「サイジェント南の荒野。行きたかったなあ」少年『チャーハン・タベルナ』は嘆いていた。数日前、その荒野で謎の儀式が行われた……というのは、儀式により召喚された『ハヤト』からの情報。『サイジェント周辺の調査任務』のため、やりたくないのに、少年はその儀式について調査せねばならない。今回に限っては、任務だけが理由じゃあないけれど。「……(儀式をした者達、ハヤトの未知のパワー、あとはハヤトが元の世界に還る方法とか。荒野を調査すれば、手がかりがあるかもなのに)」もうすぐ例の儀式跡を見つけに、フラットの男達が出掛ける。それに同行できれば、少年も言う事はなかったのだが……。「僕だけ留守番、運がないなあ」――いくらアンタが薄幸だからって、ことごとく運のせいってのは早計じゃない?少年の頭に響く茶々。少年の相棒・氷魔コバルディア『ディアナ』だ。ネックレスに下がった魔石『常夜の石』と、ベルトに吊り下げたポーチに入った『サモナイト石』があれば、少年は異界の相棒達と脳内会話できるのだ。「……(ううむ、それじゃあ『ハヤトの事情に巻き込むのは気が引ける』って感じかな)」――違ぁう。調査に必要なのは何か? 発見から真実を解き明かす『賢さ』だから、ねぇ。「……(どうせ僕はバカで学もないよ。あ~あ、『召喚術の知識がある』アピールをすれば、結果は違ったのかな)」少年は最後に「やらないけど」と呟いて、ほくそ笑む悪魔との会話を打ち切った。このディアナ、昨日の件で上機嫌である。昨日の裏話になるが、彼女の大笑いが頭に響いたからこそ、少年は気絶からすぐ復活できたのである。少年には迷惑極まりなかったが。「次のチャンスを待つか……おや」通りかかった部屋から、言い合う声が聞こえる。少年の記憶が正しければ、その部屋は『子ども部屋』だ。フラットのアジトには、3人の子どもが暮らしている。多方向に尖がった茶髪と、額のバッテン傷が特徴のわんぱく小僧『アルバ』。緑髪を頭の後ろで1本の三つ編みにしている、勝気な女の子『フィズ』。ウェーブがかかった短め金髪でフィズの妹、いつもぬいぐるみを抱いている『ラミ』。何故この子達がこんな所で暮らしているのか、少年は知らない。無理に聞きだすのは無礼だし、他人の身の上に関心があるわけじゃない。「ハヤトお兄ちゃんのケチッ!」姦しい声が聞こえ、ややあってハヤトが部屋から飛び出した。「何かあったのか? 困り顔だ」「あ、タベルナか。いやフィズがどうも、調査のこと勘違いしてるみたいでさ」「ふうん。まあ子ども達と留守は任せて、そっちは調査に専念しなよ」「ああ」「何か分かったら教えてくれ。僕にも何かチカラになれるかもしれない」――善人ぶっちゃって、情報が欲しいだけのくせに。その通りだった。場所はアジトの庭に移る。「タベルナ兄ちゃん、遊ぼ! 海賊ごっこ!」「お、いいな」留守番中、少年は子ども達の遊び相手になることにした。相手はアルバである。待機だけでは退屈、しかも懸念されるスラムチーム『オプテュス』襲撃の気配もないのだ。ちょっと気を緩めるくらいはいいだろう。「じゃあ配役はアルバくんが海賊、僕はザコい帝国軍人だな」「ちがうよ。兄ちゃんが海賊で、オイラはそれをやっつける騎士!」「騎士か」騎士といえば、リィンバウム男子が1度は憧れる職業。そう言う少年はファーマー一筋だったけれど。 「騎士、好きなのか?」「うん! 大きくなったら騎士になって、リプレママ達をまもるんだ。騎士になるための素振りだってしてるよ」「(騎士って高貴な家系と、実力とが備わってないとなれないらしいけど)なれるといいな」「うん」「よおし、さっそく将来にむけて練習だ」「おお!」「僕は海賊だったな……おほん、『わしは、タベルナ一家の船長じゃきに!』」少年の中の海賊イメージ、訛り言葉とデカイ声。「『騎士なんぞには負けん。野郎ども、戦争じゃあああ!』」「あ、リプレママだ」「に゛ゃ!?」少年が振り向けば、言うとおりリプレの姿。少年の「ちょっとオーバーかな」ってくらいの熱演も、彼女に目撃されたに違いない。少年は「後輩に鼻歌を聞かれた時くらい恥ずかしい!」と悶絶した。ちなみに後輩とは、とある見習い召喚師の少女である。しかし顔を赤らめた少年を意に介さないで、リプレは言う。「2人ともフィズを見なかった? どこにも姿が見えないの」「オイラ知らなーい、兄ちゃんは?」「えあ、僕も。