それを見た火星の住民は一様に沈痛な面持ちだった。
その内の一人が声を上げようとする...
なんとかしぼりだそうとしているのかかなりかすれてはいる。
「そんなの...」
「では、それ以外で皆さんをあの攻撃から助けられた事について説明がつきますか?」
目の前のウィンドウに映る黒髪の少女と眼差しに異論を唱えられる者は誰もいなかった。
そんな中白衣を着た金髪の女性のみ、楽しそうに目を輝かせていた。
それは、アオ達3人がピースランドから帰って来た翌日の事だ。
帰って来た日にボソン通信の完成を聞き、ユーチャリスのオモイカネへ繋いでから。
オモイカネはこちらのコミュニケにも常にリンクを繋げているようだ。
かなり寂しかったらしい。
「オモイカネ?」
『なんでしょう、アオ?』
「アキトの頃の記憶、火星の事に限定した上で、アキトとはわからないようにした映像に出来る?」
『難しいですね、なんとかやってみます。実験も...ですか?』
「そうだね、危機感持って貰わないとね。出来たら教えてね」
『わかりました』
今の所はうまくいってるけど、どうにもならなくなったらどうしようかなと漠然と考える。
そんな自分に自嘲するような笑みを浮かべるが、気合いを入れ直すとルリ達を起こしに行った。
「ルリちゃん、ラピス、トレーニング行くから起きなさい」
そうして一日が始まった。
いつも通り、アオとルリ、ラピスの3人でトレーニングをし、マナカが作ってくれた食事を済ませる。
それから出かける準備をすると、アオ・ルリ・ラピスの3人は試験場へマナカは研究所へと出勤していく。
そして、エステの稼働試験場でアオとルリ・ラピスがデータの確認をしているとオモイカネから通信が入った。
「はいはい?」
『アオ、出来たよ~』
「あ、わかった。今から行くよ」
そういうとアオは立ちあがった。
何だろう?とアオに呼びかけたルリとラピスへ打ち合わせに行ってくる旨を告げるとアオは部屋を出て行った。
そして研究所内の自室まで行くと、ユーチャリスをイメージしボソンジャンプした。
『アオ、お帰りなさい』
「ただいま、オモイカネ」
久しぶりに戻ってきたアオにオモイカネはウィンドウを乱舞させて喜ぶ。
火星の状況自体は週一の報告やオモイカネの報告で聞いている。
ユートピアコロニーはイネスを中心に、他のコロニーは市長を中心にまとまっている。
襲撃の不安から解放されてからはそれぞれ中での生活を安定させる為に動いていた。
通信自体はバッタ同士で出来るのでコロニー内での連絡を密にしている。
警察代わりとして治安維持を行っているのは、それぞれのシェルターを守っていた軍人や軍の経験者である。
そして教育としても教育従事者だけではなく研究員もいるため小学校から大学までの教育をバッタ間の通信教育行っていた。
それ以外の事についても元々従事していた者などが率先して動いていた。
食料などが配給で嗜好品がないが、お金がかかる訳でもなく生活自体は依然と余り変わらない為全体としてうまくまとまっていた。
まだ人数が少ないユートピアならともかく、数百万を有するコロニーでここまでまとまるのは希有であろう。
集団自決なども覚悟していたアオにとって、それは僥倖だった。
ここ数日の報告を聞き終わったアオはグッと気合いを入れ、オモイカネへ告げた。
「さ、やろっか」
『うん、繋げるね』
そして火星と通信を繋げた。
「どうも、前回から5日ぶり...ですか。お元気でした?
襲撃から1ヶ月程経過して不安になってるとは思います。
今回はこちらの状況が大分固まってきたので今後の事について話し合いたいと思います」
その言葉を聞いて火星の人々はざわざわとしだした。
助かるのかもしれない。いや、それはないとどんどんと憶測をしていく。
「ですが、話し合いをする前にみなさんに一つお見せしたいものがあります」
アオはそう言うと一度口を閉じ、注目が集まるまで待つ。
「今からお見せするのは一人の男の記憶であり、火星の記録であり、起こり得る未来でもあります。
何の事か今はわからないと思います。ですので一度見て、考えてみて下さい。
あぁ、そうだ。途中でかなり残虐な映像も出ますのでお子さんには見せないようにして下さいね」
それからアオは映像を切るとオモイカネに流すよう伝える。
始まりから、火星の全滅...それに衝撃が走る。
騒ぎ立てる物もいるが、映像が続いていくと次第にみんな見入って行く。
全てが流れ終わると一様に押し黙り、誰も口を開こうとしなかった。
「とまあ、こんな感じになってしまいます。
私が介入しましたから現時点で大分変わってますけどね」
「そんなの...」
「では、それ以外で皆さんをあの攻撃から助けられた事について説明がつきますか?」
目の前のウィンドウに映る黒髪の少女と眼差しに異論を唱えられる者は誰もいなかった。
そんな中白衣を着た金髪の女性のみ、楽しそうに目を輝かせていた。
「えっと、イネス博士質問ありますか?」
「えぇ、この映像にある男の記憶を何故貴女が私達に見せるのかしら?
