シャロン・ウィードリンはクリムゾン姓を名乗れないことについて、挨拶されるのも紹介されるのも常に最後という社交界での扱いも含めて、特に不満はない。
格式ばった座敷では、常に下座に案内される。しかし不満はない。
彼女はそのような虚飾よりも、実を優先する。
父親の愛情は最初から期待していない。父と母の関係はいわゆる一夜の過ちであり、愛故の結合ではない。だから不満はない。
現会長である祖父は孫であるシャロンを可愛がっているが、祖父以外の親族はシャロンに辛辣だ。
祖父は遺言でシャロンへの遺産配分を指示するだろうが、それはおそらく無視される。それにも不満はない。
金は自分で稼げば済むことだ。彼女の才覚をもってすれば、造作もない。
だが虚仮にされるのは我慢ならない。
クリムゾン一族内では、シャロンの身分は下の下である。
愛人の子である、というのはそれほどに不利だった。
愛人の子だ、とことあるごとに囁かれる陰口に長らく耐え続けていたが、それにしても限度というものがある。
礼儀作法に間違いがあれば庶民の出であることを蔑まれ、完璧にこなせば「庶民のくせに上流階級の真似事をして」とまたも嘲笑される。
何をしてもどうやっても、クリムゾンの一族は彼女の誇りを踏みにじる。
そもそも一族がそうやってふんぞり返っていられるのは、この激動の時代の渦中で希代の才女であるシャロンがクリムゾンを切り回しているおかげだというのに、そのことを感謝している様子もない。
もちろん、クリムゾン支配人というのは彼女が望んで得た職で、報酬もちゃんと受け取っている。それで満足すべきだというのならそれはそうだ。
とはいえ、敬意を払ってもらいたいというのはそれとは別の欲求だ。彼女は自らの能力に自負を抱いており、客観的に見ても尊敬を得てしかるべき功績がある。
正攻法でそれが得られないと彼女が見切りをつけたのは、何年前だったか。
功績で認めさせることができないのならば、強引にやってやるまで。
ざっと計画を立て、即座に行動に移した。
貯金はだいぶ貯まっているが、それでは足りない。
まずは投資銀行に分散させていた資産をメインバンクに全て集めた。クリムゾンでの給料と金利、購入した証券の時価総額はちょっとした財産である。一等地にマンションを立てるくらいは余裕だろう。
庶民は10回くらい人生をやり直さないと手に入らない額だ。
はっきり言おう。はした金である。
彼女はその何十倍もの額を、一声で動かせる役職についている。そして彼女の目的は、そんな役職を持つ企業の真の支配者になることだ。
金が全く足らない。
とりあえず集められるだけの資金を集めようと、家を引っ掻き回して家計簿から記載が漏れていた証券を探し出した。
生命保険、自動車保険、火災保険等々、各種保険も解約してキャッシュは微増した。
さて、これでようやくクリムゾンを買収するために必要な金額のまぁだいたい10のマイナス17乗程度は集まった。
全然足りない。
わかりきっていたことだ。国家予算にも匹敵する利益を毎年のように稼ぐクリムゾンほどの巨大コングロマリットに、一個人が太刀打ちできようはずもない。
ふと、かつて白鯨に挑んだという愚かな船長の逸話を思い出した。
あの船長は、本当に白鯨に殺せると信じていたのか。それとも、片足を奪われた憎悪の一心だけで、初めから勝算など考えなかったのか。
彼と同じ轍は踏むまい。
冷静になって考えてみると、やはりクリムゾンに挑むのは不可能ごとに思えてならない。
ただ単に打倒クリムゾンを実現するだけなら、いろいろと手法はないでもない。
一番手っ取り早いのは、ネルガルに就職することだ。シャロンの経歴と能力を考えれば、平から地道に出世するのではなく、最低でも部長クラスへ抜擢されるのは間違いない。
実を言うとネルガルからヘッドハンティングの誘いは何度か来ているのだ。一番最近の勧誘条件は、役員待遇及び株券の優遇購入権、及び週休四日で3年契約だった。
即決で断った。
勘違いして欲しくないので断っておくと、シャロンは別にクリムゾンが嫌いなわけではないのだ。
アレとはいえ妹はやっぱり可愛いし、祖父のことも好きだ。もし痴呆が進んだら下の世話くらいしてもいい、とすら思っている。医学が進んだこの現代に痴呆症というのは滅多に無いが、まぁ心構えはできている。
だからクリムゾンの打倒が目的というわけではなく、あくまでシャロン個人がクリムゾンを掌中に収めるのが目的なのである。
塾考した上で出た結論。
