仕事が終わった後、メイヤと少年メーの交際について、『女帝ちゃんホットライン』を使って女帝へコンタクトを取ってみた。 すると、女帝はとても乗り気で、惑星フィーナへ連絡を取ると言っていた。 あの二人の仲のよさは、女帝もしっかり目の当たりにしていたらしく、世界樹人と異世界人の新たな架け橋になると喜んでいた。 メイヤが言うには少年メーとはキスも済ませた仲らしいし、ここまできたら二人の交際は決まりだな。キスが地球、世界樹、テアノン共通の親愛を表わす行為というのが少し興味深い。 しかし、私的には、やはり一方的に婚約解消されてしまう、メイヤの婚約者が可哀想である。そのことを女帝にこぼしてみたのだが……。『婚約者の心を繋ぎ止められていない、男の方の失態じゃろ。婚姻がまだなのじゃから、女側の不貞にはならん』 うーん、厳しいご意見だ。 私が元男だから、必要以上に男の方に感情移入してしまっているのだろうか。 そして終業後の侍女宿舎にて、メイヤの周囲は、彼女が真実の愛に目覚めたとしてもてはやしていた。私が女帝との会話の結果をメイヤに話すと、『幹』に公式に認められた恋愛と聞いて、周囲は大盛り上がりである。 とりあえず、私は当たり障りのないように、婚約破棄された男の方も大変だね、みたいに言ってみた。すると、メイヤの親友のリーリーから思わぬ言葉が返ってきた。「メイヤが結婚しないならー、私がフェンっちのお嫁さんになるから大丈夫だよー」 フェンっちとは、その婚約破棄された男の名前か何かなのだろう。 これはどういうことだろうか。リーリーの思わぬ言葉に、私以外の侍女達も興味をそそられたのか、メイヤを質問攻めにするのを止めて、リーリーに注目している。「ええと、それは、リーリーがその彼の婚約者候補の一人だったってことか?」 侍女達を代表して、私が彼女に尋ねてみる。「んー、メイヤとフェンっちの家は昔から魔法関連で関わりが深くて、婚約は早くから決まっていたんだー。でも、私はフェンっちのことが好きだから、愛人にでも収まれないかなーって思っていたんだけどー……。思わぬ展開に、幸運が舞い降りた的な?」「愛人て、それはどうなんだ……。でも、婚約破棄されたからといって、上手く次の婚約者の座に収まれるものなのか」「そこは親友の力に頼るというかー」 リーリーがメイヤの方を見ながら言った。「そうですわね。私の両親に頼んで、リーリーをフェン様のご両親に推してもらいますわ。『幹』の都合で婚約は解消となりますが、他に王妃付き侍女を務める才女が貴方の子息を慕っていますよ、といった方向性で」 ああ、フェンっちはあだ名で、正しい名前はフェンか。 そして、メイヤの言葉を受けてリーリーが嬉しそうに言う。「えへへー、私、才女でーす」「まあ、全て丸く収まるならそれでいいのだろうな……」 私はそう言って引き下がった。一方的に婚約破棄されても、新たな婚約話がすぐ上がってくるなら、問題はないだろう。多分。 そんな私のまだしっくりきていない心中を察したのか否か、メイヤが微笑んで言った。「これが、皆幸せになれる一番の方法なのですよ。私とリーリーは、好いた人と結ばれて幸せ。フェン様は、自分を愛してくれる妻を持てて幸せです」 よかった……婚約破棄されて不幸になる男はいなかったんだ……。ということで、素直にメイヤとリーリーを祝福しておくことにする。 現状で他所に好きな人がいるメイヤと結ばれるより、リーリーと愛を育んだ方がフェンとやらも幸せになれることだろう。 もし彼がメイヤのことを愛していたとしたら、泥沼の愛憎劇が繰り広げられそうだが……それはないことを祈っておこうか。◆◇◆◇◆ 明くる日、私は週に一度の休日だったので、自室でごろごろと寝転がりながらカヤ嬢の私物の本を読んでいた。 今日はカヤ嬢も休みだったのだが、新しい本を仕入れてくると言って、城下町に繰り出している。 私も城下町についていこうとしたのだが、カヤ嬢から「それよりもこれを読んでおいてください」と本を渡されてしまった。 どうやら、二週間の旅行で部屋を空けている間に、本の話題を共有できる人がいなくて寂しかったらしい。 そういうわけで、今日は読書三昧だ。 と、考えていたのだが……不意に部屋をノックする音が響いた。誰か遊びに来たのかな。 