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油断は、してなかった。
でも、つかまった。見事に、してやられた。
気配に気付いて逃げようとした先に、別な奴が待ち構えていて、まんまとその前に躍り出た。
ちくしょう、プロだ。こいつら。
白十字という大きなカフェへ連れていかれた。
リットン卿の真向かいに、着座させられる。
でっけえ。間近で見ると、威圧感パネえ。
「アイスティーでよかったかね?違うものがよければ言ってくれたまえ。おごるよ」
隣から、マッコイ氏が日本語で聞いてくる。
ハッ。冷静になれ。ここで即答したら、日本人とバレる。一語もわからないフリをしろ。
次は中国語か英語で聞いてくるかな?と思ってたら、真っ正面から変化球が飛んできた。
「まあまあ、ラクにしとくんなはれあんさん。取って食おうなんて思ってへんよってに」
かかかかか、関西弁???
目をひんむいて魂消た私を、リットン卿はそれはもう、してやったり顔で見つめてきやがる。
「まだ練習中だが、どうかね私の大阪語は。ちゃんと指導してくれる先生がいないと、自信も持てなくてね」
ダメだこりゃ。完全にバレてら。開き直ろう。
私は、関西に住んだことないので、今のが完璧かどうかはわかりません。
「そうか、失礼した。日本語が一番得意かね?」
日本語では伝わらないボキャブラリーもあるでしょう。中国語と英語ならある程度わかりますから、チャンポンでも構いませんよ。フランス語とドイツ語とイタリア語はわかりません。
クローデル氏とアルドロヴァンディ伯が笑った。シュネー氏は口元をひきつらせた。
こいつら全員、日本語わかってやがる!
「我々は君を、パックとか、ロビン・グッドフェロウとか呼んでいたのだが、ここでは何て呼べばいいかね?」
ロビンでお願いします。
「はじめまして、ロビン君。最初に君を意識したのは4月20日の大連だった。それより前から、尾けていたかね?」
えーと日付までは覚えてませんけど、多分その頃からですね。
「そして君は、満洲事変の初期から計画の一員だった。石原莞爾中佐と特に通じているようだが、正解かね?」
はあ。降参です。これ以上なにを話せってんですか?
「ロビン君は、何歳なんだ?
これだけは我々の間でも意見がわかれていてね。差し支えなければ、それが知りたい」
うわああああああん。22歳ですよ。
これには全員が、目をひんむいた。
10歳説まであったらしい。それはさすがに傷つきます。チビですけど!だからって、あんまりだ。
調査団では私の年齢で賭けが行われていたらしい。
そこかよ!そっちかよ!屈辱だ。
「満洲事変についてだが、君たちはずいぶんと、面白いことをやってくれたね」
あ、話が戻った。
「連盟がどう採決するかは別問題だが、今のところ我々は、君たちを応援したい考えも持っている。建国理念、すばらしいじゃないか。大いにがんばってくれたまえ。君たちのお仲間にも伝えてくれて構わないよ」
真意が読めねー。けど、この状況では、素直に受けとっていいエールかな。
「ただし、忠告もある。どんな崇高な理想でも、どんなに完璧な計画でも、それを実行するからには適切なコントロールと、脆弱性へのすみやかな修復が不断に求められる。幕が上がった以上、一瞬たりと気は抜けないのだ。なにがあろうと舞台の上に最後まで立ち続けなくてはならない。満洲国にはその力が著しく欠けているように思われる。心しておいてくれ」
……同感ですし、まったくもって、その通りです。
「伝えたかったことは、以上だ。時間を奪って、悪かった。ありがとう。ロビン君からも、何か質問があれば、承ろう」
こちらこそ、大変有益なお言葉を頂戴しまして、感涙に堪えません。
質問というか。
私みたいな変なヤツって、皆さんにとっては珍しくないものなんですか?
「フーム。人間は誰しもが唯一無二のユニークな存在だからね。君のような人物は、君だけだよ。
敢えていうなら、貧しい国の少年兵士は、君のような鋭い目付きを備える傾向がある。
ロビン君も、さぞや過酷な人生を過ごしてきたものと想像するが、これからの人生を、実りあるものにしてくれたまえ。
今日のこのひとときが、全員にとって良き思い出になるならば、それはとっても嬉しいね」
ありがとうございました。
皆さんと、握手を交わして、退出しました。
どうしよう。
こんなの、報告に書けねえよ。