Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第54話 夕呼の企み「凄い状況ですの……」「ホントだね……凄い匂いだし、こんなんで着座調整してたら窒息しちゃうよ~」ブリーフィングを終え、待機を命じられていた207小隊の面々は、機体の調整を行うためハンガーに集合していた―――ハンガー内では、ガントリーに固定された彼女らの機体が整備兵の手によって調整されている。「目立つマーキングを潰しているのだ……実戦塗装ということだな」「……出撃の可能性は、十分にあるということね……」「……実戦、か……」機体の細かな最終調整は、搭乗する衛士が自分で行わなければならない。とはいうものの、現時点ではお呼びが掛かったというだけで具体的な指示は受けていない状況だ。急ピッチで作業が進められてるとはいえ、予定よりもその工程が遅れているのだろう。そのため彼女らは、整備の行われている機体をただ眺めている他なかったのである―――「―――おい!兵装の指示はどうなってる?」「Cだ!次のコンテナがそうだ!」「全機、実弾装填!兵装はCッ!!」「―――実弾……」整備兵達の怒号にも似た迫力の大声が響く中、彼女達はこれから起こりうる可能性に不安を隠せないといった表情を浮かべている。この場に武もいるが、彼も彼女らと同じような顔をしていた。いくら記憶や経験があるとはいえ、正直人間相手に実弾を撃たなければならない現状―――そんな事のために訓練を行ってきた訳では無いと解っていても、中々自身の感情を誤魔化す事は難しいのだろう。「―――すみません白銀大尉!こっちに来てもらえませんか?訓練兵の機体の事で話があります!!」「……解った」作業が進められる中、一人の整備兵が武に来て欲しいと伝えて来る。「何か問題でもあったのか?」「二番機なんですが、想像していた以上にダメージを負っていたみたいです……すみません、こんなときに限って……」どうやら冥夜の機体のトラブルに関する話のようだ。先の救助任務において、彼女の機体は損傷こそしなかったものの負担を掛け過ぎていた。そのため修復作業は行われていたのだが、間に合いそうもないのだろう。「今から作業を行うとして、完了するのにどれぐらい掛かる?」「出撃するかどうか解らない状況なので、なんとも言えませんが……早くて3時間、いや、もっと掛かるかも知れないですね」「……そうか、なら二番機の修理は後回しでいい。代わりに烈火の参号機を使う」「それじゃ神宮寺軍曹の機体はどうするんです?」「軍曹には別の機体を使ってもらう予定だ。伍長はそのまま作業を進めてくれ」「解りました。それでは参号機を御剣訓練生用に調整します」「頼む……」実機訓練の時もそうだったのだが、まりもには撃震では無く烈火の参号機を使ってもらっていた。以前の世界では、XM3搭載機での訓練は実機訓練が始まってしばらく経過してからだったのだが、今回は最初から訓練にそれらを導入している。それらの教導の際、教える側が特性を理解していなければ話にならないための処置という訳だ。そして、始めから彼女たちに旧OSを使わせなかった理由は、少しでも早くその機動に慣れさせるためでもあった。特性を早い段階で理解していれば、その分練度も増す事に繋がる。当初は自分が同部隊と常に行動していない事を踏まえた処置だったのだが、そのおかげで彼女らは前回に比べて良い動きをするようになっていた。また、彼女らの成長には、C小隊の面々が大きく絡んでいると言っても良い。XM3とTC-OSは比較的似通った部分もあり、実戦を経験している彼らの動きはかなり良い刺激を与える結果となっていた。だが、BETAを相手にするために日夜磨いてきた技術を、今回は同じ人に対して使わねばならないかも知れない。この様な形でそれらを披露せねばならないというのは、なんとも皮肉としか言いようが無いだろう―――「っと、来たみたいだな」忙しなく働いている整備兵達の下へ、一台の戦術機輸送車両がやって来た。恐らくこれが、先程武の言っていたまりも用の機体なのだろう。「こいつの調子は、どうですか軍曹?」「改修前の機体を資料で見た事はありましたが、もはや別物ですね……正直、乗りこなせるかどうか不安です」「出力特性は烈火以上になってますが、軍曹なら大丈夫ですよ。