『見つかったか?』
『何処にもいねェってばよ……』
『こっちもいねえな』
『うーん…見当たらないですね』
『やれやれ…こりゃ夕方になっちまうね』
『どこかの遅刻魔上忍さんがもっと早く来てくれれば結果は違ったでしょうね』
『そうだな』
『その通りだってばよ』
『大人しい子だと思ってたんだけど…結構ズバズバ言ってくるね、サクヤ……』
『風が強くてよく聞こえません』
『ハハハ』
今日の任務もまた迷子の捜索。今回のターゲットは白い子犬のペロちゃんです。
これで何度目のペット捜索なんだろうか…この里の人たちはペットを逃しすぎですね…。
周囲をくまなく探していくが特に何も見つからない。
かれこれ二時間以上は探している。一体何処に行ってしまったんでしょう…。
夕方までそう時間がないから早く見付けなきゃ。夜になってしまえば探すのは困難になってしまう。
おーい。ペロちゃーん……。呼び掛けるその声は風に流され掻き消された。ここに来てからやけに風が強い。
犬は耳が良いらしいからこの声もきっと聞こえるだろう。もしここに居れば何かしらのアクションが有る筈。
時間の無駄だ、別の場所に行こう。そう思った時。
『……あれか?見つけたッ!!』
『何処だってば!!』
『第四演習場!水遁訓練場の広場近くだ!…あっ!テメェ!!逃げんじゃねぇ!!』
『あっちかよ…今から行くってばよ!』
『すぐ近くですね!私もそちらへ向かいます!!』
『キャンッ!!キャイン!!!』
『おー、その鳴き声。犬に間違いないね』
『待ちやがれ!!クソッ!!チィッ……見失った。足の速ぇ犬だな』
『居る場所がわかっただけでもお手柄ですよ。そう遠くへは行かない筈です』
『まぁな…付近を捜索してみる。早めに来てくれ。それにしてもあの犬、やけにビビってたな』
『大方すごい形相で追いかけてたんじゃないですか…?サスケくんの顔は結構怖いんですから、そりゃあワンちゃんも逃げますよ』
『オイオイ。昔のお前と同じ事言うなよ…勘弁してくれ』
『ま!!動物の事ならこのナルト様に任せとけ!!』
『猫に引っ掻き回されてた奴が良く言うぜ』
『あのトラとかいう猫。今度会ったら覚えとけってばよ……』
『……あの飼い主なら逃げるのもわかりますけどね』
『まあな…』
『…お前達。あれでも一応依頼人なんだけどねぇ…そこんとこちゃんと理解してる?』
『すいません、カカシ先生。ノイズが酷くてよく聞こえないです』
『もしかしてオレのこと嫌いなの?サクヤ。ねぇ』
『はい!』
『それは聞こえるんだ……流石のオレもちょっとショックだなあ』
『……プッ』
『ふふっ。冗談ですよ』
『あっははは!サクヤちゃんもいいキャラしてるってばよ』
くだらない会話をしているうちに第三演習場が見えてきた。
大きな広場の周囲の木々には鋭利な刃物で斬られたような傷跡がいくつも。
初めて来たが、ここが風遁の訓練場か。風遁は切れ味抜群なのですね…。
少し歩いて行くと、前方に人影が見えた。誰かが練習をしているのだろうか。
危ないし、あまり近づかないように–––––。
「風遁・風塵の術!」
「……きゃあっ!?」
『サクヤ?どうした!!』
突然起きた巨大な嵐によって体を吹き飛ばされる。
あまりに突拍子な出来事に、受身も取れずに体を大きく地面に叩きつけてしまった。
「あっ、痛たたた…」
凄まじい風の衝撃波と砂埃に圧倒される。さっきまで風が強かったのはこれが原因か…。
それにしても、これが風遁。遠くから見ていただけで凄い威力だ。まともに正面から喰らってしまったら…。
先ほど見た木々の傷跡を思い出して背筋がゾッと寒くなる。あまり考えたくない。
「ん?……あっ!オイ!大丈夫か!!」
こちらに気づき慌てて駆け寄ってくる大人の男。
髭もじゃもじゃでワイルドな見た目の人だ。雰囲気からして強そうな……上忍でしょうか?
