ある日、突然……私は倒れた。視界が真っ暗になり、そこからの記憶はなかった。意識が戻った時、私の視界に会ったのは白い天井だった。よくわからない器具が私に取り付けられており、機械から音が鳴っていた。私が倒れてから意識を取り戻したのは、3日間ほど。随分と倒れていたようだった。ベッドに横たわる私は、そこからわらわらとやってくる医者やら教師やら家族やらに話を聞かされる。家族は私を見て憐みの目を注ぐ。教師は私に折り鶴を置いていく。医者からは、励まされる。なんとなくわかった。私は、もう……生きられないんだなと。「私」は『私』と恋をする。episode 10 濱岡瑠奈窓の外を見ながら、私は青い空を眺めていた。私のベッドの周りには、折り鶴がぶら下げられて、クラスメイトの手紙なんかが置いてあった。看護師からは、何かあったら言ってほしいと言われている。こんなに至れり尽くせりされても、私は嬉しくもなんともない。どうせ……これだけされたところで、私の運命が変わる訳じゃない。私の前にあるのは死であって、その過程で花道を作られても……嬉しくなんかなかった。みんな、私を憐れんでいる。死んでしまうことへの憐みのためだけに、こうして花道を作ってくれている。私は、みんなに好かれるためにいろいろなことをやった。生徒会長、部活の部長。それは、私が孤独になりたくないから、一人になりたくないから……。そんな抵抗だったのかもしれない。その私の抵抗の行き先が、『死」なんて、バカな話なんだろう。私が死ぬ。それは、私への哀しみではなくて、周りにいるものたちが人形を失う哀しみのように感じることができた。誰も、私のことを想ってくれている人なんかいない。誰も……私のことを大切に想ってくれている人なんかいない。誰も……誰も……。このまま、決められた花道に沿って死と言うゴールに向かう。私には、それができなかった。最後くらい……決められたレールから外れてやろうと、私はそう思った。どうせ……この世界からいなくなるのだから。自由に……そう思った夜……私は、病院を抜け出した。服は前もって親にと頼んで、お金は、こんなときのために、幾らか用意をしていた。私は駅前のトイレの個室で着替える。帽子をかぶり、目立たないように、背中にかかる長い髪の毛をハサミでバッサリ切り落とした。耳にかかるほどの髪になった私は、ジーパンに履き替えて、個室から外にと出ようとする。そこでちょうど眩暈が起きる。一瞬だった、意識が途切れた。倒れそうになった私の手に平に触れる柔らかい感触。私の手を握りしめて、支えてくれるもの……私は、なんとか踏みとどまりながら、倒れないようにして、前を見る。そこにいたのは、どこかで見たことのある少女の……姿。いつも……見ているような……「「私??」」お互いを見つめる私達。トイレの個室の中で、私達はお互いを見る。同じ服を着て、帽子をとってみれば、彼女もまた帽子を取って私にと顔を見せた。私達は、お互いをしばし見つめ合いながら、小さくため息をつく。どうせ死ぬ身……今更何が起ころうが、どうでもいい。それに死期が迫るとドッペルゲンガーを見るなんてことも言う。なるほど、それなら納得ができるというものか。「んで、あんたは私の死神ってところ?」「それはこっちの台詞よ。残念だけど、まだもう少しやりたいことがあるから待っててもらえる?」「ちょっと!なによそれ。まるで私が死神みたいじゃない!」「違うの??」「違う!!」同じ私同士で、口喧嘩をしながらも……、どうせ行く宛もないし、一人っていうのも癪だし、相手は私だし。一緒にどこかに行こうとなった。旅は道連れという奴か。まあ、相手は私だし、行く場所だって同じだし。どこかといっても、本当に何も考えていない。