俺が保証しますから安心して下さい」「ありがとうございます大尉。夕……香月副司令にこれを使えと言われた時は本当に困ったものですが、今は精一杯やらせて頂く所存です」「頑張ってください」「ハッ!」まりもに与えられた機体……それは叢雲改型だった。聞くところによるとこの機体は、始めから夕呼がまりものために用意した機体だったのだという。正確には彼女のためだけ、という訳ではないのだが、後々の事を考えて彼女が適任だという事らしい。武はこの話を聞かされた際、恐らくこれも彼女の気まぐれか何かだろうと踏んでいたのだが、詳細を聞かされた後では考え方を変えざるを得なかった。その理由は、この機体の衛士に関することなのだが―――「―――白銀大尉!先に大尉と神宮寺軍曹の機体から作業を終わらせます!着座調整、始めてください!!」「解った!……それじゃ軍曹、霞と一緒に作業を進めてください」「はい」まりもに叢雲改型を使うよう指示を出したのは夕呼だったが、何故か霞をサブパイロットに指名していた。現在霞は千鶴や冥夜達と共に訓練を受けており、戦術機の操縦に関しても同じように参加している。そのため出撃するならば彼女も自分の吹雪で出る筈なのだが、今回はそれを見送るよう言われていた。一応夕呼に問い質してみたが、返ってきた答えは『今後のために必要だから』という一言だけ。恐らく何らかの考えがあっての事だとは思うが、詳しい情報を提示してもらえないのはいつもの事だ。どうせ彼女の事だから、善からぬ事でも企んでいるのだろうと考え、とりあえず指示に従う事にしている。「(毎度の事だけど、ホント先生の考えてる事は解らないよな……)」心の中でそのような事を呟きながら彼は、いつ出撃になっても構わない様に準備を進めていた―――丁度その頃、中央作戦司令室では今回の一件に関しての討論が行われている。国連から派遣された珠瀬事務次官が、米軍の受け入れを承諾してもらうべく奮闘している状況だ。「……どうあっても増援部隊は受け入れられないと仰るのですか!?」「そうは申しておりません。正式な手続きがなされていない上に、時期尚早だと申し上げているのです」「もはや一刻の猶予も残されていないのですよ!?対BETA極東防衛の要たる日本が、不安定な状態に陥るという事がどういう事か……おわかりでしょう!」事務次官が言っている事は概ね正しい事ではあるが、二つ返事で了承できるほど簡単なモノでも無い。国連加盟国とはいえ、一国の事件に干渉するには正式な手続きが必要だ。それを蔑ろにして行動してしまえば各国政府間の均衡は崩れ、特定の国家のみが優位に事を進む事態を招いてしまう事になりかねない。彼もそんな事は百も承知であろうが、今回ばかりはそうも言ってられないのだろう。一国の将軍が拉致された……この様なケース事態が考えられない事だけに、早急に事件を解決せねば取り返しのつかない事になる。正式な手順を追ってこのような話を持ちかけて来るのならば問題は無かっただろうが、立場上そうも行かなかったのだろう。そんな彼の心中などお構いなしと言わんばかりに、夕呼が反論する―――「……国連は、そんなにアジア圏での米国の発言力を回復させたいのかしら?増援と言いつつ、結局のところは米国が日本に内政干渉したがっている……そういう事でしょう?」「もしも煌武院殿下に何かあったらどうするのです?現時点において、日本主導でオルタネイティヴ計画が動いている事は、貴女がいちばんご存じの筈……」「仰るとおりですわ……ですが、今回の事とそれに関しては、左程関係の無い事でしょう?」「そうとも言い切れないかも知れないんですよ!それが原因となり現政権が瓦解する様な事があれば、それこそ本末転倒でしょう……次期政権がこの横浜基地を……人類の切り札の接収を要求してきたらどうなさるおつもりです!?人類全体の命運をかけたオルタネイティヴ計画……その中枢たる横浜基地を今、危険に晒す訳にはいかんのです!」額に汗を浮かべながら熱弁する珠瀬事務次官。確かに彼の言う事も一理あり、可能性が無い訳ではない。実際のところ、悠陽を失った後の世界を見ている夕呼からしてみれば、そうなってしまえば本当に日本は終わりを迎えるだろう。