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No.395の一覧
[0] サモンナイト2~紅き騎士~[七星かいと](2009/03/09 01:18)
[1] 第0話 旅立ち (前編)[七星かいと](2009/11/29 23:35)
[2] 第0話 旅立ち (後編)[七星かいと](2009/11/30 20:14)
[3] 第1話 流砂の谷 (前編)[七星かいと](2009/11/29 23:33)
[4] 第1話 流砂の谷 (後編)[七星かいと](2009/11/29 23:32)
[5] 第2話 聖女の横顔(前編)[七星かいと](2009/12/02 00:02)
[6] 第二話 聖女の横顔(中篇)[七星かいと](2009/12/02 00:06)
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[395] 第1話 流砂の谷 (後編)
Name: 七星かいと◆8447b994 ID:a2d10e84 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/29 23:32



 呼吸を一つ。
 己の中にある様々なものを、吐き出す息と共に外部へと移動させる。
 矢を投影。トリスの希望でその鏃は鉄ではなく、丸い木の玉が付けられるはずだが、最初の一矢に関しては通常の矢だ。むしろ、少し鏃が大きいかもしれない。
 すぅ、と息を大きく吸う。
 意識を研ぎ澄ます。
 キリ、という音を立てて糸を引き絞り、狙いを定める。
 その間一秒にも満たない。
 布の下、二人の召喚師との視線を合わせる。
 準備完了。
 その意を込められた頷きを向けられ、ついでもう一人の少女へと視線を転じる。
 大丈夫。
 不安そうに揺れる瞳に微笑を向けながら頷くと、少女の表情もまた柔らかくなる。
 これで、此方の準備は完全に完了。
 そして。

「――――っ!」

 放つ。
 空を切り裂き真っ直ぐに飛ぶその矢が目指すのは、囚われの女性――の腕を縛っている縄。
 男のほうは、エミヤの見立てではだいぶ緩い縛りになっている。自力で脱出できるだろうという判断で、先に女性のほうを狙った。
 刹那の時間で目的地へと達したそれは、エミヤの意図通りに彼女を縛っていた縄を寸断する。
 落ちる縄。そして驚愕に目を見開く女性。

「ネスティ、トリス」

 そしてそれらを完全に無視した上で、エミヤは更なる指示を出す。

「ベズソウ!」
「ムジナっ!」

 灰と赤の光があふれ出し、二つの召喚が成功する。
 ネスティの呼び出したベズソウが唸りを上げて野党達の集まりへと突っ込み、トリスの呼び出したムジナが囚われの二人の傍へと落下して煙幕を撒き散らす。

「ハサハっ!」

 エミヤの声にこくりと頷くと、手にした水晶球をぎゅっと抱きしめる。

「ん……いって!」

 声に合わせ、着物の隙間に差してあった短刀が消え、抜き身の状態で野党達の上に現れる。
 落下。
 剣を持っていた野党の腕を浅く、しかし長く傷つけていき、その剣を落とさせる。

「な、何だ!?」
「敵襲、敵襲!?」
「騎士団か!? くそ、どこだ、どこにいる!?」
「煙幕が、くそ、奴らはどこに!?」

 眼下では混乱の真っ只中。
 そしてその中にあって、煙幕から飛び出してくる影が二つ。そしてそれを追うようにして出てくる影が四つ。

「あ、エミヤ!」
「わかっているよ、トリス」

 矢を番える。
 今度はちゃんと鏃が丸い木の玉になっている。
 これもこれで当たり所が悪ければ相応のダメージを負うが、しかしそこはエミヤの腕の見せ所だろう。
 瞬時に狙いを定めると、そのまま矢を放つ。結果など見る間でもない。何故ならば、的中など放つ前からわかっていることなのだから。

「っ!?」

 黒髪の女性から驚きの表情が向けられる。
 此方が放った矢が自分達に向けて飛んでくるのだから当然だろうか。
 だが、遅い。
 このタイミングでは何の反応も出来ないだろうし――むしろ、されては困る。

