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No.3649の一覧
[0] マブラヴ Unlimited~My will~ & False episode [葉月](2020/03/14 23:35)
[1] 第一話「紡がれた想い」 + プロローグ[葉月](2009/03/29 01:07)
[2] 第二話「遥かなる地球へ」[葉月](2009/03/29 01:09)
[3] 第三話「生きる理由」  第一節[葉月](2009/03/29 01:12)
[4] 第三話「生きる理由」  第二節[葉月](2008/11/16 06:57)
[5] 第三話「生きる理由」  第三節[葉月](2009/03/29 01:14)
[6] 第三話「生きる理由」  第四節[葉月](2009/02/01 21:03)
[7] 第三話「生きる理由」  第五節[葉月](2009/02/01 21:03)
[8] 第三話「生きる理由」  第六節[葉月](2009/02/01 21:04)
[9] 第四話「終わりなき悲劇」 第一節[葉月](2008/11/16 07:01)
[10] 第四話「終わりなき悲劇」 第二節[葉月](2008/11/16 06:52)
[11] 第四話「終わりなき悲劇」 第三節[葉月](2008/11/19 00:06)
[12] 第四話「終わりなき悲劇」 第四節[葉月](2008/11/23 04:48)
[13] 第四話「終わりなき悲劇」 第五節[葉月](2008/12/11 15:53)
[14] 第四話「終わりなき悲劇」 第六節[葉月](2008/12/11 15:52)
[15] 第五話「それは雲間に見える星」 第一節[葉月](2009/10/17 12:33)
[16] 第五話「それは雲間に見える星」 第二節[葉月](2009/02/01 20:51)
[17] 第五話「それは雲間に見える星」 第三節[葉月](2009/02/10 22:48)
[18] 第五話「それは雲間に見える星」 第四節[葉月](2009/02/10 22:47)
[19] 第五話「それは雲間に見える星」 第五節[葉月](2009/05/03 12:15)
[20] 第五話「それは雲間に見える星」 第六節 <終>[葉月](2009/12/14 01:02)
[21] 2008年12月16日 冥夜&悠陽&武、誕生日お祝いSS [葉月](2009/03/29 01:02)
[22] 2009年5月5日千鶴誕生日お祝いSS[葉月](2020/03/14 23:10)
[23] 2009年07月07日 純夏、誕生日お祝いSS [葉月](2009/07/09 01:47)
[24] False episodes ~St. Martin's Little Summer~[葉月](2009/04/25 19:26)
[25] Scene 1 「The butterfly dream」 ①[葉月](2009/09/27 23:55)
[26] Scene 1 「The butterfly dream」 ②[葉月](2009/05/03 12:12)
[27] Scene 1 「The butterfly dream」 ③[葉月](2020/03/14 23:10)
[28] Scene 2 「Sabbath」 ①[葉月](2009/07/02 23:15)
[29] Scene 2 「Sabbath」 ②[葉月](2009/07/29 01:14)
[30] Scene 2 「Sabbath」 ③[葉月](2009/12/14 01:52)
[31] Scene 3 「Waxing and waning」 ①[葉月](2010/03/31 09:38)
[32] Scene 3 「Waxing and waning」 ②[葉月](2010/11/18 00:55)
[33] Scene 4 「Conscious」 ①[葉月](2020/03/14 22:51)
[34] Scene 4 「Conscious」 ②(アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
[35] Scene 4 「Conscious」 ③(アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
[36] Scene 5 「Awakening」~Dreamhood's End~(アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
[37] False epilogue 「My will」 <終> (アサムラコウ様執筆)[葉月](2020/03/14 23:21)
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[3649] Scene 4 「Conscious」 ②(アサムラコウ様執筆)
Name: 葉月◆d791b655 ID:9a316f87 前を表示する / 次を表示する
Date: 2020/03/14 23:21




 望んだはずの幸せが、
 自分自身によって引き裂かれていく。
 父親であるはずの存在を、
 男として意識する。
 ……真璃にとってそれは、何を恨めばいいのか分からなかった。
 血の繋がった異性に惚れるという事は、世界には侭ある。物心付く前から一緒に居るなら問題ないが、長い間引き離されていたら尚更。
 真璃は、武と初めて出会った。しかも、お互い17才という思春期で。
 だからこれは、客観的に見れば、充分起こりうる事態だ。だが、

