木の葉隠れの名門、うちは一族。血で血を洗う壮絶な歴史を持つこの一族のなかに、うちはサスケは産れた。
サスケは名門の血を引くというだけあって、幼い頃から随所にその片鱗をのぞかせてはいたが、数多く存在した木の葉の英雄達と比べれば、ごく普通の少年と言えた。ただ一つ、人一倍性欲が強かった事を除いて。
しかし、年若く幼い少年サスケが自身の異常な性欲に気づくのは、まだまだ先の話であった。
厳格な父と優しい母、そして強く優しい自慢の兄に囲まれ、サスケは木の葉隠れですくすくと育った。何不自由無い、誰もが羨むような環境であったが、その恵まれた環境での生活は、突然の終わりを遂げる事となる。
あの、忌まわしい事件をきっかけに……
その事件とは、実の兄であるうちはイタチが、うちは一族を皆殺しにするという凶行に及んだのだ。
どういう訳か兄の凶刃から逃され、一族でたった一人生き延びたサスケは、実の兄の手によって愛する両親、親戚、友人知人の全てをを失い、文字通り一人ぼっちとなってしまう。
この時にまだ年端もいかない少年だったサスケが受けた心の傷は、いかばかりであろうか。
全てを失ってしまったサスケは、事件から直後は抜け殻のようになてしまい、誰とも喋ろうともせず、誰もいなくなってしまったうちはの集落をただただ遠い目をしながら眺め続けるという毎日を送っていた。
そんなある日、うちは一族と多少関わりがあった里の大人が、サスケを川釣りに誘う。生きているのに死人のような生活を続けるサスケを心配し、気晴らしにでもなればとサスケに声をかけたのだ。
そして、サスケが生まれて初めて性的な興奮を覚えたのは、この川釣りに出かけた時の事であった。
里に流れる川沿いに腰を下ろし、言われるがまま針に餌を付け、釣り糸を垂れる。当の本人に釣る気が全くないため、釣れる訳がなかった。ただ時間だけが過ぎていき、サスケは遠い目をしたままウキをじいっと眺めていた。
一向に釣れる気配のないサスケのウキは、アタリを掴む事はなく時折吹く風に揺られてフラフラと川面に漂っている。春の心地よい風がサスケの頬をなでた。風に流されるように、サスケはずっと見つめていたウキから眼を離し、後方の土手沿いに顔を向けた。
春ののどかな日差しの中、乳母車に赤ん坊を乗せた女性が土手沿いを散歩している。
年の頃は二十代後半といったところだろうか、その女性は里のくのいちであると思われ、忍び装束を身に纏っている。
いつものような、木の葉隠れの平和な風景の一部。
くのいちの衣装は数多くの種類があり、木の葉隠れの里内においても様々なブランドが存在し、消費者のニーズに答えている。その中には、昨今の流行なども取り入れ、機動性を重視してか肌の露出が比較的高くなっているものもある。土手沿いを赤ん坊と散歩している女性の服装は、まさにそれであった。
サスケが腰を下ろしている川沿いと、人妻が散歩している土手沿いは、絶好の角度をなしていた。
歩くたびにゆらゆらと揺れる人妻の下腹部に、サスケの眼差しは釘づけとなった。
人妻が乳母車を押しながらゆっくりと歩を進めると、露出の高い下半身から覗いている女性の下着が、見えそうで見えない。
『逆光』というやつであろうか。
春の日差しが仇となり、人妻の下着の色まではサスケが一族から受け継いだ無駄に良い眼を持ってしても、捉える事はできなかった。
しかし、鍛えられたくのいちの美しい足のラインと無駄な肉の無い尻の形は、日差しの影から鮮明にサスケの目に映し出されていた。
釣る気のなかったサスケのウキが、水中に引き込まれる。かなりの大物なのか、竿を握るサスケの手にも振動が伝わってきたが、サスケは人妻の尻から目を離す事はなかった。
一族を失い、絶望の淵に立たされ、死んだ目をしていたサスケの目に、みるみるうちに生気が蘇ってくる。
人妻の下半身を土手下から覗いたサスケは、全身が雷でうたれた後に熱湯を浴びせられたかのような衝撃を痛感していた。
「オイッ!サスケ!引いてる、引いてるぞっ!どこ見てんだお前!」
猛烈な引きに、サスケを釣りに誘ってくれた男が気づく。たまらずサスケに声をかけるが、、サスケの目がウキに戻る事は無かった。
「……すみません。用事を思い出しました……今日は、帰ります!」
「待てサスケ!こいつはでかいぞかなりっ!おい、待て!どこに行くっ!」
男の必死の呼び止めも聞かず、サスケは握っていた竿から手を放すと一目散に駆けだした。
人妻の方ではなく、誰もいなくなったうちはの集落を目指して。
無我夢中で駆けている最中、サスケは自身の下腹部に違和感を感じていた。人生で初の、性的な興奮である。
かなりの前傾姿勢をとりながら、里内を駆け抜けた。
「おっサスケ君、修行かい?負けるんじゃないよ」
気の良い里の人間が、必死に走るサスケの姿を見て声をかける。
忍者は前傾姿勢で走る事が多い。生理的な問題により前傾姿勢で走らざるをえなくなっているサスケの姿を見ても、誰も不振がる事は無かった。
『理由はよく分からないが、うちはの坊っちゃんが少し元気になったみたいだ』という印象を、すれ違う里の人々に残しつつ。
前傾姿勢を保ちつつ全力疾走していたサスケは、瞬く間にうちはの集落へと入り、自宅へと到着した。
