「…ん」「……あれ?」私は一体どうしたのだろう、とベルフラウは思った。確か、チャーハンという変な名前の元帝国軍人と一緒に、不本意ながらお昼ごはんをつくっていて…そこから先の記憶がはっきりしない。(何が起こったのかは思い出せませんが、どうやら眠っしまったみたい)ベルフラウは、地面にしかれた薄いシートの上に横になっている。いったいぜんたいどうして眠ってしまったのか、彼女は思い出せない。(…? 何かしら)鼻をクンクンと鳴らす。何か、おいしそうな匂いが漂っている。その、食欲を刺激する匂いに思わず腹の虫がなる。彼女は、自分が空腹であることを思い出した。そうだ、確かとてもおなかが減っていて、それで…と何かを思い出せそうだ。…しかし、「おはよう、ベルフラウ」天からかけられた声に意識を奪われる。彼女の家庭教師、レックスの声だ。「せ…先生!?」ベルフラウはあわててとび上がる。レックスに寝姿を見られていたのが恥ずかしかったからだろう。「あ、あの…先生、私は一体何でこんな風に…」「あ。うん、ええっと」レックスが返事に困っていると、背後から声が飛んでくる。「いやあベルフラウちゃん、よかった~突然倒れたから心配したよ」ベルフラウが声の発生源に目を向けると、そこには変な名前の元帝国軍人こと青年『チャーハン』がいた。いつの間にか設置された椅子に腰掛け、長机をフキン(どこかで見たような配色)で拭いていた。「いや実はね、キミ達の空腹や疲労具合を考慮せずにいっぱい働かせちゃったから、米とぎの後にダウンしちゃったんだよ。そうですよね、レックスさん」「え…ああ、ええと」言い淀むレックスと白々しい青年にベルフラウの頭の中には疑問しか浮かばない。「本当にそれだけですのね?」「そうだよ。な~ポワソ」「~♪」いつの間にか青年が呼び出した召喚獣と顔を合わせながら、青年はしれっとウソをついた。本当は空腹と怒りで襲いかかった生徒たちを、とっさに召喚したポワソの技『ドリームスモッグ』――文字通り相手を眠らせる霧、で眠らせて窮地を脱し、とりあえず無かったことにしたのだ。「まあ、とりあえずこっちに座りなよ。お昼ごはんはできてるから」ベルフラウがあたりを見渡すと、それなりに広い長机のまわりに並んでいる椅子にほかの生徒たちは全員座っている。ベルフラウは青年に嫌疑のまなざしを向けるが「委員長はやく~」などとスバルらにせかされ、しぶしぶ席に着いた。青年は全員――生徒たちはもちろんのこと、レックスなど、授業を手伝ってくれたヒトたちを含む、が席に着いたのを確認すると、あらかじめ皿によそっておいたモノを全員の前へと運んだ。「……なんですの? これは」「そりゃあ、お昼ごはんだけど」「そうではなくて、どういう料理かと聞いているのです」少し底が深い皿の上には、円形の山がそびえ立っていた。山の表面に小さな白い粒が敷き詰められ、ところどころに赤、緑、茶などのかけらが見て取れる。活火山のように白く立ち上る蒸気は、嗅覚と食欲を強烈に刺激する香ばしくて甘美な匂いを周りに振りまく。「確かに、見たことない料理だね…おいしそう」思わず、レックスの喉がごくり、と鳴る。「そうでしょうね、名もなき世界の料理ですから」「はあ~、ご飯を野菜と肉と一緒に炒めるっちゅうのは、確かにシルターン料理にはあまりない発想やわ」「まあ、料理としては非常にシンプルですが、シンプルゆえに奥が深い。それがこの料理の特徴です」「なるほど…具材と調味料、後は料理人のウデしだいで多種多様にその姿と味を変える、っちゅうことやね」「ええ、自分の知る限りでも、この上にとろ~りあったかい『あん』をかけたり、スープを注いだり、本当にいろんな種類がありまして…」料理をする者同士、青年とオウキーニの会話が他を置いてきぼりにして進む進む。「それで、結局このお料理はなんという名前なんですの?」しびれを切らしたベルフラウが、強めの口調でそう言った。「ああ、そうだったね。この料理の名前は『チャ……』……!!?」瞬間、青年はしまった!という顔をして、そのまま顔を伏せてしまう。「…?」この場にいる誰もが青年の奇行に疑問符を浮かべている。やがて青年はゆっくりと顔をあげ、ゴホンと咳払いを一つした後、平静を装って言葉を口にする。「…『白米と具材の炒め物』…です」「「「「「…………は?」」」」」