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17号基地でも、独ソ開戦後、いろいろ情報が飛び交ってます。
日独伊三国同盟を口実に、日本もソ連へ攻めこむべきだ、という論調があります。
内地の外相松岡が、吠えてんですけど。
その場合は満洲から出動。となりますし、防疫給水部にも出動要請がかかります。
今のところ、正式な命令は下りてきてないようですが、現場では、前もって準備をしています。
満洲には、ろくな兵力残ってないですよ。
タイラント松岡は、張鼓峰やハルハ河での大敗北を御存知なのかどうか?
外相が、知らないなんて、ありえないだろ。そう言いたいところですが。
相手の気持ちを思いやり、聞きたくないであろう話はしない。それが日本イズムを貫く倫理なので。
松岡には、誰も伝えてないと、私は判断しています。
7月より、関東軍特別演習、略して関特演が実施されるのは、以前から決まってました。
9月18日が満洲事変10周年という節目なので、その式典の一環として。
内地から2個師団が送りこまれ、演習が終わっても、そのまま満洲へ駐留する予定。
要は、守備兵にさえ事欠くところへの戦力補充なんですけど。
連戦連敗の大失策が、内密にされているわけだからこそ、あくまで演習、という名目でなんとか派兵をしてもらう。
ばかばかしいですね。何から何まで、取り繕うことばかりで。
ほかにも、大本営がですね。
「ソ連との開戦を事前に日本へ伝えてなかったのは日独伊三国同盟付属協定への違反行為である」
と、ドイツへ抗議することを決定した、とわざわざ発表してたりするんですが。
これはどういう種類のジョークなのかな。笑い所が、わからない。
東郷ハジメ軍医少将が、内地へ戻されるという噂も出ています。早ければ来月。
これについては小林が
「南方へも、防疫給水部つくるみたい。その陣頭指揮をとるための準備から、始めるようよ。1~2年は戻ってこないんじゃないかな?」
と展望を語ります。
仕事にこだわりの深いボスがいなくなってくれるのは、嬉しいよね。顔に出てるから、気をつけなよ。
新しく来る部長が、ほどほどにゆるい人だといいね。
南方戦線。本格化するかしら。どう思う?
「さすがに、事情を知ってる人が全力で止めると思う。南方の資源を押さえることは必要だけど、派兵は最低限にしないと。満洲へ来る2個師団も、たぶん動員されたばかりの人たちだから、教育に3年はもらいたいなあ。
ソ連はドイツと戦ってる間、日本へは攻めてこないはずだし、3年後にまだ生きてたら、日本も攻めていって、外蒙からシベリアくらいまで、分捕れるかもね」
南方展開するとしたら、海軍が中心になると思うんだけど。
東郷さんて、海軍とも連携して防疫を担当するのかしら?
「なんとも言えない。うちは関東軍か中央を通してしか命令も試料も来ないけど、その報告が海軍へ渡るとしたら、中央を経由してになると思うから、結局、ここではわからない」
まあ、そういうものか。
良くも悪くも17号は、陸軍管轄の研究施設。
機密のカタマリだからこそ、独立性も閉鎖性も高い。
海軍の情報も、ここで入手できればと期待したけど、難しそうね。
帰る前に、少年たちと遊んでいきます。
一期生の羽柴荘二くん。二期生の桂正一くん。三期生の相川泰二くん。
夏らしく怪談話で盛り上がってました。
かれらの宿舎は、中央棟から近いので、夜になると、狼男が月に向かって吠えてるかのような、哀しい叫び声が聞こえてくることがあるそうです。
「あれは、たぶん支那語だよ。満洲の狼男だからね」
ああ、そうだね。
意味はわからない方が、いいかもしれないね。
「コダマさん、ぼく、狼男じゃないけど、宝石泥棒を捕まえたことあるんだよ」
え?羽柴くんが?どういうこと?くわしくききたい。
聞きました。
陸軍軍医学校にスカウトされて、牛込で研修受けていたある日。
闇夜に乗じて、強盗に及んだ犯人が近くまで逃げてきて、警官隊が探し回っていたそうです。
すぐ先の戸山ガ原に、新しく作られた陸軍の射撃場があり、少年たちは音を鳴らしながら、犯人をその建物へ追い詰めていき、見事、御用となった次第。
無茶するなあ。
そんな危険なこと、もうしちゃだめだよ。
「でも研修で、平井先生から、包囲殲滅戦の授業受けたばかりだったから、実践してみたくて。みんなでね」
ああ。サノの探偵小説同好会の重鎮で、軍医局の請負で全国にスカウト網ひろげて、集めてきた少年たちを日特へ送りこんで、ボロ儲けしてるっていう、平井さんか。
講師もやってたのか。まったく、ヨロズ屋の鑑だな。
でも、もう、しちゃだめだよ。
17号基地で、見てはいけないものを見ちゃったら、二度と、帰れなくなるからね?