貴女がこの男だったとしか言ってるようにしか見えないのだけれど?」
その会話に全住民は耳を傾ける。
22世紀最高の天才と呼び名の高いイネスとの会話である。
彼女が認めた事なら信用しやすいのだろう。
「そうですね、特に隠す気もなかったのでわかって当然でした。ではお答えしましょう。
この映像にもある通り、私は戦争に巻き込まれ成り行きで戦艦に乗り。
流されるままボソンジャンプを見せた結果、妻や多数の火星の生き残りの方達と共に拉致され人体実験に遭いました。
色んな感覚を失いながら生き延び、助け出された私は妻の救出と火星の皆さんの復讐を誓いました。
そして、あんな仕打ちをしたやつら全員の命、そして数万人の無関係な命と引き換えに妻を助け出しました。
ですが、ある事件があり家族がまた危険に晒された私は家族と共に未来へはいられなくなり逃げて来たんです」
その淡々とした話し方。能面のような表情。何かを抑えつけるような鋭い視線。それでも溢れだすような怒気。
そんな彼女に向かって嘘だとは言える者は誰もいなかった。
「わかったわ。そんな貴女に嘘だと言える人は誰もいないわね。では、ボソンジャンプでこちらに来たとしよう。
確かにそれなら貴女が火星を助けた事、色々と暗躍している事に説明はつくわ。それで、私達に何を望む?」
そんな中でもイネスは飄々とし、アオに質問を重ねて行く。
「はい。望むのは自衛です。先程の映像を見ればわかると思いますが、木星だろうと地球だろうと頼った結果は実験動物ですからね。
ただ、私はなんとか場を整える事までしか出来ません。それに正直家族を守るので精一杯なんです。
なので火星の皆さんにも、皆さんの家族を守る為に協力しあって欲しいんです」
それを聞いた住民はそれぞれ不安そうに周りを見渡す。
震えながら子供を抱き締める母親、家族を守るように包み込む父親、カップル同士で抱き合う者。人それぞれだ。
「これから一時間皆さんで話し合って決めて下さい。
ちなみに、協力してくれるのはネルガル会長アカツキ・ナガレ氏、そしてピース銀行頭取プレミア・フリーデン氏です。
ネルガル会長は戦艦や重火器、機動兵器ですね。そしてその資金をピース銀行で出して頂ける形になります」
「ちょっといいかしら?」
「はい、イネスさん?」
「それはいいけど、どうやって持ってくるつもり?」
「ボソン技術があるじゃないですか。未来では輸送技術は確立されてましたから、それをアカツキ氏へ渡してあります。
変な使い方しないようにとは言ってありますし大丈夫ですよ」
未来の技術を過去へ持ってくる。
その危険性に気付かないイネスではない、怪訝そうに眉を顰め不機嫌な顔をする。
「本気?」
「えぇ、お友達ですからね。それにあんな未来になるならしょうがないって、口には出さなかったですけど黙って見送ってくれたのは未来のイネスさんですからね」
そう言ってアオはイネスの方へ親しげな目を向ける。それを受けたイネスは珍しく取り乱した。
自分がそんな事をするという想像がつかなかったからだ。だが、アオの目は嘘を言っていない。
「まぁ、色々とあったんです。という事で、今から1時間ゆっくり話し合って下さい」
そうして通信を切ったアオはん~~~っ!と背伸びをする。
『アオ、大丈夫?』
「あぁ、大丈夫だよ。いつまで経っても見慣れないね」
『アオ...』
「心配してくれてありがとね」
ふと気を緩めるとオモイカネに微笑んだ。
それから1時間アオとオモイカネは暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように努めて明るく雑談をしていく。
「あぁ、そうだ。オモイカネ?」
『なに、アオ?』
「そういえばさ、オモイカネってナデシコもオモイカネじゃない」
『株分けされたけどナデシコシリーズはみんなオモイカネだよ。αとかβとかついてるけど』
「名前付けない?」
『名前?』
「そ、どうせならオモイカネを苗字として捉えて、名前をつけるの。
私だけで決めるとルリちゃんもラピスも拗ねちゃいそうだから、帰った後でだけどさ」
『ほんと!?』『やった!!』『名前!!』『嬉しい!』『アオ、大好き!!』
