ヤバイヤツにヤバイモノを持たせてしまった……!
目の前で上機嫌に笑う少女に、オレは頭を抱えて嘆息する。
鬼に金棒どころの話ではない。ヒトを殺すことを厭わない権力者に凶器とか……アレのおかげで命を拾うことができたけど、この先に待ち受ける厄介事は半端なモノではない。
荷物の奥の方に仕舞っておいたのに、オレが気絶している間に漁って見つけたのだろう。
彼女の中では既にアレは自分のモノになっているのか、腰のベルトにホルスターを固定し、そこから黒光りするブツを出し入れして早撃ちガンマンの真似を嬉々としてやっている姿を見ると、暗澹たる気分になる。
「呼吸が落ち着いたのなら、そこから疾く離れた方がよい。ハクウは死した動物に対して平等に鼻が効く。そう何度も返り血で服を駄目にしたくはなかろう?」
「ん? 突然何を言って……」
黒光りするアレを持っていた理由をどう誤魔化そうか考えていたら、ガンマンごっこをしていた大宮司サマに忠告された。
たしかに死んだ魔獣の側に居続けるのはぞっとしないが、返り血とはどういうことだろうか? もう既にオルトロス・チャイルドと呼ばれた魔獣は死んでいるので、ここから更に攻撃を加える必要はないし、オレに死体を弄ぶ趣味は無い。
体に付いたホコリを払いながら立ち上がり、何のことか聞こうとしたら、空から白い翼を持った集団が飛んで来て魔獣の骸に殺到した。
オレは慌ててその場から飛び退り、大宮司サマの手を引っ張って軽トラの向こう側に退避する。
「ハクウって、白カラス先輩達の事か!」
「白カラス先輩とはまた面白い呼称であるが……その認識で合っておるぞ。死の穢れを己の身で浄化する神鳥にして、我らが%UD$教の象徴たる尊き存在だ」
確かに凄く綺麗で神鳥と呼ぶに相応しい姿形なのだが、やっていることは凄惨でスプラッタ映画が裸足で逃げ出すほど酷い。軽トラの隙間から覗く光景はやっぱりいつも通りで、SAN値が削られる前に慌てて顔を背ける。
数は山頂の時と同じで、あの魔獣を啄むために山頂から飛んできたのだろう。
その食欲と獰猛さには感心するが、いささか鼻がよすぎないか? 山頂からこの中腹まで結構な距離があると思うんだが、魔獣を殺してから飛んで来るまで殆どタイムラグが無かった。もしかしたら、オレ達を追ってきたのかもしれない。
「フム……上でも感じたが、思ったより数が減っておらぬ。其方、ハクウ達に餌を与えておったな?」
「餌っていうか、さっきみたいに出てきたモンスターを倒すたび、その死骸に群がってた。アレを止めるのは無理だぜ?」
「別に責めてはおらぬ。我が背負って来た増精剤入りの餌が無駄になったという単なる確認――愚痴だ、気にするな。それよりもコレに関する説明の方が大事よ」
再びホルスターから黒光りするブツを取り出し、その辺の石ころに向かって照準を合わせる様は堂に入っており、本当に初めて触ったばかりの素人なのか疑いたくなる。
もう完全に自分のモノって感じだ。
「説明するのはいいが、オレの質問にも答えてくれ。聞いてばかりはフェアじゃないだろ?」
「フン、生意気な。この大宮司に意見する者など我が街にはおらんぞ?」
「上でアンタが言い出した事だろう? 勝手に打ち切られたがな……オレの質問に答えないってんなら、それについて説明する気はないぜ」
「やれやれ、命の恩人に対して随分な態度よな……まぁよい、*$#という間柄となったのだから便宜は図ろう。ただし、麓に降りたら態度に気をつけるのだぞ。先にも言ったが、我が許しても周りが許さぬ」
忠告は有り難く受け取ることにする。
目の前の少女は平気でヒトを殺せる精神の持ち主である事を忘れてはならないし、彼女を幹部とする宗教団体も似たようなモノであると考えた方がよいだろう。これまでの遣り取りである程度の信頼関係を築けたとはいえ、不興を買えば死に繋がる。
どんな規模の宗教団体かは知らないが、一人が多数に勝る理由はないし、その一人の方が記憶喪失で助けも呼べず、地理的な知識も無いとくれば、逃げることすら出来ずに一方的に処理されるだろう。
それを肝に銘じ、どうしても聞きたかった事を口にする。
「オレが聞きたいのは左手に巻いているコレだ。君がデバイスと呼ぶ腕時計、コレについて知る限りの情報が欲しい」
「%=“&デバイスか……長くなるぞ?」
「白カラス先輩達の食事が終わるまでの時間でいい。道を防いでるアレが片付かない限りは山を降りられないし、片付いたら君が持っているソレをどうやって手に入れたか分るだろうさ」
「……にわかには信じがたいが、嘘を言っている様子は無いな。よかろう、アレが片付くまでの間で我が知っていることを教えよう」
漸くこの妖怪時計に関する情報が得られると思い、オレは身を乗り出した。しかし――
「%=“&デバイスは&#$Rにして、O%#KEだ。以前から%93*なOD¥で■■■■■■■■■■」
「ぐっ!? ぐぉおおお、ちょ、ちょっ、待ってくれっ! 耳が、頭が死ぬ!! がががが、や、めてっ、くれーーー!!!」
ガラスを爪で引っ掻くような不協和音と脳を揺さぶる超音波の連続に、体が拒絶反応を起こし、心臓発作を起こしたように痙攣した。
突然倒れて激しくのたうち回り始めたオレに驚いたのか、大宮司サマも口を開けて驚いている。
前から固有名詞っぽい単語は翻訳されていなかったが、今回のは酷過ぎるし、根本が違う!
