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No.286の一覧
[0] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/13 19:38)
[1] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/13 19:41)
[2] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 第二話[小瓜](2005/02/17 20:12)
[3] Re:機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】[小瓜](2005/02/23 22:38)
[4] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第四話[小瓜](2005/03/06 23:01)
[5] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第五話[小瓜](2005/06/13 02:38)
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[286] 機動戦艦ナデシコ-Irreplaceable days- 【再構成】 第四話
Name: 小瓜 前を表示する / 次を表示する
Date: 2005/03/06 23:01

人の数だけ想いがあって


想いの数だけ物語がある


だから――――


悲劇だとしても、物語は続いていく




機動戦艦ナデシコ

-Irreplaceable days-






 初めにした事は、筋力・体力をつける事。
 肉体的には幼児期を抜けていないアキトにとって当然の事。
 身体の成長に合わせ、とにかく体力をつける。
 幼い肉体を酷使すれば、将来の身体能力に悪影響が出る。
 だから無理なトレーニングはしない、過度の運動はしない。栄養は十分に補給する。休む時にはしっかり休む。
 様々な制約の中、アキトはひたすらトレーニングを行った。


 次にした事は、痛みを知る事。
 身体がある程度成長した所で、筋力トレーニングと共に格闘技術を覚える。
 素手で戦う事は教えず、銃やナイフ、その場にある物を利用する事を教わる。
 身体の動かし方を覚え、身に受ける痛みを覚え、身体が動く限界を覚える。
 格闘家になるつもりはない、戦える人間になるだけ。
 制約に縛られたまま、アキトは身体を鍛えた。


 銃の撃ち方を教わった。
 人の疑い方を教わった。
 人の欺き方を教わった。
 七年という歳月を長いと思うか短いと感じるかは人それぞれだが、アキトにとってその歳月は、決して短いとは思えなかった。




 ネルガル火星支部にある支部長執務室。
 実質、中小企業ならば社長室に当たるその部屋に、プロスは一人の男を呼び出した。
 ネルガルが自社の要人を護衛する為に設立した秘密警備部、対外的に呼ばれる名はシークレット・サービス。
 現在では本来の要人警護の枠を越え、産業スパイなどの諜報活動や敵会社の要人暗殺、自社の利権の邪魔になる研究所の襲撃にすら用いられるようになった部署の、火星支部における隊長と呼ぶべきポジションに据えられた男が、プロスの前に立っていた。


「……本日『独立義勇軍』が建造中のパラダイス・コロニーの一角で集会を行うと、情報が入ったようですが」

「午後11時に集会を行い、夜明けを待ち在火星大使館の内ニッポン大使館と火星に支部を置くネルガル、及びアスカ・インダストリーの研究所と支部を直接襲撃し、人質を取り地球、及び火星政府に火星独立の交渉を行うという話です。その数、凡そ三十名。既にアスカ・インダストリーのほうにはそちらから連絡をして頂けたという話ですが……?」

「はい。午後十時にパラダイス・コロニー手前二キロにあるフラワーガーデン跡地地下で十五名を待機させるという話です。作戦指揮はこちらで、貴方に一任するという事で決まりました」

「こちらから二十名の人間を派遣するという話ですが」

「それも伝えてあります。後は、こちらの自由です」

「わかりました。……それで、話は?」


 今までの話は全て前振り。
 伊達に十年近く支部長として、部隊の隊長として付き合っていた訳では無いのだ。
 それも判らないような付き合い方をするには、十年近い歳月と、お互いが抱えたネルガルの闇は重すぎた。
 彼の言葉に、プロスは一瞬瞳に憂いを浮かべ問い掛ける。


「今夜、彼を使うと言う事ですが……」

「決定事項です。自分が最良だと思うチーム分けを行った結果、アキトを組み込みました。奴の射撃の腕は中々のもの。加えて身体の小ささがそのまま的の小ささに比例するので今回の作戦にはうってつけです」