だが、現時点でそれを認めてしまえば、状況が更に悪化する可能性も否定できないのだ。流石に今の時点で彼の言い分に賛同する訳にはいかないのだろう―――「―――ですが、このタイミングで太平洋艦隊が、相模湾沖に展開しているのはどういう事です?まるで何が起きるか、しっていたかのようですわね」「……艦隊については、緊急の演習と聞いております。まさに僥倖……といったところでしょう」「珠瀬事務次官……貴方も日本人なら米軍のそのような強硬姿勢が、この国でどのような反発を招いているか……ご存知の筈でしょう」「……言っても無駄ですわ司令―――」ラダビノット司令が事務次官を諭そうとする中、その行為に待ったをかける夕呼。表情を強張らせ、何かを射るような目付きのまま言葉を続ける―――「―――佐渡島が落ちたとみるや、日米安保条約を一方的に破棄して逃げ出した国ですから……日本の半分が敵の手に落ち、ハイヴが建設されたときに米国がこの国に何をしたのか……日本の国民は忘れてなどおりません」冷静に、まるで日本人の意思を纏めるかのように発する夕呼。普段はそのような事にあまり関心を示さないような素振りを見せてはいるが、やはり彼女も日本人の一人だという事なのだろうか?しかし、事務次官もこのまま引き下がるような者ではない。「―――次期オルタネイティヴ予備計画が動き出して早3年……次期計画推進派の圧力も、日々高まっています。その一方で対BETA戦略の見直しを提唱する米軍は、もはや痺れを切らしオルタネイティヴ計画そのものに見切りをつけ、独自行動に踏み出す機会を窺っています―――」彼の言葉に一応耳を傾けてはいるが、夕呼はそんな事など既に理解しているといった顔だ。明星作戦における無通告でのG弾運用、そして秘密裏にシャドウミラーと結託し、何か事を起こそうと裏で暗躍している事実。恐らく一連の動きは、その独自行動を起こすための試験期間の様なものなのだろう。今回の世界ではシャドウミラーが係わっている点がネックだが、たとえ彼ら抜きであったとしても米軍は事を起こしていたに違いないはないだろうが―――「―――私も国連議員である前に、一人の日本人として日本主導のオルタネイティヴⅣを完遂させたいのですよ……!」これが自分の本心だと言わんばかりに、それらを主張する事務次官。確かに彼も、そうしたいがために動いているのだろう。だが、その一言が逆に彼女に火をつける結果となってしまった―――「……では、事務次官にならって私も日本人として言わせて頂きますわ―――」「……博士!!」語気を強め、異議を唱えようとする夕呼。そんな彼女の行動に気づいた司令が、止めに入ろうとするが効果は無かった―――「―――結局米国は、極東の防衛線が崩壊して米国本土が戦場になるのを避けたいだけでしょう?」「……」「戦略の見直し?……要はG弾を本土以外でバンバン使って戦後の地球に君臨したいのよ。自国は無傷のまま……ね」「……国連が米国の意向を受け入れない組織になれば、彼らは単独でもそれをやるでしょう……」夕呼の発言に対し事務次官は、神妙な面持ちでそれらを否定しない。実際に彼女が言っている事は的を射ていて、反論すらできないのが現状なのだ。そして、更に夕呼は言葉を続ける―――「それ以外にも米軍を受け入れられない理由があります」「どういう事でしょう?」「これからお見せする画像は、先日我々が偶然入手したものと先程帝都から送られてきたものです」そう言って近くに居たオペレーターに、画像を表示させる夕呼。そこに映っていたものは、以前武達が南の島で遭遇した部隊の一部と悠陽拉致に関する一連の流れを示したものだった―――「一枚目は、以前私の部下が調査任務に訪れた南の島で撮影されたものです。その当時、近隣の島では訓練部隊による総戦技演習が行われていたのですが、原因不明の地震が発生したため部下に調査をさせていました」「それで……?」「その際、偶然訪れた島で所属不明の機体に襲撃され、拘束されたと報告を受けています。幸い彼は自力で脱出し事無きを得たのですが、調査の結果この機体は日本国内でも何度か目撃されており、我々はその詳細を調べていたのです」「……」「この機体は米軍が開発したYF-23をベースに開発した物と思われます。