ユートピアコロニーへとジャンプアウトしたアオの目の前に広がっていたのは無人の街だった。
「うわぁ...本当に誰もいなくなってる」
自分達で避難するように仕向けたが、記憶の中とのギャップに思わず呆然としたが気を取り直すとコミュニケでオモイカネを呼びアキトがいるシェルターの場所を聞いた。
アオのコミュニケにすぐ地図が表示され、それに沿って進んでいった。
地図に導かれるまま地下3階まで下り、しばらく進むと目の前に大きな隔壁が見えた。
隔壁の前に到着し中と連絡が取れる物がないか辺りを見回すと、右手の壁に申し訳程度にインターホンが設置されていた。
しばらくすると、インターホンから男の声が流れてくる。
「誰だ?」
「あの、人とはぐれちゃって。すいません、入れて貰える事出来ますか?」
「そうか、すぐ開けるから少し待ってなさい」
聞こえたのが少女の声だったのに安心したのかすぐに声色が和らぐ。
両開きの引き戸になっている隔壁は一度ガゴンッと大きな音がした後は静かに開いていった。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
「火星全域避難がかかってるのに出歩いてちゃ駄目じゃないか」
「すいません」
中から銃を持った兵士が顔を出し、中へ入れてくれた。
そしてこつんと頭を小突かれて叱られてしまった。
「いいよ、この際しょうがない。それで、人とはぐれたんだっけ?」
「あ、はい。テンカワ・アキトというのですが、ここに居ますか?」
「少し待っててね、今調べるから。おい!」
兵士が近くにいた別の兵士を呼ぶとアキトがここに来てないか調べるように命令する。
すぐに命令された兵士はどこかへ走っていくと、すぐに戻ってきた。
「報告します。このシェルターへ避難している中にいます」
「ご苦労。だそうだよ、お嬢さん。よかったね」
「ありがとうございます」
兵士がにっこりと笑って頭を撫でたので、アオも笑顔でお辞儀を返す。
「あ、お嬢さん中へ行く前に、名前をお願いできるかな?決まりなんだ」
「はい、テンカワ・アオと申します」
「ん、妹さんか...いいよ、後は大丈夫」
何やら勘違いしているが、変に弁解するのも面倒なのでそのままにした。
改めてお辞儀をすると中へ入っていく。
キョロキョロと中を見渡すとすぐにアキトは見つかった、うまくアイと知り合えたようだ。
「あの、すいません。テンカワ・アキトさんですか?」
「え?...はい、そうですけど。どちら様ですか?」
近くへ寄り名前を呼ぶとアキトがこちらを見る。
思ってもみない程綺麗な女の子だったため、少し呆けた顔をしながら肯定した。
それを見たアイは少しむくれながらアオを睨む。
アイの母はアオを見ると目を見開いき、どうして?といった顔をしている。
「えっと、テンカワ・アオと申します。少しお話したいのですがお邪魔しても構いませんか?」
「あ、ボクは構いませんが...マナカさんとアイちゃんは大丈夫ですか?」
「え、はい。私も構いません。アイも大丈夫よね?」
アイは渋々といった様子で頷く。
それにありがとうございますと礼をいい、アイの母とアキトの間に座った。
「自己紹介させて頂く前に、あの...マナカさんっと仰いました?マナカさんは私の事ご存じなんですか?」
先ほどアキトが呼んでいた名前でアイの母を呼び、先ほどの表情について聞いた。
「すいません、アオさんの目に吃驚してしまったもので。失礼しました」
「いえ、納得出来ました。それも併せてご説明します」
「ですが、私達も聞いていいのでしょうか?」
マナカは少し顔を曇らす、IFS強化体質について知っているならその内容も察しがつく為だ。
だが、アキトもアイもきょとんとした表情で二人の会話を見守っているだけだ。
「大丈夫です。逆に知っているからがいるなら説明しやすいのでお手間じゃなければお願いします」
そう答えると、自己紹介を始める。
「改めましてテンカワ・アオと申します」
「テンカワ・アキトです」
「私はツキノ・マナカと申します。この子はツキノ・アイ」
お互いにお辞儀をしあう。
ふっと一息つき、アオが話し始める。
「さて、私が何故テンカワと申しているかというと」
そこで一度区切るとアキトと目線を合わせる。
「アキトさん、貴方の姉妹だからです」
「え!?」
「信じられないかも知れませんが、本当です。ちなみに、両親でさえ私の事は知らなかったでしょうからアキトさんが知らなくてもしょうがありません」
「な...」
余りの事に絶句してしまう。マナカも顔を曇らせ悲しそうな目をして横にいるアイを抱き締めるようにしている。
「あの、そうなると貴女は...公ではない...?」
「はい、そうです」
マナカが尋ねるとそれを肯定する。
それを受けたマナカは、そうですか...と力なく返した。
しばらく俯いていたがやがてアオの方へ顔を上げると切りだした。
「アオさん、私から少しアキトさんに説明してもいいですか?
