お定まりの祝福を述べていた神父の言葉が止まる。
壇上の新郎新婦を見て、ヒソヒソとあれこれ下種な世間話をしていた来賓客達のお偉方も目を見開いていた。
シンと静まり返った広大な礼拝堂の、視線が集まるその中心。
似つかわしくも無い豪奢な礼服に身を包んだ俺は、大声を出した余韻で喉が咳き込みそうになるのを必死に堪えながら進み出た。
この挙式で何者も侵してはならない真っ赤なビロードの通り道。
その中央を大股で進む。
魔法使い「ちょっ……と……」
顔を覆っているヴェールに指を差し込み、面を開いた魔法使いが信じ難い存在を見る目で小刻みに震えている。
魔法使い「こんなところで何やってんのよ!?本当に何考えてんの!?まさか他の二人もいるんじゃないでしょうね!?」
魔法使いの必死な声は、しっかりと聞こえていたさ。
でも生憎と俺はそれどころじゃなかったんだ。
色んな感情が混ざり合ってて頭の中はグチャグチャで。
熱いのか寒いんだか、よくわからん汗がダラダラ流れて。
このまま心臓が破裂して死ぬんじゃないかってくらいに鼓動の音が耳の中に響いてて。
……あーもう。
姐さんの裏ギルドに泊めてもらった時にも散々後悔したのに。
やっちまったよ。とうとう遂にやっちまった。
分不相応な選択だけはしないって決めてたのに、行動に移しちまった。
マジで今すぐ逃げ出したい。
それか何もかも放り出してこの場で失神してしまいたい。
俺「……」
ただ何ていうか、それでもどうにか俺が次の行動に移れたのは多分、そうだなぁ。
目の前の魔法使いが必死に勇者やシスターの姿を見つけようと視線を巡らせていたり。
魔法使い「下がりなさい衛兵!!この男は私の関係者よ!!武器を納めなさい!!」
警護の衛兵が俺に殺到しようとしているのを、大声を出して必死に制止している姿を見れたからか。
勇者からこのPTが誕生した切っ掛けを聞いてた事もあるんだろうけど、素直に思ったよ。
ヘンテコな縁での成り行きで、実質期待外れのオマケみたいなポジションで呼ばれた俺だったけど、まぁ……それでも、今の自分にやれる事をやらなくちゃな。
勝算はどうあれ、それが俺達の決断なんだ。
俺「……ふう」
周囲からの慌て騒めく気配が段々と高まっていく中で、俺は最後に深呼吸をした。
震える指を握り、竦む足を前に出す。
殺気だった衛兵達が魔法使いの制止に逡巡しながらも剣先をこちらに向ける中、一歩ずつ魔法使いの元へと歩いていく。
その動きを察知した衛兵は、今度こそ迷う事無く手にした剣を構えて斬りかかろうと身構えた時。
魔法使い「やめろと言っている!!私の仲間を少しでも傷つけてみろ!!今度こそお前達を許さない!!」
本日の大騒動で、その中でも一際記憶に残されるだろう怒号を魔法使いは張り上げた。
声量だけでなく、相手の心を竦ませるような意志を感じさせる強い口調と言葉に、一度は決意を固めたはずの衛兵達でさえ一人残らず動きを止めて魔法使いを振り返る。
この中には恐らく、大臣の息が掛かった人間がいるのにも関わらずだ。
事態の成り行きに戸惑い騒めき続けていた来賓客達でさえ、黙り込んでいた。
再び静寂が訪れた聖堂で魔法使いの荒い呼吸と、歩みを再開した俺の足音だけが響く。
魔法使い「……何のつもり?」
距離にすれば本当に短いのに、とてつもなく長く感じた距離を詰めて目の前にやってきた俺へ、魔法使いは酸欠で前屈みになりながらも顔を上げる。
元に戻った顔を覆う厚いヴェール越しにでも察知できる怒気を込めてそう言った。
俺「勝手して悪いな。でも、皆で決めたんだ」
魔法使い「…………」
答えを聞いた魔法使いは視線を下げて、大きく深呼吸をした。
魔法使い「……二人の事、お願いねって言ったでしょ」
俺「ああ」
魔法使い「…………分かったって言ってくれたよね」
俺「言ったよ」
魔法使い「じゃあ……どうして……っ」