そしてこれがその資料です」彼女は裏ルートから入手したとも言えるATSF計画の資料を彼に手渡す。そこにはYF-22とYF-23に関する記述と詳細な画像、協議の結果などを示した物が掲載されていた。「最近、とある筋からの情報により競合に敗れたYF-23を独自に調達し、運用している部隊がいると言う報告を受けました。どうやらこの機体は米軍所属の特殊部隊の物だという事らしいのです」「……なるほど」トップシークレットとも言える情報を、次々と明らかにする夕呼。これらの情報は何らかの交渉材料になると考え、国連上層部には報告していなかったものだ。一応司令には報告してあるが、詳細が明らかにならないうちは上に進言しないで欲しいと伝えてある。不用意に情報を提示することで、要らぬいざこざに巻き込まれたくなかった事が主な理由だが、現状ではそうも言っていられないということだろう。「そして次の画像ですが、殿下が拉致される際に現れた機体の物です」「っ!?こ、これは……」「双方共に鮮明な画像とは言い難いですが、解析の結果ほぼ同一の機体ではないかという結果が出ています」「では、今回の一件には米軍が絡んでいると?」「確証は得ておりませんわ……ただ、殿下を攫ったと思われる兵士と、以前部下が拘束された際に遭遇した兵士の身なりが非常に酷似しています……」二枚目の画像は、こんな時のために用意しておいた物ではない。それ以前にこれらの情報は帝国軍が規制をかけているため、そう易々と入手できる物ではないのである。だが、何としても米軍を今回の件に介入させたくない彼女は、切り札とも言えるこれらを提示することにしたのだ。流石にこれを見せられては、事務次官も反論する事は出来ないだろう。その様子からして彼は悠陽が攫われた事は聞かされていたようだが、実行犯に関しての内容は聞かされていなかったのだと見て取れる。平静を装っているようにも見えるが、内心はかなり驚いている事だろう。「帝国軍側もこれらの事は知っています。恐らくそんな現状で米軍の協力を申し出ても、きっぱりと断られるでしょうね……それにご安心ください事務次官。今回の件もそうですが、オルタネイティヴⅤの発動も米国の独断専行も許すつもりはありませんわ」「……大した自信ですな。今回の件は別として、具体的な成果が出ていないのに何が貴女にそこまで言わせるのか……」「虚勢ととるかどうかの判断はお任せしますわ。それに成果が出ていない訳ではありません……近々、お披露目することが出来るかも知れませんわね……」まるで勝ち誇ったかの表情を浮かべる夕呼に対し、これ以上何を言っても意味がないと悟ったのだろうか?珠瀬事務次官は、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ彼女らに一度退散する旨を伝える―――「すぐに戻ってまいります……また後ほど―――」そうは言っているものの、これだけの情報を提示されてしまっては、簡単に事を運ぶことは難しいだろう。事務次官を見る限り、今回の一件にF-23Aが絡んでいることは国連本部側も認識していなかった様子だ。それ以前に、試作機が実戦配備されていることも伝わってはいないのだろう。たまたま彼が聞かされていなかっただけ、という点も否定は出来ないが、各国へ交渉に向かわせる事務次官に情報を明らかにしないというのもおかしいと言える。恐らく何者かが夕呼のように情報を隠蔽しているのだろう。『―――事務次官相手に、随分勇ましいことを言っておられましたな……』珠瀬事務次官が退出したのを見計らうように声をかける人物。このような事をする人物は、そう何人もいないだろう。やれやれ、またこの男か……と言った表情で相手を見据える夕呼。そこに居たのは壁に背を預けながら、腕組みをして様子を窺っていた鎧衣だった―――「あら、帰ったんじゃなかったのね……要らぬ詮索は、程々になさいって言わなかったかしら?便利な駒が他人の都合でいなくなるのは困るけど、自分の都合でならわりと納得できる物よ?」「おお怖い……つれないですなあ。私は博士のために、粉骨砕身していると言うのに……」「よく言うわね……」呆れ顔にも似たような表情を浮かべる夕呼。