極めて危険だが、方法は一つ。レバレッジ率をできる限りあげて取引するのだ。できれば5000倍以上。
価格1000の商品を取引するのに、馬鹿正直に通貨1000を用意する必要はない。
商品を勝ってから売るまでの時間差でも、価格は変動する。勝ったときに価格1000だった商品が、売るときに1001になっていたとすれば、売買の結果として1の差益がでる。
逆に、売る時に999になっていたら、差損が1となって損害になる。
だから簡単に言えば、手元に最低でも通貨1を用意して損害に備えられるのならば、この取引に参加できるということになる。
手元に1の通貨を元本として価格1000の商品の売買に介入するのなら、この場合レバレッジ率は1000倍だ。
もし価格が0.1%下がれば手元の通貨1を失うが、逆に価格が上がれば上がった分だけ利益となり、もし10%の値上がりがあれば、通貨1を元手にして100の利益が出る。
夢のような話に聞こえるかもしれないが、言うまでも無く高リスクだ。手元の通貨が1の状態で価格1000の取引に介入し、価格が1%下がったとしよう。となれば差損は10になり、手元の通貨1では損害を埋められない。破産だ。
また、事はそれだけに留まらず、取引相手にも迷惑がかかる。
そんな事態に備えて、取引相手に対してその損害を補填する保証金、もしくは仲介業者が必要だ。
シャロンに保証金を用意する余裕はない。
仲介業者はせいぜいが500倍までの保障しかしないし、倍率が上がるにつれて業者の素性も怪しくなっていく。800倍ともなれば、マフィアやヤクザがマネーロンダリングに使っている業者しかいない。
シャロンが必要なのは500倍どころではない。
そんな低倍率では、クリムゾンを買収するのに何十年かかるかわかったものではない。
必要なのは5000倍なのだ。
5000倍を受けてくれる業者を探し、シャロンはとある富豪に行き着いた。
化石燃料の売買で財を成したとある王族の子孫である彼は、いわゆるヒヒ爺だった。女好きが高じて前時代的な後宮を持っているという噂があり、なんとそこには宦官もいるという。
この男と契約した。
もしシャロンが損害を補填できないような差損をだしてしまった場合は、彼女自身が担保となる。
15年契約。女の盛りの年代を、彼の下で過ごす。容色が衰えれば、退職金も何も無く放り出される。
契約文書には服装や言葉遣いなどまで、細かく規定されていた。
準備を整えた彼女は、自作の関数を使ってゴールドの相場の底値を誤差0.0001%で的中させ、そこに全財産をつぎ込んだ。
まさに神懸りだ。1%の誤差があっても的中させられれば神として崇め奉られるこの業界で0.0001%の誤差で底値を当てるというのは、尋常ではない。
シャロンにも二度は無理だ。
そして、人生においてたった一度きりであろうこの幸運を最重要局面で発揮できるのが、シャロンという女の強さだった。
予測通り、火星の後継者によるクーデター以降、ゴールド市場は右肩上がりに空前の勢いで上昇を続けている。
稼いだ利益を決済せずに含み益とし、それを保証金としてさらに5000倍のレバレッジをかけ、2階建て、3階建ての信用を積みましていく。通常であれば破産一直線の危険なやり方だが、彼女はこれを5階建てまで積み上げ、揺るがせない。
エリナも馬鹿な女だ。経済紙の「超巨大複合企業を動かす美女特集」で割かれていたページ数で負けたなんて理由で(シャロン20ページで写真8枚、エリナ15ページで写真3枚)対抗意識を燃やして・・・ちょっと弱みを見せれば即座に突っ込んでくる。
エリナが仕掛けた売り攻勢のおかげでクリムゾン株は大幅に値を下げた。株式市場からは投資資金が逃げ、ゴールドの先物市場はさらに高騰し、相乗効果でシャロンはクリムゾンの買収資金を当初の予定よりも大幅に増加させることができた。目標だった拒否権だけではなく、議決権にも手が届きそうだ。
5000倍のレバレッジに後押しされ、今、彼女はようやくクリムゾンを掌中に収めんとしていた。
イネスに会いにきたエリナへ、開口一番。
「あら、あなた忙しいんじゃなかったの?」
エリナが訪ねたのは、月面に新たに発見された古代遺跡発掘現場である。
現場に立ち並ぶのは、ボーリング機、削岩機、土砂運び用車両、エステバリス土木フレーム。月の重力では舞い上がった土埃が落ちるまでに時間がかかるので、それを吹き飛ばすためのエアホースもある。
