聖王国の西の果て、城塞都市サイジェント。召喚師に与えられた異世界のチカラにより、発展と腐敗が進行する街。ある日、サイジェント郊外の荒野に『新堂勇人(シンドウハヤト)』と名乗る……名も無き世界の国家ニッポンの高校生が召喚された。学校の帰り道、ふらりと立ち寄った公園で、ハヤトは「助けて」と呼ぶ謎の声を聞いた。そして意識が遠くなり、気がついたら異世界リィンバウムへと召喚されていたのだ。なぜハヤトが召喚されたのか? それは誰にもわからない。彼が何気ない日常に、漠然とした不満と不安を感じていたから、かもしれない。リィンバウムでハヤトを最初に出迎えたのは、荒野を抉ってできたクレーターと不思議な輝きを放つサモナイト石、そして沢山のニンゲンの死体だった。死体なぞほとんど見た事が無いハヤトは、何がなんだかわからなくなって、無我夢中でその場から逃げ出した。拾ったサモナイト石だけを持って。息が上がるまで走り続け、ハヤトが辿り着いたのは、城塞都市サイジェントの南スラム――街の発展に置き去りにされ、見捨てられた者達が暮らす地域だった。その南スラムで、ハヤトは彼と同年代の男『ガゼル』と、筋肉モリモリの半裸男『エドス』率いるゴロツキ達に襲撃された。絶体絶命のピンチ……しかしハヤトはそこらで拾ったさびた剣をふるい、ゴロツキ達を蹴散らし、エドスを召喚術で吹っ飛ばした。ハヤトには実践経験などなく、召喚術の知識がないにもかかわらず。いよいよ混乱の極みに達したハヤトを救ったのは、ガゼルとエドスの仲間、『レイド』という名の元騎士であった。ハヤトはレイドの計らいにより、潰れた孤児院を拠点に生活するチーム『フラット』へ客人として招待され、そこで異世界最初の一夜を明かすことになった。~~~~~翌朝ハヤトは、赤毛の長髪を後ろで三つ編みにした少女『リプレ』と、少し和解したガゼルと共に、サイジェントの街に繰り出していた。リプレたちの計らいで、ハヤトの生活用品を買うことになったからである。「歯みがきに替えの服に……めぼしい物は全部買ったかな。ハヤト、他にほしい物はある?」「十分だよリプレ。ありがとう」「そりゃあ、お前は恵んでもらってる立場だからな。欲張るなんてできねえよな」「ガゼル!」「……ケッ」悪態をつきながらも押し黙るガゼルを見て、ハヤトは「フラットのボスはリプレなんだな」と思った。リプレは、大人2名(エドス、レイド)と少年少女(ガゼル、リプレ)、そして十にも満たない歳の子ども3名で構成されるフラットの、家事全般を担っているそうで。どこの世界でも女は強し、というわけだ。「それじゃあ今度は、街を案内するね」そう言われて、ハヤトはサイジェントの街をねり歩いた。『キルカ糸』という織物を作っている工場区とにぎやかな繁華街、街のそばを流れるアルク川などなど。たちの悪いゴロツキがねぐらにしている北のスラムには行けなかった。歩くたびレンガや石造りの建物、たまに通り過ぎるちょっと妙なデザインの建物がハヤトの興味を引いた。「歴史の教科書に載ってた、中世ヨーロッパの街並みたいだ」とハヤトは思った。特にハヤトの目を引いたのが、サイジェントの領主が住む城だった。身の丈の何倍もある城門と、その向こうの西洋風の城は、最近改修されたらしく小奇麗だった。「立派な建物だなあ」「ハヤトのいた世界には、こういうお城ってないの?」「あるにはあるけど、日本――俺の国では、こんなデザインの城は珍しいよ。それに日本ではもう誰も、お城には住んでないんだ」興味津々と眺めるハヤトの横で、リプレ達は苦々しい顔を見せていた。ハヤトが理由を聞くと、「城を作り改修する金を誰が払ったか」とガゼルに返された。~~~~~昼前。繁華街で休憩をしていたハヤト達に、ちょっかいをかける男達がいた。北スラムを拠点とする不良少年チーム『オプテュス』の下っ端3人組だ。彼らは新参者ハヤトに興味があったようだが、顔なじみであるガゼルを見かけると標的変更。そしてガゼルのみならず、ハヤトやリプレにちょっかいかける下っ端らに、ガゼルがキレて乱闘が勃発した。「乗せられたのは俺だからお前らは逃げろ」というガゼルだったが、ハヤトはリプレに助けを呼ぶように頼んでその場に残った。