双方共に何を考えているのか解らないが、互いが互いを利用するべく動いていると言うのは間違いない。ポーカーフェイスを貫き、こちら側の手の内を極力見せないと言う点では、二人は似たような策士と言えるだろう―――「……さて、私も自分の仕事をしますかな。すぐにとんぼ返りをせねばならんのは、給料取りの辛いところで……」「……頼んだ件をキッチリこなしてくれるのなら文句は言わないわ……よろしく頼むわよ?」「勿論ですよ博士、私はそのために動いているのですからね……」帽子を被り直す仕草を見せつつも、チラリと夕呼の方を見ながらそれに答える鎧衣。そして彼はそのまま何も言わずその場を立ち去るのだった―――一方、機体の着座調整を行っていた武達は、再度ブリーフィングを行うことになりハンガーを後にしていた。この時点でブリーフィングが行われるということは、ほぼ間違いなく出撃する可能性があるということを示している。そのせいか訓練兵達の表情は重く、一応話に耳を方向けてはいるもののあまり気乗りしないといった様子だった。武やまりももそれに気付いているのか、彼女達には何も言わないでいる。不安や恐れを取り除けと言った所で、最終的にそれらを何とかしなければならないのは彼女達自身だ。下手に声を掛けるのは、彼女達の成長を促すためにも得策ではないと判断したのだろう。暫くしてブリーフィングは終了し、彼女達には待機が命じられる事となった。しかし、遊んでいる暇などは無い。30分もしないうちに整備班から連絡があり、ハンガーへ集合するよう呼び出しが掛かったのだった―――「―――彩峰、ハンガーに集合だ。FCS(火器管制装置)のマニュアル調整だってよ……彩峰?」訓練校の教室、ベランダで一人物思いにふける彩峰。武の呼びかけにも反応せず、なにやら考え事をしている様子だ。「おい彩峰、聞いてるのか?」「……なに?」「だからハンガーに集合だって……お前本当に大丈夫か?ブリーフィングの時もそうだったけど、一体なにボーっとしてんだよ?」彼女の様子がおかしかった事は、武自身もよく知っている。いや、性格には憶えていると言った方が正しいだろう。案の定、彼女の手には例の手紙が握られており、その件について悩んでいるのだと言うことが解る。「―――あの手紙……持ち歩いているのか?こんな時まで大事に持ってるなんて、余程そいつのことが気になってるんだな」持ち歩いている理由は知っている。だが、あえて知らないフリをしなければならない。本来ならばクーデターが起き、その首魁とも呼べる人物からの手紙に関する事をここで聞かされた。しかし今回は、クーデターそのものが起こってはいない。そういった経緯から今回は、彼女が悩む必要など無い筈なのだ。それなのに何かを気に掛けているような素振りを見せる彩峰。一体原因は何なのか?問い質す必要性も無いが、聞かない訳にも行かない……それが彼女の身を案じる武の考えだった―――「……知ると……後悔するよ」「知って後悔する場合もあれば、知らずに後悔するって事もある。なあ彩峰、何か悩んでいることがあるんだったら俺達に相談してくれ。前にも言ったと思うけど、俺達は仲間だろ?」「……優しいね白銀は」「優しいって言うか、当たり前のことだろ?背中を預けあう仲間が何かに悩んでいる……解決してやることは出来ないかも知れないけど、相談に乗ってやることぐらいは出来るじゃないか」「……」武の申し出に対し、無言で彼を見つめる彩峰。何かを悩んでいるのだろうか?顔には出ていない様な素振りを見せてはいるが、態度や今現在とっている姿勢などから見てもそれらを肯定させるだけの答えを持っている。さて、如何したものかと悩む武に対し、彼女は前回と同じ様に彼に対し持っていた手紙を差し出す―――「え……おい、これって……」「―――読んで」「は!?でも……」「……いいから」「解った……(やはりそう来たか……多分内容は同じなんだろうけど……)」そう心で呟きながら、手紙の内容を目で追う武。「声に出して読んで」「わ、わかったよ……えーっと『……日に増し寒さがつのる時節……』」以前説明を受けたことから、ある程度の内容は理解しているつもりだ。だが、文法や表現方法など、一言一句憶えているわけではないが、明らかに普通の手紙で無い事は間違いない。