そう思って扉を開けると、そこには侍女ではなく、王城の女官が立っていた。「キリン様ですか?」「はい、そうですが……」「今すぐ魔法宮へ出頭するようにと、宮廷魔法師団の団長から指示が出ています」 なんだいきなり。また休日に遊びに来いとのお達しか?「ええと、侍女の制服に着替える必要はありますか?」「いえ、仕事ではないので私服で構いません。ある意味では、仕事と言えるでしょうが……」 うん? なんだ、思わせぶりなことを言うな、この人。「では、伝えましたので、私はこれで失礼します」「はい、わざわざありがとうございます」 そうして女官は部屋の前から去っていった。どうやら魔法宮まで女官が同行するわけではないらしい。「キリンゼラー、あんたもついてくるか?」「いや、妾はもう少しここで本を読んでおくのじゃ」 部屋の新たな住民となった神獣の使い魔に同行するか聞いてみたが、どうやら人間の恋愛小説に興味津々のご様子。器用に毛を伸ばして本をめくっている。 私はとりあえず、部屋に据え付けられている鏡台で身だしなみをチェックして、魔法宮へと向かうことにした。 魔法宮は王城の敷地内にある、石造りの高い塔だ。宮という言葉に相応しく、一階部分は王宮にも劣らない美しい外観の宮殿になっている。 その塔の中には、国のエリート集団である赤の宮廷魔法師団が詰めている。 宮廷魔法師団の幹部は貴族の者達だが、一般団員は市井の魔法使いの中で特に魔力が高く、魔法の技量も優れている者が集められている。 そして、一般団員には一代限りの貴族の位である魔法爵が与えられる。その魔法爵を授けられた者の中でもさらに秀でた者は、貴族の家の養子となる。そして、幹部の家族の配偶者に選ばれるのだ。 そういう点から見ると、宮廷魔法師は今の近衛騎士団第一隊と並んで、平民が貴族に成り上がれる数少ない職業だな。 まあ、ひたすら鍛えればなれるかもしれない近衛騎士と違って、宮廷魔法師は生まれつきの高い魔力がなければどうしようもないのだが。 ちなみに個人の持つ魔力の高さは、遺伝が占める割合が多い。ただし、突然変異で魔力が高い子も生まれるからこそ、平民の魔法使いから宮廷魔法師が選ばれるのだが……。 魔力は遺伝するからか、魔法使いには血統を重視する者が多い。この国の貴族はそこまで血統を重視しないのだが、魔法使いの家だけは別だ。宮廷魔法師の幹部同士の家で古くから婚姻を繰り返し、そしてときたま市井からも優秀な人材を取り入れ、結果的に一大派閥を築いているらしい。 なんだか面倒臭そうだよな。私が魔法宮に行っても、そんなことを考えさせない気のいい人ばかりなのだが。 まあ、私に優しくしてくれるのは、私が極めて魔力の高い人間だからかもしれないな。 そんなことをつらつらと考えながら、魔法宮の中へと入る。 今日は週に一度定められている日曜日的な日なので、人の姿は少ない。「キリンです。呼び出しに応じて参りました」 とりあえず、馴染みの部署へと入りそう声を投げかける。 すると、室内にいた魔法使い達が、一斉にほっとしたような顔をした。「よく来てくれたな」 そう言って私を迎えたのは、以前おじさまと呼んでくれと言っていた宮廷魔法師のお偉いさんらしき人だ。「おじさま、お久しぶりです。魔法隊長からの呼び出しがかかったのですけれど……」「ああ、私が団長だ」「そうだったのですか」 魔法隊長のおじさまが、私に向けて魔法の紋章を空中に投影した。これは、魔法使いの間で取り交わされる名刺のようなものだ。 私も、胸元のペンダントから紋章を投射して、おじさまと情報を交換した。 ふーむ、140歳の魔法使いか。すごい人だったんだな。まあ、師匠は前世で二百歳以上生きたらしいが。「それで、早速だが、地下の印刷所に向かってもらいたい」「地下ですか。印刷所は前に王妃様と一緒に行った場所でよろしいですか?」「ああ、案内をつけよう。そこで、セリノチッタさんをなだめてほしいのだ」「師匠が何かしましたか……」「少し他の幹部と衝突してな……」 うーん、この歳になって師匠のお世話か。手が焼けるなぁ。 というか、師匠は元々この魔法宮に勤めていたのだし、三年間しか弟子をしていなかった私より魔法宮の人の方が、関わりが深いんじゃないか? そう思いはするのだが。