 事実、冷たさを持って吐き出されたその発言は、現在のアキトが今回の作戦でどれだけ有用であるかを示すだけ。
 今夜の作戦は建造中のコロニーで行われるという事で、市街戦。
 未だ未完成なビルや地下通路、下水溝が剥き出しの状態である為、そこに逃げ込まれる可能性もある。
 加えて相手はレジスタンス・解放軍を名乗る義憤に猛る者達。
 火星独立・開放を名乗るそういった人間達は、爆弾テロや自爆テロ、ハイジャックなどを『火星の為に』という名目さえあれば躊躇いも無く行える人間達である。
 殲滅戦となるのは自明の理だった。


「ですが……。彼は今日が初めてです。いきなりこういった、凄惨な状況が予想される場所に送り込むのは……」


 プロスが心配するのはアキトの命は元より、心。
 彼を一人前の人間に育てると約束した現在地球に居る友人と、亡くなってしまった友人夫婦に、自分は顔向けできないと思っている。
 アキトが望んだ、だからその手段を、力を与えはしたが、それが間違っているという事を彼は十分理解していた。
 現在のアキトは、両親を殺した犯人・テロリストへの復讐の為に日々を生きていると言ってもいい。
 それに縋り、それだけを日々の糧として現在を生きているアキトに、力を与えられた自分はそれでも、力を与えてはいけなかったのだと理解している。
 だがアキトが唯一縋りついている、生きる為の糧となっている唯一のモノを取り上げるような事が、プロスにはできなかったのだ。


 力を与えられたアキトは、今夜復讐という『人殺し』の現実と直面する。
 自分の復讐する対象がテロリストなどという言葉ではなく、自分と同じ人間である事に突き当たる。
 それを理解した上で彼が人殺しという罪を犯すのか、引き金を引けずに自分が殺されるのかは分からない。
 だがどちらにしても、彼が日の当たる場所で生きていく可能性は今後無くなってしまうだろうとプロスは思っている。


 人を殺したという重圧、罪悪感に囚われ心を病んでしまうかもしれない。
 彼の両親を殺した本当の復讐対象を見つけられていれば、彼が罪を犯す事は無く、自分が罪を被り、彼の復讐を過去の物として終わらせる事が出来たかもしれないが、未だ発見する事が出来ず、結果として現在アキトは罪を犯そうとしている。
 プロスは止めたいが、止めればアキトは自分の存在意義を見失い、死を望むだろう事は明白。
 結局プロスは、アキトの事を心配する事しか出来ずに、そんな自分に呪詛の言葉を吐き出す事しか出来なかった。


「引き金を引けなければ死ぬ。引けば人を殺す事になる。どちらを選ぶもアキト次第です。しかし、あいつの覚悟が並では無い事は貴方も理解していると思います」


 再度となる冷酷な言葉は、そのままプロスを貫く。
 目の前の、隊長と呼ばれる男にアキトを預けたのはプロス。
 今まで訓練の際厳しい指導をし、実戦に出せるまでに成長させたのは間違いなくこの男だった。
 男の言葉は暗にアキトが罪を犯す事を予言し、その手段を与えたのが自分であり、プロスである事を告げていた。
 プロスは彼の言葉を厳重に受け止め、静かに首を振る。


「――――彼の事、お願いします」

「自分も死ぬかもしれませんが、可能な限りは。尤も、あいつには私の全てを叩き込んであります。それに、死ぬには些か若すぎる」


 隊長はそれだけ言うとプロスに背を向け、扉へと歩き出す。
 彼の背中がドアの向こうへ消えたのを確認してから、プロスはアスカの頂点に鎮座する友人への通信を開いた。




 テラ・フォーミングによって火星には大気が満たされたが、その全ては大気に分散するナノマシンによって管理されている。
 大地もそれは同様で、大量のナノマシンが火星の地中深くまで潜り込んでいる。
 宇宙に浮かぶコロニーとは違うこの調節方法により、火星は地球に比べて一年の気温差が低くなっている。
 それは昼間は高い気温で一定となり、夜は低い気温で一定だった。
 とりわけ夜ともなれば、少し厚手のジャケットを上から羽織る程度にまで気温は下がる。
 これは昼間太陽が出ている内に大地がその熱を吸収する事が出来ない為。
 荒れ果てていた大地にナノマシンが浸透したからと言って、すぐにその土が良質の物になる訳では無い。
 地球に比べて熱吸収の悪い火星の大地は、ナノマシンの浸透した今でも砂漠の砂にも近いほど水分量の少ない土だった。


