吸も荒くなった。
  手で押さえたのは、それを知られたくないと無意識に思ったからだ。

 (な、なんで父様が……!?)

  真璃は心中でそう呟いた。 さっきの夢が思い出され、恥ずかしいという感情が彼女の中に生まれる。
  まともに武の顔を見られる様子ではない。 少なくとも、今すぐには。

 「まっ、いいや。 俺にもそのジュースくれよ」

  そう言い、武が近づく。
  その気配を真璃は感じ、一歩足を踏み出して彼から距離を取った。

 「? おい」

  さらに武が近づく。 真璃もさらに離れる。
  武が一歩。 真璃も一歩。
  距離が縮まないことに武はイラッとし、少し小走りになる。
  真璃も負けじと足を速めた。
  台所のテーブルを挟んで、二人はグルグルとその場を回り始めた。

 「おいおい、何やってんだよ」
 「……」

  武の問いに真璃は答えない。 彼女にもよく分からないのだ。
  自分がなんで武から逃げようとしているのか、なぜ顔を合わせるのに億劫なのか。

 (あうう……な、なんで私、父様から逃げてるんだろう)

  どうも彼と顔を合わせるのが気恥ずかしいようだ。
  その理由が先ほどの夢にあり、それを意識しているのは自明なのだろうが。

 「……おい」
 「……へっ、わっぷ!?」

  真璃の目の前に、急に武の胸板が現れ、彼女はそれに激突してしまう。
  どうやら武が歩くのを止め、グルグル回ってくる真璃を迎えうった様子だ。

  武の胸板にぶつかり、歩みを止める真璃。
  不意に顔を上げると、そこには彼女を見る武の顔があった。
  それを直視した彼女は、体が硬直し、動けなくなった。

 「あ、あわわわ」
 「おいおい、冗談はよそうぜ。
 さっ、俺にもジュースを飲ませてくれよ」

  そう言いながら武は、彼女の手にあるジュースに手をかけた。
  そして少し強めにそのジュースを取ると、小さな反動が生じ、
  緊張のあまり体が硬直した真璃は、そのまま後ろへ倒れこんだ。

 「って、うおおぉぉぉい!?」
 「あわ、あわわわ」

  武はその様子を見、声を上げる一方、真璃はさっきから意味不明な声を出し続けるだけであった。





 「――落ち着いたか?」
 「ごめんなさい……」

  武と真璃は、居間のソファに座っている。
  先ほど真璃が倒れてから、二人はここでゆっくりと気を落ち着けているのだった。

 「まったく、いきなり倒れてびっくりしたぜ。
 月詠さんを呼ぼうかと思った」
 「……ごめんなさい」

  武の言葉に、真璃は謝罪の言葉を返すだけだ。
  さっきからこうである。彼女は「ごめんなさい」以外の言葉を使っていない。
  しかも表情を武の方に向けず、ただじっと俯いているだけだ。

  ソファの座り位置もおかしい。
  武はソファの真ん中に座っているのだが、真璃は端の方に狭そうに座っている。
  いつもの彼女ならば、武が文句を言おうとお構いなしに隣に座ってくるものだが。
  武は今、それがないのが不思議だったし、彼女の不審な行動に何か関係あるのかと推し量った。

 「なあ、今日はどうしたんだ。
 いつもと感じが違くないか」
 「……ごめんなさい」

  かえってきた同じ言葉に、武はこけそうになった。
  何じゃそりゃ、と言いたくなるが、そこは我慢して更に言葉を投げかけた。

 「どっか体調でも悪くしてんのか?
 それとも、もしかして俺、怒らせるようなことしたか?」
 「!!」

  その言葉を聞いた瞬間、真璃は急に立ち上がり、

 「父様は悪くない!」

  と声をあげた。

 「そ、そうか」
 「……なんか、色々ごめん」

  真璃はハーッと息を吐き出しながら、再びソファに座りこんだ。
  そして、もう一度小さく息を吐くと、口を開いた。

 「やっぱり変だよね。自分でも、そう思うくらいだもん」

  そうして真璃は、武の方を見ずに顔を俯けたまま、少しゆっくり目に喋りだした。
  一言一言を考えながら話し出したのだ。 自分が武を意識しているのを気取られないように。

