「ねえ、コイツどうしよっか?」「どうってよお、そりゃあ縛り上げるしかねえだろ」「そうねえ。ついでに身ぐるみ剥いでおきましょ」「見たところ召喚兵のようですね。サモナイト石だけは取り上げておいた方がいいでしょう」「……(上から、誰かの声がする)」なぜか仰向けで地面に倒れる青年。青年がマブタを開くと、視界に4つの人影が映る。「……(男2人と女2人……いや、男3人に女1人、か。見覚えの無い顔だ)」彼らの後ろに広がる澄みきった青空を眺めながら、青年は考えた。「……(自分はなぜこんな状態になっているのだろう?)」頭はうまく働かないし、視界は霞む。何より身体が動かない。「……(ええと島に漂着して、部隊に合流して……それから)」青年の脳が機能を取り戻し始める。そして、現在に至るまでが、まるで走馬灯のように目前に映し出されていった。***青年と天使ローラによる部隊メンバーの治療作業は数日に渡った。それほどまでに、部隊の損害は甚大だったのだ。結果、作業末期には青年もローラも体力・精根・魔力が悉く限界にきていた。そんなある日のことである。忘れられた島を探索していた軍の一団が、負傷者多数で野営地に帰還した。彼らが言うに、探索の途中ではぐれ召喚獣と遭遇し、そのまま交戦。最初こそ優勢であったが、増援に返り討ちにあったのだという。……ちなみに『はぐれ召喚獣』とは、何らかの理由で召喚師の元を離れ、元の世界に帰還できなくなった召喚獣のことである。「大方、ビジュ先輩が『この島化け物だらけじゃねぇかよ!?』とか言いながら暴れたんだろうなあ」確証は無かったが、青年はぼんやりとそう思った。というのも、一団の中で指揮をとっていた『ビジュ』という男は部隊の中で最も捻くれて、かつ好戦的な性格をしているからだ。ビジュにとって命令違反はいつもの事で、敵を必要以上にぶちのめす事もあるし、キレると何をするか分からない。しかし実力はあるので、余計タチが悪い。ともあれ島の住民との交戦があった以上、災いの火種が着実に蒔かれたのは確かである。青年は、忘れられた島で巻き起こるであろう厄災を予見し、身震いした。「おいテメェぼさっとしてるんじゃねえぞ!」「はいはい分かりました治療ですねビジュ先輩」青年の思考が、負傷した探索班の治療へとシフトする。「仕事を増やしやがって」と心で念ずる青年には、遠い未来の嵐について考えるようなヒマはなかった。~~~~~治療作業にようやく一段落がついた頃、またしても帝国軍と島の住民との小競り合いが始まっていた。きっかけは、森の中で発見・拘束された1人の少女。仕立の良さそうな赤い衣服と赤い帽子を纏ったブロンドの少女は明らかに『良家のお嬢様』という感じだった。その赤い少女も青年含む帝国軍と同じ船に乗っていたらしく、同じように嵐に巻き込まれ、同じようにこの島に漂着したらしい。また、帝国軍の探索班は帝国軍以外にも数名、この島へ流れ着いたニンゲン達――海賊4人と一般人らしき男性、そして件の赤い少女を確認していた。彼らは仮に『海賊一派』と呼ぶ事にする。帝国軍にとって、海賊一派がこの忘れられた島にいるというのは大した問題ではない。問題なのは、『島の住民』と『海賊一派』が手を組んでいるという事実だ。なぜそう言いきれるかというと、先日の帝国軍と島の住民との交戦において、島の住民に協力した増援というのが海賊一派らだったからだ。こうなると軍は島の住民と海賊一派、2つの勢力を同時に相手せざるを得ない。人員、物資、地の利、情報……何もかもが不足している軍にとって、これは非常にマズイ。なので軍はなりふり構わず、発見した赤い少女を情報源あるいは人質として拘束したのは自然な流れであろう。しかし少女を拘束して、彼女の仲間が黙っているはずもないのは自明。帝国軍は、いつ海賊一派が少女を奪還に来ても万全に迎撃できる場所に自陣を展開し、彼女を詰問することにしたのであった。帝国軍が陣を展開した場所は、島の住民には『竜骨の断層』と呼ばれている地帯である。名の由来であろう巨竜の骨らしき残骸と、幾重の段差が印象的な場所だ。