「テメエ……次郎坊、は、どうした……?」見た目だけは静かな他由也の問い掛け。予想のつく、最早答えの決まっているようなその質問を、あえて彼女は眼前の見知らぬ男へと投げ掛ける。一見して冷酷非情とも見える彼ら音忍五忍衆は、しかし、身内や仲間に対する気持ちにおいて意外にも情厚かったのだ。問われた男・当代春野家当主春野ホウセンは、その手を顎へと持ってくる。「次郎坊? ……ああ、さっきまで俺が化けていた男のことか……」顎鬚を撫でつつ、ホウセンは答える。その声音は紛う事無き愉悦。返される答えは、やはり予想と寸分狂いないものであった。「あの男なら、無論のこと――“殺してやったよ”」「「「―――」」」言われて、音忍達には反応がない。そのことが少しばかり気に入らなかったのか、ホウセンは顔に凄惨な笑みを浮かべて再度、“その事実”を言い放つ。「“殺してやったよ”。デカい図体を横にして寝てたところをバッサリだ。呆気ないぐらいだった、あの大蛇丸の部下を標的にしたわりにはな。まるで家畜を処理するかのような手軽さだった。そうだな……あれはまさしく――“ブタ野郎”を“屠殺”したようなものだった!」残虐な声と笑み。その言動により、三人の内の一人、北門の他由也が、遂にその我慢の糸を“プッツン”する。視線には紛う事無き、猛烈な殺気が込められていた。「――アイツを“ブタ野郎”と呼んでいいのは……」直後、彼女の激情が爆発した。「ウチだけだッ!!」響く憤激、怨嗟の叫び。視線の先には怨敵、桃色長髪の大男を捉えて、多由也の猛烈な怒気と殺気が噴出する。その手に笛を、放たれる言霊には物理的威力を伴う呪詛が込められていた。「――『超音波崩壊励起(はうりんぐぼいす)』ッ!!」瞬間、轟音。地を砕き空を裂きながら、あるもの全てを悉く粉砕する破壊の大音声が佇むホウセンへと襲いかかる。受ける間際、大男はその手を横一線に凪ぐ。ドゴォオオオンッ!!爆破粉砕。派手に余波を撒き散らしながら、音波が敵を仕留める――「ッ!?」――そのはず、だった。驚愕する多由也の目の前には今、本来の桃色から赤色へと色を変じた長髪、それによる盾――“花弁七つの形の防御を展開する守護防壁”が頑と聳え立っていた。「――『檻髪守式・熾天円冠』」ニヤリと、ホウセンが笑う。まるで子供の稚気が如く、あからさまにそうと分かる程の、挑発。感じる戸惑いや動揺、さらには今まさに燃焼している激情すらもさらに吹き飛ばす、それは露骨極まりない、挑発。元から直情径行の気がある多由也は、瞬間、その言動に我を忘れた。「テメエ……テメエェエエエエエエッ!!」「多由也!?」「待て……!!」他の者が止める間も無く、多由也は単身突撃を開始する。性格もそうだが、この場合においては先の異常事態――“化け物じみた強さを誇るはずの上司の暗殺”という衝撃の事実、“既に殺されていた仲間の存在位置への潜伏”という屈辱の事実、この二つの事実への認識が彼女から一切の冷静さを拭い去っていたのだ。依然として嗜虐の笑みを浮かべるホウセン。迫る多由也を眼前にしてその紅の長髪が蠢いた、その瞬間。「――殺った……!」背後からの声。現れる人影の片手にはチャクラ――医療及び戦闘用のチャクラメスが現出している。現れた人物とは音の里の練達者、薬師カブトその人に他ならなかった。発揮される知略、先見の明。真実策士たる薬師カブトによって為された、それは突発出現者である暗殺者へのさらなる要撃。