私の寿命がどれほどまで持つかもわからない以上、なんともいえない。電車に乗り込んだ私達。ボックス席にと座った私達は、向かい合うようにして座った。自分をまじまじと見つめるのは、なんだか不思議な感覚だ。私も同じなのか、お互い暫く自分自身を見つめ合っていた。暫くして私が口をあける。「……今頃、慌ててるね」「だろうね、近所中、探し回ってそう」向かい合うように座っている私達は小さく笑いながら言葉を続ける。みんな、人形が勝手に動き回っているから驚いて捜しているのだろう。でも、もう私は人形じゃない。最後の最後くらい、私に自由を頂戴よ。みんなの瑠奈じゃない。私は、私として……生きたい。私達はお互いを見つめ合いながら、話を続ける。「こうして、自分と一緒に話をしているなんて、なんだか変な気分」「普通じゃこんなことありえなから……まったく、なにがどうなっているんだか」「でも、話し相手がいないっていうのもさびしいからよかった」「まーね。でも自分が話し相手ってどうよ?」「少なくとも、寂しくはない」「そうだけどさー、相手は私だよ?」「でも、他に誰かいる?」「……言われてみればそっか。他に、私のことを本当に思ってくれる人なんていないもんね」「でしょ?適任だよ、適任」「そういうことにしておこっか……じゃあ、改めて、よろしくね?瑠奈」「うん!こちらこそ……よろしく、瑠奈」外を見れば、雪が降り出していた。私達は、体が冷えるのを感じながら、両手で、己の身体を抱きしめる。「「寒い」」私達は同時につぶやいた。その言葉を聞いた私達は、同時に互いの顔を見て笑い合う。「おいで」「うん……」優しく告げる私に、笑顔で答える私。私達は隣同士座りながら、肩を寄せ合いながら、お互いの体温を感じ取る。相手が自分である以上、遠慮もなにもなく、すんなりと互いを受け入れることができた。だって、この相手は……他者を信用できずに、他社に利用さえ続けてきた人形だった子。その子を人として見てあげることができるのはきっと……私だけなのだろう。私だけが、私を、私として見てあげることができる、この世で唯一の人間。互いを包み込むようにして、私達は目を閉じる。温かい……。柔らかい……。自分の身体がこんな感じだなんて、今まで知らなかった。揺れる電車の中で、私達は、お互いのぬくもりを感じていた。そのぬくもりは……今まで生きてきた中で、一度も味わったことのない感覚だ。「……私ってこんなに温かいんだね」「そうだね……全然、知らなかった」「大丈夫。これからは、いつでも欲しかったら言ってよ。私相手じゃ、こんなことくらいしかできないからさ」「本当に?」「うん……。だから」「大丈夫」「……」「瑠奈が、欲しかったら……私が、瑠奈を包んであげるよ」「……嬉しい」「同じ私、同じ瑠奈だから……遠慮なんかしないでよ。されるとさ、逆に傷つく」「そうだね、きっと……私も遠慮とか、隠し事されたら傷つくと思う」「……思っていることも同じ?」「私だもん、同じ瑠奈だから」「フフ……いいんだか、悪いんだか」「きっと、いいことだよ。お互いの想っていることがわかるんだもん」「そっか……」私達は、電車に揺られながら、その心地よさに、ゆっくりと目を閉じる。互いの心臓の鼓動を重ね合いながら、私達は、その鼓動がまるで子守歌のように、安心することができた。ああ……。私はずっと、こんな温もりが欲しかったんだ。今まで感じたことのない感触で、今まで得ることができなかったことで。もっと、早く知ることができればよかったのに。今更そんなこといっても始まらないか。今は……ただ、こうしてお互いを包み合っていよう。一人じゃ抱きしめることもできないけど、二人だったら、こうしてお互いを認識することができるもんね。触れて、想い合って……一人なら出来ないことも、二人なら出来る。