Muv-Luv ALTERNATIVE ORIGINAL GENERATION第71話 帰郷《meiya side》私は薄暗い部屋の中で今の自分が置かれている現状を嘆いていた。時折聞こえる銃声や叫び声、それらは小さい物だったが、外で何が起きているかの想像もつく。恐らく、奴らが現れたのだろう……となれば、この場所とていつまでも無事と言う訳にはいかない。全く情報が得られぬまま、刻一刻と時間だけが過ぎて行く。そんな時、今まで閉ざされていた扉が開き、二人の男達が中へと入って来た。銃を構え、周囲を警戒しながら無線で何かを伝え終わると、その中の一人が外へ出ろと命令してきた。「何故だ……何故、そなた達は自らこの様な事を行う? この世界にもBETAが現れたとなっては、この星もまた我等の世界と同じ道を歩んでしまうかもしれないと言うのに……」答えは返ってこない。無機質な部屋の中に、自分の声だけが木魂する。誰も聞いていないのか、もしくは聞くつもりすらないのか、もはやそんな事はどうでもよかったのかもしれない。「(……そなた達が一体何を考えているのかなど、私には解らない。いや、解りたくも無い! だが、一つだけ言える事がある……この様な事を私は望んでいないのだ。平和な世界を脅かし、戦乱の世に変える事など許されはしない! そなた達の野望、必ずや私が阻止してみせる!!)」彼らに連行されながら私は、この様な事を考えていた。これはある種の決意、いや、自分に対してのけじめの様な物だった。脳裏に蘇るこの世界で出会った人々の笑顔、それらを私と言う存在のせいで奪わせてはならない。奴らの企みを阻止する事は、決して容易な事ではないだろう。だが、何もしないでいるのは、現状から逃げている事に他ならない。そんな事をこの私“御剣 冥夜”が許せる筈無いのだ。他人から見れば、些細な事なのかもしれない。しかし、これが私自身の生き方であり、存在理由でもある。例え住む世界が違えども、私と言う存在は今ここにあるのだ。ならば、最後まで抗って見せよう……例えそれが無意味なものであったとしても、何の得にならない事だったとしても――――――機械の外へと連れ出された直後、数メートル程の通路を歩いた後に我々は広い空間へと出た。そして私を含むその場に居た者達が目にした光景は、最早悪夢以外のなにものでも無かった。鈍い音、そして弾け飛ぶ何かが視界に入る。音の正体を確認しようとした我々の目の前にソレが姿を現わしたのだ……それとは勿論BETAの事である。よりにもよってこの状況、そして距離にして数十メートル程の距離に現れたのは一体の要撃級。先程弾き飛ばされたのは、恐らくこの世界の戦術機の様な物だろう。至る所から火花を散らし、立ち上がろうとしているが、片足を失っているせいでそれもままならないでいる。その光景は、彼らを恐怖させるのに十分な物だったに違いない。目線はBETAの方に集中しており、明らかに周囲への警戒が疎かになっている。「(最悪の状況だ……だが、これは)」私はゆっくりと奴らから距離を取り、気付かれないように周囲を見渡す。来た道を引き返したところで、そこが行き止まりなのは分かり切っている。他に道は無いかと考えた矢先、少し離れた位置に上へと続く階段があった。幸いな事に、周辺にはあの要撃級以外にBETAは存在しない。一番近くに居る者も目の前の二人のみであり、他の兵士達は皆BETAの相手をしている。何とかあの場所へと辿りつく事が出来れば、この場から逃げる事が出来るかもしれないという考えが私の脳裏を過ぎる。確かに千載一隅の好機とは、今の状況を置いて他にはない。しかし、上へと逃げたところで、その先が外に通じているとは限らないだろう。だが、迷っている暇も無い事も事実なのだ―――「―――っ!? おい! 待て!!」私は一瞬の隙を突き、奴らの居る方向とは逆の道へ……即ち、階段のある方へと走り出していた。