ブリッジを飛び出したアキトは自室へと駆け込んでいった。
「姉さん!大丈夫か?」
「え...アキト...?」
そのアキトをアオは呆然と見つめていた。
次第に目に力が入ると部屋から出ようとする。
「だ、ダメ...あの子を一人にしちゃ...!」
「アオさん!?」
「アオ!?」
慌てて出ようとするアオをルリとラピスは抱きつき、必死に引き止めていた。
その様子にアキトは驚いたようだが、すぐにアオへ声をかけた。
「いや、姉さん。もう大丈夫だから心配しないで」
「だいじょう...ぶ?」
「あぁ、フクベ提督が話をしてくれたんだ」
「...どういう事?」
アキトの言葉に落ち着きを取り戻したのか、アオはベッドの脇へと腰掛けた。
その両手は力なくだらりと伸ばされており、ルリとラピスはアオの両隣に座ってその手に自分の手を重ねていた。
「それでしたら、映像を出した方が早いと思います。ダイア、お願いできる?」
『はい、すぐ出します』
アオの言葉にルリが答えると、ダイアへと声をかけた。
ダイアはそれを受けるとアオ達の前にウィンドウを開いた。
そこへ先程のブリッジのやり取りが流れていく。
その映像が流れ終わるとアオは安心したように表情を緩めていた。
「そっか...フクベ提督に感謝だね...
ルリちゃん、ラピス。ユリカさんの事、まだ許せない?」
「「.....」」
その問いに、二人は難しい表情を浮かべた。
アオはそんな二人へ微笑みかけ、諭すように声をかけた。
「ルリちゃんもラピスも映像であの子が謝るって言ってくれてた所見たでしょ?
色々と子供っぽい所が多いけど真っ直ぐな子だから、二人には仲直りして欲しいな」
「...わかりました。そもそもアオさんが許すのに私が許さないのはおかしいですね」
「私も、ユリカがちゃんとアオに謝るならいい」
ルリとラピスがそう答えたのを聞いてアオは安堵の息を吐いた。
アキトも息を吐くと、アオへと問い掛けた。
「姉さん。それじゃあ、すぐにユリカのやつ呼ぶ?」
「うん、そうしよう。じゃあ、お茶ぅぎっ!!」
「アオさん!?」
「アオ!?」
「姉さん!?」
アキトの問いに答えたアオはユリカが来る前にお茶の用意をしようとして立ち上がろうとした。
その時にベッドへ手をつき力を入れたのだが、その瞬間両腕に激痛が走り変な声を上げてしまった。
脂汗を流しながら固まったアオにルリ達は焦って詰め寄る。
「なんか...両手が凄い痛い...」
「え!?い、医務室行きましょう!マナカさんに連絡します!」
それからは慌ただしかった。
ルリはすぐにマナカへと連絡を入れると、アオを医務室へ連れていった。
ルリとラピスにアキトが見守る中診察が終わるとマナカは心底呆れたように症状を伝える。
「アオさん。何があったかは知らないけど自傷行為はいけないわよ?