イネスが陣頭指揮をとり、土木フレームのエステバリスがボーリング機を設置、当たりと見れば削岩機が唸りを上げて掘り返す。空気がないから音は聞こえないが。
簡易組み立て型の現場作業用仮設事務所で、メガネをかけたイネスがコーヒー片手に書類を読んでいた。
土砂をいっぱいに積み込んだ車が、事務所の隣を走っていった。仮設とはいえ真空にも耐える設計なので、振動も極小さい。
遺跡発掘というよりもどこかの建設現場のようだ。
月の遺跡というからにはおそらく古代火星人がらみなのだろうし、どうせディストーションフィールドなりその他の超高等技術で保護されているだろうから、多少乱暴に扱っても大丈夫という判断なのかもしれないが、イネスにしては粗雑な感じがする。
彼女はあれでも繊細で、ナデシコ乗船時代は医務室で悩み相談を受け付けていたことからも分かるとおり、細やかな気遣いのある女なのだ。
こんなやり方はなんとも似つかわしくない。
何を焦っているのだろうか。隠し事でもあるのか。怪しい。
この遺跡の情報をもたらしたのが、大豪寺凱だというのも気にかかる。
大豪寺凱。彼が何者かは、エリナには知らされていない。
イネスは最初に彼を尋問したメンバーの一人だ。月臣、ゴートの護衛をつけて、イネスは大豪寺凱を、文字通り体の隅から隅までレントゲンに脳波、血液その他体組織、果ては衣服にいたるまでの全ての標本を採取して検査したという。
本人への尋問も彼女が担当し、全ての記録は最重要機密として多重暗号化され、閲覧権限は会長のみが持っている。
「三日前に会った時は、シャロン・ウィードリンにやられたって倒れた後、血相を変えて大騒ぎしてたじゃない。こんなところで油を売っていていいのかしら?」
最も記憶に新しい、エリナの失態。エリナ2x年の人生で初めて気絶したのである。介抱したのはイネスだったので、誤魔化しようもない。
話題をそらそうと、エリナは早口で言った。
「ああ、あれね。あれは片付いたわ。ニュースでも大騒ぎになってたのに、なんで知らないのよ?」
「仕事してたから、そんな暇なかったわ。この作業事務所も外部の放送受信装置はつけてないから、世間からは隔離状態ね」
シャロンに対してライバル意識むき出しのエリナをよく知っているイネスは、あっさりとしたエリナの口調に違和感を覚えた。
シャロンを打ち負かしたというのなら、もっと喜んで自慢そうにするはずだ。逆にクリムゾンへの侵攻を諦めたというのなら、ここへ顔を出すこと自体がおかしい。どこかのバーでアカツキにつき合わせて自棄酒でもやっているところだろう。
まるで他人事のように言う彼女の態度からは、結末を窺い知ることはできなかった。
「それで?結局勝てたんでしょうね?忙しい私に市場分析ツールの開発までさせておいて、これで負けたなんて承知できないわ」
イネスが挑発気味にエリナに笑いかけるが、返ってきたのは「それが・・・」という弱気な声だった。
椅子に腰掛けなおし、メガネを外して机の上に置いた。
あらまぁ、負けちゃったの。そうやってしおらしくしてれば可愛いじゃない。
「じゃぁ潔く負けを認めたってことなのね。まぁいいんじゃない。利益が出ているうちに撤退するっていうのは正解よね。軍事作戦でも、勝って撤退するのが理想だってルリちゃんが言ってたわ」
下手な慰めだ。当初の目標を完遂できなかった以上、利益が出ようが負けは負けなのに。
エリナは首を振り、イネスの向かいの椅子に座った。差し出されたコーヒーを手に取る。
「そうじゃないのよ。勝つには勝ったんだけど、勝ったのは私じゃないっていうか、あれを勝ちと言っていいのかどうか・・・、本当にニュース見てないの?」
思わずエリナは問いかけた。エリナをからかうためにわざと知らないフリをしているのではないかと疑ったのだ。
「嘘つき呼ばわりとは失礼ね。本当に見てないわよ」
「ごめんなさい。じゃ、見ましょう。この部屋ってテレビないのね。携帯画面で小さいけど、私ので・・・」
エリナが胸元から取り出した個人用情報端末がピっと電子音を鳴らし、空中にスクリーンを描き出す。
地球のように電波反射をしてくれる大気圏がない月面では、放送電波を捉えるのはひどく難しい。音声は明瞭だが、映像はたまにノイズが乗ってくる。
画面に大映しになったのは、「アカツキ損師の野望!」なるコピーだった。
「アカツキ損師の市場破壊工作によるネルガルへの信用指数上昇について、本日は・・・」
何か聞き捨てられないことを言っている。市場破壊工作で信用が上昇?
