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No.286の一覧
[0] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/13 19:38)
[1] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/13 19:41)
[2] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 第二話[小瓜](2005/02/17 20:12)
[3] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/23 22:38)
[4] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第四話[小瓜](2005/03/06 23:01)
[5] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第五話[小瓜](2005/06/13 02:38)
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[286] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】
Name: 小瓜 前を表示する / 次を表示する
Date: 2005/02/23 22:38

人の数だけ想いがあって


想いの数だけ物語がある


だから――――


悲劇だとしても、物語は続いていく




機動戦艦ナデシコ

-Irreplaceable days-






「――――彼は私が引き取ります」


 事件の報告を聞き慌てて駆けつけたプロスは、瓦礫の山と化した宇宙港に呆然とする事も無く、携帯端末でオニキリマルの個人回線に一時間後に外で待っているとだけ連絡を入れた。
 一時間後、指定した待ち合わせ場所に一人で駆けつけたオニキリマルを無言で促し、プロスは自宅マンションの一室でオニキリマルに事件を報告。変わり果てた姿になった二人が遺体安置所へ運ばれるのを見届けた事を告げたプロスは、その手に握る、アキトの母が首から下げていたネックレスをテーブルに置き、先程の言葉を告げた。
 毅然とした、一見冷徹とも取れるプロスの態度で放たれた一言だがオニキリマルは冷静に受け止め、思案しながら意見を述べる。


「しかし……君は一人身だ。アキトの世話が出来る奴が必要だろう? 俺の妻ならアキトの事も知っている、それにカグヤも居る」

「えぇ。普通なら貴方にお任せしたほうがいいとは思うのですが……。貴方も彼も、普通な環境ではありませんから」


 今までの表情とは一転し、苦々しい表情を浮かべたプロスにオニキリマルは眉を寄せる。
 彼の言う事を正確に理解したオニキリマルは、声を潜めた。


「……狙われた、のか? あいつらが。だとすると―――」

「現在も調査中ですが……遺体の状態が、状況を考えると少し不自然で。これから司法解剖に回されますが、引き取ったのはネルガルの息のかかった所。――――勘が当たっているとしたら、余り期待は出来ません」

「勘か……。しかし、そうなると」

「えぇ。もしそうだとすれば、貴方が引き取る事になると彼共々貴方も狙われる。それに奥様とカグヤさん、彼女も。貴方だけなら大丈夫かもしれませんが、彼女達にまで手が及ぶ可能性が十分あります。彼が自分達の懐に居れば、少なくともそういった事は無いでしょう。今の彼は上からすると貴重な『モルモット』なのですから」


 平然と吐ける自分に嫌気が差す。
 自分の発言に自己嫌悪に陥りながら、プロスはオニキリマルの思案顔を眺め、今後相談するべき事を冷静に整理する。


「――――わかった、君の言う通りにしよう。だが彼の今後に必要な事があったら、迷わず相談してくれ」

「ありがとうございます。それで、今度は貴方達の事なんですが……」

「……火星から離れろ、と?」


 理解が早くて助かる。
 現在のような異常事態ではスピードと情報の正確さが大事だ。
 プロスはオニキリマルの言葉にコクリと頷くと続けた。


「貴方達が彼の近くに居る間は、あちらも安心出来ないでしょう。それに、貴方にしか頼めない事もあります」

「……っ。向こうを調べるのか。アスカを使って」

「もちろん、こちらでも調査はします。ですが調査する人間も――。いくら支社の人間が本社に対して友好的で無くとも、向こうの指示には従わなくてはいけませんから。それに、あちらが本体ですから、より多くの情報が期待出来ると私は思います」

「そうか。――――宇宙港再開のメドは?」

「恐らく、一ヶ月。幸い滑走路や船に被害は無いようですから。こんな状況ですから、瓦礫を退かし、最低限ロビーが機能できれば飛ばすでしょう」


 プロスの予測を聞くと、オニキリマルは肩の力を抜き胸ポケットから煙草のボックスを取り出す。
 中から一本取り出し、フィルターを口に含むと向かいからプロスがライターを持ち手を伸ばした。
 彼の行動に甘え煙草に火をつけると、手に持つボックスを差し出す。
 プロスが中から一本取り出すのを確認してから胸ポケットへと仕舞う。
 一時、二人で揺らめく煙草の煙を静かに眺め、オニキリマルが口を開いた。


