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ジュリアスの訪問を、歓迎しない町民はいない。
レスリー准将もよく勝手に入ってくるが、雲泥の差だ。ここまで嫌われる人も、なかなか、いない。
ジュリアスは、用があってもなくても、あればそれを済ませたあとで必ず、全員の顔を見渡しながら、
「何か困っていることはないかね?」と聞いてきてくれるのだ。
しかも、言いたいことがあるけど言えない、モジモジしてる人を見つけるのが得意ときてる。
そして、自分から話しかけて、一緒に考えてくれる。
こんなボス、そうそう、いない。
僕のチームの高校生たちが、あこがれのジュリアスを間近で見て、目を輝かせてる。
その前を横切って、ジュリアスはクァールに、握手を求めた。
「いつも子供たちと遊んでくれてありがとう。トニのところへも、よく行ってくれてるそうだね。君のおかげで、町が幸せになっている。心から、感謝しています」
クァールは、誰に対しても変わらぬ、アルカイックスマイルで応える。
まったく。どこまでも、肚のうちを読ませない小僧だよ。
ジュリアスには、子供が二人いる。
ピーターくん、2歳。
妹のトニちゃんは、昨年末に産まれたばかり。
ピーターくんとお母さんのキティは、先月、ピッツバーグへ里帰りに、出て行った。
トニちゃんは、キティの旧知であるところの、パットさんの家にいる。
パットさんが流産したばかりなので、代わりにトニを抱いててあげて、と預けたのだ。
お医者さんも、パットさんの心を癒やすために良いことですねと、薦めてくれた。
多忙のパパはかまってあげられないし、キティにとっても、二人連れていくのは大変だろう。
表面上は、完全解といえると思う。
他人の家庭問題に、無闇に立ち入るべきではないが、夜、クァールに聞いてみた。
ほんとに完全解なんだろうか?
クァールの目からは、どう見えてる?
「何が問題ですか?」
そう言われると、答えに詰まるな。
キティの評判は、あまり、よろしくない。
ジュリアスと結婚するために妊娠して、三番目の夫と別れるために合衆国いち離婚手続きが簡単なリノへ転居して6週間過ごし、再婚後すぐにピーターを出産した。
派手好きで、気まぐれで。所長の妻だから当然町の実権も握り放題だ。
マダムたちと連れだって昼間から飲み歩いているという話もよく聞く。
とすると
勘繰るところもいろいろ
出てくるじゃないか。
「そういう噂は、聞き飽きてるんです。ストレスもたまりますよ、彼女の身になってみれば。しばらく町を離れることは、当人にも、町の皆さんにも、ジュリアス所長にとっても、いいことじゃないですか?」
聞き飽きてるか。
そうか。
子供たちの数だけ、ママさんもいるわけだからな。
君はどこでも、黙って聞いてるんだろうな。
「それに、ピーターくんは、ママのことも、パパのことも、大好きなんです。それなのに、ママの機嫌が激しく変わりやすいことも敏感に察知していて、甘えることも、泣くことすらも、しないんです。実の母親を、条件反射で恐れてしまうんです。その距離が、少しでも、縮まって戻ってきてくれるといいなあ、くらいは考えますけど」
……深いな。
精神分析医か君は。小児科の。
「ジュリアス所長については、責任を背負う覚悟と、その能力が強すぎます。プロジェクト全体に、世界のためにも必要な存在ですが、ひたすら自分を追い詰めてます。
そんな所長の負担を軽くしてあげるためには、一日でも早く、このプロジェクトを完了させて、休息してもらうこと。
その終わらせ方も、大団円であって初めて、解放できるんです。
私も、末端ながら、微力を尽くしたい」
うん。なんだか、ごめんなさい。そこまで考えたこと、なかったね僕。
「リッキー。答えられる範囲で、教えてください。
今日やってた計算。爆風の影響が及ぶ範囲の予測、ですよね。
もう最終段階にきていると判断していいんですか」
ああ……うむ……その通りだ。
本物で実験を、するみたいだよ。
プルトニウム型は、どうにも、仕掛けが精密すぎる。
設計上は完璧を尽くしたが、製品がその通り動いてくれる保証はない。
そのためのテストがどうしても必要だ、と
ジュリアスが陸軍を組み伏せたらしい。
「貴重かつ高価なプルトニウム239を、ただの実験に使う余裕があるのか」
これが、テスト不要論派の、主たる言い分だ。
「敵地に落として、爆発しなかったらどうします。
かれらは、不発弾となった最高機密を、完全な状態で、手に入れます。調べます。
ドイツでも、日本でも、瞬時に理解するでしょう。しかも我々がそれを回収することは、絶対に不可能。
問題箇所を修復し、我々に対して使ってきたら、どうするんですか」
ジュリアスは、議論に勝った。
だから、爆発させてみるって。
準備でき次第。
ここで。