マシンチャイルドというのは俗称である。改造人間、実験体などの名称から生まれた機械的な造語。生物工学とオーパーツから生まれた技術の結晶。
ラピスラズリそのものの情報からテンカワアキト再生のデータを採取はできていた。
作り変える肉体情報への介入は、ナデシコCの通信システムに使用されたボース粒子を利用したものだ。これが無ければ、火星は掌握できなかった代物。イネスは最初からこのシステムによって、ナデシコCは一度の出撃の後に封印されるだろうと予見していた。
もっとも、それが現実となる未来を、ラピスは見ていない。
入力と除去システムとして、ポッド内部の世界で情報拡散を封じる。
ディストーションフィールドは、遺跡から生じた実用技術だ。そして、位相の変わった空間におかれることがすでに、情報拡散を封じる前段階と成る。
ジャンプそのものにフィールドは必要ない。トリガーであるそれを持つ生命体に、適正を遺跡は求める。そして、その適正をより先鋭化させる。
テンカワアキトの朽ち果てる肉体は先鋭化とは異なる、人体実験の影響だ。
朽ち果てる彼をラピスは振り返って、相対して話すことも無く見つめる。
リンク越しに彼もラピスを見ていた。
「やるよ。生きて欲しいから。」
ウインドウ展開。ネルガルを支配に置いたことで得た、披見体のデータ。
彼らを回収するのは出来ない。ネルガルは現会長と社長派の対立によって難しい場面にある。そこで、システム掌握をしたラピスは社長派が持っていた人体実験研究を会長アカツキナガレに一部譲渡して、ネルガルでの立場を作らせた。
そのために、彼女はオリンポスの研究所に出入りが許され、イネスにも直接接近できた。アキトを確保して実験データを採取できのもこのためだ。
ウインドウにいくつもの情報が氾濫する。
ホシノルリ、エステバリス、アカツキナガレ、披見体、イネス、アキト、ユーチャリス、遺跡。
「火星に住むのに、人間は適応を求められないでいた。いえ、とんでもない。火星に変化を起こしたように、わたしたちも変化をさせられていた。」
ブリッジにイネスが入ってきた。
常の三つ編みにした髪が下ろされ、丁寧にブラッシングをされている。
ラピスは、そんな彼女をアキトと一緒にいたときにしか見たことが無い。
素地の自分をさらすのは、彼女が過去を考える時にしていたことだ。
「大気にあるナノマシンが、人間に影響を与える確立は初期段階からあった。それでも、地球や月へ行き来できる。健常状態を保つには些細なこと。脳内の一部機能を開放して対処した。」
それでも、公開されていないことがある。
「IFSは開放された脳機能を直接的に使う。」
「それで、わたしたちは。」
ラピスはスイッチを、撃鉄をひく。
ナノマシンの明滅。少女の血肉が科学の結晶であること、微細機械が血流に住まうという忌まわしいと感じていない事実。
「その一部をさらに拡張した。」
「そして、その一部が、ボース粒子の端末としての機能を得たの。」
ポッドを隔てて相対する。
肉体維持のためのボディスーツに覆われたアキト。
「やることは進んで入るね。」
「ええ、得るための情報、データは着々と。未来の自分に嫉妬する。彼女は確かな理論と妄想をまぜこぜに作り上げ、肉体の構築に挑もうとした。それでも、彼女は実行に移せなかった。わかる?」
とても困ったように、震えた口ぶりだ。
ラピスは問いの答えを知っている。
「イネスは科学者であったけど、やっぱりアキトが好きだった。憧れであって恋愛じゃないって言っていたけど。」
「困ったものね。」とラピスがいつか見た光景の焼きまわしのように、イネスは微苦笑した。
「再構成を急ぐ。アキトはそっとしたことでは死なない。でも、心はどうしていいかわからないまま。リンクじゃない、会話が必要。」
「わかったわ。急ぎましょう。」