「ちょっと!もう少しそっちによってよ?」「はあ!?なんで私があんたのいうことを聞かなきゃいけないのよ!!」「私が、涼葉だからよ!」「涼葉は、私だっていってるでしょう!!」「もう、またそれ!?」「それはこっちの台詞!」「このわからずや!」「なんですって!意地っ張り!」「「くううううう!!!」」 同じ声で……同じ姿で……同じ顔で。 私達は今日も口喧嘩をしている。 同じ小松涼葉(コマツ・スズハ)だっていうのに……。 自分同士で、咎めあったって、それは自分のことを言っているのと同じだって知っているのに。 でも、止められない、やめられないよ。 だって、そうしないと……私の中の気持ちが、どうにかなってしまいそうだから。 同じ自分相手に……こんな気持ち間違ってるよね、涼葉?「私」は『私』と恋をする。episode 5 小松涼葉「私のほうが、パン小っちゃい」「気のせいでしょ?だいたい、あんたいちいち細かいのよ!」「はあ!?自分の失敗を棚に上げて、そういうことをいうわけ!?」「失敗!?失敗なんかしてないわよ!パンくらい半分にできるわよ!」「できてないからいってるんじゃない!この不器用女!」「五月蠅いのよ!この理屈女!!」 朝食の時からこんな感じ。 朝一緒のベッドで一緒の毛布にくるまりながら、眠りについて……。 朝起きて喧嘩して、一緒に朝食の用意をして、こうしてまた喧嘩。「「ふん!!」」 我ながら、よく飽きないなって思ったりなんかして……。 私が二人になったのは……この学校の寮生活が始まってすぐのこと。 高校一年生になって……クラスに馴染めない私は、友達もいなくて、こうして真っ直ぐ寮に帰ってやることもなく、ただ眠るだけの生活だった。 でも、それが、つい3か月ほど前に……私達は分裂をしたわけだ。 同じ黒髪ロング、身長もそんな高くなくて……胸も含めてなにかと地味な私。 そんな自分自身が目の前に現れて、私達は驚いて最初は声も出なかった。 でも、驚いていたのは最初だけ。 話し相手には、この私はもってこいだ。「あー!これ私のお気に入りの下着じゃん!なんであんたが勝手にはいてるわけ!?」「私のお気に入りだからに決まってるでしょう!!」「違うわよ!!私のお気に入りだって!!」「あーもう!!好みから何から何まで同じね!」「え~そりゃーそうでしょうよ、同じ涼葉みたいですから」「あーそうだったわね、同じ涼葉だもんね」 こうして……私達は一緒の寮の生活を過ごす。 登校の直前まで。「ほら、さっさといきなさいよ」「私が行っている間、大人しくしてなさいよね」「それはこっちの台詞。しっかりと授業受けて、変なことしでかさないでよね!」「あんたじゃあるまいし、そんなことしないわよ!」「あんたにだけは言われたくないわ!」「……」「……」「行ってきます」「行ってらっしゃい」 登校する私がドアノブを掴み、後髪引かれる想いを断ち切って、外にと出て行く。 残された私もまた、彼女が行ってしまう背中を眺めながら、伸びようとする腕をもう片方の腕で抑えつけながら耐える。 家に残った私と登校する私が……一つのドアを境にして断ち切られる。「はあ……はあ……」 登校する私は、壁にもたれながら大きく息を吐く。 胸に痛みを覚えてしまって、私はその胸元を手で抑えながら……。「ったく、私ってば……何やってるのよ」 それは今此処にいる自分自身に対する言葉。 「はあ……もう、嫌になる。自分が!」 家の玄関の壁にもたれる、残された私。 私達は弱い。 いつもはあんなに喧嘩ばかりをしている私たちなのに……お互いがいなくなると、何もできなくなる、何も言えなくなる。 学校までの登校道を歩きながら、私は一人で足を進める。 家のソファーに座りながら、膝を抱えて、瞳を閉じる。 思い出すのはいつだって……もう一人の私のこと。 それ以外のことなんて考えられなかった。 