隠密の腕では目の前の存在に遥か及ばずとも、その者の忍びたる才自体は超一流。予めハルノによる奇襲を彼自身が予想していたこと、さらには迅速なる暗殺のための手際・度量も含め、その類い稀なる万能の才は、まさに伝説の三忍の右腕としての面目躍如であった。(くたばれ、ハルノ……!!)不思議とスローで流れる光景。眼の前のホウセンは振り向かず、そればかりか反応すらもしない、全くの無防備。相手がたとえ隠密を生業とする暗殺の達人であろうと、カブトの片腕が先の強襲で砕かれていようと、その一撃を逃れる術は獲物たるホウセンには果たして無かった――「――殺っちゃいねえ。殺られたんだよ」「!?」ザシュンッ!――故に、その一撃を獲物が回避し得たのは、新たに乱入した第三者による所業があってこそ。はしる剣閃が空を裂き、横一文字、カブトの首を刹那の間で切断する。大刀“首斬り包丁”の名に恥じぬ斬殺を成し遂げた、その刃の持ち主たる男は……はたしてホウセンと同じく笑っていた。顔には歪んだ喜悦の笑み。口元に包帯を巻く、元霧隠れの忍び――“鬼人・桃地再不斬”である。「何、ぐァッ!?」「「他由也!?」」弾き飛ばされる他由也の体躯。彼女の名を呼ぶ鬼童丸と左近の視線の先では、怪しげに蠢く赤色の髪。自身が誇る攻防自在の特異忍術『紅赤朱』を手繰るホウセンは、不敵な笑みをその顔に浮かべたまま、背後の彼へと視線を向ける。「再不斬か。仕事はどうやらこなしてくれるみたいだな」「金さえ貰えりゃ、こっちに文句はねえからなァ」一拍遅れて、ドサリと、ホウセンの背後で首無しの死体が地に倒れ伏す。その光景に音忍達がただ絶句する最中、再不斬はブンとその手の刃を横に振り抜く。こびり付く血をそれによって吹き飛ばした後、鬼人たる男はやはり喜悦のままに笑っていた。「……さて。次はどいつの首を飛ばそうか?」首斬り包丁を肩に担ぎ直す。その眼は殺気に揺らめき、次なる獲物を真に望んでいた。「「「―――」」」再不斬の視線の先、そこには茫然自失して言葉一つ発することの出来ない音忍達の姿がある。本来ならば計り難い実力を持つはずの彼らの現状は、しかし、一分と経たぬ今の時間で二人もの指導者を失い、さらに死亡が過去のものとなっていた仲間の存在があるのであれば、それはたとえ音忍五忍衆といえど無理からぬこと。忍びとは常に冷静さを保つ者の意義でもあるが、この場合においては事情が大体において多分に異なっていたのだ。音忍にとっての里の長・大蛇丸とは、敬愛すべき偉大なる師ではなく、畏怖すべき恐怖の絶対君臨者である。常の忍びが憎悪や憤怒を冷静沈着で抑制するのに対し、彼ら音忍は冷静沈着を保とうにも元となる感情――恩師の死に対する憎しみや怒りといった負の情念が存在しないのだ。力や恐怖で下を抑えつけてきた大蛇丸に対し、音忍達が仁義を感じるはずもない。ただ虚脱が残るばかりのその事実の認識の後に、降って湧いた二つの衝撃、“仲間である次郎坊の死と偽装”と“実力では音の里トップクラスであった先達カブトの瞬殺”。これにより音忍達三人は、最早何をしたらいいのか分からない一種の錯乱状態に陥る。端的にいえば、彼らは今やその意思を向けるべき対象・目的を見失っていた。「さて、だんまりか……無抵抗の奴を殺すのはあんまり面白くねえなあ……」再不斬が口を開く。その戦闘に対する愉悦を発揮した物言いは、真実彼の内心を表している。