普通の人間からしてみれば、小難しい内容の手紙にしか思えないだろう。多少間違えたりはしたものの、一応それらを読み上げていく武―――「―――『これが最後の手紙となろう。君よ、願わくば幸多き未来を歩まんことを―――津島萩治』……すまん、俺にはなにが言いたいのかさっぱりわかんねぇ……」読み終えた後、再度確認してみるがこれは間違いなく同じ内容の手紙だろう。『無念晴らさん』『義憤』などといった妙にキナ臭い言葉には見覚えがある。これらの内容からしてやはり沙霧は、クーデターを起こすために下準備をしていたということは間違いない。結果としてそれは妨害される形とはなっているが―――「……最後、名前が違う」「え!?読み間違えた!?」解っていることだが、ここはあえて少々大げさに驚いてみる武。この手紙の送り主が『沙霧 尚哉』であることを知ってはいるものの、ここで冷静に対処してしまっては怪しまれる可能性も高い。そういった理由から、彼はこの様な素振りを見せたのだった。「―――その人の名前は沙霧……沙霧 尚哉」「沙霧 尚哉……確か帝国軍所属の大尉だよな?何故、この人はわざわざ偽名なんかを?」「彼の事知ってるの?」「名前ぐらいだ……ここに来る前に一度だけ会ったこともあるけど、殆ど憶えちゃいない」「そう……手紙の後半を見て……『閣の如く』なんて普通書かない……当て字」「……そうなのか?」「『彼の御方』って……私の父さん。『萩』の季節……『閣』の如く……で『彩峰 萩閣』……それが父さんの名前。知ってるでしょ?『光州作戦の悲劇』……有名だもんね」「……ああ、一応はな」「敵前逃亡なんて許されない……私も母さんも……そのせいで全てを奪われた―――」遠くを見つめ、何かを思い出すように語り始める彩峰。その表情は何処と無く悲しげでもあり、できる事ならば思い出したくないことなのかもしれない。「―――父さんの部隊にあの人もいた。あの人は父さんを尊敬していたし、父さんもあの人を可愛がっていた……でも、光州作戦の前にあの人は負傷して内地送還になって……」「……それとこの手紙、そして沙霧大尉が偽名を使うことに何の繋がりが有るって言うんだ?」「あの人は……真っ直ぐな人だったから……罪に問われ、投獄される父さんを黙って見ているしかなかった自分を……今も責めている」「……」「殿下が誘拐された事で有耶無耶になってしまってるけど、あの人は現政権……つまり、今の日本を変えようとしていた。要するにクーデターを引き起こそうとしていたの……」「クーデター……か」「……驚かないんだね?」「これでも一応、驚いてるつもりだ……真面目な話をしている時に、変に騒ぎ立ててもおかしなもんだろ?」内容や事実を知っていることもあるが、必要以上に驚きすぎても変に勘ぐられる可能性もある。変な素振りを見せた時点で、怪しまれるのは確実だろう。そうとも言い切れないかもしれないが、彩峰は思っている以上に勘が鋭い。そういった点を踏まえ、彼は冷静を装ったフリをするしか無いと考えたのである。「―――最近、私に面会に来る人達がいる。父さんに世話になったとか、助けられたっていう大東亜連合軍の人達……手紙はその人達が持ってくる……その人達は、父さんは悪くないって言う。民間人の避難と警護を優先して、司令部の即時移動命令を無視することになってしまったんだ……って」「……」「……『人は国のためにできることを成すべきである』『そして国は人のためにできることを成すべきである』」「昔聞いたことがあるな……」「……父さんがよく言ってた言葉。失望はしたけど……その言葉には今も従える。でも私には軍の発表とその人達、どっちの言ってることが正しいかなんて……わからない」武に背を向けたまま、重たい口調で全てを語ろうとする彩峰。時折肩を震わせているのは、口にすること事態も辛いからだろう。「だから……もういいのに……後悔の綴られた手紙なんて欲しくない……だから開かない……だから読まない」「(何もできなかったことへの後悔……か、改めて考えると、沙霧大尉も俺と同じ様な気持ちだったのかも知れないな……)」この時武は、記憶にある最初の世界でのこと、そして今回の世界で自分も参加した明星作戦のことを思い出していた。