誰もいなくなってしまった、うちはの集落。今はサスケ、ただ一人。
サスケは乱れた呼吸を整えることなく、家の中に入ると真っ直ぐに自室へと向かった。
やる事は、ひとつだった。
サスケは川で生まれて初めての性的興奮を知って以来、何かに取りつかれたかのように自慰に耽るようになってしまった。
愛する者を失ってぽっかりと空いてしまい、抜け殻となっていたサスケの心を埋めたのは、まさしく自慰という行為であった。
兄への復讐と一族の再興を誓うはずだった少年の精神が、性欲という生物の繁殖本能により『一族の再興』の一点にのみ、傾倒してしまった瞬間である。
一般的に自慰を覚えた少年は罪悪感も感じるというが、サスケに罪悪感は全く残らなかった。
サスケにとっての自慰とは、一族を再興するための修行のようなものであり、事をした後のサスケに残ったのは圧倒的な快感と開放感だけだった。
父親譲りの生真面目な性格が災いしてか、あの事件によりサスケの心に残された『一族の再興』という信念が、サスケの性欲に拍車をかけている。それこそナニを覚えたての猿のように、サスケの性的欲求は止まる事を知らず、死人のようだった生活は一変して自慰に耽る日々を過ごすようになった。
サスケに近い周囲の大人達は、以前よりサスケの目に生気が蘇った事を素直に喜んでいた。日増しに頬の肉が削げ、目の下にクマができるようになっていくサスケの様子を心配する声もあったが、『何か重大な目的を果たすために、凄い修行でもしているんだろう』という結論に落ち着いた。
そんなある日、自慰に耽る日々を送っていたサスケに転機が訪れる。ちょうど、アカデミー内のクノイチはあらかた制覇し、そろそろ部外に目を向けようかという頃であった。
「お前、昨日、抜いただろ!」
「ばかっ!やってねぇよぶっ殺すぞてめぇ!」
「手がイカくせぇんだよ!」
一日の授業が終わった後のアカデミーの教室内、年頃を迎えた男子生徒の数人がその手の話で盛り上がっている。
サスケは盛り上がっている男子を遠巻きに、椅子に座って頬杖をついた姿勢で窓の外を見つめている。大きな声では言えないが、性鬼と化したサスケはこの時間帯にはいつもこうして下校していくクノイチを観察し、今夜のおかずを物色していたのだ。
目は窓の外に向けながらも、聞き耳はしっかりと立てている。
「お前、知ってっか?あんまり抜きすぎるとどうなるか」
「ど、どうなるんだよ……」
「普通はさ、白いのが出てくるだろ?」
「うん」
「調子こいて抜きまくってるとな、赤い玉が出てくんだってよ!」
「…………ホントかよぉ、ソレ」
「ホントだって!兄ちゃんが言ってたから間違いねぇ!」
「で、どうなんの?その赤玉が出ちゃうと」
「赤玉が出たらな、『打ち止め』って事らしい……なんでもその赤玉が出ちゃったら、二度と子供とかつくれねえんだと」
「……!!!」
「うおっ!どうしたサスケ、急に立ち上がって」
男子生徒が熱心に話していた『赤玉』の話は、医学的な根拠は何も無い里伝説と言われる類のよくある話であった。
しかし、一族の再興を信念とし、自慰を生きがいとしていたサスケにトラウマともなる衝撃を与えるには、充分であった。
サスケは焦った。果たして己の限界はいつなのだろうか、残弾は残されているのだろうか、と。
そして、これまでの自身の軽率な行動を、心底悔やんだ。子供が作れなくなってしまったら、一族の再興という夢は途絶えてしまう。
(……これ以上、無駄にする訳にはいかない)
サスケは一族の再興のため、禁欲の生活に入る事を誓う。しかしそれは、サスケにとって並大抵の事ではなかった。
時間と場所を選ばない己の下半身を如何にして鎮めるか。問題の焦点はそこに尽きた。
そしてサスケは自身の股間が要求を訴えるたびに、厳しい修行を課すという解決策を導き出す。
それからというもの、サスケは股間が隆起するたびに肉体を苛め、チャクラを練った。
時と場所を選ばないため、授業中はもちろん、登下校時や帰宅後、気が付けば二十四時間の大半をサスケは修行して過ごすようになり、里のあちらこちらでは黙々と修行に励むサスケの姿があった。
行動が変われば、当然周囲の評価も変わってくる。
サスケに対し『影のあるクールなイケメン』であった同級生達の評価は『修行好きな人』又は『ドM』へと変化し、周囲の大人達やアカデミーの教師は以前より遥かにサスケの目が生気に満ちてきた事と、優れなかった顔色が良くなってきた事を素直に喜んだ。しかし、過酷な修行に励むあまり、いつもボロボロとなっているサスケを心配する声もあったが、結局『何か重大な目的を果たすために、凄い修行をするのだろう』という結論に落ち着いた。
性的興奮を覚えるたびに、少年は自らの肉体と精神を苛め、鍛えた。すべては、一族の再興のために。
人一倍の性欲を持った少年が、その性欲を努力という形に昇華させたらどうなるであろうか。
波のように押し寄せる生理的な欲望を、ただ修行する事によってのみ押さえつけたとしたら。
見ているだけで気が狂いそうになる過酷な修行を、幾日も幾日も続けていったとしたら。
それは、まぎれもない『天才』の誕生であった。
木の葉が産んだ、もう一人の化け物
『性欲の塊』改め『狂気の天才』
うちはサスケ