「止まれ! これは警告だ! 止まらなければ撃つぞ!!」男の叫び声が聞こえるが、そんな物に構ってはいられない。これは一種の賭けの様なものだが、私は臆することなく走り続ける。「クソッ! 人質だから撃たれないとでも思っているのか! 構わん、撃て!!」「し、しかし……」「誰も致命傷を与えろなどと言っていない! 足をねらえ……所詮は小娘、動けなくなったところを捕獲する!!」「り、了解!」周囲に轟音が響く中、数発の発砲音が木魂する。だが、私もそんな物に当たる訳にはいかない。時折左右にフェイントを掛けながら、一目散に目的の場所へと走り続ける。「うぁっ!……クッ、あと少し!!」右腕を銃弾がかすめた。撃たれた事に一瞬動揺してしまうが、動けるうちは致命傷では無いと体に言い聞かせる。「しぶとい奴め……!? 不味い、逃げろ!」「え? う、うわぁぁぁぁ!!」男達の叫び声が聞こえた直後、それが彼らの最後の言葉だったのだと気付いたのは、目的の階段に辿りついた時だった。見るも無残、としか言いようの無い光景に思わず私は目を背けてしまう。横たわる機械の腕、そしてその周囲に飛び散る血飛沫の後……私に気を取られていた事により、己に迫る危険に気付けなかったに違いない。「……すまぬ」何故か私は、そう呟いていた。先程まで私を捉えようとしていた者とはいえ、私が逃げなければ彼らも死ぬ事は無かったかもしれない。彼らの自業自得かもしれないが、その命が失われてしまった原因が私に無いとも言い切れない事からだったのかもしれない。「だが、私とてこの様な場所で死ぬ訳にはいかぬのだ……許せとは言わぬ」簡単に失われて良い命など在りはしない。例え敵だとしても、彼らも命令に従っていたに過ぎないのだ。これはただの偽善かもしれないが、私はその様な事を考えていた―――廊下を走っていた……ただひたすらに追手と呼ばれる存在から、己が身を護るために走っていた。あの後、暫くして私はその場を離れた。階段を駆け上り、壁面に備え付けられた通路を走ると、一枚の扉が見えて来たのだ。その先がどうなっているかなどと言った事を考えている余裕も無く、兎に角今は逃げなければならないと考えていたからである。鉄で出来たそれを開き、そしてまたひたすらに通路を突き進む。先程からこの様な事の繰り返しだった。「(追手が迫っているかもしれぬが、敵兵に遭遇しないのは運が良い。しかし、こうも不自然に続いて良いものなのだろうか?)」最初の扉を抜けた後、誰とも遭遇してはいない。今頃私が逃げた事など相手も気付いているだろうし、先回りして追手を差し向ける事も可能な筈だ。にも拘らず、私は逃げ続ける事が出来ている。この様な事が頭を過ぎると言う事は、少し冷静になれて来た証拠だろうか?だが、そんな考えは即座に吹き飛ばされる事になる―――「―――クッ、行き止まりか!? ここに来るまでは一本道だった。恐らく引き返していては捕まってしまうだろう……一体どうすれば良いのだ」周囲に扉も存在していない。通路の突き当たりには壁、その左右は隔壁の様な物によって閉じられている。ここへ来る途中、何度か降りた隔壁の様な物を見かけたが、それほど気にしてはいなかったのが仇になったと言える。よくよく考えてみれば、ここは敵地のド真ん中、相手にとって都合よく私を誘導する事も可能だったという事だろう。「私はまんまと罠にハメられたという事か……我ながら不甲斐無い事だ」『そうでもないわ。こちらとしては、あの状況から良く逃げだしてくれたと感謝しているぐらいよ?』「誰だ!?」ややくぐもった声が聞こえ、周囲を見渡してみるが、人影らしきものは見当たらない。声からして女のものだと思うが、この状況からして敵として考えるのが妥当だろう。『安心して……と言っても、出来ないでしょうね? 私の名は“ヴィレッタ・バディム”。貴女を助けに来た者よ』「……証拠は?」