即ち、我強者との死合いを臨む、と。「だからよ……相手は“テメエ”に決めたぜ――出て来いよ、“かぐやの骨野郎”」「「「!?」」」その言葉に、三人がその眼を驚愕に満たす。慌ててそちらを見やれば、“彼”は確かにそこに立っていた――滅んだはずのかぐや一族最後の生き残り、音忍五忍衆本当のリーダー、“君麻呂”が。「き、君麻呂!?」「お前が何でここに!?」問われて、君麻呂は病を患った故に血色の悪い表情で音忍達へと答えを返す。「……カブト先生の策だ。いざという時のために、今度の木の葉崩しでは僕も後詰に控えてた――まさか、こんな形で戦場に出るとは思わなかったが」言って、直後、君麻呂の姿がその場から消える。現れたのはホウセンの直前、いつの間にか手に取った骨刀と、間に割って入った再不斬の首切り包丁が鎬を削る、その最前線だった。「随分ツレねえじゃねえか。テメエと会うのはこっち二回目だってのによ。どうせなら俺と遊んでくれや。――霧隠れへの反逆で一族皆殺しにあった時の餓鬼が、中々どうして、心地いい殺気を出すじゃねえか」その顔に凄惨な笑みを刻む再不斬。伝わる愉悦の念を感じ、君麻呂の腕に力が、「――ふざ、けるなァアアアアアアッ!!」「!?」グンと、急激に増していった。「大蛇丸様が死に……! 五忍衆の一角が崩れ……! カブト先生も貴様に殺された……!やり場のないこの怒り……! この、憎悪ッ!!」「ッ!?」鍔迫り合いが、再不斬の方へと一気に近付く。技巧による攻防の結果ではない、力任せの一念によって、それ単身で剛腕を誇る再不斬の大刀が君麻呂の痩躯に圧されているのである。しのぐ再不斬は、その君麻呂の姿勢に自然と必死さを感じるようになっていた。「僕にはもう何もない……! するべきことも、目指すべき目標も、何も残っていない……!だからッ! 僕は僕個人の感情に従って行動する……!! 今となっては次郎坊もカブト先生も関係ない……僕個人の、僕だけの理由……!!殺された大蛇丸様に報いる、“復讐”をッ!!」「ぐッ……!?」瞬間、君麻呂の振り抜いた骨刀の衝撃、横一文字の薙ぎ払いによって、鍔迫り合った大刀ごと再不斬の長身が弾き飛ばされる。次いで君麻呂がとった行動は再不斬への追い打ちではなく、“怨敵・春野ホウセン”への強襲であった。「貴様が仇……! 大蛇丸様に捧げる、復讐の贄……ッ!!」突き出される骨刀、刺突の豪雨。君麻呂が誇る血継限界『屍骨脈』が武技『椿の舞い』。その剣撃の数、まさしく無数。「塵と消えろ……ッ!!」直後、炸裂。無数の刺突は破壊の壁となり、その数多の剣尖によって眼前の敵を貫く。触れれば即死ぬ豪雨の最中、しかし、ホウセンは“笑っていた”。「餓鬼が……やってくれるわ!!」ギャギャギャギャギャンッ!!展開する赤髪、その鋼鉄にも匹敵する硬度が繰り出される刺突と激突する。無数にも及ぶ衝突音。鳴り響く轟音、その音の全てがホウセンの眼前、彼を標的とする攻撃を“髪の壁”が防ぐことによって発されている。刺突は防がれ、その骨刀は徐々にその刃に罅を刻んでいき。しかして“髪”もまた、その防御を圧されて徐々にホウセンの体正面から弾かれてゆく。――そして打ち合う事数瞬、遂にその時が来た。ガギィンッ!!「!!」一際大きく響く轟音。その刹那の時において、君麻呂は遂に防御の間隙、“髪の壁”の解れを見出す。一瞬、否、それにすらも満たぬ極小の時間を経て、半ば崩れかける骨刀が前へと突き出される。