「アイツ……俺より先に結婚しやがってよ。学生時代も勉強では俺より上だった。社会に出るのも御曹司だった俺なんかより先でよ、男になりやがったのもアイツが先だったんだ。でも最近になって、子供ができたのは俺が先でよ、やっと抜かせたと思ったんだ」

「ですが今回は……。彼が先だったようですね」

「あぁ、全く……。追い抜いた俺の優越感はどうしてくれるんだよ、全く」


 それ以降何も語る事無く、涙を流さず泣くオニキリマルにプロスはかける言葉が思い付かない。だが泣いているのは彼も同様で、頭の中ではテンカワ夫妻との友人としての交友が思い出されていた。
 右も左も分からない火星へ着て、すぐに出迎えてくれた夫妻にどれだけ救われただろうか。
 支部長などという今まで経験した事も無いポストに就かされ不安に思っている時に、夫妻に励まされ、助けて貰った事がどれだけあっただろうか。
 妻も子も居ないプロスにとって、テンカワ一家は理想の家族であり、将来の目標。未だ言葉も喋れない頃のアキトをプロスは知っており、接触する事の多い最近では、自分の息子のように思っている所もある。
 微笑ましい親子の触れ合いを見て、どれだけ彼の心が癒されただろうか。
 そんな機会がもう二度と訪れないと思うと、両親を奪われたアキトの事を思うと、悔しくて仕方が無かった。
 巡らせていた思いを一点に収束、今後の事に思いを馳せ始めるプロスに、静かに泣いていたオニキリマルは強い決意を表した。


「あいつらの忘れ形見、しっかり守ってやってくれ。俺も出来る限りの事はするから、頼む」

「頼まれなくとも、彼に出来うる限りの事はするつもりです」


 言葉少なくお互いの確固たる意思を確認した二人。
 それからまた暫く、部屋は紫煙が揺れるだけの静寂へと戻っていった。




 カプセルの中での生活がどれだけ続いているか。アキトはそんな事を偶に考える。
 数日前までは普通に食事をし、幼稚園に通い、外で走り回っていたのに。
 でも病気じゃしょうがないかと、達観したような物分りの良さで今の生活に『諦め』を含んだ納得をアキトはしていた。
 一度、事実上の『死』を経験しているアキトは、その時の恐怖を未だ覚えている。
 何も無い暗闇に一人取り残され、いくら泣き叫ぼうが喚こうが誰も助けに来ない。絶望に絶望を重ねてもその闇が埋まる事などありはしなかった。
 今でも偶に夢に見る、記憶の中に焼き付けられた闇の世界。その恐怖は彼の心を良くも悪くも成長させる燃料となっていた。
 だがそれでも、どれだけ成長していても子供は所詮子供。
 その姿を、プロスは目の前でまざまざと見せられる事になった。


『貴方のご両親は、先程事故で亡くなりました』

「――――ふぇ?」


 カプセルの中へ入っている自分に対し、明らかに沈痛な顔で語りかけた言葉を、アキトは理解が出来なかった。
 耳にはスピーカー越しではあるが、その言葉は確りと届いた。
 だが、頭がついていかない。
 自分の両親がどうかしたのか、いまいちアキトには理解できなかった。


『ミスマル一家の地球への引越しを見送りに行った宇宙港で、テロリストの暴動に巻き込まれ』

「は? ――――えっ? な、なに? ど、どうしたのおじちゃん?」


 両親がこの部屋を出て、ミスマル一家の見送りに行ったのは知っている。
 帰りに新しいゲームを持ってきてくれるように頼みもした。
 今も早く帰ってこないかなぁと考えていた所でプロスが来て、よくわからない事を話し始めた。
 そして、その内容はあまり良くない事だという事はアキトにも理解できる。
 だが、肝心な所がよくわからなかった。