 夜ともなれば水分を大気に吸収され表面の土は砂になってしまうその土の上を、数台の大型車が列を作り走る。
 行く手の先には、未だ建造中のパラダイス・コロニーがあった。


「――――以上、部隊は七班に分かれ行動となる。何か質問は」


 座っている座席の先で、自分の所属する部隊の隊長が通信機越しに現在集まっている男達へ声をかける。
 自分を含め、通信機からも同乗している車内からも何の言葉も出ないのを確認し、アキトは口を開いた。


「隊長――――」

「何だ、アキト。初めての実戦で小便でも漏らしそうか?」


 三十過ぎのニヒルな笑み。
 アキトにこの手の冗談は通じないどころか簡単に無視されてしまう事を知っている癖に、男は思わず言ってしまう。
 それだけ自分がアキトに入れ込んでいるという事なのかもしれないが、今はそれを考えている時では無い。
 先程口を開いたアキトは、やはりどこか呆れた顔をしながら、両手に不釣合いな自動小銃を持ち問い掛ける。


「……俺は隊長の班という事ですが、その意図は?」

「お前だけが初の実戦だから、それだけだ。他のは全員経験がある。何かやらかしても俺の班だったら俺が何とか出来る。そう判断したまでだ」

「了解しました」


 暗にアキトが何か失敗する事を前提にしたと言っているこの班分けに、彼は何も文句を言わず従う。
 アキトは自分でも自分の事をある意味一番の不確定要素であるという事を理解しており、隊長の判断は当然の事であると納得したまでの事。
 別段馬鹿にされた等と考えはしなかった。
 ただ、自分の目的を果たせればいい、アキトにはそれだけしか無かった。


 この場でアキトの存在は一際目を引き、異彩を放っている。
 見た目は未だ小学生、少年と言うにも未だ若い彼が防刃スーツに身を包み防弾ジャケットを羽織り、手には滑り止めのグローブを嵌めスーツの各ポケットに入った弾薬やナイフを確認する姿は、場違いなようで酷く場に馴染んでいた。
 自身の持つ全てを叩き込んだという隊長の言葉も誇張では無く、準備に余念が無いその姿は一兵士としては十分なもの。
 だた一つ、彼に欠けている物は、様々な意味での経験だけだった。


「後五分でポイントに到着する。各自装備の確認を怠るな。車から降りたらすぐ振り分けられた地点に移動、合図あるまで待機」

『了解』


 最終確認に返事を返し、集められた男達は各々の準備に取り掛かる。
 分隊は四人編成、残りの人員は車両管理を行い、パラダイス・コロニー進入後物陰に車を隠し別命あるまで待機。
 作戦終了時、もしくは市街戦で何かがあれば車両を回し退避行動の手助けをする。
 段取りはコロニー自体の設計図を用いり行われ、開発途中の区画まで入念に調べ上げられている。
 この一連の作業はアキトの手により行われていた。


 現行で地球に存在する完全に管理された成功例以外のIFS強化体質者、Type-Αという記録上『存在するが、存在しない』テストタイプ。
 成功の礎の中で尤も多くの有用データを提供したモルモット、テンカワ・アキト。
 地球で誕生したIFS強化体質者と比べれば劣る性能ではあるが、通常の人間と比べれば圧倒的に勝る性能。
 間違い無くIFS強化体質者誕生に多大な貢献をして見せた彼の性能は、完成形が誕生してしまえば不要となってしまう程度のものだった。


 だがそれでもその性能が通常の人間に劣っている訳では無い。
 科学者からすれば不要となったモルモット、だが今利用できるIFS強化体質者はアキト唯一人。
 成長・教育中である他のIFS強化体質者が使えない今、アキトは実用面でネルガルに多大な貢献をしている。
 ネットワークを駆使し情報を洗い出し、セキュリティを突破して情報を掠め取る。
 それなりに技術も知識も必要なこの作業は、アキトにしかこなせない作業だった。
 今回の『独立義勇軍集結』の情報も、パラダイス・コロニーの完成図や見取り図、現在の完成区画や建造中の区画の詳細な地図もアキトが全て揃えたもの。
 他のIFS強化体質者が未だ成長中である現在、アキトはネルガルが抱える情報戦最強の武器であり、同時に最悪の爆弾でもあった。