「……やだ」

 そんな風に割り切れなかった。
 ――自分の寝床にあてがわれた、朝日差し込む白銀家の一室
 ベッドで身を起こし顔をうつむける――
 恋愛感情、
 この思いは人間の生理だと、自分の意思とは関係無い、生物学的な問題だと切り捨てるには、

「やだよ……」

 真璃は父親も母親も大好きだった。
 だけど、
 ――俺は俺、冥夜は冥夜で、真璃は真璃
 認めたくない、けれど、
 気付かなければいけない。
 父親は武でなく、母親は冥夜では無い。

「やだっ!」

 理想郷。
 父と母が生きている世界。なのに、
 この夢の中で、初めて真璃は、光溢れる朝を恨んだ。






「おはよう真璃」
「……おはよう」

 真璃は、重い体を引き連れて、朝食が用意された食卓へ向かう、

「父様」

 薄く笑いながら、まるで、昨日の事なんて無かったように、真璃は武に声をかけた。

「いや、真璃、それは」

 何かを言おうとした武だったが、真璃は、そのまま着席する。

「おはようございます、母様」
「……ああ」

 そして、変わらぬように、当たり前のように朝食を食べていく。けれど、武も冥夜も違和感に気付く。
 真璃は、二人を見ているようで見ていない。
 軽い言葉を交わしているが、視線はどこか、武や冥夜の奥の方へみつめている。目の前の存在でなく、自分の信じたい幻を見続けているような。

「おい真璃、……大丈夫か」
「大丈夫って何が? 私は元気だよ」
「元気ってお前どう見たって」
「母様」
「あ、ああなんだ?」

 言葉は遮られる、
 最低限の接触しかしない。まるで劇を演じているかのような態度で、真璃は武に接し続ける。会話の比重は冥夜の方にシフトしていく。
 とっくに夢は覚めている。
 それでも尚、真璃は夢を見続けようとする。
 暖かい食卓、
 父が居る、
 母が居る、
 そして娘の自分が居る、
 これ以上の幸福は無い、
 ――だから、ずっと、この侭

「ああそういえばタケル、今朝は鑑はどうした?」
「ああ、純夏は――」
「なんで!」

 突然真璃が叫んだ。

「なんで純夏さんの名前が出るの!」

 ……BETAに対する新兵が起こす、戦場での発狂、8分間という死のライン、
 まるでそんな風に、真璃は金切り叫んでいた。

「ま、真璃、どうした」
「いや、純夏今日は、なんか向かいの家の人がやばいから一緒に病院行くってメールが」
「父様と母様には関係無い人でしょっ!」
「いや……え……?」

