2020/04/05(日)
17:16
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乾きを覚えながらも、文字通り固唾をのんだ私は咄嗟にケイト先輩を見てしまった。
それは仕方のないこと。
大切なドローンが無くなり、それを持ち去った犯人を探して映像を観たら関係者が映っていたのだから。
しかし当人の表情はいたって平然としていた。
もしも自分が犯人だったら、この後にドローンを持ち去るシーンを皆と一緒に直視できるだろうか。
今まで私が秘密裏に廃部を目指していたことがバレてしまうよりも、映像によって悪事がこれから暴かれてしまうケイト先輩の方が遥かに悪質な行為だ。
部長と一緒に部の存続を目指して来た立場というものがありながら、その裏でドローンを隠していた。
味方の振りをしていただけなんて……。
だから自分だったら直視できない。
なのに、どうして涼し気に眺めていられるの?
「ほらっ。
私、私」
それどころか自らが、画面に映った姿を指差して皆に教えている。
「見てて見てて、さっき言った通りですよー。
一輪ちゃんも見ててね」
私が犯人だと思っている相手の、ケイト先輩のその笑顔は眩しかった。
この時にやっと自分が思い違をしているのではないのかと疑問を持つことが出来た。
小刻みに首を縦に振った後、改めて先輩が指差す自分が映る画面上を凝視することにする。
一部始終を確認していないのに勝手に犯人だと決めつけていた自分を恥じながら。
「私がー、小型のー、持ってー」
一挙手一投足口に出す本人の言葉は、映像と相まって理解できる内容だった。
要は、私が入部の歓迎会に使っていたあの小型のドローンを取りに来たというものだ。
他の箱が積み上げられた棚には目もくれず真っ直ぐに近付くケイト先輩の手には、何も握られていない。
それを、現在行方不明のドローンが入っていた段ボール箱の隣に置いてある小さな箱を手に取ると、中身を取り出して一仕事終えた感を出したガッツポーズをした後に廊下へと出て行った。
他の箱には一切触れることも無く。
興味関心が無いかのように。
その両手には今日使った小さなドローンが入った小箱が優しく包み込まれて、落とすまいという意思を感じられた。
「んっふふ……。
一度家に持って帰って、歓迎会用に細工をしたのよ」
私とつーちゃんがいない時にブランド先生に説明していたと、ケイト先輩は続けた。
良く見ると廊下側には男性教員らしき白衣の人影が浮かび上がっており、何やら先輩と話をしながらドアが閉じられた。
理系担当の教員なのだろう。
だから入り口のロック解除をして待っているのだ。
それっきり部屋は無人となり、時間だけが過ぎていく。
「おい……、もしかして」
映像が終わりに差し掛かり、つーちゃんは語気を強めて呟く。
私を含めた皆が思ったことを言おうとしていると察しているのか、誰一人として返事をすることはない。
「もっと前に無くなっているんじゃねえか?」
あるはずの物が無くなり、それを持って行った犯人が録画されていないのならそういうことになる。
「……だろうな」
そう淡白に返したのは部長だった。
指定した時間で停止した動画を眺める私達も停止したかのように、画面を見つめたまま息苦しさのみ周囲を包み込む。
事務仕事の職員達が動く衣擦れや椅子といった物音がうるさく聞こえるほどに。
大きい溜息を吐く音がブランド先生から発せられて「時間だなーー」と何やらお小言を言い始めても私は無視して部長を見た。
次はどうするのか?
もっと前の時間まで遡(さかのぼ)って映像を観るために申請し直すのか?
戻って、室内をさらに詳しく調べるか?
作戦会議をする?
新しいドローンの機体を用意する?
その場合、部活モノの漫画とかにある皆で買い出しに行く話みたいな展開になるのかな?