「おい、大丈夫かっ! なにが起こっている?」
「ぐ……ぐぉ、ぐぐ、っこのくそ時計だ! ぜってーオレを殺すつもりだろ、ど畜生ッ!!」
この妖怪時計がもつ翻訳機能……翻訳に殆どタイムラグが無いことから推測するに、相手の声――空気中の振動を拾って変換、骨振動でダイレクトに情報を脳味噌に伝えるという翻訳形式なんだろうが、それは脳に直接振動を伝えることが出来るって事で…………つまり、オレの命はこの妖怪時計に握られているってワケだ、冗談じゃない!
憔悴するオレの前にいつものホログラフ・ウィンドウが自動で立ち上がる。
『現段階で私に関する情報に触れることは禁じられています。以後、気をつけてください』
怒鳴りつけたかったが、脳を揺さぶられた影響でその気力を奪われた。
本気で腕ごと切り離すことが頭を掠めるが、行動に移そうとしたら同じく脳を揺さぶられる気がする。
全てが億劫になったオレは大の字になって地面に寝転がった。
「大丈夫か? その、続きはどうする?」
「…………わるいが、また今度ってことにしてくれるか? ちょっと、いや……大分疲れた。少し休ませてくれ」
「それはよいが……暇であるから、其方の持っておった食料を頂いておるぞ。起きられるようになったら声を掛けよ」
そう言って軽トラの向こう側に大宮司サマは行ってしまった。一人にしてくれたのは彼女の優しさだろう。あまりの悔しさに涙を流す情けない顔なんて、オレも見せたくはない。
いつものとは違う凄く強い魔獣との戦い、命の危機、ようやく得られると思った情報に対する拒絶。
短期間に色々ありすぎて、またもや許容量をオーバーしてしまった。
自分の弱さ、情けなさは自覚しているが、こんな理不尽に耐えられるヤツがいるのかよって思う。
そうやって白カラス先輩達の肉を啄む音が聞こえなくなるまで、寝転がって空に浮かぶ四つの月を眺め続けた。
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月の光には人の心を癒やす力があると言ったのは誰だったか。
ひときしり泣いて心が真っ裸になった所為か、月の柔らかい光が荒んだ心に染み入る。
すると、今までの自分の行動が癇癪を起こした子供のように思え、顔の中心に向けて熱が集まった。
あれだな……どんなにつらくても、キツくても、理不尽だらけで不幸を嘆いても……生きてる限り、休んだら立ち上がって歩き出せる。そんなふうにヒトは出来ているらしい。
よし、休憩は終わりだ!
この妖怪時計には思うところが多々あるけれど、解決策が無いことに頭を悩ませても意味は無い。明日以降、あのレベルの魔獣と毎日戦わなければならないってのはキツいが、今日の戦いで粗方の勝ち筋は見えた。敵が強くなった分、ガチャでより良いモノが出るだろうし、ポジディブに物を考えよう!
「休憩は終わりか? ならば出立するぞ。山頂で一泊する予定であったから皆に心配を掛けることは無いが、敵の存在は疾く知らせねばならん」
オレが立ち直ったのを察知したのか、大宮司サマが軽トラの向こう側から顔を出した。
さっきのことをからかわないのは素直に有り難い。
オバタリアンになるとその辺、遠慮しなくなるからなぁ。でもってそれを善意と信じているから性質が悪い。この少女はこの感性と奥ゆかしさを保ったまま育って欲しいものだな、ハハハ!
「…………少々躁が入っておるが、この程度なら大丈夫か? 少し遠慮がなさ過ぎたかも知れぬ」
「何を憂鬱そうな顔をしているんだ? ああそうか、心配をかけたな。オレは大丈夫だ、こんな石くらいは握り潰せるくらいに元気――え?」
暗い雰囲気の大宮司サマを元気づけようと、冗談のつもりでその辺の手頃な石を拾って握ったら、ホントに砕けた。
心臓が飛び出すくらい驚いたが、大宮司サマも目を丸くしている。
たまたま泥の塊を掴んでしまったかなと思い、固そうな石を選んで軽く握り込んだら、これまた簡単に砕けて砂利になった。
無理矢理に高揚させてた気分が一気に冷え込み、脂汗がダラダラと流れる。
どうやらこの妖怪時計、オレの知らない機能がまだまだ多くありそうだ。