Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第19話 とある日常の訓練風景青年は、朝から憂鬱だった。事の発端は、昨日いきなり行われる事になった訓練での出来事である。キョウスケ達によってヴァルキリーズのXM3慣熟訓練を兼ねた模擬戦が行われている裏で、ブリット達207C小隊の機種転換訓練が密かに行われていた。そして、その教官を務めているのがエクセレン・ブロウニングとラミア・ラヴレスの二人である。「あ、あのエクセ姉様?」「ん?どうしたのラミアちゃん」「これから行われるのは訓練でございましたよね?」「そうよ」「それでは何故、私はこの様な格好をさせられているのでしょうか?」「雰囲気作りよ雰囲気作り。よく似合ってるわよ~」「エクセ姉様のその白衣も雰囲気作りと言う事であったりしちゃったりするのでしょうか?」「やあねぇ、教官と言えば先生、先生と言えば白衣は定番じゃないの」「先生は先生でも、エクセレンの格好はどちらかと言えば保険医だと思うですの」「相変わらず手厳しいわねアルフィミィちゃんは・・・」「それよりも俺は、ラミア中尉の眼鏡とスーツ姿にどんな意味があるのかが知りたいッスね・・・」「美人教師と言えば知的なイメージ!知的な女性と言えば眼鏡にスーツ姿!これも定番でしょ?」「・・・そんな定番はエクセレン中尉の中だけだと思う」彼女の発言に対し、ラトゥーニはやや呆れ顔で答える。「そうだよな、どっちかって言うと美人秘書の方がしっくりくると思うけど」「大体そんな情報、一体どこから仕入れてくるんですか?」「ンフフ、秘密よ、ひ・み・つ。イイ女にはね、色々と秘密があるものなのよ」「そんな事前にも言ってましたよね」アラド、ゼオラ、クスハに至っては苦笑い混じりだ。そして分隊長を務めるブリットはと言うと・・・「嫌な予感がする・・・何か激しく嫌な予感がする・・・」などと周りに聞こえないような声で呟いていた。「そんな事よりもエクセ姉様、そろそろ訓練を始めた方がよろしいのでは?」「そうね、ピアティフ中尉を待たせ過ぎちゃっても悪いし、とっとと始めちゃいましょうか」『『「了解」』』「とは言ったものの、何から始めれば良いのかしらねぇ・・・」「何も指示は受けてないんですか?」「だっていきなりキョウスケに訓練を手伝って来いって言われたのよ?何でもかんでも強引に決めちゃうんだからホント困ったもんだわ~。あ、でもそこがキョウスケの良い所なんだけど」「そこでいきなりノロケ無いで下さいよ!・・・そう言う事なら俺がピアティフ中尉に聞いてきます」「流石分隊長さんは違うわねぇ~。んじゃヨロシクね~」最初からこの様なやり取りで始まった訓練であったが、C小隊の面々は別に何とも思ってはいなかった。こう言った訓練であっても彼女は、非常に陽気で楽天的に行動するのは毎度のことなのである。しかし、彼女の本質は冷静で知的であり頭の回転も非常に速い。普段は明るいノリで周囲の人間をからかったり、冗談などを言って場を和ませるムードメーカー的な役割を担っているのだ。先程の言葉を訂正しよう。彼女はあえてこの様な態度を取る事で、ブリット達がこれから行う訓練をリラックスして取り組めるように努めているのだ。その為その場に居た者達は、いつもの様に自分達を和ませる為の立ち振る舞いだと考えていたのである。しかし、そんな事を知らないピアティフ中尉は『こんなので本当に大丈夫なんだろうか?』と思っていたのは言うまでも無い。「それでは訓練を始めさせて頂きます。先ずは戦術機がどの様なものかと言う事から始めさせて頂く訳なのですが、生憎時間があまりありません。そこで機体の特性や仕様などと言ったものは、後で配布する資料に各自目を通しておいて下さい」「ようするに自分で予習して来なさいって言う事よ」「皆さんには申し訳ありませんが、エクセレン中尉の仰る通りです。と言う訳で本日の訓練は、簡単な適正チェックのみとさせて頂きます」「適正チェックって言うけどさ、俺達は基本的にPTのパイロットだぜ?機動兵器って言う点じゃ、戦術機の適正もあると思うんだけどなぁ」「アラドの言う事も一理あるが、万が一と言う事もある。PTと戦術機は同じ人型兵器であったとしても全くの別物だ。