「もうすぐ国に着くぞ」
静かな波の音を掻き消す様に船のエンジン音がブォォーン…と鳴り響く。
目の前に現れたのは橋の下の巨大なトンネル。此処を潜っていくのだろうか。
「タズナ…どうやら此処までは気付かれていない様だが…念のためマングローブのある街水道を隠れながら陸に上がるルートを通る」
「ああ…すまん」
運転手である男は船の方向転換をさせながら爺さんにそう伝えた。
狙われているのが暴漢などではなく忍者なのだから、なるべく危険なルートを避けているのだろう。
こんな水の上で襲われるのは考えにくいが……一応周囲を警戒しておく事は忘れない。
サクヤも同じく険しい目付きで辺りをキョロキョロと見回している。
ウスラトンカチは初めて見る風景に先ほどからニコニコと満面の笑みだ。…お前、今オレたちが置かれてる状況わかってんだろうな……?
しばらく船を進めて行くと、やはりトンネルを通って行った。
エンジンの音が壁に反響し少し煩く感じる。
薄暗いトンネルの中を小さな電球の明かりだけが照らしている。
それにしても巨大な橋だ…。
トンネルの外から全体を見ていて思ったが、実際に内部へと入ると視界を覆い尽くす圧倒的な大きさに畏怖を覚えた。
こんなモノを作っているのか…この酒臭い爺さんは。
「フフ…どうじゃ。超凄い橋じゃろ?この橋もワシらが作ったんじゃ」
オレが橋に驚いているのがバレたのだろう、爺さんは得意気な顔でオレを見る。
確かにこれは超凄いな…。こんなもの、オレだったら作ろうとすら思わん。
「この橋で大体どのくらいの期間で作れるのですか?」
「うーむ…随分昔に作ったからいまいち覚えとらんのぉ…確か……二、三年くらいじゃったかのォ」
「うげー…オレだったら二、三日で嫌になるってばよ」
「大丈夫ですよナルトくん。心配しなくても、あなたに職人仕事を依頼する人は誰もいないですよ」
「まー確かに!!……って、それどういう意味だってばよ…」
「お前には無理だって事だよ、ウスラトンカチ。…ま、オレだったらそもそも作ろうとすら思わねェな」
「うーん…確かに、こんな大きなもの作ろうとは思えませんね…」
「オレ達忍者には任務って仕事がある様に、タズナさんの様な職人はこういうのが仕事ってわけだ」
「そういう事じゃ。ワシらは橋を作る事は出来ても忍術を使う事は出来んからの。超頼りにしてるぞ」
「頼りにしてるってばよ。カカシ先生」
「頼りにしてますよ。カカシ先生」
「頼りにしてるぞ。カカシ」
「……あのさぁ……お前らなァ………」
「はっはっはっは!!先生も苦労人じゃのぉ」
しばらく少し大きな声で会話を続けていると、トンネルの終わりが見えてきた。
半月状に広がるトンネルの外の風景は、先ほどの波と橋だけが見える風景と違い、木々が見える。
「アハーーーーーー……ヘーーーー……すっげェ…」
ナルトの感嘆の呟きが聞こえてくる。
驚いた事に、木々が水の中から生えてきている。
陸上の木々と比べると随分と細くて情けない姿だが、こんな湖の中でも木は生えてくるのか……。
里の外に出た事の無いオレには馴染みの無い風景ばかりが続き、不本意ながらも少し楽しくなってきてしまう。
…ダメだな。これじゃオレもナルトの事は言えねェな……。
歪な形の木々を上手く避けながら船を進めていく。
そうしてまた同じ様な風景を見続ける事、一時間くらいだろうか。
小さな港の様な物が視界に写った。
船はその港目指して進んで行く。水の上を移動するのはここまでって事か。
エンジンを止めてゆっくりと船を漕いで行くと、橋に船を横付けする。
船を降り、今にも崩れそうな橋へと上がると、ギギギ…と嫌な音を発てる。
久しぶりの陸上だ。
何だかまだ足元が波に揺れているような、そんな錯覚に陥り少し気分が悪い。
「オレはここまでだ。それじゃあな…気ィつけろ」
「ああ…超悪かったな」
短い挨拶を済ませると、船はまた元来た道を引き返して行く。