竜骨の断層は非常に高低差が激しく、高所に陣取れば低所からやってくる敵に対して地の利を得られる。帝国軍は高所を占有、各層に部隊員を配置し、赤い少女の詰問を開始した。しかし、赤い少女は頑なに口を割ろうとはしなかった。生来の気質なのか、それとも仲間への義理なのか……どうにも彼女から情報を得られない軍が痺れを切らしかけていたその時、とうとう海賊一派並びに島の住民達がやってきたのだ。帝国軍の陣の下層に現れた、海賊一派の一般人らしき男性が、赤い少女――『ベルフラウ』という名前らしい――を解放するように、帝国軍に告げる。すると、部隊の隊長アズリアが前に出て、意外にもその男性と親しげに会話を始めた。というのも、男性は『レックス』という名前の元軍人らしく、彼とアズリアとは旧知の間柄だったらしい。しかし、彼女と彼との会話は実に殺伐としたものであった。アズリアはレックスが海賊と共にいる事が不服なようで、彼に投降を促す。だがレックスにも彼なりの事情があるらしく、アズリアに対して一歩も引かなかった。場はまさに一触即発。戦いは免れない。この場にいる全員が息を飲んだ時、部隊一の不心得者ビジュが暴挙に出た。なんとビジュはベルフラウを人質に、レックスへのリンチを決行したのである。ビジュ曰く、彼は先日の帝国軍と海賊一派+島の住民との緒戦において、レックスに痛い目にあわされたらしい。そのためレックスを酷く恨んでいる様で、憂さ晴らしと復讐のために、ここぞとばかりにレックスを召喚術でいたぶっていく。いたいけな少女を盾にして、大の大人に召喚術を放つビジュの姿は小悪党そのものであった。帝国軍と海賊一派、そして島の住民、その誰もが彼の凶行を嫌悪し止めようと考えた。しかしベルフラウが人質にされ、さらにはビジュに「(帝国軍を含め)動いたら、ガキを殺す」と宣言されては、誰もビジュを止めに動けなかった。言いようも無い不快感が周囲に蔓延する中、ビジュがレックスにトドメをさそうとした……まさにその時。思わぬ反撃がビジュに襲いかかった。ベルフラウが召喚術を使ったのである。彼女自身が意識して行使したわけではない。彼女の「レックスを助けたい」という思いが爆発した瞬間、身体から溢れだした魔力が彼女の持つサモナイト石に伝わり発動したのだろう。しかし偶発的なものとはいえ召喚術、召喚された召喚獣――空飛ぶ真っ赤な火の玉妖怪――には、ビジュを怯ませるには十分な力を持っていた。「ビビビィーーッ!」「へぎゃあ!?」召喚獣は何なくビジュを弾き飛ばし、ベルフラウを拘束から解き放つ。そしてそれをいいことに、ベルフラウは召喚獣をお供に仲間の元へと走りだす。だがこの竜骨の断層の特性上、彼女達はすぐに仲間の元へ行く事ができなかった。ベルフラウ達がビジュを振り払った場所は、彼女の仲間がいる下の層まで縦方向にかなり遠い。死を覚悟して断崖から飛び降りる以外の方法で、彼女が仲間がいる場所へと辿り付くには、層と層とを繋ぐやや長いスロープを下る必要がある。しかし当然、スロープには帝国軍人が配置されており、ベルフラウの行く手を阻む。だが、彼女は幸運であった。なぜなら、その場所に配置されていたのは、表情に疲労の色が残る『チャーハン』という名の召喚兵だったからである。~~~~~「イヤ~な予感はしてたんだけどさっ」赤い少女・ベルフラウが距離を詰めるのを目の端で捉えた青年がぼやく。青年は下層の海賊達に向けていた弓矢を至急、ベルフラウの方へと向けようとする。だが、青年の体は思うように動かない。連日の治療作業による疲労が主な原因だ。また、突然自陣に現れた小さな敵に対する心の動揺も、少なからず影響していた。「なんだってんだ、もう」そもそも、ベルフラウが使用した『召喚術』という技術は非常に扱いづらいシロモノだ。召喚術の技量は、術者の才覚と鍛錬によるところが大きく、才無き者や未熟者が使おうとするならば術の不発や暴走を招く。つまり、誰もが――特に年端もいかぬお嬢様が、ポンポンと使用できるような技術ではないのだ。それなのにベルフラウは、やや暴走に近いカタチだったが召喚術を使用し、ビジュをぶっ飛ばした。