その為の訓練を兼ねた適正チェックだと思ってくれ」「ん~、イマイチ納得できた訳じゃ無いですけど・・・解りました。最近基本的な訓練ばっかりで飽き飽きしてたし、息抜きだと思って素直に従うッス」「駄目よアラド君、息抜きだなんて油断してたら後で色々と痛い目にあうわよ?」「了解」「それじゃ貴方達、隣の更衣室で強化装備に着替えてきてくれるかしら?」『『「解りました」』』そう言うと彼らは更衣室へと向かう。そんな彼らを尻目にニヤ付くエクセレン。「さて、あの子達がどんな反応をするか楽しみねぇ」「どう言う事でしょうか?」「ンフフ~、それは見てのお楽しみよ」「はあ・・・」彼女の言いたい事は比較的簡単に想像が付く。C小隊の面々が、それぞれ強化装備を着用した際にどのような反応をするのかを楽しみにしているのだ。衛士強化装備には大きく分けて4種類ある。正規兵用と訓練兵用、そしてそれぞれに男女用が存在している訳なのだが、訓練兵用の物は少々特別なものとなっている。それを知っている者であれば、彼女が何に期待しているのかと言う事は自ずと見えて来るものなのだが・・・・・・更衣室・・・「強化装備ってこれですかね?」「多分そうだろうな。ところでこれってどうやって着るんだ?」「んー・・・パイロットスーツと同じ様な感じですかね・・・っと、ここにマニュアルみたいな物が置いてありますよ」「ちょっと貸してくれ・・・なるほど、ここがこうやって開くようになってるんだよ。それで・・・」「・・・なるほど。案外簡単に着れるもんなんですね。うおっ、何かスゲぇ!凄いッスよブリットさん」「ああ、もっと動きにくいものかと思ってたけど」「でもなんか全身タイツみたいッスね」「ハハハ、確かにそうかもしれないな。後はこのヘッドセットを装着してっと・・・」「何か変な感じッスね」「そうだな、ヘルメットとは違うから多少違和感があるけど直ぐに慣れるだろう」「それもそうッスね。それじゃあ行きましょうか?」「ああ」男性用更衣室ではいたって普通の会話が行われていた。単に彼らは強化装備の性能に対して驚いていただけ・・・そして、女性用更衣室はと言うと・・・『『「・・・」』』「皆どうしたんですの?」「どうしたもこうしたもねえ・・・」「ええ、これを本当に着なくちゃいけないのかしら」「・・・確かにこれはちょっと恥ずかしい」「でもこれを着ないと訓練に参加できませんの」「解ってはいるんだけど、流石にちょっと抵抗が・・・」「エクセレン中尉達に見られるのは仕方が無いけど、ブリットさんやアラドに見られるのは私もちょっと・・・」「確かに・・・」「そう言われれるとそうですわね」彼女達が強化装備を着用する事に躊躇しているのも無理は無い。訓練生用の強化装備は機能などに関しては正規兵用と大差無い。しかし、その見た目が問題であった・・・青と白を基調とし体にフィットするように作られた全身タイツの様な物で、殆どの部分がシースルーと言っても過言では無い程に透けているのだ。背中だけならまだ我慢は出来るかもしれないが、前面部分に至っては彼女達にとっては大問題なのである。そして、パイロットスーツを着用した事のある彼女達なら装備の下に下着を着用出来ないと言う事は知っている。それは急激なGによって体が必要以上に締め付けられるのを防ぐ為なのだが、下着を着用出来ないと言う事は殆ど裸に近いと言う事だ。幸いな事に大事な部分は見えないように出来ているものの、流石にこれを着るには抵抗がある。これらの装備がこう言った仕様になっている事には勿論意味がある。それは羞恥心を殺す為だ。衛士と言う物は男も女も関係ない。一度最前線に出れば一人の衛士として扱われる。そう言った場面で一々自分の性を意識していると言う事は、精神面で負担が大きいと言う事になる。そう言った事を防ぐ為、訓練生時代にわざとこの様な格好をさせて羞恥心を麻痺させようという訳だ。だが、そのような事を知らない彼女達はイマイチ踏ん切りがつかない。いくら戦場に立っているとは言え、彼女達はうら若き乙女なのである。かと言って、これ以上戸惑っていればその分訓練に宛がわれた時間が短くなり、他のメンバーにも迷惑がかかる。