「がっ!?」

 女性の背後で上がる悲鳴。
 エミヤの放った矢は、真っ直ぐ悲鳴を上げた野党の鳩尾に突き刺さっていた。
 小さな鈍器による、たっぷりの加速がついた一撃だ。その痛みは筆舌に変えがたいだろう。
 一瞬で意識が刈り取られたのか、野党はその場に崩れ落ちる。
 ついで、二射、三射。
 こちらに向かってくる囚われだった男女の後ろから追撃をかけようとしている野党達が、どれもこれもただの一矢で崩れ落ちていくのはある意味悪夢のような光景だろうか。

「野郎共、落ち着け、煙幕の外に出るなっ! むやみに動かず体勢を――がっ!?」
「アウゴ様!?」
「頭領!?」

 煙幕の中から聞こえてくる声から大体の位置を把握し、弓を射る。
 ただ無心に。
 一撃必殺を思いながら、動揺の気配などを露にする野党達を射抜いていく。

「す、凄い……」
「トリス、君は一体何を召喚したんだ……?」
「おにいちゃん、かっこいい……」
「……賞賛の言葉、ありがとう。だが三人とも、まずは逃げてきた二人の保護だ。さっきも言っただろう? 遠距離射撃で相手の急所を狙っているとはいえ、鏃が小さな鈍器でしかない以上しっかり倒さねば復活する。あるいは気力で耐えるだろう。あの二人を保護したら、陣形を組みこの後の事態に備えて置け」
「あ、うんっ!」

 元気のいいトリスの頷きにこちらも頷きで返しながら、静かになった眼下の様子に弓を射るのを止める。
 放った弓の数は大よそ三十。その全てが確実に野党達に中ったと断言は出来るが、しかしどの部位に当たっているかまでは断言することが出来ない。
 避けたかもしれないし、防いだかもしれない。
 中ったとしても、射られなかった仲間に活を入れられて復活したり、何か薬でも使われて気付けされた可能性もある。
 油断は、出来ない。
 最初のネスティの召喚術でどの程度の数が削れたかがネックではあるが、余り気にしても仕方が無いだろう。

「む、煙幕が……」

 晴れてきた。
 風に流されて煙幕が晴れた先、まだ立っていたのは六人程度。それ以外は当たり所が良かったのか、全員気絶していた。

「……よし、あの程度ならば何とかなるか。……トリス」
「何、エミヤ」
「アレをこれから殲滅する。打ち合わせどおりにな」
「あ、うん。じゃあ、がんばろう」
「ああ。私はここから援護をするから、皆で頑張ってくるといい」
「オッケー! ……ってはぁ!? ちょ、エミヤは手伝わないの!? 前線で!」
「それでは、君達のためにならない。私におんぶに抱っこで構わないなら一人で全員を倒してくるが、それではいざと言う時に私がいなくては何にも出来ずに殺されてしまう恐れもある」
「つまり、いい機会だから修行も兼ねよう、と……?」

 ネスティからの問いかけに頷きながら、下方にいる野党達が此方に飛び掛ってこないように矢を射続ける。
 牽制だ。

「ああ。私の存在は、ある意味君達の成長を阻害することになりかねん。事実として、実力に開きがありすぎる。力を抑えられた状態とは言え、見ての通りの結果ではあるからな」
「……確かに」
「此の先何があるかわからない以上、少しでも力を付けておくことにこしたことはないだろう。何、絶対に何か不測の事態が起きても、私が何とかする。だから、思いっきり戦ってくるといい」

 頑張って来い。
 自分達の中に生まれる果ての無い安心感。
 これほど強い者が、自分達のことをここまで考えて、そして護ってくれている。
 その事に安堵を胸に抱き、トリスは元気よく頷いた。
 その後に続く、戦いの不安を忘れたかのように。

「わかった。じゃあ、後ろは宜しくね、エミヤ!」
「ああ、任されたよ、マスター。存分に戦ってくるといい」

 ネスティに目線で「頼む」と言葉を送り、あちらから了解の意を込めた頷きが帰ってくるのを確認し、一歩前へ。
 眼下では此方を警戒しているのか、武器を構えて睨んでいる野党の姿。
 一番後ろにいる一際大きいのが頭領なのだろうと推測をつけながら、エミヤは皮肉気にその口元を歪めた。
 そして、大声で挑発も兼ねた宣言を。