『ショウコ・アズマの知人、と言えば信じて貰えるかしら?』「ショウコの?」『悪いけど、詳しい話は後回しよ。少し下がって頂戴、ここの隔壁を吹き飛ばすわ』初めは疑って掛かった私だったが、隔壁を吹き飛ばすなどと言われてしまえば、それに従わざるを得ない。来た道を少し戻り、暫くした直後の事だった。轟音と共に隔壁が吹き飛ばされ、周囲に煙が充満し始める。それと同時に警報が鳴り響き、天井に備え付けられていたスプリンクラーが作動した。勢いよく水が噴き出し、見る見るうちに燃えていた残骸が消火されて行く。暫くして煙がはれ始めたころ、その奥には人影が一つ……恐らくはそれが先程の女性なのだろう。「怪我は無い?」そう言ってこちらへ近づいてくる女性。その井出達は、黒を基調としたウエットスーツの様な物で、ヘルメットを被っている事から表情は上手く読みとる事が出来ない。だが、それは動きやすさを重視してのものなのだろう。何処となく衛士用の強化装備を想わせるそれは、見事なまでに体のラインを表現している。それは女の私から見ても、思わず見惚れてしまう程のものだった。「どうしたの?」「だ、大丈夫です」考えていた事など口に出す訳にはいかず、妙にぎこちない返答をしたのが不味かったのかもしれない。その一瞬の間が不自然と感じたのかは解らないが、彼女はヘルメットを脱ぎ怪訝な表情を浮かべながら更に近づいてくる。「……嘘はいけないわね。その右腕……御免なさい、もう少し気をつけるべきだったわね」「右腕?」そう言われ、腕に視線を移したと同時に痛みが込み上げてきた。撃たれた事を思い出した事により、今になってそれに気付いたのだろう。「い、いえ、これは貴女のせいでは……」「兎に角、傷口の手当をするわ。応急処置で悪いけど、見せて頂戴」「はい」「……これは銃創?」「奴らから逃げ出すときに少し……ですが、かすり傷程度ですので問題ありません」「そう……でも、処置はしておかないと……少し沁みるわよ?」彼女が鞄の中から医療用キットを取りだし、傷口に向けて消毒液を吹き掛ける。「はい……っ!! グッ!」何とも言えぬ痛みが響いてくるが、これは一時的なものだ。この程度の事は訓練兵である以上、何度か経験している。「鎮痛剤と止血剤のせいで暫く腕が動かしにくいかも知れないけれど我慢して頂戴。どう、まだ痛む?」「大丈夫です。ですが、助かりました」「御礼はここを脱出してからで良いわ。最優先事項はここを無事に出る事……良いわね?」「はい……」そして私は、彼女と共にその場を脱出する事に成功したのだった――――――その後私は、クロガネと呼ばれる戦艦に収容され、件の施設から横浜へと向かっている。無事にショウコとも再会し、医務室で簡単な検査を受けた後、現在は客室へと招かれていた。正直言って初めてこの戦艦を見たとき、いや、正確に言えばこの船に招かれてからは驚きの連続だ。先ず、これ程巨大な物が空を飛んでいるという事実、そして見慣れぬ戦術機の数々に圧倒されている。聞けばこれらの物は、パーソナルトルーパーやアーマードモジュール、それに特機と呼ばれるこの世界の兵器らしい。そして、今現在私に出されている茶菓子や飲み物だ。合成品では無い上に、全て目の前に居るレーツェル殿が用意して下さった物らしい。「お味の方はどうかな? 女性と聞いていたのでこういった物を用意させて貰ったのだが、やはり洋菓子よりも和菓子の方が良かったかね?」「い、いえ、これ程美味しい物は久しく口にしていないもので……」「そうか、そう言って貰えると腕を振るった甲斐があったというものだ」「まさかこれは、全て貴方が御造りになられた物なのですか?」「お恥ずかしながら、私は料理が趣味でね。時折こうして皆に振舞っているのだよ」「そ、そうでしたか……」明らかにこれは、趣味と言った範疇を越えていると言って良い。本当にこの船の艦長なのかと疑いたくなるほどの逸品ばかりだ。