 真璃の明らかに異常な反応に、武は戸惑う。だが、冥夜は、
 察してしまう、

「……真璃、聞いてくれ」
「母様、何、母様」

 なんでもない日常の朝食風景に起きた混乱、真璃は最早涙ぐみ、震えている。
 冥夜は、ゆっくりと、
 諭すように言った。

「真璃の世界に鑑が居ないのが普通のように、この世界では真璃が居ないのが普通なんだ」
「あ――」

 ハッキリと、
 その事実は告げられた。
 瘧が起こったように震える真璃、その様子を見て、武は困惑混じりの怒気を冥夜に向けた。

「お前、冥夜!」

 恋しい人からの怒り、それで胸を痛めながらも、膝の上の手をぎゅっと握りながら、

「タケル、頼む、少し出て行ってくれないか」
「なんで――」
「信じてくれ、私は」

 ……そこで、少し口をつぐんで、

「私はお前の、友達なのだろう?」

 そう、少し寂しげに言った。

「……お前……もしかして昨日の話」
「……頼む、私を信じてくれ、私がタケルを信じるように」
「……わかった、わーったよ」

 頭をクシャクシャとかきながら、武は、

「……頼む、任せた」

 そう呟いて、食卓を出て行った。
 静寂が始まる、
 真璃は、うつろな目でずっとうつむいている。
 口火を切ったのは、冥夜。

「二人きり、……という訳でも無いがな。この状態でも御剣の監視は続いている、この会話も残るだろう」
「……母様は」

 真璃は言った。

「私が邪魔なんですか……」
「……そうだな、邪魔、というより、私はお前が怖い」
「……え」

 御剣冥夜は、

「恋敵として、お前が怖い」

 隠さない。
 昨夜芽生えた想いを、正直に吐露した。

「な、何言ってるの、母様、父様は、私の父様なんだよ! 恋敵って!」
「真璃、お前が私とタケルとの娘と聞いた時、戸惑いはあったが、それは本当に嬉しかった」

 あの日の熱を思い出す、
 顔が弛んだ、体が踊りそうだった、信じ続けた絶対運命の証しが、目の前に最高の形で現れた。
 ――だけど

「真璃は、私じゃない私と、タケルじゃないタケルとの娘だ」
「違う、母様は母様、那雪斑鳩と一緒で、同じ」
「違うんだ、真璃」

 冥夜は、一度目を伏せた後、
 顔をあげてしっかりと言った。

「今お前の目の前に居る御剣冥夜は、鑑純夏無くして存在しない」
「ッ!」
「……友情と言う物を、恋敵に感じるのもおかしな話かもしれんが、料理、球技、まだ出会って間もないのに、数え切れない思い出がある」
「……そん……なの」

 鑑純夏さえ居なければ――
 真璃はそう信じていた、純夏がともかく邪魔だった。
 だけど、母親は、いや、
 目の前の"御剣冥夜"は、純夏を肯定する。
 父親と結ばれる為には、障害でしかない存在に、感謝すら注ぐ。
 ……嫌だ、

「嫌だ!」
「真璃……」
「嫌だ、母様の言う事解らない、解りたくないよ!」
「決断したんだ、私は、タケルと結ばれる為に決着を付けると」
「決着なんて付いてる、父様と母様は結ばれる! 娘の私がここに居る!」
「それは真璃の世界の話だっ」
「あっ……」

 ……再び痛い程の沈黙、だが、

(私の世界?)

 真璃は、頭の中で、五月蠅い程に思考を繰り返していた。

(じゃあこの世界は何?)

 心の声なのに、鼓膜が割れそうになる、
 全身が揺れる、目眩すら覚える、

(父様と母様が、BETAの居ない世界で、平和に暮らす、私が、私が望んだ、ああ、でも)

 ……とりとめない思考が、そのまま、暗く沈みそうな思考が、
 生き残る為に、

(あいつが居る)

 ――最悪の選択をする

「……真璃、すまない、私はお前を娘として見れない。自分の意思で武と決着を付けたい」

 うつむいて黙る真璃に、冥夜は言葉を続ける。

「絶対の運命を、乗り越えなければいけないのだ」

 ……だけど、

「……真璃、頼む、私を母としてでなく、御剣冥夜として見てくれないか。奇跡の縁なのは解っている、だが、私はお前を娘としてでなく、友として絆を繋ぎたい。私とタケルを見守ってもいい、……恋敵として立ちはだかってくれても構わない」

 最早冥夜の言葉は、
 真璃には届かない。

「だから――」
「あいつが、悪いんだ」
「……え」

 真璃は、うつむいた侭、
 最悪の選択を、つまり、

「あいつが!」

 責任の転嫁、

「鑑純夏が悪いんだ!」

 自分という大切を守る為、
 絶望した人間にとって、唯一といっていい生き残る術。
 この避難経路無くしては多くの人が、自ら命を絶つ事になる、感情の帰結。

「ま、真璃! 落ち着けっ」
「母様が私を拒否するのも! 私が二人の傍に居られないのも!」

 逆ギレなんて、陳腐な言葉で片付けるには、
 余りにも真璃は追い込まれていた。
 あの地獄から辿り着いた理想郷が、
 自分自身の所為で、崩されそうになった時、
 その怒りを、誰かに向ける事になったとしても、

「……私が、父様の」

 ――誰が彼女を責められる
 真璃は、
 椅子から立ち上がって、
 泣きながら、笑って言った。

「白銀武の傍に居られないのも」

 冥夜の目に映ったのは、武と自分の娘などで無く、
 一人の女だった。
 初恋に苦しむ、一人の少女だった。

「真璃――」

 冥夜が声をかけようとした時、
 ――突然、目の前が発光した

「うおっ!?」

 余りにも眩い光に目が眩む、弾ける閃光、目が潰されそうになる、
 だが、

(え――)

 激しい光の中で、
 御剣冥夜の瞳に映ったのは。






「冥夜、おい、しっかりしろ冥夜!」
「冥夜様!」

 武と真那の呼びかけに、反応を見せる冥夜、意識を失っていた訳ではない。あまりの眩しさで目をやられ、うずくまっていただけだった。
 いや、
 正確には、眩しさだけでは無い。

