俺は今、森の道となっている部分を歩いていた。アティさんとマルルゥと。
マルルゥは花の妖精だそうで、実に可愛らしい容姿である。そしてかなり小さい。マスコットなんかに最適だと思うのは俺だけだろうか。
──浜辺でアティさんが言った「付き合って下さい」はどうやら、出かけるので付いて来てくれませんか?とかそういう意味だったらしい。全く、アティさんの言い方が悪かったから、思わず勘違いしてしまったじゃないか。これだから天然は。
で、その出かける場所というのは、4つの各集落らしい。この島にはそのような場所があって、そこにはぐれ召喚獣が群れて過ごしているらしいが、行ったことはもちろんない。なので、気になるという点でもそのお誘いは喜んでだった。
「みんな誘ってみたんですけど、断られちゃったんですよ。だから、レックスくんだけでも一緒に来てくれて良かったです」
ホッとしているご様子のアティさん。というか、みんな来なかったのか。けっこうみんな薄情なのね。それとも、わだかまりか何かがあるのかな。お互いの関係がよくわからないから、いまいち理由が掴めない。
「百聞は一見に如かずって言いますしね。聞いた話だけじゃなくて、見るもんはきちんと見ておかないと判断が狂いますから」
たんに興味本意でほいほい付いて来ただけなのだが、何となくそれっぽいことを言ってみた。一応その考えがないわけではないので。それよりも興味の方が先なのは間違いないけど。
「百聞は……えっ?」
「百聞は一見に如かず、日本の言葉だそうです。意味は……えーと、その人が言うには、百回聞くより一回見た方が早いじゃん?とかなんとか。正しい意味かは知りませんけど」
「ニホン? 聞いたことないですね。少なくとも、帝国側にそのような場所は存在しないはずですが……旧国側にあるのかな?」
「俺達でいう、“名も無き世界”にあるって言ってましたけど、詳しくはちょっと……なにせ、本人じゃないんで」
そして俺は、この世界出身なので。
「ということは、名も無き世界から召喚されてきたわけですか……随分珍しい知人がいるんですね、レックスくん」
「……まあ確かに、珍しいでしょうね、うん」
今じゃもう誓約者(リンカー)だしね、そいつ。マジチートだよチート。何度も思ったもん、もう──戦闘は──あいつ1人でいいんじゃないかなって。
「後はマルルゥと一緒でメイトルパの知人もいますよ。あれは種族なんだったかな……狸?」
って、誰かが言ってたんだよな。それが印象に残ってて。
「赤髪さんはマルルゥ達以外のメイトルパのお知り合いがいるですね? マルルゥも機会があればあってみたいですよー」
「機会があればね」
同じメイトルパ同士だし、あの狸も喜ぶだろう。ううむ、相変わらず種族名が出てこない。モナティって名前は出てくるんだけど。あとガウムとエルカ。
そうそう、マルルゥが俺のことを赤髪さんと呼んでいるだろうけど、あれは俺がそう呼んでとお願いしたからだ。だって、赤髪ってなんか強そうじゃない? 『赤髪のレックス』……なんか凄い海賊になれそうな気がする。あー、でも、『赤毛のレックス』も捨てがたいな……立派な冒険者になれそうで。まあ、海賊にも冒険者にもなる気はないが。
そもそもは、マルルゥがレックスの名を覚えられないからなんだけど。名前を覚えるのが苦手なようで。マグナの名を教えても、マルルゥなら安心な気がする。
……ん? あれ、ちょっと待てよ。今気づいたけど。
「アティさんって髪赤かったんですね、知りませんでした」
あんまり興味なかったもんで。
「今更な気もしますけど。そりゃあお姉ちゃんですからね」
うん、意味がわからない。
「あや、先生さんと赤髪さんは兄妹なのですか?」
「そうなんですよ」「違う」
「??」
「どうして否定するんですか?」「どうして肯定しやがるんですかこの天然」
「何だかよくわからないですけど、お2人さんが仲良しなのはマルルゥわかりましたよー」
え、このやり取りのどこにそんな仲良しだと思える要素があったの!? 俺は全然わからなかったよ!
「待てマルルゥ、1つ言っておく。俺はアティさんよりマルルゥの方が好きになれる自信はある」
アティさんよか妹要素がありそうなので。小さいところとか。偏見? いいや、俺の基準がそうなだけである。妹は俺より小さくあってほしいのだ。だって、見下ろされながら「お兄ちゃん」言われるのって……おおう、シュール。
ちなみに、アティさんの背丈はこのレックスとほぼ同じくらいである。俺がマグナの容姿だったら負けていたかも知れない。現時点ではね! 男はいつでも成長期! だといいな!
