いつもの満員電車に揺れる中、私は手摺を掴みながら立っていた。 いつもの灰色のブレザーに身を包みながら いつものワンポイントの手提げを握り いつものように代わり映えのない、窓の外を眺める。 今日もいつもと変わらない朝がやってくる。 私は、そんないつもの光景に見飽きていた。 トンネルに入り、窓に映る光が消え、外の薄暗く輝くオレンジ色の光が私の顔を映し出す。 いつもと、変わらない冴えない私がそこにはいた。「私」は『私』と恋をする。episode 1 柳瀬杏 私の名前は、柳瀬杏……中学2年生。 身長156センチ、体重は秘密。スリーサイズは内緒。 ただ周りから見るとそこまで発育が悪い方でなければ、そこまでいいわけでもないようだ。 髪型は、耳にかかるほどの長さの茶髪だ。現在は伸ばしている最中である。 「杏!今日の部活なんだけどさ……」 私は、今現在、吹奏楽部の部長を務めている。 今月の発表会に向けて、みんなの期待を背負い、一生懸命に練習に励んでいる。「ねぇ、杏?文化祭の出し物、考えてくれてるの~?」 そして、文化祭実行委員としてクラスの代表も務めている。 毎年行われている中学で一番盛り上がるイベントの一つ……絶対成功させないといけない!「ちょっと!杏は、まず生徒会役員の仕事が……」 生徒会役員の仕事……学校運営に携わる仕事は無視できない。 みんなからの投票で選ばれた仕事だし……。「「「杏~~~!!!」」」「お、落ちついて!みんな、順番順番!」 私は周りからの声を受けながら、笑顔で答える。 みんなからのお願いなんかを断れない私、いや、それでも自分としては好きでやっていることだ。こういった代表者だけでなく、私のメールにはいつも後輩や、先輩、クラスメイトからの相談、悩み事でメールはいっぱいだ。私はそんな相談を受けながら、自分が皆にとって必要な存在であると言うことを噛みしめている。だから、例え大変であっても私には、苦痛でもなんでもない。「じゃあね~~」「また明日!杏!」「おやすみ~~」 学校は遠く、電車に乗らなければいけない。 クラスメイトに手を振って別れを告げ、私は一人、電車にと揺れる。朝とあまり変わらない満員電車に揺られながら、暗くなっている外の景色を見つめる。ガラスに映る私の顔は、疲れた表情が浮かんでいた。 今日も……21時くらいになった帰り。「ただいま……」 一人、つぶやく私の言葉に帰ってくる返事はない。 私の住んでいる十階建てのマンションの一室に住んでいる私に、私を出迎えてくれる家族は存在しない。なぜか?簡単だ。私の家族は、私が幼いころに離婚している。だから、私の記憶のある時、誰かと遊んでもらった記憶はない。私を引き取った父親も仕事で家をずっと空けていて、銀行に毎月の生活費だけが振り込まれていると言った状況だ。もう顔も覚えていない。だから、私には人を愛したり、愛されたりする感覚がないのだ。ずっと孤独だった中で、私は誰かに好かれたかった、愛されたかった。だから外にそれを求めたのだ。そう……学校に。みんなから愛されたくて、必死になって……。だから……苦しくなんかない。 朝、目ざまし時計が鳴り響く中、私は手を伸ばして時計を止めようとする。 止めようとした、その手に触れる生温かく、柔らかい手触り……。私は無意識のまま時計を別の指と一緒に止めた。そこで私は、意識を覚醒させる。「「……」」 そこには、少し寝ぐせのついた茶髪の短髪で、眠そうな顔をしている、いつも鏡で見ている自分がそこにいた。何が起こったのかわからないだろうが、私も何が起きているのか理解できなかった。しばらくの沈黙ののち、私達は、お互いを指差して大きく口を開けた。「「え……あ、あああああああ!!!」」 思わず声をあげて、私は、目の前の自分、あっちは、私の口に手を伸ばして、その悲鳴を上げる口をふさぐ。それでも、暫くは、私たちは、お互いから視線を外せなかった。