「あ、あぁ……タケル、真璃は……」
「いねーんだよ!」

 想定していた最悪が、冥夜に告げられる。

「二階で休んでたら、なんかすげぇ物音して、降りてきたら月詠さんに冥夜が介抱されてっし、ていうか真璃はどこ行った!」
「武様、落ち着いて下さい! 外から見守っていましたが、部屋が突然光に包まれ」
「光? なんだそれ――」
「パラポジトロニウム光ぉ!」
「うわっ!?」

 何処からか現れたのか、まさに、神出鬼没といった様子で、香月夕呼が登場する。

「香月教諭!? い、いきなり現れ」
「そう、いきなり現れる! パラポトロニウム光は並行世界から何がやってくるサイン! 復習は完了したかしら!」
「いや何言って」
「――こっちの世界に来てはいけない、現れてはいけない物が来ようとしている」
「……え?」

 夕呼の顔が、冷徹になる。

「真璃はね、あっちの世界からこっちの世界へやってきた。ここまではもういい加減納得してくれた?」
「そりゃまぁ、認めるしかねぇけど」
「で、問題は、認識の差が生まれてしまったのよ」
「認識って」
「鑑純夏の存在の有無」

 ……その言葉を聞いて、
 目を抑え続けてた冥夜が、

「……ずっと、私やタケルだけでなく、真璃も監視していたのか」
「そう、おはようからおやすみまで。……警護とかじゃなくて、研究対象としてね」

 恨んじゃう? と笑う夕呼に、頭を振る冥夜。

「今はそんな事を言っている場合ではない、それで、真璃の認識の差と、今の光と真璃の消失に何の関係がある」
「真璃はその、あっちの世界っていうのに帰ったのか」
「……戻るんだったら光は生まれない、つまり今の光は、あちらの世界から別の物が来る兆し」
「……え?」
「……貴女は、見たんじゃないかしら」
「……」

 夕呼の問いかけに、
 冥夜は答えない。
 夕呼は、その冥夜に声をかけず、

「仮説だけど、決定論として語るわ」

 話し始めた。

「認識の差を埋めようと、世界が修正を開始しているわ」
「修正?」
「真璃にとっての普通の世界、つまり、鑑純夏の存在しない世界を作ろうとしている、つまり鑑純夏を、真璃は殺そうとしているの」
「え……」

 白銀武は、否、その場に居る者は絶句した。
 だが、例外があった。
 その論を唱える香月夕呼と、
 ようやく、目から光の残像が剥がれた、御剣冥夜、

「……正確には、真璃の世界が、認識の差を埋めようとしているのだろう。一個人の殺意に、世界の殺意が便乗した形だ」
「いや、すまん冥夜何言って」
「見たんだ……タケル……私は……」

 そこで、

「真璃の世界は」

 冥夜は、
 嗚咽しそうな、口を抑えた。



 冥夜の脳裏に浮かんだのは、先程の閃光の中、
 見た事も無い、体前面が拓けた不可思議なスーツに身を包んで、

「地獄だ」

 血塗れで、怪我を浮かべながら、
 悪夢のような化け物達の前に佇む、真璃の姿だった。



「……地獄?」
「……異形としか、おぞましいとしかいいようがない……一瞬で良かった。見続ければ発狂しそうな、そんな化け物達が」

 あの冥夜が震えている、
 その様子に、武は、彼女の肩を抑える。
 些細なその温もりに助けられたのか、冥夜は顔を夕呼の方へ向けた。

「確認させてくれ、香月夕呼、真璃は、いや、真璃の世界は認識の差を埋めようとしている。ならその認識の差が、……鑑純夏が死んだら、この世界はどうなる」
「仮説だけど、決定論として語っていいのかしら」
「頼む」

 物理学者は、口で笑いながら、
 冷徹な目で、

「貴女の見た地獄が、この世界の普通になるかもしれないわね」

 ――絶望が語られる
 

「……真那」

 黙って状況を整理し、御剣への連絡をすぐ取るようにしてたメイドに、冥夜は話しかけた。

「姉上に連絡をとってくれ」






「はぁ~……」

 緊張からの緩和、
 病院から出た鑑純夏は、心の底から、安堵の溜息を吐いた。
 起床、……この日は同居人の霞の姿が無く。メールにて"用事があるので先に学校へ"と送られていた。
 コンビニか何か寄っていくのか? と思いつつ、今朝も武を起こしに行く為、勇んで玄関を出たのだが、そこで外で泣き崩れるお向かいに住むお母さんに遭遇。入院している夫が危篤になったと聞いて、病院に行かなきゃいけない、でも行くのが怖い、となっている所を、元気づけながらタクシーを呼んで一緒に乗り込んだ。
 危篤、というのは入院した夫本人が騒いだだけで、
 実際はただの腹痛だったと知った時は、ひたすらにどっと力が抜けた。