違うか……考えたくなかったんだ。 だって、こんなにも私達は、私達のこと……。 いつからかなんてわからない。 どうしてかなんてわからない。 ただ……。 一緒に、ベッドの上で目を覚まして 一緒に、ご飯を食べて 一緒に、話をして 一緒に、お風呂に入って 一緒に、眠って そんなことをしていたら……。 私は、私のことしか考えられなくなっていた。 別に可愛くないし、魅力的なんかところ一つだってないのに。 隣にいたくて……離れたくなくて……。 はあ……。 なんでよ、どうしてなの……。 私、別にナルシストなんかじゃないんだよ。 今までだって好きな先輩とか同級生とかだっていたんだよ? どうしてよりにもよって私なのかな……こんな何にもない私なんか、私……。「「好きになっちゃうのかな」」 私は、教室の窓から…… 私は、寮の部屋の窓から…… 同じ私……を思い浮かべていた。「ただいま」 帰ってきた声に、私は気持ちが高鳴るのを感じながら、玄関にと走っていく。 バカみたい……まるで彼氏が帰ってきたかのように浮かれちゃってさ。 本当にバカみたいだよ、私。「おかえり!!」「……しっかり留守番できてた?」「誰に向かって言ってるのよ!しっかりやれるに決まってるでしょ?」「そう、それならよかった。明日から暫く私が学校行くからさ。しっかりやってもらわないと困るのよね」「はあ!?なにそれ!?」「仕方がないでしょ……今日から英語のテスト範囲なんだから、ふたりで共有している暇はないってこと」「そんなのいつもやってることじゃない。どうして、いきなり」「今回の範囲は難しいんだって、別にあんたには迷惑かけないんだからいいでしょうが」「……本当に?」「は?」「本当に……そうなんだよね?」「……なーにいってんのさ。それ以外なにがあるっていうのよ」「……」「……」「そう、ならいいけどさ」「ったく、普段は勉強をしたくもない奴が、急にそんなことを言うもんだからびっくりした」「その台詞、そっくりそのままお返しするって―の!」 靴をはきかえて、私の隣を通り過ぎていく私。 残された私は、私の背中を見つめる。 嘘……つくな。 同じ私なんだよ?身も心も、何もかも……同じだって、私だって知ってるじゃん。 交互に学校に行こうって……そういったじゃん私達。 それを崩すようなこと……私だったらしない。 あんたのためにも……絶対に。 だから……あんたは何かを隠している。 同じ私同士で……やめてよ。 お願いだから……涼葉。 自分同士で……嘘とかごまかしとか……やめてよ。 涼葉……。「行ってくるね」「……はい、お弁当」「ありがと」「これないと、またあんたお腹空いてぎゃーぎゃー喚きそうだからさ」「あはは……そうかもしんないかな?」「……」「それじゃあ……行ってきます」「行ってらっしゃい」 扉が閉められた。 私は、うつむきながら、彼女が出て行った扉を眺めていた。 なにあれ? なんで、言い返してこないのさ。 言い返してよ……なに、簡単に認めてるわけ。 『これないと、またあんたお腹空いてぎゃーぎゃー喚きそうだからさ』『はあ!?それは、あんたのほうでしょうが!』 普通だったら……こうじゃん。 いつものあんただったら……そうでしょう。「……」 翌日も……。 その翌日も……。 私は、いつもの私じゃなかった。 いつもの涼葉じゃなかった。 私の知っている、あいつじゃなかった。 私じゃなかった。「……ねえ、涼葉?」 ベッドの上。 私は一緒に眠ろうとするあいつに声をかける。「なに?」「……あんたさ、私になにかあったらどうする?」「なにか?なにかってなによ」「何かって何かだよ……例えば、私が傷つけられるようなことがあったら」「……」「……あんただったらどうする?」「……そんなのわからないよ。なってみなきゃ」「私は……」「……」「私だったらさ……あんたを守るかな」「……」「……あんたを守る。