私たちは、お互いに目をやり、生唾を飲み込みながら、互いのふさいている手を叩いて、気分を落ちつかせたことを合図する。私たちは同時に、手を離し、もう一度、目の前の自分をまじまじと見つめる。「あ、あんた……誰?」「や……や、柳瀬杏……あ、あんたは?」「わ、私も……柳瀬杏」 二人の口から飛び出す同じ名前。 私たちは、お互いを見つめながら、寝間着姿のままベットの上で正座をして対峙している状態でいる。まるで私達の間に鏡でもあるかのように、まったく同じ姿で私達は座っていた。ただ違うのは鏡であれば逆になるはずの姿が、しっかりと同じ向きで髪の寝ぐせになっているということだろう。、「い、いやいや、杏は私だから」「何を言って……私が杏だから」「「……」」 それならばと私達は相手に対して、自分しか知らないことを相手に問いただしてみる。相手も同じように問いただしてくる。自分しか知らないこと、それを相手は淡々と答え、そして相手の質問も、私は淡々と答える。これだけ見た目がそっくりで記憶や性格も酷似している。私たちは、お互いを見ながら、とある結論に達してしまう。それは、この目の前の人物は、もう一人の杏……私自身であるということだ。そう……私は、どういった理由かはまったくわからないが、二人になってしまったのだ。複製なんて科学的なものではない。「はあ……なんで急に、こんなことに」「それはこっちが聞きたいよ」 私達はベットの上でお互いを見ながら壁にもたれて話をする。「どうして、私が二人になんて」「知るわけないじゃん、そんなこと」「知るわけないって……、だいたい私が、昨日行動した中で何かしらの理由がある筈でしょ!?」「だとしたら、そっちの私だって何かしら理由がわかるんじゃないの?私にばっかり聞かないでよ」「私も考えるから、そっちの私も考えなさいよ!」 私達は、お互いに言い合いながら、理由を考える。 だが、なぜ自分が二人になってしまったかなんて……何一つ、思い当たる節などなかった。私達はただただ苛立ちだけが募っていく。そんな中、携帯のバイブが鳴る。私ともう一人の私の手が同時に伸び、携帯を掴む。私たちは二人して、相手を見るが、まったく手を離す素振りがないので、二人して、携帯を持ち、メールを見る。『今日どうしたの?まだ学校来てないみたいだけど?体調悪いの?文化祭の仕事どうするの?』 そこで杏は、初めて時間のことを思い出したのだ。携帯の時計に目をやれば、そこには八時半の文字がある。完全に遅刻だ。無遅刻である私の記録が一瞬にして崩れ去った。私たちは、二人で携帯を握り合ったまま、肩を落とし再度顔をあげた。「制服着替えて……」「学校、行かないと……」 遅刻はもう仕方がない。でも、欠席だけはしてはいけない。そう思った私たちは、携帯から手を離して互いにハンガーにかけれらている制服にと手を掛けた。私たちは、再度お互いを見る。「「なに?」」「それはこっちの台詞!」「違うでしょ!私の台詞だってば!」「だいたい、あんた学校なんか嫌いだろ?!」「あんただってそうでしょ!?どうしていくのさ!」 私たちはその手に制服を持ちながら、お互いに引っ張り合う。同じ手で、同じ力で制服を引っ張りながら、私たちは、まるで箍が外れたかのように、お互いに言葉を言い放ち合った。それは隠された自分の本心……。「みんなに、いい顔しているだけの癖に!」「疲れてるのに、無理に頑張ってるだけなのに!」「ストレスばかり溜めて、自分の楽しいこともできないで……」「耐えてばかりで、毎日が死ぬほどつまらなくて……」「本当の友達なんかいないくせに、みんな自分を利用していだけだって知ってるでしょ?」「誰も味方なんかないないのに、誰も本当に愛してくれる人なんて誰もいないのわかってる?」「「そんな学校に行きたがるんだよ!」」「そんなの……」「決まってるじゃん……」「「一人がイヤだからに決まってる!!」」 