ハヤト達が出掛ける前までは、部屋にいたけ……ど」『フィズがどうも、調査のこと勘違いしてるみたいでさ』ハヤトの言葉が、少年の脳裏にフラッシュバックする。どういう勘違いかは不明だが、間違いなくフィズは、ハヤト達に関心を示していた。「なにか知ってるの!?」「うあ、確証はないけど……心当たりを見てくるか。留守番を任せることになっちゃうけど」「私なら大丈夫、それよりフィズを」食い気味であるリプレに、少年は頷くしかなかった。「じゃあアルバくん、騎士見習いとして、みんなのことしっかり護るんだぞ」「まかせて!」元気な声を受け止めて、少年はポケットから黒い腕輪を取り出した。「厄介なことになりませんよーに」祈るが、願いが成就した試しはない。腕輪を左腕に装着しつつ、溜息を吐く少年だった。~~~~~サイジェントは堅牢な城壁に覆われた街。……だが城壁の北と南、2箇所が壊れたままになっている。南スラム住民にとっては、壊れた城壁から街外へ出れるので便利だ。しかし、(文字通り)防衛の要に穴がある現状、サイジェントの平和は大丈夫なのだろうか。崩壊の日は遠くないのかもしれない。「どうでもいいけど」壊れた城壁を抜け、大きくない平原を横切ると、荒れた大地が少年の視界いっぱいに映った。「この荒野が……かつて緑豊かだったなんてなあ」荒廃の原因は、紡績工場から排出される毒の水――工業汚水だとか。高級品『キルカ糸』のため建設された工場の汚水が川に流され、下流にあった緑はわずかを残し枯れ果てたという。自然大好き少年にとっては心苦しいが、今はフィズの方が大事。幸か不幸か、荒野には多少の隆起と枯木くらいしかなく、見渡しやすい。「もしハヤト達を追ったならば……うわあ、いたよ」はるか遠くに見える、豆粒みたいなハヤトの一団。彼らから隠れるように、ポツンとあった緑色。フィズの後ろ頭だ。「まったく」荒野で迷子になったらどうなるか……それは火を見るよりも明らかなことだ。早く彼女を連れ戻さなければならない。それに、荒野に点在するイヤ~な気配を少年は感じとっていた。~~~~~「おい」「ひゃあ!」少年が覚られぬよう距離を詰め、一声かけたらフィズの体は跳ねあがった。「『無断外出』『男の尻を追いかけ回す』……マセガキめ」「た、タベルナなんで!?」「胸に手を当てて考えろ。それと『タベルナさん』だ」「うう、でもビックリさせることないでしょ!」「ヒトってのは追われるとな……悪だくみ中なら尚更、逃げたくなる。だから気配を殺して近づいたのだ。わざと驚かせたとか、面倒に巻き込まれた腹いせでは決してない」少年は白々しく笑い、フィズに疑惑の目を向けられても笑い続ける。「はっはっは……とまあ、時間稼ぎ完了だ」「え!?」「見ても遅い、ハヤト達は地平線の彼方へ消えた。目標を見失っては帰るしかないな」イヤミに笑う少年を、フィズは睨みつける。その様子は「悪事がバレて動揺している」という感じではなく……「納得がいかない」といった感じ。「帰る前に聞いておきたい。何故みんなの後をつけた」「だって」「だって?(それなりの勘違いじゃないと怒るぞ)」「だってお兄ちゃん達、あたしにナイショで楽しいトコに行くんでしょ?」「……ん?」少年が首を傾げた。この子は、一体何を行っているのか。「男ばっかで出かけてさ、しかもママやあたし達を置いてけぼり! 女こどもじゃ行けないトコで、楽しいことするんでしょ!? みんなばっかりズルイから、あたしもいっしょにいくの!」フィズが自信満々にまくし立てるので、さすがに少年も頭を抱える。「子どもの想像力は豊からしいが、ヒデエ勘違いをしたな」「ウソ!」「マジだ! 『女子禁制の楽しいトコ』が、な~んにも無い荒野にあると思うか?」「ある……かもしれないじゃない」「言い淀んでいるぞ。そもそも、そういう場所は街の特別な場所にしか……あ、何でもない」「?」「忘れろ」睨みをきかせ、フィズの言葉を封殺する少年。フィズも「触れてはいけない」と直感し、無言で頷いた。「でも、だったらさ。な~んにも無いのに、みんなは何で荒野に来たわけ?」「そりゃあ、ハヤトのためだ。仲間のためでもないと、フラットはこんな場所には来ないだろうよ」「ハヤトお兄ちゃんのため?」「ああ、ハヤトが故郷に還る方法とかを探すのが目的だ」召喚術の仕組みを知らないフィズには、ピンとこない話だろう。だからと言って少年は説明しないが。「あ、でも考えてみれば……証拠がない」少年の知る情報は、ほぼ全てハヤトから得たモノ。