そしてそのまま青年の方へと迫ってくる。青年は正直、少女のベルフラウが大人のビジュの拘束を振り切るのは不可能だと思っていた。しかし現実には、彼女は拘束を振り払う力を持っていた。自陣に突如現れた『敵』に、青年の精神は大きく揺さぶられたのである。心中穏やかでない青年がモタモタしているさなか、ベルフラウは道すがら拾い上げたクロスボウに矢を装填し終え、なおかつ青年に照準を定めていた。「くらいなさいっ!」……そういえばあのクロスボウ、誰かが彼女から取り上げてそこらに置きっぱになってたやつじゃあないか。青年がそんな事に気付いた瞬間、彼女のクロスボウから矢が射出された。かわす術は当然無い。「あぐッ!?」「あ、当たった」彼女が無我夢中で放った矢が青年の左脚を打ち抜く。激痛に顔を歪める青年だったが、そこは腐っても軍人、戦闘意欲は失わない。逆に、矢が命中した事に安堵し呆けているベルフラウへの反撃に転じる。「実戦は初めてなのか? 経験者からの忠告だけど……戦場は『油断禁物』だ」青年はすでにポケットに納めている、サモナイト石を掴んでいた。『聖母プラーマ・ローラ』の石ではない。青年が所持する2つのサモナイト石の小さい方。それは青年と最も古い付き合いで、ローラとは異なる信頼関係で結ばれている、霊界の精霊『ポワソ』の石。青年が最も得意とする召喚術だ(というか、これら以外ほとんど不得意なのだが)。サモナイト石に魔力を込め、呪文詠唱し、異世界への門を開くのに3秒もかからない。「…っ!?」ベルフラウが危機を察知するが、もう手遅れだ。彼女にはクロスボウに矢を再装填する時間も、召喚術を妨害する時間も無い。いける! ……そう確信した瞬間、青年は赤い少女の背後から飛び出した火の玉を見た。先ほど彼女が呼んで、ビジュを吹っ飛ばした召喚獣だ。「オニビッ!?」「ビイィーー!」『オニビ』と言うらしい召喚獣が、召喚主を護るため、弾丸のごとき速度で青年に迫る。青年の脳裏に「召喚術を中断し回避する」という選択肢が浮かぶが、負傷した脚でそれは無理だ。オニビの攻撃が来る前に、召喚術で迎撃するしかない。……だけど間に合いそうもないな、こりゃあ。あまりにもオニビが速すぎ、あまりにも青年の体調が万全ではなかった。青年は早々に悟った。「ビビビィッ!!」「……ぶ、っ!」オニビが、青年のボディにめり込んだ。思わず肺中の空気と共に、胃の内容物を口から吐き出しそうになる。しかし、青年は腹を押さえヨロヨロと後退こそすれども、ベルフラウの元へ返るオニビを睨む眼光は衰えていない。「まだ、まだ……」耐久力に関して言えば、青年は若干ヒトより勝っていた。幼少の頃の過酷な農作業や、実父の愛のムチの賜物である。「今度こそ召喚術を」と、サモナイト石を握った手に力を込める青年だったが、意識と視界がグルグル回っていた。負傷した脚に力が入らず、ぐらりと身体が大きく傾く。「えっ」「ビッ」「あ?」瞬間、青年の身体は宙へと投げ出された。いつの間にか青年は崖の淵まで追い詰められていたようで、足が滑って崖から落ちたのだ。「……やばっ」前述したが、青年が先ほどまで立っていた場所から地面までは、かなりの落差がある。ニンゲンである青年に飛行能力は無いため、このままでは地面と衝突して死んでしまう。――青年、近いうち死んじゃうかも?先日出会った『メイメイ』という占い師の言葉が脳裏によぎる。しかし、青年とてそう安々と死ぬわけにはいかない。せめて頭だけは死守しなければ、と思い青年は身体をよじる。そして数秒も経たず、青年は右半身から地面に落下したのだった。***「あ゛あ゛あああ!!」覚醒し、全てを認識した青年の意識が、全身を襲う激痛を知覚した。特に矢が貫いた左脚と、地面と激突しボキボキに折れた右腕の痛みが酷く、患部は焼けたように熱く感じられた。「う、あ……ッ」そして激痛は許容量を超え、青年の意識は再び闇の中へと沈んで行った。~~~~~青年が次に目を覚ましたのは、側面と天井そして床に至るまで、金属や見知らぬ材質でできた部屋だった。そして青年はこの部屋のベッドに寝かされている。