学校の自分の立場を否定したら……もう、私を愛してくれる人は、この世界に誰もいなくなってしまう。私達は大きく息を吐きながら、自分の本心を相手に、もう一人の自分にと叩きつけ合う。そんな中、携帯のメールの着信のバイブだけが鳴り響いている。一人の私が携帯をとり、メールを見る。『相談事があるんだけど、返事頂戴?』『吹奏楽部の練習項目、今日何にするの?返事まだ?』『杏、早くメール返してよ、私待っているんだから……』 そこに書かれているのは、皆自分のことばかり。休みである自分を心配するメールなんか一通もない。「みる?」「……うん」 私が差しだした携帯を、もう一人の私が手に取り、メールの文面を見ていく。私は、そんなもう一人の自分を見つめながら、酷く疲れを感じた。今まで溜めこんでいたものを出したからだろう。もう一人の私は、携帯から目を離すと携帯を床にと放り投げた。携帯は床に落ち、滑るようにして転がっていく。私と私の視線が重なった。そこには今にも泣き出しそうな私がいた。きっと、それは、私もそうなのだろう。彼女を見たから、私は目を拭う。誰かに涙を見せるわけなんて情けない。それが私自身なら、なおさらだ。「……ねぇ、私?」「なに?私?」 ベットの上……。 隣に座るもう一人の私に声をかけて視線を向ける私。 それに答えるもう一人の私。「なんか食べる?」「そういえば、起きてから何も食べてなかった」 朝起きてから二人になり、お互いと喧嘩をして……そんなやりとりしかしていなかった。 今になってようやく、朝起きて落ちついてきたからだろうか、お腹が空いていることに気がつく。私たちは台所を一度見て、もう一度ベットに座っているもう一人の自分自身を見る。私達は、その手を伸ばす。「「ジャンケン……ポン!」」 数十回のあいこの後、1人の私が、台所の前にと立つ。「逆に疲れた」「これからはジャンケンじゃない方法で決めたほうがいいかもしれない」「賛成、同じ私同士じゃ、相性が良すぎるんだよ」 台所で、私が背中を見せて料理を作っている。自分の後姿なんて見たことがないから、なんだか不思議な感覚だ。灰色の寝間着に茶色の髪が首にかかっている。こう見ると私も腰とか、お尻とか出るところは出て、締まっているところは締まっている。なかなかに悪くないスタイルじゃん。私は後ろで自分をみながら、1人頷く。「まだ?」「ただ食う奴は、黙ってなさい」 こんな言葉、絶対に友達なんかに使わないのに、私同士だと遠慮はしないし、するつもりもない。卵焼きを作ったようで皿によそい、テーブルにとのせる。「はい、お客様、出来上がりましたよ」「わーい!それじゃ……いただきます!」「ったく、いただきます」 私たちは、箸を手に取り朝食を頬張る。お腹がすいているせいか、とても美味しく感じられた。「美味い!」「そりゃ、どうも」「って、自分同士で褒め合うっていうのもなんだか……」「んぐ……確かに、悪い気はしないけど……」「ま、まあ、素直に!誰も見ているわけじゃないし」「そ、そうだね。あ、ありがと私」 アハハハ……と苦笑いを浮かべ合う私達。自分同士を褒め合って、そんなことをして、なにをしているんだかと一瞬、自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。だが、彼女がいたおかげで、自分の気持ちを吐露出来たのは事実だ。それに、私のことをすべて知っているもう一人の私が今ここにいる。思っていることだって、感じていることだって、これまでの記憶だってすべて口に出すことなく相手には伝わっている。それって、実は凄い相性ってことなのかもしれない。私達は、食事を頬張りながら、お互いを見つめる。「……どっか、遊びにでも行こうか?」「いく?いっちゃう?学校サボって、遊びに行くなんて、優等生の杏さんとは思えないですよね?」「しかも、普段、友達……でもなんでもないんだけど。