ブラックサレナは沈黙して、目前の敵と相対した。
ピンクのカラーリングが施されたパーツ構成のエステバリス。それもスーパーエステバリスのようなシャープさがあり、洗練されている。
スーパーエステバリステンカワspを発展させた形だと知れた。
自分も乗るブラックサレナの中核。
だが、どこかアルストロメリアに見られた、人体のようなしなやかさを感じさせる。
ラピスに放りこまれた空間だ。意識全てをどこかに預けて、肉体を支配下から外す。人体実験と、イネスの治療から出来るようになった状態。
それを、利用されていま再びの戦場におりたつ。
「あの、あんた。」
聞いたことのある声音だ。サレナを飛ばす。
目の前のエステへハンドガンを発砲。回避される。
動きはがむしゃらだ。人との戦闘になれない新兵のような、いや、新兵よりは出来ているが、動きは我流だ。
これはと思う。
互いの基本性能は同じ。推進力と与えられた頑強性が勝っている。
かがみ合わせのように相手は動く。
敵を真似て、牽制するのは良い。
互いの行動を観察する。
だが、呼吸がどこか覚えがある。
「おまえは、どうしたい?」
通信。肉声の感覚。
戸惑った呼吸音。機体がせめぎ合う。フィールド強度は同格。こちらの推進力で相手を押す。
「俺のことよりあんたはどうしたいんだよ。」
ウインドウは表示されない。
だが、声にも、動きにも覚えがあった。
これは、自分だ。
「俺は、死ぬ身体だ。未来がないから、やり尽すべきことをして、消えるつもりだった。でも、いまも生きている。ラピスが生かしている。」
弾き飛ばして発砲。硝煙などは立たない。光の軌道でもって、エステバリスを押す。
「生きているなら、なにかやれることあるだろう。好きなこととか、夢とか。」
「夢。」
ざらついた単語だ。
夢、夢、それは夢想であって言葉だ。
「夢で生きていけるとは限らない。」
たとえその道を行ったとしても、幸福があるのかは知れない。
「生きているだけでもいいさ。でも、夢って、あるほうがいいもんじゃないのか。死ぬ手前でも、そうじゃないのかよ。」
ざりりと何かがよぎった。
あれはそう、なんだったか。洗う、切る、炒める、煮る。
あれはそう。カレーライスだ。
「先の無い未来へと夢を馳せて何になる。」
感傷がよぎった。それを、ハンドガンで断ち切る。
フィールドで防ぐ相手に突貫し、テールバインダをすれ違いに叩きつける。
「あんた、何しているのかわかるか。」
バインダがフィールドを切り裂いた。機体のアサルトピット下部が損傷。
でも、生命に異常はない。
「そんな風に力を振るって、夢をもてないからって攻撃する。それじゃ子供と変わらないじゃないか。」
どこか、それは共感できて、まったく理解できない言葉だった。
「お前は知らない。だから、知る必要も無いし、知らないで生きていけばいい。」
知っている身のみがその感覚に至る。
持っていていいものだ。それでも持てないでいるのは罪悪と、自分の弱さを受け入れているからだ。弱さがあるから強くなれる。だが、弱さが強さに勝る場合もある。
意思というのは硬さがある。
硬さを決定するのは衝動であったり、情熱だ。
それを持たない自分に、夢は語るべきではないものだった。
満足に未来を見ることができないでいる自分には、探しても出来ない。
罪悪の感触と愉悦を知るから、見れないもの。
「もう、いいだろう。」
エステバリスを破壊した。
推力を最大にして、感覚が現実と仮想のミックスシェイクになる。
ハンドガンを0距離で放つ。フィールドの干渉で攪拌が起きているが、高出力の光学兵器は、フィールドを突き破り、エステバリスを破壊した。
感覚が戻る。いや、失われる。
得られていた視覚や聴覚が鈍磨して、目の前の少女に限定して感覚器官が生存する。
「どうだった?」
「あれは、そういうやつだ。おれは、そういうやつだった。」
ラピスは自分を見て無表情だ。
崩壊し始めた体をみて、あの子は自分を生かせようと躍起になっている。
「おれには未来が無い。罪がある。だから、もういいのさ。」
「でも、わたしもイネスもアキトに生きて欲しい。イネスは生きて欲しかった。イネスはいないよ。この世界は、元の世界とは違う。それでも、イネスの研究はこの世界のイネスが引き継いで、動いている。
もうあえないイネスの臆病なところは、嫌い。
でも、イネスの生きて欲しいは、わたしも同じ。」
この世界、過去の世界には、俺たちの知っている人間はいない。
だから、罪の感触を引っ張り込まないでもいいという通はない。
でも、知らされた願いに、俺は反応しないではいられない。
「ラピス。俺は生きられるか?」
「うん。」
肯定。
首がこくんと縦にゆれた。
「アキトは、いきられるよ。」