錯乱騒ぎから数時間ほど経って、自分達はとある村に到着していた。本来ならまず装備を整えたい所だったが、残念ながらココには武器屋だの防具屋などといったモノは存在しなかった。あるのは木造家屋のみで、村というより集落といった方がニュアンスが正しいのかもしれない、そんな場所だった。到着のち、以上のような理由があってこの村で小休止してからもっと大きな町へと向かう、という方針が自分達の中で決定した。もっとも、自分がその後どうするかは今だに未定なのだが。自分は道すがら教えてもらったこの世界の実態と、自分の将来について整理するために、3人と一旦別れて村を散策する事にした。まばらに並んだ家、あまり整備されていない道路。近くに森や川といった資源が存在するようだが、川はともかく森には魔物もいるだろう。それらの相手もしなければならない事を考えると、生活するだけで手一杯であろう事は想像に難くない。「おい、魚釣り行こ~ぜ」「うん!」「アナタ、魔物にはくれぐれも気を付けて」「…わかった。行ってくる」…こんな場所でもヒトビトは懸命に生きようとしているようだ。魚釣りへと向かう少年、食料を求め森に向かう男達、家事に精を出す女性。ほんの少し散策しただけで様々な生活模様を見る事が出来る。どれもこれも、記憶を失くした自分が見ても『日常風景』と断言できるモノばかりだ。「こうして見ると、ココが死後の世界だとは到底思えない…な」よく考えれば『生きようとしている』というのはおかしな言い方だった。なぜならばこの世界に存在するニンゲンは全員ココとは違う世界で、すでに生を終えているのだから。レオンさん、エイナさん、ノヴァさんの3人に聴いた話では、この世界には三種類の存在がいるらしい。1つ目は『放浪者』。ココとは異なる世界で命を落とし、何らかの理由で転生の環から外れた魂。そんな彼(女)らの中でこの世界の真実に気付き、転生の塔を目指す事を決めた者達。塔へ向かう最中には様々な試練が立ちはだかっており、放浪者はそれらを乗り越えることによって魂の輝きを増していき、転生たりえる存在とならなければいけない。放浪者の中には転生する資格を持ちながらもあえてこの世界にとどまり、他の放浪者の助力となる者もいて、彼らは『導き手』と呼ばれている…が、広義的には放浪者と同じ存在なのでココに入れておく。2つ目は『魔物』。自分を襲ってきたビッグゴレムなどが該当する。奴らはこの世界にやってきた者達の記憶が創りだした仮初の存在だ。生前の恐怖や悲愴の対象だったモノ、またはその記憶自体が、狭間の世界の特殊な環境によって具現化し誕生するらしい。魔物はこの世界の試練の中でも最も困難なモノとして放浪者を苦しめている。この世界での『死』とは『魂の消滅』を表しているのだが、放浪者が死に至る原因の殆どが『魔物に殺されて』なのだそうだ。3つ目は『定着せし者』…こんな存在がいる事に、自分は衝撃を隠せなかった。定着せし者とは、この世界の日常に埋もれてしまった者、放浪者なのに試練を放棄してしまった者などが行き着く存在。練磨を怠った者達の魂は知らず知らずのうちにこの世界に取り込まれ、魔力(マナ)となり消滅してしまう。そして後に残るのは世界の一部と化し、一定の行動を周期的に繰り返すだけの抜け殻のみ。この抜け殻を『定着せし者』と放浪者達は呼んでいるそうだ。さらに驚くべきことは、この世界へと迷い込んだ魂の多くが定着せし者となってしまうということだ。世界の真実に気付く事が出来なかった者、気付いたとしても試練を拒んでしまう者は意外と多いらしい。きっと先ほど見たヒト達の中にも、定着せし者が紛れ込んでるに違いない。……まあ、彼らの気持ちも解らなくは無い。誰だって痛く苦しい事は避けたいと思って当然だ。オソロシイ思いをして死ぬのならいっそ、日常の中で次第に消えていく方がいい、という考えも間違ってはいないだろう。「『キミはこれからどうするんだい?』