それが証拠にと言うべきか、隣に座っているショウコは先程から一人で騒ぎながら色々なケーキを食べている。「さて、疲れているところを申し訳ないのだが、冥夜さん……君に聞きたい事がある」「お答えできる範囲内でしたら……」「それで構わない。私としても無理強いをするつもりはないし、君に不快な思いをさせるつもりも無いから安心してくれたまえ」「はい」レーツェル殿に聞かれた事は、先程の施設での事だった。その時に聞いた話だが、逃走ルートが一本道だったのはバディム殿のお陰なのだそうだ。施設内のシステムをハッキングし、彼女との合流に成功した場所まで上手く私を誘導してくれたらしい。当初の予定では、別働隊として待機していた軍諜報部のメンバーが私を確保し、その方達と共に合流する予定だった。だが、私が一人で逃走した事により、その作戦は内容を一部変更せざるを得なかったらしい。「本当に申し訳ありません。その様な手筈になっていたとは……」「君が気にする事ではない。我等の目的は、君を無事に助け出す事だったのだからな」「そうだよ冥夜さん。皆無事だったんだし、『終わりよければ全てよし』って言うじゃない?」「その通りだ。先程も言った様に、君が気に病む事は無い。今はゆっくりと体を休めてくれたまえ」「解りました。お気遣い感謝します」「それじゃ冥夜さん、浅草に着くまでの間、ここでゆっくりさせてもらおうか」「ああ……」その後、レーツェル殿は客室を後にし、ブリッジへと戻られた。正直に言って、今の私には様々な感情が渦巻いている。今回の一件の殆どは、全て私に原因があると言っても過言ではない。巻き込まれた人にしてみれば、いい迷惑だと罵られてもおかしくない位にだ。にも拘らず、この戦艦に居る人達は、誰一人としてその様な事を言うどころか、真剣に私の身を案じてくれていた。そんな私の表情を察してか、ショウコが口を開く。「どうしたの冥夜さん、そんなに難しい顔をして? あ、ひょっとして、『なんで私を助けるためにここまでしてくれるんだろう?』なんて考えてるんじゃないでしょうね?」「それもあるのだが、何もせずあの場を後にして良かったのかとも思ってな……」「それなら問題ないよ。レーツェルさんの話だと、連邦軍の人達が来て事態の収拾に当たってくれるらしいから」「そうか、だがしかし……いや、止めておこう。ここの方々にも色々と事情があるのだろうし、私がそれを詮索できる立場ではないのだしな」「それからね冥夜さん、なんで冥夜さんを助けたかだけど……仲間や友達を助けるのに理由なんて必要ないじゃない? 困ってたら助けるのは当たり前でしょ?」「しかし……」「あー、もう! それ以上は言いっこなし! 誰も迷惑だなんて思ってないし、冥夜さんが無事に帰って来てくれたんだからそれで良いの! 解った?」「すまぬ、ショウコ……確かにそなたの言うとおりだ。私が悪かった」「気にしないで、私も偉そうなこと言っといてなんだけど、レーツェルさん達に丸投げで殆ど何も出来てない訳だし……」「そんな事は無い。そなたがレーツェル殿達に助けを求めてくれたからこそ、私はこうしてこの場に居る事が出来ているのだ」「そうかな? って、駄目だね。お互いにこうやってたら堂々巡りになっちゃう」「ふふ、それもそうだな。だが、改めて言わせてほしい。ショウコ、そなたに感謝を」この時私は、彼女と友になれた事を本当に喜んでいた。想えば、こうして友人と接したのはいつ以来だろうか?元の世界において、未だ207小隊の面々とは真の意味でこの様な信頼関係を築けていない。皆はあの後、無事に横浜へと戻れたのだろうか?A-01の方々やタケルが傍に居てくれたことから、まず問題は無いと思いたい。そして、姉上の事も気掛かりだ。現状でそれら全てを確認する事も出来ず、纏わり付く嫌な感情が頭を過ぎるが、こればかりはどうする事も出来ない。「考えていても埒が明かん、か……」「えっ? 