「それにしても『運命』ってやつは残酷よねぇ」ある時間、ある場所。異世界シルターンでよく見られる建築様式をした建物『メイメイのお店』の中で、店主がポツリと呟いた。「何の話……ですか?」店内にはもう一人いた。栗色長髪の女。彼女の左腕と右脚には痛々しい傷を覆う包帯が存在し、満足に動かすことが困難なので椅子に座っている。店主は女のたどたどしい敬語に苦笑しながら、ゆっくりと言葉を続けていく。「運命っていうモノはね、一本道じゃないの。選択次第で、大樹の枝葉ほどに分かれ変化していくもの。…でも、誰もが好き勝手に運命を変えられるわけじゃない。大きな運命を変えるには相応の大きな力が必要になる。それは『腕力』だったり『魔力』だったり『財力』だったり…先生たちみたいな『協力』もそうね」店主はそこで話を区切り、真剣な声で告げた。「先生達はこれから、あの島…ううん、世界の運命を賭けた戦いに臨み勝利するわ」店主は先生――レックス達は勝利すると断言した。実際島では今、島に封印されていた『ディエルゴ』という負の存在が復活し、彼らはそれを打ち倒すために行動を開始している。しかし彼らは現在、ディエルゴとは相対すらしていない。なにしろ今しがた店主はレックスと別れのあいさつを済ませたばかりなのだ。今頃は遺跡へと向かう道の途中だろう。「そしてこの未来はアナタがあの時に倒されていなくても起こりえた未来なのよ」残念だけどね、と店主は付け足す。「……ッ」その言葉に女は顔を伏せる。その心中にあったのは、自身を戦闘不能に追い込んだ1人の青年の姿。そして、彼に対しての後悔の念だった。たった1人の仲間を助けるために命を賭けたその姿を、女は一生忘れることはないだろう。「私が何を言いたいかわかるでしょ?」店主は少し不快な表情をした。女は店主の言わんとしていることが理解できた。つまり……『救世』という運命において青年の死は全く意味のない、いわば『ムダ死に』だった、ということだ。彼が死のうが生きようが、レックスはディエルゴを打ち倒し、島に平穏をもたらすだろう、と店主は言っているのだ。「やっぱり、普通のニンゲンには世界を変えることはできないのかしら」店主がポツリと呟いた。レックスは魔剣に選ばれた男だった。魔剣の強力な魔力と、その力を誰かのために使える強くて優しい心をもって、島の人々をひとつにまとめあげた彼は、もうすぐ世界を救うところまで来ている。しかし青年は何かに選ばれることもない、少し不幸な過去を持つだけの普通のニンゲンだった。運よく暗殺者1人を戦闘不能にし、仲間1人を救助しただけで彼の命は終わってしまった。死力を尽くしていたのにもかかわらず、だ。結局彼が遺したのは、世界にしてみればあまりにもちっぽけな変化ばかりだった。「でもね、青年がもたらした小さな変化は誰かにとっていい方向に働くわ……きっと」「そういう運命なんですか?」「んにゃ、乙女のカンよ」「……」女が複雑な表情をする中、店主は店の戸棚に手を伸ばす。「それ、先生から預かったんでしょ? 大事にしときなさい。そう遠くない未来、それを持つべきヒトがあなたの元にきっと現れるから」店主の言葉に、女は右腕にかかえた紫色の石をギュッと抱え込んだ。店主は女にやさしく微笑むと、戸棚から『清酒・龍殺し』とラベルに書かれた一升瓶を取り出した。「さてと…」店主は瓶を開封すると、虚空に向かって呟いた。「まっ、次に会った時は『コレ』のお釣り分くらいは協力してあげるから、頑張んなさいな………青年」ニャハハ、と笑うと店主メイメイは一気にその酒をあおったのであった。~~~~~「目が覚めると、そこは大草原でした」誰かが聞けば、きっと何の事だかわからないと感じるだろう。しかし、自分に実際に起こった現実なのだからしょうがない。気が付いた時、自分は右も左も前も後も草原な場所で寝転がっていた。