「さぁ、行って来い、トリス。最初の障害としては小さすぎるが、肩慣らしにはちょうどいいだろう? 迂闊に殺してしまわぬよう、せいぜい手加減をしてやってくれ」
「――――っ!!??」

 眼下で膨れ上がる怒気。
 その様子に泡を食うマスターとその友人の姿に苦笑を浮かべながら、静かに弓へと矢を番えていく。

「ああ、其方のお二方も……よければ応援をお願いできないか? どうやら、目的は一致しているようなのでね」
「あ、ああ、助かられたわけだし、それはまったく持って構わないが……。お前さん、性質悪いって言われないか?」
「ふむ。不本意ながらその評価は耳にタコが出来るくらい聞いているな。其方のお嬢さんの獲物は……弓か。ならば私と一緒に後方支援をお願いしたい」
「え、ええ、それはかまわないけど……。私では、かえって足手まといになってしまわないかしら?」
「そんなことは無いとは思うがね。何せ二人でこの野党に戦いを挑むほどだ。腕に覚えはあるのだろう?」
「貴方ほどではないけどね。目の前であんなの見せられたら、正直自身を無くすわ」

 救出した二人へと一緒に戦うよう依頼をする。
 トリス達も何だかんだでお人よしではあるし、この二人も悪い人間には見えない。
 もし二人が裏切ったとしても、そこは自分自身で何とかしていこうと考えながら、エミヤは黒髪の女性の言葉に苦笑を浮かべていく。

「何、気にすることは無い。これでも弓が一番得手な獲物でね。アーチャーとまで呼ばれたことがあるくらいだ。君くらいの年齢の少女に追い抜かれてしまっては、立つ瀬が無い」
「君くらいって……同い年か少し私の方が年上だと思うんだけど」
「あいにく、見た目どおりの年齢ではないのでね」

 説明を打ち切る。
 ネスティの叱責で動揺していたトリスも我を取り戻したようだし、そこに冒険者の男も加わっていった。
 アレは間違いなく戦いなれている人間だ。気配などでわかる。
 ならばこそ、まだ戦闘初心者であるトリスとハサハが学ぶべきところは多く、そして彼女達を護ってくれるだろう。
 ネスティはネスティで場慣れしているようなので心配はしていないが、彼は彼でどうにも過保護なところが見受けられる。
 だからとはいえ、主の成長の為とは言え戦場に主を投げ込む護衛獣も我ながらどうかとは思うが。
 思考封印。
 気持ちを切り替え、矢を引き絞る。
 そして。

「いくぞ――っ!」

 声と同時に放った矢が先頭にいた野党へと中ったのをきっかけとして、戦端が開いていく。




 結局、最終的に言ってしまえばトリス達の圧勝だった。
 後ろからの二人の弓使いによる援護は非常に的確で、安堵の中で闘うことが出来た。
 一緒に戦うことになった冒険者――フォルテという男もかなりの腕前であり、隣で戦っていて安心したものである。
 野党達のリーダーだったらしい男には逃げられてしまったけど、それでも大部分の野党は捉えることが出来、今はエミヤが一人で王都に戻って騎士達を呼びに行っている。
 野党達は気絶させられた挙句にエミヤがどこからか取りだした鎖で雁字搦めに縛られており、正直なところ直視したくない。
 銀色の蓑虫が所狭しと転がされている情景を考えて欲しい。それも中身はむさい男達だ。
 断言しよう。見ていて気分のいいものではない。
 見た目もさることながら、それが苦痛で呻いたりしているものだから更に嫌だ。
 正直に言って、うざい。
 なので今は彼らから少し離れた位置に陣取り、見張りはネスティとフォルテの二人に任せてトリスとハサハ、そしてケイナと名乗った弓使いの黒髪美人は談話の時間を過ごしていた。
 苦笑しながら見張りを引き受けたフォルテと異なり、かなり嫌そうな表情で、そしてその後にはかなり羨ましそうな表情でトリス達を見ていたネスティの話題を皮切りに、自分達の事情や二人の事情などが話題にあがる。