「…………」一体ここはどこだろうか? 青年はうすボンヤリと開いた眼で辺りを見渡す。部屋は『檻』と表現したくなるほど面白味の無い内装であったが、壁の棚には小瓶や真っ白な包帯のようなもの陳列されている。「……ん?」やがて、青年はベッドサイドに人の影を発見した。どこかで見たような、全体的に赤いシルエット。『赤』――青年にとってはあまり好ましくない色だ。鳩尾と左脚がズキリと痛んだ気がした。「よかった、気がついたんですね」「……」赤いシルエットに両眼のピントが合っていく内に、青年はようやくシルエットの正体に気が付いた。それは竜骨の断層で見た、海賊一派の1人、『レックス』だった。『ベルフラウ』という少女でなくて、青年はちょっぴり安堵した。「ラトリクスまで運ばれた時には本当に危険な状態で……命に別状がなくて本当によかった」「……はあ」『ラトリクス』ってどこさ? という疑問が青年の心中に浮かんだ。が、レックスがあまりにも真剣で真摯に青年の体調を気遣っているようなので、青年は質問しづらった。「右腕が完治するまでには、まだまだ時間がかかるそうですが、脚の方は日常生活する分には問題ないみたいですよ」「ああ、それは……よかった、ですね?」そう言うと、レックスは満面の笑みを浮かべた。心の底から安堵している表情だった。青年も彼の笑顔につられ、思わず気が緩みそうになってしまう。「もし。ええと、とりあえず貴方をレックスさん、とお呼びしても?」だが、青年の『帝国軍人』としての立場は、それをよしとしなかった。青年は、自分が置かれている状況が、若干オカシイ事に気が付いていた。「1つ質問してもよろしいでしょうか?」「うん」「この部屋は何なのか」とか「ラトリスクとはどういった場所なのか」とか……色々と質問はあったのだが、青年はまず、自分の立場がカンタンにわかる質問をレックスに投げかけた。「帝国軍とレックスさん達は、和解したんですか?」「え」「いえね、お互いが和解したんなら、こんなに待遇が良いのもうなずけるんですが」しかし、和解なんてしていなかったらどうだろう。その場合、帝国軍の青年が、軍と敵対関係にあるレックス達の手中にあるのだから、普通に考えれば、青年はレックス達に捕虜として扱われて然るべきである。それに帝国軍は島に実害を与えている上、竜骨の断層ではいたいけな少女を人質にすらしている。もはや、レックス達の軍に対する心象がマイナスに振り切れてても不思議ではない。だがどういう訳か、青年は懇切丁寧に治療を施された上、ふかふかのベッドにまで寝かされている。青年にはそれが不思議でならなかった。「和解は、まだです。竜骨の断層での戦いでは、ベルフラウを救出して、アズリア達を撤退させるのが精いっぱいでした」「……ああ、やっぱり」若干の後悔が見えるレックスを見ながら、青年は「それはそうだろうな」と思った。青年はレックス達の事情と心情は知らないが、帝国の信条を知っている。そして隊長であるアズリアは、帝国軍人の規範のような女傑であるということも、青年は知っている。帝国軍は実力社会だ。功績をたてれば誰であれ評価されるが、逆に失態を犯せば誰であろうと容赦なく切り捨てられる。万が一、『海難事故により任務を果たせなかった』上に『海賊やはぐれ召喚獣に敗北した』または『海賊や召喚獣と一時的とはいえ和解した』などという情報が軍上層部に伝達されれば、どうなることか。青年は軍人としての地位や名誉に一切興味がないので『帝国での評価』などはどうでもいいのだが、アズリアは違う。彼女は帝国一の軍人の名門『レヴィノス家』の出で、病弱な弟の代わりに家をになうため、女性としては初となる上級軍人を目指しているのだ。アズリア隊長なら、死に物狂いになっても任務を続行しようとするだろうから、和解は絶対ないだろう……というのが青年の読み。そしてその読みは見事当たっていた。当たっても嬉しくも何ともないのだが。「……それならなんで『捕虜』である自分に、こんな手厚い治療を施してくれたんです?」打算か、謀略か、それとも虚言? レックスがどのような答えを示すのか、青年はあれこれと思案する。