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No.37289の一覧
[0] Muv-Luv in 1998 九州戦線~英雄の子供達~[水無月](2013/04/15 18:14)
[1] 第一話 「BETA襲来」 第一節[水無月](2013/04/15 18:13)
[2] 第一話 「BETA襲来」 第二節[水無月](2013/04/15 18:28)
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[37289] 第一話 「BETA襲来」 第二節
Name: 水無月◆2cb962ac ID:c38a834a 前を表示する
Date: 2013/04/15 18:28



 「ほっ」

  停車したトラックから少女は跳び降りる。
  ビチャッ、と地面の泥が跳ねた。 九州を覆っている大型台風によって、地面がぬかるんでしまったのだろう。
  少女はうわ、とイヤそうな表情を浮かべるが、すぐに気を直し、トラック脇に向かい、そこに取り付けられている
 スイッチを押す。
  するとシートで覆われたまま荷台が徐々に立ち上がっていき、最終的に直角の位置まで押し上げられた。
  それから整備兵達が、雨と強風の中でゆっくりとシートを剥いでいく。

 「…………」

  漆黒に染め上げられた人型の機体。 
  人類初の戦術機であるF-4をベースとし、皇帝と将軍を守護するために作られた帝国斯衛軍の忠義なす剣。
  それは、TSF-TYPE82C “瑞鶴” と呼ばれている。

 「……皮肉なものだな」

  「鶴」の名を冠されているにもかかわらず黒一色とは、と自分の瑞鶴を見る度に思う。
  白く美しい羽根を持ち、古来より霊鳥として扱われてきたのが鶴である。 それが今や、神も仏もいないかの
 如く振る舞われる戦場で漆黒の鎧として扱われている。
  彼女はそれを矛盾であると思っている。 そして同時に、その矛盾が自分の出自と今の待遇にあまりに合致して、
 他人事とは思えなかった。

  ふと、少女は脇から白木で出来た棒状のものを取り出し、目の前へと持っていく。
  両端を手でしっかりと握り強く引くと、白木は二つに別れ、中から刃紋が美しい一本の短刀が姿を現わした。
  それは彼女自身の出自を表す、たった一つの『証明』である。 その刀身に映る自分を見ながら、少女は大きく
 息を吸い込み、吐き出した。
  そしてゆっくりと、まるで染み込ませるように、言葉を発した。

 「お前は、誇り高き武家の長女だ」
  
  一言一句、重くはっきりと。 これは自分が何者で、何に属しているのかをアイデンティファイする『儀式』である。
  彼女は自分の同一性を脅かされるたびに、この儀式を通じて自らを再確認する。 自分の使命と帰属を
 思い出すために。
  ……彼女は儀式を終え、短刀を元に戻し改めて瑞鶴へと向き直る。 暗く沈んだ、その瑞鶴へ。
  “武家”の瑞鶴はその名の如く、白美に染められていなければならない……だが彼女に与えられたのは、闇黒
 に塗られた機体だ。

  武家とは、江戸時代において編纂された武家系譜集を基に、明治政府が認めた諸人によって構成される階級のこと
 である。 当然、その中に認められない家も多数あった。
  例えば幕府や大名家に対し反逆した者であったり、江戸時代末期に行われた大政奉還を最後まで認めなかった
 下級武家がそれに当たる。
  彼女の場合も、その例に漏れなかった。 少女の家は幕藩体制において平民を苦しめ、享楽を貪った主君を
 正そうと行動したが故に、家を取りつぶされた経緯がある。
  だから彼女は、自分を「守られるべき弱い平民」と思ったことはない。 「守るべき高貴なる武家」と常に教わった
 し、自分もそう確信している。

 「瑞鶴、誇りに思うが良い。 本来ならば貴様には平民が乗らなくてはならない。
 武家である私が乗ることなど、まずありえないのだから」

  少女は巨大な乗機を眺めながら、そう呟いた。
  嫌いなのである。 その色が、目の前にある瑞鶴が。
  自身を武家と認じていながら、他者からの評価はそうではないということを、この瑞鶴は彼女へ突きつける。
  