成す統べなく失敗に終わったオルタネイティヴⅣ、上官達を失い住んでいた街の無残な姿を見せ付けられたあの日―――形は違えど、何故あの時に……と後悔する姿は、自分と重なるものがあるのだろう。気付けば彼自身も思い表情を浮かべていたのだが、振り返った彩峰が心配そうな顔を見せたことで我に返る。「大体解った……けど、クーデターは失敗に終わったみたいなもんだ。それなのに、何でお前がそんな辛そうな顔をする必要があるんだ?俺にはその理由が解らない……」「……正直言って、今回の出来事に私はホッとしてる。御剣が聞いたら怒るかも知れないけど、あの人が事を起こさないで良かったって思ってる……最低だよね」「……」武は何も言い返せなかった。いや、どんな言葉を掛けるべきか迷っていたと言うべきかも知れない。「―――これが白銀の知りたいことの全部……」「……」「……やっぱり、私のこと怪しいと思ってるよね……」「そんなことねえよ……」「ホントに?白銀は、私のこと信じてくれるの?」「……当たり前だ」「……証拠を見せて」「……解った。その代わり、この件は誰にも言うな。今更彩峰がこうでした……なんて言っても余計に混乱する」彼女の額に手を置き、撫でる様な仕草で語る武―――「いいな?この件に関しては俺も共犯だ」「……うん」とても悲しそうな表情をしている彩峰。全てを打ち明けてくれたとはいえ、正直不安なのだろう。そんな彼女の不安を取り除くにはどうすれば良いか?どのような言葉を掛けたとしても、彼女のそれを拭い去ることはできないかも知れないだろう。ならば、彼自身が偽りの無い本当の気持ちを彼女にぶつければ良いだけの話だ。そう決意した武は、彼女に対し自分の本心をぶつける事にする―――「―――何て言えばいいんだろうな……手紙に関しては、お前が悪いわけじゃない。仮にお前が手紙のことを通報したとしても、真偽を調べているうちにクーデターは起こっただろう。沙霧大尉だって、その辺りは計算していた筈だ……」「どうかな……」「正直言って、俺がお前の立場だったら同じ様な気持ちになっていたかも知れない……そして、沙霧大尉の立場だったとしてもだ」「えっ……?」流石の彩峰も、武のこの発言には驚いたようだ。武が彼の気持ちが解るといっているような発言をしているのだから当然だろう。「俺はここに来る前、帝国軍にいた……俺も大尉と同じで多くの大事な人を失ってる。そして、それを今でも後悔する事がある」「……」「今の日本を見て嘆きたいって考える沙霧大尉の気持ちは、理解できないことも無い……でもな、話し合いの前に事を起こそうと思ったことには共感できない……これが俺の本心だ。そしてお前は俺を信じて話をしてくれた……なら俺は迷わずお前の背中を守る……勿論殿下の事もだ。攫われた殿下は、助け出せば良いだけ……だからお前ももう悩むな」そこまで言って一度話を区切る武。そして彼は、左手で彼女の背中を後押しするかのように叩き、その場を後にしようとする―――「白銀……」「さっさと終わらせようぜ……俺達は俺達にできることをやるだけだ」「……そだね」暫くその場で武を見送っていた彩峰だったが、彼の本心を聞けたからだろうか?幾分か気持ちが軽くなったような気がしていた。彼が見えなくなったことを確認した彼女は、気持ちを新たにその場を後にする。「ありがとう……白銀―――」嘘偽り無い彼女の言葉。いつの日か、面と向かって彼にこの言葉を言える日が来ることを信じ、その思いを胸に彼女もまたその場を後にするのだった―――あとがき第54話です。クーデター編が終わるまでの間、あまり多くは語らないようにしようかと思います。正直、泣きたくなるほど難しい場面だ……とだけ言いたいですがTTさて、皆様に些細なお願いがあります。新しい話をアップする度、PVの数は増えているのですが、あまり感想を頂けておりません。感想を言うまでも無い駄作だ……と思われているのも解っております。ですが、あつかましいと思われるのを重々承知で申し上げます。出来れば感想を下さい。どんな些細な事でも構いません。誤字脱字、表現方法のおかしな点……今後の参考にするためにも、皆様からの意見を頂きたいのです。何を言ってるんだと思われるかも知れませんが、できればよろしくお願いします。それでは次回も頑張りますのでよろしくお願いします。