 「やっ、なんか変な夢を見ちゃって……
 それだけなんだ。 別に何もないよ」

  そう言って彼女は、あははっと苦笑いを浮かべる。
  彼女の思いとは裏腹に、その行動がさらに武を不審に思わせた。
  しかし一方の武も、彼女の発言や行動をさらに追及しようとは思わなかったし、彼女がそう言うのならそうなんだろう、
 と、今は思うしかなかった。
 
 「そっか」
 「ごめん。気をつかわせちゃって」
 「いややっぱさ、一緒に暮らしてるんだし、そういうの気になるじゃねえか。
 いつも元気で、周りのことなんか気にせずにはしゃぐ、いつもの真璃じゃねえように感じたからさ」
 「……なんか、バカにされてる気がする」

  ジトーッと、真璃が武の方へ目をやる。
  ふと、武の笑顔が真璃の視界に入った。
  その瞬間、真璃の胸が大きく弾む。頬が紅潮し、顔が熱を帯びるのが分かった。
  彼女は再び、顔を俯ける。胸へと手をやり、「静まれ、静まれ」と自分に言い聞かせた。
  
 (ああ、もう……なんで気にしちゃうかな)

  だが、まったく動悸は治まらない。彼女は武と当たり前に話せないことをやるせなく思った。
  一方、そんな真璃の葛藤などおかまいなく、武は真璃の横顔をじっと見ていた。
  考えてみれば、武がこんなにゆっくり真璃の容姿を見たのは初めてだった。
  いつも横には冥夜や純夏がいたし、何より真璃自身が武にしつこいくらい近づいてくるので、武の方からじっくりと真璃を
 見る機会というのはなかったのだ。

  そうして真璃を見た武は、

 「……やっぱ、似てるよな」

  と唐突に言葉を発した。

 「えっ?」
 「いや、やっぱ似てるよ。
 冥夜にそっくりだ」

  真璃の髪、愁いを帯びた感じの横顔。
  いつも元気な真璃からはあまり感じられなかったが、今の真璃からは冥夜の雰囲気を十分に感じられた。

 「本当に血が繋がってんのかね、ってくらいだぜ」
 「……いや、そりゃ親子だし。
 似るのは当然だよ」

  武の言動に、真璃は少し面倒そうに答えた。
  そんな当たり前のこと、何をいまさら、という感じなのだ。

 「……あのさ、真璃」
 「ん?」
 「俺が親父とか冥夜が母親とか……
 そういうの、一回無しにしないか?」

  武の突然の言葉に、真璃は「えっ」と驚きの表情で顔をあげた。
  そしてソファを移動し、武に近づき、

 「そ、それって、私が父様や母様の娘じゃないってこと?
 娘としてふさわしくないってことなの?」

  武の突然の言葉に真璃は困惑していた。
  彼女にとって武や冥夜が両親なのは事実であるし、それは否定しようがない。
  それを「無しにしよう」という武の発言は、彼女にとって「ありえない」ものであるし、そんなことを考えるのは
 彼女にとって不可能なのである。

 「いや、別に深い意味はなくてさ」
 「……」

  真璃は武の言葉に耳を傾け、じっと彼の顔を見続けた。
  ついさっき彼の顔を見ることに億劫だったとは思えないほど、真剣に彼を見る。
  一言一句、そして表情の変化一つも見逃さない、そんな様子で。

 「真璃。 お前って今、いくつだっけ?」
 「へっ。
 ……17だけど」
 「俺もだ。 冥夜だって同じだ」

  武はニコッと笑顔を作る。 真璃はその表情の意味が掴めなかった。

 「俺たちはさ、同級生なんだよ」
 「……うん」
 「仮に、仮にだぜ。 俺と冥夜がその、なんだ……結婚するとしても。
 それは“今”じゃない」
 「……うん」

  真璃は武が何を言おうとしているのか、少し理解できた。
  つまり『今は、冥夜を妻として見ることはできない』と言おうとしているのだろう、と彼女は考えた。

  しかし真璃は、そんな言葉になんら感慨を抱くことはなかった。
  “今”は分からなくとも“未来”は確定していること、なのである。
  真璃は知っているのだ。 武が冥夜を愛し、冥夜が武をどれだけ愛していたか、ということを。
  二人の仲睦まじいエピソードを彼女はいくらでも思い出すことが出来たし、愛し合っていた証拠がすぐ
 傍にあることだって知っている。
  二人が愛し合った証――すなわち“真璃の存在”。
  だから彼女は、二人の運命を疑うことなど思いも至らないのだ。
  なぜならそれを疑うということは、自身の存在そのものを疑うことと同意義なのだから。