虚ろな意識の中で、私達は、お互いの鼓動を感じ、お互いの呼吸を感じていた。自分の身体を私が感じるなんてこと、ありえないこと。でも、だからだろうか。私達は、それが自分のものだから安心できるのかもしれない。「ついたみたい」「……外、雪みたい」「タクシーを使うお金はない」「まったく、本当に適当な旅だね」「残念ながら、同じ私なんだからね、瑠奈も」「はいはい、わかってますよ、瑠奈に文句言うってことは私に文句いってるのと同じだもんね」「正解!」「自分相手に文句も言えないなんて……」私達は電車から降りると荷物を抱えながら、座席から立ち上がる。一瞬眩暈がする。身体が言うことを聞かずに倒れそうになる中、目の前にと手を伸ばした。互いの手が握りしめあい、私達の身体を支える。顔を上げた私、その表情は、うっすらと額に汗をかいた辛そうな表情だった。「「なに……倒れそうになってるのさ」」「そっちでしょ?」「そっち!」「まだ……ダメだよ」「うん……まだ、ね?」私達は互いに言い合いながら、しっかりと立ち上がるとゆっくりと電車を降りて歩き出す。私達の身体がなんの病かもわからないけれど……、この立ち眩みに、眩暈に、熱っぽさに。本当にあんまりよくないみたい。私達は、駅から出ると、外は真っ白な銀世界だった。他の客が私達を通り過ぎて、家族や友人が迎えに来ている様子を見つめていた。誰も駅前からいなくなる……誰も私達を迎えに来る者はいない。雪が強く降り始める。私達の手が互いを握りしめる。「「行こう?」」私達はお互いを見つめ合い、告げ合う。雪の中、足跡を残しながら、歩いていく私達。寒い?寒くない辛い?辛くない苦しい?苦しくない大丈夫。瑠奈が……一緒だから。私達は、お互いを見つめ合い、笑って答えた。雪を私達は身体でかき分けながら、ただ進んでいく。どこに進んでいるのかもわからないまま、私達は、お互いにより添いながら歩いていく。息が白く、身体が重たい。それでも、私達は一緒に進んでいく。私達がやっていること。きっと、これは……。「あ、瑠奈。見て」「うん?」声をかけられた私の前に見えたのは古びた教会だった。「行ってみる?」「そうだね」私達は、その教会にと足を進めた。扉をゆっくりとあける。既に、誰もいなく、使われてもいないようだ。高い天井はいくつか穴が開いており、そこから雪が漏れて落ちてきている。そしてステンドグラスが色とりどりの光を床にと晒していた。私達は、ゆっくりと足を進めながら、教会のイスにと腰を落とす。「ふぅー、疲れた」「ほんとだよ、死ぬかと思った」「きゃはは、今、その言葉使う?」「だって、本当にそう思ったんだもん」私達は笑い合いながら、教会のステンドグラスを眺める。「最後にこんな場所に来れたのは、神様から私達のご褒美かな?」「あれ?瑠奈って、そんなロマンチックなこといえたっけ?」「……いいじゃん。最後くらい言わせてよ」「それじゃあ、ロマンチックな言葉に続けて……」「なによ?」「教会と言えばさ、結婚式!」「はあ~~?なによ、突然」「……私達にはできないことだからさ」「ったく、しょうがないなぁ」うつむいた私を見たくなくて、私は、彼女の言葉に乗ってあげる。自分の辛い顔なんか……見たくなかったから。私達は、立ち上がりながら教会の一番前にと立つ。お互い、同じ服装で、同じ顔をした私達。想いだって、記憶だって、感情だって何もかも同じ私達。だから、こうしてこの場所に立ちたいって思ったのも本当は……同じであって。……。「……それじゃあ、行くよ」「うん……」私達は、お互いを見つめ合う。頬を赤く染める私達。きっと、その朱色の染まり方は同じで……。「あ、あのね、その、ただの真似だから」「わ、わかってるよ。なんでそんな照れてるのさ!」「そ、そっちこそ!