両腕を強く握りしめすぎたせいで手首の筋が違えてるし、上腕も強く圧迫されたせいでしばらく痛いわよ?」
「「「なっ!?」」」
「アオさんの身体には医療用ナノマシンも入ってるし、安静にしてれば全治1週間ってとこね」
ルリとラピス、それにアキトも最初は驚いていた。
だが、理由はどうあれ自分の不注意で怪我をしたアオを叱った。
3人からみっちり叱られたアオはしゅんと落ち込んでしまった。
「...ごめんなさい」
「それくらいにしてあげたら?それ以上言うと泣いちゃいそうよ?」
アオの珍しい姿に苦笑していたマナカの言葉でようやく収まった。
そうして部屋へ戻ると、そこで初めてユリカへと連絡をした。
ユリカはようやく謝れると安堵したが、アオの手首に巻かれたテーピングの事に気付いてしまった。
その理由を説明されたユリカはかなり取り乱し、慌ててアオ達の部屋へと駆け込んできた。
「ごめんなさい!私のせいで!!私のせいで!!」
駆け込んできてアオの姿を見るなり、泣きながら謝り倒していた。
ユリカのいきなりの行動にアオ達は驚いたが、アオはあやすように優しくユリカを慰めた。
それはルリとラピスも同じで、余りに一所懸命謝るユリカの姿に怒ってた気持ちが飛んでいってしまった。
そして二人はそんな行動を天然でするユリカはずるいと思い、諦めたような溜息を吐いた。
「ほら、もう怒ってないよ。それに自業自得だから気にしないで?」
「でも。でもぉ...」
「はいはい、大丈夫だからね?」
そんな風にユリカは気が済むまでアオの胸で泣き明かした。
── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──
その頃、地球連合軍の上層部はパニックに陥っていた。
戦艦が一隻で500機もの無人兵器を相手に無傷で勝利を収めたのだ。
その上、犠牲者はゼロという快挙である。
これが地球連合軍の戦艦だったら大喜びしていただろうが、あろうことか民間の戦艦である。
第一次火星会戦での失態、月裏側の占拠、地球へのチューリップ落下という失態続きで無能呼ばわりされているのだ。
このままでは地球連合軍の立つ瀬がない。
「くそ!なんなのだあの軍艦は!!」
「こちらへ届いている資料ではネルガル製の試験戦艦...だそうですな。目的は実働試験を兼ねて単艦での遊撃となっております」
「だが、あれだけの威力を持っているなどとは聞いておらん!!」
「それを測るための試験という事でしょう。ネルガルは総てわかっていたんでしょうなぁ」
「なんにしても、あの調子で進まれては我らの立場が危うい」
地球連合軍の本部では緊急会議が行われていた。
それ程ナデシコの与える影響に危機感を持っているのだ。
円卓には一癖も二癖もあるような古狸が揃っていた。
遠方で参加できない物も通信で参加している程だった。
「試験という形での遊撃を承認しているというのも事実だが、どうにかせねばならんな」
「あのまま活躍されては我らの首がすげ替わる事になりかねん」
「頭の悪い民衆には試験戦艦かどうかは関係ないからな」
「まったく忌々しい...政治家共も民衆共も黙って従っておればいいものを、民意だなんだと...」
その古狸達は吐き捨てるように守るべき者への悪態を吐く。
その頭の中では保身の事しか考えられなかった。
「何にせよあれだけの戦艦を作ったネルガルと手を結ぶ事を進めねばならん。そして量産出来るまでの繋ぎが必要だ」
「では、あのナデシコとやらを接収せねばなりませんな」
「では誰に任せますかな?」
「あのナデシコの艦長は、極東方面提督ミスマル・コウイチロウの娘だそうだぞ?」
「ふむ...確か、えらく頭の固いという...」
「そうだ。能力は高いのだが、金にも女にもまったくなびかん、全くもって扱い辛い男だ」
「だが、娘を溺愛しているという噂通りならばこちらの話を断る事はありますまい」
「全くです。そして、この事で少しは手綱が握りやすくなるでしょう」
「握った尻尾を素直に話す道理はないですな」
そうしてその古狸の会議は終わった。
その辞令が下ったミスマル提督は疲れたように溜息を吐くとその椅子へと埋もれた。
「全くもって予想通りでしたな、提督」
「あぁ、ここまで想定通りに動かれると逆に気分が悪い」
傍らに立っているのは彼の腹心であるムネタケ参謀、サダアキの父親である。
そのムネタケ参謀は苦笑しつつも話を続ける。