「ここまで喜んでくれるならもっと早く決められればよかったね。ごめんね」
『気にしないで!!前はアオ、それどころじゃなかったし根暗だったから』
「だから、人を根暗言うな~!!名前『ポチ』にでもするぞ?」
『それはやだ!!ごめんなさい~~~!!!』
そんな風に騒ぎながら1時間は過ぎて行った。
「お待たせしました。約束の1時間になりましたので、みなさんが決めた事をお聞きしたいのですが、決まりました?」
そう問いかけるとイネスが話し出す。アオとの話し合いはいつの間にかイネスがするようになっている。
「えぇ、貴女の案に乗る事にはおおむね賛成してるわ。ただ、協力者が本当か疑ってる者がまだいるわ」
「あぁ、そうですね。じゃあ、呼んじゃいます」
その答えを予想していたのかすぐにウィンドウが開く。
「やぁ、うちの研究者諸君は顔を知ってるだろうね。ボクがネルガル会長アカツキ・ナガレだ。
こちらのアオ君とは懇意にさせて貰っていてね。公私共に仲良くさせて貰っているよ」
「わしがピース銀行頭取プレミア・フリーデンである。今回の件について彼女と親交が深い娘からたっての願いでな。
直接協力出来る訳ではないが、火星への投資という形で金銭面での工面をさせて頂こう」
本当に現れたという事と目の前の少女がこの二人と親交があるという事実で一様に驚きを隠せなかった。
アオは二人に参加してもらった礼を言うと、イネスへと問いかける。
「これで信じて頂けたと思いますが、いかがですか?」
「え、えぇ。わかったわ。それで、これからどうすればいいのかしら?」
「はい。おおまかには決めてあるので、これから各市長とイネスさん、そしてアカツキ氏・プレミア氏の両名加えて打ち合わせをしようと思います」
そしてこの会議の内容もすべてのバッタへと流されていく。
普段は確実に見る事が出来ないそれを見た住民はそれが身近に起きているんだという実感が湧き自分も参加していると自覚する。
その結果、ただやらされているという感覚が減り全体でまとまる事になり治安の不安も減っていく。
アオはそこまで考えていた。
その後数時間の間、会議は続いた。
「ふぅ。ひとまずはこれくらいになりますか?」
そのアオの言葉に全員が頷く。
「では、一覧に上げますね」
─火星から地球への避難者の受け入れはネルガルの予定だったが、土地の確保などを鑑みて地球へ着く頃には独立成功が予想されるピースランドで行う。
─無機物運搬用のボソン技術が確立し次第、ネルガルから火星へ【バッタ】【コバッタ】【資材】を送り、火星で兵器等の製造を開始する。
─11月中には火星の自衛軍を組織し、従軍未経験者への教練を開始する事。
─協力者・賛同者の選別はアオ・アカツキ・プレミアの三者が行い、交渉はアオかアカツキが行う。
─ナデシコは【地球への目眩し】【実働データ取得】【ネルガル研究所のデータ確保】【火星で生き残りは見付けられなかったという報告】をするのが役割になる。
「といった形です。
それとおおまかにわかっている日程がこちらになります」
11月
─ネルガルで【バッタ】【コバッタ】量産化
─火星で【バッタ搭載ジェネレーター】【ディストーションフィールド発生装置】量産化
─ナデシコ建造開始
12月
─火星から地球への避難者到着(民間シャトル6万人・軍の輸送船2万人)
─無機物運搬用のボソン技術確立
─エステバリス量産開始
翌年8月まで
─ナデシコ搭載機関がすべて稼働実験終了
「これで以上ですね。何かある方は?」
アオが周りへ問いかける。
全員意見はないようで、アオへ真剣な目線を注いでいる。
「わかりました。会議はこれまでと同じく週一に行おうと思います。
火星の市長さん方とイネスさんは色々と混乱してる中で申し訳ありませんでした。
ナガレとプレミアさんは急遽な呼び出しにも関わらずありがとうございました」
「あぁ、ボクの事は気にしないでどんどん呼びだして貰って構わないよ」
「わしも構わんよ。アオ殿には娘が色々と助けられているからな」
「私も気にしないでくれていいわ。最近退屈しないでいられるから助かってるのよ」