そんな夢見がちな恋多き女子高生の淡い期待をいとも簡単に打ち砕く発言を、部長が天を仰ぎながらサラっと言った。
「今日は帰るか」
抗議の声を発したのは、私とつーちゃんだけだった。
探すことを諦めたのかと。
レースを、しないんですかと。
無言を貫く部長に尋ねた。
「ごめんなさいね。
そろそろ時間なの」
話を遮るようにして声を上げたのは、PC画面を閉じた事務のおばさん……事務おばさんだ。
「これ以上は残業時間になっちゃうから、また明日にでも申請してほしいのだけど……良いかしら?」
部長の様に天を仰いだ先にある時計を見ながら半ば強制的に退室を促され、部長を先頭に謝辞を述べて廊下へと出ることにする。
私達に放課後があるように、大人にも仕事を終える時間があるのだ。
荷物を取りに部室へと向かう中で、ブランド先生だけは「残業代出ないこっちの身にもなれっての」と悪態を吐いて職員室へと離れて行った。
これ以上付き合う気は無いという態度だ。
私は内心ホッとして先輩の後に続こうとしたが腕を引っ張られたので振り向くと、つーちゃんが目で別の道へと私を指し示した。
どうやら私を別の場所へと連れて行こうということらしい。
「ちっとジュース飲んでくる」
先輩達につーちゃんは言葉を投げると、半ば強制的に私を同伴させた。
部長が最後に戸締りをするから買ったら戻れと言われて私だけが返事を返した。
わざわざ離れた自動販売機へと向かっているのだから、何か言いたいことでもあるに違いない。
強引な彼氏に引っ張られながら満更でもない気分で歩く彼女みたいなスピードで引っ連れていかれた時に、その場から反対側に位置する目的の場所へとたどり着く。
この校舎には一階左右に一か所ずつ校舎裏へ突き出る形で教室の半分くらいの空間が確保されている場所に自動販売機二台が設置されている。
ようやくつーちゃんは私の腕を離してから、その手を自分のズボンで拭った。
「ちょっと待って、何それ、人を汚い物扱いして」
「味方ぶって廃止を企んでいる奴に言われたかないな」
「汚い言い方ね」
「男らしいだろ?」
得意気にニヤつかれた私はありったけの表情筋を使って嫌そうな顔を作ってやった。
「良い顔だな」
「女に褒められてもうれしくないわ」
お互いに暫く睨み合ったが、私は大人な女なので先に折れてやることにする。
さっさと本題に入った方が早く部室に戻れるし、先輩達を待たせたくないから。
「んじゃあ聞くけどな。
お前、ドローンを盗んでいないんだな?」
単刀直入過ぎる物言いだ。
部員の中で、一番動機があるのは私なのだから仕方ないと言えばそうだが、つーちゃんに言われると苛立ちが再び沸き起こる。
それを聞きたいがために、私をここまで引っ張ってきたのかと思うと私への信頼はそうとう低いのだろう。
私は首を左右に振り「私じゃない」と口にも出した。
窓から見える外界は、天気と相まって灰色に見える。
「私も聞きたいんだけどーー」
「俺はやってないし、一番怪しいお前以外にドローンを奪った奴がいるってことになる。
誰か心当たりは無いか?」
「……いない」
先回りされた挙句に容疑者扱いを続けるつーちゃんの視線は冷めていて、見つめ合った私の嘘が見抜かれた気がして首筋に鳥肌が立ってしまう。
「あの生徒会長、いや、愛しのAI部の部長様はどうなんだ?」
「あの人はそんなことをする人じゃない」
つーちゃんの背後で、廊下の角から何かが動いた気がした。
誰か買いに来たのだろうか?
注視しようにも、潜めない声が私を追及してくる。
「根拠は?」
「イケメンだから」
空から差し込むレンブラント光をチラ見しながら、あの人の立つ背景に似合うなと思ったが口にはしない。
「アホか」
私よりも何倍も嫌そうな顔を向けられた。
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久しぶりに更新ができました。
手洗いうがいをしっかりして健康に気を付けたいですね。
次回更新日
04/19(日) 予定