ブーン…と遠くなっていくエンジン音に少し遅れる様にして、船の起こした波が小さな音を響かせた。
「よーしィ!ワシを家まで無事送りつけてくれよ」
「はいはい…」
此処からは陸地…。
何処に忍者が潜んでいるかも判らない。警戒して行かなければ。
木々に囲まれた平坦な道を歩き続けること数分。
…なんだ。さっきから…誰かに見られているような気が…。
周囲を見渡すが特に目立ったものは見当たらない。ただ林が延々と続いているだけだ。
気のせいか…?なんだか嫌な感じだな…。
「…サスケくん」
小さく耳打ちしてくるサクヤ。どうやらこいつも何かを感じているようだ。
辺りを更に警戒していると、突然ナルトがホルスターから手裏剣を取り出す。
そして、近くの草藪へ向けて勢い良く投げつけた。
「そこかぁーーーーーーーーっ!!」
ヤツも何かの気配を感じていたらしい…何だか意外だ。
カカシが確認の為に草藪を掻き分けて進んで行った。
手裏剣が刺さっていたのは…。
「あ!」
頭のすぐ真上に手裏剣が刺さり、気絶してピクピクしている動物。
…なんだ…ウサギじゃねェか……。
「ひどい!ナルトくん…ひどい!!」
「そ…そんなつもりじゃ…ゴメンよウサこう!」
「なんだ…ウサギか!」
張り詰めていた空気が少し和らぐ。
ウサギの視線なんか感じるか…?違和感が強くなりカカシの方に視線を向けたその時。
突然ヤツは何かに気づいたようにこちらを振り向いた。
「–––––––全員伏せろ!!」
反射的に体を地面に付ける。
背後から、うごぉ!とナルトの鈍い声が聞こえてきたその一瞬後、巨大な何かが風を斬る音と共に頭上を通り過ぎてゆく。
それは、剣だった。
巨大な剣…それも、オレの体より遥かに大きな…。
回転しながら前にいるカカシの頭上を通り過ぎていった剣は、木へと深く突き刺さると大きな音を発てる。
物体をよく見てみると、とてもオレたちでは振ることが出来ない様な巨大な包丁の様な剣だった。
刺さった木が半分ほど抉れているのを見て、先ほどあんなのがオレ達目掛けて飛んできていたのかと思うと背筋が凍る。
あれは……ヤベェな……。
もしカカシの合図が無ければ全員お陀仏、今頃オレ達は空の上だろう。
木に深く刺さった剣の柄の部分へと降り立つ男。
カカシと同じ様に、鼻から下までを包帯を覆う事で隠している。
…こいつか、こんなデケェもん飛ばして来やがったのは……。
見ると、やはり頭に付けているのは霧隠れの文様が付いた額当て。前回襲ってきた奴らと同じものだ。
コイツも爺さんを付け狙って来やがったのか…。
「ヘーーーーーー、こりゃこりゃ…霧隠れの抜け忍、桃地再不斬君じゃないですか」
ふざけた調子でそう言うカカシだが、その背中から伝わってくる雰囲気だけでわかる。
かなり警戒している様だ…コイツがここまでなるとは、あの忍者はヤバそうだな…。
「お前ら……下がってろ。こいつはさっきの奴らとはケタが違う」
刺さった剣の上に立ったままのその男はカカシの声を聞くとゆっくりとこちらを向く。
男には眉毛が無い。そのおかげでより一層恐ろしい顔に見える。…まるで、鬼か悪魔の様な。
「このままじゃ…ちとキツイか……」
カカシは小さくそう呟くと、額当てへ手を伸ばした。
そのままゆっくりと隠されていた左目を露わにしていく。
……マジかよ。上忍のコイツが本気にならなきゃヤベェ相手、って事か…。
「写輪眼のカカシと見受ける。…悪いが、じじいを渡して貰おうか」
「……卍の陣だ。タズナさんを守れ…お前たちは戦いに加わるな。それがここでのチームワークだ」
額当てを上げ終えたカカシは、大きな傷の入った左目を開きそう言った。
ヤバそうな状況だが…カカシの奴の本気が見れる、って訳か。
さて、見せてもらおう………『写輪眼のカカシ』の、本気の戦い方を。
「再不斬。まずは––––––––––––––オレと戦え」