「え、じゃあ、二人だけで旅してるの!?」
「え、ええ。そうよ。私は実は記憶喪失なんだけど……その時にフォルテと出会ってね。そのまま、彼は私の記憶を取り戻すための旅に付き合ってくれてるの」
「へぇ……」

 そうなんだ、と呟きながらしげしげとケイナを観察する。
 ……うん、美人だ。
 そして次に離れた場所で野党達を見張りながらネスティと雑談しているフォルテを見る。
 ……男前、なのかな?
 と思う。
 何だかんだ、この美人が信用してるならいい人なのだろうなどと思いながら。

「……おねえちゃん、きおくそうしつ、なの?」

 くぃくぃ、とケイナの袖を引っ張ってハサハが泣きそうな顔をしながら問いかける。
 その仕草も可愛らしくて思わず抱きしめたくなるが、そこは自制。

「そうねー、うん、でも大丈夫。フォルテも一緒にいてくれるし、そこまで困っているわけでもないから」
「……うん」

 それは勿論強がりだろう。
 記憶が無くて不安じゃない人なんて、いないと思う。
 でも。
 ……やっぱり、らぶらぶなのかな?
 などということを考えてしまう。
 支えてくれる人。
 記憶を失っているという不安すらも、一緒にいるという安堵で支えてくれるような、ヒト。
 ……そういえばさっきのエミヤ、かっこよかったな。
 思い出す。
 頑張って来い、と告げた護衛獣の顔を。
 優しかった。
 力強かった。
 この相手にならば、無条件に背中を任せられると、そう思ってしまった。
 もしかしたら、コレが恋というものの始まり――――。
 ……って、何考えてるのあたしっ!?
 頭をぶんぶん。
 トリスの奇行に不思議そうな顔をしたハサハが心配そうな顔で覗き込んでくるが、それになんでもないと手を振って返す。
 顔が、熱い。
 はぁ、と溜息をつきながら立ち上がると、ゼラムの方へと視線を向ける。

「……あ、あれ、騎士団かな?」

 何気なく視線を向けた先、土埃を少し起こしながら自分達のほうへと向かってくる一段がいた。
 よろいで身を固め、聖王国を示す旗を掲げている者が何人かいる。
 見張りをしていたネスティを呼ぶと、二人はゆっくりとした足取りで近づいてきた。

「おお、騎士団の連中が漸くきたのか。んじゃ、俺らはお役ごめんだな」
「いや、そうも行かないだろう。細かい手続きなどを踏まなくてはいけないだろうし、状況説明などもしなくちゃいけない」
「……げ、マジか。んー、なぁ、ネスティ? 説明とか云々、ケイナと一緒に頼んでもいいか? その間、俺は嬢ちゃん達のお守りしてるから」
「僕は構わないが……。と、もう来たか。それでは先に応対をしておこう。ケイナ、悪いが後で説明を一緒にお願いする」
「んー……まぁ、私もいいわよ。わかったわ、ネスティ」
「……じゃあ、あたしとハサハとフォルテは先にゼラムに戻る……って、あれ、そういえば、エミヤは? あそこの中にはいないっぽいけど」

 対応に出て行ったネスティの後を視線で追っても、赤い護衛獣の姿が見えない。
 あれ? と首をかしげていると、ネスティと話していた騎士の一人トリス達の方へとやってくる。

「すいません、こちらにトリスさんという方はいらっしゃいますか?」
「え、あ、はい。あたしがトリスですけれども」
「此方のことを知らせてくださったエミヤさんから伝言があります」
「はぁ……なんでしょう?」
「『急遽此方に残らなくてはいけない事態が発生した。理由は後で説明する。トリスの部屋で待っている』だそうです」
「は、はぁ……ありがとうございます」
「それでは、伝言、確かにお伝えしました。では、私達は野党を王都に連れて行きますので」

 失礼します、とガチャガチャ鎧を鳴らしながら礼をし、その騎士はもといた場所へと戻っていく。
 その後姿を見送りながら、トリスは首をかしげる。

「……何があったんだろ?」

 とりあえずゼラムに戻ればわかるかな、などと思い思考を放棄。
 愛らしいハサハに癒されながら、後のことをネスティとケイナに任せ、三人は一路ゼラムへと戻る道を歩き出した。