空が青いのだけが救いだ、と感じるほど緑だらけだった。困惑混じりに起き上がった自分は、なぜこんなところで寝ていたのだろうか、ということについて考え始める。「そう、たしかこうなる前は……あれ?」一体自分は今まで何をやっていたのだろうか? なんか自分の怠慢を嘆く台詞のように聞こえるがそうではない。目が覚める以前の自分というモノが思い浮かばないのだ。自分は今まで何をしていたのだろうか? わからない。自分はどんなニンゲンだったのだろうか? わからない。自分の名前は何だろうか? わからない。頭にいくら問いかけてみても、わからないの一点張り。何度も何度も頭に検索をかけるが、さっぱり何も出てこない。「これはもしかして『記憶喪失』というやつか?」結局分かったことといえば、『記憶喪失』なんて小難しい言葉が出るくらいには学のある奴だった、ということだけだった。「弓と矢ねぇ」自分の記憶があやしいとなると、頼みの綱は己の所持品だけだ。まず衣服について。上は動きやすそうな茶の上着、下は動きやすそうな茶のズボン、靴はこれまた動きやすそうなもの。記憶を失くす前の自分はどうしてこうも動きやすさ最優先のチョイスをしたのだろうか。そして自分のそばに落ちていたのが先ほどの弓、そして数本の矢が入ったケース。それの他には食料はおろか、寝具の類も持っていない。とりあえず試してやろうと思い立ち、自分はケースから矢を1本取り出すと、弓を構えた。標的は10メートルほど離れたところに生えている木の幹でいいだろう。…先ほど『前後左右草原』と言ったが、まばらながら木は生えている。標的に狙いを定め、矢を射る。すると矢は幹の中心からそれなりに離れた場所に刺さる。自分の腕は中途半端という意味でそれなりのようだ。木へと歩みより刺さった矢を回収する。まあ、ないよりはましだ。「…ん、あれは何だ?」此処よりはるかかなたに塔のようなものが見える。視点が変わったことにより、最初は見えなかったものが見えるようになったようだ。あまりに遠くて一本の針が生えているのようにしか見えないが、確かにそれは塔だった。記憶を失くした代わりに目的地を発見した自分は矢のケースを背負うと、そこに希望があると信じてそこに歩を進めた。~~~~~「信じた自分がバカだった」それが6時間ほど前の出来事である。歩けども歩けども風景は青と緑のデュエットで、塔は相変わらず小さいまま。まあ、針2本分くらいの大きさになったような気がする。存外、6時間通しで歩いても全くへこたれない体のスペックには驚かされたが、精神は別だ。早く何かを見つけなければ気が狂ってしまいそうだ。そんな調子でスタスタ歩いていると、ふいに自分の視点が下へと落ちる。そして同時に浮遊感。イヤな予感がして下を向くと、自分は見事なまでに崖から足を踏み外していた。―――【***】はホント、すごい【***】だよコノヤロウ。頭の中に妙なビジョンが浮かび、自然と自分の口が言葉を紡ぐ。「またか」1度崖から転落したことがある。そんな思い出さなくてもいいことを思い出しながら、自分は崖を転がり落ちて行った。~~~~~ベシン、とカタイ地面にブチ当たり自分の体は停止した。思いのほか崖は浅かったらしく、死んではいない。イテテ…と痛む体をさすりながら立ちあがり、辺りを見渡す。ヒトが数人余裕で横並びできそうな道が崖と崖の間に伸びている。舗装はされていない。おそらく自然が作り出した道なのだろう。「今度は土色の景色か」そんな風にボヤキながら空を見上げる。先ほど浅いと言った崖だが、ヒトがよじ登ることができないくらいには急で、高い。先ほどまで救いであった空が、今ではあざ笑っているように見えるのは気のせいだろうか。此処から脱出するためには、やはりよじ登れるよう場所を探すしかないだろう。つまりやることは変わらない。ただひたすら歩むのみ。「よし!」