「…スゥ~」「ハァ~、…よし」とある島、ジャキーニの畑から少し離れた、青年『チャーハン』がよく利用している場所。そこにはおあつらえ向きな切り株が二つ並んでいて、腰かけて休んだり誰かとナイショ話をしたりする場所としてはとても優れている。青年は深呼吸をしたのち、手にした紫のサモナイト石に目を向けた。「さあ、召喚するぞ…!」サモナイト石をギュッと握りしめる。その表情は超が付くほどに真剣。何故これほどまでに真剣なのか、時間はほんの少し前にさかのぼる。 *前回の一件により、島の住民達は青年を『帝国軍の味方では無い』と認識するようになった。あれだけの事をやってさらに死にかけた青年を『帝国軍のスパイ』と見なす事は無かったが、『島の仲間』とするほどには信頼できないという事である。それはともかくとして、青年は仮にも帝国軍の大砲をぶっ壊した張本人である。その謝礼という意味合いも込めて本日、青年の所持品が返還されることになったのだった。青年の元に所持品を持ってきたのはレックスだった。その顔には疲労が色濃く表れていた。前回の状況説明やら今回の返還のための説得やらは思いのほか大変だったらしい。青年はマッハで土下座した。青年に返還されたものは3つ。1つ、軍服。任務中の正装だが、軍を辞めた身ではもはや無用の物。後に雑巾として有効的に活用される。2つ、弓と数本の矢。安全のためか、矢尻は抜かれている。これは拾いモノなので、青年にとって特に愛着は無い。3つ、サモナイト石2個。別に1つだけでもよかったのだが、両方とも返してくれた事に驚いた。しかし今後は帝国軍に襲われる可能性もあるので、防衛手段が増えた事に素直に喜んだ。荷物をすべて受け取った青年は、それらを切り株の上に置いた後、「レックスさん、何が起こるかわからないので少し下がっていて下さい」と言って大きい方の石を手にとった。レックスはその言葉の真意を判断しかねたが、ただならなそうな雰囲気を感じ青年の言葉通り後退した。 *そして、冒頭に至る。青年が呪文の詠唱を開始する。順じてサモナイト石に魔力を込めていく。「召…喚ッ!」最後の1小節を唱え終える。石が輝きを放ち、異世界への門が開かれる「「………」」…はずなのだが。「「あれ?」」青年、そしてレックスさえも首をかしげる。サモナイト石は輝きさえもしなかった。「おかしいな」青年がいぶかしんだのも無理は無い。詠唱に何ら問題は無かったはずだし、魔力もキチンと消費されている。なにより軍学校でみっちりと召喚術を学んだのだ。術が成功したか失敗したかくらいは青年だって感覚でわかる。本来ならば確実に成功しているはずだ。「…?」青年はもう一度、石をまじまじと見つめる。まぎれもなく青年が誓約したサモナイト石。ヒビや傷があるわけでもない。ではいったい何で…?青年が思案しているその時、急に石から光が迸った。「うわッ!?」突然の発光は青年の目を眩ませた。彼としては、目の前で閃光弾が炸裂した様に感じただろう。そして次の刹那「…ッ!!」光の中から何者かが現れ、「ぐへっ!?」青年の左頬に『ぐーぱんち』をクリーンヒットさせた。決して『グーパンチ』では無い(重要)。それほど威力のあるコブシでは無かったが、フラッシュ&パンチという巧妙なコンビネーションによって、青年は無様にももんどりうって地面に倒れ込んでしまった。」「…イッタイなぁ、何すん『ボスッ』がはっ!?」仰向けに倒れた青年の上に、その何者かが馬乗りになるようにのしかかる。ここでようやく、閃光にやられた目が正常に機能し出す。青年の目の前には、明るい色調で纏められたダボダボな服を着た少女がいた。肩ほどまで伸びた金色の髪が風に揺れている。少女――ローラと目が合う。目に溢れんばかりの涙を溜めたその表情は、悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。「あー…その、何だ。心配かけた」青年はローラに手を伸ばし、その頭を赤子をあやすように優しく撫でた。「……」(むぅ~)「まあでもこうやって自分は今も生きてるわけだし、結果オーライっていうことで『ムギュ!』イタタタッ、ほほをつねりゅなローリャ!」まるで年の離れた兄妹喧嘩のような光景は10数分ほど続き、レックスはその間なんとも言えない時を過ごした。