「何にせよ、形だけでも行かないわけには参りませんな。どうされますか?」
「娘に会える格好の口実を私が見逃すとでも?」
「...そうでしたな」
「エステバリス隊教官訓練の件についてもしっかりと礼を言えておらん。それに...」
「それに...?」
そこで口篭った彼をムネタケ参謀は訝しげに見つめた。
その横顔には一滴の汗が流れ落ちているように見えた。
「...娘の教育の件でアオ君から話があるような気がするのだ」
「...そうですか」
何よりもそれが気に掛かっており、何よりもそれが怖いらしい。
ムネタケ参謀はそんなミスマル提督を呆れたように、可哀想な物を見るような目で見詰めていた。
── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──
「やった~!治った!」
ナデシコはサセボ沖から琉球諸島を太平洋へと抜け、日本の東海岸沖をのんびりと遊覧している。
始めの5日は初めての実戦後である為に細かく艦内の総チェックが行われる事になった。
そしてそこから更に2日経ち、アオは晴れて完治と告知されたのだ。
7日間ルリとラピスが常にアオを見張っていたために何も出来なかった。
その過保護ぶりは半端ではなく、食事は勿論の事お風呂も常に一緒で最初の内はトイレにも付き添おうとする。
「流石にそんな趣味はありません...」
「自業自得ではあるけど、ちょっと可哀想ねぇ...」
流石に嫌なので泣いて謝っていたのだがどうにもならずに、泣きながらミナトに愚痴っていたらしい。
その甲斐もあったのか、ミナトも説得に参加してくれたお陰でトイレだけは許して貰ったが二人共残念そうだったらしい。
「アオちゃん、あの子達思い詰めたら何するかわからないから気をつけたほうがいいわよ?」
「薄々勘づいてましたけど、やっぱりですか?」
「えぇ...」
その時の様子に何か感づいたのか、ミナトはアオへ忠告していた。
アオは冷や汗をかきながら納得していたそうだ。
そうして治ったアオは大喜びでルリとラピスに抱きついた。
「二人のお陰だよ、ありがと~!心配かけてごめんね?」
「あ、いいえ。よかったです」
「気にしないで」
抱きつかれて嬉しいのか、感謝されたのが嬉しいのか、謝って貰ったのが嬉しいのか、それとも全部だろうか。
ルリとラピスは突然のことで少し驚いたが、すぐに笑顔に変わった。
「はいはい、医務室でイチャイチャしないの。お仕事まだあるんでしょ?」
その様子を嬉しそうに見詰めながら、マナカが注意をした。
それを受けた3人は恥ずかしそうに笑うと、ようやく身体を離した。
「次に同じような事でルリちゃんやラピスちゃんに心配かけたらベッドに縛り付けますからね?」
「はい、気をつけます」
「はい。それじゃ3人共いってらっしゃい」
「「「いってきます!」」」
元気に答えるとアオ達は医務室から出てブリッジへと向かう。
その後姿を眺めていたマナカはふぅと人心地つくとコーヒーを淹れるために踵を返した。
アオ達がブリッジへと戻る途中、アオのコミュニケに通信が入った。
それを見たアオはその表情を訝しげなものに変える。
「アオさん?」
「いや、ミスマル提督から通信が入ってる」
「もしかして...」
「あぁ、そうかもしれない」
アオとルリの脳裏にナデシコをサダアキが占拠した事件を思い出す。
ラピスはその事を知らず、きょとんとした表情で二人を眺めていた。
「ミスマル提督、どうされました?」
「あぁ、アオ君。お久しぶりだね。実は上層部からナデシコを拿捕するように言われてしまってね...」
「やっぱりですか...」
「全く困ったものだ」
予想通りの内容にアオは疲れたような表情を浮かべる。
それはミスマル提督も同じで、二人して深い溜息を吐いた。
「それで、どうされますか?」
「ここで下手に逆らうと潰されてしまう。申し訳ないが、そちらへは向かうことになる。
という事で表向き軍に従っている振りをする事になる。もっとも、本当の目的は別にあるのだがね」
「ただユリカさんに会いたいだけでしょうに...」
如何にも悪巧みしてますよ~という表情を見せるミスマル提督にアオから辛辣な突っ込みが入った。
ここでの突っ込みは考えていなかったのか、冷や汗を垂らしている。
「...んんっ!そんな事はないぞ?」
「ではなんですか?」
ミスマル提督の中では可愛らしいこうちゃんを演じつつ話を盛り上げようとする。