「えっ、お見送りに行ったよ? 母さん達。それで、テロリストって、なに?」

『……そうですね、すいません。もっと判りやすく言いますか』

「うっ、うん。お願いします」


 一瞬和らいだプロスの表情に不安を感じる。
 何か良くない事があった、それも大変な、自分の両親が関わる、難しくてよく判らない事だがきっと悪い事だ。
 アキトが今感じている悪寒は、無意識に身体を震えさせている。


『――――今日、お母さん達がミスマルさんを見送りに行きました』

「うん、ユリカの引越しで、地球に行くって」

『そこで、事故があったんです』

「――――じ、こ?」

『えぇ……』


 頭が真っ白になり、サーっと全身から血の気が引いていく。
 アキトの変化はモニタリングしていたセンサーが感知していたが、場の作り出す雰囲気に報告が憚れる研究員。
 彼らの心境も、第一報を聞いた時は目の前の少年と似たようなものだった。


『その事故で、お父様とお母様は亡くなりました』


 亡くなった、という言葉はアキトも理解できた。
 マンガでも、ゲームでも使用される。死んでしまったという事だ。
 では、誰が死んだと言ったのか。
 プロスの言葉は的確に誰かを告げていたが、その的確さ故に、アキトは自分の中で出た回答を拒んだ。


「――――う、そ。あ、はは……。だって、嘘、でしょ? お母さん、ゲーム持ってくるって」

『……残念ですが』

「だって、ゲーム持ってくるって、言ったもん。ユリカの見送りしたら、ゲームもってくるって」

『……アキト君』

「ね、お母さんゲーム忘れちゃったの? だからそんな事言うのおじさん? 嘘ってついちゃいけないんだって」

『アキト君』

「べ、別にぼく怒らないよっ! ゲーム忘れても怒ったりしないから! だからそんな嘘」

『アキト君っ!!』


 プロスの放った怒声にビくリと身体を震わせ動きを止める。
 彼の沈痛そうな表情に、やっとアキトはそれが真実だと理解するに至った。
 身体は次第に小刻みに震え、歯をガチガチと鳴らしながら涙を浮かべ見つめるアキトに、プロスは陰を深め、視線を逸らし最後通告をする。


『君のご両親は亡くなりました。もう、ここには来れません』

「……う、そ。うそ、だ。やだ、嘘だ、嘘だ! 嘘でしょ! 嘘だよ! ねぇおとうさん! おかあさんっ!」

『私は、他に仕事がありますから……』

「嘘だ! おとうさん! おかあさぁん! 嘘だ、嘘だよ! うそ、やだ、やだぁ、やだぁーーーーっ!!」


 文字通り、その場を逃げるように退室したプロスの背中に、アキトの叫びは激痛を伴い叩きつけられた。








 その後のアキトの生活は、散々たるものだった。
 眠りから覚めれば父と母を呼び、答えが無い事に涙を流し泣き叫び、泣き疲れて再び眠る。
 身体的には勝手に生命維持に必要な分だけ栄養が与えられるカプセルの中に居るので問題は無いのだが、心、精神に関してはそうもいかない。
 研究員からの意見で何度か精神のケアの為専門家に頼んだ事もあったのだが、相手と直接触れ合えない、人の温もりを与えてやる事が出来ないという状況ではケアのしようもなく、全て徒労に終わっていた。
 そんな折、事件の調査をしていた機関に提出していた証拠品がいくらかプロスへと返還されてきた。
 中にはプロスがオニキリマルに見せた、アキトの母がしていた大きな石のついたネックレスもあった。
 返還された証拠品の中から見つけたプロスは、密閉されたビニールの中からそれを取り出し、実に二週間振りに、アキトの居る室内へ訪れた。


「……アキト君」


 正面に聳える巨大なカプセルを見て、もっと早く訪れておくべきだったと苦虫を噛み潰す。
 目の前のアキトは傍目でも判るほど疲弊しており、精神衰弱の状態に陥っているのが素人目にも判るほどだった。
 瞳は虚ろに宙を見上げ、何をするでも無く、唯そこに存在しているだけの人形のよう。
 間接的に自分が招いた事態に、自分の発言によって変化せざるを得なかったアキトに対しての責任、脅え、恐れがあり、事実上彼から目を背け逃げていた自分に対し、憤りが湧き上がる。
 だが自分を責める事は後でいくらでも出来る。プロスは自分の失態を取り返そうと決意を新たに息を吐く。