しかしレックスの口からは、予想外の言葉が飛び出した。「俺達は、例えキミが帝国軍人だからって、『捕虜』として扱う気はないんだ」「……は? いやいや待って下さいよ。帝国軍とレックスさん達は敵同士でしょう? 軍は貴方達や島にそれなりに損害を与えた、と聞いています。自分がいうのもアレですけど、そんな奴らの同胞に対して、被害者である貴方達が特に何もしないどころか、ってのはさすがに」「確かに今、俺達と帝国軍は敵対してます。ですが俺は帝国軍とだって、きちんと話し合えば分かり合えるって信じています。だからキミにも酷い事はしたくないし、しません」いやいや、ちょっと待てよ……と、青年はレックスに口を出そうとした。しかし、青年はレックスの表情に何の躊躇やウソが含まれていないのを感じ、愕然とした。少なくても、彼は本当に、対話による和解が実現すると信じているようだ。「……(それができんかったから、戦ったんでしょうに)」青年は墜落前、アズリアがレックスの言葉をはねのけていた光景を思い出し、至極当然な事を思った。しかし同時に、レックスに対する別の感情が青年の中に芽生えはじめていた。「レックスさんは、とても純粋なヒトなんですね」「え?」「きっと貴方がいたから、海賊も島の住民も、身分や種族の垣根を越えて協力できたんでしょうね」少々薄汚れた青年には、子供のように真っ直ぐなレックスが、何だか眩しく見えた。~~~~~その後、青年はレックスから『青年が墜落して気絶していた間』の事を教えられた。要約すると以下のようになる。青年がレックス達の元へ墜落し重症を負った後、レックス達は青年に最低限の手当を施した後、青年を戦闘に参加しない仲間に任せ、帝国軍と交戦した。そして当初の予定であるベルフラウの救出を成功させた。また、事実上敗北した帝国軍は青年を残したまま撤退したそうだ。帝国軍は結果的に青年を見捨てて撤退したカタチになるが、軍も色々と切羽詰まる状態であるし、敗戦直後だったので、青年にかまう暇などなかったのだろう……というのはレックスの談。戦闘終了後、青年の症状が悪化した(かるく生命の危機だったらしい)ので、本格的な治療が施せる『ラトリクス (機界ロレイラル出身者の集落) 』のリペアセンターという場所に運ばれ、治療され、現在に至ったようだ。「先ほども言ったけれど、俺達はキミを捕虜とした扱う気は無いです。俺としては、キミを軍に返還してあげたいんですけど……仲間の中には反対するヒトもいて」「まあ、そうでしょうね」捕虜の返還には、どうしても「情報の漏えい」というリスクが伴う。とはいえ、返還しないのにも色々と面倒事はあるのだから、そこは一長一短として諦めるしかない。今回はレックスが『返還しない』という選択肢を選んだにすぎない。「……まあやすやすと返還される気は自分にも無かったんだけど」「何?」「ああ、何でもありません」石2つ分軽くなったポケットをさすりながら、青年は「コレを取り戻さなきゃあ、軍には帰れないな」と心中で呟いた。「ところで、自分が捕虜として扱われないのならば、一体どういう扱いを受けるんでしょうか」「あ……うん。それなんだけど、実はまだ決まってなくて。実は、俺がキミの病室に来たのは『キミはどうしたいのか』を訊きに来たんです」「……自分に?」「はい。最大限キミの意見は尊重するつもりです」「お、おお?」まさか、自分の処遇を自分自身で決める事になるとは。青年は酷く狼狽した。『自分の処遇』……これは非常に発言の責任が伴う難題である。あまりに優遇が過ぎる提案をすれば、レックスの心象を悪くしかねない(というか軍人としてどうかと思う)。とはいえ、劣悪な処遇を自ら所望するほど青年はマゾヒストでは無い。良くも悪くも無く、ついでに青年にこっそり利のある提案をしなければならない。「……前例はないんですかね? ほら、自分は島の環境治安について知らないですし」数秒の内にあれこれ思案したが、面倒臭くなって青年は考えるのをやめた。「前例? そうだ以前、俺達や帝国軍より前にこの島に流れ着いた『ジャキーニ一家』という海賊が、集落の食べ物を盗んでいたので懲らしめたことがありました」「ああ、ジャキーニ一家なら知っています。