 分隊の集合地点に到達し、アキトは他の三人に目を走らせる。
 一番最後に到着したアキトを待っていたのは、三人の無機質な視線だった。
 自然な動作で手を肩からかけた自動小銃に当て、静かに頷く。
 それを見て、他の二人も静かに頷くと、頭につけていたゴーグルを目元に下げ、先頭に立つ男へ視線を送った。


 初の実戦、初の戦闘、初の経験。
 嫌が応にも鼓動が高まり、緊張と恐怖がアキトの身体を襲う。
 走った所為だけではない喉の乾きを覚え、全身が寒さとは違う震えで支配される。
 自分は死ぬかもしれないというネガティブな想像が頭を駆け巡るが、一瞬でそれを振り払う。

 自分が今までしてきた事は何なのか。
 自分が今まで生きてきた理由は。
 自分が今からしようとしている事は何か。
 自分が何をされたのか。

 緊張は一瞬で解け、恐怖心も膨れ上がった黒い炎に掻き消される。
 これから敵と遭遇、殲滅、全滅させる。
 今一度自分のすべき事を確認したアキトは、暗い光を纏った瞳のまま、先頭に立つ隊長の横顔を睨みつけた。
 耳につけたマイクを確認するように手を動かし、隊長はマイクに囁きかける。


「――――作戦開始」


 各ポイントから踊り出た兵士達が、一斉に建造中の地下道入り口へと駆け出した。




 入り口に立っていた見張りを他の人間が殺したのを見て、アキトは一瞬で現実感を喪失した。
 そんな時でも身体は勝手に動き、自分より足が速い隊員に付いて行く自分に無意識な苦笑を零す。
 生々しく目の前で血を撒き散らしながら肉とタンパク質の塊に成り果てる人間を見て、これが自分と同じモノなのかと思う。
 目前を駆ける隊員達はやはり手馴れたもので、なるべく音を立てないように人を殺し、その後も何の動揺も無く駆けていく。
 人間と遭遇すれば殺す。
 まるで機械仕掛けの人形のような無機質さを感じさせる彼らに、自分も同じようなものかと思った。


 部隊はやがて最大の山場、独立義勇軍の集結ポイントを目前に足を止め物陰に身を潜める。
 未だ建造中の地下道には作業に使用する重機や資材が多く置いてあり、幸いにも身を隠す場所には困らなかった。
 一旦動きを止めた隊員達は、それぞれレシーバーで連絡を取り合う。


「こちらアルファーワン。チャーリー、フォックス、そちらはどうだ」

『こちらチャーリーワン。侵入の際見張りとおぼしき者二名を排除、その後遭遇した一名を射殺しました。その後予定通りフォックス分隊と合流。現在は作戦ポイント手前で指示待ちです』

「了解。エリー、ジョージ、そちらは?」

『こちらエリーワン。侵入途中に障害は無し。こちらも合図待ちです』

「了解。ブラボー、デルタ」

『こちらブラボーワン。障害と接触、怪我人一名発生。作戦に支障が無いようなので止血のみ行いました。障害は三名、既に排除済みです。現在こちらも合図待ち』

「了解。怪我したグズのケツに火をつけて煽ってやれ」

『了解』


 通路の先からは大きな、罵声にも似た叫び声が響いてくるが、そんな中でも男達は冷静に会話を重ねる。
 目前でニヒルな笑みを浮かべた隊長に、人を殺しておいてよく笑えるとアキトは関心していた。
 人間を障害と呼び、殺人を排除を呼ぶ目の前の男達を異常だと思いながら、段々と違和感を感じなくなってきた自分に違和感を覚える。
 昨日までは唯訓練を行っていただけ、だがこれからは実際にそれを使用する機会が与えられていく。
 それを理解しながら、それが求めていた事なのだと思いながら、それを当たり前の事だと考えるようになるのは嫌だった。
 目の前で会話を続ける隊長は、不意にアキトへと視線を向ける。