そして各市長も口々にお礼を言う。
これ以降火星は急速に自衛の為の地盤が固まってくる事になる。
それぞれが通信を切る中、アカツキだけがまだ残っていた。
「いや、お疲れ様。大変だろ」
「うん~、疲れたよ。あぅ~」
アオは疲れてぐでっとだらしない座り方をしている。
その姿をアカツキは楽しそうに眺めている。
「どうだい、疲れた頭に甘い物でも。こちらへ来てくれればご馳走するよ?」
「ん、何か買ってきたん?」
「あぁ、最近近くに出来た洋菓子店が美味しくてね。その店オリジナルのケーキを何個か」
「行く!ルリちゃんとラピスも連れてくね」
「...あぁ、わかった。紅茶を用意しておくよ」
「うい、すぐ行くよ~」
アオはその案に跳び付くとすぐ通信を切る。
アカツキは二人きりがよかったが、そんな機微がアオにわかる訳がない。
アカツキはウィンドウが消えた空間を恨めしそうに見つめていた。
「オモイカネ、ルリちゃんとラピスに繋いで」
『うん、どうぞ』
「アオさん、どうしました?」
「アオ?」
「アカツキがケーキご馳走してくれるって。今からすぐ迎えに行くから私の部屋で待ってて」
「わかりました。すぐ行きますね」
「わかったよ、アオ」
「じゃ、オモイカネ。行ってくるね」
『いってらっしゃい~』
そういうと、アオはボソンジャンプで研究所内の自室へとジャンプする。
既にルリとラピスは部屋についており、その二人を連れて今度は会長室へジャンプした。
「ナガレ、エリナ、やほ~。早くケーキ食べたいから急いで来ました」
「こんにちは、アカツキさん、エリナさん」
「こんにちは、アカツキ、エリナ」
「や、思ったとおり跳んできたね」
「あら、3人共早かったわね」
そうしてアオ達はいつもの応接室でお茶会と相成った。
そこで火星との話し合いの結果や経緯をみんなへと話す。
ナデシコの話まで行くと、ルリが辛そうな表情をして口を開いた。
「ナデシコの目的が大分変わっちゃいましたね」
ナデシコのみんなを騙す事になるのが辛いのだ。
そんなルリを見て、アオはフォローするように説明を重ねる。
「そこはね『見付けられなかった』っていうのが重要になるの。
バッタをハッキングしてるからコロニー跡にはバッタが大量にいる事になるじゃない?
そんな大量のバッタにたかられてるコロニーに人が住んでいるとは思えず中までは確認しませんでした。
そういう事にするから嘘はついてない事になるから大丈夫」
「なんか、物は言いようって聞こえますけど?」
「最初にユートピアから回る事にするからね。イネスさんにも協力して貰うよ」
「むぅ~~」
まだ納得し切れていないルリにアオは困った顔をする。
そのまま頭を撫でながら、柔らかい声で言い聞かすように話しかける。
「みんないい人過ぎて先走っちゃうからさ、とんでもない事になっちゃいそうでね。
ナデシコのみんなや火星を危険にはしない為にもお願い」
「そうですね、確かにあの人達はそういう方でした。嘘も下手でしょうからしょうがありません」
ナデシコのみんなを思い浮かべたルリはそういうと苦笑する。
その後、説明が終わった後ものんびりと談笑が続く。
「そうそう、ユーチャリスのオモイカネに名前をつけようって事になってね、ルリちゃんとラピスの意見が欲しいの」
「名前?」
すぐに食いついたのはラピスだった。
ユーチャリスとの付き合いはルリより長い為にオモイカネに対しては反応が早い。
「うん、ナデシコもオモイカネでユーチャリスもオモイカネでしょ?」
「はい(うん)」
「そうなるとどちらもオモイカネで同じ名前は個性がないし、だからといってαやβは可哀想だしね」
「となるとナデシコのオモイカネにも?」
「うん、そう考えてる」
「私、ユーチャリスのオモイカネの名前考える」
「私は付き合いが長いですしナデシコのオモイカネを考えます」
「わかった。じゃあ、決まったら教えてね?」
「「はい!(うん!)」
その後ユーチャリスのオモイカネは学名である【Eucharis grandiflora】の後ろからとって【グランディフローラ】に決まった。
長いので愛称を【グラン】にしようとしたのだが...