「マルルゥも赤髪さんのこと好きですよー」
俺の目の前まで飛んで来て、にっこり笑顔でそんなことを言うマルルゥ。うむ、可愛いやつめ。
「なんとまあ、そのなりで社交辞令ができるなんて関心関心。どれ、ご褒美に撫でてやろう」
マルルゥの頭を撫でり撫でり。
「えへへー」
嬉しそうでなによりです。そして内心、安堵の息をついている俺。力加減を間違えて、ぎゃあー頭が潰れるーみたいにならずに済んで。
「うんうん、やっぱり仲が良いのはいいことですね。でもなんだろう、さり気なく私、酷いこと言われたような……?」
アティさんが調子こいてお姉ちゃんぶるからだと俺は思うよ。
………
……
…
各集落を見て回る前に、事前の目的地らしい集いの泉と呼ばれる場所に来た。マルルゥによると、ちょうどそこは各集落の真ん中に位置するそうだ。集いの泉というように、泉の部分に入れる場所があって、そこに4人の護人なる人物が集っていた。
訝しげに、「誰だこいつ」と言わんばかりに俺を見てきたので、アティさんが事情を説明。「そうか、あの人(メイメイさん)が……」で、満場一致。さすがはメイメイさん。皆が皆、メイメイさんなら仕方ないみたいな雰囲気出しちゃってますぜ。というか、この人達と交流あったのね。まあ島のあんなところにお店立てちゃうんだから、何かしら話くらいするか。
それから、4人の護人は俺に自己紹介をしてくれた。護人ってのはその名の通り、各集落を護る方々のことだとか。獣獣しているのがヤッファで、忍者っぽいのがキュウマ。眼鏡のクールビューティがアルディラで、全身鎧がファルゼン──ほうほう、ファルゼンね。
その後、アティさんと護人達が話を開始する。俺はアティさんに外で待ってると報告し、そそくさと部屋から退出させてもらった。あまり面白そうな話をする雰囲気じゃなさそうだったからだ。つまらんことに興味はない。
外に出ると、マルルゥがいた。
「あれ、マルルゥ」
「あっ、赤髪さ~ん」
俺に気づいたマルルゥは、俺の元に飛んできた。俺はまたマルルゥの頭を撫でながら、たずねる。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「せっかくだから、先生さん達の案内をしようかなって」
「そうかそうか、それはいい。アティさんは知らんけど、俺はまだどの集落にも行ったことないからさ、案内してくれるってんなら助かるわ」
行くべき場所はもう決まってるけど、その場所がどこなのかは知らなかった。まあアティさんは案外知ってるんだろうけど、せっかくマルルゥが案内してくれると言っているんだし。
マルルゥと戯れていると、話を終えたのか、護人の方々が部屋から出て来た。その中の1人をジッと見る。目が合った気がするが、特になにもなく、そのまま去って行った。
「なんだマルルゥ、まだいたのか」
こちらに近付いて来て、呆れた表情で俺と同じようなことを言ったのは、ヤッファとかいう人物だ。獣らしい見た目だから、わかる人はわかると思うが、このヤッファもマルルゥと同じ、メイトルパの住人だ。
ヤッファの言葉に対し、マルルゥも、俺の時と似たような返しをした。それにしても……シマシマさん呼ばれてんのな、こいつ。いやまあ確かに、シマシマしてるけど。見た目が。
「おう、えーと、レックスって言ったか」
「ああ、そうだけど」
「俺のところの集落に来た時な、わざわざ俺に会いに来なくていいから」
「そりゃまた、どうしてさ」
ヤッファは頭をポリポリ掻きながら、面倒くさそうに言った。
「自己紹介なんてもんは、一回やれば十分だろ? 俺はアティとも、レックス、お前とも、さっきやったからな」
なるほど、ごもっともで。自己紹介なんて面倒なものは、一回で十分だわな、そりゃ。
「ん、わかった、アティさんにも伝えとく。でもさ」
「あん?」
俺は笑ってみせた。そして、からかいまじりにこんなことを付け足す。
「遊びに行くなら、話は別なんじゃないの」
「……ふっ、そりゃまあな」
俺につられたのか、ヤッファも笑う。そんなヤッファを見ながら、俺は言った。
「まあ、今回は行かないけど」
「行かないのかよ」
だって来なくていいって言ったの、ヤッファじゃん。
…………。
