カリウスは夢を見ていた。
だが、今回は普段とは様子が違うようである。
あの凄惨な光景は始まらない。
目に見える景色は群青色に染まり、自分の身体さえ動かすことができないのだ。
(ったく何だってんだ。今度はどうなっちまったってんだよ)
どこか、暗く沈んだ世界へ落とされたようだった。
カリウスは初めて見る夢の中で、一体自身はどこにいるのだろうと思案した直後である。
どこからか、声が聞えてきたのだ。
(あれ? エレナさんの声――だけじゃない! 男の声も聞こえる――あれ、この声俺に似てるぞ)
突如聞こえていた声の主はエレナと、自分と似たような声色の者のようだ。
カリウスには会話が口論しているかのように切迫したやりとりに聞こえた。
やがてそれは、はっきりと聞き取れる音量になってきた。
「ユート! お願いだから、考え直して頂戴ッ」
悲壮感溢れる叫び。
エレナの相手の名を、カリウスは聞いた記憶があった。
(ユートって、昼に言った奴の名前じゃないか。おい、何なんだこの夢は?)
微かな意識の狭間で驚愕する。
ことの成り行きを一通り聞く他、選択肢はない。
腹が立つくらいに似ている声が、
「わかってくれエレナ。僕らの勝利が危うくなったと判断したら、迷わず再臨のケルンを使う。エリアル様が身を削って僕達に分け与えてくださった支給品だ、ここで使わない手はあるもんか」
必死な口調でエレナの問いに答えた。
何やら事情が込み合っているようだ。
「だけどッ。それを使ったら、あなたは死んでしまうのよ」
「そうだけどッ! だからこその団体戦なんじゃないか! 残った皆に希望を託して逃がすことはできる。しかも僕は死ぬワケじゃないよ。また生を受けて、この世界に生まれるんだ」
「けどッ……それでも簡単に諦めないで! 私達皆で神様になるって約束したじゃないッ!」
「わかってる。あくまで最終手段さ。ミルン達闇の勢力が望む淀みに溢れた世界になんてさせない」
「そう……生きて勝つ意思があるのは、わかったわよ。だったら尚更ケルン使わせないわ。とにかく、絶対あなたを死なせはしないから」
「ありがとう、エレナ。偵察に行った二人もそろそろ帰ってくる頃だろう。よし、行こうか」
彼らのやりとりが、一旦途切れた。
カリウスは夢の中であろうが度肝を抜かれた。
エリアル創世記の内容は、ルアーズ大陸を生きる者であれば誰でも知っているが、あくまで大まかな内容が書かれただけで、誰がどのようにしてどうなった等と、戦いの細かな記述はされていない。
(何なんだよ、これ。内容が具体的過ぎる。もうワケがわからねぇ)
はたしてただの夢なのか、それとも――
(しても再臨のケルンか。どう考えてもあの黒い玉のこと……あれ、前の夢と繋がってるのか!?)
真実の出来事なのだろうか。
(でもケルンを使ったにしろ、ただの時間稼ぎだ。とっくの昔に試験は完了しててもおかしくない……しても何でこんな夢を見てんだ、俺の想像力が豊すぎるだけなのか。ていうか、それで済む話じゃないんじゃねぇのか)
カリウスはそれ以前に、夢の中で詳細に考察できる自分の状態へ疑問を持たずにいた。
そうして頭を絞って考えているところ、また例の会話が聞こえてきたのだ。
今度はかなり息が荒い。まるで、死の淵に立たされている者のように。
「さような、ら。エレナ。僕は使うケルンを使う、よ」
声の持ち主はユートであった。
「ダメよユート! まだ、まだあきらめないでッ!」
「使わなきゃならないんだ。腰から手を離して、エレナ。皆ミルンにやられた。支給品は飛ばされて君も動けない。僕もじき命尽きる。その前に、やらないと。後は頼む……」
「うぐ、つぅッ……うぅ、ユートッ」
「約束するよ。僕らはまた、きっとどこかで巡り合える。さよなら、エレナ――」
「ユートッ!」
夢は途切れた。
例の如く白い光が闇をかき消して、何も聞こえなくなったのだ。
(やっぱり最後の場面と繋がって。この夢、現実を映しているのか? エレナさん……)
エレナの慟哭は、まるで自身が直接言われたかのように心へ突き刺さった。
それくらい激しい叫びだった。
意識が覚醒していく。
酷く現実味のある夢が終止符に向け、完全に晴れた。