「うん……まいった。お前の被害者とかいう『彼』の事は信じよう。証拠のサモナイト石に、証人の天使までだされちゃな」ゼラムのとあるケーキ屋にて。椅子に腰掛けている仮免召喚師・少年は、テーブルに左肘をつきながら、投げやりに敗北宣言した。そしてテーブル向かいに座る栗色長髪のウエイトレスに、懇願するようなまなざしを向ける。「だから何とかしてくれないかなあ、この子」「…………♪」少年の右腕に腕を絡ませ、一向に離そうとしない天使。さっきから天使は至福の笑みを浮かべたまま、少年を離さない。さらには時々腕に頬ずりしたり、愛しむ様に指を這わせたり……このまま1日中引っ付いていそうな雰囲気があった。かなり恥ずかしかった。「無理ですよお。私はその子と初対面なんですから。……そりゃ、その天使ちゃんの事を話には聞いていましたけど。その子は『彼』の昔からの相棒だったそうです。どうやらあなたを『彼』だと思っているみたいですね」そう言うや、ウエイトレスは苦虫を噛み潰したような顔をして、視線をそらした。現実の直視をためらうかのようだった。一方天使の扱いに困った少年は、しばし悩んだあと天使を見つめて言った。「天使にも違いがわからないくらい似てるの? あのな。僕は、キミのご主人様じゃあないの。似ているらしいけれど別人なの」「…………!?…………!」「召喚術の言語翻訳機能がバグってるのか? ええい、ここではリィンバウムの言葉で話してくれ」必死に首を横に振り、天使は何かを訴えている。だが、少年には彼女が何を喋っているのかわからない。「こんな調子じゃこっちの言葉が通じてるのかもわからないじゃあないか」「困りましたね」実に幸せそうな天使をよそに、2人は揃ってさじを投げた。「サプレスの召喚術に造詣が深いギブソン先輩なら、天使の言葉もわかるかもしれない」と少年は思った。その場合、派閥かギブソン邸へ行かなければだが、片腕に女の子を引っ付かせたまま街中を歩くわけにもいかない。それはとても恥ずかしい。「サプレスの言葉に通じた悪魔なら、いるじゃない」「ディアナ?」気がつけば、さっきまでコーヒーを啜っていたはずの、氷魔コバルディア『ディアナ』が少年のそばに立っていた。ディアナは天使の服を摘んで引っ張って、少年と天使を強引に引き離した。摘まれたままの天使は、宙ぶらりん状態になった。「このガキの世話は、私に任せてもらえる?」「…………!?…………!」天使は手足をばたばたして開放を試みているが、力の差は歴然だった。「いいのか? 天使は悪魔の宿敵だから、頼んでもどうせ断ると思ってた」「私もそのつもりだったんだけどねぇ。ちょっとコイツに興味が湧いて、ね。なぁに、悪いようにはしない」「…………!?…………!?」「……この天使、ちょっと頭おかしいんじゃない?」「…………………!!!」「あぁ? 誰がドロボーネコだって?」「よくわからんが、ちゃんと意思疎通できるな。後は任せた。……あ、すいませ~ん! 天使の女の子に適当なケーキやってください。代金はそこのウエイトレスの給料天引きで」「ええ!?」「かしこまりました」「かしこまっちゃうんですか店長! いや、私が悪いんですけど」ニンゲン達の茶番を捨ておいて、ディアナは天使を手にぶら下げて、元いたテーブルへと移動する。天使がひどく抗議しているがおかまいなしだ。そして近くの椅子に天使を投げ飛ばすと、自身も別の椅子に座った。「…………!?」「別にとって食おうってわけじゃあないわぁ。私、今生涯で一番満たされてるもの」「…………!」「アイツから魔力と負の感情を奪ってるって? ざぁんねん。私はアイツが望んだ契約を遂行しているだけよ」「…………」「しゃくだけど、私とアンタは同じ穴の狢よ。