俺がヤッファと話している間に、アティさんも他の護人と話をしていたらしく、アティさんが俺とマルルゥの元にやって来たのは、ヤッファが去っていったすぐ後だった。
「あれ、どうしてここに──」
「マルルゥは案内をしてくれるそうですよ」
「あっ、そうなんだ」
さすがに三度もそのやり取りを聞く気はないので、カットさせていただいた。
「それでは、どこに向かいま──ってレックスくん!? 一体どこに行く気なんですか!?」
歩き出した俺の肩をがしっと掴むアティさん。掴むではない、がしっと掴んできたのだ。
「どこって……ファルゼンのところですけど」
アティさんが来る前からマルルゥに言っておいたのだ。最初はファルゼンのいる集落に案内してくれって。
本当はさっさとファルゼンの後を追って行きたかったけど、誘われた身なのにアティさんを置いて行くのも失礼かなと思って。だがしかし、アティさんが先に違うところがいいとか言ったら、全力で断るつもりではいる。
「ファルゼンさんのところですか? 別にいいですけど……ても、どうして最初がファルゼンさんのところなんですか」
「アティさんにはわからないでしょうね、今のままじゃ」
「え、えーと……レックスくんがなにを言いたいのかはよくわからないけど、レックスくんが凄く嬉しそうなのはわかりますよ」
えっ、嘘、顔に出てる? もしかして俺、にやけちゃってる? 顔に触れてみた。わからなかった。
「どうしてわかったんだって顔をしているので言いますが、何故なら私はお姉ちゃんだからです(無意識に顔に出るのって、意外と本人にはわからないものなんですよね)」
えっへんするアティさん。って嫌々、なにがえっへんだよ。全然それじゃわかんねぇよ。何だよ、お姉ちゃんだからって。どんだけだよお姉ちゃんパワー。
「それでは行きましょうか、レックスくん」
「ぐぬぬ……」
にこにこ笑顔のアティさんを見ていてと思う、なんだこの敗北感。
それから、アティさんとともに、ファルゼンのところへ向かう。結局、どうしてアティさんがわかったのか、わからずじまいだった。
………
……
…
集いの泉の南西に位置する、霊界サプレスの集落、狭間の領域。ここが護人ファルゼンの住む集落なのだそうだ。ところどころに水晶が生えていて、とても神秘的である。そしてなんか異様に木がでかい。一本一本でかい。霊的パワーかなんかだろうか。お姉ちゃんパワーよか全然信用できる。
さて、霊界ということで、霊的な存在大集合である。ポワソとかペコとかあの手のもの。ただまあ、さすがに悪魔とかはいないみたいだ。天使はいやがったけど。
だからなのか、日中の今は静かだった。きっと、こういうところは夜が騒がしいのだろう。幽霊といえば夜だしね。
ここにも泉があり、その泉の近くにファルゼンが佇んでいた。ついでに、近くに天使がいた。だが天使はどうでもいい。それでは早速、本題に入ろう。そのために俺は来たのだから。
「やあやあファルゼン、突然だけど、俺のことお兄ちゃんって呼ぶ気ない? 妹よ」
というわけで、ファルゼンを勧誘。
「!?」
おうおう、驚いてる驚いてる。鎧越しだけど、お兄ちゃんには丸見えだよ。
「え、ちょっ、レックスくん!?」
いきなりなに言ってんのこの人と言わんばかりのアティさんは、相手するの面倒なのでスルー。
「ファルゼン様に向かっていきなり何を言っているのですかあなたは!」
そして何故だかしゃしゃり出てくる天使。とても邪魔だった。だから言ってやる。
「天使は黙ってて。しかし天使か……天使ねえ、まあいいや。俺はこの娘と話してんの」
「……。……イッタイナンノコトダ?」
ほほう、そう来ましたか。
「ふーん……なるほど。ごめん、無粋なこと訊いちゃって」
誤魔化すってことは、妹であることを伏せてるってことかねえ。まあなにかしら事情があるんだろう、今の俺みたいに。今回はそれに合わせてやりますか。
「…………。(もしかしてこの人、私のことに気づいて……?)」
「(ファリエル様に対してなんて失礼な方でしょう。それに、なんですかこの人は。内側と外側がてんでバラバラだ。本当に彼は彼なのか。それにこの人の心を見ると、何故か憎しみがわきあがってしまう。まるで、同朋が殺された相手と対峙した時のように)」
ファルゼンと天使がなにを考えているか知らんが、そう殺気立てるなって天使。別に俺は、お前の天敵の悪魔じゃないぜ?
