遺跡内部にユーチャリスは停泊していた。本体から伸びる牽引ワーヤーが蜘蛛の巣のように展開させて、重力制御と同時にバランスを取っていた。
ユーチャリスは独立して地上に降りる際に問題にぶち当たる。
あまりに繊細すぎる船なのだ。クルーの生存可能性を高めるために居住部は質実剛健、それでいて重武装を可能としている。それでいて、甲板に当たるセンサー翼収納デッキにはバッタや各種ミサイルなどの武装で成っている。
ディストーションフィールドとボソンジャンプを併用した近未来を見据えたスペックであり、長期戦にはバッタを運用して耐久することを想定している。
だが、地上に降り立つことは想定していない。
ユーチャリスは現れるはずのない場所に現れ、去ってゆく。存在すら気づかれずに役目を終えて去ってゆくので、初期段階で基本着陸を想定していなかった。
もちろん、未来において着陸を想定して、ジャッキアップするように脚は出るようになっているが、実際に行ったことはない。
「外部重力制御にて浮上。牽引ワイヤー格納を確認。」
「了解。外部に敵機、航空機などはない。護衛を継続する。」
「りょうかい。」
ラピスはユーチャリスメインAIを制御下において、艦を浮上させる。
長らくユーチャリスはここにいた。
アキトが生きる意志を持つまで、アキトが生存の意を抱くまで、ここでラピスとユーチャリスは待ち続けた。
久しぶりに起動した訳ではない。重力制御に必要な出力数を相転移エンジンで得るために、恒常的に起動はしていた。
浮上する。
スーパーエステバリス一機とバッタがユーチャリスを護衛しつつ、比較的付近にあるオリンポス研究所に向かう。
縦横斜めに円形展開したバッタが防衛圏を形成して、エステバリスが敵に対処する。
「アキト、どうおもう。火星だよ。」
「知らなかったんだなと思う。火星のことをよくよく知ったのは復讐時代だよ。自分が住んでいたときは、ただ生きるのに精一杯だったんだな。自分の住む星のことをわかっていちゃいないんだ。
普段から星のことを考えるのもいないとは思うが。それでも、知れば知らないことの方が圧倒的に多いんだ。
ラピス、見たことあるか。人間が暮らす火星を。」
「こっちに着てからは見たけど、前は滅んでいたから。」
「そうだ。滅んだんだ。可能性の一つとして、この姿を実際に見れて、都市を歩けて俺は嬉しいんだな。同じ星に住む人間がいてくれて。」
オリンポス研究所は、ネルガルの所有する古代火星に関する研究を一任されている。それゆえに、研究内容は工学や科学などの分野で多岐に渡る。
「で、僕たちの最大の上司が現れるって言うけど、どこからだい。」
黒髪長髪のスーツ姿の男は言う。伸びやかな四肢と、鍛えられた筋肉を伺える彼は、手入れの欠かさない歯をキラリと会話の間にこぼしながら男に聞いた。
「さあ、私は伺っていませんが、今日。やってくると。」
男は会計士と言った風情で、丸いフレームメガネを掛けて、スケジュールを確認した。もっとも、もう一人つれた黒髪短髪の才気を誇示するようなスーツの女性は、じれったそうにしている。
「今日やってくるで、私たちはここに来ているんですから、ずいぶんと相手は横暴なのね。」
「結構なことじゃない。協力してるわけじゃないんですもの。出資して自分たちを巻き込まない限りは力を貸せって言うだけ。
お客と同じよ。」
ただひとり、金髪の女性が言う。白衣を羽織って研究所の艦船収容デッキに一同が集っている。本来は操作を行う計器が並んだ窓際の内部には、がらんとした空間がある。
スーツ姿のアカツキナガレ、会計士のようなプロスペクター、そして黒髪短髪の女性エリナキンジョウウォン。
3人はイネスの言葉に内心同意はしないが、表面図らだけは同意する。
クライアントはネルガルを買い取っている。
そして、アカツキは代行のような立場に立っているのだ。
社長派は粛清されていないが、彼らの持つ情報全てが握られていて、恐怖政治ではないが、それに違い状況にネルガルは置かれている。
『イネス、格納庫開くよ。』
「いいわ。どうぞ。」
まるで入室するのを確認するような、少女の声。だが、内容と規模は比較してどうしようもない隔たりがある。
唐突な音声限定通信とともに、格納庫がハッチを展開する。
地下に作られた空間を円柱状に取り囲むような研究所は、地上の複数のピラミッドの間にある。故に、円柱のメインシャフトから船はハッチに進入する。
「どうやら、こちらの承諾は要らないようだね。」
「もちろん、ここは私たちの家ではない。彼女たちの仮の住まい。」
アカツキはまったく困ったといった風情でもらすが、目の色を伺えば違うことが知れた。彼は楽しんでいる。
知らず内に現れたネルガルに裏から糸をつないだ者たちの姿を、彼は知りたがった。
ハッチがシャフトに設置されたライトの光を漏らす。
現れたのは人型と、虫型のロボットだ。黒の四肢をもつロボットは、ネルガルが開発を進行させるエステバリスに似ている。いや、似ているのはエステバリスがとも見える。
虫型のロボットは知れたものだ。木連が持ち込んだオーバーテクノロジーが作り上げたもの。だが、外装と機微はオリジナルとは異なる。
そして、一隻の艦船がハッチに侵入する。
「おお、これが彼らの船か。」
遠くから見れば棒のようなシルエットだ。宇宙では目立つ白銀色の装甲。
そして、あまりにも華奢であり必要最低限のもので構築された船。
異様なほどの板状アンテナを有しており、総重量は一般艦船より遥かに小さいだろう。
「以外に小さいのね。」
卑下するようにも、意外とも捕らえられる呟きに、イネスは小さく反論する。
「小さいので十分なのよ。二人にとってはね。」
ユーチャリスは、艦船で言えば小さな船体をハッチに横たえた。