「……これどうしよう、ああ、今から学校に連絡入れるの怖いなぁ」

 アホ毛も元気なくへたれこむ。彼女の心情は、快晴の空に反してブルーに沈んでいた。

「というか、タケルちゃんちゃんと起きられたかなぁ」

 そこまで言って、
 真璃と冥夜が居る事を思い出す。
 別に自分が起こさなくても、あの二人のどちらかが、武を起こす事を、
 でも、
 ――なんか純夏に起こしてもらわないと調子出ねぇ
 そんな言葉が妄想出来る程には、あの日、窓越しに交わした会話は、"自分の料理"だから美味しいという言葉は、純夏に勇気を与えていた。
 自惚れというのも少しはある。だけどそれよりも、気持ちの整理が付いたのが、純夏には重要だった。
 ハンバーグだから特別じゃない、私のハンバーグだから特別だ、
 誰かが武を思うから特別じゃない、純夏が思うから特別なのだ。
 ……冥夜の思いも特別なら、私の思いも特別だ。どちらが選ばれるか解らない、だけど、
 最後まで、自分をぶつけたい。
 どこにでもある思いじゃなくて、鑑純夏という特別な思いを。
 ……と、真璃という存在が来てから揺らいでいた恋心も、今は、ここまで建て直せていた。

「さてと」

 早く学校に行きたい、武に会いたいと、
 純夏は足早に、
 病院の敷地内にある、階段を降りようとして、
 ――その足下を得体の知れない瓦礫が生えた

「えっ」

 階段を降りる前、
 純夏はそれに蹴躓き、そして、
 誰に受け止められる事も無く、そのまま階段を転がり落ちた。

「あっ!」

 ……階段の段数が少ない事が幸いしたか、骨は折れなかった。血も零れる事は無い。だけど激しく体は痛む、

「いた、いたた……」

 階段から転げ落ちた先で、純夏は、

「え……」

 とても、信じられない物を見た。

「……真璃、さん?」

 そこには真璃が、真璃のような何かが居た。
 それを、あの、武と冥夜の娘と宣言する真璃と同じ人間だと、直ぐに断定する事を、純夏は戸惑った。
 ――いでたちがおかしい
 耳の傍、肩の部位、腕や足の箇所に、金属なのかプラスチックなのか、複雑な造形をしたパーツが付けられている。
 それなのに、体の前面は開けており、極々薄い、ゴムなのかタイツなのか解らない不思議な素材が、体のラインや、乳首の突起すら隠す事無く、ほとんど露出している。
 いやらしい、と思うより先に、訳が解らなかった。
 この世界の鑑純夏は知らない――薄地の装いは電圧がかかり、情報の収集や戦術機のサポートと直結するとか、
 この世界の鑑純夏は知らない――男と寝食着替え、風呂までも一緒になる状況、恥じらいで性欲を煽らぬよう、羞恥心を殺させる為に、敢えてこのデザインを取っているとか、
 鑑純夏は知らない、
 真璃が過ごした世界の事を、
 そして、

「純夏さんは、父様を」

 彼女が、

「白銀武を好きなんですか」

 純夏に殺意を抱いている事を。
 ――真璃の手には那雪斑鳩が抜き身握られている

「……」

 純夏は、短いなりの自分の人生で悟った。
 これは異常だと、有り得ない事が起きていると。
 衛士強化装備に身を包んだ彼女だが、よくよく見れば、その肌には所々裂傷が存在する。口の端から血は零れていた。純夏の見えない角度では、強かに打ち付けたような、腫れ上がった箇所もあった。
 純夏は真璃に質問されている、だけど、