互いの顔を見合うと彼女達は意を決し、装備を着用する事にした・・・「・・・着てみるとやっぱり恥ずかしいね」「そうですね」「・・・」「どうしたんですのラトゥーニ?」先程から彼女はクスハとゼオラの方をじっと見ていた。それに対して何かと思ったアルフィミィが訪ねたのだが・・・「・・・別に何でも無い」「ねえラト、恥ずかしいのは皆一緒よ?」「そうよ、だから恥ずかしがらずに堂々と行きましょう」「そうですの。赤信号も皆で渡れば怖くないと言いますし」「・・・アルフィミィちゃん、それはちょっと違うと思う」「また間違ってしまいましたの・・・」「いや、そもそも赤信号は渡っちゃ駄目だから」「・・・別にそう言う意味で言ったんじゃない。ちょっと気になった事があっただけ」「何が気になったのラト?」「だから別に何でも無い」「そう・・・」彼女が何に気になったのかはあえて書かないでおこう・・・そして彼女達は、お互いに見せ合う事には慣れて来たのだろうか?最初は苦笑いを浮かべたりしていたのだが、気付けば談笑を始めていた。『お前達、随分と時間がかかっている様だが大丈夫か?』そんな中、なかなか戻って来ない彼女達を心配してラミアがやって来る。「ラミア中尉、だ、大丈夫です」『そうか、ブリット達はもう集合している・・・急げよ』「はい!・・・勢いで返事しちゃったけどどうしよう」「アラド達も同じ恰好なんですし、こうなったら覚悟を決めるしかありませんね・・・」「もしも変な眼で見て来たら引っ叩いてやれば良いと思うですの」「それもそうね。そんな事をしてきたら力一杯ぶん殴ってやりましょ。ね、クスハさん」「でも暴力は良くないよ」『どうしたんだお前達。やはり何か問題でも起きたのか?』「いえ、直ぐに行きます」そう言うと彼女達は更衣室を後にする。「まったく、一体何にそんなにも時間がかかっていたんだ?」「すみません中尉」「まあ良い。行くぞ」『『「はい」』』・・・シミュレータールーム・・・「皆遅いッスね」「ああ、着替えるのに手間取ってるだけだと思うんだけど」「果たしてそうかしらねぇ」「他に何かあるんですか?」「さあ、それは見てのお楽しみって事で」「何か怪しいですね」「ンフフ~」この時のブリットの勘は当たっていた。エクセレンは彼女達が遅れている理由について大体想像がつくのだ。そして、彼女達が現れた際にブリットとアラドが一体どのような反応をするのかが楽しみでしかたなかったのである。「ん、来たみたいですよブリットさん」「だな、声が聞こえて来た」そう言うと二人は声の聞こえた方向に振り向く・・・そして・・・「なっ!」「ゲッ!」「ブリット君もアラド君もそんなにジロジロ見ないで・・・」「二人ともイヤラシイ」「いや、誤解だ!別にそんなつもりで見てたんじゃないっ!」「ブリットさん、鼻血鼻血・・・」慌てて手で鼻血を拭うブリット。それを見たエクセレンはニヤニヤと笑みを浮かべていた。「ンフフ~予想通りの反応ありがとうブリット君。でも、アラド君はそれ程でも無いみたいねえ?」「いや、別に驚くほどの事でも無いと思うんですが」「あらん、意外な反応ね」「確かに見た目はかなりエロイですけど、エクセレン中尉やラミア中尉の方が凄いと思いますし、ラトやアルフィミィに関しては別に何とも思わないッスよ?」「な、なんですってぇ!」「何でそこでお前が怒るんだよ」「そ、それはその・・・」「あらあら、女心が解ってないわねぇ・・・まあ良いわ、とりあえず訓練の方を始めましょうか?」「その前にエクセレン中尉、一つ宜しいでしょうか?」「な~に~ラトちゃん」「アラド達と私達の装備が違うようですが、これには何か意味があるのでしょうか?」「それは私も思いましたの。なんだか私達だけ恥ずかしい思いをしてこれでは不公平ですの」彼女達の言い分は尤もだ。ブリット達の強化装備は訓練兵用の物では無い。武と同じ正規兵用の物なのである。「ああ、これ?実はね、今のご時世、男の訓練生は珍しいらしくて男物の訓練生用強化装備のストックが無いそうなのよ。だからブリット君達の物が用意できなくて正規兵用の物を使って貰ってるって訳。解ったかしら?」「だったら私達の物も正規兵用の物でも良かったんじゃ無いですか?」「それはそうなんだけどねぇ~」彼女達が異を唱えるのも無理は無い。