「――アキト君。久しぶりですね」


 向こうからの返事は無い。
 視線を向ける事もせず、相変わらず宙を見ているだけだった。
 半ば独り言のような状態ではあるが、プロスは続けなければならなかった。


「アキト君……。先程、君のご両親の遺品が返ってきました」


 遺品の事を聞き、アキトが軽い反応を起した。
 一瞬ピクリと肩を震わせ、宙を見ていた混濁した色を浮かべる瞳が、プロスに向けられる。
 それを逐一観察していたプロスは、反応が無いよりは良い事だと思いながら、胸ポケットから先程のネックレスを取り出した。


『……それ、おかあさんの』


 やっと言葉を話したアキトの声は、酷くしゃがれていて、どれだけ泣き叫んでいたかを物語っている。
 その事実を突きつけられ苦しそうに眉を寄せたプロスだが、すぐさま笑顔でそれを誤魔化し、傍らの研究員にネックレスを差し出した。


「これを、アキト君につけてあげられませんか?」

「アームで彼の首にかける事は出来ます。貸してください」


 ネックレスを差し出された研究員は引っ手繰るようにそのネックレスを受け取り、慌てて機械を操作しカプセルの上蓋を開けた。
 次に天井に届きそうな程の長さのカプセル内作業専用のアームを動かし、ネックレスをつかませる。
 上蓋が開かれた所からアームが降り、静かにアキトの元へと形見のネックレスが届けられる。
 首にネックレスをかけたアームがあがるのを見送ってから、アキトは静かに、ゆっくりと首を動かして、そこからぶら下がる大きな石を見つめていた。


『……おかあさんの、ネックレス』

「そうですよ。あなたのお母さんがいつも下げていた、大きな石のついたネックレスです」

『おかあさん、おかあさんの。おかあ、さん……』


 首から下がるネックレスをひたすら見つめ、母を呼ぶアキトを誰もが静かに見つめる。
 やがて、彼が静かに、今までに無く静かに涙を流し始めたのを見て、眺めていた研究員も不意に涙ぐみ、プロスは一人静かに部屋を出ていく。


『……おかあ、さん……。おとう、さん……。おかぁさぁ、ん。お、とぉさぁん』


 母の温もりを感じているかのように、アキトはひたすら首から下がる石を眺め続けた。




 その日、アキトは過去の情景を夢として見た。
 短い両親との生活で思い出せるものは少なくはあるが、それでも幸せだった事だけは理解できる。
 優しい父が居て、優しい母が居て、自分が居る。当たり前の日常でも、確かにアキトはその時幸せだった。
 だが、不意にその幸せが壊された。友人一家を見送りに行った先で、突然の事故により両親はあの暗く寂しい、闇があるだけの恐ろしい場所へと放り込まれてしまったのだ。
 
 『テロリスト』
 
 プロスが両親について語る中、この言葉だけは覚えていた。
 きっとこの言葉の意味するものが、自分の両親を死に追い遣ったものなのだと、アキトは無意識に理解している。
 きっと、何をしても、自分はソレを許せない。
 だから、自分がやっつける。誰でもない自分が、両親を死に追い遣ったソレを、完璧に、どんな事をしても。


 度重なる磨耗と圧迫で捻れ、歪められたアキトの精神は、人間として、自然と酷く正しい答えを導き出していた。




 翌日、自分の元を訪れたプロスに、アキトは開口一番に告げた。


「僕に、勉強を教えて下さい」


 それは、アキトが考えた末の答え。自分の両親を死に追い遣った者を知る為に、必要な知識を得る。
 酷く単純明快なその『お願い』は、プロスを警戒させた。
 一見立ち直ったかのように見えるアキトの姿。
 その瞳は、今までとは真逆、危険なまでに爛々とした輝きを放っていた。黒く光る瞳の奥に見える、濁ったような、くすんだ色を湛える欠片がある。
 それは恐らく、アキトの心の色を反映させた部分。未だ立ち直りきれていないアキトの意図が、プロスには手に取るように理解できた。
 そして、自分がそれを止める事が出来ないという事も。