「だ、大丈夫?」

 心配の方を、先にした。

「怪我、酷いよ、誰にこんな、なんで……病院行こう! ほら、直ぐに!」
「そういう所が!」

 怒声が純夏の言葉をかき消す。

「……偽善者」

 真璃にとっても心にも無い言葉が、口から漏れ出す、

「なんなんですか、なんなんですか貴女は! いない存在の癖に、要らない存在の癖に!」
「要ら、ない」

 その言葉一瞬、純夏を揺らした。

「貴方が居るから、父様と母様は一緒になれない、貴方が居るから、私は父様と、二人で」

 真璃自身、何を言ってるか解らない、

「気持ち悪い! 幼馴染みなんて、父様を誑かして、自己満足で」

 唯々人を傷つけるだけの罵倒を並べていく、
 何かにせっつかれるように、そうしろ、と命令されるように、
 どこまでが彼女の本心で、どこまでが彼女の偽りなのか、

「死んでよぉ!」

 それはもう、
 真璃にも解らなかった。

「鑑純夏ぁッ!」

 ただ、その名を叫んだ瞬間、
 一瞬、真璃の風景が歪んだ――

「え……」

 そこにあったのは瓦礫と、
 魑魅魍魎のBETAの姿。

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 真璃からの罵詈雑言にはなんとか耐えていた純夏も、まともに正面から、狂気の光景を一瞬垣間見た事で、声をあげ、尻餅を付いた。
 その光景はすぐに姿を消す、だが、純夏の中で記憶として残る。
 今までのやりとりも無効化する根源的な恐怖、
 後催眠や興奮剤でも防げない、本当の意味での、BETAの恐ろしさ、その片鱗。

「……い、今の、今のが」

 震えながら脅えながら、理解したのが、

「今のが真璃さんの世界」

 彼女にってこちらの世界が、
 どれだけ平和な、夢のような世界だったかという事。
 ……けど、
 だけど、

「……戻りたい」
「え……」

 想定外の言葉を呟きながら、一歩、真璃は歩みを進めた。
 その一歩が瓦礫になる。
 踏みしめると瓦礫が起こり、足を離すと瓦礫が納まる、
 彼女の周囲に、彼女の、BETAの居た世界が、滲み出ている。

「戻りたい」

 聞き間違いで無ければ、
 彼女はそれを望んでいる。
 さっき純夏が見た、化け物の居る世界へ戻りたいと。
 どうして?

「この世界は、間違っている」

 真璃は虚ろな目で、純夏を見据えながら、

「純夏が居る世界は間違ってる」

 はっきりと、そう言った。
 ……そこまで、
 そこまで自分が、鑑純夏という存在が、白銀真璃に否定されている事を知って、
 純夏は、座り込んだまま言った。

「ダメだよ」

 彼女は笑っている。

「タケルちゃんは、私が居ないとダメだもん」

 それは強がりで、顕示欲で、
 鑑純夏にとって、
 譲れない、儚く脆い、だからこそ強く持ち続けねばならない、
 ――プライド
 ……だけどそれは、
 ただ真璃の神経を逆撫でする言葉にしか過ぎず、

「あぁぁぁぁぁぁ……」

 抜き身の刀が振り上げられる、

「あぁぁぁぁっぁぁぁっあぁぁっ!」

 叫声と供に、真璃の周囲に瓦礫が生え、BETAの居る光景がはみ出るように映り、そして、
 刀は、
 ――振り下ろされる



 キィン! という、硬質音と供に、
 那雪斑鳩の刃は、

「待たせたな、純夏」

 冥夜の手に握られた、那雪斑鳩の刃で防がれた。
 鞘には、やの字が逆の、めいやと書かれた名札が下げられて。



「なんで邪魔をするのぉっ!」

 刀を引く、

「母様ぁぁぁっっっ!!!」

 再び、まるで、槌を振るうかのように、刀を叩きつける。
 それを峰で受け止める冥夜、火花は起きるが刃こぼれは起きない、そのまま鍔迫り合いが発生する。

「大丈夫か純夏!」
「タケルちゃん!」
「あぁ、父様、父様、やだ、やめて!」

 鍔迫り合いの向こうで、尻餅を付いていた純夏の手を引いて、武は走り出した。

「行かないで!」

 泣きじゃくる、

「そんな女とどこかへ行かないで!」
「――安心しろ」

 冥夜は、鍔迫り合いから、前蹴りを放ち、

「ぐはっ!?」

 真璃を思いっきり蹴飛ばして、距離を置いた。
 真璃は、腹を抱えながら立ち上がる、
 そこには、
 冥夜の後ろで、寄り添いながらも、……逃げず、真璃を見続ける、武と純夏の姿があった。

「鑑はどこにも行かない、武もここからは離れない」
「何、何言ってるの母様」
「鑑が死ぬなら、私も死ぬし、武も死ぬ」
「ああ、そうだ!」
「何言ってるの……違う、なんで」