「じゃあ、頼む」何とかローラの気持ちが落ち着いた後、青年はローラに前にギプスの撒かれた右腕を突きだした。ローラはコクンと頷くと、その右手に自分の両手を添える。ローラが目を閉じて集中すると、掌からあわい光が発せられる。『癒しの光』というやつだ。ピキ…ピキと、急速に骨が結合していく音がわずかに聞こえてくる。不自然的な回復だが、青年に不快感は無い。むしろ心地良くすらある。光はほんの10秒足らずでおさまった。青年は何処からか取り出したハンマーを使って、ギプスを取り外す作業にかかる。ガンガンと叩いて硬質な部分を砕いて行くと、次第と肌に巻かれていた布があらわになって来る。ギプス全てを砕き終え、布を解き、青年はしばらくぶりに自分の右腕と対面した。「…えっと」青年は右手を握ったり開いたり、折れていた箇所を叩いたりして治癒したかの確認をする。「よし…完治」右腕と左腕を見比べる。若干右の方が細くなったような気がするが、それは動かしていなかったせいなので大した問題ではない。(本当は自然治癒の方がいいんだろうけど)天使の奇蹟といえども万能ではない。確かに、癒しの奇蹟ならば例え肉体に多少の欠損があっても治してしまえるが、あまりに急速過ぎる治癒は人体に何らかの悪影響を引き起こす場合がある。本来ならあまり好ましく無いことだが、場合が場合だけにしかたない。また、治せる限界がある事も忘れてはいけない。「さて、この調子で真っ赤になってる左頬も頼もうか」「……」(プイッ)そっぽを向かれてしまった。(まあ、いいけどさ)青年は小さな溜息を吐いた。青年にとってはいつもの事である。「…凄い」感嘆の声を漏らしたのは、切り株に腰掛けていたレックスだった。「?」青年はその言葉に首をかしげた。「クノンは完治まで最低一ヶ月半はかかる、って言ってたのに」ちなみにここで言う『最低』とは、リペアセンターのような最高の医療機関で最適な治療を受けた場合の最短時間の事を指している。青年の骨は非常に難儀な折れ方をしていたようだ。「ローラの治療は部隊の中でもトップクラスだったんですよ…何故か」『不思議ですよね』と、青年が肩をすくめる。「それにしても早すぎるよ。実は意外と優秀な人だったりするのかな…?」レックスも元軍人。この島での戦闘経験もある。それらの過程で治療系の召喚術は何度も目にしているがこれほど簡単、簡潔に骨折という大怪我を治す術を見た事が無い。「とんでもない! 自分、軍学校の成績も真ん中くらいでしたし、他の召喚術は苦手なんですよ」事実、青年が人並みに扱える召喚術は手持ちの『聖母プラーマ(ローラ)』と『ポワソ(ポワソはポワソ)』、後は『シャインセイバー』などの非生物系だけだった。ローラの件については、過去に『何故なんだ』と思わない事も無かった。しかし軍学校時代、そして軍役時代と周りに召喚術に詳しい(実用的な利用方法ではなく、召喚獣や術そのものに詳しいという意味)ヒトがいなかったため、結局今日までわからずじまいである。(蒼や金の派閥の召喚師にでも見てもらえればいいんだけど、今までそんな暇は無かったし…)結局、『何故ローラだけ治療スキルが高いのか』という疑問は『便利だし別にいいや』と言う理由で謎のまま長い事放置されてしまうのであった。「とにかく、紹介します。相棒の『ローラ』。まあ、手のかかる妹みたいな『バシッ』イタッ…何がいけなかったんだよ」「…、……。……!」(ばたばた)ローラは身ぶり手ぶりで何かを伝えようとしている。しかし(…全くわからん)やはりヒトの言葉を話してくれないのは不便だ、と思う青年であった。~おまけ~青年チャーハンの使用できる召喚術聖母プラーマ(ローラ)慈愛に満ちた霊界の小さい聖母。青年の相棒であり、(多分)今作のヒロインの1人。外見年齢は低く、ベルフラウらと同年代ほどに見える。しかし癒しの力は他の個体より高い。…だが、彼女の治癒能力が総合的に高いのには他にも理由があったりする。ポワソ天使のお供役をつとめるかわいい聖霊。青年が少年だった頃からの友達。基本的に人懐っこく可愛らしいが、戦闘になると容赦が無い仕事人。~~~~~~~~~~後書き少し短いですが、キリがよかったのと長く更新しないのはどうかと思い投稿。ギャグ回では無かったかな。