迫る剣尖は確かに必殺、対処出来ない斬撃の技巧は彼が即ち一流である証。ホウセンは……“やはり”、笑っていた。「――無駄よ」瞬間、“錫杖”が振り下ろされた。「!?」バギンッ、と。音をたてて骨刀は半ばから裁断される。行った当人たる“編笠の武芸者”は、静かに前を見据えた。「――割り込み御免ッ!!」「チィ……ッ!?」薙いだ杖の一撃を避けるため、君麻呂は後ろへと跳躍する。着地した、その直後、君麻呂は改めて眼前の怨敵を侮蔑と共に憎悪した。「また、不意討ち――それも、他人の手によったもの……ッ!!」ギリッと、歯噛み。眼前には、幾人もの編笠の男達『血風連』が間断なく君麻呂へと警戒の気を放つ。ホウセンの顔には、当然の如く、笑み。「隠密、工作、暗殺。忍びとしての三大快挙、これらは根幹。頼るべきはこれらの技術であるべきだ……。だが、“それがどうした”? 殺しの技術に拘りなんてものは真に必要ではない。正々堂々も結構、一騎無双も大いに結構。殺せるのなら、それで何の問題もない。結果の前では、過程など、どうでもいいものだ。故に……この世で最も確実な殺しとは、即ち――」直後、ホウセンがその手を振り下ろす。「――“数の暴力”だ」ドパァアアアンッ!!「ッ……!!」弾かれたが如く、駆け出す幾数の『血風連』。大挙して押し寄せるその光景はまさしく洪水、暴力の奔流。察して、しかし、君麻呂はその警戒や退避の念を復讐の一念で圧し潰す。仇討ちのためなら、復讐のためなら、彼はどこまでも無謀となれた。「――君麻呂ッ!!」「!?」……だから、その行動も、彼にとっては本来ならば不本意。気付けば彼は両脇を掴まれたまま、その姿勢“逃走”の体を成していた。「他由也ッ!? 左近ッ!? 何を、している……!?」左右で彼の腕を掴み、一目散にその場を離れようとしている、五忍衆の二人。その顔は共に前を向き、何かを耐えるかの如く表情を歪ませている。三人が駆ける後方、君麻呂の視界正面には、一人、鬼童丸がその特異的な術技を以て敵の追撃を防いでいた。「――蜘蛛巣開!!」「むッ……!?」「これは……!!」「動けぬ……ッ!?」放射される蜘蛛が放つが如き糸、彼固有の術技。粘着質のそれに『血風連』が足止めをくらう間、三人と君麻呂は会場の外へと駆ける。その行動に、君麻呂は無論、反発する。「貴様ら何をしている!? 何を、逃げ出そうとしている!?」その言葉に、左で彼の腕を掴む他由也が返す怒声を浴びせる。「この、クソ馬鹿野郎がッ!! あの人数相手にして無事に済むわけねえだろうッ! ウチらは“機を逃した”んだよ! そのくらい気付けッ!!」「君麻呂、テメエが大蛇丸様の仇討ちに固執するのも分かるが、少し頭を冷やせ! こんな所で死んじまったら何にもならねえだろうが!!」それらの抗弁に、しかし、君麻呂はその首を縦と振らない。「黙れッ!! 大蛇丸様の力をただ恐れてただけのお前らに何が分かる!? ここで復讐を果たさずに逃げて、僕はどうしろというんだ!?死ぬのが嫌ならその手を離せ!! 逃げるのなら貴様らだけにしろ!! 僕に、仇を討たせろ……ッ!!」「このッ……!!」叫ぶ君麻呂の言動に他由也が感情を爆発させようとした、その瞬間。「――ああ、その通り、逃げたい奴だけ逃げればいい……!!」「「「!?」」」現れた長身、君麻呂が怨敵・春野ホウセン。間髪おかず、その“赤髪”が空を裂く。