 真璃は叫んだ。

「なんでこんな事をするの!」
「決まってるじゃない!」

 その方向をかき消したのは、純夏の声で、
 純夏は、

「みんな一緒に仲良くしたいから!」

 それは、
 理想郷に響いた、

「真璃さんとも!」

 ――けして許されない理想論
 皆が幸せになる世界――

「あぁぁぁぁぁっ!」

 拒否が奔る、彼女は泣く、
 足下に瓦礫が生まれ続け、彼女の背景には、BETAの異形が垣間見え続けて、
 白銀真璃の世界は、この世界を壊すために刀を振るう。
 そんな、発狂の景色を目の前にして、冥夜は、
 ――白銀武と鑑純夏を背に負って

「来い! 白銀真璃! 世界への願いを閉ざされた者!」

 冥夜は、
 願った。

「私はお前を護ってみせる!」

 二対の那雪斑鳩が、
 抱きしめ合うように、ぶつかった。






「真那からの報告、病院周辺1kmの避難、封鎖は完了したのよし」
「解りました、引き続き警戒をするよう。情報統制はしっかりと」

 真耶の言葉に悠陽が答える。現在、二人は向かい合わせ。御剣が走らせるリムジンカーに乗って、パトカーに先導っせて、高速を走っている。
 後部座席のその対面式の座席には、

「それで、香月教諭」

 もう一人、白衣に身を包んだ彼女が居た。

「貴女はこの件を、解決出来るのですか」

 その問いかけに、夕呼は何時ものように笑って、

「全ての人間の思いが果たされるなんて有り得ない」

 そう、言った。

「……おっしゃる意味が解りませんが」

 真那の疑問、だが、

「続けてください、夕呼さん」

 悠陽は促す。
 夕呼はどこか遠くをみつめるような瞳で、仮説を決定論にしますが、と、軽くおどけた前置きをしてから、

「全ての人間の想いを満たすには、この世界が狭すぎんですよ。……悠陽様なら解るでしょ」
「……白銀武」
「そう」

 ――恋愛原子核は時空を超える
 夕呼が唱えた戯れ言のような理論、だけど、彼女自身はそれを大真面目に理論として組み込もうとしている。

「誰も彼もあの男と付き合えれば皆幸せになれる。だけど白銀武は一人しか居ない。だから、皆が幸せになる事なんてない」

 そう言って、夕呼は窓の外を眺めた。

「全ての想いを果たすには、世界は余りにも小さすぎる。だから、並行世界なんて物が出来るのよ」
「……この世界は、真璃さんの願いで作られた物だと?」
「いやいや、それじゃ純夏が居るのはおかしいから」

 パトロンへの敬語もやめて、視線も合わさず、外を眺め続ける夕呼。

「……多分、あっちの世界から弾かれたんでしょ、普通ならそのまま時の藻屑、だけど、何かの力でこの世界まで辿り着いた」
「何かとは? 不明瞭な発言でなく、はっきりした言葉を望みたいですが」
「"神様"じゃない?」
「……冗談を」
「真耶」

 悠陽は、真耶の言葉を制する。
 窓にうっすらと映る夕呼の顔、
 口元は笑っていても、瞳は真剣だったから。

「……弾かれた真璃を幸せにするよう、彼女の父と母が生きているこの世界へ、神様はここまで持ってきた。神様は、真璃に幸せになって欲しかった。だけど、真璃はこの世界を否定し始めた。あちらの世界を意識すれば、認識の差異が生まれる。その差異を修復しようと、世界は真璃の世界に飲み込まれていく」

 そこまで聞いて、真耶に再び疑問が浮かぶ。

「何故、私達の世界が、真璃さんの世界に圧し負けるのですか? 何故、私達の世界は、たった一人の少女の想いに打ち負かされる?」

 単純に数の問題である。いっぱいの方が、少ないより、強い。
 だが、

「……それを元の世界で、多対一という絶望を乗り越えて、あの子はやって来たんじゃない? 例えば、何百万という化け物と、たった一人で戦い続けるような」
「そんな、それは」
「そうよねぇ、そんなのは有り得ない、有り得ないけどそれを起こした、つまり」
「奇跡」

 悠陽が、一言呟く。
 夕呼は、悠陽の方へ向いて、笑った。

「奇跡を起こした少女がまた、この世界で奇跡を起こそうとする。そう、願い溢れる世界で、たった一人の願いが、世界を動かす事もある。それは真璃だったり」

 夕呼は、

「お人好しの神様だったり」

 言った。

「香月教諭、貴女は一体」
「んー、悪いけど、全部研究による推論よ、何でもかんでもお見通しじゃないわ、私は神様じゃないもの」

 だけど、と繋げて、

「そんな神様のした真璃の為の行動は、結局、また不幸な人間を増やすだけ。だから私達は、神様の尻ぬぐいをしなきゃいけない。全く私達の神様は、中途半端で、不完全で、大雑把で、あきらめが悪くて、面倒くさくて、……でも」