自分達だけ恥ずかしい思いをさせられている訳なのだからそれも分からないことでは無いが、彼女達は訓練兵用の装備に先ほど挙げた意味がある事を知らないのだ。その様な疑問を持つのも尤もだろう。「お前達は訓練生だと言う事を忘れたのか?兵士は与えられた装備を最大限有効に活用しなくてはならない。これも訓練の一つだと言う事だ」「ですけど・・・」「ラミアちゃんの言う事もそうだけど、もう一つ付け加えさせて貰うわね。あなた達は総戦技演習が終わったら戦術機に乗る予定でしょ?『どうせ支給されるんだから前もって渡しておいた方が楽だから』って夕呼センセが言ってたのよ」「と言う事は今後の訓練でもこれを使用すると言う事でしょうか?」「そうなるわねぇ」エクセレンはそう言っているが、顔は相変わらずニヤ付いたままだ。明らかにこの状況を楽しんでいると言う事が見て取れる。そんなエクセレンの表情を見た彼女達は『諦めるしか無い』と言う結論を出す他無かった・・・そしてブリットはと言うと・・・「ねえブリット君・・・大丈夫?」「ああクスハ、もう大丈夫・・・だぁぁぁぁ!!く、クスハ・・・近いって」「近いって何が・・・きゃあっ!ブリット君のエッチっ!」「グハッ!」至近距離で顔面にパンチを受けたブリットはその場に倒れこむ・・・「ブリットさん、大丈夫ッスか?」「あ、アラド・・・もう駄目かもしれない」「・・・迷わず成仏して下さいッス」「勝手に殺すなッ!」「ん~、初々しいわねぇ」「あ、あの・・・訓練の方始めさせて頂いても宜しいでしょうか?」完全に置き去りにされていたピアティフが『私はどうすれば良いの?』と言った表情でエクセレンに聞いてくる。そんなこんなで色々あった訳だが、訓練の方は比較的順調に終了する事となった。一番の心配はアルフィミィだったのだが、意外なほどに安定した数値を弾き出していた事にエクセレン達は驚いていた。それも無理は無い。彼女は一応機動兵器のパイロットではあるのだが、彼女の乗機であるペルゼインは戦術機やPT、特機などと言った兵器とは全く異なるものである。彼女達はひょっとすると彼女は適正検査で弾かれてしまうのではないかと考えていたのだが、どうやらいらぬ心配に終わったようだ。「それでは本日の訓練は終了とさせて頂きます。明日からは本格的な操縦訓練に入る予定ですので、それまでにマニュアル等の確認の方よろしくお願いします」「それじゃあ今日は解散って事で」『『「了解」』』そう言うとエクセレン達はその場を後にする。「これからマニュアルを読まなきゃならないのかあ・・・面倒だよなぁ」「ぼやくなよアラド、みんな同じなんだからさ」「そうッスね」「ねえ、夕食が終わったら後でミーティングルームに集合して皆で勉強会にしない?」「それは良い案ですね。その方が色々と私達のためになると思いますし」「そうね」「それならアラドもサボらないと思いますの」「ちょっと待てよ。誰も面倒だから読まないなんて言ってないだろ?」「口ではそう言っててもアラドは誰かが見て無いと読まない気がする」「そうねえ」「何で毎回俺ばっかりこんな扱いなんだろう・・・」「アラド・・・」アラドの右肩に手を置き、真剣な表情で彼を見つめるブリット・・・一瞬アラドはブリットだけは解ってくれたのかと思っていた。そしてその考えは直ぐに吹き飛ばされる事となる・・・「頑張れ」「なっ!酷いッスよブリットさんまで・・・」「さっきのお返しだ」「ううっ・・・なんだかマジで泣きたくなってきた」「だ、大丈夫だよアラド君。皆で一緒に頑張りましょ?」「うわ~ん、クスハさんだけッスよそんな風に言ってくれるの『ガシッ』・・・何すんだよゼオラ」「アンタこそ何ドサクサに紛れてクスハさんに抱きつこうとしてるのよ」「チッ、バレたか」「ア・ラ・ド・の・・・」「ゲッ!ま、待てゼオラっ!話せば分かる!だから落ち着けって」「バカァァァァァァァ!!」「グハァッ!!」その時の彼は、宛ら武が純夏に『どりるみるきぃぱんち』を食らったのと同じ様に吹き飛ばされていた。流石に成層圏に届くまでとは行かなかったが、それほどまでの威力だったと言う事だろう。無論、彼らがそのような事を知ってる訳では無いのだが、ここではそのように表現させていただく事にする。「アラド~大丈夫か~?」