「アルファーフォー。これからが本番だ」

「――――はい」

「今までは指示通りの行動だったが、ここからは各自の判断が大きく左右する。そこでお前がどう動こうが勝手だが、部隊にだけは迷惑をかけるな」

「了解」

「お前が引き金を引けば人が死ぬ。引き金を引かなければお前が死ぬ。それを身体で今日、理解しろ」

「了解」


 記号で呼ばれ、アキトは返事を返す。
 現在自分は記号の一つでしかない、分隊を構成するただの一でしかない。
 それを理解すると、後は簡単。
 分隊に追従し、作戦通り事が運ぶよう動くだけ。
 今一度それを確認して返事を返すと、隊長が再び通信を開いた。


「二十秒後にこちらで口火を切る。後は各自の判断で動け。死ぬのは勝手だが、その時は一人で死ね」

『了解』


 何とも辛辣な言い方だが、死なせない為に炊きつけようという意図が透けて見えるその言葉に思わず苦笑する。
 隊長が手信号で合図を送ると、アキトと隊長を含めた四人は移動を開始した。
 頭の中で数を数えつつ音を出さないよう注意し通路を走る。
 通路の先の声は次第に大きくなり、会話の内容も全て把握できるぐらいの距離まで接近した時は残り五秒。
 四秒、三秒と短くなるカウントの中、隊長が腰からスタングレネードを取り出すのをゴーグル越しに確認しながら、アキトは引き金に指をかける。
 隊長がそれを集団の中心に投げつけ、床に落ちた衝撃で網膜を焼く閃光を発し鼓膜を破る衝撃音を出した時、カウントがゼロを数えた。




 状況は一方的、情報を事前に得ていたネルガル側と、何も知らない独立義勇軍側の差を大きく見せつける結果となった。
 視界を潰され、三半規管の麻痺した身体で襲い掛かる敵と対峙しようとした義勇軍の兵士も、その圧倒的不利な状況に成す術無く全身に弾痕を刻み崩れ落ちる。
 先陣を切る形で引き金を引いた分隊の中でアキトは、自分の砲火に倒れていく人間を見ていた。
 指一本で引いた引き金によって銃身から小さな鉛弾が射出される。たった一回の動作で人間が複数、血を撒き散らし倒れていく。
 弾痕を刻んでいくその姿は、まるでリズム感とセンスの無い人間が踊るダンスのようだった。




 アキトは初め発砲せずに隊長に追従していただけで、人を殺す事に躊躇いや戸惑いが無かった訳では無い。
 いくら心の中で覚悟を決めていようとも、いざ現実に人を殺すという段階に至った際、アキトにはやはり躊躇があった。
 だが集団の奥に居た人間から血涙を流しながら銃口を向けられた時、例えようも無い恐怖心が心を捉え、身体を捕えた。
 彼の向ける憎悪を含む鋭い視線に恐れを感じ、自らに向く銃口から出る鉛弾の生む自分の死という結果に、どうしようも無く身を強張らせた。


 だからここへ来て、アキトは両親を、彼らの笑顔を思い出す。
 その瞬間恐れは憎悪に変わり、震えた身体は訓練よりも機敏に動いた。
 その場から身体を横に倒しながら真横に跳躍し、小銃の引き金を引く。
 途端バラバラと銃口から弾が発射、自分に憎しみをぶつけて来た人間は身体を揺らしながら他の人間も巻き込み倒れ込む。
 その後もアキトは引き金を引き絞り、目前で自分に憎悪を向けてくる人間に向かって、鉛弾を吐き出し続けた。