他人からの方が信憑性があると思います」
「あ、はい、お願いします。」
「では、アキトさん。少し私からご説明します。
私は大学で医療用ナノマシン関係の研究を行っていて、教鞭も取っています。
私は彼女自身の事は知りませんが、彼女がIFS強化体質者である事はわかります」
「IFS強化体質?」
アキトは聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「はい、そうです。アキトさんもIFS持ってますよね?」
「えぇ、色々と便利ですから」
「そのIFSがどういう物かわかりますか?」
「えっと、自分のイメージを機械に伝えて考えた通りに動かせるようにする為に補助をする...」
「はい、そうです。彼女達IFS強化体質者はそのIFSの機能や脳の処理能力自体を底上げする為に受精卵の頃から遺伝子処理を施されています。
目的は運転だけではなく大規模なAIやシステムの運用をする為です」
「な!!それって、改造...」
「もちろん、今は禁止されています。そして公にはIFS強化体質者は世界に一人だけです」
「なら、何故?」
その問いに答えを返したのはアオだった。
「だから、公ではないの。非合法な研究所で私は生まれたのよ。」
「...」
アキトはやるせない怒りに手を握り締め震わせていた。
何の意思もない子供に大人の都合で遺伝子処理を行っている。
そして全てが成功する訳ではない事も大体分かるのだ。
成功していない子供がどうなるかなどおおよその見当がつく。
「アキト。私の事で怒らないで。
それで、なんで私とアキトの両親が一緒なのかって事なんだけど、その研究所長が両親の研究を妬んでいたようなの。
不妊症だった両親が貴方を授かる為に体外受精をしたんだけど、その時に私の受精卵を持ち出してIFS強化体質の実験体にしたのよ。
その上両親共にテロで亡くなってしまった時、そのどさくさに紛れて研究資料やデータをごっそりと盗み出し自分で研究していたの」
「そんな...」
「酷い...」
アキトとマナカは沈痛な面持ちで話を聞く。
アイは真剣な話だとはわかるのだが、理解し切れないのか首を傾げていた。
「まぁ、漫画の様な話しですけど、本当なんです。
でも、今となってはあの研究所長にも感謝しているんですよ?」
突拍子もない言葉にアキトとマナカは驚いた。
それもそうだろう、ただの妬みの為だけに自分が受精卵だった頃に持ち去り遺伝子処理をした張本人なのだ。
恨み事ならまだしも感謝をするなんて被害者の言葉とは思えなかった。
「だって、どうしようもない人間だったのでしょうけど、あれがいなければ私はこの世にいなかった。
それにこうしてアキトやマナカさん、アイちゃんとも会う事が出来なかったから」
アイは頭を撫でられて嬉しそうに笑っている。
アキトとマナカも少し安心したように微笑んだ。
「でも、アオ...ちゃん?どうやって抜け出してきたの?」
「アキト。待って」
アオちゃん発言にアオは思い切り眉を顰めアキトを止める。
アキトは何故止められたかわからなかったが、その剣幕に押し留まる。
「いい?見た目はこれだけど18歳です。私の方が年上です。お姉ちゃんです。お姉ちゃんって呼びなさい」
「はっ!?」
「えっ!?」
「年上!?」
見た目中学入るかくらいの歳にしか見えない女の子にお姉ちゃんですと言われて信じられる訳がない。
「いや、でも...」
「見た目は関係ないの。これは事実です。今度しっかりとしたデータを見せてあげますから安心なさい。
だから、お姉ちゃん♪って呼びなさい。ほら、早く」
「あ、あの...」
「ほら、お姉ちゃん」
「くっ.....」
「おね~ちゃ~ん!」
しかし、そう言ってアオに飛び込んだのはアイだった。
「わ!アイちゃん?」