「君くらいしか、彼女を穏便になだめられそうな者がいなくてな……なにせ聞く耳を持たん」 穏便じゃないならどうにかなるんですかね? 無理じゃないかなぁ。 まあ、そう言われてしまったのでは仕方がない。「では、向かいましょう。地下まで案内してくれますか?」「ああ、人を一人付けよう。フェン! こちらに来い」 魔法隊長が呼びかけると、「へーい」と返事をして一人の宮廷魔法師がやってくる。 以前、休日に『魔女ウィーワチッタの軌跡』を見せてくれた若者だ。……フェンだって?「彼女を印刷所に案内してやってくれ」「了解しましたー。さ、魔女姫様、向かおうか」 そうして私と若者は、地下へと向かうことになった。 その道中、いろいろ気になった私は若者に話しかけた。「フェンさんとおっしゃるのですか?」「そうだよー。あれ、前回自己紹介しなかったっけ」「はい。……ところで、侍女のメイヤという人をご存じですか?」「ああ、俺の婚約者だねー。そういえば魔女姫様と同じ部署に異動したって聞いたっけ」 うわあ。この人、渦中の婚約破棄された人だ。ただ、メイヤのことを婚約者と言っているということは、婚約破棄のことはまだ知らないのかもしれない。これは、迂闊なことを話せないな……。「メイヤとは仲がいいのですか?」 しかし、ここで踏み込む私。「んー、家同士は仲がいいけど、俺はほとんど会ったことがないよ。でも、美人の嫁さんなら愛せる自信がある!」「なるほど。ところで、リーリーとも知り合いだとか」「ああ、リーリーも王妃様のところの侍女になったんだっけ。彼女はねえ、王都の屋敷が隣同士なんだよね。メイヤと会うときも、リーリーを介して会うことがほとんどだったなぁ」 これ、やっぱりリーリーと結ばれた方が幸せになれるやつでは? なんだかんだで丸く収まったんだなぁ。奇跡的な結末だな。 そんなことを思いつつ、魔法エレベーターで地下区画に到着。エレベーター室の扉が開くと、突然魔力の奔流が身体に叩きつけられた。「ひっ!」 フェンさんは、あまりにも強い魔力に反応して、その場で魔法障壁を張った。 うーん、確かに魔力は強いけど、魔法が発動している感じではないな。私は一人、中に踏み込んで魔力の発生源に視線を向けてみた。 青髪の少女姿の師匠が、何やら一人の女性宮廷魔法師とにらみ合って魔力を互いにぶつけ合っている。あの女性は確か、この印刷所で所長とか呼ばれていた魔法宮の幹部だ。そんな二人の背後では、ひらの団員であろう宮廷魔法師達が印刷機を守るように、必死な表情で魔法障壁を張っている。 うーん、確かあの所長さん、昔の師匠の部下で、師匠のことをいけすかない女だとか言っていたな。やはり仲が悪いのか? 私は、とりあえず彼女達に近づくことにした。「魔女姫様、よく障壁張らないでこの中歩けるね……」 後ろからフェンさんもついてくる。魔法障壁? いらないいらない。この程度の魔力、災厄の獣の持つ邪悪な波動と比べたらなんてことないよ。 私は、にらみ合う二人の傍へとたどりつくと、二人に向けて言葉を向けた。「なにやっているんだ、師匠に所長さん」 声をかけられた二人はするどい表情のまま私の方へと顔を向けてくるが、そこにいるのが私と知って、少し柔らかい表情になった。「キリンではないですか。何用ですか」 師匠が魔力を所長に向かってぶつけながら、そんなことを言ってくる。「何用ですか、じゃないよ。喧嘩しているっていうから、休日だというのに仲裁に駆り出されたんだ」「喧嘩などしていません」「何言ってんのよ! あんたから喧嘩売ってきたんでしょうが!」 師匠の否定の言葉に、所長さんがキレたように叫ぶ。「喧嘩をしていないなら、その魔力はどういうわけだ」 所長さんはとりあえず置いておいて、師匠に聞いてみる。「アミスチラが先に魔力をぶつけてきたのです。私は応戦したまでですよ」「あんたが喧嘩を売ってきたからでしょうが!」「……所長さんが言うには、師匠が喧嘩を先に売ったそうだけど?」「売っていません。普通に世間話をしていただけです」「あれのどこがよ!」 まあ、師匠の物言いってすごく神経を逆なでするからなぁ。 でも、師匠と数十年前に上司部下の関係だったなら、その程度解っていそうなものだけれど。 とりあえず私は、話の先を師匠から所長さんに変えた。