誰かと遊びに行くことなんてしないのに、きっと、信頼している人が見たら杏の信頼失墜じゃない?」「でもまあ、相手は私だし?」「確かに、自分と遊びに行くのなんて、1人で遊びに行くのと同じだよね」「同じ……なのか?」 不思議そうに首をかしげる私を、もう一人の私が背中を押して部屋の棚の前にとやってくる。私は私と服を着替え出す。休日は、いつも1人で、公園なんかでぶらついているから、そこまでお洒落な服はないのだけれど、まあ、それを買うためにも、二人は、あんまり派手ではない地味めな服を着る。別に誰が見ているわけではない。強いて言うならば、口うるさいもう一人の自分がいると言うことだけだ。「ま、まあ、か、買えばいいし」「自分にダメだしされるのが一番傷つく」「はいはい、凹まない凹まない」 校と寮は離れているとはいえ、学校をさぼって、遊びに行く姿はあまりみられていいものではない。私たちは細心の注意を払いながら、外にと出ていく。「さーってと、今日は遊ぶぞ」「ホントにね、いつものことぱーっと忘れて」「うん!」 私は、笑顔で私を見る。 目の前にいる私も、同じように笑顔で……。こんな顔をしたこと、私あったのかな?そう思えるぐらいに、彼女は輝いていた。私には、それがとても眩しい。同じ私だと言うのに、おかしな話だ。私たちは、そのまま駅前の繁華街にと出向く。お昼前ということもあり、学生の姿はない。こんなところで知った顔に会うのだけは避けたい。私たちは早速、目的の服屋にと出向いた。様々なお洒落といえるのかもしれない服が並んでいる。私たちは、それらを眺めながら、私は気に入った物を見つけると、その服を手に取り、他の服を見ているもう一人の私のもとに向かって、笑みを浮かべ、彼女に協力を申し出る。「いいでしょ?鏡で見るより、わかるから」「はいはい」 そういって、私はもう一人の自分に服を当てはめて、自分に似合うかを判断する。自分が2人いるって案外、使えるのかもしれない……。そんなことを思いながら私達は、お互いの身体に服をあてながら自分の服を選ぼうとする。「「あっ」」 私達が、互いに充てた服は、なかなかに似合っている。相手の声が気にいっていることを示しているようだったので、私達は相手が選んだ服にと目をやるとそれは自分が選んだものとまったく同じもの。私達は、視線を上げてもう一人の自分を見た。私達は同じ顔をして笑みを浮かべる。同じ自分である以上センスも同じということだ。ならば、こうして選ぶ服も変わらない。私達は、色違いの服を選び、購入する。「……これからも、あんたいるかもしれないしね」「そうね、あんた用にも買っておかないといけないし」 購入したものを互いに持ちながら、その言葉に私達は、お互いを見る。「「まるで私が消えちゃうみたいな言い方」」 私達はそこで、再度口喧嘩でも始めようかと思ったが。 相手が消えてしまうと考えることが、考えただけで……気持ちが暗くなってしまっていた。私達は、相手の顔を見たまま何も言えずに、ただ道を歩いていく。私たちの足は、ゲームセンターにと向かっていった。こうして、女の子二人……まあ、自分なんだけど、遊ぶのは初めてだから、何をどういう風に遊べばいいのかよくわからなかった。でもまあ、自分がしたいことイコール相手もしたいことのはずだから、そこは気を使わないで済む。気を使わないことが、こんなにも気持ちを軽くさせるとは思わなかった。「まだこの時間じゃ空いてる!」「そりゃ、普通なら学校だしね」「折角だし、とっとく?」 もう一人の私を見ながら、指差した場所は、プリクラ。私達は気持ちが高鳴るのを感じる。もう一人の私が、私の手を掴み、何も言わずに、そのままプリクラの撮る場所にと連れていく。周りのゲームセンターの店員がはしゃいでいる私達を見ているが、そんなものは気にはならない。一人でいれば違ったのかもしれないけれど、今は違う。二人でいることが心強かった。