ぶっきらぼうだが自身の事を信じてくれたガゼルを、ハヤトは助けずにはいられなかった。「……(体の中からチカラがわいてくる)」いざ戦う気になったハヤトは、昨日と同じ感覚を味わっていた。護身用として腰にぶらさげていた長剣が、やけに軽く感じられた。相対した下っ端達の所作が、細部まで見て取れた。「どけえ!」「ぐぇ!?」いつも以上に力がみなぎり、道をふさぐ下っ端をつき飛ばすのも難しくなかった。「今のうちに!」「う、うん。助けをよぶまで、2人とも絶対無事でいるんだよ!?」去り行くリプレの背中を見送りつつ、怒りに燃える下っ端達に対して身構えるハヤトとガゼル。「ったく、剣の振り方もしらないやつに何ができるってんだ」「何か役に立つかもしれないぜ?」恐怖と不安を強い言葉で打ち消し、ハヤトは腹をくくってオプテュスの3人組と対峙した。「てめえガゼルの子分のくせに、ぶっ殺してやる!!」「だから、こいつは俺の子分じゃねえって! ……ケッ。せめて関係ない奴らがいなくなってから、おっぱじめようぜ」乱闘が始まる予兆に、周囲の部外者達が「巻き込まれたくない」と逃げていく。ある者は遠くへ、またある者は店舗の中に避難して、遠巻きに事の推移を見守っていた。「……ん?」そんな中、ハヤトは視界の端に逃げ遅れているヒトを発見した。繁華街の通りに面するカフェ、そのテラス席にヒトリの少年が座っていたのだ。土色の衣服をまとったその少年は、椅子の背もたれに身を預けながら顔を伏せ、微動だにしない。その姿は動かないというよりは……。「……(もしかしてこれだけの騒ぎの中、寝てるのか!?)」愕然とするハヤトをよそに、他の面々も少年の存在に気がつく。するとハヤトに突き飛ばされた男――仮に下っ端Aとする、が青筋を立てて少年の元へ近づいていく。「おい、お前らが用あんのは俺らだろうが!」「知るかよ! オレはなあ、ナメた態度とるバカが嫌いなんだよ! 」「……(寝てるのに気づいてないのか!?)やめ……ッ!」「余所見かあ? チョーシのってるな」止めに入ろうとするハヤトが、別の下っ端Bに行く手を阻まれる。ハヤトはすぐガゼルに助力を求めようとするが、ガゼルも3人目の下っ端Cと相対していた。「ヒッヒッヒ」「くっ、どけよ!」ハヤトも対抗して長剣を構えるが、相手はへらへらと笑うだけだ。こうしている間にも、下っ端Aのいる方では、何かが落ちる音や割れる音が聞こえてくる。じれるハヤト。そんな彼をみかね、ガゼルは声をかける。「落ち着け、こっちは数で負けてんだ。今なら2対2、絶好のチャンスじゃねえか」「でも元は、俺達がケンカを買ったせいで」「さっさとぶちのめして、最後のヒトリをタコ殴りにすりゃいい話だろ」「……! ああ、そうだな」「できると思ってんのかよ! こっちこそ秒殺してやらあ!」つばを撒き散らしながら威嚇する下っ端Bは、今にも飛び掛ってきそなほど怒り狂っている。いよいよ戦いの火蓋が切られようとしていた……はず、なのだが。ぐしゃあ。まな板に肉が叩きつけられたような、異音。下っ端Aが少年をいたぶる音か、とみんな予測したが違うようだ。下っ端Aの下卑た声が聞こえない。みんなが妙な雰囲気を感じている間、ハヤトが目だけ動かし、問題の場所をちら見すると……。なんと、テーブルに下っ端Aの顔面が叩きつけられていた。「うわあ」「……あん?」ハヤトの呟きに異常事態を感じた下っ端Bが、テラス席へ視線を移す。するとやっぱり、テーブルに突っ伏する下っ端Aと、彼の髪をガッチリ掴んでいる少年の姿があった。「ア、アンディィィィィッッ!?」「……(あいつ、アンディっていうんだ)」そして下っ端A――アンディに起きた悲劇は、すぐにガゼルと対峙する下っ端Cも知る事となった。「な、なんであんな事に……いや、そんな事こたぁどうでもいい! ダチがやられたんだ!」連鎖的にブチ切れた下っ端C。我を忘れ、捲し立てて叫ぶ。「あの野郎にも必ず制裁ブギャア!?」だが、彼の叫びが最後まで伝わることはなかった。下っ端Cの顎を、ガゼルの右コブシが打ち抜いたからだ。下っ端Cは頭を大きく揺さぶられ、ダウンした。