「で、所長さん、何を言われたんです?」「こいつ、私の仕事を馬鹿にしたのよ!」「馬鹿になどしていません」「したじゃない! 印刷なんてやっているのかって見下すように!」「昔の魔法研究を捨てて他の仕事にうつつを抜かしていいのかと、叱咤激励したまでです」「研究は終わったわよ! 印刷業は片手間でできるような仕事じゃないの! 高度な魔法技術を必要とするんだから!」 師匠と所長さんが魔力を互いにぶつけながら、言い合っている。 うーん……。こりゃあ、絶対に師匠の言い方が悪かったんだろうな。書は学を啓蒙するって昔言っていたから、出版業を見下すような人じゃないし。 まあ、師匠だしなぁ。「所長さん、師匠に悪気はないですよ」「あんた、こいつの肩を持とうっての!?」「いえ、そうではなく。本当に師匠は馬鹿にしていないんですよ。単に口が悪いというか、言い方が悪いだけで。昔からそうじゃありませんでしたか?」「昔から、部下を小馬鹿にした意地の悪い上司だったわ!」 やっぱり師匠は、師匠なんだなって……。「所長さん、それ、小馬鹿にしていないんです。むしろ馬鹿なのは師匠の方で、内心なんとも思っていないのに高圧的な口調になってしまう駄目で残念な人なんです」「……そうなの?」 私の言葉を受けて、所長さんの表情に驚きが浮かんでくる。「こら、馬鹿弟子。師匠を馬鹿呼ばわりとは、なんて無礼なのですか」「はいはい、師匠はいい加減、魔力を収めようなー」「これは、アミスチラが魔力をぶつけてくるから応戦しているだけです」「解ったから。師匠が魔力を収めたら、向こうも収めるから大人しくしような」 私の言葉に、師匠はしぶしぶと従い、魔力を収める。 すると、所長さんも空気を読んだのか、魔力を放出するのを止めてくれた。やっぱりこの人、いい人だな。「はい、喧嘩終わり。師匠は所長さんに、ごめんなさいしような」「なぜですか。私は何も謝るようなことはしていません」「したんだよ。師匠が気づかなかっただけで、所長さんは師匠の言葉で傷ついたんだ。いや、今回だけじゃなく、師匠が上司だった頃も散々言葉で傷付けられていたんだ。だから、謝ろう、な?」 私は、師匠の目を真っ直ぐに見上げて、そう言った。師匠はただじっと私の目を見返してくる。そして。「……アミスチラ。弟子が言うには、どうやら今回は私が悪かったようですね。謝罪します」「……いいわよ別に。あんたが謝るだなんて、きっと明日は天気予告がくつがえるわね」「むっ、人が素直に謝ったというのに、なんですかその物言いは」「なによ!」「はいはい、また喧嘩しない」 再び二人が喧嘩腰になりそうになったところで、私が間に割って入り仲裁する。所長さんも怒りの沸点が低そうだな。口も悪いかもしれない。 正直、細かい言い合いまで仲裁していられないので、これでミッションコンプリートということにしておこう。「よし、フェンさん。これでいいですね? 上に戻りましょう」「待ちなさい」 帰ろうとしたところで、師匠から待ったがかかった。「せっかくここまで来たのです。魔女の修行の続きをしますよ。塔のゴーレムに連絡を取りましたが、全く修行が進んでいないようですね」「ええー。師匠、私は別に魔女を目指してはいないぞ。他に弟子を見つけなよ」「テアノンにも今の魔法宮にも弟子はいますが、私の力を完全に継ぐべき者はいなかったのですよ。女帝陛下に聞きましたよ。原初の神獣の魔人だったそうですね。やはり、貴女こそが私の後を継ぐのに相応しい」 うへえ。私は侍女の仕事をして、のんびりとした老後を過ごすと決めているのだがな。「ウィーワチッタ、修行くらい受けておきなさいよ。こいつ、性格はともかく魔法の実力は王国一どころか、『幹』でもそう並び立つ者はいないんだから」 所長さんまでもが、師匠側に回る。「さすが魔女姫様。セリノチッタ様直々に指導を受けられるだなんて、チッタの名を受け継ぐだけありますねー。うらやましい」 フェン、お前もか。「さあ、まずは貴女の得意の妖精言語から見ていきますよ」 そうして私は休日を魔法の修行に費やすことになり、読書を進められずにカヤ嬢に悲しい顔をさせてしまうことになってしまったのだった。 本の感想をカヤ嬢と言い合い楽しそうにする、キリンゼラーの使い魔がうらめしい……。