 「なあ真璃、俺は」

  だから武が何を言っても、真璃が思うところなどないはずだった。

 「俺にとってはお前も、冥夜や純夏も、同じ“友達”なんだ。
 一人の女の子なんだよ」
 「……へっ」

  真璃は、武の言葉が一瞬、理解できなかった。
  それはそうだ。真璃は、武や冥夜を“一人の男、一人の女”として見たことなどない。
  そこには意味が付属されている。 父として、母として。
  そして同時に、自身にも意味を与えていた。すなわち“娘”として。
  武や冥夜は、ただ“武や冥夜”であるはずがないのだ。彼女にとっては。

  しかし武たちにとっては違う。
  真璃が抱いている確信や経験は、武たちのものではないのだ。
  経験していないということは、確信を抱いていないということは、それが存在しないのと同じだ。
  結果に至るには必ず因果としての道程を必要とする。これは、この世界における絶対の真理だ。

  だから武は、真璃の持つ『勝手な』イメージなどは無視して、自分のイメージを言うのだ。
  そして彼にとって真璃は、彼女にとっては不本意であろうが、なかなか話が分かるちょっと変な女の子でしかないのである。

 「え、えええ、ええと」
 「だから真璃もさ、変な気を遣わなくていいんだ。
 俺は俺、冥夜は冥夜で、真璃は真璃だ。 だろ?」

  武は笑顔でそう問いかけるが、真璃は答えを返すことができなかった。
  彼は真璃が、父とか母とか娘とか、そういうものにこだわって、いや“とらわれて”いるように見えたのだ。
  つい最近、自分と冥夜をデートさせようとしたのも、その証左だと彼は考えている。
  だから、そうした気をつかう必要はないということを、彼は言いたかった。
 
  しかし真璃はそんな風には受け止めなかった。
  武を、父であるはずの存在を、一度白紙に戻すなどと彼女には不可能に思われたのだ。
  彼女はただ顔を俯け、なんと答えを返すべきか悩むしかなかった。
  そして、やはり思う。 “父”と“娘”という関係性以外で、彼女は彼のことを見ることができないと。

  ――しかしそこで、真璃はこうも考えた。
  父娘という関係を無しにしたら、“無しにできたら”、
  自分にとって彼は、どんな存在なのだろう、と。
  そして真璃は顔を上げ、武の方に向いた。 彼の笑顔が、彼女の網膜に現れた。

 「――!!」

  ドクンッ、と心臓が強く胸を打った。
  真璃はまた即座に顔を下げ、自分の胸へ手をやった。
  そして心の中で、まるで叫びのように強く、強く「静まれ」と思った。
  しかし鼓動はなおも強くなり、呼吸はだんだんと荒いものに変わっていく。
  そうした自分の変化に気づくたびに、彼女はなお静めようと手を胸に押し付けた。

 「はぁ、はぁ……」 
 「お、おい。 大丈夫か」

  武も彼女の変化に気づいたようで、彼女に声をかける。しかし彼の言葉は、耳に入らなかった。
  ……仮に聞こえていたとしても、彼女はそれに応えようとはしなかっただろう。
  これ以上、武のことを見てしまったら、聞いてしまったら、考えてしまったら、
  彼女はきっと気づいてしまう。 自分がどうしてこうなってしまったのか。
  そしてそれに気づいてしまったなら、確実に自分自身を軽蔑するだろう。
  だから彼女は、今の自分の変化を「嘘」と断定しなければならなかった。  