……かぁ」以上を踏まえ、道中『導き手』ノヴァから尋ねられた問いについて考える。『これから』というのはこの世界で何を目的をするか、という意味である。放浪者として試練に挑むのか、定着せし者となるのか……この2つのどちらを選ぶべきなのか?大前提として自分は定着せし者にはなりたくない。自分という存在が無くなる事に恐怖を感じるのはニンゲンとして当然の思考だ。それに最悪魔物に殺されたとしても、魂の消滅という結果に繋がるという意味では定着せし者と変わらない。ならば自分は、少しでも未来の可能性がある方を選びたい。とすると『放浪者』となるのが一番良い……はずなのだが、自分はそれを完全に肯定する事が出来ない。「本当にそれでいいのか?」心から溢れた疑問が口から漏れ出す。「自分は本当に『転生したい』と思っているのか? 『転生しなければいけない』と思いこんでいるだけじゃないのか?」ノヴァさんが言うには、できる事なら定着せし者となる魂はあまり出したくない、とのこと。それはもちろん彼の道徳的な考えに基づくものでもあるが、他にもう1つ、この世界の存亡にかかわる事情も関わっている。事情…それは定着せし者が増えると、魔物も同様に増えるという事だ。原理はよくわからないが定着せし者になったり、魔物に殺されたりして魂が消滅がするのが魔物の発生条件の1つとなっているらしい。定着せし者が増えると魔物が増える。魔物が増えるとそれらに殺される放浪者、または放浪者になるのを拒む者達が増える。そしてまた魔物が増える…という悪循環がこの世界には存在し、それを解消するのが導き手の至上命題なのだとか。転生を望む者の助力となるべく存在している導き手であるノヴァは、「転生してほしい」とは絶対に言わない。それがイニシエから続く導き手の掟だから。しかし、転生できない者達が増えるのを快くは思っていないのは確かだろう。「転生を目指さない事は、この世界に存在する者達にとって迷惑極まりない。だから、転生は『必ず目指さなければいけない』と、自分は思いこんでいる………かもしれない」断言はできない。なぜならこの世界で目覚めてからそんなに時間が経っておらず、自分自身の事ですらよくわからないからだ。しかし『しなければいけない』などという甘っちょろい考えではこの先魔物に殺されてしまうだろう事は確信している。ココはそういう、ある種自然界よりも厳しい場所なのだ。「自分はなぜ転生したいのか?」この問いに対する答えを見つけない限り、転生など夢のまた夢なのだろう。「まずはそこから、だよな」自分はこの世界の事も、自分自身の事もまだよくわかっていない。ならば、決断を下すのはそれらを知ってからでも遅くは無いだろう。自分は両頬をパチンと叩いて気合いを入れると、ポケットからエイナさんに借りた『あるモノ』を取り出した。「これが、自分を思い出すキッカケになればいいんだけど」これが生前の自分にどうかかわっているのかは解らない。しかし、あの懐かしい感覚を信じてみたい。「やり方はエイナさんに聴いたし、それほど危険なものじゃあないっていうから、まあ何とかなるだろ」しかし万が一の事も考えて村の端っこでやった方がいいかな? と思い、移動を開始する。たしか川もあって綺麗だったし……うん、そこにしよう。しかし楽観的な思考をする自分の頭は、とっても大事な事を忘れていた。いや、認めたくなかったのかもしれない。自分がとんでもない不幸体質だという事を。~~~~~この世界に迷い込み世界の真実の一端を知った時、真っ先に思い浮かんだ疑問がある。『なぜ魂だけの存在となり果てた自分がヒトの、おそらく生前の姿のままでいるのか? 肉体は元の世界に置いてきたのではないのか?』と。その答えはこうだ。『それは魂の外層、魂殻(シェル)が生前の姿を模しているから』。おそらく、魂に最も負荷がかからないのが生前の姿という事なのだろう。世界の法則はよくできているなぁ、と素直に感心してしまった。さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろう。このシェル、元は魂の一部分なだけはあってスガタカタチに若干融通がきく。しかし、自在に姿を変えられるというわけではなく、ある一定の条件下であれば姿を変えられるのだ。そしてその条件とは『ある召喚術を使用する事』である。ココまで言えば、なんでこんな説明をしているのかわかるだろう。「な、な……!」自分は清流を川岸から覗きこんでいる。水面は光を乱反射し宝石を散りばめたようにキラキラと輝いている。…いや、今はそれはどうでもいい。問題は今水面に映っている像だ。ムカつくくらい青い空を背景に描かれた姿。それは黒髪で、特徴がないのが特徴の不幸そうな面をした青年の姿では無かった。ぷにぷにした肌、そしてそれをうっすらと覆う茶色の毛、パッチリした2つの目、小さい手とは対照的に大きく発達した耳たぶ、そして尻尾。体長はニンゲンの足から膝ほどまでも到底無い、猫に似た小動物。『プニム』…と、知っているヒトは言うだろう。「なんじゃあこりゃああぁぁぁ!?!!」そう。それが今の自分の姿だった。「う…うろたえるんじゃあない! ファーマーはうろたえたりなんかしないッ!」口はそう言うが頭はパニックである。『召喚術で召喚獣を呼び出そうとしたら自分が召喚獣になっていた』のであるから頭がどうにかなりそうなのは仕方ないことだが。「お、落ち着いて最初から工程を思い出すんだ。ま、まずはエイナさんから貸してもらったカード! これはショ、召喚術を使用するために必要なモノで、召喚獣のシ、真命の一部が記されている! 真命が記されたカードをすべて集める事によってハジメテ1体の召喚獣が呼べるようになるらしい! で、このカード達にはそれぞれ『プ』『ニ』『ム』と記されている! よって、カードには何の問題も無いィ!」「次に使用方法! これは別に高度な技術が必要なわけではない! 『魔力を流し、異界への門を開く』、それだけ! よって何も問題ない! ハズ!」あれ、何の問題も無いじゃあないか。なあんだ、混乱して損した……って。「じゃあ何でこんな事になってるんだよ!」小さくなった手で頭を抱える。何一つ事態が好転しないではないか。グググ…と唸り声を挙げてみるが、それに何の意味があるだろうか?「なんで自分はいつもいつもこんな感じなんだよぉ…」がっくりと肩を落として項垂れる自分。ココまでわけのわからない事態が続くと、この先やっていける自信が無くなるどころの問題ではない。「……きっと自分は『界の意思(エルゴ)』とやらに嫌われてるんだ。いつか文句言ってやる」責任転嫁である。もう誰かのせいにでもしないとやってられないのだ。「マスター、あそこに不幸のどん底を味わっていそうな小動物がいます」「ああ、そんな感じだな」「撃ちますか?」「引導を渡すようマネはやめとけ」「……チッ」「ひでぇ……とにかくひでぇ」通りすがりのヒト達にまで同情された。目から頬へ液体が滴り落ちて行くのを感じる。「ああ、川の水面がとっても美しいなぁ……」現実逃避である。もう転生とかそんな事はどうでもいいや!~~~~~「ハア…」それから30分ほど過ぎた頃である。ようやく調子が戻ってきた…というよりはこんな事をしても無駄だと悟った。「3人の所へ戻ろう」彼らに会えば何とかなるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて立ち上がる。「…ん?」その時、さらさらと流れていた川に1つの波紋が走った。なんだろう?自分は川をもう一度覗きこんだ。だがそれがいけなかった。「エサだあぁぁぁァ!!!」波紋の中心から盛大に水飛沫をあげて巨大魚が飛び出してきた。ギザギザ歯のついた口の中を見せびらかしながらこちらへと迫ってくる。「………は?」状況が判断できない内に自分は巨大魚にパクリと咥えられ、水中に引きずり込まれてしまった。