「アオお姉さんはお兄ちゃんのお姉さんなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃぁ!じゃぁ!私がお兄ちゃんのお嫁さんになったら私のお姉ちゃんになるんだよね?」
「うん、そうなるね」
「それなら、お姉ちゃんだ♪」
そう言ってアイは力一杯抱き締めた。
その様子をマナカはクスクスと笑いながら見ている。
アオはアイの髪を撫でながらアキトを半目で見ている。
「アイちゃんの方がちゃんとしてるんですが、アキト?」
「ぐっ.....ね、姉さんでは駄目ですか?」
「.....ま、いいでしょう。少しずつ洗脳すればいい訳ですから。
それで、どうやって抜け出してきたかだったわね。
それは、今の状況があるからなんです」
「今の状況?」
「そ、火星全域避難。研究所の人も全員シェルターに避難したからね。ゆっくりと逃げてきた訳。
IFS使えば研究所のシステム掌握もすぐに出来たからね」
「へぇ~...」
「そんな事まで出来るんですね」
本当は全員惨殺して研究所ごとの爆破だったが、それをわざわざばらす必要もない。
アオはそこでアイに少し離れて貰うと、居住まいを正しアキトに対し三つ指をたてる。
「ぽっと出のお姉ちゃんで戸惑うかもしれませんが末長くよろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそお願いします」
突然豹変したアオの余りに所作が整った挨拶にアキトは驚きしどろもどろに返すしかなかった。
それを眺めていたマナカがアオに問いかける。
「なんか、アオさんって凄いしっかりしてますし、色々な知識がありますけどどうしてですか?」
「IFS学習という物がありまして、IFS経由で知識をインストールしていくんですよ。
研究員の中に変態さんがいまして、ハッキングからスポーツ、学問、料理に至るまで色々と...」
「便利ですねぇ...」
「普通の人がやってもそんなに意味ないですよ。IFS強化体質で一度覚えた事は忘れませんから成り立つ物ですね」
「お姉ちゃん、勉強しなくても大丈夫なの?」
「アイちゃんそういう訳じゃないの。知ってるのと出来る事は違うし本当の意味で識るのも違うからね、どちらにしろやってみないと身にならないの」
アイはわかったようなわからないような顔をしていた。
アキトとマナカはそういうものなのかと妙に納得した顔をしている。
「なんにせよ、ここに来れてよかったです。あの研究員私を嫁にする計画建ててましたからね。危なかった」
それを聞くと3人共苦い顔をした。
それからは4人で食事をしたり、ゲームを楽しんだり、それぞれの話しを聞いたりと楽しい時間が過ぎた。
そして夜、アイは「お姉ちゃんと寝る~♪」とはしゃいで、アオに添い寝して貰う事になった。
アオがアイをぎゅ~っと抱き締めたまま寝転がると二人ともすぐに寝息を立て始めた。
それを微笑ましそうに見ていた二人だった。
「よかったですね、お姉さん」
「まだ実感ないですけどね」
「しょうがありません。でもとてもいい方じゃないですか」
「はい、両親がなくなり天涯孤独だとずっと思ってました。
でも、突然だけど姉がいた...」
「少しずつ本当の家族になればいいんですよ」
「...ありがとうございます、マナカさん」
二人を起こさないように小さい声で話しをするアキトとマナカの声色はこれ以上ないくらい優しいものだった。
「アイもあんなに喜んで、夫が亡くなってから寂しがってましたから...」
「ボクでよければここを出てからも付き合いますよ」
寂しそげに言うマナカにアキトは思わずそう答えた。
「ありがとうございます。アキトさん...」
「いえ、そんな...」
「...ね、アキトさん?」
「はい?」
マナカがそう呼ぶと、すっとアキトに身体を寄せ、手を重ねる。
「...本当は私も、寂しがってるんですよ?」
艶っぽい声と潤んだ瞳に見据えられてアキトは声も出せなくなった。
そしてマナカの顔がアキトに近づいていく...