『……わかりました。IFS端末からネットワークにコネクト出来るようにしましょう。それと、教育用ソフトも導入します』

「ありがとうございます」


 落ち着いたという訳では無い、不気味な冷たさを感じさせる簡潔な返事に、プロスは深く溜息をついた。
 だが彼も、アキトの気持ちは理解出来ているつもりだ。
 自分にも同じ事を考えている部分はあるし、それが無かったならオニキリマルにあのような頼み事はしなかった。
 ただ、幼いアキトがそれを決意するまでに至ったという現実に、プロスは悲しみを覚えずにはいられなかった。






 ――――アキトの『仕返し』の為の毎日が、この日から始まった。






 栄養分を勝手に摂取してくれるカプセルは、今のアキトには丁度良かった。
 ゲームもマンガも見るのを一切辞め、ひたすらに勉強に打ち込む日々。
 幼児用の教育ソフトはアキトに基礎言語を教え、簡単な数学を教え、創作能力を植え付ける。
 その内容を一通り消化し、理解し、行使する事が出来るのを確認したら、次のステップへと進む。
 一年間かけて行う一つのソフトを、僅か四ヶ月程度で消化し、理解していく。
 まるで取り憑かれたように勉強に打ち込んでいく様は、新たに地球から派遣されてきたネルガルの研究員も不気味に思う程だった。


 彼らはアキトの両親が死亡した為、ネルガル会長が直々に人選した、彼らにとって扱いやすい研究者だった。
 以前から火星での研究成果、テンカワ夫妻の発見・発表する技術に妬みにも近い感情を持ち、火星の人間を余り快く思っていない生粋の地球の人間だった。
 彼らは火星支部赴任初日にテンカワ夫妻の研究を引き継ぎ、加えて現在限りなくIFS強化体質人間に近い能力を持つアキトを『モルモット』として研究する事が会長直々に支部長、つまりプロスへと通達されていた。


 火星の技術に期待し、研究成果で現在より更に利潤を上げようと躍起になっている現在の会社の意向が、プロスは嫌いだった。
 だがいくら嫌いでも自分はそこに勤め、給料を貰いそれで生活している人間。
 全て会社に従うという訳では無いが、ある程度は従順にしていなければ自分にも、そしてアキトにとっても悪い事になりかねない。
 プロスは最低限の人権、つまりアキトに対する非人道的なナノマシン実験や薬物投与、療養中だという事を踏まえての過度の実験行為は行わないよう会長と研究員を説得、自身がアキトの保護者であり後見人である事を主張し、何とかアキトに関する事での権限を所有する事に成功した。
 それが全て終わってから、プロスは彼らをアキトと引き合わせた。


 薄暗い研究室の中央に聳える巨大なカプセルを前に、研究員がアキトを観察していた。
 研究対象であるアキトは、一人静かに黙々とIFSで画面を操作し、教育用ソフトで勉強を進めていた。
 その無機質なまでの表情に、研究員は物言わぬマネキンを見ているような気分になっていく。
 だが目の前の『物体』が今後自分達への会社からの評価、査定に繋がる事を理解すると、気を取り直し声をかけた。


「被験TYPE-Α、No-01。テンカワ・アキト」

『……なんですか?』


 ずっと見つめていた画面から視線を自分達へと向けたアキトに、研究員は一瞬不機嫌そうに顔を顰める。
 彼らは別に自身の加虐心をアキトにぶつけ、愚かしく満足しようと思っていた訳では無い。
 だがあからさまに所詮『研究対象』でしかない少年から向けられる、まるで道端に転がっている『物体』を見るかのような無機質な視線に、不快感が湧き上がってきたのだ。


「今日からこの研究室を任された者だ。会う機会は少ないだろうが、忘れるな」

『……はぁ。わかりました』


 話はここまで。
 アキトは軽く流して返事を返すと再びモニターへ視線を向け、教育ソフトを途中から再生させた。
 彼の答えに一瞬唖然とし、怒りすら湧いてくる研究員だったが、傍らに立つプロスからの厳しい視線に一つ舌打ちし、研究室を出て行く。
 一人その場に残ったプロスは、機械的な受け答えをするようになってしまったアキトの変化に、自身の力不足と悲しさを感じずにはいられなかった。