 その彼を他の部隊の人間が援護し、次第に動く人間は減少。
 とうとう最後には独立義勇軍と名のつくモノに所属していた人間は、一人も居なくなった。




 面倒な後処理、事件の現場となった区画一帯を吹き飛ばす程の爆薬を設置してからその場を退避した一行は、作戦終了の号令と共に結果を知らされる。


「作戦は成功。犠牲者は軽症者四名、重症七名、死亡者三名。ブラボーワン、何か言い訳があるか?」

「自分の……見通しの……甘さ……配置ミス……」

「結構。お前も死んだらブラボーは全滅だ、良かったな」


 どう軽く見積もっても死は免れないだろう傷を全身に負ったブラボーワンが、擦れた声で返事を返す。
 最初のフラッシュグレネードで三半規管と視界をやられたとは言え、小銃を下げた人間が予想以上に多かったのが今回の結果を生んだ原因だったのだろう。
 手元にある引き金を引けば、目を瞑っていても弾は発射される。
 引き金を引いたままそれを闇雲に振り回せば、誰かには当たるだろう。
 その誰かが目の前のブラボーワンであり、他の負傷者であり、アキトでもあった。
 気付けば左肩と左ふくらはぎ、右わき腹に合計三発の鉛弾を喰らっていたアキトは、ブラボーワンと同じく包帯で止血され、栄養剤と増血剤の点滴を受けながら意識を保ち隊長を見つめていた。
 幸い弾を全て貫通していたようで、傷口の縫合さえすれば除去手術等手間のかかる手術を行う必要がなさそうだった。
 だがブラボーワンは腹部に大きな傷を負い、傷ついた内臓が飛び出す寸前。
 病院につくまで間に合うとは思えず、また病院についてもどうにかなるとは思えなかった。
 意識をギリギリの所で保つブラボーワンが、擦れた声を血と共に吐き出す。


「隊長……ら……に……」

「分かった。何か言い残す事はあるか? 遣り残した事は多そうだがな」


 死に直面した隊員に憎らしげな厭味を放った隊長だが、その顔は無機質なもので、ホルスターから静かに拳銃を取り出すとコッキングする。
 自分に向けられた銃口の奥にある隊長の顔に、ブラボーワンは苦しそうに苦笑を浮かべてからゆっくり首を傾ける。


「ア……アキ……ト」


 苦しげに、呻くようにアキトの名を吐き出すブラボーワンに、アキトは視線を向ける。
 彼とアキトは訓練時以外の接点も無く、別に思い入れるがあるような間柄でも無く、今回の作戦で偶然一緒になっただけの関係である。
 だがアキトには思う所が無くとも、ブラボーワンには何か思う所があったのかもしれない。
 こうなってしまった現状では何も分かりはしないが、アキトは静かに彼の声に耳を傾ける。


「アキ……ツライ……これ……現実……けれ……生きて……死ぬ……な……」


 分断された言葉は、一つ一つが重みを持ち、意味を正確に伝える。
 アキトも、それ以外の見守る隊員も静かに彼の言葉を受け止めた。


「了……解」


 声を出すのも億劫な状態だが、返事を返すアキト。
 彼の言葉を聞いたブラボーワンは苦しげに笑みを浮かべてから、隊長へ視線を向けた。


「部屋……棚に……ウィ、スキー……飲ん……さい……」

「あぁ。今夜にでも飲んでやる」


 もう既に言葉を理解できない程意識が朦朧としているはずのブワボーワンは、それでも苦笑を浮かべる。
 そのままゆっくり頷くと、静かに瞳を閉じた。
 彼の眉間に銃口を向け、隊長である男は静かに構える。
 横で銃口の先を見つめるアキトの視線を感じながら、静かに引き金を引く。




 シークレット・サービスを乗せた車の集団は、ネオンの灯るユートピア・コロニーへと到着した。




 その日見た夢は、過去の夢だった。
 父がいて、母がいて、自分がいる。
 父はリビングでコーヒーを飲みながら雑誌を読み、時折ゲームで遊んでいる自分にアドバイスを送る。
 母は洗濯物を畳み、シャツにアイロンをかけながらゲームで遊ぶ自分に困った顔でゲームを終えるように言いながら、アドバイスする父を注意する。
 母の注意に苦笑いを返した父も、自分にゲームを終えるよう進言。
 渋々ゲームのスイッチを切ろうとすると、玄関からチャイムの音が響いてくる。
 相手は隣のユリカか、父の友人の娘であるカグヤか。
 どちらにしても遊ぶ事には違いないので、アキトはそそくさと電源を切り、玄関へと駆け出した。
 母が背後から気をつけるのよと声をかける。
 父が遠くで暗くなる前に帰ってこいよと告げる。
 自分はわかったー、と返事を返し、玄関のドアを大きく開ける――――。


 現実に戻ると、幸せな過去を思い出させる。
 今のアキトにとって、その夢は極上の悪夢だった。








 初の実戦後怪我の療養で入院したアキトだが、やはりナノマシンのお陰が通常の何倍も早く傷は回復した。
 栄養さえあれば際限無く傷を修復するナノマシン。
 三年間成長を止められた事で自分の体内に潜むこの寄生虫を恨んだ事もあるが、現在では感謝もしている。
 今までの人には出来ない能力を得る事が出来た、怪我の治りが単純に人よりも早い。
 数あるデメリットがネックではあったが、それでもアキトにとってこのナノマシンは有用である事には間違いなかった。
 だがそんなナノマシンも心・精神にまで作用する事は無い。




