無限界廊の異端児
第2話 毎日鍛錬・悪戯編
名も無き世界から島に少年がやって来てはや半年が過ぎていた。
島では、それはそれは平和な毎日が続いていた。
しかし、名も無き世界からやって来た少年は、ほぼ毎日いずれ来る争乱にむけて修行を続けていた。
「はっ……はぁ……はっはぁ」
肩で息をしながら機械の歯車が組み込まれた長さ1メートルほどの杖を構える。
呼吸を落ち着けながら、一気に駆け上がった階段の最上部で呪文の詠唱を開始する。
「界の狭間を越え、我が声に応えよ!」
少年が修練の場として多用する砦にも似た戦場。
そこに待ち構えていた幻影の戦士たちもその数を減らし、今は階段を駆け上がってくる数名のみ。
杖を持つ左手を前に突き出し、腰溜めに構える右手には黒いサモナイト石が輝きを増していく。
「異界に在りし朋友、イグシルド!」
少年の呼び声を聞き、世界を越えてその助けとなるために現れたのは赤と白の鋼に覆われ身体と炎を繰る雄々しき勇士だった。
その勇士は、フレイムナイトと分類される機界ロレイラルの機械兵士である。
「調子は、どうだい?」
召喚に応えてくれたフレイムナイトのイグシルドに向かって笑顔を向ける。
そこが戦場であることを失念しているような暢気な声に、機界の勇士は笑いに似た電子音を奏でる。
「ははっ、そりゃそうだ! それじゃあ、今日も行ってみますかッ!!」
フレイムナイトをリィンバウムに招きよせたサモナイト石に魔力を送る。
するとフレイムナイトは、その腕に装備された火炎放射器を階段を上ってくる幻影の戦士たちに向ける。
サモナイト石を介してフレイムナイトに魔力が流れ込む。
魔力がエネルギーに変換され、火炎放射器に充填されていく。
間近に迫った幻影の戦士たちは、その以上を察知していても走ることをやめない。
すでに、どちらが先に攻撃を加えられるかが、勝負を決めることを悟っているのだ。
そして、先に攻撃を仕掛けたのは幻影の戦士だった。
振り下ろされる剣が詠唱を終えた術者を切り裂く。
「どこを見ている……?」
切り裂かれるはずだった術者は、完全に幻影の戦士の攻撃を見切っていた。
完全に無防備になった敵に構わず術者が後退した。
その意味に幻影の戦士が気付いたときには、炎の暴風に包まれていた。
最初の一人が炎に押されると後続も次々に炎に呑まれて階段を転げ落ちていった。
「いつも、ありがと! またな、イグシルド!」
役目を終えたフレイムナイトは、見送る少年の声に再び軽快な電子音を鳴らして去っていった。
例え会話機能が備わっていなくとも、少年はフレイムナイトに声をかける。
会話を成立させるために喋っているわけではない。
それは気持ちを伝えるためのひとつの行いなのだった。
周囲に倒れていた幻影の戦士たちが、本物の影へと溶けて消えていく。
それともなって修練の場である『無限回廊』も次第にその空間が解かれていった。
視界の晴れたそこには、徳利片手にお猪口でちょびちょびお酒を飲みながら戦いを監察していたメイメイがいつもの笑いで待っていた。
「おかえり~。うんうん、見違えるくらい強くなったんじゃにゃい?」
にゃはは、と酔いに任せて笑いながらもしっかりと無限回廊の維持と閉鎖を行っているメイメイに、少年は感心と呆れの表情を向ける。
「まだまだだよ。目的のためには、もっと力をつけないと足りないよ。ししょーもお酒ばっかり飲んでないで早く帰ろう」
少年が、力を求めて修行をしていることは、島の住人たちのほとんどが知っている。
そして島のまとめ役である護人たちもそのことを認識している。
メイメイの店に居候して、この世界の知識を学んでいるという嘘のような本当のようなこともみんな知っている。
しかし、送還術や召喚術を学び、無限回廊という試練の場で日夜修行に明け暮れていることはまったく知られていない。
この島は、かつて『無色の派閥』という危険な召喚師たちの集団が、召喚術の実験場としていた経緯があるため、召喚術に対して敏感なのだ。
もし、護人たちに召喚術を学んでいると知られれば、少年の処遇を考え直すことになるだろう。
しかし、そういった事情をすべて知っているにも関わらず、少年は密かに鍛錬を続けている。
知っているからこそ鍛えているのであり、何も言うことが出来ないのである。
なりゆきで少年の師となったメイメイもそのことは、多少後ろめたくも感じていたが、この少年が世界に齎すであろう可能性を優先することにした。
かつて、『王』の側にあったメイメイは、『王』が信じ願った世界を見守るという使命がある。
それはけして強制されたことではなく、彼女が自ら望んでなった立場だった。
しかし、時代が進めば、人は迷い、争い、死んでいく。
流れゆく時代の荒波の中で、うつろう人間たちをメイメイはただ見守ることしかできない。
ほんの少しの手助けはできるが、ある種の隔絶した存在に昇華された魂をもつメイメイでは、運命に関われる度合いが極端に少ない。