しかし、アオは取り付く島も与えず、単刀直入に突っ込んでいく。
「...ところで、ユリカの様子はどうだね?」
(ミスマル提督、逃げましたね)
(逃げたね)
しばらく沈黙を続けた二人だが、耐えきれずにミスマル提督が話を変えた。
そんな彼に3人は半眼を返してやる。
「そうですね、色々大変でした。本当に い ろ い ろ と ありましたよ。
えぇ、今度じっくりユリカさんの父親から弁解を聞きたいもの で す ね !」
「そ、そうかね。今度時間を作ろう」
「そうしてくれると助かります」
アオの所々妙に強調する言い方もあってか、ミスマル提督は冷や汗が止まらないようだ。
ルリとラピスもアオが怪我をした要員に少しではあるが関わっているためミスマル提督への視線が冷たい。
「そ、それでだな、そちらにサダアキ君が乗っていると思うのだが」
「はい。どうしました?」
「うむ。どうも彼の部下は彼とは別の物から任務を託されている節があるのだ」
「!!...わかりました」
ミスマル提督の報告を聞いたアオは一瞬だが目を見開く。
そのままスッと目を細めると返事をしながら頭の中で状況を確認していく。
「サダアキ君からの報告だから彼も把握している。うまくやってくれたまえ」
「えぇ、ありがとうございます」
アオはミスマル提督へ軽く会釈をした。
それに頷くと、アオへ言葉をかける。
「では、失礼するよ」
「はい。では後で都合のいい時間を送ってください」
「...ワカッタヨ、アオクン」
ミスマル提督は最後の言葉で撃沈されたのか、滝のような涙を流しながら了解した。
通信が切れた後、ムネタケ参謀は熱い涙を流すミスマル提督の肩をぽんぽんと叩いて慰めていた。
── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──
「なぁんか、平和ねぇ。メグミちゃん」
「そうですね。戦争中とは思えません」
ブリッジにはの~んびりとした空気が流れていた。
フクベ提督とムネタケ副提督は提督席で野点をしてまったりしている。
ミナトとメグミはファッション雑誌を読みながらあれがいいこれがいいと盛り上がっている。
ルリとラピスは小説を読みながらアオの話をしていた。
アオとプロス、ゴートの3人はブリッジの入口付近で立ち話をしている。
その中で、先日の一件が影響しているのかユリカとジュンだけは真剣な表情をしていた。
「でも気は抜けません!アオさんに怒られちゃいます!」
「そうです。いつ何が起こるかわかりません!」
そんな二人の様子にプロス達と話をしていたアオは苦笑交じりに声を掛けた。
「そんな事までいちいち怒らないよ。気を張りすぎると逆に疲れちゃうからいいよ~」
「ぅ...そうですか?」
「うんうん。ダイアも見てるしのんびりしてて、その代わり緊急時は頼むよ?」
「「はい!」」
「はい、元気でよろしい」
そんなやり取りを見て、ブリッジ全員がクスクスと笑っていた。
あれからユリカとジュンがアオへ見せる態度がほとんど先生と生徒のようになっていたのだ。
それからしばらくアオはプロス達と話していたのだが、プロスが時計を見ると一つ息を吐いた。
その目に真剣な色が灯る。
「...さて、始めますかな?」
「えぇ、そうですね。ダイア、位置は把握してる?」
『任せて下さい!』
「ゴートさんもよろしいですかな?」
「うむ。問題ない」
プロスの言葉にアオとゴートは反応する。
アオはダイアへ何かを確認すると、ダイアから即答される。
それを聞いたアオは何気ない素振りで扉のすぐ横にある壁に背中をつけて腕を組んだ。
ゴートも頷くと一瞬で自分の装備を確認し、アオの反対側の壁へと背中をつける。
そしてアオは、アキトへと通信を入れる。
「アキト、始まるよ」
「...わかった」
「いきなりであれだけど、失敗したらそれだけみんなが危険になるからね」
「あぁ!」
それだけを伝えるとウィンドウを切って、軽く息を吐いた。
同じく、アキトも通信を切ると息を吐いていた。
「テンカワさん、どうしました?」
「あ、サユリさん。ううん、なんでもないけどどうしたの?」
「ちょっと辛そうでしたから...悩んでることがあったら私でも相談に乗りますから」
これから起こることに緊張していたアキトを見てサユリが心配そうに声をかけていた。
そして純粋に自分を心配してくれる彼女を見て、アオの言葉を思い出した。
(あぁ...俺が失敗したら彼女が危険になってしまうのか...)
