「まずは合格おめでとう。君達は今日から正式なアンサラーとしてIWAに登録された。私は君達の育成を担当する柴浦数未だ。他にも5名の教生がいらっしゃる、用が有れば訊くように」
教室の隅々に立っている教生の中には、目も髪の色も宗教も違う、ライズオブホラインゾン国外の2名混じっていた。
「さて早速で悪いがECOを扱ってもらう。第2グラウンドに集まれ、本部を基準に2時の方角にある」
「先生、まだ初日ですよ! 説明も無くそんな」
「良いアンサラーはグラウンドにいる。それに3ヶ月もあっただろ? さっさと向かえ」
異議はあっさり却下され、堅苦しい制服のまま空調の効いた教室から第2グラウンドに行進した。円形のホールで手続きを済ませ、バラバラの行進で入ったグラウンドには、膝が笑うような光景が広がっていた。
「君らがどのような物を扱うか、実感してもらうために恒例行事だ。8学年までが総出で観戦するから、やらかすと恥ずかしいぞ」
観客席には姿も様々な人が埋め、ざわめき、到底視線からは逃げられなかった。
「今回の相手は、軍から出動していただいた戦車だ。といってもほぼ、大量絶滅前に使用されていた物だ。ECOの粒子を利用するなど多少仕様が違うところはあるが、慣れていればまず負けない」
グラウンドで補給を受けるのはキャタピラの代わりにボールタイヤで移動する戦車。紫ベストの作業員からは燃料、粒子・球形エネルギータンク、赤べストの作業員からは砲弾と銃弾の補給を受け、迷彩服にヘルメット姿の3名が乗り込んでいた。
「では全員搭乗者室に移動して案内を待て、オデッセイも着せてもらえ」
更衣を終えてクルールームに移動、巨大なモニターを前に多く並んだ椅子に腰かける。
「今から名前の呼ばれた者は私について来い。甲板での離着陸について教える。待っている者はモニターを確認していろ。映るのは次のお前の姿だ。まずは青刃紙獅、茜出流、茜美香だ」
全身を覆い、かつ体形を浮き彫りにする黄緑のオデッセイ。大半のアンサラーと同じ格好の数未に連れられ3名が消える。
『緊張してる? ちょっと心音が速いよ』
モニターでは戦車から作業員が離れ、青葉の名が読み上げられると歓声がわき起こった。
『ケディにはわかる?』
『カズちゃんと私は繋がってるんだから当然!』
胸を張るような明るい声は、ケディと呼ばれた左隣に浮いた銀色の目玉からかけられた。
『こんなに大勢に見られながらっていうのは、初めてだなーって』
『試験でオリジン化した時だって、こんなに人、いなかったもんね。でも大丈夫、大丈夫。いつも通りやってればこんなの楽勝だよ』
発進した青刃が風景にへ加わり、緊張にヒキツった表情がアップされた。震えて見える彼女に容赦なく、始まりのブザーが鳴らされる。
(牽制無しのダーツ、普通なら避けられる)
積名の読み通り、戦車は最初の一撃に送弾筒付安定翼徹甲弾を発射。旧式よりも大型化した砲塔の回塔に合わせ、車両が素早く補助を始める。
青葉もすぐに反応して左へ回避する。
『やっぱり最初は怖いよなあ。絶対安全ってわかってても』
『まあね、それは本能だから』
ただその勢いのまま、直径13kmの外壁シールドに突っ込んだのは痛かった。2発目が撃たれ、振り向いた彼女の胴に直撃した。
「次! 安藤沙里、佳奈懸五十鈴、騎真明美」
徹甲弾のシールドが切れてその場に落ちる。次砲弾が装填される間に7.62mm機関銃が弾を食い散らかし、青刃も急いで離脱するものの壁に激突。今度は蜘蛛の巣状の盾を構え、13.7㎜重機関銃の牽制を受け止める。
突如銃撃が止み、防戦一方だった青刃は様子を窺う。銃に着いた車長、砲手が向かい合って大声で話し合っているのを聴いた彼女は走って近づき、油圧でも抜いたようにゆっくり下がり始めた砲身には気付かなかった。
『子供騙しだ』
『がっくりだわ』
青刃は車体に大上段からの大振りを浴びせ、後退されてあっさり交わされた。そして反撃に、相対的に大きくなった彼女は呆けている間に砲の直撃をもらった。
その後も応戦は続くが、教習生の様なおぼつかない動きに戦車が常に有利を取り、終了のブザーが鳴らされた。ただ観客席から咎めるブーイングは起きず、やっぱりかという表情で見守っていた。
人が変わって状況は変わらなかった。炎は砲弾の質量に道を譲り、火力は足を止めているところを狙い撃ちにされた。
「次! 火緋積名、佐渡真理、斎藤逸瀬」
(順番が…まいっか)
先行の3名が手早く終わると呼ばれるまま、積名は一緒に丸角の廊下を移動する。
「やられ方がひどかったですね」
「最初は全員あんな物だ、私も漏れ無く負かされてしまった。我が国の例外は柴浦教生だけだった。ただそこから研鑽を積んで間に合う。君は柴浦教生から手ほどきをうけているらしいが、調子に乗らないことだ」
