声をかけてきたその佳麗な女性は、鋭い視線をこちらに突き刺してくる。
「随分楽しそうにしていたのねー、ねぇ?レ・オ・君?」
「レフティアさん......、何故ここに......?」
レフティアは右手で軽く髪を靡かせると、そのままこちらにゆっくりとした歩みで近寄ってくる。
「なぜって......?そうね、君をここで見つけたのは偶々。本当の用事はその後ろの子の組織にあったんだけど、でも。その必要は今無くなったけどね」
レフティアはクライネをじっと見つめるが、肝心のクライネは一言も発さずレフティアを前にそのまま静止していた。
「にしてもレオ君、前とは少し雰囲気変わったかな?なんていうか、少し強くなった?」
レフティアの物理的な距離感の近さに慣れないレオは、レフティアから少し距離を取ると息を落ち着かせる。
「えぇ、まぁ......。色々あって......」
「ふーん、そうなんだ?まぁいいや。とにかく帰るわよレオ君、貴方が無事なら隊のみんなも安心するわ。ミーティアちゃんもここには居ないけど一緒に来てるのよ?貴方を救うためにね」
レフティアに腕を掴まれて勢いにそのまま連れ去られてしまいそうな瞬間、クライネがレオの反対側の腕を掴む。
「まっ、待ってください!あなたがどこの誰かは存じませんが、彼は我が組織の被保護下に置かれています!おいそれと彼をこのまま引き渡すことは出来ません!!!」
レフティアの圧倒的な実力者としての格圧に当てられたクライネは言葉と体を震わせながらも、レフティアに立ちはだかる。
「ふーん、貴方見た目のわりに結構勇敢なのね。でも勘違いしてるわよ、レオ君は元々こちらの共和国軍独立機動部隊の一員なの。勝手に連れ去っておいて道理の分からない事を言うのはやめてほしいわね」
レフティアがそう言った直後、レオはレフティアの手を優しく振りほどく。
「すまないレフティアさん、今は状況が変わったんだ。俺はまだそっちには戻れない」
「どういうことなのよレオ君?」
「確かに俺は攫われたが、でもそれを救い出してくれたのは彼女たちの組織なんだ。そして彼らは俺のこの訳の分からない力の本質を気づかせようとしてくれている、このままじゃ帰れないんだ。なぜ俺が狙われたのかもわからなきゃ、今もどっても意味がない!」
「ふーん?まぁそうは言っても私は共和国を出るのに何人かの同胞の命を奪ってここに来てるから『はいそうですか』って言って引き下がるわけにもいかないのよね。まぁいいわ、元々ここにはレジスタンスの外交ルートをつたって来たわけだし本来の用事を為す事にしようかしらね」
「レフティアさんは元々何をしに此処へ......?」
「もちろんそれはレオ君の手がかりを掴む為なんだけど、建前はレジスタンスへ向けた共和国の外交官?って感じかしらね。共和国軍の極秘介入ってネタでミリタリア社を通じてミーティアちゃんが上手く関係者を釣ってくれた、私自身は一ミリもレジスタンスなんかに興味ないし、この事を共和国は認知すらしてないけど。まぁ帝国の抵抗勢力なら何か知ってるかもしれないと思ってここに来たんだけど、まさかの当の本人がレジスタンスの協力者になっていたとは思わなかったわね......」
レフティアがそういうと、レオの腕を掴んでいたクライネは前のめりにレオの前に出る。
「という事は。も、もしかして貴方が例の共和国の協力者だったということですか!?何れここに来ることは聞いてはいましたが、まさかレオさんの奪還が目的だったなんて......。」
レフティアは呆れたような様子でため息を吐く。
「まっ、そうね。本当は微塵も貴方たちの事なんで考えていなかったのだけど、でもレオ君の言葉を聞いて確かにそれも一理あるとは思ったわ。なんで帝国、いや恐らくは枢騎士団の思惑なのだろうけど。枢騎士団がレオ君を狙ったのか、レオ君の力とは何なのか。それを確かめる必要がありそうと私は今判断した。つまりは、当初の予定通り貴方達の話を聞いてやろうと思ったのよ、レオ君の力とやらも込み込みでね?詳しい話聞きたいし」
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レフティアとの意図しない邂逅により、レオとクライネの食事会の予定は急遽変更された。レオはレフティア、クライネと共に再び地下要塞へと出戻るのであった。