 「……ごめん。
 私、もう寝るね」
 「お、おう。 おやすみ」

  真璃は立ち上がり、武に返事を返すことなく、一瞥することもなく、
 まるで逃げるように、その場を後にした。

 「なんだってんだ、一体……」

  その様子を見た武は、まさか自分が彼女の変化を促した、とは少しも思わず、
 「意味わかんねえ」と大きくため息をつくしかなかった。





  ――そうした会話がなされていたころ、
 二階へと通じる階段に座る一つの人影があった。
  その人影……御剣冥夜は、二人にはわからないように、彼らの会話をじっと聞いていた。
  彼女は夢を見て、目が覚めてしまったのだ。
  リビングに通じるドアは開かれており、彼らの会話を聞くのは容易なことだったのだ。
  会話を聞くごとに冥夜は表情を緩ませる。
  彼女は武の言っていることを理解し、彼の優しさに感心したりしたのだ。

  そのたびに彼女は思うのだった。“あの頃と何も変わっていない”と。
  何年も前、公園で寂しそうにしていた女の子に手を差し出してくれた彼。
  冥夜はしっかりと覚えている。彼の笑顔を、言葉を。
  
 「……タケル」

  そして時間は現在へと移る。冥夜はここにやってきてからのことを思い出す。
  白陵柊での出来事、料理対決や球技大会、それから最近あったデート――
  すべて、彼女にとって何物にも代えられない時間だ。
  そうして共に育んできた中で。彼女は武を、過去の思い出からではなく、今の姿そのものから
 あらためて好きになっていたのだった。
  『私が好きになった男は、やはり素晴らしく、器の大きい男だ』
  そう彼女は強く思い、そうして考えるだけで胸が高鳴るほど、冥夜は武のことを大切に思っている。

  ――しかし、次に真璃のことが思い浮かんだ途端、冥夜の顔は険しいものに変わった。
  真璃のことを考えた瞬間から、さっきまで思い出していた記憶が、何かしら不具合があったような、
 引っかかる感じを受けてしまう。
  それはまるで、歯車が小石を噛んでしまって回りにくくなってしまったような。
  
  冥夜は武との関係を“絶対運命”と称し、疑ったことはなかった。 以前までは。
  真璃はその証拠などと、思うこともあった。 以前までは。
  ……しかし、今は違う。
  彼女はもう、運命という言葉で自分の意志の明白性を軽薄にしようとは思わなくなった。
  過去とか未来とか、そういうところに自分の武への想いが、願いがあるのではないと気づいたのだ。
  今の自分が武を好きだから、彼と結ばれたい、結ばれる努力をしなければならないと。

 「そう……そうとも。
 未来は分からぬからこそ、今に生き甲斐があるのだ」

  冥夜はそう、虚空を見ながら呟いた。
  彼女にそれを気づかせてくれたのは、純夏だった。
  純夏の武に対する言葉、行動、それが冥夜を不安にさせた。
  “運命”という言葉ではなく、“意志”をもって武に接触しなければ、自分の望む未来は手に入らない。
  当たり前のことではあるが、彼女はそう気づけたのだ。
  そしてその意志において、冥夜は純夏に絶対に負けないと決意するのだった。

 「……しかし」

  だが、それに気づいたとき、冥夜はもう一つの事柄に気づいた。
  意志によって未来が定まるならば、それは『武が彼女を選ばない』未来も有り得るということに。
  運命を絶対的に信じていれば、それを疑うこともなかった。 いや今も、武への想いの丈で自分は他の誰にも負けない
 という自負があり、最終的に武は自分を選んでくれると、そう信じている。
  信じているけども。
  予知できない未来が冥夜にはとても不安に感じられ、そして武の一つ一つの言動が、彼女の心を千々に乱れさせる。
  自分との過去を思い出してくれない、自分以外の女性を心配する、一緒にいても別のことを考えているように見える……
  それが彼女を焦らせ、不安を増大させる。
  どんなに意志が強くても、未来が望むものになるのかはまったく未知なのだ。

  ……それなのに。
  
 「しかし……真璃……
 なぜ、そなたはここに、いるのだ」

  自分が望む未来……武と結ばれ、二人ともに生きていける未来。
  その証明とも言える真璃の存在に、冥夜は苛立ちすら感じてしまう。
  どうすれば武とそんな未来にたどり着けるのか、自分はそのために何をすればいいのか。
  未だ武とそうした関係に、いやそのきっかけにすら至っていないと思う冥夜にとって、真璃という存在は、
 まるで自分を追い立てるように感じられた。
  
 

  だから、冥夜は未来を
 真璃のことを考えるのが、少し怖かった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.022972822189331