純白のドレスに身を包んだ魔法使いは、揃いで拵えたレースの手袋で俺の胸倉を掴みあげた。
魔法使い「なんでここにいんのよ!?」
勢いよく顔を上げた魔法使いからウェディングヴェールが外れて床に落ちる。
今まで見た事もないくらい切迫したその表情は、とんでもなく怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。
でもなんとなく、それだけじゃないような気もしなくもないと感じたのは、こんな無謀な事をやらかした俺の願望なんだろうか。
俺「……任されたからな」
魔法使い「は……?」
俺「お前と別れた後の勇者とシスターと一緒に、どうすればいいのかずっと悩んでた。でもどんな考えもしっくりこなくてさ。途方に暮れてたところに、ある人の申し出があってこういう計画を思いついたんだよ」
魔法使い「ある人って……。……!?」
俺の遠回しな言い方にも関わらず、顔色を変えた魔法使いを見て確信した。
特殊な環境で大勢と接しながら育った故か、やっぱりこいつは人間関係……と言うより人心においての掌握と推察が早い。
処刑騒ぎやさっきの制止でもそうだが、自分の立ち位置を把握した上で、どう指示を出せば他者が従うか逆らうかを理解しているように。
そしてもっと遠大な視点から自分の思惑に外れている人間が誰かで、それぞれが何を望んでいるのかも。
俺「まあ、その後も色んな事があって大勢の協力があったから俺が今ここにいる。悪いけど、このまま最期まで好きにやらせてもらうぞ」
魔法使い「……ふざけんじゃないわよ。こっちの気も知らないで」
真っ青な顔を震わせながら、それでも魔法使いは気丈に俺を睨みつける。
多分、魔法使いが予測した『この後』で、この計画に加担した全員がどういう末路になるかを想定したんだろう。
魔法使い「アンタ達に頼って勝算があるならとっくにそうしてる!!そうじゃないから私がこうしてるんでしょ!?何も知らないくせに余計な事してんじゃないわよ!!」
………何も知らない、ねぇ。
そりゃむしろ俺達の有様(ステータス)で絶対魔王倒すぞって意気込んでたお前らに俺が言ってやりたい台詞だわ。
本当につい、この前までだったらな。
俺「……実のとこ言うと一度お前を皆で説得しようって話が出た時、俺が蹴ったんだ。こうなるだろうから無駄だと思うぞって」
魔法使い「はあ!?」
唐突な返しに、魔法使いはいよいよ余裕の無くなった様子で詰め寄った。
俺「勇者とシスターはお前がいなくなった後、ずっと俯いてばっかでさ。さっきの提案が出た時は元気になりかけたんだけど、俺が否定したからかもな。すぐ元みたいにしょげ返っちまった」
俺よりずっと思い出深い関係の三人だ。
その時の二人の心境を想像したのか、魔法使いも思わず黙り込んだようだった。
俺「正直、今のお前を見てると真っ当な意見だったなとは実感した。だけど何でか俺も納得出来なくてさ。さっきも言ったけど、その後なんだかんだあって、ここにいるんだけど……」
魔法使い「……?」
俺「……なんつーか、まぁ、あれだ。何だかこうして今のお前の顔見たらさ」
自棄になっているだけなのかもしれない。
分をわきまえない大事をしでかして、魔法使いが言う通り勝算なんか殆ど無い。
出来れば姐さん達に援軍に来てほしかったし、実際あの夜にシスターの中にいる彼女から脅されなけりゃ結果はどうあれ土下座しに行ってたんだけどさ。
それに何より、あの時魔法使いに贈られた言葉が無けりゃ絶対にこうしちゃいなかった。
それでも。
俺「迎えに来て良かったよ。なんだか本当にそう思う」
魔法使い「……本当に……馬鹿じゃないの……アンタ」
まったくもって普段は可愛げも無くて生意気で、意地っ張りで憎まれ口ばかり叩いていたけども。
ずっとずっと強がって我慢していた魔法使いは、目の間の『仲間』にぼろぼろと泣き出した。