2019/09/22(日)
19:09
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新しく淹れた紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。
ケイト先輩がティーパックを節約したためにとても薄い紅茶……というよりも白湯(さゆ)を飲み終えたものの物足りなくて淹れなおしたのだ。
息を吹きかけてからゆっくりと唇へコップの縁を近付けた。
「間違っていないならば、あの椿子(つばきね)とやらは女だな?」
部長の問いかけに思わず多めに口へとふくんでしまった。
熱い紅茶を無理矢理飲み込み、じんわりと喉から食道へ流れそして胃が熱くなる感覚に生唾を何度か飲み込んだ。
「分かっちゃいますか?」
辛うじてそう返すと、曇ったメガネをこちらに向けて頷いた。
「いくら何でも一輪のその胸を押し当てられているのに赤面すらせず、心底嫌がっている表情で来たからな。
ありえん。
男子高校生だぞ?」
「女の子に興味ないからかもしれませんよ」
多様化した日本では同性婚はかつてのようなニュースにすらならない。
一般的には異性愛が当たり前だが、同性同士に騒ぐ時代ではないのだ。
めーちゃんが男性であり、男性にしか恋愛対象にならない可能性だってある。
部長の曇りが取れ始めたメガネ越しに私と目が合った。
「それを確かめたかったからこうやって一輪に確認したんだ。
ケイはトイレに向かって確かめようとしているみたいだがな」
やっぱりそうか。
ケイト先輩がいつも向かう近場のトイレではなく、大トイレに向かったのでもしやとは思っていたから納得して頷いた。
つーちゃんは自身の心と体の女の部分に不一致を抱えている少女だ。
この学校でも珍しいのは、それをはっきりと公言し周りと距離を置いたことである。
「そういうの、嫌ですか?」
恐る恐る聞いてみる。
珍しくないとはいっても、それを受け入れられるかは人それぞれの問題だろう。
今は亡き曾祖父は同性愛に懐疑的な意見を言っていた気がするし、BLを嗜(たしな)む私は生で見てみたい。
部長はゆっくりと首を傾けて唸った。
「否定はしない」
一言。
それだけ言って、私が沸かした残り湯をカップに注いだ。
立ち昇る湯気に再びメガネを曇らせながら、浸(ひた)された新しいティーパックを上下に動かす。
何に対して否定をしないのか。
それを問いかける前に大きめの足音が近付いてきたので聞けずじまいだった。
乱暴に引き戸を動かしてめーちゃんが帰ってきたのだ。
腕に力を込めて肩で歩くといった風にして椅子にどかりと腰を落とすと私を睨みつけた。
「怒ってる?」
分かりきっているけど聞くしかない。
無言でいられても話しにくいから。
「ああ。
慣れてはいるけどな、性別を探られるのは好きじゃねえんだよ。
俺がいない間に色々聞いたんだろ?」
ぐるりと体をねじって部長に振り向きながら言う。
対して紅茶を飲み続けている部長はまだ曇りの取れないメガネのままだ。
ややあってからカップを置きめーちゃんに顔を向けた。
「つばきがそう望むのなら善処しよう。
ケイにもそう言っておく。
あいつは年下の男に弱いから気になってしまったんだろう」
「とんだ変態外国人だな」
鼻を鳴らして悪態を吐(つ)いた。
それに部長が噛みついた。
「お前は配慮を押し付けておいて、配慮をしないのか?」
少しずつ見え始めたメガネの奥で、鋭く目が光っている。
「俺の性別と赤毛の性癖を一緒にすんなよ。
それに、俺を勧誘したいんじゃないのか?
帰っても良いんだぜ」
自分の優位性を理解しての発言だ。
部の存続にはめーちゃん無しでは難しいと私は確信している。
入部しなかった時、私の計画は達成する。
達成するのだがーー。
この気まずさは計画に無い。
「もとから入る気は無いのだとしたら、何故一輪に連れられてきた?
腕を抱きしめられて嬉しかったからだろ?」
「違う」
「顔赤くして引っ張られて来たじゃないか」
「違う」
「図星だろ?」
「違う」
「男なのに女が好きじゃないのか?」
「ちが……」
めーちゃんが言葉に詰まった。
「男が……」
耳が赤くなっているのが髪の間から出ていて見て取れる。
めーちゃんが男なら、男が好きだと言えば同性愛になる。
めーちゃんが男なら、女が好きだと言えば異性愛だ。
では、女として男が好きならば?
そうじゃないというのなら、私に胸と腕で掴まれて嬉しくないのは、私が女の子として魅力がない……から?
そんな疑念が私の脳内に渦巻いた。
「私や一輪みたいに、男が好きなんだろ?
ケイだってそうだ。
じゃあケイのどこが変態なんだ?」
「てめえが言ったんじゃねえか。
年下男子趣味だって」
「言ってない」
部長が口元を歪めた。
「ケイは年下に弱いと言ったんだ。
あいつは長女で年下の弟達しかいないからな。
甲斐甲斐しく世話を焼きたがる」
「ケイト先輩、そうなんですか……」
初めて知った話で私は声が漏れた。
そういえば、ポップコーンを持ち帰っていたのは弟のために?
不意に、背後のドアの方から物音がしたような気がしたが、部長とめーちゃんから目が離せない。
「お前は勝手に他人の性癖を決めつけて悪口を言っているわけだ。
おまけに発想がエロ男子中学生並みだぞ」
「うるせぇ、そう取れるように言ったてめえが悪いんだよ」
「お前の思考回路の問題だ」
「下らねえ!
俺は帰るからな!」
声を荒げて死亡フラグを宣言したが、立ち上がるわけでもない。
一種の脅しだ。
でも部長は「どうぞ」とも「待ってくれ」とも言わない。
ただ、ただ邪悪にニヤついているだけだ。
それは私の脳裏にかつて起きた出来事をよみがえらせた。
「(あ、スカートめくりしてきた男子の表情に似てる)」
ちょっかいをかける嫌な眼差しだ。
私が軽く嫌悪感を抱いていたら、めーちゃんは壮大に舌打ちを響かせてバッグを乱暴に掴んで今度こそ立ち上がると、元来たルートで退室しようとした。
おまけとばかりに再び私を睨みつけてからドアに手をかけて勢い良く開く。
そしてーー。
「キャッ!」
良く通る悲鳴がめーちゃんから発せられた。
ドア越しに隠れるようにして聞き耳を立てていたケイト先輩がそこにいて、鉢合わせしたからだった。
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オチを前回と被らせました。
20回更新前後で終わる予定です。
次回更新日
10月12日(土)予定