「損師ってどういうことよ?」
「そこらは今から話すわよ・・・30時間くらい前なんだけど・・・」
背もたれがギシリと軋んだ。
エリナが気絶していたのは、たぶん一秒か二秒のことだっただろう。少なくともエリナには、それくらいに感じた。目の前が暗くなってから、再び明るくなるまで一瞬だったと記憶している。
だが実際にはそうでもなかったらしい。
目を開けると、いつもの白衣姿に救急箱を持ったイネスがエリナの手首を握り、ナース姿のホシノルリがイネスの背後に控えていた。カーディガンを着ているのが高ポイント。
髪を短くまとめずに垂らしているのがナースとしては完璧ではないが、コスプレの完成度よりは見た目を優先したのだろうか。
率直に言ってとても可愛らしい。電子の妖精がどうのこうの、と持てはやす馬鹿どもの気持ちも多少は分かる。
「あんたって昔っからコスプレ大好きよね・・・」
エリナがぼそりと呟くと、ルリは無表情のまま頬を薄く染めた。恥ずかしいならやらなければいいのに。
握っていた手首を離したイネスは、今度はエリナのまぶたを押さえて眼球にライトを当てる。
「脈拍正常、血圧正常、瞳孔反応正常。本当に単なる気絶ね。精神的なショックで気絶するなんて、話には聞いてたけど実際に診たのは初めてよ。どんな気分?」
「そうね・・・貧血で気分が悪くなったような、だいたい2日目の寝起きくらいの感じかしら。いえ、こんな暢気にしてる場合じゃなかったわ。シャロンをどうにかしないと!」
くわっと目を見開いたエリナは、横たわっていた寝台から腹筋を活用して一気に起き上がり、備え付けの端末に駆け寄っていった。
急激な運動をしても立ちくらみも何もないようだし、どうやら体調は万全のようだ。
「そう。まぁ大丈夫そうね。疲労気味みたいだから栄養剤を打っておいたわ。他の処置はしてないから、問題があれば呼び出してちょうだい。私もちょっと忙しいのよ。それじゃ」
おそらく聞いてはいないだろうが、イネスはエリナに声をかけ、部屋を出て行った。
見送ったナース・ルリはエリナの上着の裾を控えめに引っ張った。
「エリナさん、診てもらったんですから、お礼くらい言っておいたほうがいいんじゃないですか?」
「後で言うわ。今は時間が惜しいの」
「はぁ」
髪を振り乱したエリナが鬼のような形相で端末を操作しているのを、ルリがじっと見守っていた。
ここで一言、ルリの感想。
ああはなるまい・・・。
そろそろじっと立っているのが辛くなってきました、というところで、エリナが顔を天を仰ぎどすん、と背もたれに背中を預けた。肩から脱力し、両腕をだらりと落とした。
1ラウンド3分の12ラウンドをフルにこなしたボクサーのような有様だ。
おしぼりを渡そうかどうか迷ったが、化粧の濃い顔を見てやめておいた。これで顔を拭いたら大変なことになってしまう。
「どうしたんです?」
「ダメだわ。無理。会長の言ったとおり、あっちのほうが頭がよくて用意周到だったわ。私のクリムゾンへの売り浴びせは、シャロンに何の痛痒も与えてない。むしろ、彼女のクリムゾン買収への助勢になってしまっている」
エリナの策略がクリムゾン株の値下げを誘発し、値下がった株は、ゴールド市場で得た資金で市場の名目価格よりも大幅な安値でシャロンが買い取った。傍目にはクリムゾン株の値はほとんど動いていないが、その内実ではシャロンが取得した株は既に全発行分の30%に迫ろうとしている。
「これ以上手を出しても無意味だわ。クリムゾンの株を買い支えるシャロンの資金は膨大よ。ネルガルが利益を出しても、それ以上にシャロンが儲かることになる。私は利用されたんだわ」
嘆くエリナだが、局面はエリナ一人におさまる範疇を超えてしまっているのだ。
単にネルガルとクリムゾンが単純に対決するという構図なら、問題はなかった。勝敗の影響は当事者のみに限定され、巻き込まれるようなマヌケは出なかっただろう。
だがエリナがクリムゾンとの勝負の舞台に選んだのは、世界の経済市場だ。戦場を駆けるのはネルガルとクリムゾンの2社のみにあらず。
「撤退は承服できないね!」
空圧式のドアが開ききるのを待たず、アカツキはドアを強引に押し開きながら部屋に入ってきた。
肩を上下させ、息切れしている。大急ぎでやってきたようだ。
「ルリ君、ちょっと僕の通話記録を再生してくれないかな?」
前置き抜きでルリに頼んだ。キザ紳士を気取るアカツキが単刀直入な物言いをするのは珍しい。普段だったらナース姿のルリをみて「3年後が楽しみだね」くらいは言ってもおかしくはない。
それだけ切羽詰っているということだ。
「わかりました」
ルリが空に手をひらめかせると、壁面スクリーンに通話ログの概略が表示された。同時に音声が次々と再生されていく。
「今回のやり方はちょっと強引すぎないかね?」