目の前のサユリ、そして遠巻きに見ているハルミ、ジュンコ、エリ、ミカコ、そして鍋を振るうホウメイを見た。
自分に出来る事がある、彼女たちを守る力が自分にある事をアオに感謝した。
「テンカワさん?」
「...ありがとう」
「ぁ...いいえ、気にしないで下さい」
気持ちが固まったのが嬉しくて、その気持のままアキトはにっこりとサユリに微笑んだ。
その綺麗な笑みを見たサユリは頬を染めて呆然と見惚れてしまった。
そんな彼女の様子に全く気付かないアキトは思い出したように言葉を重ねた。
「あ、そうだ。折角同じ食堂で働いてる同士なんですから、アキトって呼んで下さい」
「...」
「差し出がましかったですか?」
「!!い!いいえ!!じゃあ私の事はサユリって呼んで下さい!!」
突然の事でサユリの頭はパニックになっていた。
しかも後ろの方で仲間の4人がキャアキャア騒いでるのが聞こえる。
「わかりました。サユリさん、貴女がいたお陰で気付く事が出来ました。ありがとう」
「い、いいえ。助けになったのなら嬉しいです...」
「今度お礼します!それじゃ、ちょっとやる事あるので!」
「あ、はい!頑張って下さい!!」
アキトはエプロンを脱ぎながらサユリに手を振ると、ホウメイへと話しかけていた。
サユリも思わず手を振り返したのだが、そのまま呆然とアキトを見続けていた。
そして、ブリッジではプロスの話が始まった。
その様子は艦内総てに流れており、食堂も同様だ。
(始まった...)
アキトは気合いを入れるように真剣な表情でそのウィンドウを眺めていた。
「今まで、ナデシコの目的地を明らかにしなかったのは妨害者の目を欺く必要があったためです。
ネルガルがわざわざ独自に機動戦艦を建造した理由は別にあります。
以降、ナデシコはスキャパレリプロジェクトの一端を担い、軍とは別行動を取ります!」
会話の最中、アオとゴートのコミュニケにはダイアからの通信でブリッジの入口前に6人張り込んでいる事を知らされた。
それを見たアオとゴートは視線を交わすとお互いに頷きあった。
サダアキも野点の席でお茶を飲みながらだが、目だけは真剣にその様子を見つめている。
同じ頃、アキトにも食堂の前に4人いる事を知らされていた。
それを見たアキトはホウメイへ合図を送る。
ホウメイはそのままホウメイガールズの5人へ倉庫の整理を任せた。
その様子を確認したアキトは息を吐いて気を落ち着かせると、アオとのトレーニングを思い出していた。
「我々の目的地は火星だ!」
フクベ提督の声が響く。
その内容にかなりの者が驚いていた。
まさか、敵が占領している只中に突っ込んでいくとは思ってもみなかったからだ。
そしてその中には異論を唱える者もいた。
「それでは、現在地球が抱えている侵略は見過ごすというのですか!」
ジュンがフクベ提督とプロスへと突っかかっていた。
元々軍に入る予定だったのもあり、軍を蔑ろにする行動は自分の地球を守りたいという想いを踏み躙られていると感じてしまった。
しかし、プロスはそんなジュンを諭すように言葉を重ねていく。
「多くの地球人が火星と月に植民していたというのに、連合軍はそれらを見捨て地球にのみ防衛戦を敷きました。
火星に残された人々と資源はどうなったというのでしょう」
その言葉を聞いて、理解は出来たのだが気持ちは納得出来ていなかった。