「は、はい!大丈夫です」
「フー、焦ったぜ。此処は危ねえから近寄らない方がいいぞ」
「すみません…任務中だったもので」
「おっ、そりゃあ悪かったな…って、あ?お前、カカシんとこの下忍か?」
「はい。第七班のうちはサクヤです」
「やっぱりか。俺は猿飛アスマ、第十班の担当上忍だ」
「十班っていうと…シカマルくんやいのさんの班ですね」
「そうだ。それにしてもまだ任務中なのか?俺たちは午前中で終わっちまったんだが…随分と長い任務だな」
「いえ、任務自体はまだ三時間も経っていないんですけど、カカシ先生が…」
「あー、もういい。それ以上言わないでもよーく分かるから。大方遅刻してきたってトコだろ」
「有名なんですね…」
「そりゃあな。あいつは昔から遅刻魔だからな」
やれやれ、といった表情で頭を掻きながらそう言うアスマさん。
昔から、ということは…改善される見込みは薄そうですね。……そんなぁ……。
『ねーアスマ。そっちの会話まる聞こえなんだけど』
『聞こえているなら反省してくださいよカカシ先生。アスマさんも頭抱えてますよ』
『やースマンスマン。アッハッハ』
「ん…?なんだ。無線でもつけてんのか?」
「そうです。カカシ先生が今ヘラヘラと笑ってます」
『表現の仕方に悪意を感じるんだが……』
「カカシの奴……。無線をつけてるってことは迷子探しってトコか」
「はい。…そうだ、アスマさん。これくらいの大きさの白い子犬を見ませんでしたか?」
手で三十センチほどの幅を作り大きさを説明する。
それを見て少し考え込むような仕草をすると、彼は首を横にゆっくりと振った。
「んー…。いや、見てねえな」
「そうですか…だとするとやっぱり第四演習場の方にまだいるんでしょうかね。ありがとうございます。任務中なので、それでは」
「おう。任務頑張れよ。カカシには俺がよーく言っといてやるから」
「よろしくお願いしますね。……本当に」
バイバイ、と手を振ると向こうも笑って手を振ってくれた。
優しい先生だったな。…変わってくれないかな。
さて、思わぬところで新しい術を見れてしまった、というか体感してしまったが任務に戻らなければ。
第四演習場まではここから歩いても四、五分といったところか。
ここから先は何処にペロちゃんが隠れていてもおかしくはない。ゆっくりと神経を研ぎ澄ませて進もう。
しばらく歩いていくと、何処かから悲しげな犬の鳴き声が聞こえる。
ペロちゃんだろうか?キョロキョロと辺りを見回して音の出所を探る。
うーん?見当たらないな…。
声のする方へ歩いて行くとだんだんとその鳴き声は大きくなってゆく。
「クゥーン…クン…」
「むむむ…?何処でしょうか……」
「キャンキャン!キャーン!!」
突然鳴き声が大きくなって少しびっくりした。
声のする場所は……上か!
素早くその方向へ目を向けると、真っ白な子犬が耳を垂らせてとても悲しそうな表情でこちらをじっと見つめていた。
逃げていたところで木に登ったら降りられなくなってしまったのだろう。
足へチャクラを込めて高く跳躍すると、なるべく刺激しないようにそっと彼のいる木の上へ着地する。
そのまま姿勢を低くしてしゃがみ込むと両手を彼の方へと差し出す。
「ペロちゃん…ほら。怖くないよ…おいで」
「くぅん……」
「大丈夫。私は何にもしないよ……」
できるだけ優しい声で、優しい表情でそう語りかける。
ここで無理に捕まえようとして逃げてしまえば、木から落下して怪我をしてしまう恐れがある。
追いかけて逃げるならこちらから待つだけのこと。
少しの間そうしてゆっくりと語りかけていると…。
「くぅーーん」
「…ふふ、くすぐったい」
こちらにそーっと近づいてくると、私の手をぺろぺろと舐め始めた。
暖かい子犬の舌が手のひらをなぞるその感触がくすぐったくも少し心地よい。
そのままゆっくりと両手で彼を抱えあげるようにすると、大人しく私の胸の中へ抱かれてくれた。
ふう……。任務完了ですね。
『カカシ先生。ペロちゃんの捕獲に成功しました』
『おっ!さっすがサクヤちゃん!サスケとは違うってばよ!』
『やかましいぞウスラトンカチ。あれはあの野郎が臆病だっただけだ』
『よし。じゃあ忍者学校前に集合だ。くれぐれも逃すことのないようにな』
『大丈夫です。…この子、私の手の中で眠っちゃいました』
『なら心配は要らないか。じゃ、集合!』
スースー、と安らかな寝息を立てて眠る小さな命。
見ているととても可愛くて癒されるようだ。
起こさぬように彼の頭をそーっと撫でるとサラサラとした白い毛の肌触りが気持ちいい。
「………行こっか」
衝撃で起こしてしまわぬようにそっと地面に着地すると、アカデミーへ向けて歩き出した。
「あぁ…ペロ!どこ行ってたんだ!!心配したんだからな…!」
「ワンッ!」
無事に飼い主と再会出来たペロちゃんは尻尾を元気に振りながら大きく吠えた。
窓から照らす夕日で白い体が少し橙色に染まる。すっかり遅い時間になってしまった。
飼い主の男の人は目に少し涙を浮かべながら私たちへ向けて大きく頭を下げた。本気で心配していたようだ…見つかってよかった。
「本当にありがとうございます!!もしこの子に何かあったらと思ったら心配で心配で…」
「礼には及びません。私たちの仕事ですから」
「いやあ…本当に助かりました。ありがとう、小さな忍者さん」
「いえ。見つかって本当によかったです。…じゃあね。ペロちゃん。もうどっか行っちゃダメだよ」
「わんっ!!」
尻尾を振りながらこちらをじっと見つめる小さな姿を見送っていると、最後に飼い主はもう一度深く頭を下げて去って行った。
「無事に任務完了だな。…お疲れさん」
「オッス!ああやって感謝されっと、悪い気はしねーってばよ」
「そうですね…良かったです。本当に」
「まあな。さーて、さっさと帰ろうぜ…腹減った」
「すっかり遅くなっちゃいましたね。どこかで夕食食べていきませんか、サスケくん。ナルトくん」
「お、いいねー。行くってばよ」
「ま、今日はお前たちも頑張ったしな。特別にオレが奢ってやるよ」
「やったーーーー!!オレってばとんこつラーメンが食いたいってばよ!!」
「お前…またラーメンかよ…。たまには違うもんにしようぜ…」
「あはははは!」
窓から差し込む夕日が、明るく私たちを照らしてくれていた。