少年としてはハヤトを信頼したいモノだが、彼の言葉が正しいという証拠はないのである。「お前を納得させられる証拠もない。真実はお前の言う通りで、みんなが僕にウソを吐いた可能性もあるか」「でしょでしょ! だからいっしょに、ホントのこと確かめに……」「断る。何であろうと連れ帰るのが僕の役目さ」「え~!?」露骨にガッカリするフィズに、少年はウンザリする。「仮にパラダイスが荒野にあっても、どうせ心の底から楽しめない。だから大人しく帰れ」「え?」「お前がリプレを心配させたままでも楽しめる、薄情者なら別だがね?」「!」珍しく怒気を含めた声で、少年は続ける。「リプレは『凄い良いヒト』だ。フラットに住んで数日だが、それくらい僕にもわかる。素性も知れない僕やハヤトを受け入れるほど懐が深く、フラットのみんなから慕われている。お前達に『ママ・母さん』と呼ばれているのも、その証。家事、特に料理の腕だってハンパない。以前のスープとパン、昨日のサンドイッチ、素朴だけど美味しかったなあ。『おふくろの味』って感じで」味を思い出しながら、確信を持って少年は言った。『おふくろの味』なんて、捨て子だった少年には想像すらできないはずなのに。でも今はどうでもいい。「心の豊かさ、信頼、家事スキル……どれも簡単には習得できない。色々な困難を乗り越えたからこそ、今のリプレがあるのだろう。しかしリプレは、積み重ねた苦労を感じさせないから凄い。彼女くらいの年頃の女性は、庶民でさえもう少し華やかに、楽に暮らすのにさ。まあ彼女は彼女で、今の生活に不満なんてないんだろうがね」「……」「そんなリプレが『フィズがいない』って動揺していた、新参の僕に分かるくらい。ゴロツキが攻めてきた時でさえ、彼女は気丈に振る舞っていたのに。きっとリプレは、ラミちゃんやアルバくん・お前を大切に思ってるんだろう。本当の娘・息子のように愛おしく感じているかも……言わずもがな、だったか」リプレのことなら少年が語るまでもなく、フィズの方が良く知っているはずだ。少年の推測が正しいかどうかも。「さて、そんなリプレを……お前を1番大切にしているヒトを心配させたまま、平気な顔して楽しい思いができるか? 僕はそんなことできる奴にはなりたくないし、そんな奴は許せない」「あ、あたし、は」嗚咽し、フィズは顔を伏せた。「迷うのは良い兆候だ。リプレに叱られる前に、いっぱい考えておくんだな」無言で頷いたフィズに、少年は手を差しのべる。「さあ帰ろう」「……うん」「ちょっと待ってください」その時、第3者が語りかけてきた。少年とフィズはハッとして、周囲を見渡す。話しかけられるまで、少年は第3者に気付けなかった。場所が場所でイヤな予感もあったから、アヤシイ気配がないか警戒していたのに。「こんにちは」声の方に視線を向ければ、チョイと離れた所に1本の枯木があって、その隣に誰かが立っている。そいつの年齢はおそらく少年と同世代、緑がかったショートヘア、儚げな顔立ちに細い体躯……少女と見まごう『男』だ。「何だアンタ」彼の帯剣に気付き、少年は強い口調で質問した。彼がゴロツキの類ならば、やっかいなことになる。「初めまして。ボクは『カノン』っていいます」「え、えっとどうも。タベルナです」意外! カノンが礼儀正しくおじぎをしたので、少年もペコリと頭を下げる。「もしかして、あなたが『フラットの新入り2人』の片方ですか?」「 (僕はフラットではなく居候だが) その認識でいい」「やっぱり! ……でも、バノッサさんから聴いてた恰好と大分違うなあ」カノンが零した『バノッサ』という名前に、少年の記憶が反応した。この間フラットと交戦した、犯罪集団のボスの名前がそれだ。「アンタあの……オ……オプ……」「『オプテュス』ね」「ナイスフォローだフィズ。そう、オプテュスの仲間か」「はい。こう見えてボク、バノッサさんの義兄弟なんですよ」どこか誇らしげに微笑むカノンに、少年は呆気にとられた。少年が遭遇してきたオプテュスのメンバーは「いかにも悪い奴」という雰囲気を持っていたが、カノンは違った。むしろそれと真逆の印象。「……(アヤシイ奴には注意していたが、そうじゃない奴には気を配ってなかったなあ)」少年のセンサー(ポンコツ)が機能しなかったのも、そういう理由がありそうだ。「それでカノンとやら。僕らに何の用?」それは実に愚かな問いだった。「ええっと……フィズちゃんを渡してください」「正気かてめえ」オプテュスとは、戦わなければならないのだから。