だが、そこへ思わぬ声が入り込んだ。
「ね、ジュン君。多分これって軍も知ってると思うよ?」
「へ、ユリカ?」
「だって、曲がりなりにも戦艦でしょ?全部が全部内緒で作ってたら敵対行為でネルガルごと潰されちゃうよ」
「ぁ.....」
そのユリカの言葉にブリッジ全員が驚いていた。
しかし何より驚いていたのは、アキトとルリだった。
「多分軍へは試験戦艦か何かで届けてあるんだと思うよ」
「こ、これは参りましたね...」
プロスは珍しく動揺していた。
まさかユリカがここまで頭が回るとは思っていなかったのだ。
アオも同じようで、落ち着いたユリカがここまで変わるとは思っていなかった。
苦笑しながら頬を掻いたアオはユリカへと声を掛ける。
「ユリカさん、話が進まないからそこまでにしてあげて」
(外の軍人もさっきの話で混乱してるみたいだし)
そこまでは口には出さなかった。
注意されたユリカは話が途中だったことを思い出して、プロスへ先を促した。
「あ、そうでした。す、すいません続けて下さい...」
促されたプロスは咳払いをして気を引き締めると言葉を続ける。
「そうですな。まぁ、そんな訳でして軍が動かないのならば我々だけでも確かめに行こうと...」
「そこまでだ!!!」
「「「「!!!!」」」」
突然ブリッジの扉が開き、銃を持った軍人が入ってきた。
軍人達はすぐさま銃を構えると、隊長と思しき男が声を張り上げる。
「この艦は地球連合軍が接収する!!全員逆らうなよ!!」
「じゃあ、逆らうとどうなるんですかぁ?」
その男にアオはやる気の無さそうな声をかけた。
アオへと振り返った男は相手が少女だと見ると見下したように言い放った。
「お嬢ちゃん、あんまり生意気な口は出さない方がいいぞ。逆らうと痛い目見るからな?」
「そうですかぁ。そんなお嬢ちゃんに銃を突きつけないと話も出来ない弱虫さんがどう痛い目見せてくれるんですかぁ?」
ユリカやジュンはあからさまに軍人を煽っているアオを止めさせようとするが、銃が突きつけられて声を出せない。
しかし、フクベ提督にサダアキ、ゴートやプロスは涼しい顔でそれを眺めていた。
ルリとラピスは唇を噛み締めて何か堪えるように手を握り締めていた。
「嬢ちゃん。怖いお兄さんが怒らないうちにお口を閉じた方が身のためだぞ?」
かなり我慢しているのか男の顔が引き攣っている。
他の軍人も動揺で強い目線で睨んでいた。
「ごめんなさい、弱虫さんの言葉がわからないんです。日本語で話してくれませんか?」
「...このガキ!」
「なに?はっきり喋れ玉なし」
「黙ってろクソガキ!」
激昂したその男は思わず銃床で殴りつける。
ガッ!という鈍い音がしてアオは倒れこみ、それを見た全員が息を呑んだ。
「ゴート!」
しかし、その倒れ込んだアオから声が上がるとすぐさまゴートが動き出した。
一番近くにいた男の銃を掴むとそのまま体勢を捻り、手を離させる。
そのまま首を絞めて落とす。
すぐさま驚いた表情をして固まっている2人目へと移っていく。
その時アオを殴りつけた男が股間を押さえて倒れ込んだ。
口から泡を吹き出して痙攣している。
その近くにいた男が呆気に取られた隙を突かれてアオの接近を許してしまった。
すぐさま手首を決められ銃を取り落としてしまい、そのままアオ渾身の拳が股間へ吸い込まれていき...