 研究員が変わった所でアキトの生活に何ら変化が起きる訳でも無く。
 それからも彼は勉強漬けの毎日を送っていた。
 睡眠時間を普通の幼児の半分以下にしてまで、アキトは勉強に打ち込んだ。
 元々ナノマシンの所為で三年間、成長が止まってしまった彼の身体は、成長ホルモンを睡眠時等に分泌させる事などはあるが、それが脂肪の燃焼以外に使われる事は無かった。
 傷の修復はするが髪の毛を伸ばす事は無く、爪も伸びず、骨格も成長せず、筋肉は衰える事も無く、時を刻むのを辞めたアキトの外見は、怪我をして運び込まれた当時のままだった。
 その事実にナノマシン研究を担当する者はある意味人の欲望の終着駅でもある『不老不死』の実現を見るが、研究が今までに実を結んだ事は無く、どれだけ調査してもナノマシンに関しては現時点で判っている事以外は全て不明のままだった。
 だがそんな事はナノマシン初の被験者であるアキトにとってはどうでもいい事。
 何か変化が無いかと時たま問われても『わかりません』とだけ答え、勉強に熱中していった。




 ――――そして、三年の日々が足早に過ぎていく。








 彼の現在の保護者であり、後見人であるプロスはこの日は待ち望んでいた。
 やっと、やっと友人の息子が狭苦しいカプセルから開放され、ナノマシンに付けられた枷から解き放たれる日が来たのだ。
 今日からアキトの身体は時を再び刻み始め、三年という時間は過ぎ去ってしまったが、普通の人間らしい生活を営む事が出来る。
 唯一の心残りは、その光景を友と共に見る事が出来ない事だが、明日にでも彼と二人で友の所には報告に行くつもりである。
 プロスは報告を受けてから、無意識に急く自分を軽く諌めてから研究室へと入っていった。


「どうも申し訳ありません、遅れまして。報告、ありがとうございます」

「いえ……」


 扉をくぐって来たプロスに、現在研究室で主任を務める地球からの研究者は不愉快さを隠そうともせず返事を返す。
 彼らにとって今日という日は忌むべき日、自分達の研究対象が自分達の下から離れてしまう日でもあった。
 今まで彼らは勉強しているアキトをただモニターしていただけだが、それでもきちんと成果は上がっていた。
 IFSを毎日使用するアキトの補助脳の活動状態を観測し、負荷がどれほどのものなのか、普通のIFSナノマシンで構築される補助脳との違いはあるのかをきっちり調べ上げ、予測を挙げられるようになった。
 日々交換しているカプセル内の羊水から彼の髪の毛を一本採取する事に成功すると、遺伝子情報をすぐさま調べ、データバンクに登録してある以前のデータと照合し、どれだけの違いがあるかも調べた。
 アキトの勉強している内容を観察し、それが相当年齢より遥かに上である事を知ると、すぐさまレポートにして提出していた。
 そしてそのデータは確りと地球へと渡り、確かに反映されて現在遺伝子操作によるIFS強化体質の人工的な天才児が生まれようとしていた。
 そんな、ある意味偉大な成果を挙げた研究対象が、手の内から消えてしまうのを、彼だけでは無いが少数の研究者は惜しんでいた。
 だが、彼をここに今後も閉じ込めておく事は人道的にも反した事であるのを判っている。
 それが判っているだけに、余計彼らは手放すのが惜しくなっていた。


「――――ナノマシン信号弱体、もうすぐ安定値に入ると思われます」


 アキトの体内に棲むナノマシンの状態をモニターしていた研究員が声をあげる。
 それに従い、辺りでコンソールに手を置いていた研究者も過剰なまでにアキトの動向を映すモニターを見つめ直した。
 現在の変化は予測としては理解していたが、実際は今までには無い貴重な変化であり、人類初といってもいいものである。
 そのデータは貴重の研究資料として今後重宝されていくのは確実だ。
 この機を逃す訳には行かない研究者がこぞって動向を見つめる。
 そしてアキトの変化は、時間が経てば経つほど顕著なものとなっていった。