自分がどうなっても構わないから……」「なに……言っちゃってるのさ。いつも、あんなに言い合ってるのに。こんなところでかっこつけても……」「嘘じゃない!」 私の強い言葉に、もう一人の私が、私を見つめる。「嘘……じゃない」「……」「私……あんたがいなきゃ、もうダメだから」「……私」「いつもの、あんたがいなきゃさ……私、ホントダメだから……」 同じ……私だから。 同じ……小松涼葉だから。 同じ私達は、どっちが欠けても弱くなってしまって。「……いってきます」「いってらっしゃい……」 言えるわけがない。 言えるはずがない。 言えない。 学校の登下校の道を私は、歩きながら見えてくる学校を見つめながら、私は小さくため息をついた。 あんたに、なんて言えるわけないじゃない……。 昇降口にとやってきた私。 そこにある下駄箱をあけると、そこには、蟲の死骸が入っていた。 私は短い悲鳴の中で、後ずさり、反対側の下駄箱にともたれかかる。 そんな私の行動を見てか、周りから笑い声が聞こえてくる。 誰かなんてわからない……理由なんてわからない。 でも、それは起きてしまっている。 全員が敵で……誰も信用できなくて。「……」 教室に入っても、私の席には、ゴミ箱が置かれていた。 私は、ゴミ箱をどかして、席にと座る。 私は……別にかまわない。どれだけイジメられても、どれだけ辛いことがあっても……私は受け止めることができる。 だって……家に帰れば、そこには彼女がいるから。 あいつがいてくれて、あいつと話すことができれば、どんなに辛いことがあっても、幸せだったから。 だから、こんな苦しい思いを、あいつになんかさせたくない。 させるものか……絶対に。「……」 女子トイレでは、水が個室の中にとかけられた。 ずぶ濡れになった私。 タオルで体を拭きながら、身体が震えるのを感じた。 大丈夫……大丈夫だ。 これは全部、私の……あいつの……涼葉のため。 あいつがもし、こんな目に合うなんて思ったら、それこそ、私はきっと気が狂ってしまうだろう。 はあ……私、ホントにもう……涼葉のこと。 私は教室にと足を進める。「……っざけんな!!」 私は、そこで教室から声を聞いた。 大きな声で叫ぶ声。 私は、廊下を走って、教室の扉を開ける。「よくもよくも……私に向かって!涼葉に向かって!!許さない!許さない!!」 そこにいたのは……涼葉だった。 制服を着て、私と全く同じ姿で、あいつはイスを振り回して暴れていた。 叫びながらイスを投げつけて、クラスメイトが悲鳴を上げる中、誰彼かまわず、彼女は暴れ狂っていた。 バレちゃってたか……仕方がないか。 同じ私同士だもんね……いつもと同じようにふるまっているつもりだったけど。 気づかれちゃうか……。「もういい涼葉!!もういいから!!」「離せ!離せっ!!こいつら、あんたに!涼葉に酷いことして……」 私は、教室に入って暴れる涼葉を後ろから押さえつける。 涼葉の背中を抱きしめて、両手を抑えながら、私はその身を涼葉にと押し付ける。 それでも、涼葉は止まらない。 涙を流しながら、叫んで……。「……はあ」 気が付けば、私は河川敷にいた。 私は草木の中で大の字になりながら倒れていた。 教室を見たとき、私の涼葉が苦痛に歪んでいる顔を見て、教室で机が落書きをされていて……それを見たら、もう自分を抑えることができなかった。自分のことだったらこんなに怒ったりしない。こんなに叫んだりしない。だけど、それは自分であって自分ではない、もう一人の私。だから……止められなかった。止めることができなかった。許せなかった……涼葉を苦しめる奴を、傷つける奴を許せなかった。だから、もう後のことなんか考えられなくて、もう自分のことなんか考えられなくて……。「少しは落ち着いた?」 隣から聞こえる声に、私は視線を向ける。 