冥夜さん、何か言った?」「……いや、何でも無い。ただの独り言だ」それから数時間後、私とショウコは無事に浅草へと辿りつく事が出来た。ジャーダ殿やガーネット殿には心配をお掛けしてしまったが、お二人とも私達の無事を本当に喜んでくれていた。そしてその数日後、私はこの世界を後にする事となる。家族や仲間、そして想い人の待つ故郷へと旅立つのだった―――《Takeru side》あれから数日が経過し、俺達は事後処理に追われていた。夕呼先生や月詠さん達が手を尽くしてくれているが、未だ冥夜に関する有力な手掛かりは得られていない。シャドウミラーとの繋がりを持っていた奴らの捕縛には成功したらしいけど、残念ながら奴らの足取りを掴めそうなものは何も得られなかった。現在は、アクセル中尉とラミア中尉の二人が、入手したデータの解析を行ってくれている。でも、状況はあまり芳しくないらしい。「やっぱり下っ端じゃ、大した情報なんて持ってないわね。通信記録から割り出した地点も調べてみたけど、何もなかった訳だし……」「相手は特定の拠点を持ってたって訳じゃないんですか?」「残念ながらそういった物は無いみたいね。奴らとの繋がりが一番深かった崇宰が死んでしまった時点で、こちらが一番欲しかった情報は全て闇の中……ったく、面倒としか言いようがないわ」朝イチに呼び出され先生の執務室に報告に来ていた俺は、何か新しい情報を得られてないかを確認してみたけど状況は変わらないらしい。忙しい合間を縫って作業をしてくれている先生に無理を言う訳にもいかず、正直言って俺は何もできない自分に苛立っていた。「ああ、そうそう、アンタも解ってると思うけど、今週末に207小隊の解隊式を行う予定よ。それから週明けには、XM3のトライアルも行うから」「そうですか、あいつらもこれでやっと任官出来るんですね」俺の心境を察してくれたのか、先生は少しでも俺が喜ぶと思う事に話題を変えてくれた。「……その割には、あまり嬉しそうじゃないわね?」「そんな事ありませんよ。でも、良く許可が下りましたね? 今回のクーデターは前回と違う内容でしたし、現時点でのあいつらの状況を考えると厳しいと思ったんですけど……」「今の世の中、優秀な人材を余らせておける程の余裕はない……ってのも理由の一つだけど、今回の一件で、あの子達の実力を上に示す事も出来たわ。それから、殿下からの推薦があったっていうのも大きいわね」「殿下が?」「そう……殿下救出に協力した事が功を奏した。ってところよ」「それで、B小隊の配属はやっぱりヴァルキリーズですか?」これに関しては聞くまでも無い事だったけど、念のために確認しておいて損は無いだろう。現在ヴァルキリーズの属するA-01は、キョウスケ大尉達のベーオウルブズと合わせて二個中隊という編成になっている。ブリット達C小隊の面々は、元々ベーオウルブズの所属である以上、B小隊をそちらに配属させる事は考えられないからだ。だが、先生から返ってきた答えは、俺の予想を超えていた……というよりは、俺自身がすっかり忘れていただけなんだけど―――「―――それに関してだけど、A-01の編成を少し変える事にしたの。前に言ってたでしょ? 新しい部隊を作るって」「ああ、そう言えばそんな事言ってましたね……って、それちょっと早過ぎやしませんか!?」「何言ってるのよ。アンタ自身、訓練部隊の教官を手伝う必要も無くなるんだし、いつまでも単独で動かしている訳にもいかないでしょう?」呆れた表情を浮かべながら先生は、至極もっともな事を言っていた。確かにこれまでの俺は、訓練部隊の教官を手伝いつつ、ヴァルキリーズの教導も行い、キョウスケ大尉達と任務につく事が基本だった。だが、今後あいつらが任官して部隊に配属されれば、俺はフリーに近い状態になる。「新設部隊の件は、忘れていた俺の責任ですけど……それに、こんなに早く形になると思ってもいなかったんですよ」「だから、伊隅か南部の所に配属させられると思ってたってわけね?」