そのせいで、幾度となく助けられたはずの、救えたはずの命が失われていった。
これではいけない。こんな世界のために『王』は戦ったんじゃない。
『王』への思いだけを胸に時の流れにさえ逆らって見守って来た。
この世界には、確かに輝かしい魂を持つ人間たちもいる。
しかし、そうした人間と同じく、強い力を持ちながら歪んでしまう人間たちがいた。
あとほんの少しだけ、自ら干渉すれば歪んでしまう前に正してやれたかもしれないと悔やむことなど幾度もあった。
だが、メイメイに課せられた制限は、そういった者たちにこそ関わることを許さない。
「機界に霊界、鬼妖界……あとは、幻獣界にも友達ができるといいな~。ねえ、ししょー。幻獣界の剣竜って『至竜』になってるの?」
力があるからこそ世界に関われない。歴史を識るからこそ助けになりたい。
そんなダブルバインドに悩まされていたメイメイの前にこの少年が現れたことは、果たして偶然だったのか。
「……ん? ししょー?」
もし必然であったのなら自分の占いか『王』からの声で事前に大体の基点は知ることができるはず。
しかし、この少年は突如、なんの前触れもなくこの島に現れた。
あと一年もしないうちに訪れる戦乱に備えるべくこの島に自分がやって来ていたこととは、本当に無関係なのか。
「お~い、メイメイししょー」
数日に一度は、護人たちの誰かが見回りに行く「喚起の門」の近くに無防備に寝転んでいた少年を自分が最初に見つけたのも偶然なのか。
考えれば、考えるほどお酒の量が増えていった。
「ししょー、そろそろ飲み過ぎだと思うんだけど?」
だが、少年の存在は、メイメイにとって悪いことだけではなかった。
この少年は、リィンバウムに散らばる幾多の運命を知っていながら殆どの制約を受けていない。
しかも、少年自身の魂の輝きは、けして弱くはなかった。
自分が関わることの許されない運命に関わっていける立場にあり、運命の外から力を蓄えることのできる存在。
この少年なら、自分の背負ってきたものを少しは軽くしてくれるかもしれない。
『王』に聞かれたら笑われると思いつつ、メイメイはそんなことを考えながら酒を注ぎ足した。
「んく、んく、んくくくくくくくッ、にゃひゃあああああああああああああああ!!!」
「おー。さすが鬼妖界でも二番目に辛い調味料だな。一発だ!」
メイメイが口の中に注いだ真っ赤に染まったお酒。
それが床にぶちまけられ、同じく衝撃のあまり気絶してしまったメイメイ。
「…………ししょー、死んでないよね?」
倒れて痙攣を繰り返すメイメイを不安そうに覗き込む少年。
一向に目を覚ます様子のないメイメイの口に、水をどんどん注ぎ込んだことでようやく痙攣が治まったことを確認した少年は、メイメイを別室で休ませて部屋の掃除を始めた。
「はぁ~、酒臭さと辛子っぽい刺激臭が鼻に痛い」
自業自得っぽい環境を作り出してしまった少年は、鼻に線をして掃除をするも目や口が面白いことになるのは防げなかった。
とりあえず掃除を終えた少年は、いまだ目を覚まさないメイメイを寝床に運ぶと自分もその隣に転がった。
「………………」
魘されるメイメイの荒い息をすぐそばに感じてどうしたものかと悩む少年。
たらこ唇になってないな~、という感想を懐いき、この角って触っても大丈夫なのかな~、という好奇心と戦った少年は……
「酒くっさッ!」
中身は、それなりに大人な少年でもメイメイの酒臭さに耐えられず、結局別の部屋で眠ることにしたのだった。
性格がオッサンな少年が、エッチな悪戯に及ばなかったのは、これもまた“制限”なのだろう。
少年が、朝目覚めるとそこは「集いの泉」だった。
そして、少年が寝ていたはずの布団の代わりに、簡単な造りの水車に身体が縛られていた。
「……あれ?」
その後の少年は、丸一日水磔の刑と処されることとなった。
本日の主人公パラメータ
Lv.19
クラス-送還術師
攻撃型-縦・短剣(プリズムナイフ)、横・刀(ラセツ)、横・杖(歯車の杖)
HP150 MP180 AT100 DF70 MAT130 MDF75 TEC68 LUC60
MOV4、↑3、↓4
召喚石4
防具-着物(ランバショウ)
特殊能力
誓約の儀式(真)・全、ユニット召喚、送還術
見切、俊敏、眼力、バックアタック、ダブルムーブ、アイテムスロー、居合い斬り・弱、フルスイング、ストラ、バリストラ
召喚クラス
機A、鬼B、霊B、獣C
装備中召喚獣
フレイムナイト、ムジナ、聖母プラーマ、仮面の石像
オリ特殊能力解説
<主人公>
誓約の儀式(真)・全-誓約者と同じ召喚法。
送還術-召喚術の前身となった正しき術。相手の召喚術を強制的にキャンセルする。ただし、超遠距離やSランクの召喚術は防げない。
居合い斬り・弱-見よう見真似の居合い斬り。通常より素早い攻撃が……できるかもしれない。
フルスイング-横切りタイプの攻撃力が1.2倍になる。