「は、はしゃぐな、恥かしいから」「なによ、そっちこそ……はしゃいでるくせに」「ったく、どこの世界に私同士で、一緒に写真を撮りたがる奴がいるのさ」「素直に、撮りたいって言いなよ?すごいノリノリな癖に」「……ばか」 私たちは、プリクラを撮る為に中に入り、様々な表情で写真を撮った。おもいっきり変な顔をして撮ったり、最初はこういったときどういう顔をして撮ればいいかわからなかったけれども、最終的には、お互いに身を寄せ、頬を寄せてそれこそ、まるで双子の姉妹のように自然と出る笑みで写真を撮れた。さっきまでの言い争いなどしていたとは思えないほどに、私たちは、写真を撮ることに夢中になっていたんだ。私達は、落書きの際に、いろいろなメッセージを、絵をかきながら、プリクラを楽しんでいた。『もう一人の私と……』『偽双子』『偽者はこっち⇒』『と、偽者の杏がそういってます』『特別な一日』『また一緒にとりたい』私達は、互いに落書きをした写真を見せ合いながら、ゲームセンターから外にと出る。「……楽しかった」「うん……凄い楽しかった」「あ、やば、すげぇ顔してる」 それは最後に撮った互いに身を寄せ合う二人の杏の姿。 どっちが自分なのかなんて……わからないほどに、私達は同じ笑顔をして映っている。「あはは……、あーなんか凄い幸せそうだね?この写真に映ってるあんた」「そう?あんたのほうが、彼氏と一緒に撮りました!みたいな感じだけど」「人恋しい杏には、そう思っちゃったのかもしれないけどねぇ~~」「人恋しいのはそっちでしょう?あーどうしよう、今日の夜、襲われちゃったら……」「私は、いいんだよ?あんたがどうしてもっていうなら、同じ私同士、仕方がないから」 そこまでいって私同士は、お互いを睨み合う。「なんで私があんたに頼み込むようになってるんだよ?」「あんたが、そういう話をしだすのがいけないんだろう!?」「人恋しいのは本当のことだろ!?」「だからって、どうしてあーいう話になるんだ!?」「「うぐぐぐ」」 私たちは、そこでまた言い争いを始めようかと思ったが、ふっと、肩の力が抜ける。「バカバカしい……自分同士で言い争いは、不毛すぎる」「朝の出来事の二の舞になるし……」 ため息をつきながら、私たちは、次の目的地にと向かう。今日はもう、普段友達同士が行く場所にすべて行ってやるつもりで、行動していた。次の目的地は、カラオケだ。私たちは二人で、個室にと入っていく。カラオケなんてくるのは、久し振りだ。早速お気に入りの歌を入れて、二人でマイクを握る。どうせ誰も聞いていないし、聞いていてもそれは自分なのだから。私たちは気分を高揚させながら、立って歌い続ける。「「~~♪~~~♪」」 視線を絡ませながら、私たちは、それこそ、嫌なことをすべて忘れた。自分が好きな楽曲を入れて、二人で歌い続ける。人の知らない歌なんかそこにはない。すべて自分が知っていて歌いたくて、楽しめるもの。だから私たちは盛り上がることが出来た。そして、楽しい時間は、あっというまに過ぎていく……。「う~~最高!」「あはは、いいストレス発散だった」「お腹空いた」「そうだな、どこかで食べようか」 私たちはファーストフードにいって、ハンバーガーを注文する。既に昼も過ぎていたし、人はまばらだったが、私たちはカウンター席で隣同士に座りながら、窓の外を眺めながら、ハンバーガーを食べている。「そっちのうまそうだな?」「わかった、わかった……その代わり、そっちのも頂戴」 先ほどから同じ自分同士、趣味も趣向、好き嫌いも同じだから、こうして食べ物まで一緒になってしまう。折角きたのだから別なものも食べてみたい。よって二人はあえて別々の物を頼んだのであった。私の前に差し出される、ハンバーガー。というか、あいつの食べかけの。本来なら、別の個所を食べるところだが、だが、ハンバーガーは別のところから食べれば、タレが落ちて余計に食べ辛くなる。私は一瞬、迷ったが、彼女の食べかけのところからパクリと食べる。