「ええ、B小隊の皆と一緒にヴァルキリーズに配属されるんだって思ってました」「残念ながらそういう訳にはいかないわね。まあ、あの子達と同じ部隊って言うのは、間違いじゃないけど」「という事は、あいつ等はヴァルキリーズじゃなく、新設部隊に?」「そのつもりよ」という訳で、成す術無く……というのは少し違うかもしれないけど、俺は新しい部隊を任される事になった。現時点で解っている隊員は、207B小隊の面々という事だけ。冥夜も救出され次第、ここに配属される事になる。副隊長や再編成後の人員に関しては、解隊式までに通達される手筈になった。「それから御剣の事だけど、解ってるわね?」「はい……仕方がないとはいえ、理解しているつもりです」冥夜が敵に連れ去られたかもしれないという事は、今のところ一部の者を除いて知らされていない。現在、冥夜は先の戦闘の際に負傷し、入院中と通達されている。表向きは今回の一件に関しての重要参考人という事になっており、許可の無い者の面会は許可されていないのだ。そして、もう一つ皆に嘘をついている事……いや、嘘をついていた事がある。それはブリット達C小隊の事だ。事件終息後、B小隊とC小隊の面々は、全く顔を会わせていない。委員長達に何故会えないのかと詰め寄られたが、事件の根幹に係わる軍事機密に抵触する事を理由に一切の情報を与えてやれないでいる。かなり無理やりな理由をこじつけて皆に納得させているが、俺は正直言って皆に嘘をついている事が心苦しい。時と場合によっては必要な事とはいえ、皆を騙している事は辛かった。「……アンタも辛いでしょうけど、暫く辛抱なさい。アタシも出来る限りの事は協力するわ」「……」まさか、あの先生がこんな事を言うとは思わなかった。流石に口に出すのは不味いと思ったけど、そんな事を考えた時点でもう後の祭りだ。ええ、しっかりと先生に罰を与えられましたよ……書類整理の追加って言うね。元々事務的な仕事は得意でない上に、ここに来て更なる追加を言い渡されればマジで泣きたくなる。「アンタの悪い所は、そうやってすぐ顔に出るところね。今後は部隊を率いていかなければならないんだから、もう少しその辺りも努力しなさい」「善処します」「ああ、それからトライアルに関してだけど、帝国軍と他の国連軍基地から何名かゲストが視察にやってくるわ。当日はアンタもそのゲストのお相手をして貰うからそのつもりでね」「俺がですか? そういうのって基本的に先生の仕事だと思うんですけど?」「仕方がないでしょう? 実際に考案者からの話を聞いてみたいって言う先方からのご指名なのよ。」更に仕事が追加されたのは、さっきの罰を上乗せされたのかと考えてしまう。でも、態々俺を指名する程のゲストって言うのは、一体誰なんだろうか?一応先生に相手の事を聞いてみたけど、その内解る事だから気にするなと言われてしまった。まあ、この辺りはいつもの事だから、これ以上追及するのはやめておこう。「あ、そう言えば先生、俺の機体はどうなってるんです?」「前にも言ったと思うけど、一応都合は付けてあるわ。難癖付けて来た相手を納得させるのに手間取ったけど、今日の夕方頃には届く筈よ」「マジですか!? いや、ホント良かったですよ!!」「何よ~? アタシが用意してあげた改型じゃ問題があるって言うの?」先生はじろりとこちらを見据え、少々怒った様な口調で質問する。俺は別に先生を怒らせるつもりはないが、以前から気になっていた事があった。それはここ最近、戦術機を動かしている時に感じる違和感だ。最初は些細なものだったそれは、先日の一件で殆ど確信に近いものに変わりつつある。初めは長時間に渡る戦闘からの疲労が原因かとも思っていたが、そうではない事が分かりつつあった。「実はですね……極稀になんですけど、違和感を感じてたんですよ」「違和感? 