「もっとも……誰一人として逃がす気はないがな!!」迫る殺気、繰り出される裂帛の一撃。“髪”は槍の形をとり、その神速を以て君麻呂へと一直線に奔る。誰もいないはずの空間。そこから突如現れたその脅威に、隠密の頂点が繰り出すその攻撃に、君麻呂は不覚にも反応出来ない。一瞬の後。そこには、胴を確かに貫く、鮮血に染まった“赤髪”の存在が成立した。「―――」絶句する“三人”。一拍の間をおいて、その光景を目前にする左近が、ただ呆然と口を開いた――「……鬼童、丸……?」――音忍五忍衆、鬼童丸の血濡れの姿を。「鬼童丸ッ!?」叫ぶ他由也。驚愕に目を染める左近。その二人の状態、そして一人の行動の結果に、君麻呂が信じられぬとばかり声を震わす。「何故……何故、だ……? 何でお前が……僕を庇うッ!?」その言葉に、体を貫かれたまま鬼童丸は口の端を上げる。「……“仲間”、だからな……」「……馬鹿、な!?」呆然とする他由也と左近。愕然とする君麻呂。その視界の中では後方から『血風連』が追いつくのを捉え、しかし、その事実すらも理解出来ぬ茫漠とする時間が過ぎる。直後。「チッ、外したか……この雑魚がッ!」ビュオンッと引き戻される“赤髪”。鬼童丸の胸元から、その瞬間、大量の血液が噴き出す。その出血量は、明らかに致命傷。殺した。そう断じるホウセンが、次に残りの三人をも抹殺せんと命を下す。「殺せ――」命を下し抹殺する、その筈、だった。「――させねえ、ぜよ……!」「!?」弾け、乱れ飛ぶ糸。それらは悉く粘着質の糸、束縛を相手へ強制する鬼童丸の術技。口元には不敵な笑みを。集結した『血風連』ごと追手を捕縛した鬼童丸は、薄れゆく意識の最中で言葉を紡ぐ。「確かに俺らは、お前程に大蛇丸様を慕っていたわけじゃない……むしろ、恐れていた。仇討ちなんてもんが浮かばないぐらいに、あの方を恐怖してた。それは、否定……しないぜよ」「……なら、どうして……ッ!!」君麻呂が、その目を驚愕に見開く。信じられなかった。所詮は戦場での味方、敵ではないというだけの冷え切った間柄でしかなかった者に庇われたことが、君麻呂には不可解だった。『血風連』達が糸に悪戦苦闘する最中、鬼童丸が弱弱しく、だが確かに口を開く。「言ったぜよ……“仲間”だから、ってな……。俺も、お前も……他由也も、左近も、次郎坊も……音の里の連中は皆、大蛇丸様が拾ってきた孤児ぜよ……。そんな大蛇丸様に、恐れてても、俺は一つだけ、感謝してる――」鬼童丸の手に歪な剣――蜘蛛粘金と呼ばれる術により作り出した武器――が握られる。瞬間、「ぎッ……!?」「ほう……俺の打ち込みに気付きやがったか」鍔迫り合う鬼童丸と、出現した再不斬。ギリギリと睨み合う両者は、しかし、再不斬が圧倒的に優勢。急速に圧されていく最中、鬼童丸は言い続ける。「――それが、“仲間”、ぜよ……友達も家族もいなかった俺らに、居場所をつくってくれた……“仲間”を、つくってくれた……そのことには心底、感謝してる……有難い、ぐァッ!?」弾かれる。振り抜くと共に大刀を構える再不斬は、瞬間、その顔を驚愕に満たす。両足と大刀、それらと地面との間に粘着質の糸が絡みついていたのだ。(今の一瞬で、だと……!? この野郎……!!)憤るも、糸は切れず。背後の『血風連』共々、再不斬は切れないその糸に一瞬一瞬を浪費する。弾かれた後、やはり弱弱しく立ち上がる鬼童丸が、背後に向けて言葉を投げ掛ける。