『イヤ!グランなんてごついから絶対イヤ!』
とオモイカネ自身に拒否され【フローラ】になる。
実は女の子だったらしい。
しかし、困った事はそれだけではなく、名前が決まった後は
「あ、オモイカネ?」
『...』
「あれ、オモイカネ?」
『.........』
「あ、ごめん。フローラ?」
『なに、アオ。呼んだ~♪』
といったようにオモイカネと呼んでも返事してくれなくなった事だろう。
ウィンドウのロゴも全てオモイカネからユーチャリスに変えてしまった上、フローラと入れてしまうあたり相当嬉しかったようだ。
ナデシコのオモイカネもユーチャリスと同じく学名である【Dianthus superbus】からとる事に決まった。
こちらは前の部分の【ダイアントス】愛称は【ダイア】となった。
ナデシコのオモイカネは名前を付けて貰う事に戸惑っていたが、実際はかなり嬉しかったそうでそれ以降急速に自我が発達する事になる。
ダイアはオモイカネと呼んでも返事はしてくれるからまだいいのだが
『...呼びましたか?』
といったように微妙に不機嫌になってしまうようになる。
だが、フローラもダイアにも共通して言える事があった。
面識がない相手や面識はあっても信頼してない相手から名前や愛称で呼ばれることに嫌悪したのだ。
アオ達はそこまでしなくてもとは言ったのだが、それだけは譲れないそうだ。
そうして談笑は続いていたが、しばらくしてエリナからそろそろ仕事に戻りましょうという一言があると解散となった。
アカツキとエリナと別れ、研究所へ戻った3人は残った仕事を片付けると自宅へと帰る。
「「「ただいま~」」」
「あ、3人共お帰りなさい。私も今戻ったところよ。
それと、アオさん、ルリちゃんとラピスちゃんも後で時間貰える?」
「あ、はい。わかりました」
そうして4人の団欒が始まる。
「マナカさん。それで、用事ってなんでしょうか?」
ご飯が終わり、後片付けを終えたアオ達はリビングへ集まった。
マナカは一旦自室へと戻り、資料データを持ってくるとテーブルへ広げた。
4人はそれぞれクッションへ座り、テーブルを囲む。
そんな中、真剣な顔でアオを見るマナカに何かあったのかとルリが尋ねた。
「えぇ、アオさん。貴女のナノマシンの事で重要な事がわかったの」
「...重要なことですか?」
その言葉に思わずルリとラピスがアオを見つめる中、アオが聞き返した。
「アオさん。自分に投与されているナノマシンの量は知ってるわよね?」
「はい。もちろんです」
「その量を例えば私に投与したらどうなるかわかる?」
「専門じゃないので詳しくはわかりませんが、食い潰される?」
「そう、アオさんの身体に入ってる量のナノマシンを維持するにはエネルギーが足りないしナノマシン同士の干渉が起きないはずがない」
自分の身体がナノマシンに食い潰される。
それを想像したアオは自身のアキトだった頃を思い出し身震いをした。
ルリとラピスも不安を紛らわせるようにアオへ身体を寄せてくる。
そしてマナカはかなりの量のデータを持ち出してくる。
「それで、それが起きていないという理由を探るために最初に投与されたナノマシンから分析を進めていったの。
最初の方はルリちゃんやラピスちゃんと同じIFS強化に関する物や思考強化、記憶強化などの脳改造系になってるんだけど...