「え、えーと……?(ひぃ、なんですかこの陰謀渦巻くような嫌な空気は……!? 辛い! ここにいるのが辛いです!)」
アティさんがこの状況を理解できず、冷や汗かきながら困っているのが丸わかりなのだが、相手するの面倒なのでやっぱりスルー。別に、さっきのアティさんから与えられた敗北感が原因ではない。ええ違うとも。……まあ、違うと思えばいいよ。いや、違うといいね。
………
……
…
次はどこがいいとアティさんが訊いてきたので、マルルゥのところでいいやと答えたら、マルルゥが集いの泉の北西に位置する、幻獣界メイトルパの集落、ユクレス村に案内してくれた。
森に住む原住民が、ひっそりと木造の小屋を建てて住んでいますなんて言われたら、あっさり納得できるような自然溢れる風景。正に集落と呼ぶに相応しい場所だった。電気? なにそれ美味しいの、みたいなこと言ってきそうな感じ。……さすがにそれは失礼か。
「わあ、なんだか故郷の村に似ている気がします……素敵な村ですね」
「よかったですよー」
故郷の村に似ているとか言ってるアティさん。
アティさんはメイトルパの村が故郷なのかーそうなのかー、なんてふざけたことを思いながら、1人で勝手に大木に近付いて行く。いやね、この場所に着いてからすぐ気になったの。すごく目立つんだもんあの大木。大木の上の方に人が住んでいるといっても俺は信じれるよ、それくらいに大きい。タイジュ。うん、思っただけ。
大木の近くの広場らしきところに、男の子と犬がいた。わんぱくそうな男の子と、犬。そしてその犬は、二足立ちしていた。
……ん?
二足立ち……だと……!?
「わっ、スバル、あれ、あれ!」
「どうしたんだよパナシェ。……おー、人間だ。もしかして、母上とキュウマが言ってたのか!」
犬が俺の方を指差していて、男の子とわいわい盛り上がっていた。はてさて、なにを盛り上がっているのやら。俺にはさっぱり検討つかぬ。なので、近づきながら訊いてみることにした。
「おーいそこの2人──ああいや、1人と1匹、なにそんなに盛り上がってるんだい。お兄さんにも教えてくれよー」
「わーっ、わーっ、こっち来る、こっち来るよ!?」
「落ち着けってパナシェ。パナシェくらいならおいらが守ってやるから」
「スバル……うん」
「お前、母上の言ってた人間か?」
男の子と犬の元に到着。途端、俺の質問を無視して、男の子がそんなことを訊いてきた。そして、隣にいる犬は何故だか怯えているようで、体をぷるぷる震わせていた。いや、なんでさ。
「母上の言ってた……あー、違うんじゃないかな。それは多分、マルルゥと一緒にいるあの天然のことだと思う」
天然(アティさん)の方に視線を向ける。マルルゥとじっくり話し込んでいるようだ。
「じゃあお前はなんだ?」
「俺はあの天然の付き添いだよ。一緒に各集落を見て回ってるんだ。で、これが気になったもんでちょっと間近で見てみようかなって」
「ユクレスの木のことだな」
へえ、これユクレスっていうんだ。タイジュじゃないのか。残念。
「そうそう、俺の名はレックス。これからよろしくな」
「おう。おいらはスバル、で、こっちがパナシェ──って、まだ怯えてんのか?」
「も、もう怯えてないよっ。えーと……よ、よろしくね」
恐る恐る言うパナシェ。もしかしてこの犬、俺に怯えてたのかな? ははは、まさか。こんなイケメンのレックスに怯えるなんてありえないでしょう。……言ってて悲しくなった。いや、レックスは本当にイケメンだけどね。でも、借りもんの肉体でそんなこと思っちゃう俺がね……惨めなのさ……。
「スバルは俺のことを兄ちゃんって呼んでいいよ。パナシェはじゃあ、お兄さんで」
妹じゃなくても、そう呼んでくれるのは嬉しいものなのだ。お兄ちゃんという存在は。
「わかった。おいらはスバルでいいぞ」
「ぼ、僕もパナシェでいいよ。お兄さん」
子供はいいね、素直で。……まあ、素直じゃない子供もいるけどね、あの子(ベルフラウ)とか。素直にアリーゼを俺の妹にしてくれてもいいものを。全く、ケチなんだから。
「ところで、なんでパナシェは二足立ちで喋れるんだ?」
犬なのに。
「いきなり失礼だなあ兄ちゃん。パナシェは犬なんかじゃないぜ? メイトルパのバウナスだ」
「う、うん」