「だから――“仲間”のためなら、こんな刺し傷ぐらい、どうってこと、ない、ぜよ……ここは、任せろ。時間稼ぎは、得意分野ぜよ」「鬼童丸……!!」震える言葉。直後、他由也と左近の両足に再び力が入る。跳躍と疾走の予兆であった。「……この、クソ馬鹿野郎が……」「……追いついて来いよ……」言われて、拳を掲げる鬼童丸。その様子に、ホウセンが声を荒げて叫ぶ。「こいつら……! 畜生、逃がしたりするんじゃないぞ!!」言って、しかし、糸は解けず。依然として悪戦苦闘し続けるホウセン達の前方、そこには既に三人の姿は無く、いるのは唯一人、大量の血液を流し続ける鬼童丸のみ。その彼は瀕死の傷を負って尚、その眼光には意思の強さが宿っていた。「時間稼ぎ……ああ、でも――」直後、その顔が笑みを刻む。「――別に倒してしまっても、いい……な」直後、薄れるその視界の中では、鬼人の両足と大刀が地面ごと引き抜かれていた。◆◆◆◆◆「――失態だな。よもや大蛇丸の腹心、その内の三人も逃がしてしまうとは」言って、桜色へと色を戻した長髪の男性・春野ホウセンは傍らの存在へと話しかける。話しかけられた男・桃地再不斬は、その言に込められた不愉快の念を鼻で笑い飛ばす。「たかが三人、って言い方は出来ねえのか? 大蛇丸とカブト、この二人さえ殺せりゃ問題なんぞねえだろうよ。大体、俺がアンタに雇われたのはあくまでこいつらブッ殺すための駒として、だろう? 駒に標的以外の対象まで殺すのを期待すんのは、ちょっとお人好しが過ぎるぜ」「……確かに俺が指示したのはその二人だけだが、それにしてもサービスしてくれたっていいのではないか? 五忍衆と衝突するのは分かり切っていたことだろう」「だから、殺したじゃねえか。邪魔してくれた“蜘蛛野郎”を、きっちりな」沈黙するホウセン。同じく口を閉じる再不斬。数瞬の後、ホウセンがその身を翻す。彼の直属の部下たる『血風連』は、既に会場近辺の戦場へと戻していた。「これだけは言っておく。俺がお前を雇ったのは、飽く迄木の葉の連中には秘密裏に動くためだ。今後も、目立つような行動だけは避けろ。戦闘時は特にだ。いいな?」その言葉に、再不斬はニヤリと笑みを浮かべる。「そのために、アンタの部下―― 十常寺とかいう野郎から“巫術”を習ったのさ。チャクラの内の精神エネルギーだけを消費する術。感知なんてされるはずがねえよ」「………」暫く再不斬を見て、その後、ホウセンがその姿を消す。木の葉が誇る最高位の隠密術。その完成度は、やはり忍びとして暗殺者として優れたもの。伊達で、再不斬程の忍者が雇われているわけではなかった。一つ息を吐き、再不斬はその顔を空へと向ける。表情には、憂いの念が微かに浮かんでいた。「胸糞悪い仕事だ……“お前”は、それでも付き合ってくれるのか……?」数瞬の後、再不斬はその顔に今度、不敵な笑みを宿す。「いつまでも共に、ね……今の“お前”が言うと、少し洒落にならんな。俺を殺せば、俺も“お前”も、多分ずっと永遠だぜ?」すると、再不斬の顔が少し歪む。「……ああ、ああ、悪かったよ。その手の冗談が“お前”は嫌いだったな」視線を、再不斬は再び前へと戻す。その手に首切り包丁を。姿は以前より変わらず、しかして、その背後には彼を“守護するべき者”の存在があった。「さて――行こうか、“白”」――はい、再不斬さん。かき消える再不斬の体、瞬身の術の発動。姿は、もうどこにも見当たらない。