「流石の俺でも駄目かもしれないっす」「そうか・・・それじゃあ晩飯は要らないな」「もう大丈夫ッス!全然平気ッス!」直ぐには立ち上がれなさそうなダメージを負っていた筈なのに、食事の事を出されると即座に反応するとは・・・この時その場に居た者は、色々な意味でアラドを感心していたのだった。次の日・・・207訓練部隊は、近々行われる予定の総戦技演習に向けて最後の追い込みをかける所まで来ていた。入院していた『鎧衣 美琴』も先日退院し、徐々にではあるが纏まり始めている。本日の訓練は午前中は座学、午後はグランドで格闘訓練が行われる予定だ。C小隊の面々はそれらの訓練が終了次第、シミュレーターで本格的な戦術機の訓練を行う事になっている。しかしその日は朝から少々おかしな事が起こっていた。訓練開始時間になっていると言うのに教官であるまりもがまだ来ていないのだ。時間に厳しい彼女が遅れるなんて珍しい・・・訓練部隊の面々は、今日に限って遅れているまりもの事が心配であると共に不思議がっていたのである。「教官遅いですねぇ」「うむ、開始時間から既に15分が経過している・・・教官に何かあったのだろうか?」「・・・寝坊?」「貴女じゃあるまいし、教官に限ってそんな訳ないでしょ」「それもそうだね~。でも教官が遅刻するなんて何か変だよねぇ」「ブリット、そなた達は何か聞いてはいないか?」「いや、俺が何か聞いてるんだったら榊だって何らかの連絡を受けている筈だろ?」「それもそうだな・・・」「神宮司教官、風邪でも引いたのかしら?」「それだったら良い物があるわよ」「まさか例のドリンク?」「うん、この間新作が出来たばかりなの。栄養価も高いし、これだったら風邪にもよく効くと思うんだけどなぁ」「クスハさん、今度俺にも飲ませて下さいよ」「もちろんよ、皆の分も用意するわね」「へぇ~、クスハさんはそう言うのが得意なんだ。僕も色々と知ってるけど、今度教えてほしいなあ」「今度レシピをプレゼントするね」「ありがと~。お返しに僕も何か用意するね」「楽しみにしてるね」彼女達の会話を聞いた他の面々は徐々に顔から血の気が引いて行くのが解った。「ど、どうしたのだブリット、顔が真っ青だぞ?」「い、いや・・・そう言うお前こそ顔が真っ青だぞ御剣」「だ、大丈夫だ。少々嫌な事を思い出しただけにすぎん」「そうか・・・だがクスハの栄養ドリンクと言う物は興味があるな。楽しみにさせて貰うとしよう」「うん、今度のは自信作なの。だからブリット君も楽しみにしててね」「あ、ああ・・・」「・・・どしたのブリット?顔色が悪いよ?」「ブリットさん風邪ですか?」「じゃあ早速クスハさんのドリンクを飲ませて貰わなきゃだね」「い、いやっ!大丈夫だ!俺は元気だから」「そう?でも無理は良くないわよ。総戦技演習も近いんだから体調管理はしっかりしてよね。貴方はC小隊の分隊長なんだから」「ああ、その辺は解ってるつもりだって」「なら良いけど・・・」昨日の訓練終了後から憂鬱だったブリットは、この一件で更に憂鬱な気分となる事になった。確かにクスハの気持ちは嬉しい。自分の事を想って言ってくれているのだ。最愛の人にこの様な事を言われて喜ばない男は居ないだろう。しかし、内容が内容だ・・・彼は彼女が新作ドリンクを作る度にそれを飲まされている。そしてその度に色々な意味でダメージを負っているのだ・・・彼女のドリンクは味に問題は有るものの、効果は絶大なのは解っている。そしてクスハの気持ちも理解している。彼女に悪気は無いのだ。毎回何かと理由を付けて断ろうと考えてはいるものの、最終的には彼女を傷つけまいと考えそれらを飲んでいるのだが、やはり色々と辛いものがる事は事実だ。そう言った理由から彼の気分は更に憂鬱になっていったのである。「む、どうやら教官が来られた様だぞ」誰かが来た事に気付いた冥夜がその場に居た皆に注意を促す。教官が来ていないとは言え、訓練開始時間は過ぎているのだ。雑談している所を見つかる訳にはいかないのである。「敬礼っ!」教室のドアが開くとほぼ同時に分隊長である千鶴が皆に号令をかける。C小隊の面々が来る前まではすべて彼女が行っていたのだが、現在は開始時の号令は彼女が、終了時の号令はブリットが行うようになっているのだ。