「それは料理名とは違うんじゃあないかな」「そうや。そんなん、コーヒーを『焙煎した豆のだし汁』て表現するようなもんや」レックスとオウキーニから鋭い指摘が入る。しかし、青年は態度を変えずにいた。「『白米と具材の炒め物』です。…自分は、そう聴きました」「でも…」「ナニカ…モンダイデモ?」レックスは何か言おうとしたが、青年に何やら底知れない闇を感じ、これ以上追及するのをやめた。「さあ、冷めちゃうといけないから食事にしましょう。スプーンで召し上がれ」そう言って、スプーンを各人の目の前に置いていく。「みなさん、スプーンは手元にありますね? それじゃあ『いただきます』」「「「「「い、いただきます」」」」」有無を言わさぬ『いただきます』に若干気圧される青年を除く全員。(この人は、この料理に何かイヤな思い出でもあるのかしら)ベルフラウは山型料理『白米と具材の炒め物』をスプーンでつっつきながら、そんなことを考えた。突っついた山は、なるほど大部分がお米でできているのでパラパラと崩れていく。ベルフラウは普通のご飯も見たことはあったが、その時のご飯は粘り気があった。炒めたことによってこのようにパラパラになっているのね、と思いながら山の頂をスプーンで掬い、口へと運ぶ。「……美味しい」青年の調理した白米と具材の炒め物…もとい『炒飯』は全員に好評となり、青年は心の中でホッと安堵した。余談だがそう遠くない未来、青年がこの島からいなくなった後にこの料理が島の定番料理となる。その際青年の預かり知らぬところで彼の名前が料理の名称となるのだが、そのことをまだ誰も知らない。~~~~~「はい、みなさんおなかいっぱいになりましたね。それでは最後の授業です」青年は食事を済ませた生徒たちを長机にとどまらせ、そんなことを言った。机の上にあった皿などはオウキーニさんたちに流しに運ばれ、洗われている。「最初は食器洗いにしようかなと思っていたのですが、いろいろと都合があって…って、そんなことはどうでもいいですね。キミ達にはこれから、『おにぎり』をつくってもらいます。みんな、おにぎりは知っているかな」「ええ。ご飯を掌などで握って、手頃な大きさに整えた携帯食のことでしょう?…しかし」「オイラたち、もうおなかいっぱいだよ~」スバルがベルフラウの言葉に続くように満足げな声を挙げた。「…たしかに、自分も授業の最初に昼食をつくるのが授業の目的…みたいなことは言いました。しかし、自分が一番みなさんに学ばせたかったのは、実はここからです」「どういうことなのですか?」「キミ達には今まで、キミ達自身が食べるために料理の手伝いをしてもらいました。しかし、これからつくるおにぎりはキミ達のおなかには入りません」「?」「これから皆さんはおにぎりを握り、それを誰か…キミ達の親、仲がいい人、好きな人、誰でもいいので渡して、食べてもらってください」「誰かに、食べてもらう…」 「料理っていうのは、自分でつくって食べることもありますが、やっぱり誰かに食べてもらうことが目的であり、喜びですからね。そこら辺を学んでもらいます」そう言うと青年は、机の下から飯櫃を取り出す。「使用するのは、キミ達が研いだお米で炊いたご飯。このために研いでもらったんです」「あれ…?」「何か…」「忘れている…ような」「気のせいですね」青年はそれらの疑念をバッサリと切り捨て、説明を続ける。「上手な握り方とか、美味しくなる作り方とか、小難しいことは一切教えません。ご飯はこの櫃の中にたくさんありますし、具材やらなんやらもいろいろ用意していますので、好き勝手にやってください…ただ」青年は腕を前に突き出し、言った。「たった一つだけ守ってもらいたいことがあります。それは、自分で作ったおにぎりに『愛』を込めることです」「あ…愛?」「そう、愛。相手を思いやる心、と言い換えてもいい。みんなにも日ごろ感謝しているヒトがいるはずです。そんな人に、これからつくるおにぎりを渡してほしいと思います」生徒たちは、黙って何か――おそらく『感謝しているヒト』のことを思い浮かべている。「相手のことを思って料理をすれば、まずい料理なんてそうそうできません。ぶっちゃけ、愛さえあれば多少見てくれ、味が悪くても問題はないですから」「い、いいのかなぁ」「いいんです。