向こうも差し出された私の食べかけの個所から一口食べている。「「美味しい」」 私たちは口を離して、そう告げた。 同じ私だから、別に……いいや、私の中ではそう結論付けられた。だって、彼女との私は、唾液や、舌や、匂いさえ…同じなのだから。彼女と私を分け隔てるものは何もない。心さえわかってしまう。それは今日の朝の出来事で実証済みだ。「さ、次はどこに行く?杏?」「そうだね~……ボーリング!」「決定!ふ、ふ、ふ。叩きのめしてやる!覚悟するんだな!」「私と同じ腕で、生意気なこと言ってるな?こっちこそ、叩きのめしてやるよ、杏」 私たちはボーリング場で、ストライクを連発しながら、最初はお互いに応援し合っていたが、徐々に邪魔をし合うようになって行って……まあ、それでも楽しかったのだけれど。気がつけば、もう十五時を回り、普通の学校の部活のない生徒は帰るような時間にとなっていく。「さ、帰ろうか」「時間だしね」 ボーリング場からでた私たちは、帰り道を歩き出していた。 ボーリング場をでると、外は薄暗くなりつつある。あんまり帰りが遅くなれば、下校途中の友人たちと出くわす可能性がある。サボった挙句、もう一人の自分と一緒にいられるところを見られたりしたらいろいろと面倒なことになる。帰り道を一緒に歩きながら、私達は今日一日のことを思い返す。私は、もう一人の私のほうを見る。すると、まるで知っていたかのように、もう一人の私も私を見た。互いの瞳に私が映り込む。「「寂しい?」」「……少し」「私も……」 率直な気持ちだった。 不思議なことに、私は、彼女と遊んでいたことが、楽しくて楽しくて仕方がなかったのだ。出来ることならこのままずっと遊んでいたい。気兼ねなく何も考えることなく、純粋に楽しめた。それをもっと続けていたい。そんなことを思ってしまいながら私達は、帰り道は言葉数少なく道を歩いていく。ただ……隣同士歩く私達の腕がぶつかり、手の甲が当たると、どちらからでもなく……その手に、指に指が絡みつき手を繋ぐ。それは、お互いの寂しさを埋め合わせるためなのか……ただ、触れたかったのだろうか。彼女の指は温かく……離したくなかった。私達は、互いの指を絡ませながら、自分達の寮の部屋にと戻っていった。「「ただいま」」「お風呂はいろっか?汗かいたでしょ?」「ああ、そうだな。洗濯物とりこんじゃうね」「ありがと」 いつも一人だと面倒な作業も二人いればスムーズだ。「夕飯どうする?」「外食だと、バレるしな……家で食べるか」「そうしよっか……朝食はつくったから……」「わかってるよ、ホント、私ってば他人から見ると、こうなんだな?」「な~に?杏、また自分同士で、自分の秘密を暴露する口喧嘩でもしたい?」「もういいです、面倒です」「わかればよろしい」 私は笑顔で頷きながら、夕食の準備に取り掛かる。私の好きなもの……単純なカレーライスだ。子供だと笑う者もいるかもしれないが、私は子供だ。ただ単純に頑張っているだけ。周りから好かれたいだけ。本当は、そんなことをしても無駄だってわかっている。そして、今日の出来事を見ても、誰も私のことなど本当には心配していない。私の役割だけがほしいだけで、利用されているだけ。そこに友達なんてものはない。私の本当の気持なんかわかってくれる人なんか誰もいないんだ。もう……そんなところに行きたくない。私は、私のことを見てくれて……私と一緒にただ遊んでくれる人がほしい。私のことを想ってくれる人に。「なに……考えてるの?」 ベランダに出ていた私の背中を抱きしめるもう一人の私。突然の声に、私は自分がもう一人の私が近づいてくれていることさえわからないほどに考えてしまっていたことを知った。もう一人の私はお腹にと手をまわして私を包む。私の肩にと顔を乗せて、頬を寄せる……。「……どうせ、私は誰にも想ってもらえていない……一人ぼっちだなんて考えていたんでしょう?」