 「……馬鹿か、私は」

  ふと、彼女は顔を赤くし、俯いた。
  愚痴、しかも物言わぬ機械にそんな言葉を吐くなど、と自分の行為を恥ずかしく感じたのだ。
  言葉ではなく行動で示す、それが彼女の指針である。 一週間前に訓練学校を卒業し、やっと前線へと
 配属されたのだ。
  自分の血と信念を表せる場へようやく来れたのなら、行うことは一つだけだと自分を叱咤する。
 
 「私の任務はBETAを倒すことだ。 それに注力すればよいのだ」
 「“吉野阿子”少尉」

  ふり返ると、そこには敬礼をしつつ声をかける、本土防衛軍の制服を着た若い男子の姿があった。
  彼女――“吉野阿子”も敬礼し、「何か?」と返した。

 「あなたが配属される部隊のことなのですが」
 「ああ」

  やっと来たか、と阿子は笑みを浮かべる。
  そもそも、たった一週間前に斯衛の訓練学校を卒業し、正規兵となった彼女がここ九州へやって来たのは、
 数ヶ月前に行われた光州作戦の損耗分を一時的に補充するためだった。
  まさかその当日にBETAが上陸してくるとは考えなかったが。 だから彼女は配備先の福岡から、ここ熊本へ
 下りてきたのである。

 「それで、私はどこの部隊に配属されるのだ?」
 「はぁ、それが」

  若者は言葉に詰まる。 阿子は不審に思いながらも、彼の言葉を待ち続けた。

 「あなたが配属されるはずの部隊ですが、福岡での損耗が激しく……
 もはや部隊としては機能しないものと」

  阿子は目を大きく開き、愕然とした。
  福岡での戦闘がいかに熾烈なものかは、周りから聞いて知っている。
  戦闘には勝利したが、こちらの損害も大きなものだった。 そして斯衛は、戦場にあっては常に前線に立つものだ。
  もっとも苛烈な戦場へと飛び込むのが、斯衛の務め……その結果は、いつも凄惨なものである。
  勝利にあっても。 敗北にあっても。

  阿子は歯軋りを堪えられなかった。 悔しさがこみ上げ、BETAに対する憎しみが更に生まれた。
  だが同時に、自分が配属されるはずだった部隊の戦友を、少し『羨ましい』とも思う。
  敵の攻勢がもっとも激しい戦場へ出撃し、戦死するとは、斯衛としてこの上ない『名誉』である。
  彼らは死後も『英雄』として語り告がれるだろう。 阿子は自分がその名誉を得る“好機”を逃がしたことを、
 少し残念に思った。

 「そうか。 彼らは立派に戦ったのだろうな。
 彼らの分も、戦わなくては」
 「そうですね少尉。 必ずBETAを殲滅しましょう」
 
  防衛軍の若者は、何故か彼女の言葉に忙しく返した。
  それが阿子にはどうも不審に思えた。

 「少尉、こちらが本部からの指令を示した書類です。 あなたが配属される先も書いてあります。
 では、私はこれで失礼します」
 
  彼は阿子に書類を渡すと即座に敬礼し、足早にその場を後にした。
  まるで逃げていくようなその態度に、阿子は返礼する間もなく、ただ呆然と眺めるしかない。

 「何なのだ一体」

  彼の行動を不審に思いつつも、新たに指示された自身の配属先が気になり、視点を切り替える。
  阿子は濡れないように、テントに向かって走ると、改めて書類へと目をやった。
  それによれば、九州には隊を構成出来る斯衛軍の戦力がもはや存在しないこと。 よって、阿子は本土防衛軍に
 出向の形をとり、現地の部隊へ配属される旨が記されていた。

 「平民の部隊に配属される、か。 まあ斯衛部隊がない以上、仕方ないか」

  更に書類を読み進めていく。 そして最後のページに、ようやく自分の配属される部隊名が現れた。
  ……阿子はその部隊名を見た瞬間、顔を険しくさせた。

 「なんとも不吉な名前だな……」

  そのページには手書きで、
  “斯衛軍、吉野阿子少尉。 本土防衛軍 都城第15師団 第4戦術機甲連隊 第4大隊隷下、第4中隊への配属を命ず”
  とだけ書かれていた。

  『都城第15師団、略称“第444戦術機甲中隊”』

  これが彼女に指示された新たな配属先であり、書類は慌てて書かれたのか、乱れていて汚い文字だった。






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