具体的にはどんな?」「最初は疲れから来る身体機能の低下かとも思ってたんです。でも、ここ数日の間、空いた時間に速瀬中尉の改型で色々と試してたんですけど……」「あぁ、もうっ! ハッキリしないわね!! 言いたい事があるなら、サッサと言いなさい!!」「す、すみません……実は、機体が俺の動きについて来れない時があるんです。XM3のコンボとキャンセルを上手く使って誤魔化したりしてたんですけど、それすらも駄目になって来たっていうか……」そこまで言い終えた後、先生は大きく溜め息を交えながら『やっぱりねぇ』と呟いた。それが一体何を意味していたのかが理解出来ない俺は、無言で返す事しかできないでいる。「前々から変だとは思ってたのよ。何でこいつは何も言って来ないんだろう……ってね」「どういう意味ですかそれ?」「ハァ~……アンタってホント鈍いのね」本日二度目の盛大な溜め息だ。こうも盛大にやられると、こっちとしても少々イライラして来る。しかし、そんな俺の心境などお構いなしに先生は話しを続けて行く。「実はね、前々から飯塚班長に言われていた事があるのよ。アンタの機体操作ログ、それから各種サンプリングデータを検証した結果、機体の操縦系統に予想以上の負荷が掛かってるって……最初はXM3搭載による過負荷とも考えてたんだけど、クーデターの一件でハッキリと分かった事があるわ」「分かった事、ですか?」「アンタはこの短期間の間に、自分でも気付かない位の速度で成長してるのよ。それこそ改型では性能が追い付かないほどにね。まさか、自分でも気付いてなかったの?」「確かに違和感は感じてましたけど……そんなに凄い速度なんですか?」確かにここ数日、正確に言えば崇宰によるクーデターの際は、本当に激戦だったと思う。相手はBETAとは違い、自分と同じ人間というケースも少なくは無かった。戦っていた相手の違いというのも原因として考えられるけど、どうも腑に落ちない点も多過ぎる。「……この際だから言っておくけど、ハッキリ言って異常よ。新人ならまだしも、ある程度の域に達している衛士が、これほど極端な成長を見せる事は先ずないわね……それこそ、本当にアンタって人間なの? って疑いたくなるぐらいよ」「まさか、そんな大げさに言わなくても……」「こういうのは、多少オーバーに言っておいても良いくらいだわ。本人が無自覚のままでいるよりも、ハッキリと明確にさせておいた方が安心でしょう?」「そうかも知れませんけど……でも、この短期間の間ですよ? 自分でも驚かされているっていうか、よく解ってないんですよ」「でしょうね。まあ、私は大体の見当をつけてるんだけど……聞きたい?」「……お願いします。自分自身が納得できてないんです。やっぱりこういうのは、第三者の目から率直な意見を言って貰った方が理解できると思いますから……」「解ったわ。ただし、あくまで憶測、という事を念頭に置かせて貰うわね」そう言って先生は簡単に説明してくれた。今この世界に居る“俺”という存在は、数多く存在する並行世界の記憶が統合された存在だ。それらは取捨選択され、今の自分にとって必要とされるものが中心となって構成されている。その記憶の中には、様々な戦術機に乗り、幾多の戦場を駆け抜けた経験も含まれているに違いない。それらが徐々に今の自分にフィードバックされ、急速な成長に繋がったのだろう……というのが先生の導きだした考えだった。「先のクーデターに置いて、アンタはエース級と言っても差し支えの無い奴らとの戦いを経験した。恐らくそれが引き金になったんだと思うわ。深層心理にある記憶や蓄積された経験がそれらによって呼び起され、自分でも気付かぬうちにそれらを吸収してしまっていた……恐らく違和感として感じられたそれは、他世界におけるアンタの技量と今までの自分との違いからくるものなんでしょうね」新潟へのBETA侵攻直前、俺の記憶が抜け落ちていた時に起こった出来事により、確かに俺の中に在った記憶は統合された。