ポニーテールにまとめ上げた髪と凛とした見た目に違わず氷静教生は冷静に言った。しかし彼女の物言いを決して許さない者がいた。
「あんたら3流の説教を、カズちゃんにするつもりい!?」
氷静の前に回り込んだ群青色の目は機嫌の悪さを微塵も隠さず、彼女を慌てさせた。
「い、いや、そんなつもりは無かった。すまないことをした」
「まあいいわ。次は見てから言ってよね」
目玉は気を済ませると積名の傍に戻った。
一悶着あって甲板に着いた丁度、佳奈懸が飛び立った。
「火緋、お前次行け。特別ルールを課してやる」
「ええ、なんで俺だけ?」
「じゃないと練習にならないだろ。いいから準備しろ」
積名の反対はいとも容易く数未に流され、誘導員がすぐに駆け付ける。
(今朝と同じ人だ)
「いくよ、カズちゃん」
「オーケー、ケ」
目玉が積名と背中合わせになると2人を文字列が覆い、流れたエネルギーと繋がって物体化する。天使の輪、2対の翼、肩に抱えるほの大型ライフルを右手に握り、腕を隠してまだ余る左手の盾、ケルディムの座を持つ群青色をパーソナルカラーにしたECOを構築した。
「ディ」
言い終わると同時に誘導が始まりローンチバーに背を預ける。一緒にやってきた3人が説明を受けている間に戦闘が終わり、数未は壁の電話を取る。
『なんか嫌な予感してきた』
『なんなら聴く?』
積名は面白そうな数未の表情から想像を巡らせ、声を拾っているケルディムが勧めてくる。
『いいや、なんかほら白んでる』
グラウンドは濃霧の様に煙が上がり、見ている間に数未が近づいてきた。
「積名、出たら戦場だと思え」
「つまり攻撃されるんですね」
「そういう事だ」
帰りの誘導が終わり、積名の名前が光る。
『出口を出たら、直ぐ降りる』
『わかった』
積名は1メートルも視界が届かないグラウンドへ出て行くと、徹甲弾が勢いよく出口をたたき、残っているアンサラーを驚かせた。
『撃ってこないってことは、動体センサーは積んでないってことか』
『この霧だと届かないんじゃない?』
『グレネードを使う。硝煙で潜望鏡をつぶす』
出口の直下で様子を伺いながら積名とケルディムと話し合っている頃、戦車も話し合っていた。
「波が違う。第一射は外したと見なす」
「センサー、打ちますか?」
車長が渋く言い、操縦士が提案する。
「ECO相手にアクティブセンサーは愚策だ。音をいっぱいまで拾わせろ」
微速前進のタイヤと砂がこすれる音さえ聞こえそうな静寂に発射音が響く。
「補足」
「撃て!」
グレネードの着弾は車輪の近くに命中、徹甲弾も外壁に命中した。
『外れた』
『珍しい』
「第2射、外した」
致命的になるはずの爆発も戦車のシールドに阻まれ、意味をなさなかった。
『次は当てる』
『勘で?』
『勘で』
戦車の軌跡を追い、純白の世界を照準していく積名。
「なぜこっちの進行方向がわかった?」
「わかりません、センサーでしょうか」
「それは考えにくい。便利なセンサーはルールで使えなくしている。我々と大差無いはずだ」
車長、砲手、操縦者が戦車で状況を確認する。
「回避抜かるな、相手は窓を狙ってきている。目を」
「補足!」
グレネードが煙を押しのけ、戦車に直撃した。
「スモーク中止! 回避運動! 見られてるぞ」
潜望鏡に硝煙が付着し、戦車は左右に退いた回避に弾幕を加える。
『……上を取った方が楽そうだな』
『防御も薄いしね』
感覚が動き始める積名は戦車が砲を向けられない直上に陣取り、ライフルの引き金を引く。チェンバーから粒子が送り出され、左回転する右螺旋加速器内で超加熱、粒子の万有引力が斥力に転換、最後にシールドを纏い、光速を超えた弾丸として発射される。
『当たった!』
『反撃来るよ』
「砲、使用不可能! 直上」
「グレネード、散弾!」
車長が叫ぶが、照準の間に3つのランチャーが使用不可能表示され、残った1つもグレネードを発射直後に同じ運命をたどった。
「外の機関銃使います」
撃墜扱いのグレネードが車体を叩き、砲手がハッチを開いて辺りを窺う。霧はまだ悠然と漂い、視界はまるで手探りだ。
『人だ。撃っていいのか』
『撃っていいよ。カズちゃんだって人じゃん』
「使用不可!、重機関銃」
『そりゃそう』
積名は一旦戸惑ったものの、改めて砲手が掴もうとした重機関銃を打ち抜いた。霧の中から突然撃たれた砲手は咄嗟にピストルを引き抜いた。その顔には焦燥と恐怖が張り付き、息が上がる。
「砲手入れ、砲手!」
『近距離で仕留める』
『怖がらせてね』
積名は逆さになって降りていき、車両側面に位置する。
「何やってる早く」
車長は砲手を怒鳴りつけるが、その視線を追って叫びそうになった。
「うわあぁぁぁ」
砲手が何度も引き金を引き、空薬莢が車体に落ちる。
車長の顔に迫る近さで、逆さ吊りでニタニタと笑う積名。
空砲が鳴りやみ、空撃ちの中、戦車は盾から出された粒子の刃で撃墜された。