「ずるい、同じ自分相手なんだから、私の考えていることなんか丸わかりじゃん……」「でも、あんたがそう考えているってことは……私もそう考えているってことなんだよ?だから、ずるくはない」「そっか……私同士だもんね。あんたも、同じこと想って……」 前にいる私が、手を伸ばして、抱きしめている私の頬にと手を触れる。私と私は頬を寄せて重ねる。「「……あんたがこのままいれば、いいのに」」 私達は同じ声で、同じ大きさで同時につぶやいた。私達はその声と言葉に、互いにと目を向ける。「本当に?学校とか、いろいろ大変だよ?」「部屋騒がしくしないようにとか、バレないようにしないといけないんだよ?」「……いいよ」「そんなこと……」 私達は、互いの問いに答えながら互いのぬくもりを感じ合う。 ドクン……ドクン……。 背中から伝わる、もう一人の私の心臓の音……高鳴りながら、力強く響いている。 私の手に感じる、もう一人の私の心臓の音……高鳴りながら、力強く響いている。 抱きしめている感覚に、抱きしめられている感覚に……ずっとこのぬくもりを感じていたいと思ってしまっていた。 Phhhh……。 お風呂が湧いた音が部屋の中から響く。私達は、そこで現実に引き戻される。「お風呂……さきに」「……そっちが先に入りなよ、ベランダいて寒かったでしょ?」「どっかの誰かの身体が温かくて平気だった」「ば、ばか!!……私の癖に」「ねぇ……今の私の気持ちもわかる?」 もう一人の私が振り返り、抱きしめていたほうの私の両手を握り問いかける。その目は、少し潤んでいた。私はそんなもう一人の私の手を掴んだまま、彼女の思っていることを知る。なぜなら……それは、私が求めていたことだったから。私達は、顔が熱くなるのを感じる。もう何を言わせようとしているんだ、この私は。私は、彼女の手を掴んだまま、ベランダから出て、足を進めていく。それは、お風呂場にと向かって……。互いの握りしめる手が強くなる。「同じ体なのに……同じ私なのに……ううん、だからかな……離れたくない」「ば、ばか!!そこまで答えてほしいなんて……」「だって、私がそうだから……あんただって!!」「……」「……」 私達は、服を脱ぎながら同じ身体を晒し合い……風呂場にと入っていく。 私達はお互いの身体を見ながら、服の上でもわかってはいたが、やはりこうして裸になってみるとますます、お互いが同じ体であることが分かる。まるで鏡でも見ているような気がする。でも、鏡と違い、それには触れることができる。360度……鏡じゃ見ることのできない部分まで。全部……私達は、互いにお湯をかけ合い、そして、足を湯船にといれて、お湯にと浸かる。二人分の私がはいったことで、。お湯が零れていく。私達は、体育座りをしながら、互いと向かい合う形で、湯にと浸かる。「……はあ、とうとう同じ私同士でお風呂まで一緒に入っちゃった……」「喧嘩して、遊んで……なにしてるんだろうね?」 思わず苦笑いを浮かべ合う私達。「さっきの話だけど……」「な、なに?」 互いにお思い合うことは一緒……彼女が何を言い出すのか気が気じゃない私。「な、なんでそんな動揺しているのさ?」「だ、だって!あんたがまた何を言うのか怖くて……」「そんな怖がるようなことを想像してる訳?!」「そ、そうじゃないけど……あんなに、ドキドキさせるようなことを言うから」「!?……な、なに考えてるのよ!変態!!」「そっちこそ同じじゃん!!もう……どうするのよ……」 私達は、かおを半分ほど湯船につけて、ブクブクと泡を立てる。「でも、一緒にいたいのは……本当」「……うん。離れたく……ない」 逆上せてしまったのか。 私達の瞳に映る、私達は頬を染め、目を蕩けさせながら私を見つめている。同じ私なのに、そんな顔をしないでほしい……恥ずかしくて、でも目が離せなくて。体育座りをして膝を抱えていたその手はゆっくりと伸びて、私達の手を掴み合い、引っ張る。