「はい皆おはよう~」『『「お、おはよう御座います」』』「さて、私の名前はエクセレン・ブロウニング。階級は中尉よ。今日から座学を担当させて貰う事になったんでよろしくね~」「な、何でエクセレン中尉が?神宮司教官はどうされたんですか?」いきなり彼女が現れた事に驚いていたのはブリットだ。正確にはC小隊の面々全てが驚いていたと言って良いだろう。まりもが来ると思っていたのに現れたのはエクセレン。しかも格好は例によって例の如く白衣姿である。これには驚くなと言う方が無理かもしれないのだが・・・「ハイハイ、これからそれを説明する所よ。本来なら今日の座学の担当はタケル君だったでしょ?でも彼は今特殊任務で居ないじゃない」「それは聞いてますよ。だから神宮司教官が本日の座学も受け持つって聞いてたんですけど・・・」「神宮司軍曹も毎日毎日お仕事じゃ大変でしょ?だから私が夕呼センセに提案してみたのよ。タケル君が戻って来るまでの間、私が代わりにやりましょうか?ってね。そしたら彼女、『面白そうだから試しにやってみなさい』って言うんですもの。だから、今日から私も座学を受け持つ事になったって訳。解って貰えたかしら?」「しかしエクセレン中尉・・・」「駄目よブリット君、今日から私の事は『先生』もしくは『教官』って呼びなさい。皆も良いわね?」「でも『ハイ、ストップ!』・・・今度は何ですか?」「それ以上文句を言うと昨日の事皆に話しちゃうわよ?」「昨日の事?」「皆聞いてくれる~?ブリット君たらねえ、昨日クスハちゃんのあられも無い姿を見てまた鼻『だぁぁぁぁっ!!解りました。解りましたよ』・・・やっと解ってくれたのね。先生嬉しいわ」「殆ど脅迫に近い事やっておいてよく言いますよ・・・」「あら、続きを言っても良いみたいね?」「・・・もういいです。授業を始めて下さい先生」「じゃあブリット君の御許しも出た事だし、授業を始めましょうか。今日の座学は・・・」そう言うと彼女はテキストを開き、黒板に今日の講義内容について書き始める。訓練小隊の面々は三人三様の受け取り方をしていた。彼女の発言に対し納得する者、驚く者、そして呆れている者・・・C小隊の面々は言うまでもなく呆れていた。彼女に対してもそうであるが、面白そうだと言う理由から納得した夕呼に対してでもある。彼らは正直『本当に大丈夫だろうか?』と考えていたのは言うまでも無い・・・そんな中、講義中であるにも拘らずブリットに話しかける者が居た。「・・・ねえブリット」「何だ彩峰?」「ムッツリ?」「なっ!それは違うぞ彩峰!」「力一杯否定する所が怪しい」「まて、それは誤解だ!俺は別にそんなんじゃ・・・がっ!」「ハイそこ、今は授業中よ・・・解ってる?」「・・・先生、いきなりチョークは痛い」「五月蠅い生徒を黙らせるにはこれが一番なのよ。ちなみに私の狙いはほぼ百発百中だから避けようと思っても無駄だからね?」「・・・流石先生。油断も隙も無い」「褒めてるのかそれ?」「え、褒めてるの?」「お前が言ったんだろうが!」彼等には学習能力が無いのだろうか?周囲の人間がそう思っている矢先、再び宙を舞う白い物体・・・気付けばそれは、ブリットの額を射抜いていた。「くぅぅ・・・」「さて、こう言う場合如何するべきなのかしらねぇ・・・バケツ持って廊下にでも立ってる?」「ブロウニング教諭、この様な場合、神宮司教官なら迷わず腕立てをさせております」「あらそうなの?ん~、じゃあブリット君は後で罰として腕立てね。後、冥夜ちゃん。私の事はエクセレンで構わないわ。私もタケル君と同じで堅苦しいのって嫌いなのよねぇ」「ハッ!了解しました」「そんな事よりもエクセレン中尉!なんで俺ばっかりそんな目にあうんですか!?」「・・・講義の時間を邪魔してるから?」「だからお前が言うな彩峰!」「昔から言うじゃない。頭の悪い子ほど可愛いもんだって・・・言わばこれは愛のムチなのよ。先生だって辛いの、でもいつか、いつの日か解ってくれると信じてるわブリット君」「・・・もういいです。後で腕立てでも何でもしますよ」「素直で宜しい。じゃあ続けるわよ~」そう言うと彼女は再び授業を再開する。その内容は驚くべき事だった。授業そのものと言うよりも、彼女の教え方である。