問題はこれ」
そう言ってマナカが指したのは詳細が不明と表示された2つのナノマシンだった。
「この2つに関して、最近までどんなナノマシンかわからなかった。でも2つの中で後に投与されたナノマシンは問題があったの」
「「「問題?」」」
思わず3人が問い直す。
「そうなの、結論から言うと生き物へ投与するナノマシンじゃなかったのよ。この写真を見て貰える?」
「...なっ!.....嘘」
そう言って差し出したのはモルモットで使用するマウスと人間に体組成が近い豚の写真だった。
それぞれに何枚かまとまっていて、1枚ずつめくっていくと投与してからの時間が書いてあった。
それぞれ身体の大きさから程度の違いはあれ、投与された所からどんどんと身体が分解され土のように変わって言った。
余りの状況にアオはともかく、ルリとラピスは真っ青になって涙を浮かべていた。
「ごめんなさいね、辛い写真を見せてしまって。
実は、このナノマシンは【土壌微生物】のような役割を持っている事がわかったのよ。
ただ、写真を見てわかるとおり威力が強すぎて、ちゃんと設定してやらないと使い道がないけどね。
だけど、実際に投与されているアオさんは今も生きている」
「どういう事ですか?」
ショックから立ち直り切れていないルリとラピスの代わりにアオが問いかける。
ルリとラピスも顔は蒼白だが、聞き逃さないように真剣な目をしている。
「その答えが前に投与されたナノマシンなの。このナノマシンとさっきのナノマシンを一緒に投与した時の写真がこれ」
そう言って新しい写真を見せる。
その写真をめくっていくが、投与後も全く変化をしてなかった。
「投与後に調べたらナノマシンは両方ともちゃんと動いてたわよ」
「そうなると、このナノマシンに何かあるって事ですね」
「そうなの。このナノマシンはナノマシンを身体に合わせて調和させるような役割を持ってるみたいなのよ。
それが判明して、ある事が出来ると思ったの」
「ある事ですか?」
「えぇ。それは、これなの」
そうマナカが答えると両手の甲を向けるとそこにIFSが浮かび上がってきた。
オペレーター用のIFSである。
「「「なっ!!!」」」
思わず3人が驚く。安全が確認されているパイロット用とオペレーター用は別物である。
パイロット用は受信よりも送信が主体になっていて、特に訓練なども必要ではない。
何も難しい事を考える必要がなく、右へ曲がりたいとかパンチする事をイメージするだけでいいからだ。
一転オペレーター用は送受信共にパイロット用とは出来が違う。
その上、データを受信し自分の頭の中で理解し整理し書き加えたりしたのち出力するといったようにただイメージするだけではない。
より高性能のコンピュータと繋ぐ場合は更にマルチタスクといわれる高度な思考の並列化が必要になってくるのだ。
例えば、ルリはナデシコの艦全体を制御しつつ戦闘の処理を行ったり、火星圏全体の掌握をしていた。
ラピスも艦全体の制御に加えバッタの制御と戦闘の処理を行っている。
どれだけの処理を平行して行っているか考え付かない程である。
IFS強化体質者だからこそついているといっても過言ではないそれは、成功の裏にかなりの犠牲を払っている。
それを後天的につけようだなんて事、通常では正気の沙汰ではないのだ。
「何やってるんですか、マナカさん!」
「自分を実験体になんて馬鹿ですか!」
「マナカ!無理しちゃやだ!」
口々にマナカへ問い詰める。ラピスに至ってはマナカにしがみついて泣き出してしまっていた。
やっぱり怒られちゃったと呟いたマナカは3人に答えた。
「でもね、安全を確認するのは誰かがやらないといけないし。それなら私がって思ったの。
それに、理由はそれだけじゃないんだ」
ゆっくりと問いかけるように話すそれは母として子供へ向けるものだった。
「ほら、アオさんもルリちゃんもラピスちゃんもはIFS強化体質じゃない。生まれた頃から色々されてしまってこれをつけてる。
でもね、これがうまくいったらみんなは人と違う特別じゃなくなる事が出来るって思ったの。
能力としては高いかもしれないけど、それはただ人より才能があるだけで特別ではない。
私が勇気を出せばみんなの環境をよく出来るかもって思ったらね自然としちゃってたの。
一緒に住み始めてから楽しくて、私にとってアオさんもルリちゃんもラピスちゃんも本当の娘みたいに思ってた。
私なんかに思われても迷惑かもしれないけどね...」
その返事として、ルリとラピスがマナカへ飛び込んでいった。
「迷惑じゃない!でも勝手にそんな事をするマナカは嫌い!だからもうしないで!!」
「マナカさんは馬鹿です!勝手に自分で決めて!!それにそんな迷惑なんか思うわけないじゃないですか!!」
泣きながら抱きついて来る二人に嬉しそうに笑いかけるとマナカもゆっくりと抱きしめ返した。
アオも二人を嬉しそうにみつめると、マナカへ怒ってます!といった表情を向ける。
「マナカさん。娘と思って頂くのは結構ですが、それならなおさら説明を先にして下さい。
これでもしっかり自立してるつもりですし、子供をないがしろにするなんて母親として失格ですよ?」
「そうでしたね。ごめんなさい」
「えぇ、ちゃんとして下さいね」
そういうとアオとマナカは笑いあった。
「この事は他の人は知ってるんですか?」
「えっと、自分に打ち込む時エリナさんに一緒にいて貰いました。
手を握って貰っちゃいましたけど...」
マナカは照れたように言った。
その後、ルリとラピスが折角つけたオペレーター用IFSを使いこなすためにマナカを特訓すると言い出し。
マナカは研究だけではなく、ルリとラピスから過酷な個人授業を受ける事になった。