「どこの誰とは言わんが、いくらライバル企業のトップが自分より若くて美人だからと言って、あんな風に露骨にやることはないだろう。いや、君のところのエリナ君がどうとは言わんよ」
「もみ消すにしても、もっとうまくやりなさい。火消しはできているが、煙は消えていないぞ」
「これだけ派手にやっておいてクリムゾン買収が成功しないのなら、君んところの信頼は地に落ちるぞ」
延々と続く鬱陶しい小言の嵐。
既にネルガルによるクリムゾンへの侵攻は経済界の裏では公然の事実として囁かれており、証拠は残っていないがクリムゾンの経営悪化の噂もエリナが出所ではないかと疑われている。
この状態でネルガルが手を引けば、クリムゾンの強固な防衛にネルガルが屈服したとみなされる。ネルガルの権威は失墜し、クリムゾンは信頼を得るだろう。手段を選ばないネルガルの買収工作に耐えきったクリムゾン。その影響は陰に陽にネルガルを蝕むことになる。
「もういいよ。止めてくれ。ちょっと経済連合団のお偉方に話を聞いてみたんだけどね・・・。みんな今回の騒動がネルガル発だって気づいてたよ」
経済界の重鎮たちは、物理的財産の規模こそネルガルに及ばないが、100年200年と営まれてきた経営の中で、軍にも政治にも教育にも医療にも、ありとあらゆる業界に根をはる人脈を営々と築いてきた老獪な裏の権力者たちだ。
ルリが見上げたエリナの顔は白かった。唇が紫で、チアノーゼ寸前。
太陽系を股にかけて商う巨大企業ネルガルといえど、経済を一社で動かせるわけではない。
多数の企業が時には対立し、時には協調し、相互の信頼を担保に金をやり取りして歯車を回しているのだ。
経営者たる彼らはそれぞれに信念を持って別の方向を向いており、結託するような機会は滅多に無いのだが、今回の騒動はさすがにオイタが過ぎたようだった。
彼ら全員がネルガルを害悪とみなすのならば、その先に待つのは緩やかな衰退だけだ。
メディアは広告を断るようになり、ネガティブキャンペーンが始まり、自治体の入札からも締め出され、社員は減っていき、そして消滅するのだ。
「ここで手を引いたらネルガルの面子は丸つぶれだよ。なんとしてもクリムゾンに黒星をつけないと」
ネルガルが一歩も引かない姿勢を見せることで、ネルガル健在をアピールするしかない。
「でも一体どうやって!?私にはもう何も思いつきません。シャロンは何年もかけて準備をしてきたんだわ。対してこっちは降って沸いたチャンスを利用しただけ。だめ、何もかも裏目にでる、彼女の手のひらから逃げることはできない!」
「じゃ、僕が僕のやり方で僕なりにやる。エリナ君、E兵器を使うぞ」
E兵器とは?
ネルガルは言うまでも無く営利組織、株式会社である。よってその第一の目的は利益を上げることになる。
「エリナ君、最後の確認をしたい。クリムゾンはゴールドの取引で得た資金を、各国の為替市場を通して、最終的には北米で保管してるんだね?間違いない?」
かつてナデシコを開発したようにネルガルは軍事兵器も開発・製造しているが、それを運営するようなことはごく一部の例外を除いてはありえない。
納品前のものを除けば、ネルガル純所有の兵器というのは驚くほど少ない。
当然である。軍というものは、非生産組織だ。その任務は基本的に破壊である。
「ええ。複数の別々のソースから同じ情報が来てる。イネスが作った市場の分析ツールでもそう出てる。100%間違いないわ」
営利組織であるネルガルが保有する、この状況を一変させるような強大な威力を持ったE兵器。
それは当然、武力に類するものではない。ネルガルに秩序を破壊もしくは維持しうる大兵力を保持するような力を保持する理由は存在しない。
「じゃ、北米自治体債と社債だね。ネルガルの保有する25%をまずは売り払う。明朝、NY市場終了直前からはじめよう」
種を明かそう。
E兵器のEとは、エコノミックのEである。
NY市場終了一分前。
昨今の政情不安を反映した乱高下は未だに続き、投資業者及び仲介業者は息をつく暇も無い。
あと一分。一分だけ粘れば、翌日までに一眠りして、次の指標を分析して備えることができる。それまでは、それまでは・・・。
終了30秒前。
既に大方の取引は終わり、あとは平和に終了を待つのみ。
取引所の中央に設置された3次元モニタを、全員が固唾を呑んで見守る。
ピッ。
それは取引が開始されたことを示すbeep音。
表示されたのは、ネルガルからの天文学的な債権売り浴びせだった。
「ヒァッ・・・ッ!!」
悲鳴にも似た溜息が取引場を満たした。
ピッ・・・。
市場が引けた。
「会長、財務長官からホットラインに呼び出しがかかっています」
「不在だと言ってくれたまえ。僕が待っているのはただ一人、シャロンだけだ」
「了解しました」
「よろしく」
秘書室からの通話はそれで切れた。
ネルガルが保有する債権を売りに出して2時間。トウキョウ市場の寄り付きまでに残り1時間。