「へへッ、いっちょあがり」「ガゼルこの野郎、不意打ちとは卑怯じゃねえか!」「……俺も、さすがにちょっとズルいと思う」下っ端Bとハヤトの非難もなんのその、ガゼルは口元に笑みを浮かべて「ケンカじゃあ、どんな手を使っても勝ちゃあいいんだよ。負けたら終わりなんだからな」と答えた。「もう許さねえ、許す気なんぞもとから無かったが許さねえ。てめえらはもうおしまいだあーーっ!」怒り心頭に発した下っ端Bが、猛然と襲い掛かってくる。しかし残念ながら状況は2対1。下っ端Bに勝ち目は無かった。だがわりと健闘した、とだけ追記しておく。~~~~~ハヤト達は勝利した。「ちくしょう……ちくしょう」「クソがッ、卑怯な手さえ使われなきゃオレ達だって」しかし敗北した下っ端BとCは、「納得いかない」と言わんばかりにハヤト達を睨む。なので「そっちがその気なら、こっちもやってやるぞ」とハヤト達が意気込んでいると、にらみ合う両陣営の間に、割り込んでくる者がいた。その者――某少年は背中に大きな荷物を抱え、右手に空のワインボトルを持っていた。そして恐ろしいことに、真っ赤にぬれた左手で、顔面が中破した下っ端Aを引きずりながら現れた。「ひ、ひでえことしやがる」「そちらさんのお仲間? コレお返ししますわ」そういって少年は下っ端A・アンディを乱雑に放り投げた。すぐさま仲間に駆け寄る下っ端B、C。彼らはアンディの生存と意識が無いのを確認すると、Bがアンディを担ぎ上げた。そして下っ端達は退却しながら、ハヤトとガゼル、少年に向かって吐き捨てるように言う。「てめえら、特にアンディをボコった野郎! この借りはかならず返す」「え~、やめてくれよそういうの。僕は地味に暮らしたいのにさあ」「どの口が言う! ……バノッサさんに報告だ」えっちらおっちら退散する下っ端たち。彼らが視界から消えたのを確認してようやく、ハヤトは自身の緊張を解く事ができた。それに伴い、カラダの内から溢れていたチカラも霧散し、戦闘中ずっと冴えていた頭も、平凡なそれに戻っていた。「……(召喚術のチカラといい、俺に何が起こったんだろう)」「異世界リィンバウム?」「サイジェント?」「なぜ召喚術を使えるのか?」「元の世界に還る方法は?」召喚されてから、ハヤトに課せられる疑問は増えるばかりだ。そして今1番、ハヤトが疑問に思っているのは……。「ところで、今のはどういう奴らなんでしょ?」「いや、お前こそ誰だよ」カフェのテラス席で寝ていただけだったのに、なぜかオプテュスの下っ端ヒトリをボコボコにした、謎多き少年の素性だった。「もしかして、旅人か? ならさっさとこの街から出な。今のは『オプテュス』っつーたちの悪いゴロツキさ。ヒトの事言えねえが今回の件で、奴らはお前を目の敵にするだろうよ」「……………………マジ?」少年が持っていたボトルは手から離れ、地面に落ちて割れた。たぶん少年の心もボトルみたいになってるんだろうな、とハヤトは思った。「いや、いやいや。サイジェントから出て行くとか、無理だし、初日からコレって……ああ、もうだめじゃね?」うわごと呟く少年の顔は、元々やつれて青みがかっていたのに、ますます青くなっていく。見るに見かねて、ハヤトが声をかけようとするが、いよいよ少年にも限界がきたようで。「え、ちょっとうわわっ!?」意識を失った少年は、重力に従い前方に倒れ、ちょうど目の前にいたハヤトにもたれかかった。「……きゅう」「お、重い!」少年は糸の切れたマリオネットのように微動だにしない。しかしなぜかハヤトをがっちりホールドしていて、ハヤトが力を込めてもびくともしない。「辺りが騒がしくなってきたな。騎士達に目を付けられる前に、ソイツを置いてずらかろうぜ」「でも、ぜんぜん振りほどけなくて……それに、気絶したまま置いてけない!」「はあ!?」「見ようによってはこの人、俺達を助けてくれたんだぜ?」「ケッ、勝手にしろ。ただし、運ぶんなら1人でな」「ありがとう……左手の赤いの、トマトソースだ」ハヤトは少年を背負い、ガゼルと共に拠点に向かった。『タベルナ、最初の遭遇』に続く~~~~~~~~~~エドスを『半裸男』としかできない表現力の無さ