「……で? これが一体どういうことなのか、説明してもらえるのよね? エミヤ」
「あ、ああ……」

 大変ご立腹のトリスに、表情を綻ばせて楽しそうにしているハサハ。
 その二人はいい。この部屋にいるのは問題ない人物だからだ。
 だが、この部屋にはもう一人。本来いるはずではない人物がいた。
 それは。

「え、ええっと……。シロウ? ユ、ユエル、また何かいけないことしちゃったのかな?」

 楽しそうにしているハサハとじゃれあいながらも、トリスの怒気におろおろしている獣人の少女――ユエルの存在、だった。



 ゼラムに戻ったエミヤは、まず真っ先に王城へと向かった。勿論、詰めている兵士に話を通すためである。
 白に出来る証としてネスティから蒼の派閥であることを示す証明書を持たされてもいるし、話自体はスムーズに進んだ。
 少し準備してから行くという兵士の言葉に、戦いで疲れているトリス達への差し入れを買うつもりで、市場にさえ出向かなければ、それ以降の話もきっとスムーズに進んだのかもしれない、と今になって思う。
 だが。
 過去にもしもはないし、やり直せるものではない。
 過ぎ去ってしまった時間は戻らないし、それに――きっとエミヤは、今回このような事が起こらなかったとしても、きっと同じ様な騒動に首を突っ込んだことだろう。
 何せエミヤはそのあり方に一度は絶望したとは言え――正義の味方、なのだから。



「……何事だ?」

 市場に向かい、糖分と水分の補給を目当てに果実などを購入している最中。
 市場の奥から、騒音とが徐々にエミヤの方へと近づいてきていた。

「ドロボーだっ! 誰か捕まえてくれっ!」
「ちがっ、ユエル、悪いことしてないーーっ!」

 怒りの声と、鳴きそうで必死な声。
 ふむ、と一つ頷きながら自ら其方のほうに脚を勧めるのは、やはり己の業なのだろうか。
 ふとそんなことを考え――すぐにその考えを棄却。
 違うのだ。
 助けたいと思うこの気持ちに嘘など無い。それは――あの聖杯戦争でも、あの島でも十分に教えられた事だ。

「どいてどいてどいて――わぷっ」
「ふむ。前を見ないで走るのは危ないぞ? 気をつけると、いい」
「えっ、わ、うーっ……っ!」

 市を駆け抜けてきた青い人影を抱きとめる。
 驚いたのか最初は目をぱちくりとさせた可愛らしい表情を見せていたが、抱きとめられているという事実を認識すると顔を赤くし、ついで威嚇するように唸り声を上げる。
 その仕草に苦笑を浮かべていると、追いかけていた側が追いついてきた。

「おおっ、あんた! 助かった! そこの悪ガキをこっちに引き渡しちゃくれないか!」
「ユ、ユエル何も悪いことしてないもんっ!」
「少し待ってもらっていいかな? 私は今ここに着たばかりで状況を把握してないんだが……何があったんだ?」

 追いかけてきた恰幅のいい男と、いつの間にかエミヤの裾を強く掴んでエミヤを前に押し出そうとしている少女とを見比べる。
 逃げられては問題だと一応腕を掴んではいるが、そんな状況でも少女はエミヤを盾にする気満々だった。

「そいつが、うちの商品を盗んだんだっ!」
「ちがうもんっ! 狩で手に入れた獲物を分けないのがおかしいんだっ!」
「何だと!?」
「がるるるるる……っ!」

 ヒートアップする言い争い。
 今にも飛び掛りそうな男と少女。
 その様子はさておいておいて、少女――ユエルという少女へと視線を移す。
 青い髪。そして――人のものではない、耳。

(……獣人、か。メイトルパの出身……それに、あの首輪は……)

 思い、思考を巡らせる。
 そして。

「……少し、いいか?」
「……っ、ああ、なんだ?」
「ああ、いや。貴方ではなく、こっちの少女に聞きたいんだがね。君は、お金というものの価値を知っているかね?」
「……お、おかね?」

