その時、自分は天空高くそびえる塔の最上層にいた。「でも、ちょっとだけ納得いかない。放浪者としては私達が先輩なのに、一緒に『転生の塔』にくるのってさ」桃色の長髪を風にゆらす女性『■■■』さんが、オレンジ色の髪を持つ騎士の男性『▲▲▲』さんにそんな事を言う。「『■■■』、再会するたびにズタボロになってるコイツを思い出しても、そんな事が言えるのか?」「あ……ごめん」謝る女性に、自分は「いいですよ」と告げる。どうでもいい話だが、自分は通常の放浪者の3倍は死にかけていたらしい。「魂の成長には、時として時間は必須ではないんだよ。必要なモノがあるとすれば、それは切磋琢磨しあえる友人や、得難い経験だよ。……キミの場合はツェーゼ村で合流した時から既に、ほぼ転生の資格を満たしていたと思うよ」やさしい声で自分にそう言うのは、白い長髪の男性『●●●』さん。自分達をこの世界のゴールであるこの場所に連れて来てくれた導き手である。「なごりおしいけれど、僕は導き手として3人に尋ねなけれならない。本当に、生まれ変わる事を望むのかい?」生まれ変われば、この世界での記憶を全て失ってしまう。そしてなにより、この世界で出会った友人達との、永久の別れになるかもしれない。それに自分達は、生まれ変わらない事もできる。放浪者でもなく定着せし者でもなく、ただ存在することだけを求める者も少なからずいるし、険しい修行の果てに導き手になるという選択肢もある。こんな質問をしてくる『●●●』さんは、自分達を迷わせようとしているわけではない。幾人もの放浪者を導いてきたが故の悩み、そしてなにより彼自身やさしさの表れであると、3人ともわかっていた。『▲▲▲』さんと『■■■』さんは、確固たる決意で「転生する」と伝えた。旅の途中で幾度と悩んだけれど、旅立ちの時の決意を果たしたい。今離れ離れになったとしても、いつか必ず結ばれると信じている。そう明言した彼らが自分には、夜明けの空にように輝かしく見えた。そんな彼らに負けないように、自分も続く。「自分は最初から首尾貫徹生まれ変わるつもりですよ。そこのバカップルとは違って」「ちょっと!?」「…………っ!」「それに相棒との挨拶はもう済ませたから、今引き返したら何言われるかわかったもんじゃない」顔を真っ赤にする男女をよそに、自分は『●●●』さんに向かって笑ってみせる。「……ふふっ、キミ達なら心配はいらないね。『転生の塔』への門を開こう」その言葉を合図に、塔内部へ通じる門が上下に割れるように開いていく。門の向こうへ行けば、おそらくもう2度とこの世界へは来れない。しかし、迷いはない。「それじゃあ自分はお先に。2人だけの時間は、少しでも長い方がいいでしょう?」「ああ、そうかもしれないね」自分と『●●●』さんが、そそくさと門をくぐる。「…………あっ、もう! 『●●●』まで茶化さないでよ!?」少し放心していた2人も、後から続いてくる。「そういえばキミは、以前『生前に色々とやり残していた事がある』と言っていたね。よかったらどんな事か教えてくれないかい?」「そうですね正直、やり残した事を正確には覚えてないんですが。1つ目は『誰か』との約束を守る事。生前とても大切にしていた、はじめての相棒との約束だったと思います。そしてもう1つは……」首元にある傷跡を撫でながら、何でもない事のようにポツリと呟く。――復讐。「……え?」「あ、光が見えました! あの先に、転生するために装置かなんかがあるんですね!?」喜び勇んで、自分は光の中へと飛び出して……次の刹那、信じられないものを見た。前方に、赤黒いヘドロのようなナニカが空から落ちて来たのだ。ヘドロは地面に着地すること無く宙に浮き、やがて球をカタチどって静止した。「なんだ、これ。魔物、か?」しかしそんなはずはない。転生の塔は導き手が管理する聖地、魔物の入り込む余地はないはず。「……サセヌ」どこからか、声が聞こえてきた。男のようであり女のようでもあり、幼子のようであり老人のようでもある、不思議な響き。「……サセル、モノカ」しかしその声には、確固たる怒りと妬み、『怨念』が込められていた。「転生ナゾ、サセルモノカアアァァァッ!」……しかしなぜだろう、どこか寂しそうだった。***「……はっ!?」機能美のみを追求したベッドの上で、少年は目を覚ました。荒い呼吸をしながら周囲を見渡せば、そこは暗闇の中ながら見慣れた自室だった。それに心底安堵した少年は溜息をこぼしながら、「いつもこうだ」と愚痴る。今回のように少年が深夜急に目覚めることは、1回や2回に限った話ではなかった。特に近年、少年が成長するに従い頻繁になっていて、悩みの種になっている。「……(とても、とても長い夢を見ていたような気がする。でも、夢の内容をこれっぽっちも憶えていない)」少年がこう思うのも、もはやいつもの事。だがよほどインパクトある夢なのか、まるで体験したかのように錯覚するほどの喜怒哀楽を、目覚めた少年の心に残していくのである。「いかん、眠れないぞこれは」この病気ともとれる現象の後では、度合の違いがあれど気分がモヤモヤとするため、どうにも睡眠を再開できなくなる。そして日中に襲撃してくる睡魔に根負けし、派閥の先輩に怒られるのが少年の日常である。少年はベッドから抜け出し、せめてもの気分転換に自室の両開き窓を開いた。涼しい夜風が、少年の顔をなでるのが心地よい。窓の外を見上げると、星々の踊る夜空に見事な三日月がぽっかり浮かんでいる。月光にあてられて、暗闇の中に少年の姿が浮き彫りになる。齢は20代手前、ミドルショートの黒髪。そしてこれといって特徴の無いのが特徴だが、どこか幸薄そうな印象を受ける顔つき。唯一顕著と言える特徴といえば、首元に横一文字に走る大きな『アザ』だろうか。 「……散歩でもしてくるか」窓の外に広がる『聖王都ゼラム』の街並みを眺めると、どうにもそんな気分になってしまう。夜になると「オトナの時間」になる繁華街まではさすがに行く気がしない。だけどゼラム中央にある『導きの庭園』という名の市民公園までならいい運動になるだろう。そう思って少年は寝汗まみれの寝巻を着替え、そのまま自室を後にした。「……(そういえば明日――正確には今日か、何か朝から用事があったような?)」少年は忘れっぽい性分で、こういう場合は愛用している手帳を見て、日程やら約束やらを思い出す事にしている。しかし軽い散歩のつもりで出かけたので、手帳はベッドの枕元に置きっぱなしだ。だから「思い出せないんだから、大切な用事じゃなかったってことだな」と楽観的思考で済ませる少年。だが『運命』というものは、常に突然やってくる。この少年にとっての運命の瞬間が、あと半日もしない内に訪れる。そしてそれは『過去に打ち勝て』という試練へと繋がるのだが……少年はそれをまだ知らない。第2章『界の狭間』 ―完―~~~~~~~~~~実は筆者、投稿当初から読者の皆様に隠していた事があります。この小説の主人公、実はWEB小説界隈で人気の『転生オリ主』だったんです!……というネタを、執筆当初からやりたかった。