アンタだってマスター(笑)の独特な――絵の具全色キャンパスにぶちまけたみたいな――魂の色に惹かれたんでしょ」「…………」「その点に関しちゃあ、たぶんアンタが『先輩』ね。だからぁ、1万歩譲って『先輩』に聞きたいわけ」「…………!」先輩と呼ばれて天使が若干気を良くした隙に、ディアナは本題を突きつける。「『前世』のアイツについて」~~~~~「う~ん、天使にまでお墨付きをもらったとなると、『彼』が気になってくるな」「えっ」呟いた少年の言葉に、ウエイトレスはドキリとした。「なあウエイトレスさんよ。『彼』の家族は知らないか? 親とか子どもとか、親戚とかでもいい」「え、えっと。人づてに聞いた話では未婚で、故郷と家族を紛争で失ったそうです。だからおそらく……」「本当に? 家族が実は生きていたとか、遠くの町村に親戚がいたとかは?」「私だって、『彼』の全てを知ってるわけじゃありませんよ!」「む……シツレイ」いったん落ち着いて、少年は姿勢を正した。「何でそんな急に『彼』の事を知りがるんです?」「僕と『彼』の間に関係がありそうだからさ。僕は捨て子だったから、自分のルーツを知らない。幼い頃に捨てられたらしく、親の顔も正確な誕生日も知らない。……あ、同情はするなよ。チャールズおじさんとハンドラーさんに拾われて、今でこそ召喚師なんてやってる。だけど時々『僕はどうやって生まれたんだろう、何者なんだろう』って不安になる。それに……」「それに?」「なんでもない」少年は、昨日も見た『思い出せない夢』を思い出していた。あんな夢を見るのは、生まれが特殊だったからかもしれない……可能性の1つだが、少年はそう考えている。「とにかく、ありえないくらい僕と『彼』が酷似しているんだろ? なら、接点があるかもだろ」「え、ま、そう言えなくも無いですが……。少なくても、近しい血縁だったり子孫ということは無いと思います。『彼』の故郷は帝国領にあったみたいでしたし」「ふ~ん」潮時を感じた少年は、ボンヤリと店の窓の向こうを眺めた。石造りの町並みの上で、空が赤らんでいた。「……今、何時だ?」誰にでもなく呟いた少年は、椅子から跳ね飛ぶと窓にへばりついた。景色は黄昏色に染まって、宵闇の接近を知らせていた。少年は上着の胸ポケットから愛用の手帳を取り出して、中を改めた。「今日の予定。『夕暮れからギブソン邸で、僕の壮行会』……完全に遅刻だ!」今から全速で目的地に向かっても、日が没するまでに到着できるかあやしかった。「というわけで、僕はこれでシツレイさせてもらう」「は、はい」「ディアナ、撤収だ!」「ちぇっ。ちょうど今いい所だったのにぃ。コイツ(天使)のあるじが同窓生を陥れた話」「『彼』ってのはとんでもねぇ奴だな!? 」軽口を叩きながら、少年はテキパキと帰り支度を整える。「ケーキセット2個、準備できてるのか?」「ええ。……お客様がお帰りです!」ウエイトレスが言うと、店のバッグヤードからケーキセットを携えた店長が出てきた。そして少年にケーキセットを手渡す。「本日は誠に申し訳ありませんでした。それとクリーニング代ですが」「ああ、面倒なので金銭はいいです。……その代わり、コレを頂きます」少年はテーブルに置いてあった、紫色のサモナイト石を掴んだ。「な!?」「もちろん、天使が了承すればの話だけど」「…………!」少年が言い終わる前に、天使はひらりと宙を舞い、少年の傍らへと進み出た。「…………!」「『問題ない』ってさぁ」「よし、これからよろしくな。……口にクリームついてるぞ」少年は天使の口をタオルで拭ってやる。そして我が物顔で店の出入口まで歩いて、呆然とするウエイトレスに振り向いた。「じゃあな、栗毛のウエイトレス。2度と逢うこともあるまい」そう彼女に言い残し、少年はドアを開けてケーキ屋を後にしたのだった。~~~~~「……はあ」天使と悪魔を引きつれた彼の姿が、ドアの向こうへ消えた。