まりもの授業内容もかなり素晴らしいものなのだが、彼女の授業内容はまりもに匹敵する程解り易く、それでいて要点を的確に捉えていた。ブリット達はエクセレンが教官をやっていたなどと言う事は聞いた事が無い。しかし問題が無い訳でもない。彼女は皆の事をファーストネームでしかも『君付け』か『ちゃん付け』で呼んでいるのだ。これでは軍のとしての規律が成り立たない。この場は訓練学校であり、普通の学校では無いのだ。だが彼らはそれに対して文句を言う訳では無い。むしろ新鮮な感じがして良いとさえ思っていた。まあこれはエクセレンだから許される事であり、まりもであったならば絶対に許されないだろう事なのだが・・・「それじゃあこの例題を・・・アラド君、答えてくれるかしら?」「ハイ・・・えーっと、この場合は味方の援護を信じて突撃します」「その理由は?」「敵は後退を始めていますけど数の上ではこっちが優位です。後続と合流される前に叩いた方がこっちの損耗も少ないと思ったッス」「なるほど・・・じゃあ、千鶴ちゃん。貴女はどう?」「私はこちらも一度後退し、態勢を整えてから追撃を仕掛けます」「理由は?」「はい、先程アラドが言ったように数の上ではこちらが優位ですが、伏兵が居る可能性も捨てきれません。もしも相手が後退して見せただけだったとした場合、背後から挟み撃ちにあう可能性がありますので」「なるほど・・・流石は千鶴ちゃんね。優秀で先生は嬉しいわ」「あ、ありがとう御座います」「じゃあ俺の答えは間違いって事ッスか?」「う~ん・・・この場合だと二人とも正解かしら」「どう言う意味でしょうか教諭」「この場合は確かに二人が言った様な可能性が考えられるわ。でもね、戦場は常に絶えず変化している。そう言った点で常に臨機応変に対応できなければいけないのよ」「なるほど」「二人の答え以外にも色々な方法があると思うわ。それぞれの視点で見てみるとまた違った物が見えてくる。そしてそれらの意見を基に部隊運用を考えるのが隊長の務めって訳よ。だから隊長にはそう言ったスキルが求められる・・・その事を分隊長の二人は良く覚えておいて頂戴ね」「了解です」「・・・了解しました」何故か千鶴は浮かない表情をしていた。それは先程エクセレンに言われた事にあるのだが、彼女はそんな千鶴を他所に授業を進めて行く。「じゃあ次の問題。前線が瓦解し敵が直ぐ傍まで迫っている。司令部に如何するべきか指示を仰いでみるものの後続が到着するまで現場で対応せよとの命令が返ってきた。さて、この様な場合にどう言った対応を取るべきか・・・慧ちゃん、答えてくれるかしら?」「・・・はい、現場で対応せよとの命令ですので、その場で防衛線を構築し後続到着まで時間を稼ぐべきだと思います」「それは貴女の独断?それとも隊長の指示?どちらを基準にしているのかしら?」「・・・隊長の能力が信用に値するものであるのならばそれに従います。ですが、先程先生が仰られた通り戦場は常に変化しています。この様な事からこれは私の判断を基準に考えました」「そう・・・確かに貴女の言う事も一理あるわ。でもね、もしも隊長が違う指示を出していたら貴女はどうする?」「・・・どう言う意味でしょうか?」「確かに貴女の言った通り、その場で防衛線を構築して後続を待つのも手段の一つよ。ただし、あくまでこれは隊長がそう言う指示を出した場合。戦場ではね、指揮系統と言う物がある。部隊を率いる隊長は上や下からの意見を基にそれらを判断し行動しなくちゃならない。いくら自分の考えた案の方が優れていたとしても上がそう言う判断をした限りは従わなくてはならないのよ。貴女は今、隊長の能力が信用に値するものであるのなら従うと言ったわね?」「・・・はい」「と言う事は意にそぐわない物であるならばそれを無視すると言っているようなものだわ。結果として状況次第では独断専行も辞さないと言う意味になる。この例題では、前線が瓦解したとあるだけで敵の規模までは示されていない。と言う事は敵の規模は不明。こう言った場合では少しでも早く友軍と合流を視野に入れるべきなのよ。そして、貴女が勝手な行動をとった分だけ隊の仲間にも危険が及ぶ可能性が出てくる。要らぬ犠牲が出る可能性も否定できなくなるわ」「・・・解りました。教官は私の答えは間違ってると仰りたいんですね?」