『やたらと派手好きで豪快、しかし妙に弱い』とか『海賊のテンプレートみたいな奴ら』とか、軍ではしばしばウワサになってましたよ」「……そうなんだ。あ、それで、懲らしめた後ジャキーニさん達にはユクレス村――メイトルパの住民が住む集落なんだけど、そこで畑仕事をしてもらっています。『盗んだ分は働いて返してもらう』という事で。現在も、ジャキーニさん達は果樹園で水やりをしたり、畑を耕したりしてます」「……畑に果樹園」「あまり参考にはならなかったかな。キミはケガを」「それでいいです」青年にしては、妙に明るい声だった。「え。でも」「それでいきましょう。農作業という肉体労働……敵側のニンゲンの扱いとしてはぴったりじゃあないですか」「キミは腕を骨折して」「大丈夫ですよ。こう見えて軍人の前はファーマーをやってましたから。知ってますか?ファーマーは、たとえアバラや腕や脚が折れていようが、たとえ高熱にうなされていようが、農期には強制労働させられる、タフなヒト達なんですよ」「え。俺の村でも農耕はしていましたけど、そんな人はいなかったような」「おかしなあ。『ファーマーたるもの、骨が折れてもヒザ折るな』という格言もご存じない? 『痛い痛いと言う暇があったら、1ヘクタールでも広く畑を耕せ』という意味なんですけど」「いや、たぶんそんな格言は存在しないと思う」青年は首をかしげる。どうやら青年の言うファーマーとは、世間一般のそれとはまったく異なる職種のようだ。その後、レックスは青年の妙な熱意に根負け、青年は晴れて『ユクレス村での畑仕事』という絶好の待遇を得たのである。~~~~~「そんで、ワシらにその軍人を監視せいっちゅうんかいのう、先生」場所は変わってメイトルパ出身者の集落ユクレス村。口髭を生やし、片目には眼帯、そしていかにも海賊という感じの衣服に身を包む『ジャキーニ』は、今日から村で働く青年の処遇についてレックスに確認した。ちなみに『先生』というのは、ベルフラウの家庭教師をしているレックスを指す呼称である。「監視ってほどじゃ。彼には脱走する気もないみたいだし、それとなく気にかけていてほしいんです」「まあ、ワシらは海賊じゃ。帝国軍の奴らには何度もえらい目にあわされちょる。頼まれんでも脱走なんて許さんがのう」「ありがとうございます」ジャキーニ一家は海賊だが、意外と義理堅く憎めないヒト達である……という事を知っていたので、レックスは「彼らはキチンとやってくれるだろう」とひとまず安堵した。「ところで、その帝国軍人はどこにおるんじゃい?」「え、さっきは俺の後ろに……いない!? 」まさか逃げたのか? レックスとジャキーニが辺りに注意を向けると、どこからか『ザックザック』と土を耕す音が聞こえる。「イモ畑の方からじゃ。アソコには今誰もおらんはずじゃが」2人がイモ畑に視線を向けると、そこには無心で畑に鍬を入れ続ける青年の姿があった。「……左手1本で力強く鍬を振り下ろしちょるぞ、アイツ」「しかも、すごい速さだ。わ、もう端から端まで終わったみたいだ」ニンゲン業とは思えぬ青年の鍬さばきに、2人はただただ呆然とするしかなかった。~~~~~「ああ、癒される」遠くでレックス達に奇異の目で見られているのを知らず、青年は淡々と鍬をふるう。鍬から手に伝わる土の感触が、青年にはなつかしく感じられた。「しかし、この畑には妙な穴ぼこが多いな。まさか害獣でもいるんじゃ……」ピョコン。「あ?」突然イモ畑の穴ぼこから姿を現したのは、球の体にトリの顔が付き、そして頭の上にヒモのような何かが1本生えた召喚獣だった。「あ~、確か軍学校の教科書にこんな小動物が載ってたような」ジ……。「幻獣界メイトルパの『ペンタ君』だったっけ」ジジ……。「意外と柔らかい身体を持ち……いやいやそうじゃない」ジジジ……。「え~と、確かペンタ君は気を抜くと」ジジジジ……。「あ、そうだ『爆発する』」ボンッ!!「…………げほっ」こうして、青年の捕虜生活初日は『爆発オチ』で幕を閉じたのであった。