という事は、その時点で兆候があったのかもしれない。自分では全く気付かなかったが、恐らく先生はこうなる可能性を予測していたのだろうか?例えそうだったとしても、こんな事は本来予測しにくいものだ。しかし、“香月 夕呼”という人間は、自他共に認める天才と呼ばれる人物。場合によっては、とプランを練っていたとも考えられるかも知れなかった。「それを解消するには、今よりも高性能な機体が必要になってくる。だから、それを見越して武御那神斬を手配したんですか?」「むしろそれは偶然、と言った方がしっくりくるかもしれないわね。今現在、この世界はBETA以外にもシャドウミラーが存在している。あくまで私の目的は第四計画を成功に導く事よ。その為には障害となるものを排除しなければならないし、そのための戦力を整えなければならないわ。だから、あの機体を手配したってワケ……尤も、今となっちゃ良過ぎるタイミングだったけどね」「でも、武御那神斬も基本的に第三世代機なんですよね? それだと、あまり意味がないんじゃ……」「現段階ではね。でも、あの機体は未だ未完成の状態……という事は、これからの調整次第で化ける可能性もあるわ」「未完成? ちょっと待って下さい。完成したからこっちに寄越すよう言ったんじゃないんですか?」「ああ、言い方が悪かったわね。本来の意味での完成では無いという意味よ。機体そのものは、仕様を変更する事で一定の水準として完成を見ているわ。ただし、それはあくまで普通の戦術機としての意味でね……まあ、これ以上は完成してからの楽しみにしておきなさい。きっと驚くと思うわよ?」ニヤリと笑みを浮かべ、俺を見据える先生。この顔をするときは、決まって好からぬ事を考えている時が多い。一瞬、背筋に冷たいものが流れた様な気がしたが、深く考えるのは止す事にしよう。それにしても気になるのは、『普通の戦術機』という言葉だ。普通じゃない戦術機なんて、どう考えても常識外れとかそういう意味にしか聞こえない。そんな機体に俺が乗る事になるって事は、それ相応の覚悟をしておかなければならないという事だ。でも、何故か今の俺は、恐怖というものを感じてはいなかった。どちらかと言えば、期待といった感情で心が落ち着かないといった方が正しいと思う。「……なんだかワクワクして来ましたよ。こんな感覚、久々って感じです」「現金な奴ねぇ……でも、新しい機体も直ぐには使えないわよ? 色々とこっちでやらなきゃいけない事もあるし、それまでは我慢するしかないわね」「やっぱりそうですか……解りました。なるべく早いうちにお願いします」「ええ、勿論よ。だからアンタは、今やれる事をしっかりやりなさい。今後の為にもね……」「はい」暫くの間は、現状のままで我慢するしかない。週末に行われる解隊式、そしてその後のトライアル……これがスムーズにいけば、次は佐渡島ハイヴを攻略する事になる。このハイヴ攻略は、オルタネイティブ第四計画がある一定の成果を出した事を証明するためにも、確実に成功させなければならない。だが、ここ最近の出来事を踏まえると、何が起こるか分からないっていうのが本音だ。やはり先生の言うように、シャドウミラーの存在が不安要素といえる。流石にハイヴ攻略を邪魔する様な事はしないだろうと考えたいが、神出鬼没な上に行動理念が曖昧な組織である以上、油断は出来ないだろう。奴らの提唱する“闘争の世界”なんてものは、自分の価値観を他人に押し付けるだけのエゴでしかなく、絶対に認める訳にはいかない。それによって失われる生命や資源、文化の被害について一切考慮しないなんて、まさに机上の空論でしかないんだ。だから俺は、奴らの企みを絶対に阻止し、BETAとの戦争も絶対に終わらせてみせる。それがあいつの願いでもあり、数多の世界における俺自身の願いでもあるのだから―――