「全部が全部と言う訳じゃないわ。あくまでどれを判断基準とするか、と言う事よ」「解りました」そう言うと席に着く彩峰。彼女が席に着くと同時に教室の中を沈黙が支配する。訓練部隊の面々は何故この様な事をエクセレンが言ったのか解らないでいた。いや、正確には何故この状況下でこのような事を言ったのかが解らなかったのである。先程の二つの例題における関係は千鶴と彩峰の事を言っている様なものだ。彼女達は仲が悪い・・・お互いの考え方や価値観が違う為にどうしても意見が合わないのだ。榊 千鶴は規律に厳格で常に隊全体の利を重んじる。 しかしその結果、原則や立場論にこだわる側面があり、特に彩峰 慧とは意見の衝突が多い。逆に彩峰 慧は常に冷静ではあるが、臨機応変さを重視するあまり、結果として独断専行型で協調性に欠ける傾向が見受けられる。 分隊長である榊 千鶴とは特に考え方が両極で衝突することも多い。エクセレンは以前、武から彼女達の事を聞いた事があった。以前の世界では武の介入もあり、紆余曲折を経てまとまりを見せた彼女達であったが、今回はそうもいかない。武はあくまで教官として彼女達と接する事になっており、同じ部隊の訓練生では無いのだ。そしてここ数日、彼は様々な任務のおかげで此方に顔を出せていない上に、現在は昏睡状態が続いている。総戦技演習が近づいている今、彼女達が纏まらなければ合格する事が出来ない可能性が出てくる。そう言った点からエクセレンは武に代わって彼女達にそれを気付かせる為に行動した訳なのだが、少々焦り過ぎたかも知れないと考えていた。エクセレンは彼女達と接するのは今日が初めてである。聞いていただけであって彼女達の本質を自分で理解している訳では無いのだ。そして、現在207訓練部隊が抱えている問題は他にもある。B小隊とC小隊の関係だ。最近では比較的打ち解けてきては居るものの、お互いにまだ遠慮している部分がある。これはB小隊の面々が行って来た不干渉主義に主な原因があるのだが、武が居ない分、どうしてもそれぞれの垣根を越える様な事をする人物が少ないのである。以前に比べれば比較的冥夜は色々な事に干渉するようになってきている。しかし、遠慮している点が多いのも事実だ。ブリット達に至っては、自分達にも明かせない事情がある為に度が過ぎる干渉の仕方は下手をすれば逆効果になりかねないと考えている為に極端な干渉は控えている。正直このままでは不味いのである。彼女達にはもう後が無い・・・実はエクセレンが武の教官代理を言い出した理由はそこにあったのだ。彼が介入できない以上、何とかして彼女達には纏まって貰わねばならない。武の目が覚めた時、彼が抱える不安を一つでも解消してやる事が出来ればその分負担は減る。彼にはこちらの世界に来た際、色々と世話になっている。老婆心からと言う訳では無いのだが、彼女もまた武に恩を感じている一人なのである。「・・・そろそろ時間ね。それじゃあ本日の授業はここまでにさせて貰うわ。さっき私が言った事、皆も良く考えて置いて頂戴。それじゃ解散」「敬礼っ!」エクセレンが教室を出た後、誰もその場を動こうとしなかった・・・正直、動こうと言う気分になれない空気だったのである。再び沈黙が世界を制する中、各々が今後どうするべきかを考えていた。そして、近々行われる訓練で彼女達がそれらの解決方法に繋がる切っ掛けを掴む事になるのだが、この時はまだ誰もその事に気付けなかったのである・・・あとがき第19話です。今回はちょっとした息抜きっぽいお話です。前半の暴走しすぎな描写から一変、後半と言うかラストでやっぱりシリアスムードになってしまいました・・・やっぱり色々な意味で難しいですねTT前半は機種転換訓練での一コマを書かせて頂きました。女教師エクセレン、若干暴走しております(笑)ラミアとピアティフ中尉も中途半端に巻き込まれております。もう少し面白おかしく書ければ良かったのですが、改めて自分のスキル不足を痛感しております。新潟でのお話を楽しみにされている方々。大変申し訳ありませんが、もう少々お待ち下さいませ。次回、もしくはその次あたりにきっちりと書かせて頂く予定ですのでお楽しみに。それでは感想の方お待ちいたしております^^