私の中で張り詰めていた緊張の糸が切れたのは、それと同時だった。たいした運動もしていない、ただお客様と会話していただけなのに、体力と精神力をごっそり持っていかれた。「パッフェルちゃん、大丈夫だった?」先輩のウエイトレスが、心配して声をかけてくれた。そんな彼女に、私は精一杯の作り笑顔で応じる。「元はといえば、私がまいた種ですから」そう、本当に私のせい。今日の事だけのじゃない。もしかしたらずっと昔、私が暗殺者をしていた頃に発生させた怨念が、今になって這い出てきたのかもしれない。「そお? でもあの男もあの男よ。パッフェルちゃんのお守りを、勝手に持ってっちゃうなんて。本当にかっぱらいだったんじゃないかしら」「あはは、どうでしょう? 案外、持つべき人のところに還っただけかもしれませんよ」「?」「あ……なんでもありません。さっ、明日のためにお掃除しましょ!」「その前に着替えたら? 背中、すごい事になってる」「え」言われて始めて、背中が冷や汗でぐっしょり濡れているのに気がついた。彼と相対している間、冷や汗が絶えず流れていたらしい。「それくらい緊張していたんだ」彼――私があの『忘れられた島』で最後に殺した帝国軍人に、瓜二つだったあの人。あの人は一体何者だったんだろう? 他人の空似にしては似すぎていたし、声も体つきも何から何まで、死んだはずの彼にそっくりだった。それにサモナイト石を巡る奇妙な行動といい、私や他の召喚師にピクリとも反応しなかった石で天使を召喚した事といい、あの人には不可思議な点がありすぎる。もしかしたら――あの人は『彼』が死して魂となった後、転生の輪を通って生まれ変わった姿なのかもしれない。他の人が聞いたら、戯言と一蹴してしまうだろうその可能性を、私は否定できないでいた。おこがましくも必死に否定しようとしているのに、確信めいた気持ちがこびりついて離れない。あの人と対面するだけでこうなってしまった私自身が、イヤになる。暗殺者から完全に足を洗うと誓った時、今までの殺人に対する報いを、いつか受けると思ってたはず。なのにいざ殺した顔と再開すると、心の奥底がざわつくのを感じた。「怖い」と思った。そんな資格が私にあるはずないのに。「大切なモノができて、弱くなっちゃったのかな」かつては、死なんて怖くなかった。私は『紅き手袋』という組織の部品で、階級が上がろうが2つ名がつこうが、不要になれば捨てられる消耗品だった。そして消耗品であることを半ば諦めながら、当然だと理解していた。でも今は……。「いけない、いけない」立ち尽くして呆然としている暇はない。私自身の失敗は、私自身で取り戻さなくちゃ。私自身に活をいれて、作業に取り掛かろうとすると……。「そうそう、言い忘れていた」「ひゃ!?」帰ったはずのあの人が、出入口からひょっこり顔をだしていた。「2度と逢うことはあるまい」じゃなかったの!?「実は、けっこうネにもつタイプでさ。された仕打ちはやり返すまで……絶対に、忘れない」そう呟いたあの人を見たとき、体が震え上がった。彼の瞳が、さっきまで苛立ちに満ちながらも活力に溢れた瞳が、黒いヘドロのように混濁して見えた。瞳孔も開きっぱなしだった。焦点が合っていなかった。何も見ていないようで、瞳を覗いた者を呪って地獄に引きずり込んでしまうような、恐ろしい雰囲気があった。かつて何度も何度も、その眼をした『ニンゲンだったモノ』を見たことがある。ニンゲンの眼がそうなるように、私自身が手を下したことがたくさんある。だから間違えようがなかった。亡者の眼だった。「今の自分は、蒼の派閥の(仮免)召喚師『チャーハン・タベルナ』」そう言ってあの人は首元にある、横一文字に切り裂かれたかのようなアザを撫でた。「いつか必ず、お前に『復讐』する」「……ッ!」