2021/02/28(日)
17:46
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「sorry.
待たせたようだな」
その人はあらわれた。
「いえ。
今来たところです」
そう口にしながら頬が熱くなるのを感じた。
直接話しかけられた上に謝られちゃった。
嬉しいな。
「おせぇよ」
同時に雰囲気ぶち壊すようにぶっきらぼうなつーちゃんの声。
でも私の声が勝った。
だから脇腹を「静かにしろよ」と言わんばかりに肘鉄されて思わず唸ってしまう。
授業中の教室じゃないのだから大声で騒ぐのはいけないことだと分かっているのに舞い上がってしまった。
だからといって強く当たり過ぎでしょ。
「複数要因はある。
だが、天気が悪くなったかと思い部室へ傘を取りに行こうとした影響が一番遅れた理由さ」
さらりとつーちゃんの暴言を受け流して遅刻理由を説明されて私は納得した。
天気と女の気分は変わりやすいことを分かっているから。
「だったら別の日にしろよ。
レース中の時間でも良いんだぜ。
そうすれば不戦勝だ」
「生憎だが、僕は正々堂々とレースに勝ちたいんだ。
そしてーー」
流し目で私を見られた。
え!?もしかして私に気がある?
胸が痛くなったが、次の言葉は思ってもいなかった。
「チワワに負けを認めさせる」
爽やかさを纏った真顔に意思の固さを見た。
おとこのひとのそれもきんぱついけめんのあおいめにはちからがやどり、めをあわせたわたしはきゅんきゅんしてどきどきしてまんがだったらはなぢをふいてるてんかいよ!
「何が正々堂々だ。
この馬鹿を利用して廃部にしようとしてる奴がよぉ。
昨日ははぐらかされてやったが今日は答えてもらうからな。
ドローンを盗んだのもこいつみたいにその辺で引っ掛けた女にやらせたんだろ」
「ねぇ私の扱い酷いんだけどさぁ、昨日知り合ったばかりでよくそんな暴言吐けるね。
せっかくの気分が台無し」
「子猫ちゃん、この熊ちゃんが怒っている理由を知っておいて損は無いだろう。
少々言葉は悪いが、友達を大切にしたいから悪役を買って出ているのだからね」
え?
そんな気全然しなかったんだけど、もしかして本当に?
驚いてつーちゃんの横顔を見た。
目が合ったが顔ごと逸らされた。
「べ、別に心配なんかしてねぇよ!」
「期待した私が馬鹿でしたー」
ほら、やっぱり私を心配なんかしていない。
別にちょっとだけ残念なんて思っていない。
憎いとか嫌いとかではない。
もう少し友達とか部活仲間くらいの間柄にはなりたい気持ちはある。
腹立つから言わないけど。
「もう少しお静かに、ね?
ご注文は決まっているかしら?」
先程の店員さんがやってきて水の入ったコップをAI部部長の前に置きながらそう言われそれぞれが謝罪の言葉を述べる。
私は慌ててメニューに目を落とすが夕食前であることと大人な私を演出するためにホットダーク珈琲を注文した。
つーちゃんはアイスココア、AI部部長は前回と同じダージリンティーと私達用にとフルーツサンドを選択。
それを店員さんは注文用紙に万年筆で記入して戻って行く。
私は後ろ姿を見送ってからつーちゃんに小声で質問を投げることにした。
「どうして不戦勝になるの?
レースにいないと駄目なの?」
呼び出すなら今日ではなくてレース当日だったら不戦勝になると言った意味を知りたいから。
「昨日ここで言われたんだよ。
レース中は解説要員として両部活動の部長が司会進行役と一緒に体育館の舞台で座っているってな」
「衆人環視の中で彼女に、いや、チワワに負けを認めさせる。
そして私に部長として戻ってきてほしいと懇願させる。
その後、AI部は機械無線部と統合して廃部騒動は終了だ」
「ちょっと待って下さい。
機械無線部の部長だったんですか?」
「臨時で2年の後半から今年の2月くらいまでの短期間だがね。
だが、その期間は紛れもなく僕が部長だった」
「初耳だったんですけど……」
AI部部長が眼鏡の眉間の部分に手を当ててズレを直した。
「部の統合への協力を頼んだ時伝えていなかったかもしれないな」
「どうせ舞い上がっていてほとんど聞いてなかったんだろ」
言い返せない。
ドキドキきゅんきゅんしていたんだから。
「もしかして、機械無線部を廃部にして部員をAI部に入れようとしているわけではなかったんですか?」
「誤解を訂正できなかったのをこの機会に訂正させてもらいたい。
子猫ちゃんは機械無線部の廃止と部員の移動がセットになっていたようだね。
だが、本来の趣旨は機械無線部の存続であり、部員の『選別』と確保だ。
そのため賛同者と共にAI部を作った」
選別という言葉に不穏な気配を感じさせられる。
目の前の彼は生徒の自治機関である生徒会のトップ。
私はAI部は活動内容が似ている機械無線部を廃部にして部員を迎えるつもりだと思っていた。
「回りくどいことやってんな」
「熊ちゃんは辛辣だな。
仕方ないのだよ。
僕は女性に人気があるからね」
「さんをつけろよ。
そもそも、今の時代『さん』付けが普通で『君』『ちゃん』はマナー違反だぞ」
呆れたというかのように溜息混じりに注意をする。
AI部部長に対する慣れ慣れしさが少しだけ羨ましい。
丁度そこへ飲み物とフルーツサンドを載せた銀の丸盆を両手に持った店員さんがやってきた。
私達は会話を中断し、注文品が並べられるのを見守ることにした。
久しぶりに見たフルーツサンドは相変わらずとても甘くて美味しそうだ。
四角いパンを対角線で切り、その切り口から見える大ぶりの苺や蜜柑が隙間を埋めるように純白の生クリームに包まれている。
「改めて、急に呼び出してすまない。
君達が食べ終わるまで少しの間だけ話を続けさせてほしい」
私は「はい」と返事をしてフルーツサンドを頬張る。
生クリーム自体はさほど甘くない。
糖度の高いフルーツと相まって絶妙の甘味を堪能できるのだ。
合間にカップを手に取り少量口にする。
「熱いし、にがい……」
「だから言葉に気を付けろって。
誰かに聞かれていたらまずいだろ。
肌色って言葉が使えなくなって何年経ってるか習っているだろうが」
私のつぶやきに敏感に反応するつーちゃん。
何だか躾をするために失言を待ち構えられている気がする。
「第二公用語なんだから仕方ないでしょ。
こっちは今時珍しい先祖代々日本語家庭なんだから」
抗議しながら角砂糖を三個連続でダーク珈琲に溶かして飲んだ。
母親は理解ある彼、つまり父と結婚して私は生まれた。
そして今は機械無線部の部員だ。
しかし入部したてだった頃は、AI部部長の格好良さに惹かれてどうせならみんな一緒にAI部に入ってしまおうなどと考えてしまっていた。
イケメン金髪のAI部部長もそれを望んでいるとばかり思い込んで……。
私の当初の目的である『機械無線部に入部すること』ができたから、一石二鳥だと打算的になっていた。
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次回更新日
03/13(土曜)予定