 それ何、美味しいの? というばかりの素直な疑問の表情。それを視てエミヤは一つ頷き、少女の肩を優しく掴んで自分の前に――憤っている相手の前に移動させる。
 当然少女は抵抗しようとするが、それを封殺しつつ真っ直ぐと男へと視線を向ける。

「今のやり取りを見て察しはつくとは思うが、恐らくこの子は召喚されたばかりなのだろう。あるいは、性質の悪い召喚師に召喚されてこちらの一般常識を教えられる前に放りだされたか、だろうな」
「……それで?」
「見たところメイトルパの住人のようだが、あの世界では群れが狩猟してきた獲物を皆に分けるという風習を持つ種族もいる。恐らく、この子はそういう種族の出身なんだろう」
「…………。つまり、店に置いてあった食べ物を獲って来た獲物と思い分けてもらおうとした、か?」
「あるいは、そこまで追い詰められていたとか、だな。……どうかな? 私の推測に間違いがないか?」
「…………うん。ユエル、おなかがすいて……そしたら、獲物が一杯置いてあって、だから分けてもらおうって……。部族は違うけど、でも、皆そういうときには分けてくれたし……」
「だ、そうだ。此方が常識だと思っていることも、世界が違えば常識ではないといういい例だな。ご主人、この子の非礼は私がわびるし、必要ならば代金も融通しよう。だから、今回は許してやってくれないか?」
「……むぅ。そういうことなら、しかたねぇ。ああ、いいよ、お代は今回はサービスだ。その代わり……もう、勝手にもってっちゃだめだからな? 嬢ちゃん」
「え……。い、いいの? もう、怒ってない?」
「コレでまだ怒り続けてたら、そっちのいかついオバサンが持ってる棍棒で殴られちまうよ。いろいろ知らない上に飢えてた可愛い女の子を苛めるなってな」

 男の韜晦じみた言葉に、周囲から笑いが毀れる。

(……うまくいったか。だが、問題はこの首輪……。一応確認を取るべきだとは思うが、しかし……予想通りだとしたら――)

 外道が。
 小さく誰にも聞こえないように口の中だけで呟き、それを振り払うように普段どおりの表情を浮かべる。

「度量の大きいご主人で、ありがたかったな。……ユエル、でいいか?」
「う、うん」
「ユエル。此方の世界では、モノを得るにはお金というものが必要だ。それはこの世界での掟で、守らなくてはいけないものだ。それは、わかるか?」
「……うん。ユエルのしたことは、リィンバウムだといけないこと、だったんだよね?」
「ああ、そうだ。あっちのご主人は許してくれたが、しかしユエルがやってはいけないことをしたことには代わりが無い。そういう時、どうするかは……知ってるかね?」

 うん、と小さく頷くと、ユエルはゆっくりと男へと向き直り、ぺこり、と体を九十度折り曲げて頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ!」
「あー、いいっていいって。そっちの旦那が行ってた通り、わかってなかったんだろ? 次から気をつけてくれれば、俺はそれでいいさ」
「そうそう、それにもし今度お腹がすいたら、家に遊びにおいで。ちょこっとお手伝いしてくれるなら、ご飯くらいサービスしてあげるから」

 素直なユエルの謝罪に、周りから暖かい声が送られる。
 ふむ、とその様子に満足すると同時、この場所の暖かさ、というものを感じる。
 ……いい国だ。
 言葉には出さずに、満足な頷きを一つ。
 そしていつの間にか市場のアイドルとなりつつあり困惑と嬉しさの狭間に陥っているユエルを軽く引き寄せると、周りの人々へと声を掛ける。

「……さて、では申し訳ないが、この子に少し用事があってね。そろそろ開放してもらえるとありがたい」
「お? ああ、すまねぇな、旦那。んじゃ、嬢ちゃん、いくら飢えてても、もうああいうことはすんなよ? 俺らの誰かに言えば、きっと美味いものは食べさせてやるから」
「うんっ! わかったっ!」

 元気に頷くユエルの姿に、再び笑顔が湧き上がる。
 いい子だ、と頷きながらユエルを促してその場を後にする。
 尻尾を振り回して嬉しそうに笑っている少女の様子を微笑ましく思いながら、向かうのは蒼の派閥。
 この子には、色々と聞いておかねばならないことがあったから。