 それでもと、

「とっても人間らしい、そんな神様よ」

 パトカーに先導されたリムジンは高速をひた走る。
 看板に、国連横浜基地の文字が見えた。






 周囲に誰も、……正確には、白銀武と鑑純夏以外居ない、病院前の広場で、
 真璃と冥夜の二人は、全く同じ刀をぶつけ合っていた。
 得物が同じなら、均衡が崩れる原因は、実力差、
 その点で、
 真璃が冥夜を押していた。

「くぅっ!」

 まず、真璃は冥夜に手加減をしている。
 彼女の狙いは冥夜の殺害では無い、更に言えば、手足を落としての戦闘不能なども望んでいない。疲労させて身動きを封じ、その隙に純夏を殺害する事が目的である。
 そういう意味で言えば、冥夜も、本気で真璃を殺すつもりは無い。なんとか真璃の手から刀を打ち払おうと、そればかりに執心している。
 それでも尚戦いは、
 元の世界で、地獄を潜り抜けてきた彼女の方にあった。
 技量は同じかもしれないが、戦闘経験は、彼女が勝る。
 敗北も後悔も血潮にした彼女の動きは、本当の戦場を知っている彼女の動きは、冥夜の腕前をもってしてもとらえ続けられる物では無かった。
 実際、冥夜の方が防戦に回っている、
 攻勢はここから逆転しそうにもない、
 真璃周辺の、世界の侵食はより拡がり、
 冥夜は勿論、純夏も、そして武にも、その絶望の世界は断続的に見せつけられていた。
 ……そう、
 主導権は真璃が握っている、なのに、
 なのに、

「ああぁぁっ……」

 辛そうなのは、

「あぁぁぁっ!」

 真璃だった。

「どうして!」

 目の前に冥夜が居るだけなら、
 その後ろに武が居るだけなら、
 彼女は動じない、
 迷わない、
 こんな風に乱れず、真っ直ぐに、刃を交わせる、
 だけど、

「どうしてっ」

 武の傍に、

「……どうして」

 純夏が居る。
 真璃が殺意を向ける相手は、
 この世界に不要な存在は、
 真璃に、
 
「さっきも言ったよ」

 真っ直ぐ、笑いかけた。
 お人好しの、人間らしい笑顔で。

「真璃ちゃんと、仲良くしたい」

 皆が幸せになる世界、
 そんな有り得ない願いを、自分を殺そうとする相手にすら叶えようとする人間の笑顔に、
 一瞬、真璃は、
 何もかも忘れて心を奪われてしまった。
 ――その隙を付き、冥夜の刀の峰が彼女を吹き飛ばす
 その攻撃で宙に浮かび上がる間、

(……ああ、私は)

 ――思い出す

(私は)



「私は使命を全う出来ず殺された」

 淡々と、言葉にする。

「横浜ハイブで、BETAに襲われて」



 忘れていた自分を、戒めるように。
 瞬間、彼女の肌に浮かんでいた裂傷が、
 より深く裂かれ、全身から血を噴き出させた。
 ――純夏達の悲鳴があがる
 ……、
 何も成せず死んで、
 その事実を忘れようとして、世界から弾かれて、
 いや、逃げて、
 逃げて、
 ここに来て、
 ……けど、逃げ込んだこの世界ですら、真璃は、

(……死んだ人を、言い訳にするなって言われたのに)

 それなのに、

(生きた人まで、言い訳にしようとした)

 純夏が居るから悪いと、殺そうとした。

(自分は悪くない、自分は悪くないって)

 体が地面に着地する。
 血が出てる、
 駆けつける冥夜、純夏、武、三人の声も真璃にはよく聞こえない、

(バカ)

 視界も滲んでいる、
 血が出ていく度に、五感で得られる情報が霞んでいく。
 それはつまり、他者を感じられない事だから、
 孤独になるのと一緒だった。
 だから、真璃は、

(全部私が悪いんだ)

 そう、ひとりぼっちで答えを出してしまい、
 もう誰にも触られたくないと、引き籠もるように、気絶してしまった。





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