 実戦を経験したアキトは部隊内でも能力を評価され、様々な作戦へと投入される事となった。
 時には単純にIFSを利用してビルの封鎖を行い、時にはその外見を生かし孤児を装い外敵である勢力の内部に潜り込み、情報を盗み出す。
 作戦を遂行する為に人を欺き、裏切り、時には殺す事も少なくは無い。
 人を騙した回数は二桁に至り、殺した人数はそれを超え両手足の指を合わせても数え切れなくなっていた。
 そんな仕事をした後には決まってあの悪夢を見て、幸せだった過去が無理矢理思い出され、現実とのギャップ、平然と嘘をつく自分、人の血を浴びた傷だらけの体、人を殺した罪悪感が一気に押し寄せる。


 仕方が無いしょうがないで済ませる事が出来ず、自分が選んだ道の結果である事を痛い程理解し、復讐の為に人を殺す事を容認しながら、他人の命を摘み取る事が悪であり許されない事である事を知り、自分が生きている事でさえ跳梁跋扈するのと同じだと卑下する。
 自分が抱える罪悪感を一時でも払拭しようと勉強に没頭し、モルモットと化しIFS強化体質としてでは無く未知のナノマシン被験者としてのデータを提供し、再び部隊に召集されるまで訓練を重ね、その成果を部隊の仕事、人殺しの為に奮う。
 その繰り返しにより歪んでいた精神は更に歪みを深め、修復不能な傷を多く作りながら、ゆっくりと歪んだまま成長していく。


 初めて人を殺してから二年。アキトは一度も両親の墓前に姿を現す事が出来なかった。




 アキトが人殺しとなってから、プロスは仕事以外ではアキトと一切の接触を絶っていた。
 罪を背負ったアキトを見るのが辛い。
 そういった理由も確かにあったが、そればかりでは無い。
 地球に行き情報を長い間探っていたオニキリマル氏及びアスカ社が一つの突破口を見つけた時期が、丁度アキトの初実戦の時期と重なってしまったという理由があった。
 それから時間がかかりはしたが突破口はこじ開けられ、不透明な所は多々あれど、今までに無い情報がプロスの手に入った。
 だがそれを手にした時既にアキトは手を血で濡らし、二年という年月が経っていた。


 自分の元にメールと共に送られたデータを眺めていると、プロスは身体が揺れるほどの眩暈を覚える。
 アキトが訓練を重ね、人殺しと貸したこの九年間が、自分達が積み重ねた年月が、まるで悪い夢ではないかと思えてならない。
 つい先日自分達が長年積み重ねてきた末に到達した答えが、より正確な精度を持って送られてきたのだ。
 何の事は無い。
 自分達が探していた答えを、問題を作り上げた本人がまるで答え合わせのように自分達に教えただけの事だ。
 だがその答えを簡単に受け止めるには、労力も時間も費やしすぎていた。


 何と滑稽で愚かしい事か。
 怒りを通り越して笑いたくなってくる。
 自分の苦労は、オニキリマルの苦労は、何よりもアキトの苦労と犠牲、闇に身を賭した人生は何なのかと問い掛けてやりたい。
 頭を混乱と怒りと悲しみに支配され、執務室の備品を全て壊して暴れ、強化ガラスに椅子を投げ飛ばし叩き割った所で、プロスは荒れた息を整えもせず内線の受話器を取る。
 受話器の向こうで電話を取った男に対し、プロスは荒れた息で悲鳴のように喚いた。


「アキト君をすぐに部屋に連れて来てくださいっ! 早くっ!」


 叫んだ後は乱暴に受話器を叩きつけ、内線を切る。
 机の上には煌々と無線式PCのディスプレイが灯かりを灯していた。
 その画面を確認し、次の瞬間には傍らに置いてある花瓶を手に持ちディスプレイに叩きつける。




 問題の解答と緊急重役会議への召集、現ネルガル会長が意識不明状態にある事を告げるメールの文章がプツリと消えた。


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