「じゃあな」それで彼は扉を閉め2度と顔を現さなかった。「……そう、だったんですね。やっぱり」止めようの無かった体の震えが、ぴたりと止んだ。きっと不安が確信に変わったからだと思う。さっきまでの私は「間違いであってほしい」「間違っているはずだ」と思い込もうとして、現実から目を背けようとしていた。できるはずもないのに。だけどこうも現実を突きつけられば、認めるしかない。腹をくくるしかない。~~~~~「……(何であんなことワザワザ言ったんだろう?)」しっかりと閉めたケーキ屋のドアの前で、少年は首をかしげた。しかし、考えるほど頭が痛くなってきたので思考を中断した。それに別の問題もある。「見られてるな」「…………!」姿は見えなかったが、いくつかの気配と視線が周囲に点在していた。「何々、カチコミィ?」「発想がおかしい。……みんな店の方に意識が行ってるし、例の騒ぎの真偽・顛末を探ってるヤジウマだろ」『オバケ』に『閃光大爆発』、そして『幼子のすすり泣き』。これだけの騒動が1日で起きたこのケーキ屋、大丈夫なんだろうか。少年は、自分が騒動の渦中にいる自覚なくそう思った。だが少年は、個人はともかく店舗自体に恨みは無く。そしてケーキ屋が1つ潰れるということは、その分ギブソンが悲しむというわけで。「まあ、あれだ。召喚師である僕が召喚した、サプレスの天使と悪魔を『オバケ』と勘違いするなんて。この店のウエイトレスも抜けてるよな!」なので火消しに若干協力するのも、やぶさかではなかった。「…………!」「わっざとらし」意図を汲んでうなずく天使と、あきれる悪魔。相反する2つの存在を引き連れて、少年は高級住宅街へと駆け出した。「明日から長い旅になる。だからしっかり英気を養わなきゃな。行くぞディアナと……『ローラ』」「…………!?」「ア、アンタ。今このガキの事……」「ん? あ~、昔読んだ絵本のヒロインに似てたから。気に入らないか?」「…………♪」「ガキが調子乗るのはあれだけど別にいいんじゃない」少年達が明日向かうのは『城塞都市サイジェント』。かの英雄の後継が誕生する街である。~~~~~~~~~~パッフェルさんの出番はずっと後・蒼の派閥の仮免召喚師『チャーハン・タベルナ』本作の主人公。どこぞの帝国召喚兵や、放浪者『バカ』との関係は不明。イッタイナニモノナンダ……?幼少の頃、聖王国北にある山に捨てられたのを、蒼の派閥の召喚師2名『チャールズ・リース』『ハンドラー・トランテ』(オリジナルキャラクター)に拾われる。チャールズとハンドラーは、互いの名前からとって主人公に命名し、主人公の後見人となった。後見人達のネーミングセンスは、お察し。正直ファーマーになりたいが、せっかくのチャンスだったので『手に職』感覚で蒼の派閥の召喚師を目指した。ネスティが聞いたら発狂ものである。成り上がり故の風当たりの強さや、嫌みったらしい召喚師の嫌がらせ……時には罪深き召喚師の末裔に間違われたことで迷惑をこうむったが、特に気にせず自由に生きている。甘い物と辛い物が苦手。ギブソンとミモザとの付き合いでたらふく食ったため。ステータス系の話はまたこんど・聖母プラーマ『ローラ』主人公の相棒。彼女いわく不動のナンバーワン。回復担当。某『豊穣の天使』に匹敵するくらいの癒しの力を持つ。退魔の力はあまりない。しかし誓約の儀式をした奴がイイカゲンだったので、リィンバウムではその力を十全に発揮できない。力の大部分をサプレスに置いてきている状態なため、体が小さい。尤も本来の姿も……。翻訳機能に一部欠損が生じているため、リィンバウムの言葉が話せない。やはり誓約がイイカゲンだったため。千差万別な魂の輝きを持ち、動植物の命を尊重する主人公を好きになったらしく、主人公の「内助の功」として尽くすことを至上の喜びとしている。色ボケ。