「……ユエル。すまないが、少し質問をいいだろうか?」
「うんっ! ぁ、でもその前に、名前教えて? ユエル、あなたのことをなんて呼べばいい?」
「ああ、そうか。そういえば名乗ってすらなかったか。私は、エミヤ・シロウ。好きに読んでくれて構わない」
「……エミヤシロ?」
「エミヤ、シロウ、だ。エミヤが私の一族を指す名で、シロウが私個人の名前だと思えばいい」
「じゃあ、シロウで! で、ええっと、シロウ? ユエルに聞きたいことってなに?」
「ああ。ユエルには不愉快な話になるかもしれないが……その首輪のことだ。それは、ユエルを召喚した者がつけたのかね?」
「!?」

 こちらの問いに対し、怯えという形でユエルは劇的な反応を見せた。
 それだけで、十分。
 ガチガチと歯を鳴らして怯える少女をそっと抱きしめる。

「……いい、思い出すことは無い。今のユエルの様子で大体わかった」
「シ、シロウ……?」
「今から私が行くのは召喚師が多くいるところだ。念のため、信頼の置ける人物にその首輪のことを確認した後で、私がその首輪を外そう」
「……!? は、外せるの!?」
「私は少々特殊な存在でね。ただやることはかなり強引なことだから、もしかしたらユエルに少々苦痛がいくかもしれない。それでも、いいかね?」
「……っ! うんっ!」

 ぶんぶんと首を縦に振る少女。
 嬉しそうなその顔に、失敗は許されないと思いながら、エミヤは蒼の派閥への道を歩いていく。
 その道中。

(私は……今は少年と青年の中間の筈なのに……旦那とは、どういう……)

 自分の外見年齢からそぐわぬ呼称を貰ってしまったことに対する考察で、頭を悩ませていく。
 貫禄があるのだろうか。むしろ、ありすぎるのだろうか。
 ……私は、まだ若いっ!
 一人で表情を険しくしていたエミヤを不思議に思ったのか、きょとりとした表情で見上げてくるユエルの頭を撫でてごまかしつつ、蒼の派閥への道を少し早足で進んでいく。
 己の内に沸きあがってきた葛藤を、ごまかしつつ。




 最後に考えていたことを思い出しつつ、再び自分を納得させるための呪文を内心で唱えていたエミヤは、話の続きを待っていたトリスの声で我に返る。

「……で、それで!? その続きは!?」
「見てわかるように、今のユエルには首輪が無い。それでわかるだろう?」
「そりゃそうだけど……」

 ふぅ、と溜息をついて、エミヤは語りを止める。
 あの後。
 蒼の派閥にたどり着いたエミヤは、まずラウルを呼び出し、首輪について詳細を尋ねた。
 そして他言無用とした上で、懐から取り出すように偽装しつつルールブレイカーという礼装を投影。
 ありとあらゆる契約などを断ち切るその刃をもって首輪を貫き、結果としてユエルにかけられていた呪縛は解除された。
 喜ぶユエルを二人して微笑ましく見守りつつ、その後のことを相談。
 ユエルを召喚し、この首輪をつけた外道召喚師を見つけ捕らえるための方策をラウルと二人で軽く話し合っていたときにトリス達が戻ってきた、というわけだ。
 外道召喚師のことについてはとりあえず話さずに、ユエルが首輪から開放されたことだけを教える。
 ラウルから聞いた様々な事――ここ暫く問題になっていた鋭い爪で滅多裂きにされての殺人のことも、伏せる。

(……どこの誰かはわからないが――ユエルにそのような事をさせていたこと、地獄の方がましだというほどに思い知らせてやらねば気が済まない、な)

 ハサハに懐かれ、トリスに抱きしめられ、迷惑そうな顔の中に喜びを隠せていない天真爛漫な少女。
 悪いことは悪いことだと受け止められる聡さを持ったこの少女は、己の罪科を覚えているならばきっと激しく悔いていることだろう。
 望まぬ殺人。
 それを犯させた罪人には相応の罰を。
 一人内心でそのことを自分自身の役目に刻み付けると、エミヤは構われすぎてストレスを溜め始めた様子のユエルを救出するために動き出す。
 願わくば、この平和を護れますように、と願いながら。