頬を叩き気合いを入れると、第一歩を踏み出す。ズウン!! 地鳴りが辺りに響く。それと共に振動が辺りを揺らし、パラパラと崖の一部が崩れ落ちる。「…?」 2歩3歩と歩を進めると、ズンズン! とまたもや地鳴りが響く。確かに勢いよく大地を踏みつけはしたが、自分はこんなに脚力が強かったのか?…などという現実逃避はおいといて、自分は地鳴りの発生源である後ろを振り向いた。「……ゴゴゴ」そこにはロボットがいた。立方体に顔、手足を取り付けたロボット。黒光りするメタリックなボディはいかにも固そうだ。「…ゴレム」また1つ思い出した。こいつはゴレムという名前だった…はず。しかし、自分の思い描いた姿とは若干差異がある。自分の中では、ゴレムと言えば(金属特有の重量はともかく)両手で抱えられるほどの大きさのはず。しかし、目の前にいる奴は道を埋めつくさんばかりに巨大なのだ。言わば『ビッグゴレム』。「ハ、ハロー?」とりあえず意思の疎通を試みる。色々とアレだが、目覚めてから初めて出会った知的生命体…もとい知的ロボットなのだ。このチャンスを逃す手は無い。「ワタシノコトバ、ワカリマスカ?」「ゴ…ゴゴ!」しかし相手はロボットだ。何を考えているのか分からない。今のは返答なのだろうか。「ゴゴゴ! ゴゴゴガゴッ!!?」「!?」そうこうしている内に、ビッグゴレムの様子がおかしくなる。いや、元々おかしかったのかもしれない。「$%+¥%&+%&&¥$¥+$!!!」ビッグゴレムは明らかに異質な音を出し始めた。そして、丸い目は紅色に輝きだす。「ああ、具合が悪いようなら自分はここで…」自分はそう言いつつズリズリと後ずさりする。「&$%¥!!」ビッグゴレムの体が震え、節々からは煙が吹き始めた。『何かヤバイ』…誰が見てもそう思っただろう。自分は急いで回れ右、脱兎のごとく逃げ出した。「ゴゴゴォーーーーーッ!!!」「うわあぁぁぁァァァァァ!?」ビッグゴレムは唸り声を挙げ、猛然と襲いかかってきた。崖をゴリゴリ削りながら迫ってくるその姿は、悪夢以外の何物でもない。「グゴォォォ!!」「ひゃあ!?」ビッグゴレムが文字通りの『鉄拳』を振るう。大地を穿つ拳の衝撃は、数瞬前まで自分がいた場所にクレーターを生み出す。気を抜いた瞬間ミンチになってしまう、そんな死の鬼ごっこ。「チクショウ、こんなわけのわからない所で自分が誰かも分からないまま死ねるか!」自分は肩にかけたケースから弓矢を取り出し弓を引く。そして、勢いを殺さぬようにターン。どデカイ的へ向かって矢を放つ。矢は一直線にビッグゴレムへと飛んでいき……そして甲高い音を響かせて鋼鉄のボディに弾かれしまった。「ゴギャアァァァ!」「ですよねー!!」無理だ! 弓矢であのデカブツ倒すの無理だ! だって鉄だもの、硬いもの!いよいよ自分の心に絶望のカゲがさし始めた。道は相変わらず一直線に続いているし、崖の高さも大して変わらないし。…そういえば、息も苦しくなってきた。体力もさすがに限界らしい。「…ちくしょう」自分は、ボードゲームで言う『チェックメイト』にはまったのではないだろうか? 体力はすでに底が見え始め、ビッグゴレムを撃退する方法は無いに等しい。それにあの巨体だ。この先何らかの障害があっても奴は何なく破壊して追ってくるだろう。もう、自分にできることなどほとんどない。できることといえば脚の動く限り逃げ続けることと、存在するかも分からない相手にみっともなく助けを請うことだけだ。「だ、誰か助けてくれェェェ!」まったく、我ながらみっともないと思う。しかしこのみっともない叫びも、誰にも聞かれることは無い。「まかせて!」………え?声の聞こえた方向――崖の上を見る。そこには、桃色の髪をなびかせたヒトがいた。~~~~~~~~~~後書き作者です。諸事情で半端なところで終わっています。第2章ですが、4話ほどで終わります。