「...ん...んん」
突然呻いたような声を出すとアオが身じろぎし、ゆっくりと起き上った。
二人はビクッと身体を強張らせるがすぐに離れる。
「...ん?お手洗い...?」
「あ、あそこですよ」
「.....ありがとうございますぅ」
眠そうに立ちあがるとふらふらとトイレの方へ歩いていく。
アキトとマナカはそれを見送ると目線をあわせたが、恥ずかしさが勝ったのか顔を真っ赤にして目を逸らし、どちらともなく寝転がった。
一方トイレでは...
「...なんだあれは、私って昔あんなに節操なしだったか?
いや、あそこまでではないはず。おかしい。」
頭を抱えていた。
アキトはアキトなので同じくらい節操なしに女性が寄って来ていたのだが、他人の目となって初めてそれに気づいたようだ。
ちなみに女性となった事で男性が寄ってくる可能性がある事には全く気付いていない。
折角トイレで一人になったので、アオはコミュニケを開くとオモイカネを呼びだした。
「オモイカネ」
『アオ、こんばんは~。
ラピスはさっき寝た所、ルリはまだ起きてるよ」
「そか、ルリちゃんとも繋げて貰っていいかな?」
「あ、アオさん無事でした?」
「うん、夜遅くごめんね」
「いえ、お気になさらず」
ウィンドウに表示されたルリは昨日と色違いのパジャマを着ていた。
寝る直前だったためか、髪は下ろされている。
「それじゃ、オモイカネ今の状況を教えて?」
『はい~。今日の状況はこんな感じ。
─軍も輸送船を供出し、避難を開始。推定2万人弱が地球へ避難出来る予定。
─ルリとラピスによるナデシコとエステバリスの設計改修は終了』
「軍も動いたんだ、誰の差し金かわかる?」
「ミスマルのおじ様からの進言と、フクベ提督も動いたらしいですよ。」
「そっか、流石だね。それとルリちゃん改修案お疲れ様、ありがとうね」
ルリはアオに感謝されて頬を染めて照れる。
「あ、ありがとうございます。ナデシコBとCの資料もありましたから、楽でした
研究経過や稼働実験時のデータもつけておきました」
「アオさんの方はどうでしたか?」
「うん、こっちもうまくいったよ。
IFS強化体質の実験中止。
ボソンジャンプの人体実験中止。
地球への避難者の保護。
スキャパレリプロジェクトの改修案。
お~るオッケー」
「よかったです」
それを聞いてルリは安心したように息をつく。
アオはオモイカネの方を見るとそちらへも感謝をする。
「オモイカネが編集してくれたおかげだよ、ありがとう」
『どう致しまして!わ~い褒められた♪』
嬉しそうにウィンドウをくるくると回していた。
「あと、アキトはしっかりとアイちゃんと会えてるよ。
それと私の説明も大丈夫。
アイちゃんのお母さんが治療用ナノマシンの研究者でね。
色々捕捉してくれたから理解してもらうのが早かったよ」
「へぇ、そうだったんですか」
「アイちゃんにお兄ちゃんと結婚したらアオお姉さんはお姉ちゃんだ~♪って抱きつかれた時はちょっと困っちゃった」
「クスクス。相変わらずですね。イネスさんも変に大胆だったりしましたからね」
「うん、同一人物だからね、しょうがないのかも」
ちょっと困ったように二人は苦笑しあう
「アキトさんの方はどうでした?」
「うん、天涯孤独だと思ってたら姉が出てきたもんだから、だいぶ戸惑ってたね。