かかってきた電話は既に5件。いずれも政財界の大物からだが、アカツキは取り合わずに無視していた。
彼が想定している交渉相手はシャロンのみ。それ以外の人間との交渉など全くの無意味であった。
続けて断ること、更に6件。シャロンからかかってきたのは、最初から数えて12件目だった。
「シャロン、お久しぶり。秘書も通さずに君が直接かけてくるなんてびっくりだよ。人に聞かれたくない話?ひょっとして、愛の告白かな?」
軽薄を装いアカツキは髪をかき上げ、ささやくように問いかけた。
どんな時にも余裕を忘れないというのがアカツキのスタンスだが、必ずしもそれを好印象に受け取らない人間もいる。
シャロンも社交場での軽口になら機嫌よく応じるのだが。
「ご冗談を、ミスターアカツキ。貴方のお遊びに付き合ってる暇はないの。単刀直入に言うわ。今すぐお止めなさい。自分が何をしているのかわかっているの?」
シャロンの声に動揺はない。アカツキの愚挙を彼女が予想できたはずはないが、しかし彼女の果てしない才能はこの局面においても遺憾なく力を発揮し、全てを見通しているかのような底の知れなさが凄みとしてにじみ出る。
しかしこの聡明さ故に、彼女は敗北することになるのだ。
アカツキには確信がある。彼女は必ず譲歩する。
「もちろんさ。僕らは何も困ってないよ。昨日の夜にね、急に思いついたんだ。ネルガルは債権を持ちすぎなんだよ。ちょっと整理したほうがいいさ。大暴落で市場が取引停止になるまで多分あと半日はあるから、その間に君はクリムゾンの買収を進めたら良いんじゃないの?一気に66%超えも夢じゃないかも」
そう、ネルガルが債権を大量に持っているのは事実。全債権の25%でさえ連合の年間予算に匹敵する。
それを売りに出せばばネルガル発の地球恐慌が起きるのは間違いない。
アカツキは当然、そんなことは望んでいない。
つまりこの債権売りは、アカツキ一世一代のハッタリなのだ。シャロンも分かっている。
だからこの駆け引きは、結局はアカツキとシャロンのやせ我慢大会なのだ。
「正気なのですか!このままでは通貨はトイレットペーパーよりも安くなってしまいます!基軸通貨が破壊されれば、文明は終わりなのですよ!」
さも焦ったかのように大声を出して・・・。でも僕には分かる。目を見れば分かる。君の目は敵に勝利をねだる負け犬の目じゃない。
そうやって相手に事態の深刻さを再認識させようという作戦なんだろ?
でもまだまだ甘い。
アカツキは肩をすくめてすっとぼけた。
「大げさな。通貨価値が変動するだけで物自体は無事なんだから、流通が止まることはないよ。昔ながらの物々交換てのもいいじゃない?」
さぁ我慢比べだ。
「本気なのね?」
「もちろん。冗談や遊びで、政府の年間予算分を一気に売り出したりはしないよ。この上なく真剣だ」
しばし睨み合う。
客観的に見て、この勝負はネルガルが圧倒的に分が悪い。
膨大な債権を一気に売りに出すなど、市場破壊工作と思われても不思議ではない。対してシャロンは額こそ巨大なものの、手法自体は合法かつありふれている。
外から見れば、負けそうになったネルガルがゲーム盤をひっくり返して逃げようとしていると解釈するのが自然だ。ほぼ間違いなく、明日の経済紙にはその手の分析が掲載されるだろう。
そして、その解釈は真実正しい。アカツキは戦場を破壊することでシャロンの勝利をご破算にしようとしているのだから。
「・・・・・わかったわ。手打ちにしましょう。条件は?」
頭がいいっていうのはこういう時に損だ。アカツキはシャロンの目を注意深く探りながら考える。
口で屈服を宣言しても、それが本心とは信じられない。第一、敗北を認めるのが早すぎる。彼女ほど頭の出来がよければ、まだまだ試す手の一つ二つは思いつけるはず。
だから嘘だね。シャロンは嘘をついている。この敗北宣言こそが彼女の次の一手に違いないのだ。
「さぁ?」
シャロンは勝者の権利を行使するよう、アカツキに条件を求めてきた。
アカツキが無茶をしてまで欲しがる何かを特定し、シャロンが先にそれを押さえることで交渉材料にしようという魂胆か。この線だな、おそらく。
僕だってそれくらいは頭が働くのさ。
「は?」
「だって何のことか分からないよ。君は株を買い集められるし、僕らは債権を整理できる。僕らは共に手を携えていけると思うんだ。何を手打ちにするんだい?」
小ズルイ手ではあったものの、目論み通りにアカツキを引っかけらず、シャロンはさらに考える。
シャロンの中でアカツキへの評価が2段階ほど上がった。単なる創業一族の後継者なだけで、特別な才能など持ち合わせない道楽者だと思っていたが、これはしたたかな男だ。
端末横の時計に目をやった。東京市場寄り付きまであと5分。あと5分でトウキョウに地獄が溢れる。