「新陳代謝が活発化、体温がゆっくりと上昇していきます」

「筋組織レベル、徐々に上昇傾向になっています」

「ナノマシン信号更に弱体――――下降停止、恐らく安定値へと入りました!」


 最後の報告に、一瞬場が騒然となった。
 それと同時にカプセルからけたたましいブーピー音が鳴り、温い蒸気が排出される。
 一転して研究室は静まり返り、徐々にカプセルから羊水が排出される音だけが響き渡った。
 ゆっくりと身体が下降し、カプセルの底に足がついたのを確認して、アキトは静かに目の開き久々に足の筋肉を行使した。
 三年間使っていなかったはずの筋肉は全く衰えておらず、自然と自立している自分の異常性を理解し僅かに苦笑を浮かべる。
 やがて全ての羊水が抜けきったのを確認して、アキトは腕を動かした。


「――――大丈夫」


 腕が上がるのを確認すると、次に肩を回し、腰を捻り、両手両足一本一本を動かして異常が無いか確認。
 全て正常に動く事を理解して、アキトは開いたカプセルの下蓋から、下界へと歩き始めた。
 羊水に濡れた体から滴り落ちる水の音を聞きながら、ゆっくりと外へと歩む。
 やがて、完全にカプセルから出て研究室の床の冷たさを素足で確認すると、傍らの研究員からタオルケットを受け取った。


「……おかえりなさい、アキト君」


 タオルケットで全身を拭いていると、傍らから歩み寄ったプロスが声をかける。
 ガラス越しやモニター越しからでは無く、初めて肉眼で彼の顔を確認したアキトは、三年前にプロスから受け取った母親の形見、首から下がる大きな石のネックレスを静かに握り締めた。


「――――ただいま、プロスさん」




 タオルケット越しに触れ合った人の温かさに父を思い出し、アキトは一粒だけ涙を零した。








 案内された場所は、小高い丘の上にある墓地の一角だった。
 遥か前方には火星の山々を見る事ができる絶景の場所。
 眼下にはユートピアコロニーを見る事が出来るこの場所に、アキトはプロスと一緒に訪れていた。
 目の前には、両親の名を刻んだ墓石。
 そこに両手で抱えていた花束を供えると、アキトは祈るように手を合わせた。


「ただいま、父さん、母さん。三年間も来れなくて御免なさい」


 目を瞑り祈るアキトの傍らで、プロスはようやく行われたアキトの墓参りに笑顔を向け佇んでいた。
 それから十分間、ただ静かに深く祈り続けたアキトは、顔をあげると笑顔のプロスへ歩み寄る。


「もう、いいんですか?」

「また、来ますから」


 子供らしくない、少し陰のある笑顔を浮かべるアキトにプロスはそれでも笑顔を向け、軽く頷く。


「また来る時は私に言って下さい。いつでもお付き合いします」

「ありがとうございます」


 軽く頭を下げた小さなアキトに再び頷くと、プロスは彼を車の中へと促し、自身も運転席へと乗り込んだ。




 未だ完全に整備されていない道路を走る車の中で、静かにしていたアキトが不意に口を開く。


「プロスさん。僕に――――僕の今の身体に、未だ研究対象としての価値はありますか?」


 助手席に座るアキトの言葉に、苦渋の色を浮かべながらプロスは答える。


「正直に言いますと、ネルガルはまだ貴方を欲しています。ですが――――」

「じゃあ、使って下さい。人体実験は嫌ですけど」


 あっさりとしたアキトの答えに、プロスは更に苦汁の色を深める。
 三年前、彼の両親が死んだ時から判っていた事だ。
 アキトはきっと、何らかの手段を行使する事を希望するだろう、と。
 だが判っていたとしても、プロスとしてはその行動をアキトにはさせたくは無かった。
 やるのなら、自分で――――。
 だが彼の望みを、彼が今生きる為の原動力となっているであるそれを、プロスは止める事は出来ない。


「それで、自分をモルモットにしてまで、何を求めるんですか――?」


 答えは判りきっているのだが、問わずにはいられない。
 プロスは一縷の望みを思い描いてみるのだが、傍らの少年からは、予測通りの答えが返ってくる。




「僕に――僕の両親を殺した人達をやっつける、『復讐』ができる力を、僕に下さい」








 ――――手に入るはずの安息の日々を犠牲に、『復讐』が始まろうとしていた。


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