嬉しさ半分戸惑い半分だけど、受け入れようとしてくれてる」
「やっぱり、アキトさんですね」
「そ、ほんとお人好し。人間磁石も相変わらずだったし...」
そこで気が緩んだのか、アオは口を滑らしてしまった。
それを聞いた瞬間ルリの目がスッと細くなりウィンドウ越しでも殺気が伝わってくる。
オモイカネはウィンドウが小さくなりぶるぶる震えている。
「...詳しく、教えてくれますよね?」
「あ、あの...ね?ルリちゃん?どうしてそこで怒るの?」
「また何かしでかしたんですよね、早く白状して下さい」
「いや、ルリちゃん?私じゃなくてアキトだよ?」
「アオさんはアキトさんでもあるんですから、同じ事です」
「そんな理不尽な...」
「早く白状した方が身の為ですよ?」
「...はぃ」
横暴だ~!と心で叫ぶが口に出せるはずもなく、先程のアキトとマナカの一件を話す事になった。
白状している間腕を組んで仏頂面をしたルリの眉がぴくぴくと震える。
アオはそんなルリにビクビクしながらも事細かに説明をしていった。
オモイカネに至ってはルリが怖いのか見つからないようにスーッと離れていく。
「そうですか、未亡人にまで手を出しましたか、つくづく節操なしですね、アオさん?」
「いえ、ですから、私では...」
「...何か?」
「...ナンデモナイデス」
そのまましばらく説教が続くと、ようやくルリも気が晴れたのか表情が柔らかくなる。
「まったく、アオさんも気を付けて下さい?女性になったので今度は男性が寄ってくるかもしれませんから」
「あ、う、うん。わかった...」
「何かあるんですね?怒らないから言いなさい」
アオが一瞬言い淀んだのを目ざとく見つけたルリはそこをついた。
まだまだアオは寝れないようである。
その後アカツキの事を話を聞いたルリは「あのスケコマシは女性ならなんでもいいんですか...」と苦々しげに発した。
それから「どれだけ無防備なんですか!」と説教が始まり、終わった頃にはトイレに来てから2時間近く経っていた。
「今日はもう遅いですから、これくらいにしておきます」
「...スイマセンデシタ」
『ぶるぶるぶるぶる』
「明日も忙しいですからゆっくり寝て下さいね」
「...かしこまりました」
「...それでは、アオさん?」
そう呼ばれてウィンドウを見ると軽く頬を染めたルリが期待の篭った目をしていた。
さっきまで説教していたのにコロッと雰囲気が変わるのは流石女の子といったところか。
だが、アオはそんな事はまったく気にせずにこっと笑う。
「お、お休みなさいの...」
「うん、いいよ。お休みなさい」
「...お休みなさい」
そしてウィンドウ越しのキスをする。
「ルリちゃんもゆっくり寝てね?オモイカネも明日は忙しいから少し休んでおいてね」
「はい、また明日」
『アオ、お休みなさい』
そう言って手を振るとウィンドウを消した。
思ったより物凄く長くなった事に苦笑すると、トイレを出て戻っていく。
流石に時間も経ち3人共寝入っていた。
先程寝ていた所に寝転がると、アイを優しく抱きしめ目を閉じる。
そしてまどろみに任せて意識が落ちていく。
そして、運命の日が訪れた。
2195年10月1日。
リアトリスを旗艦とする地球連合宇宙軍第一主力艦隊と木蓮無人機動兵器軍との戦いが始まった。
後に言う第一次火星会戦である。