レフティアは要塞職員に事前の話があった通りに滞りなく出迎えられると、そのままドクターメルセデスの研究室へとレオ等と共に向かった。
「へっー!まさかレオ君にそーんな力があったなんて驚きねぇ!でも根源はヘラクロリアムに依存していないなんて、これは確かに気になる逸材よねぇ。なんでこんなことになってるのか貴方にはわかっているの?えーと、むせるです?博士」
とぼけた様子でレフティアはメルセデスの名前を間違える。
「ゴホッ、いえ。メルセデスですぞレフティア殿。しかしまぁ、まさか貴方がここに来るとは思ってもいませんでしたなぁ。敵ながら貴方の戦果はこちら側にまで伝わってくる、例のネクローシスとの戦闘ですら対等に渡り合っていたのだとか、あの黒滅の四騎士の武具を不完全とは言え引きつぐ者たちを相手にしながら」
「馬鹿言うんじゃないわよ博士さん?本来の四騎士達はあんな出来損ない達とは遠くかけ離れた能力差だったわ」
メルセデスは何度か咳払いすると、レフティア達に背を向ける。
「ふむ、ところで先ほどの貴方の問いだが。レオ君の力に関しては我々の知見では全くもっての未知数、少なくとも我々の保有するデータでは彼をはかり知ることは出来ない。なにせヘラクロリアムを有さない生物なんてまるでピースの欠けたパズルのようなものなのだからね。ただ確かなのは、彼の力は我々人類が目指すとこの真の不死性に最も近いと言えよう」
レフティアは軽くうなずくと、レオの方を見ながらメルセデスに同調するような態度を示す。
「確かにね、私たちディスパーダは言ってしまえば単純に死ににくいってだけで実際は死ぬ。でもレオ君の場合は如何なるダメージを負っても原則的に死ぬことはない。それが恵まれたことであるのかは別にしてね、もしかすると回数制限みたいなのもあるのかもしれないけど、それを確認する術はないしね」
メルセデスとレフティアが折り入った話を続けると、ノック音が室内に数回響き渡る。しばらくすると、アイザックともう一人の勲章を付けたアイザックと同齢程の女性が研究室に入ってくる。
その女性の軍服はアイザックと比べても余りに豪勢で、その人物を知らない者ですらその人物が如何なる立場の人間なのか直感で理解する事が出来た。
「レオさん、それとイニシエーターの使者であるレフティアさん。初めまして、私はここレジスタンスの総司令官を務めています。メイ・ファンス少将です、以後お見知りおきを」
艶めかしい気品のある声質がレオに動揺を与えつつも、イメージとはかけ離れたその人物に若干の親近感を覚えていた。
(こんな人がレジスタンスの総司令官だなんて、想像もつかなかったな)
「どうもー総司令官さん?会って早々悪いんだけど共和国の極秘介入ってのは全くのガセネタなのよね!本当はそこのレオ君を連れ戻しに来ただけなんだけど、どうやったらすんなり引き渡してくれるのかしら?」
その言葉にメイ・ファンス少将は特に驚く様子もなく、落ち着いた態度でレフティアの問いに答える。
「あら、そうでしたか。確かに極秘介入な割には随分柄の悪い使者だなと思っていたところですよ。強者故の傲慢、余りに滲み出ている。レフティアさん、貴方の場合はそれもまた美徳として成立する実力の持ち主なのでしょうね」
「なーにをゴチャゴチャ言ってるのかわからないけど、あんま訳の分かんない事言うんだったら実力行使もいとわないわよ?」
メイ・ファンス少将とレフティアの生み出す歪んだ空気感に、周りの者は耐え難い緊張感を覚えていた。
特にメルセデスは何かを守るかのように壁に張り付く。
「あのぉ、少将とレフティア殿。お仲が良いのは宜しいがこの研究室でおっぱじめるのだけはご遠慮頂きたいところですな......」
メイ・ファンス少将は笑いを堪えるかのように口元を抑える。
「ふふふ、いや失礼。レフティアさん、貴方は本当に面白い方ですね。まぁとりあえずこの場で争うのは私どもとしても本意ではありません、それに私では逆立ちしたって貴方には敵いっこないものね。隣のアイザックですらそれは難しい、まぁまずはお話をしましょうレフティアさん?私たちの計画と、レオ君の扱いについて。ね?」
メイ・ファンス少将とレフティアのやり取りにアイザックは苦笑しながらその場を密かに過ごした。