目の前のこの男は、諸共に地獄へ落ちる覚悟を決めているのだろうか?このままであれば何が起きるか想像できないような能無しではないだろう。
分かっているのか、分かっていないのか。分かっているとしたらどこまで分かっているのか・・・。
時間が迫っている。
クリムゾンのトップとして、ここで結論を出す必要がある。馬鹿とチキンレースをやって共倒れになっても何の得もない。
チキンレースに勝って賞賛を得るのは、アウトローとも呼べないような未熟な子供だけの特権だ。負けるが勝ちだ。
シャロンはクリムゾン総支配人として、責任を果たさなければならない。
目の前の男が責任を放棄するというのなら、シャロンが折れる。
おそらくそれこそがアカツキの狙いなのだろうと推測しながらも、これ以上は交渉を続けられない。シャロンにそこまでの狂気はなかった。
「・・・・・・・理解したわ。貴方は筋金入りのネゴシエーターなのね。・・・・・ではこうしましょう。クリムゾンからネルガルに、フリーライセンス契約を申し出ます。対象は核物理系。ネルガルはこちらの特許を自由に使っていい。こちらがそちらの特許を使う場合は、従来どおりの料金を払います」
核物理系を申し出たのは、最後の悪あがきだ。ネルガルが開発している新型機動兵器に核燃料が使われているのを知っているぞ、という牽制だ。
これはシャロンの失策と言えるかもしれない。クリムゾンの諜報精度を間接的とはいえネルガルに暴露することになったからだ。ネルガルは肝を冷やすだろうが、結局はネルガルに防諜の強化を提言しているのと同じことだ。
しかし、たとえ一時といえどアカツキが焦るのであれば、それで溜飲が下がる。これくらいの負け惜しみはいいだろう。シャロンにも意地がある。唯々諾々と従うだけの都合のいい女ではいられない。
「シャロン・ウィードリン。君は賢い人だ。だけど勘違いしてるね。僕が今欲しいのは、お金じゃないんだ。お金が欲しいんだったら、最初からこんなことしない。君はまだ僕を、ネルガルを甘く見ている。その認識を正してみせよう」
アカツキに容赦はない。シャロンが真に守ろうとしているものを差し出すのでなければ、さらに苛烈な売りを仕掛ける。
惜しみなく差し出される献上物は、本当に大切なものではない。
その腹の中に、隠しているものがあるだろう?
それこそが、諸悪の根源なんだ。木連との戦争を長引かせ、火星の後継者なんてものを生んだそれを、捨ててしまえ。捨てさせる。
これはそのための僕の覚悟だ。
「トモコ君。第二段だ。次は35%でいくよ」
「やめなさい!貴方は自分が何をしているのか分かっているの?ことはクリムゾンとネルガルの2社に留まる問題じゃないのよ!内戦でも起こす気なの?」
「内戦?さすがは大戦中に木連と結んでいただけじゃなく、火星の後継者ともつながりのあるクリムゾンだね。すぐさま武力闘争の危険性を考えるか。その明晰な頭脳には敬意を払うよ」
「トウキョウ市場、開きました。こちらの準備もできています」
「よし発射」
「やめなさい!」
開始直後から猛烈な勢いで下を目指していた5分刻み通貨価値グラフ中の線が、垂直に近い形に折れ曲がった。即座に60秒刻み、30秒刻みへと拡大されていくが、いくら拡大しても横軸にある時間に対して垂直に突き刺さる寸前にしか見えない。
「あぁ・・・」
ため息をつく。もう分かっていた。アカツキが求めるものは何なのか。これほど露骨なヒントを出してくれば、誰にでもわかる。
「そう、そういうことね。火星の後継者ともつながりのある・・・・ね。現在形。わかりました。火星の後継者残党への資金提供はやめます。こちらが握っている情報も全て渡します。これでいかが?」
「んんん。どうだろうね。僕と君は友人かな?」
「え?」
「だろ?」
「ええ」
「で、君はネルガルのせいで困っている・・・と?」
「ええ!」
「わかったよ。君がそこまで困ってるんだったら、僕らもわがままいうわけにはいかないよね。何しろ友人なんだから。すぐに売った分は買い戻すよ」
あらかじめ決めてあったハンドサインで秘書のトモコに合図を送る。今まで売った分に合わせて、さらに買い増しをする。予定金額は売却で得た資金の1.5倍だ。エリナの試算では、これでほぼ水準にまで市場価値は回復するはずだ。
「・・・・・・そう。ありがたいわ」
人の命が何万個でも買えるような金額をかけて鍔迫り合いをしておいて友情ごっことは図々しいにもほどがあるが、シャロンに糾弾するだけの力は残っていなかった。とはいえ、なんにしろこれで片がついた。
肩の力を抜いてため息をつくシャロン。
アカツキは無慈悲に追い討ちをかけた。
「気を遣わせて悪かったね。友人である君の誠意はいただくよ。核物理のフリーライセンス契約の件だけどさ、後でうちのプロスペクターってのをそっちへ行かせるから。よろしくね」
シャロンが端末を殴りつけ、そのまま映像は停止した。