第一次、第二次、第三次防衛ラインも突破され、最終絶対防衛圏を残すのみとなる。
ここを抜かれてしまったら、火星が蹂躙される事は確定だろう。
チューリップと命名された敵母艦が着々と近づいてくる中、全艦隊を終結させ迎え撃たんとする。
旗艦リアトリスではフクベ提督の怒声が響いていた。
「各艦、射程に入ったら撃ちまくれ!」
チューリップがもうすぐ射程に入ろうとする時、その前面が開いていき中から無数の無人兵器が現れる。
木蓮ではヤンマと呼ばれる無人戦艦がチューリップに先行し、第一主力艦隊の射程へ入る。
「撃てぇ!」
フクベの号令と共に全艦隊からビームを放つ。
それと同時にヤンマからは重力波が放たれた。
ビームが重力波によって反らされ、第一主力艦隊のみに被害が出る。
それからは一方的だった。
チューリップから無数のバッタも射出され、艦隊へ向かっていく。
射ち落とそうとビームを乱射するが、ディストーションフィールドに阻まれほとんど成果が上がらない。
焦りが募る中、恐慌に陥る事がないのは常の訓練のおかげだろう。
だが、そんな中一つの声が上がる。
「提督!このままだと70秒後に民間人を乗せた輸送船とチューリップが衝突します!」
「なんだと!」
ミスマル・コウイチロウからの進言と自身の意思により決定した、軍の輸送船を使っての避難。
その避難船を落とされる訳にはいかなかった。
「総員退避!本艦をぶつける!!」
即断するとすぐにチューリップへ進路を向けさせる。
ブリッジが分離され、チューリップへ直撃する。
チューリップの進路が反れ、輸送船のすぐ後ろを通過していく。
民間人を守れた、その安堵からブリッジに歓声が沸いた。
しかし...
「な!反れたチューリップの進路にユートピアコロニーが!!」
ブリッジに絶望が走った。
一方輸送船でも
「助かった!」
「軍が守ってくれたぞ!」
こっちにチューリップが向かって来て恐慌に陥っていた乗員だったが、戦艦が体当たり。
進路が変わり、衝突を免れた事で歓声が上がっていた。
「あ!コロニーが!!」
「え?」
「嘘...だろ?」
だが、チューリップの向かう先を見ていた一人が、声を上げた。
それにひかれるようにみんなが窓にかじりつく。
そこにはユートピアコロニーに落下するチューリップがあった。
アオ達がいるシェルターでは激震にあちらこちらから悲鳴が上がっていた。
一部天井が崩れ押しつぶされた人がいたり、転んで怪我をする者などがいた。
アオ達は運よく怪我はなかったが、そんな中アオは鋭い眼をしていた。
(ついに来たか...下手に手は出せないな、くそっ)
アキトとマナカ、アイが辺りに気を取られている間にアオは屈むと、アキト達に見えないようにウィンドウを開く。
「オモイカネ、来たよ」
『アオ、大丈夫でしたか。状況はこちらでも把握しています。
それとアオ、今の衝突によりユートピアコロニーで待機していたバッタの7割が反応消失しました』
「わかった、なんとか一人でも助けられるように頼む」
『ルリとラピスがいます、大丈夫です』
ウィンドウを切ると立ち上がる。
「何があったんでしょうか...」
「お兄ちゃん...」
マナカとアイは不安を紛らわすようにアキトに寄り添っていた。
アキトは二人を守るようにしながら見回すと、違和感を感じた。
(壁が裂け...目?カメラ?)