そこにいたのは、私の姿。「なにやってるのよ、あんたは……。あんたが学校で暴れたおかげで、私まで教室に出ちゃって、私2人の姿がみんなに見られてさ。もう……これで学校いけないよ。きっと寮にもいられない……、だから、私独りで、耐えてきたのにさ」「……なんで?なんで言ってくれないの?あんたがこんなことだったら、私が……」「そうなるから!!」 大きな声で私は私に言う。「こんなこと話したら……あんたも、私みたいにするに決まってる。だって……同じ私なんだもん。同じ小松涼葉なんだもん。同じことをするに決まってる。だから、言えなかった。あんたに同じ苦しみを与えるなんてできないよ……そんなこと、させれるはずないじゃん」「私だって!あんたがこんな辛い思いをしてるなんて、見ていられないよ!!苦しんで、傷ついてるのに黙ってるなんて、知らないふりなんかできるはずないじゃん!!」「だから、私は黙って……」「そんなのすぐに気付いた!同じ私なんだから、あんたの異変なんてすぐに気が付くに決まってる……だからさ。嘘とかつかないでよ」「……」「自分に嘘つかれるのって……滅茶苦茶辛いんだから」「……あんたを同じ目に合わせたくなかった」「あんたのためなら……どんなつらいことだって……平気」「バカ……それじゃあ、私が辛いんだって。傷つくあんたを私は見たくないんだよ」「なら、どうすればいいのさ……」 私は、再び草むらの中に身を沈める。「お互いにお互いを守りたくて、自分が犠牲になればいいと思っちゃって……同じこと考えてさ」「しょうがないでしょ……同じ私だから」「そうだよね……同じ、涼葉だもんね」「あーあ、学校どうするのさ」「……ごめん」「そこは、そうだそうだ!あんたのせいで滅茶苦茶じゃん!!って言い返すところでしょ?」「……私、あんたが……」「嬉しかった」「え?」「……まさか、助けに来てくれるなんてさ。嬉しかった」「当たり前じゃん……あんたのためなんだから」「……はあ。これからどうしよっか」「そうだね……もう寮にも帰れないだろうし」「……でも、もうこれですっきりしたかな」「すっきり?」「……うん。お互いさ……もう交互に学校行くのも辛いなって思ってたところでしょ?」「同じ人間だと、思っていることも一緒ってことなの?なんだか頭の中見られてような変な気分」「お互い様でしょ」「そうだけど」「……ねえ、涼葉?」 私達は、お互いの方にと顔を向けた。「好き」 私が私の言葉を遮るように告げる。「ちょっと!今、私が言おうと思ったのに……」「早い者勝ち。言ったでしょ?頭の中見られているのは、お互い様だって……」「ったく、可愛くない奴」「同じ小松涼葉だからね」 私達はそういって口喧嘩を楽しみながら、お互い笑みを浮かべる。「だいたい、あんだけお互いのために、お互いのためになんて言ってたらイヤでもわかるっていうの」「……そうだよね。でもさ……私は、今回のことがなくても、あんたのこと好きだったよ」「同じく……」「理由なんてわからない」「……この好きだって……家族愛なのか、姉妹愛なのか、恋愛なのか、まだよくわからない」「そうかな……試して、みる?」「……うん」 私達はそっとお互いと距離を近づけながら、同じ顔を見つめ合う。 そのまま、私達はそっち唇を重ね合わせた。 心臓がバクバクなって、緊張と不安が混ざり合って それでも、目の前の彼女とずっとこうしていたいと思えて 身体が火照って…… 本当は答えなんて最初から出ていたのかもしれない。 ただ確認をしたかっただけで。 もしかしたら、口づけをしたかっただけなのかも。 本当に我ながら素直になれないんだなって。 そう思えるよ。 ゆっくりと唇を離す私達。 私達はお互いを見つめ合いながら、微笑み合う。「「わかった」」「この気持ちは……」「……この想いは」「私」は『私』と恋をする。