…まあ、『どうしてもきれいに、美味しくつくりたい』もしくは『どうしてもうまくいかない』ということがあったら、すぐに自分を呼んでくださいね。一応は先生ですから、何でも答えます」「さあ、それでは作業開始!」青年が両手を叩くと、生徒たちは一生懸命作業に取り掛かった。~~~~~「おつかれさま」授業は何とか無事に終了した。オウキーニとともに流しで洗いものをしていた青年は、背後から声をかけられた。「ホント、一時はどうなる事かと思いましたよ。教えたかったことはちゃんと教えられた……のかなぁ」難色を示す。確かに、今回の授業は100満点ではなかっただろう。先生は胡散臭い、生徒は警戒、果ては思わぬアクシデント。いろいろと誤魔化してなんとか最後まで突っ走ったが、実際うまくいったかは生徒に聴くしか術はない。「それは問題ないんじゃないかな。少なくとも、キミの目的は達成できたと思う」青年が何か言いたげなレックスのほうに視線をやると、レックスの背後に小さなヒト影が見える。…パナシェだ。レックスがほら、と後押しすると、パナシェはとたとたと青年の元へと歩みよってくる。青年は慌てて手元のフキン(手作り)で手を拭い、パナシェに向き直る。「どうしたの?」そう尋ねると、パナシェは視線を泳がせる。「あの、えっと…これ」そう言ってパナシェは青年の前の両手を差し出した。掌の上には、1口サイズのおにぎりが置かれていた。「…今日は、ありがとうございました」弱弱しい声だったが、青年の耳には確かに届いた。(そう言えば、ほかの子よりも多くつくってたよな、この子)「パナシェくんは優しいね」それほど感謝する人が多いんだなぁ、と思いながら青年はパナシェの頭を軽くなでた。「く、くすぐったいよ」「ああ、ごめんごめん」思わず、『昔飼っていたイヌによく似てる』と言ってしまいそうになった。「…食べていいかな?」パナシェが頷くのを見届け、青年はおにぎりに手を伸ばし、それを口に運ぶ。「ど、どう?」パナシェがおずおずと青年の顔色をうかがう。正直なところ、青年の口にはちょっと塩辛かったが、そういうことは問題にはならない「うん、おいしいよ」青年が笑みを浮かべると、それにつられてパナシェも笑顔になる。(島にいる全員がこの子みたいに純真なら、争いなんて起こらないのになぁ)そんな夢物語を思い描きながら、青年は世間話を続けた。「パナシェくんは、他にはどんなヒトに渡すのかな」「えっとね、レックス先生とお兄さんにはもう渡したから、あとはお父さんとお母さんと…」嬉々として話すパナシェになんだかほほえましい気持ちになる。しかし、最後に放った一言で、そんな気分は一瞬で吹き飛んでしまった。「…それと、イスラさん!」「イス…ラ?」突然、青年の胸に言いようのない感情が湧き出した。『なぜ…?』最初に思い浮かんだ言葉がそれだった。イスラという名前を青年はこの島に到着してから聞いたことがない。今まで出会ったヒトビト――名前を知らないヒトを含めても、その中に『イスラ』に該当しそうな人物はいない。要するに、パナシェの言っている人物と青年とは赤の他人のはず。それなのに、その名を聞いた瞬間から心臓の鼓動は不自然に早まり、頭の何処かでは警報が鳴っている。「あ…、イスラはね、俺たちと同じ船に乗っていて、俺たちの少し後にこの島に流れ着いたヒトなんだ。体のケガは大したことなかったんだけど、記憶喪失で…」島の人間に疎い青年に、レックスがすかさずフォローを入れるが、青年は心ここにあらずといった感じでその話を殆どを聞き流す。「…どうしたの?」「あ、いえ、なんでも」「それならいいんだけど…。それじゃあ俺もイスラに用があるから、一緒に行こうか、パナシェ」「うん」そういって、レックスとパナシェはその場を去って行った。「……」なんとなく、レックスを引きとめた方がいいような予感がした青年だったが、根拠のない予感でそうするのは気が引けて結局引きとめることはできなかった。(きっと気のせいだろう)そう自分を無理やり納得させる青年だったが、彼は1つ忘れていた。現実はいつだって非情だ、ということを。~~~~~~~~~~後書き作者です。もう一山越えれば、あとはスムーズに進む…はず。自分の稚作を待ってくれる人がどのくらいいるかはわかりませんが、何とか早くUPするように頑張ります。最後に予告。この先、青年には苦難しか待っていません。