「アキト!」
「危ない!」
アオが叫ぶのと同時にアキトは動きだし、マナカとアイを守るように押し倒す。
その瞬間見ていた壁に爆発が起こった。
そこから1機のバッタが現れた。
瞬間恐慌が起きる。
全員が逃げまどい、シェルターの出入り口に殺到する。
アオ達は、マナカとアイを起こしていた為に最後列になる。
それを守るように数人の兵士がバッタへ銃を撃つがまったく効かない。
最前列では兵士たちが何とか手動で隔壁をこじ開けようとしていた。
何か出来る事がないか、そう考えていたアキトは近くにある小型トラックに気がつく。
すぐに飛び乗ると、3人に向かって言い放った。
「ボクが奴を押さえます!その隙に!!」
全速力で飛びだすとバッタに体当たりを仕掛ける。
そのままバッタを引きずり、壁へと突っ込ませ、更に押し込んでいく。
少しの間バッタはじたばたとしていたが、圧力に負けたのか機能が停止したように落ち着いた。
「お兄ちゃん、すごいすご~~い!」
それを見ていたアイを始め、兵士や並んでいた避難者が歓声を上げる。
そこで、アオは不自然じゃないように気を付けつつ、アイとマナカの手を取るとアキトの方へと歩き出す。
その時入口で「よし、開くぞ!」という声とともにガゴンッと隔壁が開く音がした。
「伏せろ!」
それを聞きとめたアオは咄嗟にアイとマナカを伏せる。
同時に閃光が走った。
アキトは後ろからの爆発音に振り返る。
そこには誰もいなかった、その代わりにさっきまで無かったちぎれた何かや焦げた何かは沢山散らばっていた。
わからなかった、状況を理解したくなかった。
その時、左から音がした。
咄嗟にそちらを向くとバッタがいた。
「ひっ!」
情けない悲鳴を上げるが、右側からも同じ音がする。そして止まったはずのバッタも動き出した。
悲鳴を上げつつ周りのバッタを見まわしていく。
姉さん、アイちゃん、マナカさん、バッタ、ぶち撒かれた何かで頭の中が一杯になる。
わからない、思わず声を上げていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その声に反応したかのように首にかけていたペンダントから光が溢れだす。
そんな中、アキトからの死角に3人がいた。
衝撃で吹き飛ばされたのだ。
アイは咄嗟にアオが庇ったが、マナカまでは庇えなかった。
アイは意識もはっきりしている。
アオも全身を打っているが動くのには問題ない。
アオはアイを立たせると、マナカの容体を診る。
マナカも全身を打っているが気絶しているだけで問題ないようだ。
アイちゃんにママは大丈夫と伝えると、アイは安心したように頷いた。
そこへ、アキトの叫び声が聞こえる。
顔を上げたアオとアイの目に眩しい光が飛び込む。
「アイちゃん!アキトを呼んできて!」
咄嗟にアオが叫ぶと、アイは弾かれたようにアキトへ向かって走り出した。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
その呼び声にも気付かず、アキトは叫び続け次の瞬間。
二人の姿が消えていた。
それを見たアオはふっとため息をつくと
「アイちゃん、ごめんなさい」
そう悲しそうに呟いた。
しかし、まだ危機は去っていない。
アキトを見失ったバッタ達がアオとマナカの生命反応に気付いたのだ。
(ジャンプ、駄目!マナカさんを連れて行けない。
バッタを倒す。無理!武器がない。
くそっ。どうする)
打開策を考え出そうと頭をフル回転させていくが、まったく浮かんでこない。
その時
『アオ!すぐそちらに着きます!』
目の前にウィンドウが開くと同時に1機のバッタが隔壁を物ともせずに突っ込んできた。
「オモイカネ!」
『アオ、すぐ助けます!』
「待て!こっちに来い!」
『は、はい!』
そのバッタを近くに来させるとオモイカネに伝える。
「オモイカネ、私とマナカがバッタの背中に乗ったらディストーションフィールド臨界させて、10秒持てばいい!」
『わかりました!』
「あと、ナガレに緊急連絡!今すぐそこへ行くから、デスク前に誰も立たせないで!」
『い、イエス、マム!』
そう言うとアオはマナカを肩に担ぎ、バッタの足を踏み台にして背中によじ登る。
「お願い!」
『了解!バッタ、ディストーションフィールド臨界!』
アオの合図と同時にバッタがいる地面が凹む。
バッタに搭載されたジェネレーターが余りの負荷に爆発寸前まで加熱する。
ディストーションフィールドが展開された瞬間、アオは目を閉じるとネルガル会長室をイメージ!
ベルトのジャンプユニットが反応し、アオの全身にナノマシンの軌跡が出る。
スッと目を開けジャンプと口にした瞬間そこから消えた。