 夜。
 トリスの部屋から抜け出したエミヤは、一人で軽い鍛錬を行っていた。
 エミヤの技は、全て努力の技だ。
 なればこそ、一日たりともその努力は怠らない。
 そういう理由で体を動かしていると――いつの間にか、遠慮がちな視線でその鍛錬を除いていた存在に気がつく。

「……む? ああ、ユエルか」
「あ、ごめん、シロウ。邪魔しちゃった?」
「いや、特には気にしていない。それで……どうかしたか?」
「ぁ、えっと……うん」

 そっち行っていい? と尋ねる少女に、無言で手招くことで答える。
 用意していたタオルで汗を拭い、首にかける。
 受肉してしまった身。不老とはいえ、汗もかけばそれ以外の生理現象もついてまわる。
 そのことを改めて意識しつつ、何か言いたそうにくらい顔をしているユエルの頭を優しく撫でる。
 無理することはないと、そういう意味を込めながら。

「……あのね、シロウ」
「……ああ」
「ユエルね、ユエル……覚えてるんだ」
「…………」
「首輪のせいでなんだか凶暴になって、嫌な奴の言うままに、誰かを殺しちゃったのを」
「……そうか」
「……うん」

 ユエルの所為ではない。
 一瞬その言葉が口をつきそうになったが、しかしそれを抑えて頷くだけにする。
 きっと、この少女はその言葉を望まないだろうから。

「ユエル」
「………………うん」
「人なら、私もたくさん殺している」
「…………!?」
「……私が、怖いか? ユエルとは違い、自分の意思で人を殺した私が」
「…………」
「この世界に呼ばれる前も、この世界に呼ばれた後も。私は、両手の指では数え切れないほどの命を奪った。こちらに来る前は、己の理想から。こちらに来た後は、大切なものを護るために。私は刃を振るい。敵対した人を、召喚獣を屠ってきた」
「……で、でも、シロウは怖くないっ! シロウは、シロウはユエルを助けてくれたし……っ! それに、シロウが悪いんじゃ、ないっ!」
「……そうか。ありがとう、ユエル。だが――それはきっと、ユエルにも言えることだ」
「――――え?」
「自分の意思で行った殺人を、忘れろとは言わない。後悔するななどとは絶対に言わない。だが、ユエル。君はその殺人の痛みを胸に抱き、どこまでも後悔している。そんなユエルが悪いわけ、ないじゃないか」
「……シロ、ウ……」
「もし此の先、誰かがユエルを人殺しだと罵倒したとしても、私は――エミヤシロウは何時だって君を肯定しよう。ユエルが悪いのではないとユエルを支え、それでも弾劾し手を出してくる者には剣となって立ちふさがろう」
「…………」
「だから、ユエル。君は笑っていてくれ。私もトリスもハサハも、ユエルには笑っていて欲しいんだよ」
「う、ううぅ……」

 タックルするように、ユエルが抱きついてくる。
 ぐしぐしと顔を此方の胸に埋め、嗚咽を零し始める。

「ユエ、ル……や、だったのに……」
「……ああ」
「頭が、かぁってなって……やなのに、爪、ふるって……」
「……ああ」
「う、うわぁああああああああっ」
「……存分に泣くといい、ユエル」



――――また明日、輝くような笑顔を見せられるように――――




〈あとがき〉
最後のは夜会話デス……。いいのかなぁ、こんなにイベント飛ばしまくりな感じで(自省)
というわけで、第一話後編をお送りいたします。
正直戦闘シーンが下手糞になりすぎてて悲しい出来ですが……リハビリだと思いつつがんばります。
というか、エミヤの性格と言動、こんなんでいいのかなぁ、と思いつつ。

ユエルのイベント前倒しは前々から計画していたので予定通り。でも台詞回しとか、正直覚えてなくてかなり難産でした(駄)

では、第二話が何時になるか少しわかりませんが……よろしくおねがいします(礼)


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