互いの身体が少しずつ近づいていく。「周りは誰も私のこなんか想ってくれていない」「だけど、私は違う。私だけは……私の味方」「大丈夫。見捨てないし、離さない……だから」「うん。私も、私も杏を……離さない、一緒だから」「「……杏」」 私達は互いの身体を引っ張り合い、お風呂の真ん中で重なり合う。 おでこ同士を重ねながら、私達は熱い息をかわし合う……。 私達は、互いの頬にと手を伸ばして重ね、ゆっくりと目を閉じる。 カレーライスを食べ終えた私達は、台所の前で横に並んで片づける。 「……やっぱりさ、私の今の気持ちとかも、一緒だったりするんだよね?」「たぶんね。私とあんたは一緒だから。お互いに想い合う気持ちも、頑固な性格も…身体も、何もかも同じだから……」「そうだよね、何もかも……それじゃあ、言わない」「なんだよ?気になるじゃん!」「自分の心に聞いてみな」 私達は、肩が触れ合う距離で食べ終えた食器を洗いながら響きわたる水音だけを暫く聞いていた。暫く黙っていた私達だったけど、やがて一人の私が口を開ける。「もしかしたら、朝起きたら、私は一人に戻っているかもしれない」 私の問いかけ「……正解」 隣いにいる私が答える。「それが、イヤ」 隣にいる私の問いかけ「正解」 私が答える。「困ったな……たった一日で、私達仲良くなりすぎだよ、自分相手なのに」「そうだよね、はあ……ナルシストの気なんかなかったのにな」 私達は、ため息をつきながら、最後の一枚の皿を二人で取ろうとして手が触れる。その触れ合った手を私達は見つめながら、その手を握りしめ合う。水を使っていた作業のため冷たくなっているその手。私達の手はそのまま相手の指を絡み取る。「「ずっと……あんたと一緒にいたい」」「「正解」」 私達はお互いの顔を見つめ合ってつぶやく。 もう……私達の気持ちは後戻りできないところまで来てしまっていた。なんで、どうして?そんな疑問が浮かぶけれども、答えなんか出てこない。ただ、私は目の前のもう一人の自分のことだけしか、何も思い浮かべることができないのだ。私達は、一緒に寄り添いながら残りの時間を過ごす。お菓子を食べて、お互いの想いを、つぶやきながら。楽しい時間は早く過ごすと、よく言う。私達もそれと同じだった。あれだけ日常の時間は長く感じるのに。今は、一分一秒惜しく感じるのに。時間は残酷だ。「……もう眠くなってきちゃった」「そうだね、だってもう2時だもん」「そっか……ずっとあんたしか見てなかったから時間なんてわからなかった」「私だってそうだよ?ずっと……あんただけしか見たくなかったから」「……」「……」「私達の考えが一緒ならば、一緒のことを願ってよう?」「うん、そうする」「ねぇ?」「……なに?」「今日は、とっても楽しかった。本当に楽しかった……もし、消えてしまうのなら、それだけ言いたくて」「お互い様。私も、あんたにあえてよかった。本当に……よかった」「出来ることなら……」「お互いの願いが叶えられますように」 ベットに寝転びながら、隣にいるもう一人の自分を見つめ、私たちは、その手を握りしめ、お互いを見つめ合いその背中に手を回して自分の方に引き寄せ合い、柔らかく温かい相手の身体を包みこむ。それは彼女がどこにも連れて行かれないように、どこにも行かないようにという、私たちなりの抵抗だったのかもしれない。私達は、お互いを見つめ合いながら何も言わずに、その唇を重ねる。柔らかく……甘く、ずっと……していたくなってしまいそうな……。ゆっくりと顔を離した私達。「「……おやすみ杏」」 私たちは、ゆっくりと意識を閉ざした。 朝、時計が鳴る。 私は寝ぼけながらその手を伸ばして頭の上にある時計を手で止めようとした。そんな私の手に絡む温かい感触。 私は、その指に指を絡めながら、時計を止めると、その指を絡めたまま、毛布の中にと一緒に潜り込んでいった。 私は……私と恋をする。