「こういうわけでクリムゾンとは手打ちになったのよ」
売られた額以上の買い注文をネルガルが出したおかげで一気に市場への資金供給が増え、 市場は大暴落の後に一気に値を戻し、逆に上げている。
まだクーデター以前の水準にまでは届いていないが、このまま上昇傾向が続けば近いうちに元値に戻るだろう。
「でまぁ、今回ネルガルがやった大規模な売りで市場は一時とはいえ大混乱だったんだけど、それを迅速に鎮めたのもネルガルだったの。介入金額は大規模になっちゃったけど、逆にそれがネルガルの力を誇示する形になっちゃって・・・」
連合予算の2.4年分に相当する債権を売りに出し、それから3.6年分の額で市場の債権を買ったのだ。ネルガル健在、ネルガル恐るべしの論調はとどまることを知らない。
債権を売って得た額の50%を加えて買取をしたため、帳簿で見た場合、今回の騒動ではネルガルのキャッシュフローはとんでもなく疲弊している。
しかしそれを勘案しても、ネルガルが集めた市場からの畏怖というものは、お金には換算できないものがある。
個人でありながらも国家に戦いを挑み、国を破産させて世界市場を恐怖に追い込んだ投資家。
世界中の投資機構から狙い撃ちにされても一歩も引かずに国を守りきり、逆に彼らの作戦を木っ端微塵に打ち砕いた東方の中央銀行。
そういった経済史に残る伝説を、ネルガルは打ち立てたのだった。
「今期の決算を考えると頭が痛いわ・・・。でも損をしたけど、形にできないネルガルへのブランドを手に入れたのは事実。損して得とれってこういうことかしら。それでついたあだ名が損師」
「会長も大胆なことするわね。仁義に反するわよ。暗殺とか怖くないのかしら・・・」
「SSもいるし、今は裏で月臣源一郎がついてるわ。そのうちアキト君も帰ってくれば、個人用ディストーションフィールドと合わせてボソンジャンプで緊急避難もできるようになる」
長らく木連統治下の統制経済で生きてきた月臣に今回の事態を説明するのは骨が折れたが、最後には大変なことをやらかしたことを理解してくれた。
画面には、大勢のレポーターに取り囲まれて「損師、損師!」とコメントを要求されているアカツキがいる。
みな身元は確かな人間で、今回の騒動で損を出した人間は排除されているから安全だろうが、それでもSSたちは気が抜けない。アカツキに直接接触できないように周囲を固め、押し寄せるレポーターの波に足を踏ん張って耐えている。相手が暴漢であれば殴り倒しておしまいなのだが、レポーターたちにそんなことはできない。SSたちはひたすら耐えるしかない。
「SSのみんなには特別ボーナスが必要よね。ちょっと奮発しようかしら」
これからもしばらくは損師の人気は続くだろう。SSたちには頑張ってもらわなければならない。
「みなさん、静粛にお願いします!」
アカツキが差し出されたマイクを奪い、ハウリングも気にせずに叫ぶように言った。
「明日、正式な声明を出します。それまでは何もお話できません」
言ってSSたちの影に再び隠れ、車を目指してジリジリ動き始めた。
何も話せないといって引き下がるようではレポーターなどやっていられない。レポーターの波はSSに護衛されて車に乗り込むアカツキを追ってもこもこ移動していった。
「経済界の偉い人たちも、ネルガルの今回の自爆攻撃を見れば安易に手出しはしてこないでしょうし、ひとまずは安心ってところ?」
イネスも学位こそ持っていないが、一般書籍に書いてあるような知識は一通り持っている。今回の深刻さを正確に理解していた。これでもなおネルガルに圧力をかけるような人間はいないだろうということも予想がつく。客観的に見てアカツキはキレているとしか言いようが無い。
「ええ。でも、誰からも怒られない、誰にも咎められないからって何でも好き勝手やっていいってわけじゃない。責任を取らないと。会長は明日辞任するわ」
またこれで一騒動あるだろう。損師も話題づくりに余念がない。
「次の会長は私に内定した。多分アカツキ君が院政をしく形になると思うけど、形の上ではついにトップ」
なるほど。エリナがわざわざ月の田舎まで来たのは、会長就任の挨拶ってことか。
「おめでとう。念願の会長就任ね」
祝福の言葉は意外に素直に言えた。エリナとはいろいろと確執もある立場だが、恨みつらみがあるわけでもない。
「ありがとう。そして会長就任予定者として情報公開を要請するわ。この遺跡は何?大豪寺凱は何者なの?」
「それは貴方が正式に会長になってから話すことにします。それまでは秘密」
なによそれ、と目を吊り上げるエリナを見て、イネスは優しく微笑んだ。
権力をもって威丈高に要求するのではなく、友人として頼んでくれれば喜んで教えるのに。でもこれでもだいぶ丸くなった。やっぱり男ができたせいかしら。
早く帰ってこないかしらね、お兄ちゃん。
*酷い誤字があったので一部訂正しました