「ひぃっ!」
それを見てしまったジュンは冷や汗を掻いて内股になっていた。
声こそ出さなかったが、フクベ提督にムネタケ、プロスも冷や汗をかいている。
その痛さは男にしか想像出来ないものだ。
そうしてアオが殴られてから1分もかからずその6人は倒れ伏していた。
3名は色々とご愁傷様な事になっている。
「ゴートさん、それじゃ行きますか」
「頭は...」
「だいじょぶ、ちゃんとずらしてるしわざと倒れ込んだから」
「むぅ、わかった」
そしてアオとゴートは誰かが声をかける前にブリッジから駈け出していった。
その後はすぐにプロスが気絶している男達を縛り上げて無力化させた。
一方食堂ではアキトが奮闘していた。
軍人が4人入って来た瞬間、入口横にいたアキトはすぐさま目の前の男に横合いから渾身の突きをお見舞いする。
綺麗に顎に当たったそれは一瞬で男の意識を刈り取り倒れこむ。
その倒れた男に躓いた後ろの男の頭を思い切りサッカーボールキックする。
声もあげずにそのまま昏倒した男をそのまま踏み付けて唖然とした表情で見ている男に肉薄。
銃を叩き落とすと無防備に晒した股間を蹴り上げた。
ようやく動き出した男が向けた銃口の脇から男へ近づくと、そのまま銃を掴んで捻りあげ体勢を崩させる。
そのまま銃ごと引倒した男を後ろから締め上げて意識を落とす。
こちらも秒殺で終わった。
「姉さん、食堂は終わ...どうしたんだ、それ!」
一息ついたアキトがアオへ通信を繋いだ時、額から血を流すアオを見たアキトは思わず叫んだ。
それに対してアオは気にしないで~と手を振ると訳を説明した。
「この前叱られたばかりなのにどうしてそういう事するかな!」
「今回はルリちゃんにもラピスにも事前に説明したよ?泣かれたけど...」
「じゃあ、俺は?」
「時間がありませんでした...」
しょんぼりして答えるアオへ盛大に溜息を吐くと、諦めたように話題を変えた。
「それで、俺はどうすればいい?」
「うん、ダイアが誘導してくれるから手分けして行こう」
「わかった、気をつけてね」
「うん、アキトもね~」
そうして通信が切れると、アキトはよしっと気合を入れて意識を切り替える。
ホウメイの方を振り返るとホウメイガールズも固まってアキトを見詰めていた。
「ホウメイさん、俺は他のみんなの所回ってきますからこの人達の拘束お願いします!」
「あいよ!気をつけていっといで!!」
そうしてアキトが走り去ったのを見届けるとホウメイは縄を持ち出した。
その様子をホウメイガールズは呆気に取られたように見つめている。
「あの、ホウメイさん。アキトさんって...」
「あの子はね、この艦を守りたいんだとさ。アオちゃんやルリ坊にラピ坊、それに艦長やマナカさん、サユリもね。
あの子にとってここは家みたいなもんなんだろうね。それを守れる力があるから、出来る範囲で頑張るってさ」
「私も...守ってくれてるんだ...」
「そうさ。サユリも含めてこの艦全部を守ろうとしてるのさ」
「アキトさん...」
そのホウメイの話を聞いたサユリはアキトの想いに触れて泣き出してしまいそうな程感情が揺れていた。
そんなアキトが安らげる場所になりたい、支えてあげられるようになりたいと感じてしまった。
そして同時にその想いを独り占め出来たらどれだけ幸せなんだろうとも思ってしまった。
その顔は真剣に恋をする女の顔をしていた。
「サユリさん本気ね...」
「「「うん」」」
そしてその表情を見たハルミ達は彼女を応援しようと固く誓っていた。
それから20分もかからず、艦内総てで軍人達の制圧が完了したという報告がブリッジへと入る事になった。