メイトルパのバウナスねえ……バウナスってのは始めて聞いたけど、メイトルパの召喚獣なんだろうなとは思ってた。初めは犬が二足立ちしているものだから、思わずに驚いてしまったが、冷静にこの場を確認してみれば、ね。
だってここ、メイトルパの集落。
「なあ、兄ちゃんはこの島の外から来たんだろう? 外はどうなってるんだ? おいら、この島から出たことなくて」
「あっ、僕もそれ気になる」
「聞きたい?」
「「聞きたいっ!!」」
キラキラ輝く2人の目。いや、比喩だけど。でも、そう見えるほどに、スバルとパナシェは外の世界が気になるのだろう。子供はみんな、好奇心旺盛なのだ。……俺は今でも、好奇心旺盛だけど。
それから、俺はスバルやパナシェに外の世界の色々な話をした。といっても、だいたいが俺の体験談だったが。それでも、その話に一喜一憂してくれる2人を見て、俺は次第に調子に乗り始め、話はどんどんエスカレートしていき……。
後半は完全に、嘘っぱちだった。
…………。
「──そうだ、レックスくんの故郷はどんなところ……あれ、レックスくん?」
随分アティはマルルゥとの話に夢中になっていたようで、レックスがいなくなっていたことに気づいていなかった。レックスはとっくの昔に、ユクレスの広場に行ってしまったというのに。やはりアティ、天然である。
「赤髪さんなら……」
マルルゥは気づいていたようで、アティに居場所を教えようとする。しかし、その前に聞き覚えのある声が広場からした。レックスの声だ。レックスは誰かと話をしているらしい。誰と話しているのだろう。アティは聞き耳を立てることにした。
──直接レックスに訊くという選択肢は、どうやら今のアティには存在しないようで。
「そこで俺は言ったんだ。『ここを通りたくば、この俺を倒していけ!』と」
「おー! それで、それで、兄ちゃんはその後どうなったんだ!?」
レックスの他に、男の子らしき声が2人分聞こえる。どんな内容かは途中から聞き始めたのでわからないが、察するに、レックスの過去といったところか。それにしても、過去にあの台詞が出るとか、どういう局面なのだろうとアティは思う。
一部では、レックスのようなポジションのことを、中ボスというそうだ。つまり、レックスは負けてしまうのでは……焦るアティ。
「見事に返り討ちにしてやったよ。でもな、そこで俺は衝撃の事実を知ってしまったんだ」
そんなことはなかった。だが、また新たな問題が生じる。……衝撃の真実とは、なんなのかということを。
「それは一体なんだったの、お兄さん……」
衝撃の真実が気になり、スバルとパナシェが生唾ごくり。もちろんアティも。
「その返り討ちしてやった相手はなんと……小さい頃に離れ離れになった、生き別れの兄だったのだ……!」
「「な、なんだってーー!?」」
な、なんだってーー!?
アティの脳内と、2人の叫びが一致した奇跡の瞬間だった。
「赤紙さん、やんちゃさんとわんわんさんと楽しそうにお喋りしてますねー」
やんちゃさんはスバルで、わんわんさんは文字通り犬──パナシェだ。しかし、そんなマルルゥの言葉は、アティの耳には入らない。聞き入っているから。
「…………」
「あや、どうしたですか先生さん?」
「ま、まさかレックスくんに生き別れの兄がいただなんて……!」
お姉ちゃん知りませんでしたよ!?なんて言葉が続きそうである。
「兄は語る。真の黒幕が他にいるということを。その真の黒幕というのがそう……実の父親だったのだ!」
「「な、なんだってーー!?」」
な、なんだってーー!?
アティの脳内と、2人の叫びが一致する奇跡の瞬間再び。奇跡の大盤振る舞いであった。
「そ、そんな……レックスくんの過去にそんなことが……!」
なんて壮絶な過去を歩んできたのだろうか、レックスは。これはいよいよ、お姉ちゃんとしてレックスを支えてやらないといけない。そんな気持ちが湧き上がった。
「──というお話をついさっき考えてみたんだけど、どうだろう?」
「「凄い面白そう!」」
作り話だった。子供達には好評だった。男の子だからというのもあるのかもしれないが、案外、アリーゼとベルフラウにこの話をしても、聞き入りそうな気もする。
──で、やらかしたアティはというと。
「先生さん顔真っ赤ですけど、どうかしたですか?」
「いえ、お構いなく……(うう、勘違いして本気で心配してしまった自分が恥ずかしい……)」
そんな、ユクレス村の出来事。