顔、赤い」「な、なにいってるの!そっちこそ」私達は、顔を赤く染めあいながら、咳払いをする。再度向き直った私達は、もう一度お互いを見つめる。ゆっくりと口をあける私達。「貴女は、健康な時も病の時も富める時も貧しい時も良い時も悪い時も愛し合い敬いなぐさめ助けて変わることなく愛することを誓いますか」「「誓います……」」「あなた方は自分自身をお互いに捧げますか」「「誓います……」」「「では、誓いのキスを……」」真似。当て振り。……いやだ。いやだ。だって、私……。「「……」」軽く重ね合った唇。私達はうっすらと瞳をあけて、お互いを見つめる。潤んだ瞳を互いに見せながら、私達は静かに息を漏らす。私……瑠奈と一緒にいたい。「バカ、当て振りっていったじゃん」「そっちこそ、なに本当にしてるのさ」私達は、そこでゆっくりとお互いにもたれかかるようにして、膝を落としてしまう。お互いを強く抱きしめ合いながら、私達は小さく息を吐いた。「……死にたくないな」「……瑠奈ともっと早く出逢えてれば」「一緒にいたいのに、一緒にずっといたいのに」「死にたくないよ……」私達は熱い涙を流しながら、お互いを抱きしめ合う。今まで買い与えられたものなんか、全部返す。私には、そんなもの必要ない。名誉も、お金も、そんなもの……私には必要ない。みんなにバカにされたっていい、周りなんか私は気にしない……。お金がなくたって、一緒に生きていければ……それだけでいい。私が本当に必要なのは……お金があったって買えるものじゃないから。本当に欲しいもの……、やっと見つけられた。周りに理解されなくたって構わない。私は……ただ、目の前の彼女が欲しい。瑠奈と一緒に……生きたい。一緒に、貧乏で……狭い部屋で笑いながら、暮らしたい。その方がお互いを感じ合えるから。その方が、お互いの想いを、知ることができるから。「……ねえ」「ん……」私達は、教会のステンドグラスの照らされながら、横たわっていた。互いを包み合いながら、そのぬくもりの心地よさに、眠気を感じて。私達の視界にあるのは、お互いの顔。鏡で見る私の顔。……愛しい、私の顔。「……あっちにいっても一緒にいれるかな」「そこがどこだって、私達は一緒だよ」生まれ変わりたいなんて……思わない。だって、生まれ変わっても、その世界には、瑠奈がいない。だから……私は生まれ変わるくらいなら、ずっと……二人でいたい。そうすれば……きっと。ずっとずっと……二人で幸せでいることができるから。「大丈夫だよ」手を握りしめる私。私も彼女の手を握り返した。私達は、教会のステンドグラスを眺める。雪が降り注ぐ中で、ステンドグラスに照らされた雪が銀に輝く。……神様。お願いです。どうか……、私達が、これから先に行く道でも、隣同士……一緒に歩けますように。私達は、お互いを強く抱きしめ合いながら。そのぬくもりと彼女の柔らかさに包まれながら、目を閉じた。「……ん、ん……なんだ、ここは天国?」「私達が天国なんか……いけるわけないでしょ?」顔を上げた私達は、お互いを見つめ合いながら声を掛け合う。ステンドグラスに照らされたまま私達は、そこにもう一人の自分たちがいるのをいるのをわかると、ただ黙って、顔を近づけ合い唇を重ね合った。「「……」」「……行こう?」「うん……」立ち上がった私達は、教会からゆっくりと出て行く。もう雪はやんでいるようだった。私達はお互いの手を繋ぎ合いながら歩いていく。肩を寄せ合い、一緒に歩いていく。私達の行く先は、光に輝いていてどこまでも真っ白で……。私達は、それが夢か現実か知らないで、ただ幸せを感じていた。今まで感じたこともない感覚を。そこがどこだってかまわない。私達が、一緒にいる。もう一人なんかじゃない。ずっとずーっと……。私は、『私』と恋をする。